少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第29話 涙の数だけ

 友奈と千景は大社の要請により、屋島において被害の最も酷い地域に派遣された。

 インフラは破壊され、人々が本来の生活を再開させるにはかなりの時間を要することは明らかであった。

 休む暇も無く残酷な光景を目の当たりにさせられ、千景を目眩が襲う。そして心労的疲労感が募り、心にも思っていない事を口にしてしまう。

 

「私たちに…何が出来るって言うの……」

 

 その言葉は余りにも多くの意味を含んでいた。勇者の力を纏わなければ、普通の少女と力は変わらない。役に立てるとは到底思えなかった。

 バーテックスから放たれたと思われる奇襲攻撃も防ぐ手立ては無かった。防ごうと思えば命を投げ出さねばならなかっただろう。何も出来ないと言う事実を、たった数時間で幾たびも首元に突きつけられたのだ。

 

「ぐんちゃん。今はできる事をしよ?」

 

「……そうね」

 

「とは言っても何が出来るのか私もわかんないんだけどね」

 

 友奈は、はにかんだ笑みを浮かべた。勢い任せで物事を言い出すことが多々あった。しかし、今の千景にはその友奈の性格がとてもありがたかった。

 周辺を見渡し、大社の職員を見つけ、何か出来ることはないかと聞くとここから少し離れたところで炊き出しをしていると言う。友奈と千景はその炊き出しを手伝う事を決めた。

 炊き出しを行っているところは被害範囲外にあった小さな公民館だった。

 

「私たちも手伝います!」

 

「……手伝います」

 

 2人で並んでリーダーと思わしき男性に声をかける。友奈と千景を目にした男性は目を見開き、勢いよく飛び退った。

 

「ゆ、勇者様!?どうして、ここに」

 

「被害を受けたと聞いてお手伝いに来ました。私達に出来ることはありますか?」

 

 今や超有名人である勇者が目の前に突如として現れたのに動揺しつつも、男性は的確な指示を友奈と千景にだした。

 

「それなら列を整理する人と配膳する人で別れて欲しいですね。突然のことで人手が足りていなかったので助かります」

 

「わかりました!そしたらぐんちゃんは配る方お願い。私は列の方整理してくるね」

 

 友奈は千景が人と接する事を苦手だと言うを知っているからか、率先して列の整理を買って出た。

 千景は友奈の優しさを噛み締め、その場は別れた。

 それからしばらくは順調だった。人々は友奈と千景の姿を見ると、感謝の言葉を口にする。ましてや泣き出す者も現れる始末。千景はその様子に困惑しながらも、素直に受け止めた。

 しかし、2時間が経過し、太陽が傾き始めて世界が夕暮れに包まれ始めた頃。子供の放った残酷な一言が周囲の空気を一変させる。

 友奈はまだ5歳か6歳と思われる少女が1人で列に並んでるのを見て声をかけた。

 

「こんにちは!私は高嶋友奈!お名前を聞いても良いかな」

 

「詩音……」

 

「詩音ちゃん!綺麗な名前だね!」

 

「……」

 

 詩音と名乗った少女は話しかけられた事が気に食わなかったのか、友奈にまともな反応を見せはしなかった。

 黙りこくる詩音に、友奈は何と言葉をかければ良いのかわからなくなってしまう。しかし、詩音の顔立ちが誰かに似ているような気がして、思わず口にした。

 

「詩音ちゃん、お姉さんとかいたりする?」

 

「いない」

 

「そっか。私の勘違いだったよ。ごめんね。変な事聞いて」

 

 友奈は列が進んだのを確認すると、彼女に前に行くように促した。しかし、彼女は一向に進まず、じっと友奈を見つめている。

 

「どうしたのかな」

 

 友奈はしゃがんで目線を合わせると、優しく詩音に問いかけた。

 

「お姉ちゃん、勇者なんだよね。テレビで見たことある」

 

「そうだよ。バーンってやって敵を追い払ってるんだ」

 

