少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第25話 掴んだ欠片

 ひなたが注意喚起をした翌日、バーテックスは攻めてきた。

 初めて見る樹海の光景は神秘的で、場違いな感動すら覚えるほどだった。

 

「琴音ちゃんは初陣だね」

 

 隣に立つ友奈はバーテックスを見据えながら拳を鳴らした。その力強い音は腑抜けた私の魂を揺さぶる。

 

「どう?緊張してる?」

 

「んー、そこまで。ただ武器を持ってここに立ってるのは不思議かな」

 

 軽く準備運動をしてみたりもする。勇者の装備も既に纏っているが、特別何かが変わったと言う感覚はなかった。

 友奈は変わらぬ私の様子に安心したのか、もう1人に目を向けた。

 

「ぐんちゃんは?」

 

 友奈が千景の顔を覗き込むようにすると、千景の大鎌を持つ手に力が入った。前回の戦いでの進化体の件が僅かにも尾を引いているようで、いつもほどの余裕はなさそうである。

 おまけに今回は私、友奈、千景の3人での出撃だ。不安を感じるのは何一つ変な話ではない。

 

「……敵を…倒すだけよ…」

 

 それでも百戦錬磨の千景は自ら気持ちを立て直したようだった。

 

「高嶋さんがいれば……何も問題はないわ……」

 

「うん!私もぐんちゃんがいれば怖いものはないよ!」

 

 友奈は見事に私と千景の士気を高める。そろそろこちら側から仕掛けようか。そんな空気感が戦場に満ち始めた頃、千景が思い出したのか私に目配せした。

 

「それと……あなた」

 

「はい」

 

「……精霊の力は…使わないように…」

 

「気分次第ですかね」

 

「真面目な……話よ」

 

 声のトーンが下がった事で、私は千景の言葉の重みをしっかりと受け止めた。確かに千景としても、友奈としてもまた私に暴れられても困るでしょう。

 

「あなたの……体調が心配なの…よ……」

 

「心配してくれるんですね」

 

「私を何だと思ってるの」

 

 千景はむすっと拗ねた様子を見せると、友奈に「行きましょう」と一言告げ、敵陣へと向かった。友奈もその背中を追いかける。

 

「頼むよ私」

 

 私も自分に言い聞かせ、地を蹴ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 戦いは順調に進んだ。敵の数はそれほど多くはなく、記憶の中にある進化体が姿を見せることもなく、初陣は見事に勝利で飾られた。

 戦いが終わり、樹海化が解けると私は丸亀城の庭に戻ってーーーーー。

 

「どこやねんここ」

 

 友奈と千景とハイタッチでもして勝利を分かち合うとしていたのに、そんな私の予定はことごとく打ち砕かれたらしい。

 あたりを見渡すと、瀬戸大橋が眼前に広がっているために丸亀市からそう離れた場所ではない事は理解できた。そしてもちろん香川は地元なので、ここが瀬戸大橋記念館と呼ばれる坂出市にある施設だとも知っている。

 それでもわからないことがある。何故私がこんな場所にいるかだ。神が悪戯でここに連れて来たとあれば私の信仰心は紙切れ以下になるだろう。

 

「………帰るか」

 

 どうやって?それはもちろん徒歩でだ。

 

「散歩もたまには悪くないよね」

 

 瀬戸大橋記念館に背を向け、私は歩き出した。

 この時の私は知らなかった。ここが大社の拠点の一つであると言うこと。それと、ここに1人の少女が祀られていると言うことを。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 案外、坂出市から丸亀市までは距離があった。ただ4月の末。初夏を迎えようとしている世間の柔らかい空気を胸いっぱいに堪能しながら歩いているとその距離は一瞬だった。

 桜は徐々に散り、新しく青々とした葉がそよ風に揺られ自然の息吹という音色を見事に奏でている。次のコンクールは金賞だなと知りもしない吹奏楽の知識を舌先で転がす。

 

