少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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皆さんずっと久しぶりです!笑笑
おもむろに書きたくなり、2年ぶりに連続投稿させていただいてます!
ご挨拶は簡単に本編をどうぞ。後書きでお会いしましょう!


第26話 矢の行方

「ーーーーーー以上が秋山琴音さんの話だ。気になるところはあったかい?」

 

「大阪で壮絶な冒険を私がしたことはわかりました。けれど、やっぱり何か足りないんです。その話に出て来てないけど、本当はもう1人いるんじゃないですか?」

 

 話に聞いたような地獄の中で私が1人耐え切ったとは思えない。だから、私を支えてくれた人がいるはずなのだ。

 私と共にいた『巫女』がーーーーーー。

 私が更に問い詰めると、箕輪はコーヒーをまた一口含んでから頷いた。

 

「吾妻希望と言う子がいる。今は大社でその身を預かっている」

 

「あがつま、のぞみ……」

 

 口の中でその名前を転がしてみる。妙にしっくりくる名前だが、その吾妻希望と言う人物の記憶は未だに出てこない。

 私は知ろうとしているのに深層心理がそれを拒んでいるのだろうと、変に冷静に分析してみたりもする。

 

「その吾妻希望さんが、本当に私が探している人なんですよね」

 

「間違いなくそうだ。むしろ、僕は今日。彼女の話をするつもりで来たくらいだから」

 

 確信を持って箕輪は頷いている。私だって会いたくて仕方がなかったはずだ。だと言うのに、私は彼女の名前を聞いたところで大事な人だったと言う感覚は薄情にも湧いてこなかった。

 

「吾妻希望と東郷さんは間違いなく親友だった。それこそ、僕とあいつのように」

 

 あいつと言うのは幼馴染の店員を指しているのだろう。私と吾妻希望は彼らのように歯に衣着せぬ物言いができるほどに仲が良かったと言うのか。

 

「……だめだ。やっぱり思い出せない」

 

 思い出せないことが悔しくて、自然と手にも力が入る。会えばもしかしたら思い出せるかもしれない。そんな一抹の期待感を持って箕輪に尋ねた。

 

「希望さんは私とは今会えない状態なんですか?」

 

「残念ながら。吾妻さんは大社のお偉いさんの指示で今は限られた人としか接触ができないんだ」

 

 一体何が起きればそんな状態になるのか。問おうとした時、箕輪は少し遠回りするような事を私に聞いて来た。

 

「東郷さん。君は今、どこまでの記憶ならしっかりと整合性が取れる?」

 

「えっと……頑張って本州の調査までです」

 

「それならかなりの事は思い出せてるんだね。本当に吾妻さんの記憶だけが抜け落ちてるのか。それなら安心した」

 

「………覚えてる限りの話ですけど、私は千景さんと何故かマンションに向かってます。わざわざ若葉ちゃん達と別れてまでです」

 

「そうやって自分の行動に疑問が持てているなら、この話を聞いても大丈夫だろう。そこのマンションは吾妻さんの実家があったところだ。君と郡さんは吾妻さんの要望で彼女の実家へと向かった。そこでバーテックスに包囲され、吾妻さんは重傷を負った」

 

 そして箕輪はここまで話したところで、再び遠回しな言い方をした。

 

「その後、吾妻さんは大社の病院に搬送された。そして検査の結果、怪我以上の事が判明した。と言うより、無視していた事を無視できなくなったと言えばいいかな」

 

 話を聞いてはいるが、どうしても理解できない部分はある。自分で知りたかったはずなのに、語られる内容は夢物語のようで形になってくれなかった。

 箕輪はその事に気がついていたように思う。けれど、彼はその事を承知で話を続けた。 

 

「どうして他の子達が君に吾妻さんの話をしないか知りたいかい?」

 

「はい」

 

「君が思い出した時、きっと辛い思いをすると思ったからだ」

 

「………」

 

 ただ黙ってその事実を噛み締める中、箕輪は日常の会話を続けるように更なる衝撃的な事実を告げた。

 

「結論だけ先に言ってしまうとね。吾妻さんは天の神の巫女だったんだ」

 

「天の神の、巫女?」

 

 天の神。そのくらいの知識は私にはある。だからこそ、意味がわからないのだ。何故今、敵である天の神の名前が出てくるのか。だって、私たちは地の神…神樹様の勇者であり巫女であるはずなのに。

