ここからはまた章が変わり、物語も前進して来ます!それではどうぞ!
いつにも増して私の部屋は暗い。小さい頃から、私の部屋は常に暗かった。電気をつけても、明るくなりはするがそれは視覚的なもので私の心の中とは合致しない。今はその時よりも暗い。先が見えないとはよく言ったものだが、本当にその通りだと思う。
膝を抱えて数日前の自分の行いを振り返る。未だに手に残る感覚。いつの間にか、私はそれを振り払うのはやめていた。振り払う権利など、私にはないからだ。
若葉ちゃんは集中治療室に運ばれ、一命は取り留めたものの、深い傷を負ってしまった。どれもこれも私のせいだ。ひなたちゃんは若葉ちゃんに付きっきりで、同じ『勇者』と呼ばれている子たちから向けられる視線は優しいものが殆どだったが、私にはわかる。皆、怖がっていた。私のことを。
そもそも『勇者』とはなんなのか。断片的には知りつつも、私は本当のことは何も知らない。つまるところ、私は自分が今何者なのかがわかっていないのである。
「………どうして…私は……」
記憶も混雑していて、『秋山琴音』の経験は全て『東郷琴音』である今の自分に押し込められた。つまり、全ての記憶は私にある状態だ。非常に厄介であり、複雑なものだ。
もう1人の私が感じた痛みや感情。どれもこれも本来の私には不要なものばかり。でも、よっぽど私の記憶より楽しそうで羨ましい。妬ましい。
ずっと眠っていればよかった。もう1人の自分が手に入れたものを奪って、復讐したいなどと思わなければよかった。
「……若葉ちゃんを、傷つけることも…なかったのに……」
思わず涙が溢れそうになり、私はそれを乱暴に服の裾で拭った。
右眼は再び閉じられていて、何も見えない。だというのに右眼もどこか濡れているように思えた。
(私に泣く権利なんて…あるわけないのに……)
そんな一瞬の行動にすら後悔しながら、私はまた再び顔を膝に埋めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
杏と球子は生き残った。あのサソリ型のバーテックスに攻撃され、死の淵を感じ取った2人ともが生きている。という自覚が5日経った今でも鈍っていた。
実を言えばあの時、自分たちは死んでいたのではないかという疑問がどうにも頭を離れない。
球子は主に脚に重傷を負っており、満足にしばらくは歩けないだろうという診断が下された。それに、歩けても以前のように機敏に動けるかと聞かれればそれも怪しかった。だが、生きている。それだけで球子は今、何も要らなかった。
「なあ、あんず」
球子は病院のベットに横たわりながら、隣のベッドに寝かされている杏に声をかける。
杏もサソリ型の毒や尾の攻撃受けていたこともあり、入院している。それでも球子ほど怪我の具合は重くはなかった。
「なに?タマッチ先輩」
「タマたち、生きてるんだよな」
「うん。生きてるよ。私たち」
改めて杏と球子は生を実感する。互いに顔を見合わせて、笑えていることが何よりの証拠だろう。
だがその代償は若葉と琴音という2人の幼馴染によって支払われた。
若葉は今もまだ集中治療室だというし、琴音もお見舞いに来てくれた友奈や千景の話によるとあの日から部屋を一歩も出てないという。
琴音は凄まじい怪我をしたにも関わらず、勇者装束が解除される頃には傷は全て癒えていた。上杉謙信より上位の切り札。毘沙門天の力は底知れない。
「ところであんず。一つ聞きたいんだけどさ」
「うん」
「琴音って結局、なんなんだ?」
その質問に杏は言葉を詰まらせた。
「二重人格、とか?」
「あり得るのか?それ。あんずが本の読みすぎとかじゃないのか?」
「可能性としてはあり得るよ。琴音さんの境遇とかを考えると、無くは無いって感じ」
だとしても、仮に切り札を使用した悪影響がもう1人の人格を生み出す。という話はどうにも辻褄が合わない。
杏が考える悪影響とは、感情が常にマイナスの方向に向く。同時に身体の動きが、思考力が鈍くなる。と言うものだ。
