少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第4話 自分らしさの行方

 夢を見た。どんな夢だったかはもう薄れてしまったけれど、楽しくて幸せだった。 

 もしかしたら。もしかしたら私は本当は香川にいて、目の前に若葉ちゃんとひなたちゃんが居るんじゃないか。私は2人と一緒に和気藹々と遊んで、温かい記憶に色濃く残る時間を送っているんじゃないか。そんな期待を持った。あの地獄こそが本当は夢なんじゃないかと思ってしまいたいくらいだった。だけど、それだとおかしい。あれは幸せとは真逆の世界。と言う事はあの地獄こそが現実だ。

 私がその結論に至った時、視界の端にうとうと船を漕ぐ希望の姿が写る。希望は良くも悪くも私を現実に引き戻すには十分すぎる素材と言えた。

 

「……やっぱりあっちが夢だよね」

 

 まだ僅かに軋む頭を揺らしながら身体を起こす。同時に自分がここでこうして横になるまでの経緯も思い出した。

 

「はあ……。化け物に殺された人を見ても何とも思わなかったのになあ」

 

 やはり未知のものに殺されるのと、人の手によって殺められるのでは訳が違うのかもしれない。

 ただでさえ胃の中には何も入っていなかったというのに、全てを吐き出したせいで余計空っぽになってしまった。要するにお腹が減った。

 ここであのパンの顔を持った国民的英雄を呼べば助けてくれるだろうか。何だったら彼らに化け物討伐を全て任せて仕舞えばいい。

 

「面白いけど馬鹿らしいな」

 

 ポツリと溢れた呟きは静まり返った地下街に酷く響いた。そういえば希望が教えてくれたルールを作ってある程度の秩序をもたらした人たちはどこに居るのだろうか。今の所、一度もそのような人たちには出会していない。

 きっとあの男たちに何かくれと懇願したところで結論は見えている。私もあの女性と赤子のように命の尊厳など度外視で殺されるに違いない。

 

(穏やかな国民性がこの国取り柄だったのに。やっぱり本性ってこういう時にでるよな〜)

 

 そんなことを考えながらよっこらせと重たい腰を上げた。私は希望を起こさないようにフラフラとした足取りで目的もなく歩き始めた。

 ふと思ったが戦えるはずの私がこんなに栄養失調ギリギリの状態なの、本当ならまずいのではないでしょうか。もしかしてここにいる人全員、私が何も食べなくても動けるロボットか何かと勘違いなさってるのではないか。

 これなら1週間前、四国を目指して歩いていた時の方が心の衛生状態も体の調子も良かった。

 

「と言うか、希望は何でここに残ってるの?一緒に私と逃げ出せばいいのに」

 

 私とて1人、2人までなら守りながら行動できる。今まで何も疑問に思わなかったがそれが最善の選択であると気づけば頭の端々にクエスチョンマークが浮かび上がった。

 それに私が残る理由も本当ならもうなくなっているはずだ。私が希望に同行したのは奏ちゃんの妹のために薬を持って行くためであり、その任務は既に遂行した。おまけにあんな光景を見せられたら嫌気もさす。

 しかし、私は自分でここに残ると決めたのだから彼女達を責めるのはお門違いと言ったところだろう。

 

(あれ?私、自分の口から残るなんて言ったっけ)

 

 自分で自分を律するが記憶の蓋を開ければまた矛盾が発生し、それがさらに私を混乱させた。

 

(あぁっ!もう!わけわかんない!!)

 

 考えれば考えるほどキリがなくなる。胸の中は無茶苦茶で、叫びたくなる気持ちを私は無理矢理押し込めた。

 仮定ではあるが、私がここに残る理由はきっと希望だ。彼女の存在がなぜか私をここに縛り付ける。

 どこからかまた子供の声の啜り泣く声が聞こえるが、私もこのビッグウェーブに乗って泣き叫びたい。だが、私の中にある自尊心がそれを許してはくれなかった。

 今の私はまるで捨てられ、帰り道を失い、路頭に迷う子犬そのものだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 またあれから1週間経った。日に日に喧嘩の回数が増えているように感じられる。私はその喧嘩を遠目に眺め、支給された味気のない食料を胃の中に入れている。