「吹奏楽…。楽器…楽器か。私は何ならできるかな」

 

 トランペットは主役と言った感じだろうから私には向いてない。かと言ってユーフォニアムやチューバのような低音は地味だ。吹いていて初心者が楽しさを感じられるとは失礼ながら思わない。ならばクラリネットはどうだろうか。うん。楽しそうだ。

 自分が楽器を演奏している姿を想像し、鼻歌で好きなアーティストの新曲を奏で始めた時、何処からともなく聞こえて来た別の音色に私は頭を殴られたような衝撃に襲われた。

 

「フルート……」

 

 一気に駆け抜ける旋律は空気を震わせ、既に彩られた世界を優しい音色によって上書きしていった。どこまでも真っ直ぐに。どこまでも伸びていくその光景を私は知っている。

 

「どこだ。どこで、私は……」

 

 誰かに聞けばわかるだろうか。けれどもひなたは言った。きっと誰もその答えは口には出せないと。出さないじゃない。出せないのだ。

 どれだけ頭を捻ろうと。叩こうと閉ざされた記憶の鍵は簡単には開かない。それこそ、強い衝撃でも加わらねばこじ開ける事すら叶わない。

 

「おい。聞いてるんだろ。もう1人の私」

 

 我慢できなくなって、私と入れ替わりで奥底に閉じこもった彼女に語りかける。彼女は私を馬鹿にするかのようにうんともすんとも言わなかった。

 

「揶揄うのがお好きですね」

 

 あと少しで何か大切なことを思い出せそうなのに誰も当てにできないことに不貞腐れながら私はアスファルトを叩く。

 

「パーカッションも悪くはないか」

 

 どこからともなく聞こえてくるフルートの音色に大地を踏み締める音を加えてみると、出鱈目な音楽が完成した。ここにあともう一捻り加えれば私なりの音楽の完成だ。

 

「私が泣き喚く声でも入れてみるか」

 

 いずれまたこの道を通る機会があり、尚且つフルートの音色が聞こえて来たら泣き喚いてみよう。

 そんなふざけた事を考えながら歩いていると、先程まで感じていた封じられた記憶への好奇心は薄れていたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私が長い時間をかけて帰宅すると、丸亀城は少し慌ただしそうだった。

 私は辺りをきょろきょろと見渡してるひなたを見つけると、声をかけて何が起きてるのかを聞いてみた。

 

「おーい。ひなたちゃーん」

 

 私の声に肩を震わせたひなたは小走りで駆け寄ってくる。その面持ちは能天気な私と対照的に何故か少し厳しい。

 

「どこに行ってたんですか?探しましたよ」

 

 私だって行きたくて大橋記念館にまで行っていたわけではない。ただ反論するのも変なので潔く自分が行っていた場所を告げた。

 その場所を聞いた瞬間、更にひなたの面持ちが厳しくなったのは気のせいではない。それも一瞬のこと。ひなたの肩の力が抜け一気に脱力した。

 

「普段であれば皆ここに戻ってくるのに、琴音さんだけ行方不明で……。とにかく安心しました」

 

「ご迷惑をおかけしたようで」

 

「いえ。いつぞやに比べればマシです」

 

「私、何かしたことあるの?」

 

「深夜にカップラーメンが食べたくなったと街に繰り出していきました」

 

「ロックだね」

 

「ええ。ロックでした」

 

 生憎、私にその記憶はないがひなたには鮮明に思い出せる出来事だったのだろう。それにしても誰かの口から語られる私は実に自分勝手だ。一体この体の前任者はどれだけ好き放題やっていたのか想像もしたくない。

 

「話戻っちゃうけど、どうして私だけ大橋に?」

 

「申し訳ないですが、私にもわかりません。ごめんなさい。お力になれずに」

 

「謝る必要はないよ。私が勝手に行っちゃっただけだし」

 

 ただ、今後も戦いが終わった後に好き勝手どこかへ飛ばされるのはたまったものではない。いつか原因がわかることを願っておこう。

 それから一言二言、他愛のないことを話し、ひなたに医務室に行くことを勧められそれに従うことにした。

 