 

「天の神の巫女って事は、その子は敵だったんです、か?」

 

「敵ではない。彼女本人も我々に言われるまでその事実に気づかなかったほどだ。吾妻さんに敵対心は無かった。けれど、勢力図に当てはめた時、彼女の立場は明確に敵と言って差し支えのないものだった」

 

 箕輪の話は実にわかりやすい。とは言っても、それを真っ直ぐに受け取れるほどの冷静さを保てた自分を褒めてやりたいと思う。

 箕輪は私の様子を確認するために一度話を区切った。彼は私が思った以上に冷静だった事を特に驚く様子も見せず、話を再開した。

 

「その事が発覚したのと同じタイミングで吾妻さんの親友だった君もバーテックスとの戦いの中で人格が入れ替わり、記憶を失った。大社からしてみれば君の記憶が無くなったことは暁光だった。最も苦労して説得する必要性のある君が、吾妻さんの事を全て忘れてしまったのだから」

 

 オレンジジュースの氷が心の動悸を治めろと言わんばかりにカランッと鳴った。ここまでバラバラだった何かが一つになっていく感覚は妙な気持ち悪さを孕んでいた。

 ここまで話をされれば私なりに結論を先読みできた。多分大社はーーーーーー。

 

「そして大社も勇者達に吾妻さんの情報を口止めした。君が吾妻さんの事を思い出せば必ず奪い返しに来ると踏んだんだね」

 

 大体は私の予想した通りだった。

 簒奪する。それは強い言葉であったように思うけど、確かに私ならやりかねない。多分、若葉ちゃんかひなたちゃんが天の神の巫女で、尚且つ大社に囚われの身となったのなら力尽くでも奪いにいくだろう。

 そして私がこれまで勇者の子達と関わって来た感じ、皆その心は純真で驚くほどに良心に満ちている。だからこそ、私に話そうとしなかった理由は大社ほど酷いものではなかったと思う事ができた。

 箕輪も私がある程度は話の見当がついた事を察したのだろう。小さく笑った後、今更コーヒーに砂糖とミルクを入れた。それをかき混ぜながら最後のピースをはめた。

 

「勇者の子達は皆優しい。だから大社のように奪い返しに来るとか、そう言うふうには思ってない。ただ1つだけ。親友と2度と会えない辛さを感じて欲しくない。そんな優しさで東郷さんには話を隠し通していたんだと思うよ」

 

「………わかった気がします。色々と」

 

 知りたかったことは全て知れた。吾妻希望の事は未だに他人事に近い感覚だが、それは仕方がないと割り切った。若葉達が話したくないと言っていた理由も私は泣きたくなるほどに嬉しかった。

 

「あの。他に希望さんのことを知ってる人っていないんですか?」

 

「どうだっけな。あっ。1人いるよ。吾妻さんの友人が一緒に大阪から生き延びてきたはず。名前は……」

 

「この人じゃないですか?」

 

 私はカバンの中から一枚の手紙を差し出した。その宛名を見て、箕輪は思い出したのか手鼓を打った。

 

「そうだ。辻浦奏さん。彼女なら君と吾妻さんのことを知ってるはずだ」

 

「会いに行っても大丈夫なんですか?希望さんの話をしたら悲しい気持ちになったりとかも……」

 

「彼女は大社とは関係のない子だ。吾妻さんの現状を知らない。だから、それさえ口にしなければ大丈夫だと思うよ」

 

「そうですか。わかりました」

 

「うん。これで僕が知っている事は全て話したけど、まだ知りたい事はあるかい?」

 

「あ、それなら最後に一つだけ。箕輪さんはどうして私にそこまでしてくれるんですか?千景さんは前から箕輪さんが私のことを気にしてくれてるって言ってましたけど」

 

「ちょっとした恩があるんだよ。東郷さんのお父さんに」

 

「お父さんが?」

 

「簡単に言えば命の恩人って奴だ。僕は医者である東郷さんのお父さんに助けられた。それだけの話だよ」

 

 それ以上に話をする事は無いと箕輪は良い、コーヒーの最後の一口をゆっくりとした動きで啜った。

 私もこれ以上聞くこともないと判断し、オレンジジュースを口に含む。私はこの時、ようやくオレンジジュースの酸味を味わったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 数週間前ーーーーーー。

 