「だったら、どうしてお母さんとお父さんを助けてくれなかったの?」

 

「お父さんとお母さん、どうしたの?」

 

 友奈と言えど、小さな子が1人で来ていることに嫌な予感はしていた。しかし、辛かった事を思い出させまいと触れなかったのに、詩音は自ら傷を穿った。その代償に、意図せず災禍を起こす事になるとは友奈も、ましてや詩音すらもこの時は思っていなかった。

 

「死んじゃった。突然、家ごと……」

 

 友奈は予想通りの答えに目を伏せた。その原因があの火球であると知っている。止める術を、勇者と言えど持っていない以上、どうしようもないのに友奈はとてつもない罪悪感に駆られた。

 そして次の一言が、勇者達にとって苦難の道のりの幕開けとなった。

 

「勇者なんて役立たずだ!誰も…誰も助けれてない!」

 

「そんな事……」

 

 目の前で起きたであろう辛い光景を材料に絞り出された言葉は、友奈に否定する事を許さなかった。

 

「お母さん言ってた!勇者は飾りだって。敵を倒さないから街に被害が出るんだって。今回も、お姉ちゃん達が役立たずだからーーーー」

 

 最近覚えたであろう言葉を必死に紡ぐ姿から、友奈は目を逸らさない。

 両親の死の悲しみをぶつけられることは友奈にとっても辛かったが、それで気が晴れるのなら幾らでも受け止めるつもりでいた。

 しかし、次の瞬間のことだ。友奈の隣から伸びてきた手は乾いた音を響かせたのである。

 

「ぐんちゃん!?」

 

 何が起きたのかを理解するのは容易かった。千景が詩音の頬を叩いたのだ。千景は肩で息をしながら、手を震わせている。

 

「子供でも言って良いことと…悪いことがある!」

 

 千景は詩音を睨む。詩音も負けじと千景を睨み返した。

 騒ぎは波紋のように徐々に広がっていく。

 勇者が少女に手を出したと言う事実は、一連の様子を見ていなかった人達によって脚色されながら伝わっていった。

 

「あ、私……ちが」

 

 周りのざわめきが千景を冷静にさせる。自分の手と詩音を交互に見返し、自分のした事を信じられないと受け止められず、後ずさった。

 周りの視線が、友奈と千景を見る目が変わっていく。その様子は下手なホラー映画やゲームよりも恐ろしいと千景は感じた。

 千景は周囲の反応など関係なく、悪い事をしたと言う気持ちが収まりつかなくなり、詩音に頭を下げた。

 

「……ごめん、なさい…。こんな事をするつもりでは……なかったわ」

 

「私も…ごめんなさい……」

 

 詩音も言いすぎたと子供ながらに思ったのだろう。千景と友奈に謝罪の言葉を残すと、炊き出しの列を離れ、雑踏に消えていった。

 

「高嶋さん…ごめんなさい。私、つい……」

 

「私の代わりに怒ってくれたんだよね。ありがとう」

 

 肩を落とす千景に、友奈は優しく微笑んだ。周囲も既に何事もなかったかのように元通りとなっている。

 詩音という少女が突きつけた事実は、千景と友奈の心に影を落とした。2人とも何事もなかったと振る舞えるほど、まだ大人にはなりきれていなかった。それでも何とか乗り切り、丸亀城に戻る頃には2人の体力は限界を迎えたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 若葉と杏と食堂で共にニュースを見た後、私は荷物を置くために自室へと続く廊下を進んでいた。

 その道中の事。私は目の前に広がっている光景をどう形容しようかと頭を悩ませている。

 なんと、友奈と千景は2人して寮の玄関に倒れ込んでいた。休みもなしに駆り出されたのだからお疲れ様と声をかけるべきなのだろうが、私は面白がって2人が起き上がるまでその場で待つ事にした。

 

「殺人現場みたいだ」

 

 かなり悲しい事が連続した日にしては間抜けな例えが口から漏れ出る。

 

「起きないと悪戯するよ〜」

 