 先日は久方ぶりに外へ食料を取ってこいと言う命令を授かり、外へ向かったのだがバリケードの外には大量の化け物がおり、外に出る事は叶わなかった。役立たず。そう罵倒された事はいまだに私は忘れていない。

 私は奥で繰り広げられる喧嘩には介入せず、希望に私自身が疑問に思い続けている事を聞いた。

 

「希望はさ、どうしてここに残ってるの?」

 

「と、言うと?」

 

「どうして逃げ出さないのかって話」

 

「あぁ、確かに逃げ出そうと思えば逃げ出せるもんね」

 

 あのバリケードの隙間を思い出したのだろう。ケラケラと笑ってからわざとらしく顎をさする。 

 

「そうだなあ。もう無理だとわかってるから、かな」

 

「え?」

 

「隠してて悪いとは思ってるんだけど、私ね。あの化け物達の居場所が雑にだけどはわかるの」

 

「んんっ!?」

 

 何かとんでもない事を聞いた気がして、身体が硬直した。居場所がわかる。その重要な一点が私の頭の中で反芻する。ここで私はピンときた。もしかしたらひなたちゃんも同じような力に目覚めていたのかもしれないな、と。

 そんな私の混乱などお構いなしに、希望は話を続けた。

 

「だから私はあの日外に出れた。危険が少ないとわかってたから」

 

「なるほど?それなら確かに納得もいくかな」

 

「だけど今はもう違う。逃げるなら、本当ならあの日に逃げ出すべきだった。と言うか本当なら逃げ出すつもりだったの」

 

「……三葉ちゃんの薬を取りに行くという名目を作って?」

 

「そう。だけど出来なかった。ずっと昔から一緒にいた親友を置いてまで生きる理由があるのかなって。そこで私は琴音に出会った。琴音の話を聞いた時、『この子ならあの場所の人を救えるんじゃないか』そんな風に思ってたよ」

 

 けど今では巻き込んだこと、後悔してる。そう懺悔をするように呟いた希望の目は震えていた。

 

「お役に立たずわるうございますね」

 

 少しでも場の空気を和ませようと冗談混じりに肩をすくめ、ウインクしてみせると希望はまた軽くではあるが笑ってくれた。

 

「あははは。違うよ。まだ私は琴音に賭けてる。ここにいる全員が琴音のことを役立たずだと言っても、私は最後まで琴音を信じるよ」

 

 嬉しいことを言ってくれるじゃん。私がそう言って肩を叩くと、希望は照れ隠しのようなフニャッとその可愛らしい顔を緩めた。だが、それも一瞬のこと。すぐに先程の暗い話へと話を戻した。

 

「最初にさ、もう無理だって言ったよね」

 

「うん。言ってたね。怖いから触れなかったけど」

 

「くくっ。何それ。で、まあなんでかと言うとね、もうこの辺り一帯には化け物が蔓延ってる。逃げ場が見つからないくらいには」

 

 何故わかるかのも追求することを私はしなかった。人知れず事実を知ってしまっている希望もどれだけ苦しい思いをしているのかがわかるから。

 だから私はまた気の抜けた返事を返すことにした。

 

「あらぁ……」

 

「そんな腑抜けた反応されるとは思っても見なかったよ」

 

「それが事実ならどうしようもないって私もわかるからね。ただ、それを受け入れてやるほど物分かりも良くないよ」

 

 私はそう言うと右手で床に転がっている弓を掴んだ。

 

「私もさ、本当なら希望をここに届けたら外に戻るつもりだったんだ。だって、私が依頼されたのは薬を届けることだけだからさ」

 

「……確かに!?」

 

 実を言うと記憶を遡っても私はここに留まるなんて一言も言ったことはない。成り行きで気がついたらここで2週間近くの時間を過ごしている。

 希望もその事実に気がついたのか、口を半分ほど開けてなんとも間抜けな顔を私に見せてくれた。

 

「私も希望と一緒。最初はなんでこんな見ず知らずの人達を助けないといけないんだとか思ってた。でも、気がついたらここに居る。いつでも逃げ出せるのにさ」

 

 自分でそんなことを言っていると自嘲した笑いが口の端から溢れる。

 視線はずっとつま先を見つめていて、今にも解けそうな靴紐が私の視線と交差している。

 

