少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第24話 少しばかりの平穏を

 千景さんに水着の話を提案された翌日。私は寮に併設されている鍛錬場で木刀を振い、【倶利伽羅剣】を扱うための鍛錬を始めた。と言うより、弓よか剣の方が扱いやすかろうと言う甘い判断が故である。

 

「おおっ。振れてる。振れてる。私のようで私じゃないみたい」

 

 こんなことを口走るほどには重たい木刀を軽々しく扱えた。これも彼女が残してくれたものだと思えば、有効活用しなければ悪い気がする。

 

「まあ、もとは私の体だし」

 

 勝手に私が心を明け渡し、自らに課せられた問題を棚上げしたあげく、それらをなすりつけた事すら私は口笛を吹きながら棚上げした。

 今頃、また降ってきたお荷物に彼女の両手は手一杯な事だろう。そのうち一個くらいは持ってあげようと思う。

 

「……自分で背負えよってね」

 

 逃げないと決めたのにまた逃げ道を作り出していたことが少しだけ嫌になる。

 私は型にはめて何度か試した後、鍛錬場の壁に木刀を立てかけると千景さんとの約束の時間まで若葉と杏。球子のお見舞いへの向かうことにしたのだった。

 

 

 何かと扉の前に立つといつも緊張する。この先で待つ人たちは私の来訪を歓迎してくれるだろうかと思ってしまうからだ。

 きっと若葉と杏、球子は私を避けない。そうとわかっていても、目の前の扉がかつての教室の扉に見えてくる。開けた瞬間に向けられる耐え難き視線の数々。何年経っても。彼女にたくさんの楽しい思い出を与えられてもそれだけは忘れることはない。

 どこからかリノリウムの床を叩く軽快な足取りが聞こえてくる。その足音が誰のものかを確認する前に、私は逃げるようにして病室へと足を踏み入れた。その勢いたるや凄まじかったのか、病室内で寝かされていた球子は入り口に立つ私を凝視し、目を何度も瞬かせている。

 

「わっ。なんだ琴音かっ。急に入ってくるからタマびっくりしたぞ」

 

「あはは。ごめんね。土居さん、驚かせた?」

 

「包帯が外れるとこだったぞ」

 

「わお。それは良くない」

 

 球子に平謝りしつつ、私はもう1人の方にも目を向けた。

 

「おはようございます。琴音さん」

 

「おはよ。伊予島さん。体調はどう?」

 

「バッチリとはいきませんけど、今日は昨日よりは良くなってます」

 

「そっか。良かった」

 

 そこまで会話したところで私は2人のベッドの間に椅子を持ってきて腰掛けた。視線が同じ高さになったことで2人の様子は先程以上によく見えた。確かに顔色は良さそうで、怪我の具合さえ良くなれば元気に動けそうだ。

 

「琴音さんも体調はどうですか?」

 

「そうだぞっ。琴音も色々あってまだ疲れてるだろっ」

 

「私は元気だよ。まだ、記憶が曖昧でどっちの自分が本当なのかわからなくなるけど」

 

 秋山琴音と東郷琴音。後者が今の私で、本当の私だ。そう理解はしているけれど、やはり前者の見せていた姿は理想だ。今は記憶を手繰り寄せて精一杯の真似事をしているせいで、時折意識が混雑する。

 

「何だか琴音の状況ってのは不思議だなっ。実言うとタマは余り理解できてないぞ」

 

「私も理解できてないよ?」

 

「なんだそれ」

 

 そう言って球子はケラケラと笑い声を上げた。私とて詳しく球子に説明する気は特に無かったので、彼女の笑い声に乗っかって目を細めた。

 病室内に響く笑い声に、そう言えば。と杏は被せてきた。

 

「私とタマッチ先輩のこと名字呼びなんですね」

 

 杏の指摘に球子も確かにと首を縦に振った。

 

「あー、えっと、そうだね。実はこれ、私も困ってることでさ……」

 

 これも実にややこしい話で、これまでの関係性のように親しげにするべきなのか、新しく関係性を築くべきなのかを計りかねていたのである。あわよくば曖昧なまま関係を進められると思ったのだが、杏は鋭いところを突いてきた。

 

「私……えっと、私は記憶の中に2人のことはあるんだけど、ほぼ初対面みたいなものだからどうすれば良いのかわからなくて」

 

 杏は私が困っている事に納得したようなそぶりを見せたが、球子はどこか遠い世界にいるようである。視線は天井を見上げていた。

 こう言ったことではいつもこうなのか、杏は理解の追いついていない球子を無視して琴音に語りかけた。

 

