少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第16話 影/それは私

 荒廃した世界で私は1人ポツンと立っている。どうして自分がここに立っているかを聞かれても、その答えを私は用意できないだろう。

 何も音はせず、風すら吹いていない。そんな世界で私の身体は足が釘付けにされたのか動く気配を見せやしない。気が狂いそうだ。

 そんな私の足元に一つ。また一つと影のようなものが迫って来た。その影は動かぬ足にまとわりつくと、影の中から真っ黒なその姿を顕す。

 

「ーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 喉が張り付いてしまって声すら出ない。あまりの恐ろしさに悲鳴をあげたが、それは声にすらならなかった。

 そして遂に一つの影が私の肩の辺りに手のようなものを置くと、耳元でそっと呟いた。音のない世界でその声だけは私の耳にじっとりと纏わりつく。

 

『辛いでしょう?苦しいでしょう?』

 

 最初、振り払おうとしていたその声を、いつの間にか私はすっかり受け入れてしまっていた。

 どうしてかその声は甘美な響きを伴っていて、意識という意識の隅々にまで浸透する。

 

『あなたばかりが辛い目に会う必要は本当はあるのかしら』

 

 影に投げかけられた問い。それに対する答えを私は持っていながら、口にすることすら許されず、影は私の頬をそっと撫でる。

 

『今回はここまで。貴女のことだ。また会うこともあるでしょう。その時は、貴女の心を私色に染め上げてあげます』

 

 頬を撫でていた手はゆっくりと降りていき弄るようにして、私の胸の中に侵入する。私はあまりの不快感に顔を歪ませた。

 

『ふふっ。可愛らしい反応』

 

 その影は満足したのか、私の身体から手を離し、ズブズブとまた地面に潜って行った。この時になって、ようやく私は身体の自由が解き放たれた。反射に身を任せて、私はその場から一歩後ろに飛び退る。

 

『そこまで嫌がらなくても良いじゃない』

 

 そんな声と共に影はまたその姿を現す。そして、捉えたその影の全容は私を唖然とさせた。

 

「あり、得ない」

 

『あり得なくなんてないわ。私は貴女なんだから。私を受け入れなさい、秋山琴音。私だけが、貴女の苦しみをわかってあげられるわ』

 

 ニタァと気味の悪い笑みを浮かべるソイツは、私の姿を丸々書き写したように瓜二つだった。

 私は手元に突然現れた【生弓矢】を引くと、なんの躊躇いもなくその影を射抜く。影の脇腹には辺りに大きな空洞ができ上がった。影はまた気味の悪い笑みを私の思考に焼きつかせた後に姿を消した。

 するとこの荒廃した世界は突然崩れ出す。私の足場も突然崩れ落ち、世界の崩落に巻き込まれた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 長いようで短い夢を見ていたような気がする。それもかなり不快な。その内容は断片的で、全て思い出すことはできない。

 目を覚ますとそこはどうにも見覚えのある天井だった。白いことは間違いないですとも。ええ。

 身体を起こそうとしても身体は思うようには動いてはくれなかった。以前は足だけだったのに今回は全身ときた。我身体ながらもう少し頑丈になって欲しいものである。

 目と口だけは都合がいいことに動くみたいで、視線を彷徨わせるとうっかり見慣れた人の目と目があってしまった。

 

「ぐっどもーにんぐ。琴音」

 

「…目を、開ければ、美少女……。恋に…落ちそう……」

 

「わお。それは嬉しい。私も胸の高鳴りを抑えられない」

 

 ニコッと私に微笑みかける希望を見ると、先程見た自分と似た人物の気味の悪い笑顔は自然と忘れられたような気がした。

 

「さて、寝起き早々の琴音に言わなくてはならないことがあります。私は今すごーく機嫌が悪い。どうしてでしょうか」

 

 あまりにも身に覚えがありすぎて私は視線をそっと逸らす。先程まで希望の目は笑っていたのに、今はまるで般若にしか見えない。

 

「き、切り札を…使いました……」

 

「使うなって言われたよね。私にも、箕輪さんにも。他の人にも」

 

「は、はい…」

 