 指先で2人の頬を突くと、苦しそうに身悶える。微睡の中、無理矢理身体を起こした千景と友奈の表情はとても険しかった。

 

「お疲れ様。寝るなら部屋に戻ることをおすすめしとくね」

 

 なんだかこれ以上、2人に構うのも余計疲れさせてしまうような気がして、私はその場を立ち去ることにした。

 私も話に聞いただけだが、幾ら何でも戦いを終えたばかりの人を被害地域に派遣させるのは大社も性格が悪い。自分達の不甲斐なさを目に焼き付けてこいと言っているようなものではないか。

 

「人の心ってのが大社にはないんだよ」

 

 最近特に酷い。希望の事と言い、使えるものは使い潰すスタンスは納得いかない。

 大社に文句の一言でも手紙にしたため送りつけてやる事を決意にしながら部屋に戻る。

 

「ん?ひなたちゃん?」

 

 部屋の前にはひなたが私の帰りを待っていたのか、ポツンと置物のように静かに立ち尽くしていた。

 

「琴音さん。お帰りなさい」

 

「ただいま。どうしたの?」

 

 ひなたが話をしにくるなら希望の事だろうと言う確信があった。案の定、ひなたは私に希望との最後の面会日程を伝えに来たようである。

 

「琴音さん。希望さんとの面会の日が決まりました。明後日のお昼です」

 

「あー、その話なんだけどさ……」

 

 私が言葉を濁すと、ひなたは首を傾げる。そして彼女の鋭い直感は、私が腰に何も身につけていないことに気がついた。

 

「倶利伽羅剣はどこにやりました?」

 

「希望が持っていったよ」

 

 私の答えをひなたの脳みそはフル稼働で理解しようとしているのは見ていて簡単にわかった。

 理解が追いついた時、ひなたは眼球が飛び出るのではないかと言うくらい目を見開いた。

 

「会ったんですか!?いつの間に!?」

 

「戦いが終わった後、希望の隔離されてる所に連れてかれたんだよ」

 

「神様も悪戯好きですね」

 

 ひなたは私と希望を引き合わせた神樹に向けて苦笑いを浮かべた。私も神様と言うのは人の心を弄ぶのが好きなのだと改めて思い知らされた気分だ。

 

「琴音さんは良かったんですか?こんな結末で」

 

「良くはないよ。でも、私が何度引き止めても希望の気持ちは変わらなかった。その証拠に希望は私にフルートを渡してきたよ。餞別ってね」

 

 私は右手に持っていたフルートの入ったケースを掲げて見せる。

 

「希望さんは本当に行く気なんですね」

 

 ひなたの目には哀しみの感情が宿っていた。それを誤魔化し、気丈に振る舞ってはいるが、窓の外の夜空を映す瞳は本当の気持ちを隠す事を許さなかった。

 

「……お力になれず、すみませんでした」

 

「ひなたちゃんが気にすることじゃないよ。希望は誰に止められたって揺るがなかったと思う」

 

「最後にもう一度会いますか?」

 

 私はひなたの気遣いに首を振った。私に面会をさせてくれようと、大社のお偉いと論争の1つでもしていそうな雰囲気もあった。その全てを無駄にしてしまうと承知の上で私はひなたに断りを入れた。

 

「私はもう託された。悲しいけど、それを受け入れて次の戦いに向かうだけだよ」

 

「わかりました。今日は色々とあって疲れたと思います。ゆっくり休んでください」

 

 ひなたは私を気遣う言葉を残し、友達だと言うのに、わざわざ丁寧に礼をしてから若葉のいる食堂へと足を踏み出した。

 その背中を見送っていると、ひなたは数歩進んだ辺りで振り返る。彼女は私はいたわるような眼差しを私に向けていた。

 

「琴音さん。泣きたい時は泣いて良いんですよ」

 

「………やだなあ。もう1年分くらいは昼間に泣いたよ」

 