「呼びやすい方で構いませんよ。出来たら、前のように名前で呼んでくれると嬉しいです」

 

「タマも今理解したぞっ!呼び方の話だなっ。それならタマは変わらずタマか球子と呼んでくれたまえっ!いたたっ」

 

 落ち着きのある様子の杏とは対照的に球子は騒がしいくらいの元気さだ。自爆してるし。けれど、そうやってハッキリと口にして貰えるのは迷い多き私としてはとてもありがたかった。

 

「うん。ありがとう2人とも。それなら改めて杏ちゃん。球子ちゃん。よろしくね」

 

 私が2人に向けた笑みはようやく作り物ではなかったのだろう。2人とも顔を合わせると安心したように肩の力を抜いて、口の端に弧を描いた。

 

「よしっ。ようやく琴音がタマと杏に再び心を開いてくれたところで楽しい話と行こう」

 

「恋愛話?」

 

 と杏。

 

「おお〜。ついに球子ちゃんにも春が来たか」

 

 と私。

 

「なわけないだろっ」

 

 球子は呆れた様子で項垂れた。

 

「何だ違うの?」

 

 私とて乙女の端くれだ。それとなく恋の話には興味がある。だが違うらしいので少し残念に思ってしまった。

 

「逆に聞くぞ。したいのかっ?」

 

「んー、今することじゃないかな」

 

「どっちだっ!まあいいや。タマと杏、若葉が退院して夏になったら海に行こうって話しただろ」

 

 もちろん忘れることのない約束だ。

 

「そこでどうせタマ達のことだ。勝負事が発生する。そこで今回こそは若葉に勝ちたいっ!」

 

「タマッチ先輩、若葉さんにそこまでして勝ちたいの?」

 

「勝ちたいに決まってるだろっ」

 

「それで何で勝ちにいくのさ」

 

「それを琴音と杏に聞いてるのさ」

 

 まさかの全投げ。自分の力量に合わせた勝負を仕掛ければ良いのにと思うのだが、それでは答えにはならないのだろう。それに思うのだが、球子の前回での戦いの傷は相当に酷いらしく、治っても元のように歩けるかは不明だと言う。そんな状態で球子は勝負に挑むと言うのか。

 球子はその事を存外気にしてなさそうだが、杏は少しだけ気落ちしたのか視線は私の靴を眺めている。私は私でそんな杏にかける言葉も見つからず、泣く泣く球子に向き直った。

 

「海でしょ?それならビーチフラッグとか。砂浜走るからトレーニングにもなるし」

 

「おお〜!確かにそれならタマでも勝てそうだ!」

 

「それか棒倒し」

 

「棒倒し?」

 

「砂山を手で削ってくあれ」

 

「地味だなぁ。タマはもっと派手なので勝ちたい」

 

「地味……」

 

 小さい頃、若葉ちゃんとたまにやっていたのだが勝率は悪くない。だからこそ勧めたと言うのに地味の一言で片付けられてしまった。それだけで少しやる気を失い、未だに考え事に耽る杏にバトンタッチをした。と言うか押し付けた。

 

「杏ちゃんは何かない?」

 

「私は……今は思い浮かばないですね」

 

 突然話を振られ、杏は少し困惑した様子を見せた。そのせいか普段なら思いつきそうな今回の話題も、あまり良い答えは出なかったようである。

 

「せっかくなので考えておきますね」

 

 杏は柔らかい笑みを私と球子に向けた。これ以上、私も球子からも良い案は出ないことは確定していたので再び別の話題へと移行した。

 

「琴音って休みの日何してるんだ?」

 

「私?私は読書したり、外出かけたり。何でもしてたみたい」

 

「何故他人事」

 

「結局のところ記憶はあっても、その体験をしたのは私じゃないから。記憶に齟齬は起きないから日常生活には困らないけど、ここ6年くらいの出来事はどうしても他人事みたいになりがち」

 

 バーテックスとの戦いも実を言えば脳に記録されてるだけで、私自身が身をもって体験したわけではない。だから実を言えば戦えるかも不安なのだ。

 

「けど、小学2年生までの記憶はあるんですよね。若葉さんに会って、新しい自分になるために人格に蓋をする前の」

 

 杏に言われ、思い出そうと記憶の深いところまで泳いでいく。先に進めば進むほど、つまらない映画のように変わり映えのしない映像が上へ上へと流れていった。

 ここまでつまらない映像だとも自分では思わず、せめて一つくらいはあるものだと思っていた。よっぽど私の人生というものには色というものがないらしい。だからこそ、口に出たのはこんな情けのない一言だった。

