少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第30話 運命の糸の絡まる先

 私が最初に向かったのは辻浦奏のところだ。と言っても、自分の家だった場所だし、迷うことなんてない。

 スキップもしないし、足取りも軽くはないけど見知った通りをスイスイと進んでいく。丸亀城から数分。私は自分の家を見上げていた。

 

「こんなに大きかったっけ」

 

 別に変わったところは何一つとてない。けれど、壁のように大きく、自分の家なのにインターホンを押すことすら躊躇うようになるとは思いもよらなかった。

 一呼吸置いてから、私はインターホンを押す。私の大袈裟な反応を小馬鹿にするように、軽々過ぎる音がポーンと鳴った。

 

「あれ。出てこない……」

 

 2回目を押してみても、反応は何も返ってこない。そして私は気づく。世間は平日。こんな真っ昼間に学校に行っていないわけがないのである。

 最近、平穏な時間を過ごしてはいた。しかし重なるようにその裏では様々な事が起きていて、学校という日常の一幕の事をすっかりと忘れていた。

 

「私も本当なら中学校通ってるはずなんだよなあ」

 

 他の皆もそうだ。千景だけは一つ歳が上なので本来なら高校に通っているはずであった。

 卒業式を行ったのが懐かしい。3月にサプライズで行う予定だったのに、バーテックスに乱され。おまけに私の暴走せいで5月に行い、場所が杏と球子の病室になってしまったのである。ただ、千景が嬉しそうにしていたのでそれはそれで良かったのかなと思わないでもない。

 

「どんな学生生活送ってたのかね」

 

 普通に勉強して、遊んで。もしかしたら誰かの事を好きになって一喜一憂していたかもしれない。左眼も、こんな醜い事にはなっていなかったろう。

 

「……邪魔くさいし外すか」

 

 私は左眼を覆っていた包帯を外す。誰かに見られるのが嫌で、ずっと隠し続けていたのだが、もはやどうでも良くなってしまった。

 

「詩音って子も学校行ってるのかな」

 

 流石に家族を失って2日。私なら閉じこもってる。

 

(行くだけ行ってみるか)

 

 私は片道を引き返して駅に向かい、電車に乗って屋島を目指したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 琴音と再開し、別れを告げてから2日経った。わたしの命は残り3日。なれない左手で手紙を書くのは一苦労で、かなりの時間がかかった。それでも残り1枚。

 

「琴音のを書き直すことになるとは」

 

 せっかく書いたのに一度全部消したのだ。それからと言うものの、書いては消して書いては消して。結局は白紙のままだ。

 

「せっかくなら笑顔になって欲しいし、ふざけてみるのもありかな」

 

 何なら謎の脚本を書いておいて、皆で演じてわたし笑わせてほしいものだ。わたしが笑顔になってどうするんだとも思うが、悪くはない。

 

「どうしよっかな〜」

 

 何もない真っ暗な部屋で、わたしは考えを張り巡らせる。多分、わたしはこの部屋で最も輝いていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 若葉とひなた。杏は球子の病室を訪れていた。若葉と杏の退院パーティーにも何故か顔を出していたので、あまり久しい感じはしない。

 球子は1人になった病室で暇だ暇だと嘆いている。

 

「杏が退院してからタマは独りぼっちだ。寂しくて仕方ないぞ」

 

「仕方ないでしょ。タマッチ先輩、無理して私を庇うから」

 

「タマの足が粉々になっただけで杏の命が助かったなら儲けもんだっ。とは言え、寂しいことには変わりない」

 

「私では役不足だったでしょうか」

 

 ひなたは、なかなか手の空かない若葉や杏に代わって何度も病室を訪れていた。それでも寂しいと言われてしまい、ひなたは肩を落とす。

 球子はそんなひなたを見て、慌てふためいた。

 

「違う違うっ!ひなたが居てくれたからタマはまだ正気を保ってる。感謝してるよ」

 

「うぅ……。辛いです……」

 

 更に項垂れるひなたに球子は若葉へ助け舟を求めた。

 

「わ、若葉あ。どうにかしてくれよお。タマにはひなたを励ます言葉が見つからんっ」

 

 助けを求められた若葉は一度軽く咳払いすると、項垂れるひなたの肩に手を乗せた。

 

「ひなた。私はお前のことを頼りにしてる。これからも隣にいてくれ」

 

 歯の浮くような台詞も、若葉が言えばあまりにも様になっていた。最早プロポーズに近い台詞に杏は口に手を当て、僅かに顔を赤らめている。

 そしてひなたは太陽のように笑顔を輝かせた。

 

「若葉ちゃん!はいっ!もちろんです!」

 

「おおい!見てるこっちが恥ずかしくなるような事を平然とするなっ!」

 

「でもこれで元気になってくれた」

 

「タマには2人の関係性がたまにわからん」

 

 誇るように若葉が言うものだから、球子は呆れ返った。

 

「でも、若葉さんさっき酷かったんだよ。タマッチ先輩にお見舞いで自転車持って行こうって。乗れないのに」

 

「若葉、意地悪になったか?」

 