「だったら。どうしてそんなに壊れそうなものを繋ぎ止めるような、歪な笑い方をするんですか」

 

 私は自分の顔に手を伸ばした。指先が口元に触れた時、そこにあるはずの温もりは微塵も感じられず、まるで冷たい陶器の仮面を無理やり張り付かせているような、強張った感触に指が震えた。

 

「あははっ。私、変な顔してるね」

 

 引き攣った口角を指でなぞる。ひなたに指摘されるまで、自分がどんなに惨めな形で「大丈夫」を演じていたのか、気づきもしなかった。

 希望のための涙は全て流れ落ち、希望の想いを受け取って前に進めるだなんて思い込んでいた。そう簡単に割り切れるなど出来るはずもないのに、私は自分の本当の感情を押さえ込むために仮面を被ろうとした。しかしその仮面は、たった一瞬で崩れ落ちるほど無意味なものだった。

 

「どれだけ泣いたって良いんです。涙を流す事は弱さを見せることではないと私は思います」

 

 そう言って、ひなたは私にだけに聞こえるような、祈りにも似た低い声で言葉を紡いだ。

 

「泣きたい時は泣いてください。前を向くのは、その後でも間に合います」

 

 その一言は私の心の防波堤を完全に決壊させた。同時に、必死に取り繕っていた仮面も呆気なく剥がれ落ちた。

 揺れ動き続ける感情の中、何とか絞り出した言葉は、ひなたへの感謝の気持ちだった。

 

「ありがとう。ひなたちゃん」

 

「私はもう行きますね。また明日の朝、一緒にご飯食べましょう」

 

 ひなたは慈愛に満ちた眼差しを私に投げかけ、私の心が決壊するのを邪魔しないよう、小さく手を振った。

 

「うん」

 

 私の短い返事にひなたは頷き、今度こそ若葉のところへと向かった。その背中を見送る。ひなたが廊下の角を曲がり、完全に姿が見えなくなった所で私も部屋の中へと戻る。

 ドアノブをひねる手は震えていた。何度か試してようやく扉を開けることができ、重い足取りを引きずりながら、私はそのままベッドに倒れ込む。

 それからフルートの入ったケースを開けるために、ずっと握っていたケースを胸元に寄せた。ケースを開ける時も、手が震えているせいで簡単な作業が何十倍も難しく感じた。

 

「ははっ。希望、こんな難しい作業よくやってたな……」

 

 こちらも何度か試してようやく開けることができ、その銀色の輝きを目にした瞬間、鼻の奥がツンと熱くなった。

 この細い管を通って、希望の息吹は音になり、私を励まし、導いてくれた。ケースの中に収まったままのそれは、主を待つように沈黙を守っている。

 

「……っ、あ……」

 

 喉の奥で、ひなたの前では決して出さなかった悲鳴のような音が漏れた。

 私はフルートを手に取ると、胸元に抱き寄せ、抱きしめた。

 

「希望……。希望っ」

 

 彼女の名を何度も口にする。すればするほど、遠くなっていってしまいそうで、それが怖くて、上書きするように何度も何度も名前を呼び続けた。

 枯れたと思っていた涙は再び止めどなく溢れ出る。私はフルートを抱きしめたまま、ひたすらに泣きじゃくった。

 子供のように泣いた後、私はそのまま眠りについたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 眩しい光がカーテン越しに差し込み、それを合図に私は頭に走る鈍痛に顔を歪めながら身体を起こす。

 気がつけば朝になっていた。散々泣いたからか、頭は痛いし目も腫れている。おまけにベッドは水浸しの大洪水。それでも、気分は不思議とスッキリしていた。

 

「………お腹空いた」

 

 気分もスッキリしていればお腹も減るのだから、人の身体というのは案外都合の良いように作られているのかもしれない。

 身体を伸ばしてから立ち上がり、浴室に向かう。簡単にシャワーを浴び、服を着替えてから私は食堂に足を運んだ。 

 食堂には私を除く全員が既に朝食を口に運んでいる所だった。

 

