少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第34話 11歩目のさようなら

 私が希望の儀式へと乗り込んだ時には、既に記念公園への道は不自然に封鎖されていた。

 一応、大社の人にはバレないようにいつも通り変装したわけだが、いかんせん目の傷がわかりやすすぎるが故に、私は規制線の前で足踏みしている。

 

(ひなたちゃんが手助けしてくれるはずなんだけど……。見当たらないしなぁ)

 

 私達の企みがバレたのだろうか。先程連絡が来ていて、若葉と千景。杏と球子は先に行っているらしい。友奈は……まだ目覚めない。

 もしかして、ひなたの言う力尽くと言うのは、既にこの時からの事を指していたのだろうか。ひなたも、スマホでの連絡では足跡がついてしまうので、下手に手出し出来ないと思われる。だとすれば、私は今すぐに隠れる事をやめ、無理矢理この関門を越えねばならない。時間は着実に、伝えられた儀式へと進んでいく。

 

「………やるか」

 

 決意を固めて私は被っていた帽子を深く被り直す。

 勇者の力を見にまとえば、講話を無駄にしかねないと判断し、私は生身の身体で何食わぬ顔をして規制線へと近づく。

 

「おい。君、この先は入れないよ」

 

 私の正体にまだ気がついていない警備員は軽く注意するだけだが、私が歩みを止めない事に気がつくと、駆け寄ってくる。

 

「ごめんなさい!」

 

 私は一言大きな声で謝る。これで万事解決。全世界は私に味方してくれる事を願って、規制線を飛び越えた。

 背中には怒声とも何ともつかない声が迫ってくるが、私はそれを振り切ってとにかく走る。希望の下へと走る。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 若葉達は境界線である壁に続く瀬戸大橋の上で待機していた。希望は記念公園を出た後、ここを通って行く事になっていたからだ。そんな若葉達に、遠雷のような大社の職員達の声が耳に入ってくる。

 

「何の騒ぎだ?」

 

 若葉が瀬戸大橋から顔を乗り出して、記念公園の方へと目を向ける。そして、若葉は自分の目を疑った。

 

「こ、琴音!?あいつを何をしてるんだ!?」

 

 若葉の口から驚愕の色の濃い声音で放たれた言葉は他の勇者達を同じように引き付けた。そして若葉と同じように困惑し、驚愕したのだった。

 なんとこの場に現れる事を許されなかったはずの琴音は、大社の人々を振り切って記念公園に転がり込んだのである。

 

「……ご乱心…かしら?」

 

 千景が一連の様子を見ながら、口にした言葉は若葉の反応と比較してみると余りにも軽かった。口の端も僅かに吊り上がっている。

 千景も一体処分がどうなったのか曖昧な状態でここにいる。同じように中途半端な扱いとなっていた琴音の友を思う愚直な様子は、千景には好意的に映っていた。

 

「そんな悠長なもので済ましていいのか?」

 

 琴音の乱心を認めている千景に苦笑いしつつ、若葉は杏と球子にも目を向ける。

 

「良いんじゃないか?琴音は大社とタマ達に騙されてたわけだし、あのくらいは許されるさ」

 

 車椅子に乗ったまま、球子は愉快そうに笑った。あれは琴音にしか出来ないと若葉に肩をすくめて見せると、若葉も確かにそうだと納得せざるを得なかった。

 杏は琴音の姿に、物語の主人公のような輝きを見出していた。友を想い、自らの気持ちに素直に従う姿は時には愚か者とも言われよう。しかし、杏は素直に憧れた。

 

「琴音さんの、大切な友達のための最後の悪あがきですよ。素敵じゃないですか」

 

 瀬戸大橋の上、潮風が勇者たちの髪を揺らす。

 

「……そうだな」

 