「じょ、冗談だ。誰が本気でそんな事考える。ちゃんとした手土産は持ってきてる」

 

 そう言って、若葉は手に持っていた袋から球子の好きなキャンプの雑誌を手渡した。

 球子は雑誌を受け取ると一通り目を通し、机に勢いよく叩きつけた。

 

「おおい!タマを生き地獄に晒す気かっ!?足を見てみろっ!キャンプとは程遠いだろっ!?」

 

 球子は力無く横たわる足を指差し、涙目になりながら若葉に訴えた。ちなみにこれを考案したのは杏である。

 杏は球子から顔を背け、肩を震わしている。しかし、若葉しか目に入れてなかった球子はそれに気づかない。杏は見事なまでに若葉に全てを押し付け、球子を揶揄ったのだった。あまりにも酷い。

 

「タマがタマじゃなかったら若葉のこと嫌いになってたかもだぞ」

 

「私なのか!?」

 

「お前が渡したんだろっ!?」

 

 若葉からすれば杏にこれを渡せば球子は喜ぶと聞いたから意気揚々と手土産に選んだのだ。

 慌てて杏に目を向けると、笑っている杏が飛び込んできて若葉は陸に打ち上げられた魚のように口を閉じたり開いたりした。

 

「あんず……。タマが退院したら覚えてろよ」

 

「早く戻ってきてね」

 

 怨みを込めた目を杏に向けるが、杏は意に介すどころかそれに挑戦的に笑って見せた。

 

「若葉。最近の戦いで杏って切り札使ったか?」

 

「サソリ型の進化体以来使ってないな」

 

「……タマの知らないあんずになっちまった」

 

 球子は「あんなに可愛かったあんずはどこへ……」と天を仰いだ。若葉とひなたもつられて見上げるが、そこにあるのは白い灯りを届ける蛍光灯だけ。若葉とひなたは直ぐに視線を球子に戻す。今度は球子がそれに合わせた。

 

「まっ。さしずめタマに気を遣わせないためなんだろ。足のことは気にするなってあれだけ言い聞かせたのに」

 

 先程とは打って変わって、球子は杏へ優しく目を細めた。それから球子は思い出したように手鼓を打つと、希望について尋ねた。せっかく明るくなった雰囲気を破り捨てるようなものだとしても、球子としては知っておかねばならないと思ったのだ。

 

「そうだっ。琴音と希望はどうなった」

 

 それに答えたのはひなただった。ひなただけが、この場で琴音が希望に会った事を知っている。

 

「琴音さんはお別れをしてきたそうです。フルートを託されたと言ってました」

 

 若葉と杏はひなたの語った事には触れなかった。2人とも琴音のここ2日の様子を見ていて、心のどこかでそんなような気はしていた。

 球子は目を伏せて、小さくため息をついた。

 

「そっか……。あの時、あんずとひなたの言ってた事をすぐに理解できなかったけど、希望は本当に行っちまうんだな」

 

「希望の意志は琴音が受け継いだ。私達は希望の作ってくれた時間を無駄にせず、バーテックスと戦う策を練るだけだ」

 

 若葉の決意とも取れる言葉に球子は力強く頷いた。

 

「それならタマも早く戻らないとなっ。車椅子でも戦えるように訓練しておく」

 

「無理はするなよ」

 

 頼もしい球子の言葉に若葉も頷き返す。

 話がひと段落したところ、ひなたは手を叩いて自分に注目を集めさせた。

 

「話を戻しまして、球子さんへの本当の手土産は私が持ってますよ」

 

 そう言ってひなたが袋から取り出したのは、球子が香川に来てから好きになったうどんだった。

 

「いつの間に。と言うか、どこに袋を隠していた?」

 

 純粋な疑問を若葉はひなたにぶつけた。突然、先程まで何も持っていなかった手にビニール袋が握られていたら誰でも同じ反応をする事だろう。

 ひなたは若葉に「マジックです」と言って一緒にウインクしてみせると、若葉は「そうか。マジックか」と謎の納得を見せていた。

 ひなたが球子のベッドに付属されているテーブルにうどんを置くと、ガンッと言うとても鳴っていいものではない、固いものがぶつかる音が病室に響く。

 恐る恐る球子が手を近づけると、指先に冷気が絡まりつき、球子は慌てて手を引く。

 

「冷凍じゃないかっ!!」

 

「口の中で溶かしながら食べるのも一興ですよ」

 

 ひなたは笑顔でとんでもない事を口にした。

 

「ああもうっ!退屈はしないけど、タマは虐めないでくれっ!」

 

 球子の心からの叫び声が病院中に響く。

 結局、うどんは病院の先生に若葉が許可を取り、仲良く4人で分け合ったのだった。

 しかし、この平和な時間は長く続かない。ひなたは突然目を見開き、唇を震わせた。

 

 神託が降ったとーーーーーー。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私が屋島に辿り着き、最初に訪れたのは最も被害の大きかった地域だ。ほとんどは山ばかりなのだが、一部居住地域も入っており、その被害に心は苦しくなる。