 サソリ座のバーテックスとの戦闘後、勇者達は大きな問題を抱えていた。その問題について改めて打ち明けるべく、琴音と希望を除いた勇者達はひなたの頼みで若葉の病室に集まっていた。

 

「今日は皆さん、お身体も優れないと思いますけど来てくださってありがとうございます」

 

「一体改まって何の話だ?若葉は既に何の話か知ってるって顔だなっ」

 

「希望さんの事です」

 

 杏は名前を聞いて思わず首を傾げた。現在、問題に取り上げるならば琴音であると思っていたからだ。

 

「希望さんの?今は琴音さんの方が大事では……」

 

「あんちゃんの言う通りだよ。それに、希望ちゃんはずっと眠ってるって話だよね」

 

 友奈の言う通り、ひなたは大社の指示によって、勇者達に希望は怪我の状態が悪く、寝たきりになっていると伝えていた。

 いずれそんな簡単な嘘は暴かれるとひなたも思っていたが、まさか自分から嘘だと明かすことになるとは思いもよらなかった。

 ひなたは心を落ち着けさせると、皆を見渡しながら話を進めた。

 

「その話ですが、事実でもあり嘘でもあります」

 

「どう言うことですか?意味がわからないのですが」

 

 杏もひなたの矛盾する言い回しに違和感を感じ、問い詰めようとした。しかし、ひなたは珍しく強行突破という選択肢を選んだ。そうする他にないと最初から決めていたことだった。

 

「ここで皆さんに全ての話をする事は出来ません。ですが、一つだけどうかお願いしたい事があります」

 

「なに…かしら……」

 

「琴音さんは今は記憶が混乱していて、希望さんの事を忘れています。それでもいつか、琴音さんは希望さんの事を思い出そうとするはずです。その時、皆さんには頼られても希望さんを知らないフリをして欲しいのです」

 

 ひなた以外の面々は沈黙するしかなかった。ひなたの話は、希望の事を忘れろと言うに等しかったからだ。それを素直に頷けるほど、希望との関係性が浅いものはこの場に1人もいない。そして、ひなたを非難する者も1人としていない。ひなたの浮かべる苦悶の表情を見て、誰が彼女の事を責められようか。

 次の言葉を発せられる事が躊躇われる中、友奈だけはひなたの発言の理由を知ろうと優しく問いかけた。

 

「ひなたちゃんの言いたいことはわかった。けれど、それはどうして?」

 

「琴音さんは、希望さんの事を思い出したところで恐らく2度と会う事はありません。気がついた時には親友と会えない。そんな悲しい思いを、私はさせたくありません」

 

 2度と会えない。その言葉に1番に反応したのは千景だった。

 

「2度と、会えない?それは…私達も?」

 

「はい。例外なく」

 

 勇者達にとって、突然打ち明けられたこの話を容易く受け入れられるほど、吾妻希望の存在は小さくなかった。

 彼女の明るさや彼女のフルートの音色は迷い多き勇者達にとって、ひなたとはまた別の道標であった事は疑いようのない事実だったからだ。

 

「……面白くない…わね……」

 

「千景さん……」

 

 千景は今回のことは納得しきれないのか、感情を露わにした。

 ひなたにだって分かっていた。千景が友奈は次に信頼しているのは希望だと言う事を。

 ただ、千景の口から語られた彼女の想いは、ひなたが想像したものとは違っていた。

 

「私が面白くない…わけではない…わ……。気持ちの整理がついて…再び前を向こうとした時…大事な人が隣にいないあの子が……不憫なの」

 

 珍しくここまで静観していた球子も、千景に同意した。

 

「そうだっ。タマだって琴音と同じ立場になった時、あんずが隣にいなかったら気が狂いそうになる。しかも、皆に嘘をつかれるんだぞ。耐えられるか?」

 

「………千景さんと球子さんの言うことは至極真っ当です。私だって、自分で言っておいて酷いことだと知ってます」

 

「ならーーーーーー」

 

「それでも!それでも……この嘘だけは…どうしても協力してもらわないと行けないんです」

 

 ひなたにはこれ以上説得する言葉は出てこなかった。後がなくなったひなたに助け舟を出したのは杏だった。

 

「……タマッチ先輩。千景さん。ここは一度、ひなたさんに従いましょう」

 

「あんず!?お前、本気で言ってんのかっ?」

 

「本気。ひなたさんは私達にこれまで嘘をついた事がある?」

 