 希望の声は今までに聞いたことがないくらいに怖かった。それだけで本当に怒っているのだと思わされる。

 

「今回ばかりは許す気にはならないから。他人のことばかり気にするのは良いけど、もっと自分を大切にして。それと、楽天家でいるのは良いけど他の人が心配してるんだからもっとその声に耳を傾けて」

 

 私はそれに対していつもなら軽口の一つでも返していただろう。しかし、今回は私は何も言えなかった。

 希望は言いたいことを言い終えたのか、先程までの怖い顔を崩していつもみたいにフニャッと柔らかい笑みを浮かべた。

 

「とりあえずお疲れ様。記憶はある?おっと。お水いるよね」

 

「あ、うん。ありがとう……。えっと、切り札を使ったところまでは。そこから先は……曖昧かな」

 

 いくら思い出そうとしても自分の笑い声が遠くに聞こえたあたりから記憶はない。私は渡された水を口に含んで、砂漠状態になっていた口内にオアシスを形成させた。幾分かこれで話しやすくなっただろう。

 それからしばらく希望は私の調子の回復を待ってから、話を再開した。

 

「じゃあ自分が全身傷だらけになってた所までは覚えてないのね」

 

 希望に言われてから気がついた。私の腕や足にはあちらこちらに処置を施された形跡がある。

 

「ははっ。私、また包帯キャラ?」

 

 試しに傷口をつねってみる。普通なら激痛が走っていようその行為に、神経がイカれたのか痛みを感じないではないか。

 

「どうしよう、希望。全然痛くない」

 

「今は麻酔が聞いてるだけでしょ。すぐに痛みが来て、その脳が焼け焦げるくらいの激痛が襲ってくるわよ」

 

 希望はそう言うと私に診断書なるものを投げつけて来た。なんか雑。色々と。それに何か一つでも文句を言ってやろうと思ったが生憎そんな立場にはない。

 

「なに、これ」

 

「今の琴音の状態」

 

 カルテらしきものには確かに私の容態が書かれており、まだ麻酔のせいかはっきりとはしない頭でその内容に目を通す。

 

「疲労とな」

 

「らしいですよ。その傷は切り札を使ったことに対する裂傷で、その疲労も切り札のせいだってさ」

 

「………はえ〜」

 

「呑気なものだね。正直もっと反省して欲しいんだけど」

 

「よく、わかんないこといってんね」

 

 代わりにと言ってはなんだが、私は診断書を地面にはたき落としてやった。

 今の私の活動限界地は2割程度だが、それでもわかる。この診断、何か裏があると言うことに。だけど今はそれを疑う余力はなく、私は再び微睡の中に逃げ込もうとした。

 それを希望はちょいちょい。と私の頬をつねる事で私を現世に繋ぎ止める。

 

「ちなみにだけど、琴音はこれから2週間近く私以外の誰とも会えません」

 

「…………why!?」

 

 夢の世界へレッツゴー。と言う時に投下された爆弾は眠気という膜を貫通させる。

 

「私だって知らないよ。大社の命令なんだから、私はそれに従うしかないの」

 

 空いた口が塞がらないとはこの事か。私はどうやら理由も明白にならぬ前に隔離生活というものを送らなければならなくなったらしい。

 

「あ、でも希望は会ってくれるんだ」

 

「らしいよ?まあ、その理由はわかんないけど」

 

 知らないという割には複雑そうな顔をしているのだが、今はそれを指摘するのは野暮な気がして私は見逃した。と言うより、しなくてはならなかったように思う。

 だから私は希望の嘘を許容した。どんな理由が背後に待ち受けたいようと、私は希望の嘘を信じる。そう決めた。

 

「そうだ。それなら次来てくれる時、フルート吹いてよ。私さ、希望のフルート大好きだから」

 

 最近忙しくて希望と会話をしたのがこれが久々とはちょっと言いずらい。

 

「そう言ってくれるのはとても嬉しいな。今度は持って来てあげるよ」

 

「ありがとう。私の相棒が希望で良かった」

 