 道中購入した花束をお供えし、手を合わせてから私は近くの避難所へと向かった。

 避難所といっても本当に簡易的なもので、環境としてはかなり酷い。私は大社に環境改善を求めることを決め、近くにいた人に声をかけた。

 

「あの〜。すみません」

 

「はい。どうしましたか?」

 

 最初は笑顔だった婦人も、私の顔を見るとギョッと目を丸めた。

 

「勇者様!?」

 

「あ、そっちか」

 

 私はてっきりこの左眼に衝撃を受けたのかと思ったが、今やドラ○もんやちび○子ちゃんに負けず劣らずの人気を誇る存在が目の前にいる事に衝撃を受けたようだった。

 ちなみに言っておくが、私は自分たちが一般の人々から向けられる視線には納得言っていない。人類の光となる象徴が必要なのはわかるが、人気者にさせられるとは聞いていなかった。

 

「先日も勇者様に来ていただいたのに、まさか今日も来てくださるとは。今日はもう1人の方を連れてないんですね」

 

 私はその物言いに違和感を感じたが、ひとまず置いておいた。

 

「本当は何かお手伝いが出来れば良いんですが、今日は人探しをしてて……。詩音という女の子がここにいませんか?」

 

 私が申し訳なさそうに低姿勢を保ちながら尋ねると、婦人は少しだけ奇妙な反応をした。

 

「いますけど、また何かされるんですか?」

 

「また?えっと、何かしたんですか。私達の誰かが、その子に」

 

 私が更に尋ねると、婦人は辺りを見渡し誰も居ないことを確認すると私に耳打ちした。

 

「勇者様の1人がその子を叩いたんです。あっ。もちろん、詩音という女の子も悪かったんですよ。勇者様に役立たずって言ったんです。私はその時、隣にいたのでよく覚えてます」

 

「そうだったんですか……」

 

「貴女が気に病むことではありませんよ。えっと、確かお名前は」

 

「琴音です。東郷琴音」

 

 私の名前を聞いて、婦人は名前と顔が一致したのか満足そうに頷いた。

 

「あぁ。そうだわ。あれ?でも貴女、名字は秋山だったはずよね」

 

 テレビなどで公表されているのは知っているが、よく見てるなあと私は内心感動した。

 

「あははっ。色々あって変わったんです」

 

 言葉を濁し、ご想像にお任せしますね。と冗談めかしていったのだが、婦人はやけに慌てて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。余計なことを」

 

「気にしないでください。それで、詩音…ちゃんはいらっしゃるんですか?」

 

 婦人は頭を上げてから、少し悩む素ぶりを見せた。やけに周りの視線を気にするので、もしかしたら婦人の教えてくれた一件が尾を引いているのかもしれない。

 

「居ますけど、少し離れた場所に今の時間なら人通りがない漁港があります。そこに連れてくので待っていてくれませんか?」

 

「わかりました。それよりあなたは信頼してくれるんですか?私のことを」

 

 ついつい気になって、余計な事を聞いてしまう。婦人も首を傾げた後、小さく吹き出してから私に向き直った。

 

「大阪での活躍、記憶に新しいですよ」

 

 大阪という単語は聞き間違いなのではないかと思うくらいには耳に馴染まなかった。遠い、はるか昔の古代遺跡の名前を聞いているような感覚。

 しかし、徐々に当時のことが脳裏に蘇り、目の前の婦人が共に香川へと逃げ帰ってきた人々の一員である事を思い出し、目を見張った。

 

「ふふっ。忘れてましたね、私のこと。……あなたはあの地で間違いを犯した。けれど、その後は2度と同じ事は繰り返さなかった。そう言う人は信頼できます」

 

「そう言うものですか」

 

「そう言うものです。では、教えた場所で待っててください」

 

 私は素直に頷き、教えられた漁港へと先に向かった。避難所の敷地内では何人かとすれ違ったのだが、やはり皆、私を見る目は少し懐疑的だ。

 先程の婦人のような優しい人もいるが、世の中そんな人ばかりでないと大阪で学んだではないか。すっかり、丸亀城での雰囲気に馴染んでしまい忘れるところだった。

 

「着いたけど、ここであってるのかな」

 

 婦人の言う通り、漁港はとても近かった。開けたこの場所からは、被害地の様子が丸々見ることができた。

 そして、婦人の言う通り、全くと言って良いほど人の気配はない。開けた場所で人に見られそうなのに見られない。

 

「変な話」

 

 矛と盾を互いに突かせあっていると、先程の婦人が「何が変な話なんですか?」と声をかけてきた。

 振り返るとそこには、婦人と私に似た少女が私の事を睨みつけながら立っている。

 

「話が終わったら、また避難所に連れてきてあげてください」

 

 婦人の頼みに私は頷いてみせると、彼女は一礼をしてから避難所の方へと戻っていった。

 波が岸壁に打ちつける音だけが響く中、私と少女は無言で向かい合っている。しかもやけに睨みつけられるし、雰囲気は非常に悪い。

 

(いざ呼んでみたけど、何を話したものかな)

 

 ひとまず私は当たり障りのないことから聞いてみる事にした。

 

「初めまして。私は東郷琴音。あなたは?」

 

「……京極詩音」

 

 いざ名前を聞いたのだが、その名字が母親の再婚相手と同じことに目眩がした。

 

「詩音ちゃんね。えーっと、最近どう?」

 

 聞いておいてなんだが、最高潮なわけなかろう。

 

(何聞いてんだ私!!)