 

「私は……何してたんだっけ」

 

 風が吹けば遥か彼方へと追いやられてしまいそうだ。それを追いかけることを私はしないだろうが。

 

「ま、まあ!これから作ってけばいいだけだっ!」

 

 球子は慌てた様子で私をフォローしてみせるが、今だけは気を使わせてしまった事の申し訳なさが勝る。

 

「ごめんね気を使わせて」

 

「そういう時は謝るんじゃなくて、一緒に楽しもう!くらいの気持ちのほうがタマも嬉しいぞっ」

 

「そう言うもの?」

 

「そう言うものだっ」

 

 なるほど。それは私には無かった考えだ。確かに謝られるよりも乗り気で前向きに思い出を作ろうとする姿勢の方が見ていて好ましい。

 

「何かしたいこととかないんですか?」

 

 杏に問われ、私は少しばかり考え込む。特に派手なことをやる必要もないだろう。

 

「花火」

 

 考えた末に出てきたのは、花火という子供じみたものだった。まだ中学生だと言うのに子供じみたと評するには世に対し斜に構えすぎているように思えるが、今は置いておこう。

 球子は私の花火という言葉から手持ちではなく空高く舞い上がらせる方を想像したようで、真面目な顔で聞いた。

 

「打ち上げる方のかっ?」

 

「なわけないでしょう。手持ちの方だよ」

 

「良いですよね手持ち花火。私、小さい頃にやりました」

 

「私も一度、お父さんとしたことがあって……それで久々にやりたくなっちゃった」

 

 私の数少ない楽しい思い出の一つかもしれない。だからやりたいと言うわけではないが、花火であれば皆で盛り上がれるという確固たる自信があったのだ。

 

「琴音さんは線香花火好きそうですよね」

 

「私は……どうかな。それを言う杏ちゃんのほうが好きそう。派手より落ち着いた物の方が勝手なイメージに合うよ」

 

「正解です」

 

 杏は小さく笑うと、あのゆっくり時間が過ぎてく感じと儚さが好きなんです。と付け加えた。その一言が加えられたことで、線香花火の儚さと杏の雰囲気がより強く合致してしまった。

 何とも言えない気分になり、私は球子に目を向けた。

 

「球子ちゃんは人にススキ花火を向けて怒られてそう」

 

「何だ?ススキ花火って」

 

「先端に火をつけると噴き出してくるやつ」

 

「あれそんな名前だったのか」

 

 変に知識がついたと嘆く球子。結局、花火を向けて怒られた過去があるかはわからず仕舞いのまま話題は次へ次へと進んでいった。

 

「それなら海行った時に花火もやりましょう!」

 

「できるかな」

 

「できますよ」

 

 確かに花火なら足が粉々になったと悲惨なことを宣っていた球子も楽しめるだろう。海が楽しめなくても、別の楽しみがあれば浮かばれると言うもの。

 

「若葉ちゃんと友奈ちゃん。千景さんにも聞いてみるよ」

 

 3人が良いと言えば是非ともやりたい。素直な気持ちでそう思えた。

 こう楽しい話ばかりしていると時間の経過も忘れており、時計を見た時には千景さんとの約束の時間まで余裕がなくなっていた。

 

「ごめんね2人とも。私、若葉ちゃんの方にも行ってきて良いかな」

 

「お?もう行っちゃうのか」

 

「うん。実言うと、今日予定が何個かあって」

 

「そうなんですね。そんな時に来てくださってありがとうございます」

 

「そんな律儀にお礼なんて。また来ても良い?」

 

「変な奴だなっ。仲間なのにそんな事気にするなんて」

 

「琴音さんは琴音さんです。だから、気にせず来てください。私達もその方が嬉しいですから」

 

 球子と杏からの純粋な言葉の数々は自分という存在の自信がない私には酷く甘美な響きを纏っていた。受け入れてもらえるかどうか。そんなくだらない不安は気づけば目に見えなくなるほどに小さくなっていた。

 

「2人ともありがとう。遠慮せず、明日も来るね」

 

 私は弾む気持ちを抑えながら、2人に手を振って病室を出た。軽くなった足取りは迷わず若葉の病室へと向かっていく。

 そう言えば、私が球子と杏の病室に逃げ込む直前に聞こえた足音は友奈のものだった。その友奈はどこに行ってしまったのだろうか。その答えは直ぐにわかった。

 

「おはよう若葉ちゃん。友奈ちゃんもこっちに居たんだ」

 

「おはよう琴音。友奈が病院にいることは知ってたのか?」

 