「一旦、身体見てもらってくるよ」

 

「はい。ゆっくり休んでください。それと琴音さん。今日の夜空いていますか?」

 

「空いてるよ。どうして?」

 

「お話があります。私の部屋に来てくれますか?」

 

「うん。もちろん。それなら夜、ご飯食べ終わったら一緒に行こ」

 

 ひなたが頷いたのを確認してから、私は手を振ってその場を後にした。

 

(話があるってなんだろ)

 

 どう考えても私に関することなのだが、思い当たる節が多すぎて一体どれなのか不安になる。

 私は複雑な気分のまま、医務室に足を運んだのだった。

 その日の夜の話を先にしておくと、ひなたの話はそこまで重要なものではなかった。若葉と杏の退院の日に何かしたいとの相談で、私は適当に豪勢な料理を作れば良いと提案したら私とひなたが一緒に作ることで決定したのである。

 それだけの話。本来であれば意気揚々と参加したであろうこの話も、自分のことで頭がいっぱいで今回ばかりは気乗りがしなかった。私は早々に切り上げると自分の部屋へと戻ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「頭に異常はないですって、もう少し言い方があると思うんだよね」

 

 検査の結果は異常なし。今後も健康体で戦い続けれるとのことだった。人格が入れ替わってた事は大社も把握済みだそうで、脳波のチェックやカウセリングまでやった結果、健康そのものだと改めてお墨付きをいただいた。

 健康なのは結構だが、人格が入れ替わる事を健康だと評価するのも変な話だ。多分、色々とやらかして塞ぎ込んでいた割に自我を保ってあっけらかんとこうして過ごしているから周りも必要以上に言ってこないだけなような気がする。周りの人達の協力があったとは言え、直ぐに立ち直れたのは我ながら良くやったと褒めてやりたいくらいだ。

 自分の部屋に向かって廊下を進むと、部屋から出てくる友奈にばったり出会した。

 

「あっ!琴音ちゃん!おかえり!」

 

「ただいま。ごめんね。突然消えたりして」

 

「あはは。びっくりしたけど謝るほどのことじゃないよ」

 

 友奈は手をブンブンと振り、体全体を使って気にするなとアピールした。とは言え、迷惑はかけただろうからうどんを奢ると伝えると二つ返事で頷いた。

 

「千景さんは?」

 

「ぐんちゃんなら部屋にいると思うよ。顔見せて来たら?琴音ちゃんいなくなって心配してたし」

 

「そうしよっかな。友奈ちゃんも行く?」

 

「うん。一緒に行くよ」

 

 千景の部屋は友奈の部屋の2個隣だ。

 部屋の扉をノックすると、一度物音がし、しばしの沈黙の後、扉はゆっくりと音を立てて開いた。

 目と目が合い、不思議な空気感が私と千景の間に満ちる。その空気を友奈は吸い取り、千景に太陽のような眩しい笑みを向けた。

 

「お休みのところごめんね。お邪魔してもいいかな?」

 

「高嶋さんは…いいわよ……」

 

「私は!?」

 

「……仕方ないわね」

 

「この扱いの差はなんなんだろ」

 

「自分の心に……聞いてみなさい」

 

「深夜にカップラーメンでも食べようって誘いました?」

 

「………」

 

「誘ったんですね。私」

 

「肌が荒れて…大変……だったわ……」

 

「懐かしいね!ぐんちゃん、悩んでたもんね」

 

「あれ以来……夜に…何か食べる気は…うせ、たわ…」

 

 何やら私はトラウマを植え付ける一端を担ってしまっていたらしい。先程のひなたの話に出て来た一件と言い、カップラーメンを好んで食べていたのだろうか。ちなみに、私はカップラーメンが苦手である。

 私がこめかみに人差し指を当てて、過去を振り返っていると千景は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……良いって言った手前、悪いのだけど…部屋、片付いてなくて」