 球子の真っ直ぐな性格を杏は誰よりも知っている。だからこそ、球子にこの話を納得してもらうには、これまでのひなたの真っ直ぐな想いを思い出してもらう他になかった。

 杏の予想通り、球子はこれまでのひなたを思い出し、言葉を詰まらせた。

 

「ない、な」

 

「そのひなたさんが、嘘をつかねばならない状況って事です。そして大社も。タマッチ先輩と千景さんの気持ちもわかります。ですが、希望さんには例外無く、私達も会えないとひなたさんは言いました。それが何よりの証拠です」

 

 そして杏は一呼吸置くと、これまで建てていた仮説が1つに繋がるかもしれないという好奇心が顔を覗かせた。

 知る必要もないし問う必要もない。それでも、これは琴音にも繋がることでもあり、杏は己の推察の答え合わせをするために一歩踏み込んだ。

 

「ひなたさん。この際、私が聞いてしまいます。希望さんはこの先、『こちら側』にいますか?」

 

「…………いいえ」

 

「もう十分です。ひなたさん。辛いお話をさせてしまってごめんなさい」

 

 杏はひなたに頭を下げると、そのまま布団の中へと潜り込んだ。告げられた事実を抱きしめ、感情を抑えるために。

 友奈は呆然と立ち尽くしていた。

 

「そんな話って、あるの?あって良いの?」

 

「おい。あんず、友奈。説明してくれ。どう言うことなんだっ?」

 

「もう…良いわ……。ごめんなさい上里さん。…今回は…できるだけあなたに従うわ…」

 

「えっ、ちょっと千景まで何納得してんだっ。タマはまだ何もわからないぞ」

 

「希望はいなくなるってことだ。これ以上言わせるな」

 

 ここまでずっと黙っていた若葉は球子に釘を刺した。球子だって理解していた。しかし、それを本能で拒絶しようとしているがために、理解が他の者よりも遅れたのである。

 釘を刺された球子は若葉に何か言おうとして、口を噤んだ。

 

「この嘘の報いは私がいつか必ず受けます。だから皆さん、琴音さんが自らの手で思い出すまでは隠し通してください」

 

 その数週間後、早くも琴音は希望の事を知ろうと奔走する事になる。ひなたは琴音から希望の話が出た時に嘘を貫き通した。他の勇者達も泣く泣く琴音に嘘を貫いたのだった。

 その話をしてから数週間。ひなたは千景が遂に耐えきれなくなり、琴音に希望の事を知る神官の箕輪の話をした事。彼と接触したことをまだ知らない。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私は箕輪と話した足で辻浦奏のもとへと向かおうとしたが、時間も中途半端で今から赴くには迷惑と思い丸亀城へと戻った。

 丸亀城へと戻ると私は真っ先に弓道場へと向かう。例え【倶利伽羅剣】の方が扱いやすくとも、【生弓矢】も無くてはならぬ存在だ。

 弓を引きながら、昼間の箕輪との最後の会話を思い出す。

 

(そう言えば箕輪さん、こんな事も言ってたな)

 

 あなたの武器は別々の巫女から与えられたものだと。

 

(吾妻希望は天の神の巫女……。ひなたちゃんは神樹様の巫女……。それなら私は?)

 

 私は……どちら側なのだろう。

 雑念混じりに放たれた矢は、大きく逸れて安土と呼ばれる盛り土に突き刺さった。

 

「はあ。上手くいかないな」

 

 残心の姿勢を保ちながら呟く。私は再び手順に沿って弓を引いた。まだ先程の呟きはそこにある。

 

「もう1人の私ならどうする」

 

 虚空に問いかけるが私はその答えを知っている。と言うより選択肢など最初から一つしかない。

 

「会うしかないよね」

 

 吾妻希望を探しだし、ことの些細を問い詰める。そして、私は自分の信ずる方へとその身を委ねるだけだ。

 放たれた矢は風を切り、行き場を失っていた言葉を連れ去り、瞬きもせぬ間に的の真ん中へと命中したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 翌日。私はせめてもの変装を施してから寮を出た。が、玄関で私はひなたに呼び止められた。

 特別悪い事をしているわけではないのに、箕輪から内緒で話聞いた翌日ともなると妙にひなたと顔を合わせるのが気まずかった。

 

「おはよ。ひなたちゃん。どうしたの?」

 

「明日の買い出しに一緒に行きませんかというお誘いです」

 