 先に病室に居た友奈を一瞥すると、何かを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべた。何故そんな表情をするのか。私には察しが付かず、深く知る気もなかったため首を傾げるだけに留めておいた。

 

「2人だけで話したいよね。私、アンちゃんとタマちゃんの所に行くね」

 

 友奈は先程の曖昧な笑みとはまた別の種類の笑みを向けて病室を出て行った。あれは、どう言う種類の笑顔なんだろうか。これも考えるだけ無駄だろう。

 私は友奈の背中を見送った後、改めて若葉に向き直った。

 

「調子はどう?って聞く権利は私にあるかわかんないけど」

 

「悪くはないな。傷もちゃんと塞がってくれたし、復帰も直ぐにできそうだ」

 

「………」

 

「そんな顔をするな。浮かない顔を見せるためにここに来たのか?」

 

 若葉は優しげに口の端を緩めた。その優しが私にはやはり勿体無いように思える。昔から私は若葉の優しさに甘えてばかりな気がしてならない。それこそ、今回のことも「ごめんなさい」の一言も無く終わらせてしまえるんじゃないかと卑怯なことを思ったほどだ。私は今日ここに来た理由は本当の意味で再出発するためでもあった。

 

「ちゃんと謝れてなかったなって」

 

「何の話だ」

 

「その傷の話。下手すれば死んでた」

 

「私は気にするなと言ったはずだが?」

 

「そう言われて気にしない人はよっぽど無神経か図太い神経の持ち主だろうね」

 

「それは私に対する皮肉か?」

 

「だとすれば私に向けてのものにもなり得る」

 

 何だかこんな感じの会話を別の人ともしたような気分になるが、それが誰としたのかはやはり思い出せない。

 思い出せもしない架空の人間の事を考えたって仕方ないと私はスイッチを切り替える。若葉の目を真っ直ぐに見据えてから、私は頭を下げた。

 

「本当にごめんなさい。私の自分勝手な行動で、若葉ちゃんも傷つけて。迷惑をかけました」

 

 どのくらい頭を下げていただろう。私は若葉の声がしてから顔を上げた。

 

「昨日も言ったろう?琴音はあの場で最善の選択をしたんだ。私も責めてないし誰も責めない。責める奴がいるなら私はそいつに拳の一つでも与えてやろう」

 

 冗談混じりに若葉はそう言った。それから真っ直ぐな、子供のような純真な目で私を射抜いた。

 

「仮に琴音がその選択を悔いるのなら、次の戦いでも私を支えてくれ」

 

「ほぼ戦力にならないのに?」

 

 私の今の状態は若葉だって知っているだろう。けれど、若葉は気にも留めない様子で堂々と言った。

 

「それなら戦力になるまで待つだけだ」

 

「……若葉ちゃんの器は大きすぎて」

 

「私こそ、周りからの赦しでここまでやってきた。多分、世の中はそうやって上手く回ってる」

 

「大人みたいなことを言うんだね」

 

「大人になりたいのかもな」

 

「意外な願望だよ」

 

「守れる者も増えるからな」

 

 そう言って視線を窓から見える景色に移した若葉の横顔は、大人になれば守れる者が増えると本気で思っているようだった。事実、若葉であれば手に余るほどの命を救いそうだ。

 私がそんな事を考えていると、若葉はいつの間にか視線を戻していた。

 

「兎にも角にも、私はお前のした事に罪を感じるべきではないと思ってる。確かに私は斬られはしてるが生きてる。球子も杏もお前が救ったんだ」

 

 ーーーーーーーーだから謝るな。

 そう言って若葉は最後に力強く頷いた。その頷きには先ほどの「選択を悔いているのなら、これからも力を貸してくれ」と言う意味合いを含んでいるように思えた。

 私は座っていた椅子から立ち上がり、窓辺に向かった。窓から見える景色は先程より広くなり、病院の隣に併設された公園からは子供達の遊ぶ無邪気な姿が見えた。その光景を見ていると、無意識に決意と言うには弱々しい言葉が溢れ落ちた。

 

「頑張るよ。私」

 

 何のために?と自分と同じ形をした影が聞いてくる。その影の聞き方が何だか面白がっているみたいで、気に入らずにそんなの決まってると私は鼻で笑った。

 

「顔つきが変わったな」

 

 若葉も面白いものを見たとばかりにその凛々しい顔付きが緩んだのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それから若葉とこれからのことを話し合った後、私は病院を離れて千景と約束したイネスへと向かった。帰り際に友奈に声をかけようと思ったのだが、既に病院を離れた後だったようでそのタイミングの悪さに裏で神が糸を引いているのではないかと疑ったくらいである。