 

 話さないための理由付けと言うわけでも無さそうで、私はそれならと代替案を提示した。

 

「あ、それなら私の部屋で」

 

「………」

 

「待ってください。私、自分の部屋でも何かやらかしてるんですか?」

 

 なんだろう。カップラーメンの容器を捨てずに大量に溜め込んでいたとかだろうか。私(東郷)としての意識が芽生えた時は、すでに部屋は綺麗だった。だが、それ以前に何か躊躇う理由になる事をしたと言うのか。

 

「琴音ちゃんの部屋、服が沢山あって。前は足の踏み場がないくらい広がってたんだよ」

 

「へぇ。え、じゃあその服達はいずこへ?」

 

「捨てたって……言ってなかったかしら…」

 

「断捨離でもしたのかな」

 

「若葉ちゃんに手伝わせてたから聞けばわからんじゃないかな」

 

「何してんだ私は」

 

 次から次へと出てくる悪行の数々。私はもう1人の自分に呆れ返ってしまった。

 

「まあ、今は綺麗だしどうぞ」

 

 立ち話も疲れた身体に鞭打ってすることの程でもない。私が促すと、友奈は迷いない足取りで。千景はやり残したことがあるから終われば直ぐに行くと言い残し、再び自室へと戻っていった。

 友奈の背中を追いかけ、私も自室に戻ると友奈は部屋の本棚を興味深そうに眺めていた。そこには私が直近で集めた様々なジャンルの本や雑誌が並べられている。

 

「琴音ちゃんは趣味が幅広いんだね。知らなかった」

 

「球子ちゃんに休みの日、何かしてないのか聞かれてさ。私、趣味とかもなくて答えれなかったんだ。だからこの際色々試してみようと思って」

 

 とは言っても何から手をつけて良いかわからないので、本でひとまず世間を知ってみる事から始めた。目を通し今の所、私が興味を持ったのはキャンプと歴史だった。キャンプは言葉通り。歴史は古い街並みを歩くとかそう言ったものだ。

 

「あっ。ここ私知ってる」

 

 友奈は一冊の旅行雑誌を手に取っていた。その表紙には『奈良県〜歴史共にと生きる街〜』と大きく印字されている。

 友奈の手元を覗き込むと開かれたページでは唐招提寺が紹介されており、それを見る友奈の瞳は少しばかり寂さを募らせていた。

 何か気の利いた一言でも出てこればよかったのだが、私には生憎出てこなかった。私は彼女の寂しさを見て見ぬふりをした。

 

「どんな場所なの?」

 

「静かな場所にどかーん!ってなんだか凄そうな建物がいくつも建ってるんだ。私にはその価値とかは難しくてわかんなかったけど」

 

「なんだか凄そうだね」

 

「私はそっちよりも近くにあるお蕎麦屋さんが美味しかった記憶しかないや」

 

 花より団子だね。なんて友奈ははにかんたが私も同じように美味しかった物の記憶の方が色濃く残るだろうなんて思った。

 友奈はそれからいくつか私に奈良の名所の話をした後、その記憶を閉じるかのように本を棚に戻した。

 

「いつか行けたらいいな」

 

「バーテックスに勝って、本州を取り戻してからだね」

 

「生きる理由と戦う理由ができたよ。あ、適当な椅子に座って」

 

 冗談めかして言うと友奈も小さく笑ってくれた。そこでずっと立ちっぱなしにしてしまった事に気がつき、近くの椅子をすすめると友奈はありがとうと言って腰を降ろした。

 私もベッド蓋に腰掛け、ようやく落ち着いたところで友奈は再び口を開いた。

 

「あれ?でも、琴音ちゃんって大阪には居たんだよね」

 

「いつ?」

 

 私に大阪に居たという記憶はない。なんなら知り合いが大阪に居た記憶もない。

 友奈は言っておいてバツが悪くなったのか、目を泳がせながら何でもないと下手な誤魔化しをした。その様子で何もないならその方が驚きである。

 

