少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第31話 郡千景。お前に罪は無い

 道場の板張りの床は冷たく、詩音が踏み出す小さな足音がやけに大きく響いた。

 詩音は琴音の後ろに隠れていた時とは打って変わって、迷いのない足取りで二人の前まで行くと、深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 その声は、道場の静謐な空気を震わせるほどに必死だった。

 

「私、勇者のお姉ちゃんたちに、酷いこと言った。役立たずって……誰も助けられてないって……。でも、さっきお城から街を見て、そんなの嘘だってわかった。お姉ちゃんたちがいたから、街があるのに……。本当に、ごめんなさい」

 

 絞り出すような詩音の声に、友奈と千景は呆気に取られたように顔を見合わせた。

 そもそも、2人とも何故詩音がここにいるのかすらわからないのだから。連れてきた琴音はひなたに連れられ、神託の話を聞いている真っ最中であり、説明をする者は1人もいなかった。

 ただ、幼い詩音にはそんな事考える暇などなかった。ただひたすらに、千景と友奈に謝りたい。その一心で彼女はここに立っているのだから。

 困惑しながらも、千景と友奈はゆっくりと歩み寄り、詩音の前に膝をついて視線を合わせる。

 

「……顔を上げなさい」

 

 突き放すような冷たさはない。けれど、どこか試すような千景の言葉に、詩音はおずおずと顔を上げた。その瞳には、今にも溢れそうな涙が溜まっている。

 その涙を千景はそっと拭った。

 

「…泣かないで……。あなたがそこまで謝る必要は…ないの……」

 

「でも、私……」

 

 その先を言おうとした詩音を、千景は自らの声で覆い隠した。

 

「手を出してしまったのは、私。あなたの家族を守れなかったのも……あなたに手を出してしまったことも…全て私達の…力不足がゆえ……」

 

 千景の脳裏にはこれまでにあった様々な出来事の記憶が走馬灯のように流れていた。地元での過酷な虐め。勇者としての覚醒。友奈との出会い。バーテックスとの戦い。琴音の暴走。希望の悲劇。そして、屋島崩壊。

 幸せな時間は短く、時間が経つに連れ、辛い事は増えていった。その度に己の力不足を嘆くばかり。丸亀城という居場所を失いたくない千景にとって、勇者の力こそが自らの証明となり、仲間達に。周囲に認めてもらうためのものだった。しかし、琴音の暴走からだ。千景が自分の戦う意味を更に自問自答しだしたのは。

 自分を仲間に認めてもらうために。価値があると示すために。居場所を守るために、あのような姿になる事を許容しなければならないのかと千景は思ってしまったのだ。それ以来、自分の目指すべき姿が一瞬にして白紙化した。どうなりたいか、どうしたいのか。それが一切見えなくなってしまったのだった。

 白紙化したノートに何をすれば良いのか。何が出来るのかを考えている最中で突きつけられた「何も出来ない」という事実。

 

「図星だったの……。何が出来るのかって、自分に聞き続けていて…そこで更に現実を突きつけられて……。どこに自分の弱さをぶつければ良かったのか…わからなくて……」

 

 人として最低な事をした。そう言い切った千景の顔には後悔の念と、自責の念が表情に影を落とす。

 千景が詩音にした事はもちろん、友奈や他の皆を侮辱した事への怒りもあった。それ以上に八つ当たりの気持ちが強かったのも事実だった。

 

「あなたは、ありのままを言っただけ」

 

 千景は詩音を肯定する。それは自分の弱さと向き合えた証拠だった。

 友奈も隣に並び、太陽のような笑みを詩音に向けた。

 

「詩音ちゃん。謝ってくれてありがとう。でもね、詩音ちゃんの言ったことは間違いじゃないよ。私たちがもっともっと頑張れば、詩音ちゃんのお父さんもお母さんも、助けられたかもしれない。だから、その言葉は私たちが強くなるための宿題として受け取っておくね」

 

 友奈は詩音に言われた言葉を前向きに解釈した。友奈だって、詩音に言われた事は辛かった。でも、詩音の涙を見て、忘れかけていた気持ちを取り戻すことも出来た。

 優しい暖かさを纏った友奈の手が、詩音の小さな手を包み込む。

 