「うーん。まあ、琴音さんって聞くところによると何もかもがイレギュラーな存在みたいだから。こういうこともあるよ」
その程度の言葉で片付けていいわけがないが、自分の足で調査ができない以上、こういう適当な仮説を述べることしかできない。
でもこれだけは確信している。琴音は自分たちとは違う何かから、その力を受けていると。
「ま、難しい話はここまでだっ。せっかく生き残ったんだ。何か楽しい予定でも立てて、退院したら琴音を励ましてやろうっ」
「タマッチ先輩はぶれないね」
「当然だ。タマはタマのままだからなっ。………まあ、桜は散っちまいそうだけど」
病室の窓から見える街の景色。これまでは街を色鮮やかに桃色に染め上げていた木々も、いつの間にか青くなり始めている。
あの戦いが始まる前にしたお花見をするという約束。それは、叶いそうにもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。考えるのをやめ、暗い部屋の中で廃人のように横になることしかしなくなってしまった私は、随分と身体が軽くなったように思う。
食事はしたようなしてないような。そのくらい曖昧なものばかり。
いつまで被害者面をしているのかと自分で自分を罵りはする。するのだが、数時間前に私に伝えられた情報が尚更私の気持ちを下へ下へと落とす。
「はははっ。まさか、私の復讐したかった子、死んでるなんて……。私、それなら、何のためにあんなことをしたかったわけ?」
私をいじめていた子の数人はバーテックスの最初の襲撃でその命を落としたという。
意味がない。意味がなさすぎる。全くもって全てが無駄じゃないか。
(………ほんとに、馬鹿だ…私……)
涙はもう流れない。ただ、懺悔と後悔。その二つだけが私を埋め尽くし続けている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
瞬きを繰り返せば、この部屋から別の部屋にワープできるんようになるんじゃないのかな?なんて能天気な事を考え続けて何週間経ったのだろう。記憶にある限りでは実に3週間近い。
別にここまでくると曜日とか、運ばれた日数とかもどうでもよくなるわけで。もう気にしはしない。
相変わらずこの場所は息苦しくて、無駄に眼前に広がる供物とか御札とかがノイローゼにでもさせる気なのか?と甚だ疑問に感じる今日この頃。
「……琴音、どうなってるかなあ」
そんな状況でも気になるのはあの1人の少女。強くて、賢くて。それでも思い悩むことはあって。でも、乗り越える力があるからやっぱり彼女は強い。
(…………わたしは、きっとバカだなあ。自分ことばかりで、1番そばにいてあげないといけないのに)
動かなくなった右腕に軽く視線を送り、わたしは今一度ため息をついた。
(完全にわたしの落ち度だし…。責任は取りますとも)
その責任とは二つほどあるが、今はそれは置いておこう。余計に混乱を招くだけだと言うのはわかっている。
「さて、わたしとしてはもう会えないというのはちょっと許せないわけでして」
一応拘束されてはいるものの、身体は動く。このまま逃げ出そうとするのもやぶさかではないが、琴音に被害が及ぶのはちょっと心苦しい。
でも、最後に琴音には顔を合わせたいわけであるのも本音だ。
わたしがまたぼんやりと考え事をしていると、部屋の入り口に人の気配を感じた。わたしはそちらに視線を向けると自然と不敵な笑みが溢れた。
「全然詳しくは知らないけど少し前の襲撃も跳ね返したみたいだしね。で、何用かな。ひなたちゃん?」
本来、わたしは2度と勇者の子達とは会えないはずだったのだが、どう言う筋書きかひなたちゃんはわたしの目の前に姿を現した。
「話があります。希望さん」
ひなたちゃんはどこか複雑そうな顔をしながらわたしを真っ直ぐに見つめる。せっかく久しぶりに会えたのだから世間話でも…とはならなかったみたいだ。
「こんなわたしに話なんて。よっぽどだね。大社もよく許したものだよ」