「おはよう」

 

 私が挨拶をすると、皆それぞれ箸を止めてしっかりと挨拶を返してくれた。

 

「おはようございます琴音さん」

 

 その中でもひなたは挨拶を返し、私だけにわかるように優しく微笑んだ。私はそれが少しだけ気恥ずかしくて、髪をかき混ぜる。

 

「ご飯とってくる」

 

 私は皆にバレないように、そそくさとカウンターへと向かった。

 好きなものを取って、席に着く頃には皆ほとんど食べ終わっており、私がいかに大遅刻をしたのかは見れば明らかだった。

 

「琴音ちゃんは今日お寝坊さんだね!」

 

「まあね。友奈ちゃんこそ、昨日は屍みたいになってたのに凄い元気」

 

「うん!元気が私の取り柄だから!」

 

 友奈は胸の前でキュッと拳を握り、満面の笑みを浮かべた。それでも、やはり陰りは見える。

 

「それでもちゃんと休んでよ?」

 

「ありがとう。そうするね」

 

 友奈に頷き返し、私はもう1人の屍となっていた者に目をやった。

 

「もう1人の屍も」

 

「疲労困憊よ……。この後も、今日は休みを貰ってるから…寝させてもらうわ……」

 

 元気そうですねなんて言おうとしたら、思った以上に疲労の色が強く、茶化す事が躊躇われてしまった。

 若葉と杏は昨日よりかは顔色も良かった。昨日の出来事を受け入れ、次こそ被害を出さないと思いを新たにしたと見える。

 

(私達に次はあるけど、被害を受けた人達には次はないんだよね……)

 

 もちろん。戦う側の私達の戦意が無くなるのは良くないし、気持ちを新たにする分には良い。でも、被害を受けた人達はそうではないのではないか。生きていれば良い。ましてや亡くなったりしていればーーーー。

 ご飯を口に運びながら、屋島の人々の心を思う。やはり、あの火球を放った相手を倒さねば私達も安心できない。街に住む人々も、次同じ事が自分達の土地で起こるかもしれないと考えれば良からぬ事を考える人も現れる事だろう。

 

「若葉ちゃん。杏ちゃん。後で話がーーーー」

 

 今後のことを話したいと提案しようとした所で、私の声は大社の職員によって阻害された。

 

「琴音様。いらっしゃいますか」

 

 ご飯が不味くなる気配がして、私は箸を止める。

 

「いますが」

 

「お話があります。こちらへ」

 

 思わずため息が出て、嫌々職員の下へと向かう。

 

「めんどくさいから要件だけ教えて」

 

 職員は困り顔を浮かべたが、私の要望に応えて耳元で囁いた。

 

「お母様が昨日の被害に巻き込まれ、亡くなりました」

 

 告げられた事実は、私に何の感慨も持たせなかった。そこにあるのは元母親と言う1人の人間の最後。わざわざ伝えにきた意味も理解できず、私は早々に職員を追い返した。

 

「……そう。どうでも良いから帰って。ご飯が不味くなる」

 

「かしこまりました」

 

 本当に母親の死を伝えに来ただけなのだろう。それ以上は何も言わずに立ち去っていった。

 先に戻って再び箸を手に取ると、やけに皆の視線が私に向いている事に気がつく。

 

「何さ」

 

「聞いて良いものなんですか?」

 

「杏ちゃんが聞いても、そこらの三文小説よりも面白くなくてがっかりするからやめときな」

 

 その一言だけで、大体のことは察したのか、杏は引き下がっていった。しかし、意外なことに首を更に突っ込んできたのは友奈だった。彼女は気まずそうに私に聞いてきた。

 

「琴音ちゃんって妹いたりする?」

 

「私?私って妹いるの?」

 

 一応家族構成を知っている若葉とひなたに聞いてみる。秋山琴音時代の記憶もようやく全て元に戻ったはずだが、欠落してる可能性もあったからだ。

 若葉とひなたは顔を見合わせると、「そんなはずはない」と首を横に振った。

 