 

 思い出したことがもう一つある。本当に人が焦った時、冷や汗と手汗が止まらないと言う事を。

 私が勝手に焦り散らかしている間、詩音は私を無言で見つめている。その冷たい視線は私を冷静にさせるには、あまりにも効果がありすぎた。

 

「んんっ。今日、詩音ちゃんの所に来たのは聞きたい事があったからなんだ」

 

 咳払いをしてから私は躊躇わずに目的を打ち明けることにした。詩音は相変わらず冷たい視線を私に向けながら、短く答える。

 

「なに」

 

「詩音ちゃんのお母さん。どんな人だった?」

 

「ぼうじゃくぶじん」

 

「む、難しい言葉知ってるね」

 

 友奈の言葉を信じるなら5歳か6歳。傍若無人など知っているとは思わず、私は苦笑いを浮かべた。

 当の本人は褒められたとはいえ、嬉しくなさそうに足元の石を蹴り飛ばして海へと突き落とした。

 

「最近覚えた」

 

 覚えた言葉を使いたがる年頃なのだろう。可愛い一面もあるじゃないかと思うと同時に蹴り落とされた石ころが不憫でならなかった。

 さらば石ころよ。海の中で幸せに暮らすと良い。

 石に想いを馳せるのも程々に、私は更に本題の深いところへと切り込んだ。

 

「あのさ。お姉さんが変な事言ってるな〜って思いながら聞いてくれれば良いんだけどさ。私ーーーー」

 

「私のお姉ちゃんでしょ」

 

「っ!…知ってたんだ……」

 

 私が知らなかっただけで、詩音は最初から私のことを知っていた。その事実は、知らない子供の絵日記を突然渡されたような感覚であった。

 

「お姉ちゃんがテレビに映った時、お母さんが言ってた。私の娘だって」

 

「……そう」

 

 まだ確証も得られなかったので、詩音の母親の名前を聞こうと思ったのだが、答えは向こうから提示してくれて手間が省けた。

 一応、あの母親にも私を娘としてみる気持ちはあったらしかった。前に会った時なんかは私欲の限りを尽くすために近づいてきたと言うのに。

 少しばかりしんみりとした気分は、詩音の次の言葉で粉々に打ち砕かれた。

 

「けど、言ってた。出来損ないって。悪口もたくさん言ってた。勇者なんかになってるけど、ただのお飾りなのに気がついてない馬鹿だって」

 

「あんのババア。一度死ぬだけでは飽き足らんか」

 

 詩音の目の前でなければ私は母親の住んでいた家の位置を割り出し、大きな的として矢を放っていたことだろう。

 

「私の方が、優秀」

 

 私が額に青筋を浮かべるのがよっぽど面白かったのだろう。先程までの冷たい視線と緊張感のある面持ちは何処へやら。年相応の生意気盛りな人を煽るような笑みを私へと向けた。

 今こそアンガーマネジメントの出番。大人の対応を心がけるのだ。私は深呼吸をし、6秒間待つ事によって理性的な判断を取り戻す。

 

「口が過ぎるぞ。詩音ちゃんよ」

 

「お母さんの口悪いの、移った」

 

 私が余裕の笑みを浮かべ、歳上の余裕と言うものを見せつけてやった。しかし、詩音は悪びれた様子もみせやしない。親の教育の大事さを身をもって味わった。

 

「はやく忘れな。ろくでもない大人になっちゃう」

 

「お姉ちゃんもさっきババア言うた。口悪い」

 

 それでは私と詩音が似たもの同士みたいではないか。

 

「お姉ちゃん言うな。私はあんたを妹だと認めたわけじゃない。母親は一緒だけど、父親違うし」

 

「母親同じなら姉妹って成立するって本に書いてあった」

 

「まずいぞ。変な知識の仕入れ具合は私そっくりだ」

 

 似たもの同士だった。

 私は甘んじてこの少女が自身の妹だと言う事実を受け入れようとした時のことだ。詩音は突然、私に迫ってきたと思えば勢いよく抱きついてきた。

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

 私は戸惑いを隠せず、あたふたと手を弄ぶ。そんな私とは対照的に、詩音は一層深く私へと身を寄せた。

 

「私……酷いこと言っちゃった………」

 

「お母さんに?」

 

「違う!助けに来てくれた、勇者のお姉ちゃん2人に、酷いこと言っちゃった……。役立たずって……。誰も助けれてないって……」

 

 あの母親の娘に自分の間違いを認め、謝ろうと思える気持ちがあることに感動してしまった。

 自分のことを棚に置き、情けない感動に身を寄せていると言うのに詩音は私の服の裾を力強く握りしめた。

 

「謝りたい。ちゃんと、謝りたい……」

 

 その言葉に偽りはなかった。それは彼女の様子を見ていれば伝わってくる。

 私はこの時、胸の中に広がる不思議な感覚に身を任せて、詩音の頭を撫でながらそっと優しく抱きしめた。

 

