若葉と杏は無事に退院した。ひなた考案のパーティーも成功し、今一度私たちの結束は強くなったように思える。球子はと言うと、まだ入院が必要と言われたのに車椅子に乗って無理矢理参加していた。医者に怒られるのはまた別の話である。
バーテックスの侵攻はと言うと、嘘かと思うほどにパタリと止んだ。少し前まで続いていた小競り合いすら起きなくなっていた。皆、不思議だとは思っているが、同時にこの何もない穏やかな日々を素直に喜んでもいた。それでも当然、警戒感は皆持っているようだった。いかんせん、前回の戦いのこともある。これまでで最も死が近づいた戦闘だったのは間違いない。
「油断ならんよね」
パーティーが終わり、各々が自室に戻った後、私と若葉、ひなただけは食堂に残っていた。
余ってしまったチョコをふんだんに使ったスティック状のお菓子を口に咥えながら私はぼやく。
「私たちも若葉ちゃんと杏ちゃんが戻ってきてくれたから、とりあえず戦力は戻った。……どしたの若葉ちゃんとひなたちゃん。私の顔じっと見て」
バーテックスの出方を考えていたところ、やけに2人とも私の顔をじっと見つめてきたのである。2人とも顔立ちが整っているだけに、同性といえどドキドキしてしまう。
私が思わず目を逸らすと、2人とも顔を見合わせて目を細めた。
「ふふっ。琴音さん、元に戻ったなと」
「あぁ。とてもイキイキとしてる。少し前とは大違いだ」
「そうかな。まあ、みんなおかげだね」
友奈、千景は私の手を取って前に進めてくれた。若葉も私を許し、前に進む事を願ってくれた。ひなたや杏。球子だって。
1人では何も出来ない私は、皆の協力でここまで来れたのだ。とても感謝している。
胸の内に広がる暖かい温度を噛み締めていると、若葉は私が先程食べていてチョコのお菓子に手を伸ばしながら聞いてきた。
「琴音。記憶の方はどうだ?」
「んー。そうだなあ」
どう言うつもりで若葉はその話題を渡してきたのか。私としてはここで吾妻希望の存在を思い出したと言ってもいい。けれど、若葉とひなたが私のためを思って、彼女の存在を隠していたと言うことが引っかかってしまっている。
若葉の質問の意図を考え、私はどう答えるべきか悩んでしまった。その不自然な間は僅かに1秒程度。それでも妙に長く感じられた。
(迷ってても仕方ないか。希望さんの事を私は全て思い出さないといけないんだから)
彼女のことを他人事ではなく、心の底から信頼した友として感じたいのだ。それが今の私の望みだった。
決意してからは早かった。私はいつもと同じ笑みを貼り付け、核心をぼかしたまま言葉を転がした。
「うん。大丈夫。ようやく整理がついてきたところ」
「そうか。それなら良かった」
若葉は安心し切った様子で、何事もなかったかのように先程と同じ物に手を伸ばす。
その伸ばされた手に、私は自らの手を重ねた。自分でその話題を振ってきておいて、私が逃すとは思わないと何故思わなかったのか。
若葉の手はピタリと止まっている。じっと重ねられた手を見ながら、私の次の言葉を待っていた。
傍らにいるひなたも、息を呑んだまま石のように固まっている。
2人とも私の不可解な行動の意味を察してくれているのなら話は早い。立ち止まった若葉とひなたに、私は一歩を踏み出して遂に追いついた。
「希望さんの事も、ね?」
「…………」
若葉は沈黙を貫いている。しかし、重ねられた手からは彼女の体温が強張り、その動揺が伝わってきた。私は重ねた手に、これ以上逃さないと言う意思を込めて、わずかに力を込めた。
「油断したね」
「……みたいだな」
若葉は降参とばかりに肩の力を抜いた。
ひなたは私が何故このような行為に及んだのかを察し、バツが悪そうに目を伏せた。顔を背けるまではしなかったのはせめてもの抵抗か。それとも私への申し訳なさか。
そんなひなたを目の当たりにし、私は一度自嘲の笑みを頬に刻んだ。
(私がしっかりしてれば、ひなたちゃんや若葉ちゃんを苦しめる必要もなかったのにね)
自分の不甲斐なさを身をもって知り、小さくため息をつく。それから私は若葉とひなたと改めて向き合った。そして打ち明けた。2人が。皆が隠していた事を。