「だからもう、自分を責めないで。私たちは勇者だけど、詩音ちゃんみたいな女の子に泣きながら謝らせるために戦ってるんじゃないんだよ」

 

 張り詰めていた詩音の糸が、ぷつりと切れた。

 千景に拭ってもらったはずの涙はポツリ、ポツリと頬を伝って流れ落ちて道場の床に染みを作っていく。

 両親の死を目の前にした時から涙を流さなかった詩音も、遂に堪え切れなくなって膝から崩れ落ちた。全てのことに彼女が追いついてしまった証拠でもあった。

 強がっていた詩音の子供らしい泣き声が道場に響き渡る。詩音は友奈の胸に飛び込み、これまでの不安をすべて吐き出すように泣きじゃくった。

 

「よく頑張ったね」

 

 友奈は優しく声をかけ、詩音を抱きしめたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私とひなたは話し合いが終わると、道場へと戻ろうとした。しかし、手前の辺りで聞こえてきた詩音の泣き声。私とひなたは確認だけしようと、影からそっと覗いた。

 千景と友奈を見る限り、和解は出来たようだが私は少しだけ不満だった。

 

「抱きしめるの私の役目じゃないの?」

 

「気にするんですねそう言うの」

 

「私、お姉ちゃんなんだよ?」

 

「朝、渋っていたとは思えない発言です」

 

 私もそれは思う。

 ひなたは私の背中を軽く叩きながら、「後で抱きしめてあげれば良いじゃないですか」と励ましの言葉をかけてくれた。私は仕方なく頷いておく。

 私とひなたは今一度、目の前の様子を目に焼き付ける。それからお互いその場を離れようと同じタイミングで来た道へ足を戻した。

 しばらく廊下を歩いたところで、ひなたは私の顔色を伺うような声の大きさで会話を切り出した。 

 

「琴音さん。まだこの後お時間ありますか?」

 

「うん。あるよ。どうしたの?」

 

「希望さんの事でもう一度話があります。気持ちの整理がついたところに余計なお話かも知れませんが」

 

 ひなたが申し訳なさそうに話を切り出した時点で大体は察せた。私はひなたを安心させるように笑いかけた。先日までのように貼り付けた仮面ではなく、私の素顔のままで。

 

「大丈夫。私の部屋でいい?」

 

「その方が助かります」

 

 私の部屋に辿り着き、ひなたを招き入れると一応部屋の鍵をかけた。かけたところでいつぞやの友奈みたいに蹴破って私の仲間達は入ってくるだろう。

 椅子に座るように促し、ひなたが座ったのを見て私はいつも通りベッドの淵に腰掛けた。

 

「それで、話って?」

 

 私が話を改めて切り出すと、ひなたは希望の最期の日の事を短く簡潔に話してくれた。

 

「希望さんが供物として、壁の外の世界に送られる時、秘密裏ではありますが一応は儀式なので神官と巫女が同席します。私も若葉ちゃんも」

 

「うん」

 

「杏さんと球子さん。友奈さん、千景さんは途中まで同行は許されました。しかし、琴音さんは」

 

「認められなかったんだね。大社には私がそこまで諦め悪い人物に見えてるんだね」

 

 失笑に近い笑いが口の端から漏れ出た。大社は頼る時だけ私に頼って、妙なところで信頼がない。

 今思えば1年と少し前、私と希望が諏訪へと援軍として派遣されようとした件。あの時は憶測で大社が私と希望を無駄死にさせようとしてると語ったが、別に的を外しては無かったのかもしれない。

 

「わかった。大人しく詩音とここで待ってるよ」

 

 それにまた希望に会ってしまえば、私の気持ちが揺らぎかねない。既に私は全て託された。それで満足している。……言葉は交わさなくても良い。最後に一目だけ顔を見たいという隙間さえなければ。

 ひなたは私の心の隙間を見抜いたのだろう。一度間を置いてから、彼女は、私が自分の気持ちに嘘をつく事を見越して先回りした。

 

「……私の事を幼馴染で大切な友達だと思うのなら、信頼して素直に答えてください」

 

「その聞き方はずるくない?」

 