「わかった。お姉ちゃんに任せといて。まだ認めてないけど」

 

 私の煮え切らない反応に、詩音は軽い頭突きで返してきた。

 

「ケチ」

 

 詩音は私から離れると、唇を尖らせる。かと思えば生意気に鼻で笑ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 次から次へと入れ替わる車窓を興味深そうに見つめる詩音の横顔は幼く、自分の面影も感じるものだから何だかむずっ痒い。

 

「電車、珍しいの?」

 

 私が聞くと詩音はこくりと頷いた。

 

「あまり外に出たことなかったから」

 

 家の中からではなく、屋島からと言うことだろう。外の景色を見つめながら答える詩音から目を離し、私は1時間ほど前の事を思い出す。

 私は約束通り、詩音を連れて避難所に戻った。そこで私は婦人に事の経緯を説明した。そして、一度だけ詩音を連れて行きたいとも。彼女が今の現状を憂いている事は知っている。複雑そうな表情を浮かべたが、最後には協力すると言ってくれた。

 

「ここまで生かしてくれたもの。私も頑張るわ」

 

 本当の大人の余裕を見せつけられ、私は思わず感嘆の声を漏らした。婦人は私が詩音を連れて行く事における周りの反発を1人で受け止めると言う。無茶だと思ったが、こうするしか手段は他になく、私はお礼を言ってから詩音の手を引いて丸亀へと向かっているのである。

 

「はぁ……。どうしてこんな事になってるのかなあ」

 

「どうした姉。辛いの?」

 

 よしよしと頭を撫でてくる詩音に、私は苦笑いで応戦した。

 

「キャラぶれすぎだよ。どうしちゃったの」

 

「まだお姉ちゃんの前での態度。決めてない」

 

「くそっ。喋り方までそっくりだ」

 

 私は力無く肩から崩れ落ちた。これを丸亀の皆にどう説明すれば良いのだろうか。友奈と千景は余計にびっくりするだろう。

 私からしてみれば変な運命の糸を掴んでしまった形になる。人生何が起きるかわからないとは良く言ったものだ。

 気を紛らわせるために適当に思いついた事を詩音に聞いてみた。

 

「そう言えば、詩音のお父さんとお母さんいつ出会ったとかって聞いてる?」

 

「えっと、10年前」

 

「ちょっと待て」

 

 聞かなければ良かったと頭を抱える。多分、詩音は都合の良い話しか聞いていないから知らないと思うが、10年前は私のお父さんと同居してる時期である。

 

「聞いて損した……。まあいいや」

 

「琴音お姉ちゃん辛い事ばっかだね」

 

「本当だよ」

 

 何を聞いても墓穴を掘ってしまう。詩音の私の呼び方も安定しておらず、私達の関係は虫食いだらけだ。私は諦めて、車窓に目を向ける。次の駅はもう丸亀だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 丸亀城に連れて来たは良いものの、関係者以外の立ち入りは禁止されている。そのため、中に入るにしても多くの人の目を欺かねばならなかった。

 予めひなたに話を通し、円滑に物事を進めれば良かったと後悔しているところである。今さっき話を持ちかけたのだが、ひなたと言えど許されるのかは不明であるのだから困ったものだ。

 

「入らないの?」

 

 手を繋いだまま、私の腰あたりから見上げてくるその瞳は、先程までの生意気さは感じられない。純粋な子供の輝きを放っていた。

 数時間前に会ったばかりだと言うのに、私はすっかりこの子のお姉ちゃんになってしまっている。

 

「今、私の友達に相談してるから少し待ってて」

 

「疲れた」

 

「疲れたか。私も疲れたよ」

 

 バーテックスの迎撃もしていないのに、この疲労感。お姉ちゃんとはこう言うものなのだろうか。

 私はあと少しだけ我慢してねと頭を優しく撫でた。詩音はそれを心地良さそうに受け入れる。

 

(ふと思ったけど、この子にとって血の繋がってる人って私だけになるのかな)

 

 母さんも、再婚相手の京極某もいないのはわかるとして、祖父母くらいは居てもいい。ちなみに片方の祖父母は本州の人で恐らくバーテックスの餌食になったものと思われる。京極側は知らない。

 今頃迎えに来ていたらどうしようと心配していたら、詩音がボソッと小さな声で、殺されたと呟いた。人の手によってか。バーテックスの手によってかは聞かずおいた。なんか怖いし。

 暇を持て余し、詩音とアルプス一万尺をしていると、ようやくひなたが大手門から姿を現した。

 

「琴音さん!お待たせしました!」

 

 ひなたの声に合わせて手を止め、私はひなたに手を振った。小走りで駆け寄って来たひなたは、少し汗ばんでいた。慌てて呼びに来てくれたのだと思うと感謝と同時に申し訳なさが顔を出す。

 

「ひなたちゃんありがとう。急な話なのに」

 

「いえ。琴音さんのお願いなら多少の無理はします。それにしても、何で琴音さんも汗だくなんですか?」

 

 ハンカチで汗を軽く拭いながら、ひなたは私の額を見て言う。

 