「いないみたいだよ」

 

「自分のこと…でしょう……」

 

 千景の言う通りであるが、こう言う事は他人に証明してもらった方が話は早いのである。

 

「本当に?」

 

 何だか今日の友奈はなかなか引き下がることをしなかった。周りとの調和を大事にし、常に輪をあるべき姿に納めようとする友奈らしくない姿に昨日何かあったのかと質問に質問で返した。

 

「昨日、5歳かな。そのくらいの女の子に会って」

 

「……私も、その場にいたから覚えてるわ……」

 

「その子がどうしたの?」

 

「凄い琴音ちゃんにそっくりで。詩音ちゃんって言うんだけど」

 

「知らん。そんな人」

 

 可能性があったとしても、私はその子の事情に関しても何の感慨も湧かない。自分の母親への気持ちと一緒だ。

 友奈へと更に余計なことを言ってしまいそうで、私はお茶を一気に飲み干して気持ちを落ち着ける。

 

「可能性としてはあると思う。その子の年齢的にもね」

 

 友奈が私の母親と接触していた事は知っている。だから、どれだけの事情をその時伝えられたかは不明だが、再婚している以上、子供1人くらいいてもおかしくないと考えてしまうのは自然な事だった。

 

「……その子の母親と父親は…昨日の被害で亡くなってる…」

 

 千景まで踏み入れて来るものだから、私は箸を机に叩きつけた。考えたいことが山ほどあるのに、私が最も嫌う人の話をされて嫌がると知らない2人ではあるまい。

 私の隣に座っていた杏はビクッと肩を震わせた。私がよっぽど怖い顔をしていたのだろう。友奈も萎縮しているように見えた。

 

「それで私のさっきの話の推察をしたと。そう言うの、深掘りされるの私が苦手なの知ってるよね」

 

 私は友奈と千景を睨みつける。そこで引いてくれれば良かった。だと言うのに、よっぽどこの話が彼女達にとっては大事なのか、更に一歩こちらへ踏み込んできた。

 

「知ってる。知ってる上で私は話してる。前回みたいに、流されて首を突っ込んでるわけじゃない」

 

 目は心の鏡とはよく言ったもので、一歩も引き下がらないと言う決意が見て取れた。

 私もそこまでされれば折れてしまう。話くらいは聞いてみても良いかと思ってしまうのだから、私と言う人間は随分甘いのかもしれない。

 

「わかった……。話すよ。多分、友奈ちゃんと千景さんの話は私のされた話と繋がってる」

 

「弓弦さん、亡くなったのか」

 

 若葉も散々迷惑をかけられたとはいえ、顔見知りである事には変わりない。彼女なりに弔う気持ちは僅かと言えどあるのだろう。

 

「みたい。ちなみにだけど、本当に私に義理とはいえ妹がいる話は聞いてないよ」

 

「そうなんだ」

 

「何がそんなに詩音って子が気になるの」

 

「やっぱり、1人は辛いと思うから」

 

「………そうだね」

 

 私はもう1人、単身その身を捧げようとしている者を知っている。それはきっと友奈達も知っているはず。卑怯な話だ。希望の事を知った上で、1人の辛さを説くのは。

 

「でも、私にどうしろと」

 

「時間がある時、一度だけ会ってみてあげて欲しいんだ」

 

 私は答えに窮した。素直に頷ければ、私だって良かったと思ってる。でも、心のどこかで詩音という子に会ってどうするという気持ちもあった。

 バーテックスの事も。希望の事も。私自身の事だって課題は山積みなのに、そこに更にもう一山増やされても困ってしまう。

 

「………少し考えさせて」

 

 私は友奈に当たり散らかしてしまった事も謝り、皆より後に来たのに一番最初に席を立った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 食堂に残された若葉達は琴音の背中を見届ける。沈黙が場を支配するなかで、最初に打ち破ったのは若葉だった。

 

「友奈、千景。昨日あったことは私の耳にも届いてる。辛い思いをさせたな」

 