 私がひなたを友達だと思っていないわけがないからだ。むしろ、たくさん助けられた。助けてくれた人を信頼しないわけがない。

 

「いいですから」

 

「うっ……。わかった」

 

 私はひなたの圧に押され、頷かざるを得なかった。ひなたは思い通りにいったことが少しだけ嬉しかったのか、小さく笑うと改めて私に尋ねた。

 

「希望さんと最後に会いたいですか?」

 

 その問いに私はひなたの言う通り、素直に答える。

 

「……会いたい。話さなくて良い。最後に顔を見るだけで十分」

 

「その言葉を聞けて安心しました」

 

 ひなたは私に優しく微笑む。その微笑みを前に、友達にここまでしないと本心を話してくれないと思わせてしまった自分が少しだけ嫌になった。

 

「では、勝たないといけませんね。次の戦い」

 

「最終決戦になるのかな。次は」

 

「上手くいけばそうなります」

 

「大丈夫。上手くやるよ。私がーーーー」

 

 死んでもね。そう口にしようとして辞めた。口にしてはいけないと、不思議と自制心が働いたのだ。

 言いかけた言葉を飲み込み、私は誤魔化すようにひなたに続きを促す。

 

「それでどうするの?私は近づく事を認められてないんでしょ?」

 

「力ずくです」

 

 ひなたの口から出てきたことが信じられず、間抜けな反応を返してしまう。

 

「はい?」

 

「力ずくです」

 

 同じ事を2回言ったあたり、ひなたは本気なのだろう。

 

「去年か一昨年の大河ドラマ覚えてますか?」

 

「うん。見たよ。再放送でだけど。真○丸だよね」

 

 2015年にバーテックスは私達に攻撃を仕掛けてきた。てっきり、その影響で2016年の大河ドラマは放送されないかと思っていたが、何と放送したのである。正直、大社の統制もあり、あの混乱の中よく放送したなとは思う。お偉いさん達なりに、日常を無理やり演出しようとしたことが窺えた。きっと当時は歪な物として多くの人には見られていた事だろう。

 撮影とかはどうしたのかな?と見ながら思っていたのだが、そこを追求する事は野暮な気がした。制作側の意地と気合いの賜物だろうと勝手に想像を膨らませたほどだ。

 

「で、何で大河ドラマ?」

 

「伊賀越えです」

 

「………通じる人少ないと思うよ?」

 

 興味があれば一度見てみてはどうでしょうか。実際面白かったです。

 シーンとしてはかなりコミカルな物だったと記憶してる。敵から逃げる時、味方が手回しして安全な道だと言い張っていたのに敵だらけで、力任せに押し通る的な感じだった。

 そのシーンを思い返してみても、私はそれが大社相手に通じるのかと疑いは隠せなかった。

 

「えー、現代社会で通じる?」

 

「未知数ですが、下手に策を考えるより手短です。策に溺れてもいけませんからね」

 

 私にこの提案をするひなたは、珍しく無邪気な子供のようだった。

 

「先人に出来て、私達に出来ないことはありませんよ」

 

 どう見たってあれはフィクションだろうと思ったが、ひなたが楽しそうに話すものだからそれ以上は何も言えなかった。

 

「と言うわけで当日は力任せで行きます」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 計画性も何もない話だが、そのくらいでないといけないのだろう。それに、ひなたは私に気を遣ってわざと冗談を話すみたいな感じで話をしてくれたのだ。その優しさを突き返すほど、今の私は心は荒んでいない。

 希望の一件はここまで。ここで解散しても良かったのだが、何だか最近、ひなたとしている話は全て重苦しいような気がした。せっかくなら楽しい話を一つくらいしようと別の話題を振った。

 

「私にフルートって吹けると思う?」

 

「やってみたらどうですか?」

 

「それもそうだね」

 

 私は未だにベッドで放置していたフルートを取るために手を伸ばす。とても大切にすると誓った物の扱いではない。

 ひなたに促されるままに、私は希望の見様見真似で音を鳴らしてみた。私の予定では綺麗な音が出るはずだったのに、ピッチの外れた甲高い音が部屋中に響き渡った。せめてもの優しさか、ひなたは耳を塞ぐ事はしなかった。