ふふっ。と小さく笑って場を和ませたつもりだったのだが、ひなたちゃんはそういう気分にならなかったみたいで、その表情を崩すことはなかった。
「……単刀直入に聞きますね。あなたは、琴音さんに何の力を与えたんですか」
その問いの意味を探るためにわたしは少しの間を開けた後に、また小さく笑って答えた。
「知っての通り【倶利伽羅剣】だよ」
「希望さんはそれがどう言うものかわかっていたのですよね」
「知らなかったよ。わたしは、導きに対して従っただけだからね」
それは紛れもない事実。ひなたちゃんもわかってくれたのか、それに対しては何も追求はしなかった。
けど、何となく話が見えてきた。恐らくわたしが見つけ出した【倶利伽羅剣】が今回のキーパーソンになっていると。ここ数日、情報がどうにも断片的なのも、もしかしたらそれ故かもしれない。
「今の琴音さんの状況をご存知ですか?」
「何も知らない。わたしには、何一つと情報は回って来ないから」
「そうですか。でしたら、私からお伝えします」
ひなたちゃんの口から語られた今の勇者達の状況。それはわたしの想像を絶するものだった。
「そんなことが……。若葉ちゃんが無事、なのは良かった。琴音も何をしてるんだか……」
切り札使用からの暴走。その結果、若葉ちゃんを傷つけた。きっと、今頃精神崩壊してるんじゃないかと他人事のように考えてしまう。
「話に聞いただけですが…あの状況から全員生還できたのは奇跡的です。琴音さんがいなければ、杏さんや球子さんは亡くなっていたと思われます」
「功績もあり、功罪もありって感じね。あー、話がそれちゃったね。それで、【倶利伽羅剣】についてだけど、大社もひなたちゃんには言えって事だと思うから伝えとくよ」
ひとまず琴音のことは置いておいて、わたしは最初の問いについて答えておくことにした。まず第一にこれを知っておいてもらわなければ、何も話は進まないのだから。
「どう言うものかわからない。と先程言いましたけど」
「つい先日までは知らなかったってことだよ」
「あ、相変わらず適当ですね」
「きっと琴音の雑さが移ったんだよ。で、一応伝えとくとーーーーーー」
わたしがそれを伝えようと口を開きかけた時、私の動かず痛覚もないはずの右手が燃えるのではないかと言うくらいに熱くなり、激痛が走った。その激痛は心臓のあたりまで到達し、脳を焼き切ろうとする。
「ぇ、がぁ」
「希望さん!?」
本当に痛い時、人間は言葉が出ないのかもしれない。全身から汗が吹き出し、悶え苦しむ。目は視点が定まらない。口は酸素を求めて魚のように何度も口を開けたり、閉じたりを繰り返す。
「希望さん!!誰か!誰かいませんか!!」
ひなたちゃんの声だけが酷く遠くに聞こえる。
わたしだって馬鹿ではない。この絶望的なまでの痛覚を感じながら、わたしは頭の隅で大雑把に理解した。
(この事を話そうとしたら、自分に痛みというペナルティが返ってくるってことかっ!酷いことしやがる……)
意識は千切れそうなのに、無駄に冷静。笑えてくる。
神というのは本当に血も涙もない。わたしがこうして隔離されてる理由もここにある。唯一救いなのは、ひなたちゃんには何一つと被害はないことだろう。
わたしは神樹に選ばれた巫女ではない。
わたしは。天の神に最も近い巫女であるーーーーーー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
希望とひなたが密かに大社を通じて再会していたのと同じ頃、若葉が閉じられていた目を開かせた。
それを見た看護師や医師達の声や動きを朧げながらに捉えながら、若葉は天井を眺めて琴音の事を真っ先に思い出していた。
(あまり、気に、しないでいて、欲しいのだがな……)
琴音の功績は大きい。一瞬の躊躇いが命を奪ってしまう戦場で、琴音は躊躇わず戦い、誰1人死なせなかった。
結果を全てひっくるめて、若葉が傷ついた事を本人は特に気にしていないのである。
だがやはり琴音本人としてはトラウマに近いものを埋め込まれたことだろう。それを想像するだけで若葉は胸が締め付けられる。