 友奈が詩音という少女に気持ちをぶつけられたこと。千景が手を出してしまった事は昨夜のうちにひなたから伝えられていた。

 勇者として、あるまじき姿であったと酷評する意見も大社に出ていた。千景を謹慎処分にする話まで。それを若葉は深夜に大社へ押しかけ一蹴したのだが、友奈と千景は知る由もない。

 

「さっきの話を琴音が怒るとわかっててしたのは、罪悪感からか?」

 

 若葉は友奈に問いかける。その問いに答えたのは友奈ではなく千景だった。

 

「私はそう……。手を出したこともだけど…小さな子に、あんな顔をさせたのは…私達よ……」

 

 力がない。その悔しさを千景はこの数時間、ずっと噛み締めている。

 

「……乃木さん。私達は…本当に、守れてるのかしら…」

 

 問いかけにも似た言葉に若葉は詰まる。そして千景は昨日、詩音に友奈が言われていた事を若葉にぶつける。若葉だけではない。ひなたにも、杏にも千景は問いかけた。

 

「私たちは……役立たず?」

 

 その問いに真っ先に答えたのはひなただった。

 

「そんなことありません。千景さん達は亡くなった人の数以上に多くの人を助けてます」

 

「数の問題…ではないわ……。上里さん。あなた、変わった?」

 

 千景の鋭い一言に、ひなたは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。何だか自分の考えが大社に似てきている事を感じてしまい、顔を顰めた。

 

「っ。ごめんなさい。そう言うつもりでは」

 

「……いえ。私も、意地悪な事を言ったわ…」

 

 千景は俯き、ひなたから目を逸らした。そこで口を開いたのは杏だった。杏は千景の目を真っ直ぐに見据えている。

 

「千景さん。残酷な話をしますが、10人いたとしてその全員を幸せにする事はできません。ただの理想論です」

 

 千景は顔を上げるが、その目は「そのくらいわかる」と雄弁に語っていた。杏もそれは百も承知。だから次の言葉を慎重に、千景の心が追い詰められないように紡いでいく。

 

「私たちの御役目は、限りなくその理想論に近づけなければいけません。でも、その過程でこぼれ落ちる1はどうしても存在します」

 

 この時、杏の脳裏には希望の顔が浮かんでいた。杏も長い事彼女に会っていなかったが、顔は鮮明に思い出せる。彼女とは様々な事を何度も語り合った。その中で言っていた。

 

『琴音がいたから、私は救われたんだ。同時に救われなかった人々もいた。きっと彼ら彼女らは私達を役立たずと罵るだろうね。でもさ。私思うんだ。全員の役に立つなんてのは到底無理。私達の手は受け止めるには小さすぎるんだよ。だから、私達にできるのは一つだけーーーーー』

 

 杏はその先の言葉を借りて、千景に優しく手渡した。

 

「希望さんは言ってました。役に立っているのか立っていないのかはそこで決まるって。多くの人の命を預かっている私達は、その分かれ道の数を減らすしかできないんです」

 

 杏の言葉を受け取った千景は、先程までの険しさが嘘のように消え、唇からは、ふっと吐息のような笑みがこぼれた。

 

「………吾妻さんが…言いそうなことね…。ありがとう。伊予島さん。少しだけ、気が軽くなったわ……」

 

 杏は「どういたしまして」と微笑んだ後、友奈にも向き直った。

 

「友奈さんもです。たまには、自分の素直な気持ち、曝け出しても良いんですよ?」

 

「ありがとう。優しいね。杏ちゃんは」

 

 杏は友奈を気遣う言葉をかけ、友奈も嬉しそうに目を細める。

 

「ふふっ。友奈さんには負けますよ。若葉さん。友奈さんと千景さんも疲れてると思うので、ここらでお開きにしませんか?」

 

「そうだな。頃合いだろう」

 