 電車に乗った私は千景に今から向かうことを伝え、スマホの画面に目を落とす。私のいる場所から一駅先にあるイネスは昔から何でも揃うと評判が良い。私も小さい頃に何度か行ったことがある。もう1人の私の記憶だと尚更その回数は多い。子供が遊べるスペースも多く、足を運ぶ回数は何かと多くなりがちだ。

 

(……そう言えばやけに視線を感じる)

 

 少し先にいる女子高生は私の方を何度も見て隣の友人に耳打ちして、再び私に目を向けた。そのご友人も私に目を向けた。それからまた何やら2人でヒソヒソと話す。

 

(気分が良いものではないぞ)

 

 私が変なのだろうか。いや、まあ確かに左目が潰れ、それを包帯で隠しているのだから頭が逝ってしまっていると思われても仕方はない外見ではある。あるのだが、コソコソと陰で何か言われるのは気に入らない。

 それにそれが1人ならまだしも、車内にいる数人が同じような動きをするものだから世間的に見れば私は変な人の部類なのだろう。乗っているのが一駅だけと言うのが唯一の救いであった。

 電車から降り、未だに時代錯誤な自動改札でもない改札を抜ければイネスはすぐそこだ。改札を抜けても向けられる不躾な視線の数々に違和感を覚えながら、私は集合場所になっているイネスの入り口付近にたどり着いた。

 

「あれ。まだ来てない?」

 

 周りを見渡すと女性が1人、耳にイヤホンをしながら携帯ゲーム機に勤しんでいるがとても千景には見えず私は辺りを見渡した。

 それからすぐのことだ。

 

「ちょっと」

 

 私は聞き馴染みのある声に振り返った。そこには入り口の前にいた女性が居るではありませんか。

 

「千景さん?」

 

「そうよ。あなたは何をしてるの」

 

「何してると言われましても」

 

 水着を選ぶのを手伝って欲しいと言われ、意気揚々とイネスに乗り込んできただけにすぎない。なぜ目の前の千景は呆れているのかと逆に聞きたくなるくらいだ。

 

「少しくらいは自分の素性を隠しなさいよ」

 

「どうしてですか?」

 

 私は本当に察しが悪いのか、千景は大きくため息をついた後、頭痛がするのか眉間を揉みながら私の手を引くと、早足でイネスの中へと入っていった。

 

「ちょ、ちょっと?やけに積極的ですね。友奈ちゃんに妬かれそう」

 

「軽口を叩く暇があるならさっさと歩きなさい」

 

 その勢いのまま私が連れてこられたのはチェーンのアパレルだ。安くそれなりのデザインの服が手に入るお店として多くの人が重宝している。

 私はその店の奥にある試着室に押し込められ、少しすると千景がセットアップのジャージと帽子。眼鏡を放り込んできた。

 

「何ですかこれ」

 

「変装用よ。あなた、少しは自分が有名人だと……いえ、多分覚えてないのよね。誰も説明しなかった……皆の責任ね……」

 

 また後で説明する。と千景は告げるとカーテンを閉めた。私は言われるがままに着替え、試着室を出た。

 

「……眼鏡…は?」

 

「ちょっとつけるのが難しくて」

 

 千景は私の顔と手に持つ眼鏡を交互に見返した後、私の手から優しく眼鏡を取ると自分で身につけたのだった。眼鏡はやけに似合っていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「かくかくしかじかで……」

 

「だからみんな私のこと見てたのか」

 

 勇者として私達の存在が広まっているとは知りもしなかった。しかも、大社は勇者を日曜ヒーロー的な扱いをし宣伝したがために、戦時中のある種の娯楽のような扱いになっていると言う。半ばアイドル扱いする輩もいるらしく、当事者達と一般市民とでは戦いの意識の差が広がり続けている。

 

「けど嫌な話ですね。娯楽感覚でバーテックスとの戦いを見られるってのも」

 

「……そう、ね。…おかげでこうして外に出るだけで…変装しないといけないもの」

 

「私は変装できてませんけどね」

 

 いくら包帯を外しても、露わになる左眼の傷だけは誤魔化せない。眼帯にでもするかと思ったが、やはりどうにも謎の記憶がそれを阻む。顔のない何者かが私に言うのだ。そのほうが似合うと。

 

「あなたは……まあいいわ。多分…前もこんな感じ……だったでしょうから」

 

 きっとこの外見だとこれまでも似たような経験をしていることだろう。前の私も諦めていたに違いない。

 

「ところで午前中は……なに、してたの?」

 

「お見舞いに行ってました」

 