 若葉は呆れたように、けれどもどこか誇らしげに視線を琴音へと戻した。過去を知る若葉は、今の琴音の姿は涙が出るほどに嬉しく、心の底から応援している事に気がつく。

 規制線を鮮やかに跳ね除け、必死に足を動かす琴音の姿。それは大社という巨大な組織に対する、あまりにも小さな反逆だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 何だか色々な声が聞こえてくるが、私には構っていられない。最後の最後。壁を作っていた巫女達は、ひなたが手を回しておいてくれたのかすんなりと通る事が出来た。

 越えた先で待っていてくれたのはひなた……ではなく、杏と球子を導いた巫女である安芸真鈴であった。

 

「初めまして。冗談だと思ってたけど、本当に来るなんて」

 

「気合いと根性ってやつですよ」

 

「そう。行きなさい。ひなたが待ってるわ」

 

 本当はもっと話してみたかったけどね。と私に茶目っ気たっぷりにウインクしたこの人も、愉快な人なんだろうと勝手な印象として擦り込む。

 

「また今度ですね」

 

 私も小さく笑い返し、再び足を動かす。ここからは慣れたものだ。邪魔者はおらず、容易く辿り着く。私は花嫁を奪い取りに来たが如く、勢い良く扉を開け放ったのだった。

 

「お待ちしてました。やっぱり凄いですね。あの数を振り切ってくるなんて」

 

「誰が私を焚き付けたと思ってるんだか」

 

「私ですね」

 

「そうですよ」

 

 私の苦笑いに、ひなたもくすくすと肩を揺らす。それから一息つくと、表情を引き締めた。

 

「希望さんの事を私も誰も触れられません。彼女は自力でここから出る事になってます。……言葉は交わさずとも、隣にいる事は出来ますよ」

 

「わかった。行ってくる」

 

 場所は知っている。私はひなたに頷き、無言のまま希望の眠っていた部屋まで向かう。

 妙に距離は近く感じた。再び現れた扉を、私は力強く開け放った。

 

(希望……)

 

 視界に飛び込んできたのは、倶利伽羅剣を杖にし、ゆっくりと外へと歩んでいる希望の姿だった。その姿は数日前に見た時よりも憔悴しているようにも見える。

 同時に箕輪の姿を見えた。何故ここに彼がいるかは知らないが、話は後で聞くことにする。

 私は部屋の中に足を踏み入れると、たった10歩先で目を丸くしている希望の隣に並んだ。隣に立つと余計に希望の弱り具合は感じた。目を逸らしたくなるほどの痛々しさを、私は飲み込む。

 

(頑張って)

 

 視線が交錯し、私はそれだけを伝える。希望もいつぞやのように不敵に笑った。希望の歩みにも力強さが増す。

 

 1歩。出会った日を。

 2歩。絶望を分かち合った日を。

 3歩。共に歩み出した日を。

 4歩。希望となった日を。

 5歩。立ち止まった日を。

 6歩。軽口を言い合った日々を。

 7歩。駆け抜けた日々を。

 8歩。笑い合った日々を。

 9歩。別れを前に泣いた日々を。

 10歩。勇気を与え、与えられた日を。

 

 そして、2人で紡いだ時間の糸がプツンと音を立てて途切れた。

 私は1人だけ11歩目へ。隣に希望は居ない。

 希望が何かに乗せられ運ばれて行くのを背中だけで感じ取る。そして、全てが空っぽになった後、箕輪も私に一礼だけを残して去っていった。

 言葉は交わさなかった。それでも、手向けの一言くらいは良いだろう。

 あの日。私と希望が最後に言葉を交わした日。私は彼女の「さようなら」に何も言えなかった。唯一言えたのは照れ隠しの「良い旅を」なんて皮肉にも聞こえるものだった。だから、言うべきことは一つだ。

 

「さようなら。希望。次は、そうだなあ……」

 

 兄弟でも姉妹でも。家族が良いと言おうとして、私はそれを飲み込む。

 

「次も、親友であれたら良いね」

 

 私の雨の一粒にも満たない声は、空洞となった建物によく響いたのだった。

 

 

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