 若葉は杏に頷き、この場は解散となった。友奈と千景は先に席を立ち、残された若葉とひなた。杏は少ししてから食堂を出た。

 廊下を歩きながら、若葉は杏に感謝の言葉を述べた。

 

「杏のおかげで友奈と千景も少しは気が楽になっただろう。感謝する」

 

「いえいえ。私も希望さんからの受け売りの言葉を話しただけですから」

 

「だとしてもだ。本当は、私が言うべき言葉だった」

 

 若葉が先程の会話で沈黙を貫いていたのは、千景の言う事にも一理あると思ってしまったからだった。

 

「私達は何を守っているんだろうな」

 

 自分で口にしておいて、出てくる答えは決まりきっていた。それでも、何故こうも胸につっかえるものがあるのか若葉にはわからない。

 杏も何を守っているのかと言う問いにはまだ明確な答えは見つけられていない。と言うより、見失ってしまった。それでも杏は手探りの中で見失ったものを見つけ出すしかないと前を向く。

 

「やれる事をやりましょう。そしたらきっと、私達が必死に走り抜けた後、枝分かればっかりの道が少しは真っ直ぐになってますよ」

 

 そう言って珍しく勝ち気な笑みを浮かべた杏は、当初と比べて、随分と心も体も強くなった。若葉からみてもかなり頼りになる存在となっており、情勢が自分達に逆境になり始める中にあっても、若葉達の背中を力強く押し始めている。

 

「球子のお見舞いにでも行くか」

 

「そうしましょう。最近、出番が少なくてタマッチ先輩も嘆いていると思います」

 

 くすくすと肩を揺らす杏を見て、若葉も口角が上がる。

 

「ひなたも行くか?」

 

 千景に指摘された事を考え込み、ここまで無言で若葉達についてきていたひなたも、ようやく気持ちに整理がついたのか若葉と杏に頷いた。

 

「行きます。球子さんの好きなもの何か買っていきませんか?」

 

「球子の好きなものか……。庭で走れるように自転車でも持って行くか」

 

「わ、若葉さんも意地の悪い冗談を言うんですね」

 

「真面目すぎるとよく言われるからな。最近覚えたんだ」

 

「若葉ちゃんの素敵なところが……。覚えなくて良いと言ったんですけどね」

 

「ひ、ひなたが言ったのだろう!?冗談を言えるようになれと」

 

「あははっ。若葉さん、ひなたさんが想像したのとは違う方向に行っちゃったんですね」

 

 若葉達の足取りは僅かながらも軽くなっていた。3人は年相応に賑やかに、球子の下へと急ぐ。

 彼女達の歩んできた廊下は、陰と光が交錯しながらも真っ直ぐに伸びていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私は部屋に戻り、生弓矢改め、希紡と名付けた弓を手入れしながら積み重なった問題をどれから解決するかを悩んでいた。

 部屋の窓から差し込む光が、ベッドに横たわる銀色のフルートを更に輝かせる。

 

「希望が……」

 

 そばにいてくれたら。そう口にしそうになり、私は首が折れるのではないかと言うくらいの勢いで横に振った。

 まだ逝ってないよ〜と脳裏に棲みつく希望の幻影も手を振っている。ふざけるのも大概にしろと言ってみるが、これは私が作り出している虚像である。実に良く出来ているような気もしてきて、しばらく希望の言いそうな事を適当に喋らせてみた。

 

「うん。変な人だね私」

 

 楽観的であり続け、いじめをへらへらと笑いながら躱し始めた3年生頃から私はよく変な人だと敬遠されるようになったのだが、また違った変わり方をしてしまったように思う。

 

「よしっ。ちょっくら行きますか」

 

 私はバーテックスが襲撃してきても、いつでも出撃できるように希紡を携え、部屋を出る。

 目的地は2つ。辻浦奏と詩音という少女。

 物語の歯車はまた一つ、音を立てて動き出す。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 同時刻。四国を守護する神樹に仕える大社の巫女達に、神託が降った。

 

 壁の外にいる強大な星を撃ち落とせ、と。

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