「大阪……。大阪かあ……」

 

 私は『秋山』と『東郷』両方の記憶を漁った。けれど、該当する記憶は存在しない。それこそ、ここ数日感じている「誰か隣にいた」という違和感に似た感覚を覚えた。

 

「そう言えば、せっかくだから聞いとこ」

 

 私は机の引き出しに手を伸ばした。以前、ここから一通の手紙を見つけたのだ。差出人は辻浦奏となっていた。私に『つじうらかなで』という友人は居ないはずで、ずっと気になっていたのだ。

 

「この人知らない?」

 

「………私は会ったことがないかな」

 

 煮え切らない友奈の反応に私は思わずため息をついてしまった。最近いつもこうだ。人間関係で気になることがあってそれを聞くと、皆同じように隠そうとする。その隠そうとする姿勢を隠せよと段々と苛立ちが募っていた。

 その苛立ちが友奈に伝わってしまったからか、友奈は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「ごめんね。大社の人から口止めされてるの」

 

「大社から?なんでさ」

 

「私も理由はわからない。私は別に話しても良いって思うんだけど、大人達には知られたら困ることらしい」

 

「……そうなんだ。ごめん。八つ当たりみたいなことしちゃって」

 

「大丈夫。私だって自分に空白の期間があればそれを知りたいと思うし、それを妨げられたら苛立ちもするよ」

 

 何だか友奈に苛立ちをぶつけてしまった事を、彼女の優しさに漬け込んだみたいになってしまい私も申し訳なさで押しつぶされそうになった。

 そんな時、扉が開いて千景が部屋に入って来た。その表情は何があったのか少し険しい。

 

「長かったね」

 

 難しい顔をしている千景に声をかけるが、彼女は無言のまま私の隣に座った。私も友奈も様子のおかしい彼女に首を傾げる中、千景はしばしの躊躇いの後に口を開いた。

 

「箕輪と言う神官が大社にいるわ……」

 

「みのわ?」

 

「そう。その人を…頼るといいわよ……。あなたのこと、気にかけてるから…」

 

 何故そんなことを。と野暮な事を聞きそうになるが必死に堪える。私は今一度その神官の名を口ずさんでみた。

 

「ありがとう千景さん。会いに行ってみる」

 

「………見てられなかっただけ。…気にしないで……」

 

 千景はそれ以上は何も言わず、話は終わりだとばかりに私と友奈の好きなお菓子を手に持っていた袋から取り出した。

 

「わっ!ぐんちゃんありがとう!」

 

「私の分まで!千景さんありがとうございます!よく私がこれ好きって知ってましたね」

 

「……当たってて良かったわ…」

 

 千景のやり残したことはお菓子を買いに行く事だったようだ。私は貰ったお菓子を広げられるように勉強机とはまた別の来客用の小さな折り畳み式の机を3人の間に広げた。

 友奈は嬉しそうに肩を揺らしながらお菓子を広げると、珍しく真っ先に手に取って口の中に放り込んだ。

 

「ひなちゃんにも内緒の祝勝会だね!」

 

「そうだね。3人だけの秘密。千景さんも皆には内緒ですよ」

 

 私も悪い笑みを浮かべながら、偶然部屋に置いてあった彼女の好きなお菓子を投げ渡した。

 千景は見事にキャッチすると袋を開けながら、僅かに口角を上げ鼻を鳴らした。

 

「……当たり前…よ……」

 

 千景はここまで善良な秘密と言うものを知らなかったのだろう。誰が見てもわかる程に上機嫌で、お菓子を口にしたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私が箕輪と言う神官に会いに行けたのは5月に入ってからだった。ようやく若葉と杏の退院の目処がつき、未だに入院せねばならない球子の機嫌を取っている間に時間は流れていってしまったのだ。

 それにバーテックスの襲撃が日に日に再び増加しつつあるのも、私を足止めする原因となった。その襲撃も大規模なものではなく、こちらの情勢を探るような小競り合いであった。