「明日?」

 

「忘れてしまったんですか?若葉ちゃんと杏さんの退院祝いですよ」

 

「あれ。それ明日だったっけ」

 

 確かにひなたから話を聞いたが、聞いた時は別のことで頭がいっぱいで若葉と杏の退院が間近に迫ってるとは気づきもしなかった。

 ひなたからしてみれば大事な約束をすっぽかされたわけで、気分も悪いだろう。と言うのに、ひなたは優しい声音で私の鼓膜を震わせた。

 

「そう言う時は誰だってありますよ。それに、琴音さんは若葉ちゃんの誕生日すら忘れてたことあるんですから。おぼえてます?」

 

「あー。3年生の時だね」

 

 その時の記憶は東郷琴音としてしっかりと持ち合わせている。小学3年生の頃、若葉を祝おうと再三誕生日を聞いておきながら、クラスメイトからの嫌がらせという問題を未だに抱えていた私は見事なまでに忘れていたのである。

 

「まさか1ヶ月後にお祝いされるとは若葉ちゃんも思ってはみなかったようですよ?」

 

「凄い反省してるよ。私、あれから誰かの誕生日だけは忘れたことないんだから」

 

「知ってます」

 

 ひなたは過去を懐かしみ、優しく微笑んだ。

 

「それで、どうします?琴音さんに用事があるなら友奈さんか千景さんと行ってきますが」

 

 辻浦奏のもとを訪れようとしていたが、若葉と杏の退院を祝う準備の方が大事だと思った私は首を縦に振った。

 

「せっかくなら2人とも誘おうよ。4人で行った方が楽しいよ」

 

「良いですね。そうしましょう」

 

「うん。私が呼んでこようか?」

 

「いえ。私が呼んできます」

 

 ひなたは私の足に目を向けた。既に私は靴を履いている。再び脱ぐのもめんどくさいでしょ?とひなたの目は語っており、私も同じ事を思ったので素直にここで待つ事にした。

 待つ事、数分。ひなたは見事に友奈と千景を連れて戻ってきた。友奈は着替えたようだが、先程まで運動をしていたのか少しだけ汗ばんでいる。千景は昨夜遅くまで何かしていたのか眠たそうだ。

 私は挨拶代わりに千景に聞いた。

 

「眠たそうですね」

 

 千景は珍しく欠伸を噛み殺すという少々間抜けな様子を見せる。

 

「……少し考え事をしていて…。あまり…眠れなかったわね……」

 

「あら。大変」

 

「あなたのせい……」

 

「わ、私!?」

 

 何かしただろうか。昨日は千景とご飯を共に食べた以外の記憶はない。その食事中の会話ですら他愛のないものだったと思っている。

 慌てる私に千景は表情を緩めると、靴を履き、私の肩を叩いて先に大手門の方へと歩いて行った。

 

「何だったんでしょうか」

 

 ひなたは私と千景の背中を交互に見返しながら首を傾げた。

 私としても唯一思い当たる節があるとするならば箕輪の事を私に教えたことだろう。でもそれも数日前の話。加えて、箕輪の口から語られた内容は驚きや戸惑いはすれども、千景が眠れなくなるほど思い悩むものでもなかったはずだ。

 私も千景の背中を見つめながらひなたに一言残しておいた。

 

「さあ……」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 買い出しは難なく終わり、私は友奈と上機嫌のひなたと共に下準備をしている。千景は最初手伝ってくれていたが、大社に呼び出されたとかで嫌そうに顔を顰めながら丸亀城の本丸へと去っていった。

 

「千景さんもタイミングが悪かったですね」

 

「ひなたちゃんは何も聞いてないの?」

 

「一応聞いてはいますよ。ですが、その話を千景さんは断ったとも聞いてたんですが……」

 

「何かあったの?」

 

「千景さんのご家族と共に暮らした方が良いと、大社が提案したんです」

 

「ふーん。それの何か問題なの?」

 

「琴音さんならわかると思いますが、その…家族の問題ってやつです」

 

「なるほどね。私の大っ嫌いな話だ」

 

 そう言った話を聞くと、先程まで私たちの糧となってくれる事への感謝を込めながら皮を剥いていたジャガイモも憎らしい母の顔に見えてくるから不思議なものだ。

 私の母の一件で巻き込まれた友奈は私の様子を見て苦笑いを浮かべた。

 