「ずっとここ1週間考えてたよ。色々わけわかんなくなって叫びたくもなった」

 

 私の視線は気がついたら前を向いていた。その先からは怒声がこちらに向かって響いてきている。

 私は目を瞑った後、これまで踏み出せなかった足を前へと踏み出した。

 楽観的でいることを私は辞めた。楽観的と言う私の特性はこの世界ではもう通用しない。楽観的であることは目を現実から背けているのと同義だったから。

 逆に考えれば、少しでも楽観的と言う性質を持つべきはここに居る人たちだ。彼らはどうすることもできないから、現実だけを見つめなければならなかった。

 私がすべきことはこの現状を悲観することでもなく、諦めることでもない。ここに居る人たちの『希望の象徴』となる事だ。

 

「琴音は本当にそれでいいの?私は、本当のことを言うと四国に戻ってほしい。言伝で聞いただけだから信ぴょう性はないけど、四国はまだ安全みたいだから」

 

 まだ間に合う。戻れるよ。背中越しに聞こえる希望の声が全て私には霞んで聞こえた。それだけで私はきっと先の見えない霧の中に迷い込んだのだとわかった。

 けどそれでいい。私は振り返って希望に勝気な笑みを向けた。

 

「大丈夫!私は今度こそ迷いなくここに残るって決めたから!誰かに言われたからじゃない。自分の意思で!」

 

「琴音……」

 

「もしもさ、私がこの先道に迷ったらその時は希望が私の道標になってよ。それまではその役目は私が請け負った!」

 

 私の覚悟は希望にも伝わったようだった。観念したように首を横に振ると、希望も覚悟を決めたのか、その目には彼女の持つ本来の力強さが取り戻されていた。

 

「琴音は『勇者』だもんね。なら、私はそれを補佐する…そうだなあ。『巫女』とか?」

 

「そうだった。私、『勇者』とか言う設定だったね。最近戦うことがなくて完全に忘れてたよ」

 

「えぇ……」

 

「けど良いね。『勇者』と『巫女』。響きは完璧だ」

 

「なら決定!」

 

 いつの間にか希望は私の隣に並んでいた。出会った最初の日のように。

 

「そう言うことならとりあえず止めに行きますか。今度こそ」

 

 2度とあんな惨状を起こさせない。必ずここに居る人達を救ってみせる。そう、2人とも心に誓って同時に足を踏み出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 琴音と希望のこの世界に叛逆するための第一歩を踏み出したのと同時刻。若葉は「大社」と呼ばれる土地神の集合体『神樹』を祀る組織によってあてがわれた寮の窓から茜色に染まった空と大橋のコントラストには目もくれず、本州の方をじっと眺めていた。

 この寮は丸亀城の敷地内に作られ、大社の職員と、土地神から力を授かり『勇者』となった少女達はここに集められている。

 あの化け物達がこの世界に降り立ち、蹂躙してから3週間近く経っていた。8月にもなった今では蝉の声がけたたましく空気を震わせ、肌をジリジリと焼くような暑さが続いている。

 若葉はまだ他の『勇者』としっかりと顔合わせをしたわけではないが、一通り配られた資料には目を通した。

 四国内で『勇者』として選ばれた少女は若葉を含め合計5人。四国外を含めれば7人。

 四国外でかろうじて通信機器を使用し、連絡が取れるのが諏訪で勇者に選ばれた白鳥歌野と呼ばれる少女のみ。琴音の行方を若葉はまだ把握できていなかった。

 落ちて行く夕陽に手を伸ばそうと手を持ち上げた所で部屋の扉がコンコンと音を鳴らして来客を告げた。

 

「若葉ちゃん。今いいですか?」

 

 声の主がひなたであると知ると若葉は肩の力が一気に抜けた。若葉が唯一本音を曝け出せるうちの1人だ。

 若葉は扉の前まで移動すると自ら扉を開けてひなたを歓迎する。

 

「どうした?ひなた」

 

「いえ。特に用事はないですよ。なんとなく、若葉ちゃんと話したくなって」

 

「とりあえず入ってくれ。話はそれからだ」

 