 お見舞いに言ったついでに、バーテックスの動きが不可解だと杏に相談した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「攻めてくるなら今がチャンスじゃない?勇者側も数が足りてないんだし」

 

「それは私も思ってました。あるとすれば一つ。向こうが時間稼ぎをしたい場合です」

 

「時間稼ぎ?何のために」

 

「……最近、進化体は来ましたか?」

 

「全然。あの小さな星屑?ってやつがやってくるくらい」

 

「数を減らしたくない理由がある……」

 

「バーテックスって無限に湧き出てくるものじゃないの?」

 

「そうだと思いますが、進化体を作る時にはそれ相応の数のバーテックスが1つになり新しい個体になってました。あるとすれば、その新しい個体を生み出すためにリソースを割いている可能性です」

 

「新しい…個体……」

 

「あの、琴音さん。危険を承知でお願いするのですが……」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 と言った具合に意見を下さったわけである。この仮説が正しければ、何か対抗策を打たねば人類は敗北するのではないかとすら思わされた。

 バーテックスに動きがあれば巫女か大社から話が来るが、その様子すらない。それ故に杏の推察が杞憂であって欲しいと願うばかりだ。

 

「それに私に頼まれてもね……。確かに、最近ようやく勇者としての戦い方も思い出して来たとは言えさ……」

 

 事もあろうに、杏は私に「壁の外を見て来て欲しい」と言うのだ。壁の向こうには本州しかなく、調査も自分達でしたはずだ。何故今になって外を見てこいと言うのか。

 何もない時に壁の向こう側に行こうとすれば怪しまれる。そのため、タイミングは次の出撃時。私は敵を倒した後、どさくさに紛れて壁を越えねばならなくなってしまった。

 

「必要とあらばやりますけども」

 

 私は数日後、再び来るであろう襲撃に余計な心配事を持って立ち向かわねばならなくなった事を本当に少しだけ後悔した。

 ここ数日の出来事を思い出していると、箕輪と会う予定になっているお店に辿り着いた。

 

(まだ早かったかな)

 

 私は時計を一瞥してから店内に足を踏み入れた。店員と「らっしゃっせ〜」という良い加減な声は落ち着いたお店の雰囲気にミスマッチな気がした。

 ひとまず一度奥まで行ったが青年が1人いるだけだ。私はまだ来てないと判断し、近くの席に座ろうとした。そんな時、「秋山さん」と奥にいた青年が誰かを呼んだ。

 誰か他のお客さんでも来たかと入り口に目をやっても誰もおらず、店員のやる気のない声も聞こえてこない。それでも今一度「秋山さん」と青年が声を出すものだから、私は彼に視線を向けた。

 彼は私と目が合うなり、手招きをした。これで私はあの青年が箕輪と言う神官だと理解した。

 私が彼の席まで行くと、ご丁寧に立ち上がり頭を下げた。その丁寧な対応に私は面食らい、釣られるように頭を下げた。

 

「お久しぶりです。と言っても、覚えてないですよね」

 

「すみません。1ヶ月経ったのに以前の自分との記憶の齟齬が多すぎて、まだ思い出せない事も多いんです」

 

「気にしないでください。話は上里様から聞いてますから」

 

 彼は人懐っこそうな笑みを浮かべると、私に向かい側の席をすすめた。私はそれに従って席に座る。

 

「飲み物は何にします?」

 

「あ、えっと。じゃあ、オレンジジュースで」

 

「了解。すみません」

 

 彼は店員を呼ぶと、慣れた様子でオレンジジュースとコーヒーを注文した。店員は相変わらず気の抜けた感じの声で、少々お待ちくださいと言い残して厨房へと消えていった。

 

「なれてるんですね」

 

「まあね。あの店員は僕の幼馴染で、彼の顔を見によくここに来るんだ」

 