 そのお礼の言葉がどこまで本気で受け取ってもらえたかはわからない。

 まあ、少なくとも今にも私を撃ち殺しそうなビームを目から発射しなさそうではある。

 そこからいくつか話はした。けれど、どれも些細なものばかり。私の身体の核心に触れるようなことは何一つ言わなかった。

 私は監獄となってしまった病室の窓から外を眺める。外の世界は雲に太陽が遮られてとても暗い。今にも冬独特の、冷たい雨が降り注がんとしていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 琴音の病室から出て来た希望は一度病院のエントランスへと向かう。自然とその歩く速さが他の人を1人、また1人と抜くほどに速くなっていることに希望は気づいていない。

 普段、希望が何か一つの物事に対して苛立ちを覚えることは少ない。その漫然たる器の大きさこそが希望の特徴でもあったからだ。だからこそ、この苛立ちをどこにぶつけるべきなのか。

 

(琴音は、大社に何一つ思わないわけ?)

 

 段々と希望は大社のあり方がわからなくなって来ている。なぜ琴音をあのように隔離する必要があるのか。

 いや、はっきり言おうーーーーー。

 希望だってわかっている。今の琴音は非常に危険だと。

 だけど思うのだ。せめて琴音本人には自分の状況を知ってもらうべきなのではないか?琴音ならば、自己の状況も素直に受け取るに違いない。それを隠すから余計ややこしくなる。琴音は自分自身の問題を解決できると知らないからそう言った判断をするのだ。

 とは言えーーーーーーーーー。

 

「……憎い人を、殺したくなるほどの殺意って………」

 

 ふと、希望は思い出す。梅田の地下街で弟が殺された時、希望はあの男たちをどのくらい憎んだろうか。

 立ち止まっては自分も形のない何かに追いつかれてしまいそうで更に速度を上げた。

 

(少なくとも……琴音は私のことを憎んではない…)

 

 憎まれる要素が自分にないことは承知だが、胸を撫で下ろしたのもまた事実だった。

 

(でも、逆に考えたらそれって……)

 

 希望の脳裏によぎるのはあってはならないことだった。だが、それをすぐに否定する。

 そして出て来た結論はただ一つ。

 

(琴音は過去に自分を傷つけた人たちを怨む気持ちがないわけではないから……。心の奥底で、まだ巣くってるんだ)

 

 あの琴音が?となるのはお生憎様と言った所だ。希望には、琴音が誰かに怒りを覚えることはあれど、怨みを抱えるなど想像もつかない。

 琴音を希望は聖人だと思ったことはない。あれを聖人だと言ってしまったら、イエス・キリストに雷の一つでも落とされよう。

 

「けど、今の琴音にはそんな雰囲気一つも見えなかったな」

 

 いつも通りの秋山琴音だったことに、希望は余計頭を傾げずにはいられない。

 琴音が前回の戦いで気を失う前に放った言葉は、もしかしたら何一つ意味はないのではとすら思えて来た。

 本当に、人をその手で殺める想像などできない。どうしても大社の考えすぎなのではないかと思う。

 

「………大社もどうして私にだけは伝えたかなあ」

 

 ひなたでも他の人でもない。よりによって希望は切り札の使用における人体への影響の仮定を大社から知らされた。ひなたは、あの場に立ち会っていながら、真実からは遠ざけられている。

 これでは何一つ背負ってない、自分に対する大社の意思表示ではないかと思えてしまう。確かに希望はこれまで比較的フリーな立ち位置だった。ひなたのように巫女の筆頭として責任があるわけではない。安芸さんのように歳上として歳下の子達の面倒を見ているわけでもない。

 

(それなら仕方ない……)

 

 そうやって希望は納得せざるを得なかった。

 その影響とやらは何も琴音にだけ起こるものではないらしい。皆、個人差はあれど平等で起こるものだと推測されてはいる。

 

(大社も本気で止めようとしないあたり、戦力を削減することには反対ってことだよね)

 

 本当に危険だと思うのなら、大社が直接その力を制限するはず。でも、そうしないのはできないからに他ならない。

 どちらに転んでも、大社からすれば判断がつかないのだと言うのは容易に想像ついた。その上でーーーーーーー。

 