 若葉はひなたをエスコートする形で部屋の中へと戻る。ひなたに椅子をすすめると自分はベッドの端に腰掛けた。

 ひなたはその優しさだけでも嬉しいのだろう。うっとりとした表情を浮かべていた。そんなひなたも気を取り直すと若葉との会話に花を咲かせた。

 

「最近どうですか?私、あまり若葉ちゃんのそばに居られないので気になって私の鍛錬どころじゃないんですよ」

 

 巫女は巫女で覚えることが多くあるらしく、ひなたは深い息を吐いた。いや、単純にひなたは若葉に会えないのが寂しかった。

 ひなたの行動力の源は若葉である。

 

「私の方は特に変わりはない」

 

「変わりがないのは困ります。若葉ちゃん。ちゃんと他の勇者の方々とコミュニケーション取ってますか?」

 

「うっ。いや、それはだな」

 

「私は若葉ちゃんの事を事細かに知っているので良いですが他の人はそうじゃないんですよ」

 

「わ、わかっている。今日はひなた、厳しいな」

 

「若葉ちゃんの顔が浮かないので、発破をかけようと思いまして」

 

「そんな浮かない顔していたか?」

 

 若葉は近くの鏡で自分の顔を映してみたが、言われた通りいつもの若葉とは違い、目に力がない。ひなたの観察眼には若葉も目を見張るものがあった。

 

「琴音さんのことですか?」

 

「あぁ。やはり気になるものは気になる。どこで何をしてるのか。少しでもわかれば私の気も休まるのだが」

 

 若葉の目は再び窓の方を向く。ひなたも釣られるようにしてそちらに目をやった。

 

「私ももちろん心配ですよ。ですが、今は若葉ちゃんには前を向いてもらわないと行けません」

 

「それは、そうだな」

 

「きっと琴音さんも前を向いて必死に自分のすべき事を全うしてるはずです。私たちもそうすべきです。今度、琴音さんに会った時、自分がしてきたことを誇れるように」

 

 その言葉は若葉の深いところにゆっくりと浸透していき、心をジワっと温かいもので満たした。

 この時、若葉はようやく気がついた。琴音がいなくなって寂しいのだと。それでも、ひなたの言葉は若葉を前に進めるには十分だった。

 

「ひなたの言う通りだな。私は私がすべきことを全うしなければ」

 

「その意気ですよ!若葉ちゃん!と言うわけでこれから親睦会をするので来てくださいね」

 

「なにっ!?ひ、ひなた!?急すぎないか!?」

 

「だってこうでもしないと若葉ちゃん、ずっと刀振ってますから」

 

「私はそこまで馬鹿ではない!」

 

 ひなたは揶揄うことが成功し、満足気に頷いた。その勢いのまま、ひなたが椅子から立ち上がると「きてくださいね〜」と言い残し、部屋から出ていった。

 

「ひなた!私もすぐ行くから待っていてくれ!」

 

 それを追いかけるようにして若葉も立ち上がり、壁に立てかけてあった【生太刀】を掴むと駆け出した。慌てて飛び出した若葉だが、部屋から出たすぐ近くの曲がり角でひなたは待っていた。

 

「ちゃんと待ちますよ。それに、私は何があっても若葉ちゃんの側にいますから」

 

 そう言ってひなたは若葉に微笑みかける。若葉は「敵わないな」と小さく呟きを漏らすと、ひなたの目を真っ直ぐ見返した。

 

「ありがとう。ひなた。私も、何があってもお前を守り通そう」

 

「あら。これ以上私を惚れさせても何も出てきませんよ」

 

 よっぽど若葉の言葉が嬉しかったのか、ひなたはその頬を朱に染めた。なんだかそれもまたおかしくて2人とも同時に破顔する。

 その日の親睦会はうまくいったとか行かなかったとか……。

 

 丸亀の勇者と大阪の勇者。離れ離れになった3人の少女はそれぞれの地で覚悟を胸に、この暗い世界を駆け抜け始めた。駆け抜けた先に明るい未来が待っていると信じて。

 

 




今回もこの拙い文章を読んでくださりありがとうございます!

自分的には良い具合で進められていると思っていますので、週2くらいの投稿を続けれればなと思ってます。

では、また次回お会いしましょう!
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