「この子がなかなか強敵で」

 

「私、強い」

 

 可愛い見た目に反して、セリフはバーサーカーである。実際、私は人生経験の中で最も速いアルプス一万尺の領域に達していた自信があった。

 ひなたは小さく肩を揺らした後、しゃがみ込んで詩音をまじまじと見つめる。

 

「何処と無く似てますね。あっ。初めまして。上里ひなたです」

 

 ひなたの挨拶に詩音はぺこりと頭を下げた。

 

「可愛いよね。私と血が繋がってるとは思えない。あと、あの母親とも」

 

 これだけ可愛い生物がそのうちあの化け物に近づくのかと思うと、何としても今のまま保管しておきたい気持ちになる。歪んだ感性をひとまず丸亀城の堀に投げ込み、事なきを得た。

 私?私はそのうち化け物になってる事は請け負っておこうと思う。

 ひなたは良からぬことを考えた私の頭を小突いた後、小さく咳払いをしてから話を戻した。

 

「丸亀城へ入る事も大社は認めてくれました。ただ、条件があるみたいで……」

 

「嫌な予感がするよ?」

 

 この言い回しの条件で、良いことを聞いた記憶がない。私の体験しかり、本の中での体験もしかりだ。

 

「勇者としての戦いが終わるまで、丸亀城から出ることは許さないそうです」

 

「言うと思った〜」

 

 とは言え、大社の言い分もわかる。今や機密情報の塊に近い丸亀城の状況は戦いが終わるまでは伏せておきたいのだろう。情報というのは何処から漏れ出て、何処で歪曲するかは誰にも予測がつかないからだ。

 

「ですが琴音さん。非常に言いにくいですが、私達のバーテックスとの戦いは、その……2日後に……」

 

 希望が人柱となることで、一時停戦となる。そう言いかけてひなたは口を閉じた。

 私もそれだけで十分伝わっており、空気感を振り払うために詩音にどうしたいかを尋ねた。

 

「詩音はどう?3日間、ここから出れないみたいだけど」

 

「大丈夫。姉貴いるし、それに。友奈さん…様と千景様に謝らないと。そのために私はここに来た」

 

「と言うことだそうです」

 

 小さな子供ながらに決意を固めた目をしていただけに、私は余計なことは何も言わず詩音の背中を押す。

 このくらいの歳の子にしてみれば、謝ると言う行為は簡単な部類だと思っていたのだが、詩音はそうではないらしい。私たちが戦場に出る時くらいの覚悟を宿していた。とても仰々しいと茶化せる雰囲気でもなく、私はひなたに最終的な判断を委ねる事にした。

 

「それなら案内しますね」

 

 ひなたに促され、私と詩音と共に大手門をくぐった。一応、詩音なりにこの先戻ると言う我儘は許されないと一層強く感じたからか、私の手を握る力は強くなった。

 

「そう緊張しなくて良いよ。みんな良い人ばっかりだから」

 

「はい。きっと詩音さんも気に入りますよ」

 

「私、許してくれるかな。とても酷い事言った」

 

「大丈夫です。悪いことをしたと思えてるのなら、きっと詩音さんの想いは届きますよ」

 

 ついでとばかりに、ひなたは私に耳打ちした。

 

「実は琴音さんが部屋に戻った後、朝のうちに大体のことは杏さんのおかげで解決しました」

 

「そうだったんだ。ごめんね。朝は私、空気悪くしたよね」

 

 今朝のことを思い出し、私も詩音と同じような表情を浮かべる。あまりにも似たいたからか、ひなたは軽く吹き出した後、首を横に振った。

 

「空気を悪くしたのは私だって、友奈さん反省してました」

 

「いや〜。友奈ちゃんに全部押し付けるのは違うよ。私も後で謝っておこうかな」

 

 1人で謎に抱え込もうとするのは勇者と巫女達の悪い癖だ。私も、友奈も。他の面々も。

 丸亀城は本丸に辿り着くには、角度のある坂を登らねばならない。その坂を詩音の足取りに合わせて登りながら、千景と友奈は丸亀城にいるのかと尋ねる。どこかに出かけている可能性もあった。

 

「千景と友奈は今どこに?朝は休むって言ってたけど」

 

「お二人ともさっき目を覚ましたみたいですよ。顔色も朝よりバッチリ良くなってました」

 

「そっか。良かった良かった」

 

 この会話が終わる頃には坂を登り切っていた。坂を登り切った先には、丸亀城から市内を一望できる。詩音はその光景が珍しかったのか、繋いでいた手を解いてそちらに走って行った。

 

「綺麗……」

 

 詩音の呟きを眼下の街へと送り届けるように、風が優しく頬を撫でる。

 

「どう?見えるもの全部、友奈ちゃんと千景さんが守ってるんだよ。ついでに私とひなたちゃんもね」

 

 まだ若葉と杏も居るが今は混乱させてしまうだろうと名前は出さなかった。

 詩音はよっぽどこの光景に胸を焦がされたのか、なかなか離れようとはしなかった。

 

「そんなに気に入ったの?」

 