 私は口から離し、冷静に感想を述べる。 

 

「……酷いね」

 

「練習あるのみですね。私もやってみて良いですか?」

 

「良いんじゃないかな?」

 

 変な答え方になってしまったのは、まだ私がこれを希望の物だと思っているからだろう。

 ひなたは手渡されたフルートを構える。妙に様になってるのはやはり見た目の問題か。

 私の悲しい考察は、フルートから飛び出した悲鳴のような音に吹き飛ばされた。私も耳を塞ぐことはしなかった。

 

「難しいですね」

 

 フルートから口を離し、ひなたは苦笑いを浮かべる。それからご丁寧にハンカチで拭いてから私に優しく手渡した。

 

「だよね」

 

 私も上手くいかず、ひなたも上手くいかなかった。どうしたものかとフルートを見つめていると、突然ひなたは吹き出した。

 

「どうしたの?」

 

「いえ。若葉ちゃんは横笛の方が似合うなと思いまして」

 

 よっぽど自分が想像したことが面白かったのか、ひなたは目尻に溜まった涙を、片手でお腹を抱えながら拭った。

 私も釣られて想像してみる。先程まで私とひなたはオーケストラや吹奏楽の舞台にいた。しかし、若葉に横笛…もとい、篠笛を持たせると突然目の前の光景はお祭り騒ぎへと変わった。

 

「ぷっ!あははははははははっ!!」

 

 ダメだ。いけない。これはとても良くない。頭の中の祭囃子が鳴り止まない。

 ひなたはノリノリになって、太鼓を叩く真似をした。そして私にトドメを刺す一言をぶん投げてきた。

 

「そいや!です」

 

 次の瞬間、私の腹筋は天国へ旅立った。私は思い出した。ひなたは意外にこう言う時、ノリが良いのだと。

 

「やめて!くっ、あはははっ!笑い止まんないよ!」

 

 私はベッドの中で笑いすぎて身悶えた。筋肉が攣るか攣らないかの境界線を行ったり来たり。息もまともに出来ず、苦しかったが同時に思ってしまった。

 ここまで笑ったのはいつぶりだろうか、と。

 この先、こうして心の底から笑える日は何回あるだろうか。そんな考えがよぎった瞬間、今のうちに一生分笑っておこうなんて思ってしまう。

 

「ひなたちゃんのせいだからね!」

 

 久しぶりにこれだけ笑えたのも。一生分笑っておこうなんて、不謹慎な事を考えてしまったのも。

 どこまでひなたが私の何気ない一言を受け取ったかはわからない。けれど私は、この時だけひなたの事は考えずに自分のためだけに笑えたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 友奈と千景は訓練場の一つである道場から離れ、詩音と共に琴音を探して寮の廊下を歩き回っていた。

 

「どこにいるのかしら……」

 

 千景はまた琴音が城の外に出ていってしまったのかと疑った。とても自分で連れてきた詩音を置き去りにして去るような人ではないのは承知だが、全然姿が見えないと不安にもなる。

 

「詩音ちゃん。琴音ちゃんから聞いてない?」

 

「聞いてない」

 

 友奈は手を繋いだまま、詩音に聞いてみる。しかし、詩音も知らないと首を横に振った。

 

「本当にどこ行ったんだろ」

 

 居るならここ。と言う最後の場所である琴音の部屋の前に近づいた時。友奈達3人の耳は琴音とひなたの笑い声を拾い上げた。

 一体何の会話をしていればここまで笑えるのかと気になると同時に、千景は張っていた肩の力を抜いた。

 

「あんなに笑ってるの……久しぶりね…」

 

「そうだね。ぐんちゃん。私達は私達でお話ししよっか」

 

 友奈も同じ事を感じたのか、今は邪魔しないようにしようと千景に笑いかけた。

 子供ながらに友奈と千景の反応を見て、感じ取ったのか、詩音は友奈を見上げる。

 

「琴姉、あんなに笑わない?」

 

「そんな事ないけど……今日は特別かな。詩音ちゃん、しばらくは話すのはお姉ちゃんじゃなくて良いかな?」

 

 友奈は膝をついて、詩音に目線を合わせる。詩音は笑い声の響く琴音の部屋を一瞥した後、コクンと頷いた。

 