「……誘い…なさいよ……」

 

「友奈ちゃんと行くかなって思ったのが一つ。それと、私単体で皆と話したかったのが一つ」

 

「高嶋さんは……何も言って…なかったわね……」

 

 そう言えば確かになぜ友奈は千景と共に病院に居なかったのだろうか。記憶にある限りだと、友奈がお見舞いに行く時、千景を誘わないなんて事はあり得ない。病院に友奈が居たという話を今はしないほうが良いだろうと判断して、私は知らないふりを決め込んだ。

 

「……話は、できたの?」

 

「はい。やっと本当の意味で重荷が取れた気がします」

 

「そう、ね。そう…見えるわ……」

 

「次は一緒にお見舞いいきましょうね」

 

「次は…高嶋さんと…行くわ……」

 

「ふ、フラれた……」

 

 わざとらしく私が肩を落とすと、千景はくすくすと小さく笑った。

 付き合いの浅い私(東郷)が言うのも何だが、千景は普段ムスッとしているが、笑えば年相応に可愛らしい。もっと笑顔なら得することもあるだろうにと思ってしまうのは失礼な話だろうか。

 そんな時、髪の間から見えた耳に何やら切り傷があるのを私は見てしまった。それだけで自分の経験から察する事ができてしまった。けれど、触れるのは野暮な事だろうと判断した。

 

「ところでどんな水着良いとかあるんですか?イメージとか」

 

「……足の露出は…極力避けたい…わね」

 

 きっと他にも耳の傷のようなものがあるのだろうと勝手に察してしまった事は許して欲しい。

 

「私に選べるかなあ」

 

「何だが……誘っておいて…不安になってきたわ…」

 

「ちゃ、ちゃんと選びますから」

 

 そんな会話をしている間に目的のお店に辿り着いた。中に入ると、外からではわからなかったが様々な種類の水着が所狭しと並べられていた。

 アドバイスをするにも一体どんな商品があるかわからなければ薦めようがないため、私は商品を物色することにした。

 あれでもない。これでもないと千景が身につけている姿を想像して商品を見るのは楽しかった。将来、誰かのために服のデザインを考える仕事というのも悪くない。意外な形で将来やってみたい事が見つかった事に歓喜しつつ、私は1つ見つけた商品を手に千景の元へと戻った。

 千景は店員に何やら執拗にセールスを受けていたが、私の姿を見た店員は一度引き下がっていった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 疲れを隠そうともしない千景に一言声をかける。

 

「疲れたわ……」

 

 その一言でかなり気を揉んだ事が伺えた。そんな彼女の気晴らしになれればと私は一着の水着を差し出した。

 

「これどうですか?千景さんに似合いそうですけど」

 

 私が選んだのはフリルたっぷりのピンクのビキニに、お揃いの花柄パレオが特徴のものだ。これならば可愛らしさを保ちながら、足の露出を抑えられる。彼女の気にする部分もこれなら隠せるだろう。歩くたびにその裾が軽やかに揺れ、まるで南国の花々をそのまま身ににまとったかのような、夏の陽光に映える眩い装いを演出できる。正直、これ以上無いものを提案していると言う自信があった。

 だと言うのに千景は少し躊躇った様子を見せた。

 

「私には…可愛い、すぎやしないかしら」

 

「水着は可愛いもの身につけるべきですよ。スクール水着じゃあるまいし」

 

 そっちの方がいいと言う趣味をお出しされると私もやりずらいがそう言うわけではあるまい。それならば可愛らしい水着で着飾って欲しいと願うのは当然の願いとも言える。

 

「一度着てみては?それから決めれば良いですよ」

 

 私の提案に乗せられてみようと言う気になったのか、千景は少し待っててと言い残すと試着室へ消えていった。私もその後ろ姿を追い、彼女の着替える部屋の前で待つ。

 私も何か買おうかなと考えている間にカーテンが開き、その姿がお披露目された。

 

「おぉ……。似合いすぎ」

 

「そ、そうかしら」

 

「もうそれにしろって神樹様も言ってますよ」

 

「……神樹様の意見は…どうでも良いわ…。けど、あなたが勧めてくれたのだし…これにしよう……かしら」

 

 先程まで見せた躊躇いは何だったのか。千景はこの水着に決定したようだった。もしかしたら最後の後押しが欲しかっただけかもしれない。

 その後はとんとん拍子で話が進み、気がつけばイネスの前に立っていた。千景さんは用は済んだら早く帰る性格なのかもしれない。

 駅までの道中、私は何となく聞いてみた。

 