「いかに使わずに戦えってね。現場主義にもほどがあるよ」

 

 希望は勇者達の苦悩を思うと、両肩に鉛玉が埋め込まれたのではないかと思うくらいに重くなる。

 

「とりあえずは、琴音の隔離期間が終わるまで何事もなく過ぎ去る事を祈るしかない、か」

 

 希望は気がつけば自分がエントランスまで来ていたことに気がついた。随分と考え込んでいたらしく、椅子に座っている勇者達の姿を見つけるのにも少し時間がかかってしまう。

 勇者達のもとに駆け寄りながら、希望は思う。半年前のまだバーテックスが来ておらず、なんだかんだとのんびりとしていた毎日がーーーーー。

 

 今は少し、懐かしかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 1週間。と言う期間は長いようで意外に短い。特に私のように、一日中本を読んだり、考え事にリソースを割くような人は酷く短いと感じるのではないだろうか。

 この病室という監獄に、身内で来たのは本当に希望しかいなかった。それなのに退屈を感じなかったのは私の希望への愛ゆえか。それとも希望の私への愛ゆえか。そんな事を言ったら希望は微妙な顔をしていたのはやめてほしい。

 とは言え、希望は今日も今日とて足を運んできてくれる。一通り雑談をした後、希望は口頭ではあるが今後の大社の方針を伝えてくれた。

 

「壁の外の調査?」

 

「そうみたい。前回の侵攻を防いだからかな。バーテックスの動きが治るみたいでね」

 

「ほーん。それなりに効果はあったんだ。あの戦い」

 

 確かにあれだけの激戦。少しはあちらさんにもダメージがなければ私たちもやってられない。

 仮に何一つダメージがなかったとしたら、私は速攻で白旗を上げて降伏の先陣を切ろう。

 

「その調査には私はどうすれば良いの?」

 

「それなんだけどね……」

 

 言葉を濁すものだから、私はこのままここで待機なんだろうなあ。なんて漠然と捉えていた。

 だからこそ、その通達には「んんんん?」と変な声が出るのも致し方なしだった。

 

「琴音は皆と一緒に調査に出てもらうよ」

 

「おおぅ。まじ?え、私の隔離生活は!?」

 

「解除だって。私も大社がわからないね。何がしたいのやら……」

 

 方針がコロコロ変わるのは組織として柔軟なので良いのでは?と思う反面、一貫性がなく頼りないように見えるのはお愛嬌と言うことにしておこう。

 私の考えもコロコロ変わるので、実は大社という組織を構成する上でこれ以上ない逸材かもしれない。

 

「で、それいつなの?」

 

「明後日」

 

「バカ言っちゃいけないよ。私のこの1週間の運動量は屈伸に伸脚程度だというのに?」

 

「私もさっき伝えられたからだよ。それと、琴音の監視役で私も同行します」

 

「か、監視役なんていらないよ」

 

「また勝手に精霊使われても困るの。これ以上、琴音がーーーー」

 

「私が?」

 

 変なところで言葉を切るものだ。今回のように、大事な話をする時に妙なところで言葉を詰まらせるのが最近の希望だった。

 違和感を覚えながらも、私はそれを敢えて無視している。今の私はそれで良いと思ってる。結局、私のこの状態に付き合ってくれてるわけで隠し事の一つや二つは受け入れなければ希望がそのうちパンクしかねない。

 

「琴音がこれ以上疲労を溜め込んでもね」

 

「ははは。また大怪我するかもしれないしね」

 

 正直、笑い事ではない。ただ、笑い事にできるくらいの余裕があると希望には見せておかねばならない気がした。

 

「ま、その件については了解だよ。体調合わせとく」

 

「急な話なのにね。それと琴音。最後にさ」

 

「うん?」

 

「仮にここを出て、自分の精神的な面に違和感を感じたら私に言ってね」

 

「ははっ。なにそれ」

 

 私が小さく笑いながら、その横顔を見る。希望の横顔には翳りが見えた。私に隠し事をし続けるのが苦しいと言わんばかりの表情。

 

(ったく……。こっちが気づかないふりをしようとしてあげてるのに……)

 