 私が聞くと、詩音は首を横に振った。それならばどうしてと更に聞こうとして、私は彼女の気持ちを察した。

 

「もしかして、役立たずって言った事気にしてるの?」

 

「気にしてなかったら、謝りに行きたいなんて言ってない」

 

「むっ。それもそうか」

 

「そっちよりも、私、誰も助けれてないって言った」

 

「だったね。……そう言うことか」

 

 彼女は幼心ながら、目の前の街並みを見て、自分の発言の迂闊さを呪ったようだった。

 

「もっと謝らないといけない気持ち、増した」

 

 詩音はそう言って私を見上げると、早く行こうと私の手を引っ張った。まるで犬の散歩のように連れて行かれる私を見て、ひなたはまた小さく笑った。

 

「懐かれてますね」

 

「出会ったばかりだけどね?ちょっと、痛い痛い!!」

 

 私を引っ張る力は思いの外強く、私の腕はおもちゃのように取れそうになる。その痛みに苦しんでいる様子を見て、ひなたは何故か先程よりも慈しむような優しい笑みを浮かべたのだった。

 

 途中から、攻守交代し、私が詩音を寮の中へと案内する。2人があるとすれば道場か武器の訓練場だと思い、一つずつ選択肢を潰す事にした。

 

「なっ……」

 

「あれっ。どうしてここに?」

 

 最初に選択した道場は何と見事に大正解。千景と友奈は詩音の姿を見るなり、目を丸くした。会いに行ってほしいとは頼んだのに、まさか連れてくるなどとは思いも寄らなかったのだろう。

 詩音はと言えば、私の後ろに隠れてしまった。あれだけ謝りたいと言っていたのに、いざ対面となるとやはり気まずさは感じるのだろう。ここは姉として背中を押してやろうと思い、しゃがみ込もうとした所で彼女は自ら2人に駆け寄って行った。

 

(タイミング……)

 

 私が苦笑いを浮かべながら、詩音の背中を送り届けたところで、ひなたが神妙な顔つきに変わっている事に気がついた。

 

「ひなたちゃん?」

 

「琴音さんに伝えないといけないことがあります。詩音さんのことは友奈さんと千景さんに任せましょう」

 

「2人は関係ないの?」

 

「既に伝えてあります」

 

「わかった」

 

 私はひなたと共にその場を抜け出した。私が心配せずとも、詩音は上手くやるだろうと言う確信もあったのも大きかった。

 ひなたについて行き、辿り着いたのは若葉の部屋だった。中に入ると、若葉と杏は何やら考え込んでいる様子。

 

「来たか、琴音」

 

「まさか神託でも降った?」

 

「そのまさかだ。ひなた。説明を」

 

「はい。お昼頃です。神託を簡潔に告げると、神樹様から壁の外で脅威を増す敵を討てとのことでした」

 

 壁の外と言う言葉だけでどのバーテックスを倒すかは明白となった。

 

「もしかして、屋島を吹き飛ばしたバーテックス?」

 

「恐らくは。攻撃は樹海の向こう側からやって来たと皆さんおっしゃっていたので、状況は酷似してます」

 

 既にそこの情報のすり合わせは行っていたようだ。その上で、攻撃することは認めよう。でも、それなら彼女は何のためにーーーーーー。

 

「……希望は?」

 

 恐る恐る私はひなたに尋ねた。事と次第では大社を私は潰しかねない。

 皆、その点は疑問だったのだろう。若葉は眉に一層皺がよる。ひなたもどう伝えるべきかを苦慮し、諦め切ったのか一言で締め括った。

 

「わかりません」

 

 その答えに私の手に自然と力が入る。

 

「でも、さっき停戦になるってひなたちゃん」

 

「大社は神託に従うべきだと言う姿勢を崩してません。……無駄になる可能性もあります」

 

「っ!!ふざけるなっ!!だったら希望は何のために!!」

 

 ひなたに気持ちをぶつけたって何も変わらないことは知っている。けれど、大切な親友を犠牲にされるのだ。無駄になんてされてたまるか。

 

「琴音!気持ちはわかるが落ち着いてくれ。ここからは一度私が話そう」

 

「……ごめん」

 

 若葉の声で冷静さが戻った私はひなたに短く謝った。今日の私は人に八つ当たりしてばかりだ。

 ひなたも怒りは当然だと受け入れてくれる。余計に八つ当たりしてしまった事が悔やまれる。

 

「話を戻して、大社の方針はこうだ。停戦の前に壁の向こう側のバーテックスを討ち、完全な状態で天の神と講和を結ぼうと言う事らしい」

 

「初めてこちら側から攻めるってこと?」

 

「そうなる。だが、私としては大社の意見は否定できない。希望の犠牲を確かなものにしたいと言う気持ちはわからないでもないからな」

 

「………詳細はわかった。それで何をさっきまで深く考え込んでいたの?」

 

 ここから話を引き継いだのは杏だった。

 

「どう戦うかです。私達は防衛戦はしたことがありますが、攻撃戦はしたことがありません。正面からぶつかっても良いのですが、それではあの火球に巻き込まれて皆共に蒸発……なんて事もあり得ますから」