「どうしてさっき、少し躊躇ったんですか?」

 

 私の問いに千景は一言。

 

「最初から……100点満点のものを持ってこられても…人は困るのよ…」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それから数日間は平和な時が流れていた。球子と杏の怪我の具合はなかなか良くはならないが、それを抜きにすれば非常に穏やかだと言って良い。

 私はその平和な間、とにかく鍛錬に励んだ。大社の派遣してきた指南役に従いながら、汗を流していると戦えるまでには動けるようになっていた。私がそうこうしている間に、精霊の力。切り札の詳細が杏の手によって少しだけ解明された。

 

 1、精神面に何らかの影響を与える事は確定。2、一度の使用では無く、数度の使用により悪影響が出る。3、今後は切り札を使わなければバーテックスは打ち破れない。

 

 1つ目と2つ目は元々推察されていた事だそうだ。切り札を使ってから皆の様子がどこかおかしかったのに加え、それが私の一件により明確になったとのこと。

 3つ目は杏が若葉と共に話して出した答えだった。あの進化体が次に出てきた時、切り札無しでは到底勝ち目はない。それが今の人類の限界点だと受け入れざるを得なかったのだ。

 この話をした時、せめてもの対抗策が打たれた。千景は意味をなさないと一蹴していたが、それでもやらないよりはマシだと最後には納得していた。

 

「精霊を使う人は1人に偏らないようにしましょう。無理だとは思いますけど、代わり代わりで。それと使用後に不調が少しでもあれば隠さず周りに相談すること」

 

 これがどれほどの心理的歯止めになるかは誰にもわからない。けれどやはり皆、心のどこかで無いよりマシと言う気持ちがあるのかすんなりと受け入れた。

 その話が出たのが昨日の話である。私は寮に併設されている食堂で昨日の話を思い出しながらうどんを啜っていた。

 

『先日の調査で、本州には未だ生存者がいるとみられーーーー』

 

 テレビから流れる嘘だらけの内容に嫌気がさし、昨日のことを思い出していたと言うのに思い出し終わっても同じニュースを繰り返し流していると言うのは卑怯な話だ。

 

「そう言えば何で壁外の調査は打ち切られたんだっけ。私のせい?」

 

 私が精霊の使用で調子を崩し、悲劇の土台を作り上げていた事が原因だったと記憶は言っているが妙に引っ掛かりを覚える。

 それ以上に気になることもある。私は精霊を使用した『秋山琴音』の前に度々現れては彼女を唆した。影は私。『東郷琴音』だ。それは間違いない。こんな言い訳をするつもりはないが、私は成り代わるつもりなど一切無かった。それでも『秋山琴音』の手にした力を我が物とし、酔いしれるために彼女を唆した。

 意味がわからない。何故、その気がないのにその気にさせられたのか。

 

(……私はあまり自分が好きじゃない。どうせなら、もう一度、何の力も持たずに彼女の旅路を見守りたい)

 

 それが出来たらどれだけ良いだろう。私と入れ替わり、再び彼女が正しい琴音として生を謳歌すれば良いではなかろうか。

 

(今度の戦いでまた精霊を使って、私が心の入れ替わりを行えるくらい不安定になればいいのでは?)

 

 妙案だ。1度できたことは2度目も出来る。そう思った瞬間、私は目を瞑って感覚を研ぎ澄ましていた。じっと待つ。こうしてれば彼女が来てくれると。私の内側からかつて私がしたように唆してくれると。

 それでも、どれだけ待っても何も起きない。その代わり、私は金縛りにあったように動けなくなった。

 

(えっ) 

 

 同時に背筋が凍るような感覚がした。後ろを振り向けば誰かが笑っているようなそんな気がしてしまう。

 やめておけば良いのに、私は唯一動く眼だけで隣の席を見る。

 

 隣の席には、私がいたーーーーー。

 

 ニンマリと奇妙な笑みを浮かべるが、その目は笑っていない。

 私は瞬時に理解した。考えてはならない事に手を伸ばしたと。

 

 手が伸びてくる。

        身体は動かない。

               頬に手が触れる。

                    身体は動かない。

               そっと顔が近づけられる。

        身体は動かない。

 目と目が合う。

        身体は動かない。

               身体は動かない。

                      身体は動かない。動かない動かない動かない動かない動かない動かない動かない動かない動かない動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!!!