 それでは私に早く気づけと間接的に伝えてくるようなものではないか。疲労とは名ばかり。私自身も、薄々感じてはいたが。

 

(切り札のデメリットは…まあ、そう言うことになるよね……)

 

 精神的なものであることはほぼ当確になった。自分の中で意識があるだけで、少しは変化に気付きやすくはなっただろう。

 自分で自分の変化に気づけるようになった時、それ即ち異常であると言うことに他ならない。まあ、希望が気にかけているのはもっと別なところであるとは思っている。

 

「大丈夫だよ、希望。本当に今度は無理しないから」

 

 その言葉がどれほど信頼を勝ち得るか。私自身、自分のこの言葉に大した信頼を置いていない。

 そんな言葉が、いくら真友と言えど信じてもらえるわけもなくーーーー。

 

「今度無理したら私にあの店奢りね」

 

「ありゃ。その程度で済ましてくれるの?」

 

「…美味しすぎて気に入ったとは口が裂けても言えないなぁ」

 

「言ってるじゃん。まあ、美味しいからね。あそこの骨付鳥」

 

 以前、若葉ちゃんと私の提案で行ったお店は希望以外にも好評ではあったが、まさか希望がここまで気に入ってくれるとは思わなかったと言うのが素直な感想だ。

 

「忘れてたけど、全員分奢りね」

 

「みんなの為に私の財布が犠牲になるのなら、それもやぶさかではないね」

 

 私のお財布事情。実は結構厳しかったりする。最近、あの人からの援助…とは言っても一方的なものではあったが。も無くなったし、ちょっと色々と買い込むものもあったせいで手元に諭吉さんがいればいいなあ。くらいである。

 私はひとまずこの辺りで話題を変えた。希望的にも、その方が良い気がした。

 

「最近のみんなの様子はどう?」

 

 ふと、思い出して希望に聞いてみた。昨日も同じ質問をした気がするがそこもお愛嬌。最高の笑顔を持って見逃してほしい。

 

「変わりなくって感じだよ。あ、でも今日は若葉ちゃんとタマちゃん。一緒に出かけるって言ってた」

 

「これまた珍しすぎる組み合わせだね」

 

「うん。千景ちゃん、友奈ちゃん、ひなたちゃん。杏ちゃんは一緒にゲームしてる」

 

「な、なんか予想できない」

 

「私もこの後お呼ばれしてるからね。早く行きたい」

 

「わ、私を見捨てるの!?」

 

「私だって他の子達とコミュニケーションは取りたいんです〜」

 

 さもありなん。そりゃそうだ。私とだけ一生話していたら、希望が可哀想だ。

 

「そろそろ行きますかね〜。明日、すぐに退院にはなるけど準備しといて。………本当にごめんね、琴音」

 

 別に希望が悪いわけではないのに、そこまで申し訳のなさそうな顔をされるとこちらもどう反応するのが正解なのか考えてしまう。

 模範解答などその一瞬で見つかるわけもなく、私は希望に親指を立てて力強く笑った。

 希望はそれで安心したのか、ほっ。と一息つくと「また明日迎えに来るね」と残して病室を後にした。

 その背中を見送ったあと、私はベッドの横にいつでも有事の際に出撃できるように、立てかけてあった二つの武器に目をやった。

 

「……………」

 

 ぼんやりと眺めていると、胸の中にモヤモヤっとした雲が立ち上がった気がした。それがただの雲なら良かっただろう。何も、そこまでドス黒い色をしなくても良いではないか。

 そのドス黒い雲は気づけば人の形を作り出している。その人影は、私が1番わかっている。酷く最低な気分だ。

 

(お前に……私は飲み込まれるわけには行かないんだ)

 

 悲壮な決意にも近い私の宣誓に、雲は妖しげな笑みをうかべてその姿をただの雲へと戻す。

 目を閉じ、私はその雲を拳一つで払いのける。すると、心は一気に軽くなった。これだけで、まだ私には対抗する力があるのだと安堵した。

 

「希望には、迷惑かけないようにしないとね」

 