「思い出したよ。私が大阪にいた時のことも」
全て思い出したわけではないが、そこはご愛嬌。今更、若葉とひなたもそこは気にしなかったのか、問い詰めてくるような事もしなかった。
ひなたも隠し事の限界を知り、最初からする必要もなかったかも知れないと苦笑いした後、若葉に同意を求めるように視線を送った。
若葉も、ここまでだとひなたに頷き返した。
「友奈辺りが口を滑らせたのだろう。それも承知の上だ。友奈は友人思いで戦いでも頼りになる。平気で何もかもを話すような奴でもない。けれど、たまに抜けてる」
若葉が友奈をどう見ているかを流れ弾に当たったような感覚で受け取り、思わず私は苦笑した。
「隠してくれてたんでしょ。私のために」
「それも友奈から聞いたのか?」
「す、少しは友奈ちゃんを信頼してあげなよ。私がその話を聞いたのは……」
ここで箕輪の名前を出して良いものなのか。口を滑らせた手前、言うのが筋かとも思ったが、彼の立場を考えると名前を出すのは躊躇われた。
「やっぱり内緒」
その言葉に、若葉は一瞬だけ呆気に取られたような顔をしたが、彼女なりに察しはついたのだろう。一言、「口が軽すぎる……」と苦笑いを浮かべた。
眉間に寄ってしまった皺を揉みほぐす若葉に代わり、ひなたが話を引き継いだ。
「大阪に居た事は元々覚えていたんですか?」
「記憶は薄れてたけど覚えてた。けど、希望の事は忘れてた。何か足りないって言う感覚が付き纏うだけで、それ以上は」
「辛い思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい」
隠し事をしていた時は有無を言わさぬ雰囲気を纏っていたのに、今は申し訳なさそうに頭を下げている。いや、ひなたは隠し事を私にしている時も何処か苦しそうだった。彼女なりに色々と考えてくれていたのだと思うと私の方が頭を下げるべきなのではないかと思わされた。
「私は大丈夫。何も感情は湧かなかったよ。薄情だとは思うんだけどさ、凄い他人事に感じたんだ」
「あれだけ知りたがっていたのにですか?」
ひなたは顔を上げると信じられないとばかりに目を見開いた。
私が傷つくのを恐れていたのに、ひなたからしてみれば希望に対して無関心に近い状態になっているとは思いもよらなかったに違いない。
「不思議だよね。やっぱり、私の思い出じゃないからかな」
多くの人を巻き込んでおいて、いざ事実を目の当たりにすればこの有様。私はやっぱり自分勝手だ。
(会えば変わるかな)
せめてこの希望に対する感情が追いつかない状態だけはどうにかしたい。会えさえすれば変われると言う確固たる自信はない。けれど、私はこの先胸を張って生きていくために、彼女のことは思い出さねばならないのだ。
「若葉ちゃん。ひなたちゃん。私ーーーー」
会いたい。あって希望と話がしたい。そう言えれば良かった。だと言うのに、目に見えぬ何かが私の意思を捻じ曲げようと嘲笑う。
喉にせり上がってきた言葉が、小さい氷に変わって吐き出すことすらままならない。
悔しくて俯いてしまった私の視界に、差し伸べられた若葉の手が映った。
「会いたいか?」
その一言は一息に氷を全て打ち砕いた。
一度深呼吸をする。先程まで聞こえてきた嘲笑も、喉につっかえた氷も今はない。
私は若葉とひなたに向き直り、願いを口にした。
「会いたい」
引き返すことのできない旅路を行く、全ての決意を込めた一言でもあった。
若葉はひなたに目を向け、小さく頷いた。
「ひなた。もういいんじゃないか?大社に掛け合えば一度くらい最後に会えないだろうか」
「わかりました。すぐに手配します。琴音さん。会うことは良いですが、気落ちしないでくださいね」
「会って気落ちすることあるの?」
若葉の口から出てきた「最後」という不穏な単語が余計に意味を含ませ、私の心をくすぐった。誰かも似たような事を口にしていたからだ。
「名前を聞いたと言うことは彼女の現状も聞きましたよね」
「うん」