(…だめだ……。また眠くなってきた…。もう、しばらくだけ…目を瞑っていよう……)
若葉は開けた目を再び閉じた。心は早急に皆の下に向かいたいと願っても、身体はそうも行かない。
(たま、には…誰かに任せるのも…いいかも、しれない、な)
自分が戻ってきた時、再び皆が一致団結できていることを願いながら、その願いを密かに誰かに託して再び眠りについたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
友奈は未だに部屋に閉じこもる琴音の身を案じて、彼女の部屋の前に来ている。友奈は琴音の今の状況を詳しく把握しているわけではなかった。むしろややこしい話なだけに、深く関わることを諦めたと言っても過言ではない。
「琴ちゃん。入ってもいい?」
だからこそ友奈は自分の役割をはっきりと理解していた。若葉もひなたも希望もいない。自分がすべきなのはそんな琴音に寄り添うことだと。
友奈は争いを避けるために自己主張はなるべく避けるようにしている節がある。それは本人も自覚している。だから、今だけはそんなことは辞めるべきだと思った。自分の思いをはっきりと琴音に伝えるべきだと、そう思った。
友奈の声に扉の向こうから反応する声はない。そして友奈は躊躇うことなく、琴音の部屋の扉をこじ開けた。
「なに!?なになになに!?」
まさかの強硬手段に琴音は文字通り目をひん剥いて驚いていた。琴音の足下をみると、何やら色々と荷物をまとめているのが見えて友奈は間一髪で間に合ったのだと理解した。そして、友奈は驚く琴音を見れてご満悦と言ったご様子。
かつて若葉は半ば無理矢理琴音の心を開かせた。奇しくも、友奈も同じ手法を使ったと言えよう。
「琴ちゃん!!」
「は、はいい!?」
「お話しよう!!」
「はい!?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうやって2人きりで友奈と話をするのは初めて…かもしれない。少し前の記憶を辿ってみても、パッと出てこないのを鑑みるにそう言うことだろう。
とは言え私は何故友奈がここまでするのか謎でしかない。実を言えば、突入数秒前にこの寮を飛び出そうとしていたくらいである。
「今はどっちの琴ちゃん?」
「……『東郷』のほう…」
「そっか!なら初めましてだね!」
友奈は演技なのではないかと思えるほどのにこやかな笑みを浮かべた。だけど、自分で言うのもなんだが私は人一倍警戒心が強い。そんな私が一切疑いを持たずに友奈を受け入れていた。それだけで彼女の一挙手一投足が全て真実なのだとわかった。
「話に来たってどう言う」
「そのままの意味だよ。私、えっーと…琴ちゃんのことはわかるけど、琴音ちゃんのことは全然知らないからさ」
「…それに意味はあるの?」
「ない!」
清々しいまでの否定。もはやこちらも面食らって、「え、えぇ…」という情けない声が出る始末。
「意味はないけど、言葉を交わすのは大事なことだよ」
「それは…そうかも」
昔、若葉に助けられた時もそうだった。ただ、それが今の混乱を招いているとするならばそれは本当に良かったのかと思わなくもない。
またこれを発端に何か起きてしまうのではないかと言うネガティブな考えが文字列になって私の眼前に広がる。
「何から話そうかなあ。そうだ!好きな食べ物は?」
「うどん」
「うどん美味しいよね!と言うか琴音ちゃんは香川出身だし当然か」
「だね。あの、さ。いいよ。そんな回りくどいことしなくても」
気を遣われると言うのも私としてはいたたまれない。友奈も自分にこう言う遠回しにすることは向いてないと納得したのか、座を正すと私の目を真っ直ぐに見据えた。
「琴音ちゃんは自分が間違ったことをしたと思ってる?」
「それは、うん。だって私は……自分の欲で、勝手に精霊とか言うやつに飲み込まれて……。若葉ちゃんを…。みんなを傷つけた…」
「違うよ。琴音ちゃん」