 他の人たちにはもちろんそうだが、あそこまで自分を気にかけてくれる人もそういまい。なら、多少なりともは答えるのが義理というものだ。

 自分の取る行動に確証は待てない。と言うより、最近は持たないようにしている。だけれど、希望は一つ私の性格で読み違えたことがある。

 

「私に影響が現れるのなら……。それに例外はないのでは?」

 

 切り札を使うことによって、心を『正体不明の何か』に囚われる。私はきっと、他の誰かがそうならないために動くだろうと言うことを、希望は読み間違えた。

 私は希望に信じてもらいたいと思いながら、信じさせるような行動をしていない。そんな自分が、少し嫌いだ。

 他人に求めるだけ求めて、独善的な行為に走る。それはまさしく先日、縁という細い糸の絡まりあいで出来ていた関係を断ち切った、最悪なあの人と一緒だった。

 

(なるようにしかならない、か)

 

 こんな行き詰まりそうな時こそ、若葉ちゃんから貰ったものを使うべきなのではなかろうか。

 『楽観的』と言う言葉ほど、私の人生を軽くしたものはない。それならもう一度、この一度だけはそう有らせてほしい。私は、似合わずそう神様にお願いしたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 四国を囲む巨大な壁の上に私たちは立っている。一歩踏み出せば、神樹の結界がない世界と言う危険地帯。こうして可視化された境界線はある種の国境のようにも思えた。

 私の戦装束は端々が黒く変化しており、白と黒の要らないコントラストを見せてくれる。まだ純白の要素が強いだけ良いと割り切った。

 そんな私の背中を、バシっ!と叩く人影、背後にあり。

 

「まさか琴音が間に合うとはなっ!これで百人力だっ!」

 

 タマちゃんは私の復帰を心の底から喜んでくれているようだった。底抜けの元気と優しさ、私にも分けてほしいくらいである。

 若葉ちゃんも私が元気そうなので、一安心したのか頬を緩めた。

 

「そうだな。琴音、体調は大丈夫なのか?」

 

「うん。1週間も休めば疲労もなくなるってもんよ」

 

 ここぞとばかりにその場で前宙を繰り出す。横からじっと見てくる、感じ慣れた視線は置いておいて、私は「ほら、元気でしょ?」と笑った。

 

「私もあれやれるかな、郡ちゃん!」

 

「…真似…しなくてもいいわよ……。高嶋さん」

 

 そんな会話を耳に挟みながら、私は改めて若葉ちゃんとひなたちゃんに向き直った。

 

「この通り私は元気だからさ。良いように使ってよ」

 

「友達をそんな道具みたいに扱えるか」

 

 なんだかその会話にデジャブを感じたのも束の間。若葉ちゃんは私の横を抜けると皆の前に立つ。

 

「皆。準備はできたか?」

 

 その問いに、私たちは頷いた。若葉ちゃんは頷き返すと、今一度私たちを見渡す。

 

「これから私たちは実に2年ぶりに外に出る。私たちは勇者として、世界がどうなっていようともありのままを受け入れよう」

 

 先程までの緩い雰囲気は、若葉ちゃんの言葉によってピリッとした緊張感が走る。

 

「私たちは強い!心も身体も、2年前とは比較できないほどに強くなった。私たちなら今回も乗り越えられる!必ずだ!」

 

 若葉ちゃんの言葉は、士気を上げると同時に私たちの自信すらも底上げさせた。

 そのカリスマ性はやはり若葉ちゃんしか発揮できないものだ。その隣のひなたちゃんの存在も中々に大きい気がするのは私だけでしょうか。

 そんな私の感想など当人に伝わるわけもなく、遂にその時が来た。

 

「出立だ!!行くぞ!!」

 

「「「「「おおー!!」」」」」

 

 天を衝く8つの拳。そのうち、二つが胸の奥に秘める思いは私が思うものよりも重いように感じる。

 希望のその横顔を見て、私も自然と気合いが入った。

 

「希望、手」

 

 私は希望に右手を差し出した。ここから希望の守護は私の責任となる。希望も頷くと私の手を取った。

 皆が順番に本州へと繋がっている大橋へと飛び降りていく。全員を見送ったあと、私と希望は2人一緒に壁を蹴った。

 

 

 

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