確か箕輪は希望は大社によって隔離されていると語ってくれた。彼女が天の神の巫女であることも聞いた。勇者の子達が希望の事を隠していたことも。隠していた理由もだ。
私はその話を聞いた時、更に深掘りしなければならなかった所を無視したのではないか。この違和感の正体は箕輪と話をした時にしか生まれないのだから。
違和感の正体の答え合わせは、すぐにひなたの口から語られた。
「希望さんは1週間後には供物として天の神に捧げられます」
「………は?」
「これは決定事項であり、覆される事はありません」
供物して捧げられる。その意味を理解することは到底出来ない。それでも何とか私が有り合わせの知識を総動員し、供物を人間の枠に収めた時、出てくる言葉は一つしかなかった。
「人柱って、こと?」
遥か昔から人々は神に祈りを捧げる時、人柱を捧げ、赦しを請うた。それを今の時代に行うと言うのか。
そして私はようやく箕輪との会話を思い出した。箕輪は私に言った。親友と2度と会えない辛さを感じて欲しくないと。
(2度と会えない……。希望が人柱として天の神に捧げられ、その命を絶つから……。どうしてその場で私は聞かなかった……)
箕輪をその場で問い詰めなかった理由も今ならわかる。私が希望よりも辻浦奏に意識が向いていたからだ。
唇を噛み締めた私にひなたは止まることなく事実だけを伝えてくる。
「それに大社はこれで天の神の侵攻は一度終息すると考えています」
「空いた口が塞がらないよ」
「希望さんも承知してます。琴音さんに会いたいとずっと言っていたのに、自身が天の神の巫女であると言う事を自覚してからは口にしなくなりました。それどころか自分の命で多くの命が救われるならと前向きに人柱になる話を受け入れてしまいました」
ひなたは一度ここで話を区切る。私に咀嚼する時間をくれたのだろう。不意をつかれたが、覚悟は決めていたからか、飲み込むことはすぐに出来た。
気持ちを今一度落ち着けるために小さく息を吐く。それから再び若葉とひなたの待つ舞台へと舞い戻った。
「会ってみる。どんな状況だったとしても」
「わかりました。大社に掛け合ってみます」
ひなたは悲しげに、けれどどこか慈しむような眼差しで私を見つめた。
「琴音さん。改めて問います。それが、地獄への扉を叩くことになったとしても……後悔はなさいませんか」
私の瞳に宿る光が消えないことを確認すると、彼女はそれ以上何も言わず、ただ一度、深く深く頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日のことである。ここ数日、動きを見せなかったバーテックスが動き出した。
戻ってきたばかりの若葉と杏も万全と言えない状態での出撃。だと言うのに2人が戻ってくるだけで頼もしさが段違いだった。杏の勇者としての姿はとても可憐で思わず見惚れたし、若葉は壮麗でありながら、その背中には、揺るぎない「柱」としての重厚さがあった。
樹海化された世界で一際輝くその存在を身をもって味わっていると、友奈が珍獣を見るような目で私と武装をまじまじと見ていた。
「琴音ちゃん、今日はそっち使うんだね」
「うん。何となく、こっちが良いような気がして」
今回私が持ってきたのは【生弓矢】だ。何故こちら側を選んだかは自分でもわからない。戦いで生き残るには間違いなく【倶利伽羅剣】を使うべきだ。私はどうして扱いもままならない弓を持ってきたのだろうか。
こんな事を考えていても仕方がないので、ひとまず目の前の状況に意識を戻す。
眼前に広がるバーテックスはこれまでと比べれば数は多い。しかし、かなわない程でもなかった。
「これなら万全でなくとも何とかなるな」
若葉も体調面は気になっていたのか、バーテックスの数を見て少しだけ安心した様子をみせる。
そんな若葉に千景が一言、針を優しく刺した。
「…油断は禁物……。リーダーなんだから…気を引き締めなさい……」
「そうだな。千景の言う通りだ」
若葉は頷くと私達を見渡す。
「今回は私と杏は動きが鈍くなるだろう。友奈、千景にはまだ苦労をかけるが、私のカバーの方をお願いしたい」
「もちろんだよ!」