 あの気の抜けた店員はこの青年の友人だと言われると、何だか急に親近感が湧いて来た。

 目の前の青年は友人にもう少し真面目に働けば良いのにと、苦笑いを浮かべた。それから胸元から名刺を取り出すと私に手渡した。

 

「改めまして、箕輪一鉄です」

 

「よろしくお願いします」

 

 名前を聞いた時、何だか彼の爽やかな雰囲気に似合わない名前だと思ってしまった。それを察したからか、箕輪はケラケラと喉を鳴らした。

 

「僕もそう思うさ。今どき一鉄なんて古い名前だよ」

 

「いえ。素敵な名前だと思います」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。秋山さんの名前も素敵な名前だ」

 

「あはは。どうも。それと私、秋山じゃなくて東郷です」

 

「あっ。ごめん。失礼な事をしちゃったね。申し訳ない」

 

「気にしないでください」

 

 歯が浮くような物言いも、間違いもこの青年の手にかかれば何も不快でないのが凄いところだ。時代が時代ならこう言う人の下に人は集うのだろうなんて思ってしまった。

 お互い、初対面なわけでもないだろうに初対面のような会話を繰り広げ、肩の力が抜けて来たところで店員がオレンジジュースとコーヒーを持って来た。

 

「っせーしましたー」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう。もう少ししっかり発音したらどうだ?ラーメン屋みたいだぞ」

 

 大人しく受け取った私とは対照的に、箕輪は店員に幼馴染の友人としてどこか皮肉めいた事を言った。店員は意に介さず、ニヤリと笑うと上手く発音できない理由をこれでもかと見せつけた。

 

「歯列の矯正中でしゃべりずらいんだよ」

 

「普通に喋れてるじゃないか」

 

「本当だな」

 

「仮に業態を変えるなら呼んでくれ。僕が店長になる」

 

「お役所仕事は飽きたのか?」

 

「そんなところだ」

 

 お互いのことをよっぽど信頼してるのだろう。飛び交う言葉には遠慮がない。それでも楽しそうに笑う2人を私は少し羨ましかった。こう言うのを親友と言うのだろう、と。

 

「それじゃごゆっくり」

 

 私が目の前の光景を羨ましく感じている間に、店員はオレンジジュースの他に私の目の前にサービスだとサンドイッチも残して去っていった。

 お礼を言おうとした時には既に遅く、その姿は見えなかった。

 

「見苦しいものを見せたね」

 

「いえ。仲が良さそうで少し羨ましかったです」

 

「彼は僕が今の世の中で唯一心置きなく話せる相手だからね」

 

「それは大事にしないとですね」

 

「もちろん。っと、東郷さんはこんな話をしに来たんじゃないよね」

 

 何を聞きたいんだい?と箕輪は目を細めた。不思議とこの人なら答えてくれると言う信頼が私の中に芽生えていた。

 

「私……えっと、東郷じゃなくて、秋山琴音の事を箕輪さんはどこまで知ってますか」

 

「大体のことは知っているよ。その大体のことは今の君に教えられる」

 

「全部話せるわけじゃないんですね」

 

「大人として守秘義務ってものがあるし、今の僕には立場というものもあるからね。けれど、僕は聴く側に事実を知る覚悟があるのなら話しても良いと思ってる。君の知りたいことはきっと、その覚悟が必要な部類だ」

 

「………」

 

「君に覚悟はあるかい」

 

 柔和な笑みの裏に私の心を見抜く鋭い眼があることに今になって気がつく。

 私は知るためにここに来た。だと言うのに、ここに来て先に進もうとするのを待てと自制する考えまで芽吹き始めている。知ってなんになる。そう言って私の手を掴む手を、一呼吸置いた後、私は振り払った。

 

「教えてください。私はそのためにここに来たんですから」

 

 私が箕輪の目を真っ直ぐに見据え、己の覚悟を示す。彼はそれだけで話す気になったのか、コーヒーを一口啜ると、経った数ヶ月前のことを懐かしむように語り出したのだった。

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