 

 どうしても無理攻めするわけにはいかないと、それで先ほどから頭を悩ませていたようだった。

 

「外の世界の状況は前と変わらない?」

 

「今のところは」

 

「それならこれはどうかな。私が切り札を使って単身まず突っ込む。そして火球を受け止めてーーーーーー」

 

「馬鹿言うな。そんな作戦、私が許すと思ったのか」

 

「作戦というより、それは特攻と言うんですよ琴音さん」

 

 若葉に制止され、杏に諭される。私は大社のお望みに合わせて無茶な提案をしたのだが、やはり仲間達はそれを許さなかった。しかも私は一度切り札でやらかしている身。楽観的に物事を言える立場ではない。

 ふと思う。私は今、どちらを理想として生きてるのだろうか。悲壮的で冷静沈着。そんでもって冷酷な東郷琴音か。それとも楽天家でお気楽を地で行くような秋山琴音か。

 

(なんか希望とハイブリッドがどうとかって話した記憶はあるんだよね)

 

 両方上手く目指そうと思って試行錯誤していた時にあの事件だ。今一度、目指してみるのも悪くない。

 

「一つ聞くね。皆、私の一件があってから切り札使うの怖い?」

 

 私はチラッと若葉と杏に視線を飛ばしてみる。2人とも石のように固まったまま、動かない。

 

(怖いのが普通だよ。人が自分を見失う瞬間を目の当たりにしたんだ)

 

 私なら怖くて2度と手出しはしない。別の力を模索する。けれど、今の私達にあるのは精霊という切り札だけなのだ。これを使わなくしてバーテックスは打ち倒せない。おまけに今回のようにたった1日の短期作戦となると尚更。

 

「私がまた切り札を使う」

 

 私の体から既に精霊である上杉謙信と毘沙門天の気配は消え失せている。代わりに感じるのは熱き魂の鼓動だけ。それが誰なのか、私は既に一度使用している。

 この義に熱く、強大な敵に立ち向かうためにあるような力ならば心の汚染も少ない。そう思い提案したのだが、若葉はそれを受け入れなかった。

 

「……いや。私と友奈が使う。私と友奈は一度だけしか切り札を使ってない。敵の規模がわからないが、切り札を使用した2人分の攻撃を受けて倒れないバーテックスは恐らくいないだろう。どうだ?」

 

 若葉の申し出に杏は「悪くないかも知れません……」と頷く。それでもと言いかけた所で若葉は首を横に振った。

 

「杏も切り札を使用したのは一度だけ。千景は2回だが……いた仕方ない。私と友奈で駄目なら後詰めを任せたい」

 

「その話は友奈さんと千景さんには?」

 

「一つの可能性として話はしてある」

 

 だから2人だけが訓練場に居たのかと納得した。

 

「待って。私は?私、実質リセットされてるから使えるよ?」

 

「………杏が前に教えてくれた。精神的に不安定な時は精霊に飲み込まれやすいと」

 

 若葉は杏の言葉を借りながら、私を説得しようと試みる。ただ、やはり私への気遣いが故か、はっきりと直球で事の理由を伝えてくる事はない。

 

「以前、琴音が暴走してしまった時も希望の事を気にしていた時だろう。今回は尚更だ。えっと、つまりだな」

 

 私はまどろっこしくなり、自分の口から若葉の言いたい事を代弁した。

 

「私が精神的に不安定だと」

 

「そうだ。気を悪くしないでくれ。私はお前の身が心配なんだ。身体の傷は……極論言えば治る。けど、心の傷は違う」

 

 私の左眼と胸の辺りを見つめながら若葉は言う。私は身体の傷も。心の傷も負いすぎていると言う意味なのだろうか。

 そうであっても、そうでなくとも若葉なりの気遣いなのは感じ取れた。戦争に気遣いなど無用だと口走ろうとしたが、それこそ若葉の想いを踏み躙るような気がして、私は素直に受け入れた。

 

「わかった。そう言う事なら」

 

 若葉は私が頷いてくれた事に安心したのか、緊張の糸がプツンと切れたようだった。胸を撫で下ろし、先程までの険しい表情は何処へやら。凛とした顔付きに良いアクセントを加える、可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「本当に私たちが全滅寸前に追い込まれた時だけ私が合図を出す。それまでは私達に寄ってたかってくる雑魚の相手を頼みたい」

 

「了解。皆を信じるよ」

 

 完全に私が同意した事で、話は前進した。杏は一度この話は終わりだと最後に締め括る。

 

「今回は敵の状態もわからない中での戦いです。戦術も必要最低限のものしか敷けません。臨機応変に行きましょう」

 

 私と若葉は頷き返し、ひなたは不安そうに私達を見守っている。

 空は私達の行く先を立ち塞ぐように、唐突に雲で覆われ始めた。部屋の中も暗がりが落ちる。

 攻撃まで残り、半日。




ちょっと最近、長いし話の展開が前に進まなさすぎる気がするのですが、ダラダラと行かせていただきます!
評価や感想。お気に入り登録してくれるとやる気も上がりますので是非是非お願いします〜。
それではまた次回!!
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