友奈は返事と同時に、威勢良く掌を拳で打ち鳴らした。
「頼りにしてくれて……嬉しいわ…」
千景も僅かに口角を上げ、頷いた。千景の持つ大鎌も、かちゃりと音を立てる。
「琴音は杏の援護を。無理はするなよ」
「琴音さん。お願いします」
「任せといて」
私は若葉に生弓矢を掲げて見せる。それに若葉は微笑み返し、帯刀していた生太刀を抜き放った。世界に照らされた刀身は銀色に輝き、絶望を振り払う象徴のようであった。
「よし!行くぞ!」
掛け声と共に前線へと飛び出した若葉を火切りに、戦いの幕は開かれた。
戦いは順調に進んでいる。若葉の獅子奮迅の活躍は記憶にあるが、最早獅子奮迅という表現では収まらない。その鬼神の如き戦いぶりはバーテックスを徐々に押し返している。とても万全でないと言い張る人間の動きではない。
若葉に追随する友奈と千景も見事な連携を見せている。若葉が囲まれそうになれば先回りして拳を叩きつけ、友奈に牙が迫れば鎌が命を刈り取っていった。
私と杏は3人の撃ち漏らした敵を射抜き続ける。杏は視野が広いのだろう。指示も的確で不思議と背中を預けやすかった。おかげで私は自由に動き回る事ができた。
弓を引き、千景を喰らおうとするバーテックスを撃ち抜いた後、私は少し油断した。そんな私を杏の声が引き戻す。
「琴音さん!右です!」
「っ!!」
奇襲に私は身体を捻り、友奈の拳を見よう見まねで模倣した。バーテックスは地面に叩きつけられ、私は間髪入れずに回し蹴りで若葉の太刀筋の先に送り込んだ。送り込まれたバーテックスは一刀両断され、星の屑となって消滅した。
私の一連の動きに杏は何度も目を瞬かせ、感嘆の言葉を漏らした。
「す、すごい」
「そう?前からこんな感じじゃなかったの?」
「ここまでアクロバティックではなかったです」
「そうなんだ。ごめん。油断したよ。気をつける」
私が反省の意を込め、強気に笑うと杏も小さく笑った。杏はそれから表情を引き締めた。私はそれが何を示すものなのかを直ぐに理解する。
「琴音さん。行けますか?」
「1人で大丈夫?」
「はい。数もかなり減りました。進化体を形成する傾向も見えない。行くなら今です」
「わかった。行ってくる」
頷き、壁の向こう側へ足を踏み出そうとした時のこと。目の前で炸裂した閃光に、私と杏は困惑を隠しきれず、目を見開き、身体は岩のように動かなくなった。
「は?」
「え?」
友人が家に遊びに来るような日常を描くように。壁を越え、向こう側から太陽が飛来したのである。
その太陽は樹海の一部を削り、弱者を嘲笑うように轟音を響かせ消滅した。着弾した地点は跡形もなく吹き飛んでいる。
想像を絶する光景に私たちの足は止まった。唯一動いた口からは吐息にも似た、理解を拒む呟きだった。その圧倒的な存在感は私達に動くことすら許さなかったのである。
その太陽は前線で戦う若葉達にも、私たちにも届きはしなかった。しかし、精神的に追い込むには簡単すぎるほどに強大な一撃を何かが壁の向こうから放った。
「なに、今の」
渦巻き出したありとあらゆる負の感情を飲み込み、私は何とか言葉を絞り出す。それでも手の震えは止まらず、視点は未だに壁の向こう側に吸い付かれたままだ。
杏は唇を戦慄かせ、浅い呼吸を繰り返す。落ち着きを取り戻すには相当な時間を要した。
「琴音!杏!無事か!」
現状を何度も脳内で反芻している間に、前線から若葉達が戻ってきた。
私と杏が立ち止まっている間にも若葉はバーテックス達を打ち払っていたのか、既に敵の姿は見えない。
若葉と友奈、千景は先程の攻撃に衝撃を覚えながらも何とか冷静さを保っていたようだった。その姿を見ると、私も自然と気持ちが落ち着いてきた。
「うん。無事。杏ちゃんも」
「よし。敵は全て引いていった。勝利……というにはほろ苦すぎるが、一度帰還しよう。話はそれからだ」
若葉は戻った後のことを想像し、顔を歪めた。千景も友奈も唇を噛み締め、起きた事を必死に受け止めている。
勝利という言葉を語るに足りぬ戦いを終え、私達は現実世界へと戻されたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え、またここ?」