「楽しそう。邪魔したくない」

 

「ふふっ。ありがとう。それなら行こっか。お菓子あるよ!お菓子!」

 

 友奈は頭を撫で、お礼を言ってから立ち上がると、詩音の手を軽く引いた。

 詩音も笑顔で友奈に着いていく。仲直りし、ここまで優しく受け入れてくれる友奈と千景への信頼感は右肩上がりだった。

 

「せんべい食べたい」

 

 詩音は年相応の笑顔を浮かべながら、食べたいものを羅列していく。詩音の口から出てくるお菓子の名前を聞いて、千景の口角は勝手に吊り上がっていた。

 

「乃木さんと……食の好みが合いそうね…」

 

 せっかくなら若葉と杏にも合わせてあげよう。その千景の提案に、友奈は優しく微笑んだ。

 

「タマちゃんにもね!」

 

「土居さん……退院できるのかしらね……」

 

 今頃病院食に文句を言いながら、1人嘆き悲しんでいる事だろう。話によると昼間に若葉達がお見舞いに行って散々揶揄ってからうどんを食べてきたと言う。

 千景はニヤリと笑うと、顔だけで友奈に振り返った。

 

「私たちもやって…やりましょうか……」

 

「そうしよう!詩音ちゃん。悪戯すき?」

 

「お琴に今日の夜、何かしようと思ってた」

 

「その相手、私達の友達でも良いかな」

 

「うん!やってやんよ!」

 

 千景の浮かべた不敵な笑み以上のものを詩音は浮かべた。

 

「それならお菓子食べながらその話しよっか!」

 

「する!」

 

 元気よく手まで上げ出した詩音。それに呼応するように友奈も拳を突き上げた。気分が昂揚しすぎたのか、友奈と詩音は2人して千景を小走りで追い抜いていく。

 その背中を見送りながら、同時に琴音の部屋の方にも目を配った。

 

「これじゃあ…どちらがお姉さんか…わからないわね……」

 

 せっかく手にした新しい生きる目的。奪われて良いのかしら?と相当意地悪な事を心の中で問いかけた。

 千景はその問いを、咳払いをして喉から吐き出すと、手の平で掴み握りつぶした。

 

「ぐんちゃーん!おいてくよ〜!」

 

 気がつけば千景は足を止めていたようで、手を振り千景を呼ぶ友奈はかなり遠くに行ってしまっていた。

 

「ぐんねえ!おいてくよ〜!」

 

 おまけに詩音もひょこっと顔を出すと、妙な呼び方をしながら千景に手を振った。きっと、友奈が進んだ先で詩音にでも吹き込んだのだろう。

 

「あの子……変な呼び方、好きなのかしら……」

 

 琴音の呼び方も出会った時から安定していない。彼女なりにまだ手探りな段階なのだろうと思うと、あの生意気さも少し可愛く見えた。

 千景は友奈達にバレないようにクスッと笑うと「今行くわ!」と珍しく声を張って返事をし、2人のもとへと足を進めたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 同時刻、大社での一幕である。

 

「郡様の件、処分は本当に良かったのですか」

 

「先程、上里様から郡様と被害者の間で和解したと通達があった」

 

「それは結構ですが、これは本人達の問題ではありません」

 

「そうです。勇者が一般人に手を出した。その事実はどんどん歪曲して広がってます」

 

「象徴である勇者のイメージは失いたくありません」

 

「しかし、明日は奇襲をかけるのだろう?今、戦力を減らす必要があるのか?」

 

「勝てば勝利を大々的に宣伝します。そこに、批判の的になっている郡様がいるべきでしょうか」

 

「体裁を気にしている場合ではない!!勝たなければ、何のために吾妻様は犠牲になるのだ!!」

 

「あれは天の神の使いだろう。犠牲ではない。返すと同時に供物として差し出すだけだ」

 

「郡様について今は話している!議論を逸らすでない!」

 

「では、こうするのは?一度謹慎処分にした後、すぐに疑いが晴れたことにするのは」

 

「見ている者が多くいた。疑いが晴れたと言うのは無理があるだろう」

 

「……剥奪、か」

 