 

『次はない』

 

 鈴の音のように儚い声を残し、隣の私は消えた。

 遠ざかっていた全ての音が、聴覚を取り戻すと一気に流れ込んできた。

 

「次はない、か」

 

 私は先程までの考えを全て捨てた。そして理解もした。精霊の悪影響を受けていたのは『秋山琴音』ではない。『東郷琴音』だと言う事を。私が一度元に戻れたのは身を挺した若葉のおかげだと言う事を。前回の一件は最悪なチュートリアルだった。なんて嫌な話だろうか。

 半ば無理矢理結論を出し、自分を納得させると気味の悪い感覚を振り払うように聞きたくもないニュースに耳を傾けた。

 

『丸亀市の天気は晴れ。午後からは曇り空がーーーー』

 

 いつの間にか天気予報に話題は変わっており、美人なお姉さんが精巧に作り上げた笑顔を貼り付けて天気の豆知識を披露していた。

 

「……お見舞い行こかな」

 

 天気が良いこともわかった事だし、友奈と千景でも誘って病院へ向かおう。そう思った矢先、ひなたが目の前に立っており思わず飛び上がりそうになった。

 ひなたは私の驚きように苦笑して、軽口を叩いた。

 

「そんなに私の存在が怖かったですか?」

 

「いや、そんなわけ。けど久々に見た気がするから」

 

 ここ数日、ひなたの姿を見ていないのは事実だ。一体どこに行っていたのかは知らないが、教室の授業を受けるのが私と友奈。千景の3人という寂しい状況にしていた事には苦言を呈したいところだった。若葉のもとには何度も訪れていたというものだからそれも変な話である。

 気を取り直して、私はひなたへと向き直った。

 

「今までどこ行ってたの?」

 

「少し巫女の用事があったんです。それが長引いて」

 

「そうだったんだ。知らなかった」

 

「巫女の話は琴音さんにはあまり関係のない話ですから私も言ってませんしね」

 

 ひなたはそう言うと小さく笑った。小さく笑うひなたとは対照的に、気分としてはあまり面白くはない。まるであなたは知る必要がないと高らかに宣言しているような言い方だ。

 それでも少し冷静になれば、ひなたがそう言った物言いをするのは奇妙に映った。隠し事をしてる事に気づいてくださいねと言わんばかりだ。

 この時の私を誰か褒めて欲しい。自分の中にここ数日あり続ける奇妙な感覚。顔の無い誰かが私の記憶で蠢いている話をしようと思った事を。

 

「せっかくならひなたちゃん。少し相談して良い?」

 

「もちろん。どんな話ですか?若葉ちゃんと琴音さんの写真集の話ですか?」

 

「その話も気になるから後で聞くね」

 

 私の写真集があると言うのは謎だが、今はそれ以上にこの奇妙な感覚を早くどうにかしたかった。

 私は俯きながら、自分の抱えている感覚を訥々と語った。

 

「私、その……みんなとの記憶の齟齬を埋めるために前の事を思い出そうとするんだけど、その時毎回さ。変な違和感に襲われるんだ」

 

「変な違和感ですか。どんな違和感なんです?」

 

「私の隣に誰かいた気がする。若葉ちゃんでもなく、ひなたちゃんでもない。他の誰か。ひなたちゃんなら、その人のこと知ってるかなって」

 

 そこまで語り終わり、顔を上げる。私の視界に飛び込んできたのは、見た事がないほどに顔を歪めたひなただった。

 

「私、まずいこと聞いちゃった?」

 

 雰囲気的に触れてはまずいことだったのかと不安になる程にひなたの雰囲気は先程とガラリと変わっていた。

 思わず息を呑んだところで、ひなたは肩の力を抜き弱々しく息を吐いた。

 

「琴音さんには知る権利があります。けれど、私にはそれを伝えてはならないと言う義務があります」

 

「はあ。つまり」

 

「心苦しいですが、他の人を当たってください。けれど、若葉ちゃんも他の方々も同じ事を言うでしょうけど」

 

「………一体誰なの?」

 

「まもなくバーテックスの侵攻が再開します」

 

 ひなたは私の問いを遮るようにバーテックスが攻めてくることを伝えた。これ以上、話す事はないとその目が語っていた。そこまでされれば私も引き下がる他になく、大人しくバーテックスの話に乗っかった。

 

「迎撃は3人で?」

 

「そうですね。まだ若葉ちゃんと杏さん。球子さんは戦える状況にありません。琴音さんと千景さん。友奈さんの3人に頑張ってもらうほかありません」

 

 その状況が苦しい事はひなたも理解しているからか、目を伏せた。

 そんなひなたにかける言葉を私は一つしか知らなかった。だからひとまず、彼女にはこう伝えた。

 

「勝つよ」

 

 ありきたりなその宣言に、ひなたはまた小さく笑ったのだった。

 

 

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