樹海化が解かれ、私が連れ戻されたのは前回同様に瀬戸大橋記念公園だった。
青々とした芝生の上に横たわった状態で、目に映るのは澄み切った青空。一度目を閉じると先程の光景が瞼の裏から離れず、目を開けば、煌々と光る太陽が落ちてくるのではないかと思わされる。
「………帰ろう」
若葉達と今後の話をしなければいけない。敵に先手を取られた形になった杏はさぞかし悔しがっているだろう。バーテックスが攻めてきたらその機会に乗じて外の世界の様子を知ろうというのがまさか後手になるとは誰も思うまい。
立ち上がり、服の裾についた草を取り除く。それがなかなか取れず、苛立ちが募る。
「草如きに苦戦するとは」
もうこのまま帰ってやろう。そう思った時。私の耳に懐かしい旋律が、さざ波のように寄せては返す。その音色を私は知っている。
涙が出てしまいそうになるほどの優しい音。この音色に私は何度励まされたことだろうか。私が苦しかった時にはいつもこの音色が隣にあった。
「希望?」
思い出す。何者かによって封じられていた記憶が蘇り、色がなく、ただの他人の思い出話だったものが彩られていく。
記憶を蘇らせ、『秋山琴音』と『東郷琴音』を繋ぎ合わせ、同一の存在とするたった一つの鍵。それが希望のフルートの音色だったのだ。
(あぁ……。思い出した)
私は大阪で彼女に出会った。そこで苦楽を共にし、友情を育んだ。地獄で一際輝く彼女の希望になると私は誓った。
気づけば私は走り出していた。先程までの戦いの疲れや刻まれた恐怖。それら全てを置き去りにして。
(どこ!どこなの!?)
全ての神経を聴力に傾け、私は風に乗って聞こえてくる旋律を必死に追う。旋律は公園に併設されている記念館からだった。
記念館の入り口まで行くと、とてもただの博物館とは思えないほどに厳重に管理されている扉があった。大社の管轄になったのは知っているが、度を越していた。最早、それが答えのようなものだった。
「後でいくらでも怒られてやる」
大社の施設と言うことを知りながら、私は生弓矢を構える。そして矢を放ち、厳重に閉じられた扉を破壊した。
轟音が響くが大社の神官や巫女は誰1人として出てこない。不自然であるが、今から会う人の事を考えれば、最初からこうなるように仕組んだのだろう。
薄暗い館内に入ると、そこには一面に無数のお札が敷き詰められていた。異様な眼前の光景に、希望はここに居ると言う確信を持ちながら、同時に倒れそうになるほどの眩暈がした。
「気味が悪いったらありゃしない」
これならテーマパークの最恐お化け屋敷の方がよっぽどマシだった。数日でもここに居ようものなら、気が狂ってしまいそうになる。
眉を顰めながら、館内に響くフルートの音を追いかける。音が反響し、正しい位置を掴むのは難しかった。けれど、私は糸に引っ張られるようにエレベータに乗り込み、屋上へと向かう。
屋上へ辿り着くと、暗がりから急に外へ打ち出され、あまりの眩しさに目を細めたくなった。
辺りを見渡し、希望の姿を探す。しかし、その姿は何処にもない。
(幻聴だったのかな)
そんなはずはない。そうわかっていても、希望の姿は何処にもなく、心の何処かで彼女が私に会いたがっていないのではないかと言う疑念が生まれた。
(どうせひなたちゃんが会う機会を準備してくれてるんだ。今日は諦めて帰ろう)
踵を返し、エレベータに戻ろうとした時。何者かがコンクリート造りの階段を踏み締める音がした。それに私は人の気配を感じて振り向く。
そこに居たのは白装束を身を纏い、死を間近に控えながらも、可憐な花を咲かせる少女がいた。
「のぞ、み?」
「久しぶり。琴音。元気だった?」
少女は。希望は日常の挨拶をするように軽い雰囲気で左手をあげた。挙げられた左手にも、力無く垂れ下がった右腕にもフルートは握られていなかった。
(そうだ。希望は、壁の外での調査で怪我をして……)
私は一つ一つ鮮明になっていく記憶を噛み締めながら希望の前に立つ。
フルートの音色は聞こえない。