「けれど、私は最近の千景さんは安心して見ていられます。以前……。壁の外の調査の際と直後は思い詰めた顔をしていたのですが、今は緊張感はあれど穏やかに見えます」

 

「何か気持ちの変化でもあったのかな」

 

 私が首を傾げると同時にひなたは友奈へ目を向けた。

 

「千景さんのことは友奈さんが1番詳しそうですけどね」

 

「あははっ。そんなことないよ。でも、ひなちゃんの言う通り。最近のぐんちゃんは何だか楽しそう」

 

「友奈さんが言うと説得力が増します」

 

 2人の仲を良さは皆が承知しているところ。私たちは顔を見合わせると3人で笑った。

 ひとしきり笑い合った後、ひなたは話を戻す。その話を特段したいわけではない。でも気になると言ったところだろう。

 

「それにしても、千景さんはよく踏みとどまりましたね」

 

「多分、私が精霊に飲み込まれておかしくなったのを見てから冷静になったんじゃない?」

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

「何となく」

 

 何となくと言っても、大概に人と言うのは同じ境遇で、片方が悪い結末を迎えると途端に恐ろしくなって冷静になる。そして、先のことを考えるようになる。今回であれは精霊を使い続けると心の収まりがつかなくなり、暴走すると言うのが結末だ。千景は私の姿を見て、途端に恐ろしくなったのだろう。その先に進むことが。

 

「私は良くも悪くも1番精霊を使ってた……みたいだから、実験台としては良いモデルケースだよ。うん。私が言うんだから間違いない」

 

 数日前の事もあり、私で良かったと冗談めかして言うと同時に、肩をすくめて見せた。しかし、あまりウケはよろしくなかったみたいで、尚且つひなたも友奈の表情は悲しげだった。

 

「ごめん」

 

 2人の顔を見ていられず、逃げるように目の前のジャガイモに意識を戻す。残念ながら手に持っていたジャガイモの皮はいつの間にか既に全て剥けていた。

 

「世の中には謝るくらいなら言わない方がいい事もありますね」

 

 ひなたは片手で私の手からジャガイモを抜き取ると、仕返しだとばかりに空いた手で私の鼻先を突く。痛みよりもくすぐったさを感じた私は鼻をさすりながら、友奈とひなたに小さく頷いた。

 

「そうですね。肝に銘じておきます」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 琴音、ひなた、友奈が下準備に明け暮れている同時刻。千景は大社の神官と膝を突き合わせていた。

 要件は家族との同居。千景の家族は父親と母親。そして千景の3人構成だった。父と母は仲が良かったが、次第に険悪化。母親は不倫相手と駆け落ちし、家には父親だけが残された。

 母親はバーテックスの最初の襲撃を本州で受け、そのまま消息は不明。数年経っても現れないため、亡くなったと判断された。 

 父親は子供のような人で、育児を放棄して遊び呆けているような人だった。不倫された事がショックだったのか、それを紛らわせるために今では酒に溺れ、廃人と化していた。

 

「……お断りします」

 

「そうですか。ですが、郡様のためにもご家族と同居し、気を休めた方がよろしいかと思います」

 

「気を休めるなら…こっちにいた方が…マシ……よ……」

 

「かしこまりました。では、ひとまずこの件は保留にいたします」

 

「ありがとう…ございます……」

 

 千景は思ってもいないお礼を口にしてから、すぐに話し合いの場となっていた大社の支部を出た。

 

「馬鹿な事…言わないで……。私は、私の居場所は…ここしかないの……」

 

 家族なんてどうでも良い。少しばかり気にはなるが、散々傷つけられる原因を作り出した張本人をどうして許せようか。それに千景にとって、今大事なのは友奈、ひなた、若葉、球子、杏。そして琴音。この6人と丸亀城こそが自分の居場所だ。その居場所を失いたくない。

 

「失うのが……怖い……」

 

 この千景の居場所を失いたくないと言う気持ちは当然と言えた。この当然存在する感情が、彼女の人生の道筋を大きく変えてしまった事はまだ誰も知らないーーーーー。

 

 

 

 




今回はどうだったでしょうか?
まだまだ本編は続きます。かなり続きます。皆さんにはこのような拙い文を読んでくださった事を心の底から感謝しております。
感想や評価は作者のモチベーションにも繋がってますので、何卒よろしくお願いします。それではまた次回お会いしましょう!!
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