「っ!!そこまですれば我々の戦力は2割……いや。3割は減少します!土居様も今は動けない!勝つ気があるのなら体裁を気にするなど愚か者のすることだ!!」

 

「体裁は大事だ。勇者は大社の管轄。それに、ここにいる者は到底勝てるとは思っていない。この先、講和が成立した後の世界を、我々が引っ張っていくには不穏な要素は取り除くべきである」

 

「その通り!ですが、すぐに剥奪というわけにはいかない。剥奪は講和が成立した後にしましょう。今は謹慎処分として、寮からの外出を禁じるのです」

 

「……それならば郡様も納得…するのだろうか…」

 

「本人の意思は関係ない。我々の役目は人類を神樹様の下で正しき道に引っ張ることだ」

 

「決まりだな。郡様は謹慎処分とし、講和が成立したのちに勇者の立場を剥奪する」

 

「…………」

 

「この事は報道しますか?」

 

「もちろんだ。民衆の理解を得ねばならない。政治家だって、そうするだろ?」

 

 こうして幕を閉じる。最後に恐るべき一言を残して。

 

「郡千景。お前に罪はない」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 私とひなたはあれから更に話題と言う花をいくつも咲かせ、気づけば陽は完全に落ちていた。

 何か忘れているような気がして、私は首を傾げながら手元の目覚まし時計をもて遊ぶ。

 

「あっ!詩音のこと忘れてたっ!!」

 

 友奈と千景の下に送り届けたのを見送ってから、私は安心し切って頭の隅に詩音の存在を押し込んでいた。神託の事もあり、ひなたの話もあり、本当に忘れていたのである。

 

「あら。本当に忘れてたんですか」

 

「教えてくれてもよくない!?」

 

「琴音さんが楽しそうにしていたのでつい」

 

 ひなたの優しさもありがたいが、あの子を1人にしてしまったのではないかと思うと気が気ではなかった。

 私が慌てて飛び出そうとした時、勢いよく扉が蹴破られた。

 

「な、な、何事!?」

 

 鍵をかけた扉を吹き飛ばすほどの蹴りができるのは私の経験上、1人しかいない。

 蹴破られた扉の向こうでは、顔色を蒼白に塗り上げられた友奈が肩で息をしながら立っていた。ただ事ではない様子に、ひなたも立ち上がる。

 

「何か、あったんですか」

 

 ひなたの問いかけにも友奈は答えずただ一言だけ「早く来て!」と残して、食堂への道を戻っていった。

 私とひなたは顔を見合わせると、直ぐに部屋を飛び出した。

 食堂に近づくにつれ、ざわめきは大きくなっていく。食堂に飛び込むようにして駆け込むと、若葉達と他の巫女。神官はテレビに視線を釘付けにし、信じられないものを見たと言わんばかりにその身体を硬直させている。

 

「何が……」

 

「起きて……」

 

 私とひなたは皆の視線の先を追っていく。そして目にしたものは、到底受け入れられないものだった。

 

『勇者、郡千景はーーー』

 

 私はその文字列を目で追う事を拒みそうになりながら、向けられた現実を夢と見間違わぬよう必死に向き合った。

 長々と書かれる内容はまるでテスト問題。噛み砕けば、先日の不始末の処分の話なのだが、最後の一文だけがどうしても理解できなかった。しかもそれを報道する意味も。

 

「責任を取り、謹慎処分。その後、勇者としての役割を剥奪?」

 

 何を、言っているのか。私は読み上げた自分の口を疑った。

 私は恐る恐る千景に目を向けると、詩音も目に入った。詩音は千景の手の震えを止めるように、その手をぎゅっと握っている。

 詩音はこの内容を理解できているかは怪しい。けれど、どこかで自分が原因の一端を担っていると気づいているのだろう。

 

「たった1日で?たったの1日で、ここまでおかしくなるの?」

 

 何かを築き上げるのは膨大な時間がかかる。しかし崩れ落ちるのは一瞬。こんな例えを生み出した人はさぞかし酷い目にあったのだろうと他人事だったのが、突然身に降りかかってきた。

 丸亀城は本当に些細な子供の一突きで、石垣ごと崩れ落ちるほどの激震に見舞われたのだった。

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