何も違くない。そう否定しようと口を開こうとした時、私の唇に人差し指がそっと添えられた。
「琴音ちゃんは凄いんだから。そんなに自分を否定しちゃダメだよ」
「………」
「私、思うんだ。きっとあの時、琴音ちゃんがいなかったらもっと多くの犠牲が出てた」
「でも、その決断をしたのは私じゃない」
せっかく芽生えた『自分』を殺してまでの決断。それをしたのは今の私ではない。英雄と唄われるまでに1人その重積を担い続けた『秋山琴音』だ。
そこまでの覚悟を背負える人間と、ただ自分の欲に引き摺られた人間とでは凄さの格も違う。
何もかも否定的な考えしか浮かばない私とは対照的に、友奈はにこやかに私のことを肯定した。
「だけど、あの化け物を倒したのは琴音ちゃんなんだから。琴ちゃんは、琴音ちゃんに託したんだよ。なんて言えば良いのかな…そう!バトン!リレーで使うやつ!」
「バトン?」
「うん!確かに結果は誰かを傷つけちゃったかもしれないよ?」
「でも、それは…」
私は、一瞬でも憎んだ人たちを殺したいと思ってしまった。傷つけたいと願ってしまった以上、私はそのバトンリレーの中に加わって良いわけがない。こんなドス黒い腹の底を持った人間にまた神樹とやらが力を貸してくれる保証もない。
ないない尽くしの人生にはなれているが、こうも何もないと心というのは本格的にぽっかりと穴が空いてしまうらしい。
けれど、逃げ続けて良いことなど一つでもあっただろうかと言う疑問が自分の中にあることは否定しようもない事実だった。それを友奈は見抜いたのか、はたまた偶然かそこに付け入った。
「極端な話、誰もいなくなってない。琴ちゃんは琴音ちゃんにバトンを託して、琴音ちゃんは自分を止めてもらうためのバトンを若葉ちゃんに託した。そして、今私が琴音ちゃんを励ますためのバトンを託されたんだよ」
それって凄く素敵なことじゃない?と友奈は言った。友奈の話す声が酷く心に染み渡ったせいで、思わず私はそれに頷いてしまう。
友奈はそんな私の反応を見て得意げな顔をした。
「だからさ、琴音ちゃん。もう逃げるのはやめよ」
「逃げるのは…やめる…」
「うん!琴音ちゃんのすべきことは逃げることじゃない。少しでも後悔しちゃったのなら、それを取り返しに行こう!これから助けてくれるのは若葉ちゃんだけじゃないよ。私も、ぐんちゃんも。あんちゃんやたまちゃんだってみんな。みーんな味方だから!!」
こんなに心強いことはないでしょ!とその自信たっぷりな表情に私は気がつけば自分を否定することをやめていた。
ツーっと頬を何かが伝っていった。それが涙であると気がついたのは、カーペットにシミができているのが見えてからだった。
「私、まだ…やり直せるの、かな……」
「もちろん!」
「そっか。……それなら、少しはまた頑張ってみよう、かな」
相変わらずちょろいなと自分でも思う。けれど、頑張ってみたい。と言うのは私の本当の思いらしい。
私の中に眠ってしまった『秋山琴音』と言う側面は要するに私の理想とした姿だった。強くて、頭も良くて。けれど少し残念で。弱くもある。しばらく逃げ続けた私にも、その姿は記憶としてはっきりと見えている。ならば他者に対する憎悪というものを、その背中を追うことに使えばきっと私はまた変われる。変わりたいと思ったのなら、きっとその時が1番重要だから。
「私……もう、間違えたくない。誰かのことを憎みたくもない…。そのために協力して欲しい」
私は涙を乱暴に殴って友奈を真っ直ぐに見据え返した。前だけを見て、大きな世界へ今一度羽ばたけるように。
もう1人の私が消える前に作ったこの環境を生かさなければ償いにもなりやしない。
私の中の出発点が何もかも戻ってしまったことは致し方ない。これまで自分がどう振る舞っていたのかもわかりはしない。けれど、せめてここにいる人達の期待だけは裏切らないようにしよう。
私の真っ暗だった部屋に一筋の光が差し込んだ。それに思わず目を細めてしまう。
私は。『東郷琴音』として6年ぶりにその生を再び授かったのだった。