人は大切なものを失った時、心にぽっかりと穴が空く。なんてのは昔から言われていることだ。当然ではなかろうかと今の私なら思う。けど、そうでない人もいるわけで、その差は何だろうかとも考えてしまう。
別れ際の潔さ?大胆さ?大往生?それとも、誰かのための死?どれもこれも違うような気もするし、正解なような気もする。
私が確証を持って言えることは一つ。誰かに看取られてこの世を去る時は、少なくとも見送る側には穴は空くものである。
季節は6月。梅雨だ。雨が少ないと噂の香川も、今年は良く雨が降っている。私はその雨を蝉の抜け殻のように窓にへばりついて眺めていた。
雨粒を数えられるかな〜とか、雨粒に名前をつけるか〜とか、そんな平和な事ばかりが頭をよぎる。それもこれも、ここ1ヶ月もバーテックスが攻めて来ないことが原因だ。
ホッと一息つくと、外から戻ってきた詩音が私の隣にちょこんと並んだ。最近知った事だが、身体は小さくて可愛いのに頭は良いようで何やら凄い勢いで学校の勉強を楽しんでいた。私としては丸亀城に未だ幽閉されているのが可哀想ではある。本当ならこの子は屋島の一件さえ無ければ、ここに来ることも、私に会うこともなく、小学校に通って普通の日常を過ごし、家族とその日の思い出を語るはずだったのだ。
(……これで良かったのかな)
詩音のことを思えば、ここは狭すぎる。もっと身につけるべき力がこの丸亀城では育たない。
私が少し気落ちしたことに気がついたのか、詩音が私を見上げながら心配そうな眼差しを向けてきた。
「大丈夫?お姉ちゃん」
「何が?」
私は心配される要素などなかったはず。
「雨粒に名前つけてた」
確かにそれは心配される。普通の人は無数に落ちてくる雨粒に名前を付けようなどとは思わないからだ。
せっかくならと私が口ずさんだ名前の中で何が1番気に入ったのかを詩音に聞いてみた。
「どの名前が気に入った?」
「雨○天」
「冗談じゃない」
怒られるか怒られないかの瀬戸際。私はさっさとこの話に幕を引いた。
まあ当然、物語というのは幕を引けば次の物語が始まるものである。詩音は私と話すのに飽きたのか、再び部屋の外へと駆け出していった。その背中を見送り、私も机と向き合おうかとした時。次の来訪者が現れた。
「…いいかしら?」
「あれ、千景さん。どしたんですか」
千景が私の部屋に自ら来ることは珍しい。何か特別な用事がある以外は来訪されることはなかった。
「高嶋さんの……お見舞い…」
「一緒行きます?」
「……あなた、私が今…謹慎中なこと…忘れたの?」
「………失礼しました」
巨大バーテックスとの戦闘や、○○の儀式が立て続けにあり、宙に吊られたままの千景への裁定は丸亀城内で謹慎となったのだった。一応、私達の抗議の声は通じたのか、勇者剥奪の件は無かったことになった。しかし、千景のあまりにも小さな罪が大きな火種となり、民衆を焚き付けた件を否定することはなかった。
(と言うか、大社って勇者の力を剥奪する権利なんて持ってるのかね)
話に聞いた感じ、この力は神樹様から借り受けているものだ。ならば、勇者の力における権限は神樹様のものである。今回の件は大社の横暴さが目立つ形となったと言っても良かった。
「ごめんなさい。あまり力になれなくて」
「……気にしないで」
「メンタルの方は大丈夫ですか?前も精霊使ってたし」
「カウンセリングは…受けてるわ……。意味があるかはわからないけど…」
確かに意味はなさそうである。私も何度かした事があるが、テンプレばかりだし、こちらに寄り添ってる風に見せてるだけにすぎない。私は若葉に大怪我を負わせた一件の後、大社から通うように言われて記憶が何もかも曖昧な時に沢山の質問をされたので少し嫌っていた。
「大社も周りの人も馬鹿ばっかりですよ。千景さんの活躍も知らないくせして」
精霊を使う代償というのはやはり凄まじい。今でこそ、千景や私は落ち着いているが、あの黒い影に纏わりつかれる感覚。怒りや苛つきなどの負の感情が増大し続ける感覚は気分が良いものではない。
千景然り、若葉然り。他の皆だって危険なものを使わねば勝てないこの状況だ。加えて近頃は戦っても、戦っても否定ばっかりされ続ける私達は、何か大切なものを心から外して仕舞えば、それこそ取り返しのつかない事を平然とやってのけるだろう。
「あなたの方が……やられてるじゃない」
「心が?」
先程の発言はそこまで過激だったろうか。私は自身の発言を振り返っていると、千景は首を横に振った。
「……いえ。余計な一言だったわ…。所で聞きたいのだけど、あなた……記憶は戻ったの…よね?」
突然の話題の飛び方に私は躓いたような感覚になった。
「はい。あ、でも東郷のままですよ。秋山にはもう戻る気ありません」
「そう……」
私は無意識のうちに一体何の話だったんだと目で訴えていたらしく、千景は一度目を伏せて少し言葉を選んだ。
「その…呼び方…よ」
「へ?」
「高嶋さんの事をあなたは以前、ユウちゃん…と言ってたわ……。もうその呼び方は…しないの?」
これは不思議な事を聞かれたものだ。これまで私自身も気にしたことの無かった話だった。でも、そこまで言葉を選ぶような話題でも無いような気がする。
私もこの問いに関する答えを持ち合わせていなかった。そのため答えるのに少しだけ時間がかかってしまった。
「あー、なるほど。うん。記憶にありますよ。呼び方がずっと他人行儀なのは私のせいです」
「あなたの、せい?」
「全然呼べるんですよ?ただ、その呼び方をして良いのは私じゃないような気がして」
「……あなたは…物事を難しく考えすぎる癖があるみたい」
「あははっ。そうなんですよ」
それは以前から言われていた事だ。正反対の秋山と東郷の私だが、似ている所もあるもんだと気付かされる。
私が苦笑いを浮かべていると、千景は自分でこの会話を始めたのに再び突然スパッと話を切り上げた。そして私は再び躓いた。
「この話はここまで。それで…高嶋さんのお見舞い…代わりに行ってきて……欲しいのだけど」
「えー、一緒いきましょうよ」
「聞いてたかしら……。私、謹慎中の身よ?」
試しに一度だけ聞いてみるのだが、そう念押しされると私も下手に誘いづらい。諦めて私は1人で友奈の所へと行くことにした。
「仕方ないですね。とりあえず行ってきます。何か友奈ちゃんに伝えとく事あります?」
「元気かだけをみてきてくれれば良いわ。伝えたいことは…自分で伝えるから」
そう言って小さく笑った千景の変化は微々たるものだったかもしれない。けれど、私は突かずにはいられなかった。
「わかりました。千景さん、友奈ちゃんに会いたい病かと思ってたのに克服できたんですね」
口の端を曲げ、揶揄い気味に言ってみたりする。さぞかし私は嫌な女だろう。雷が落とされるだろうか、地震が起きるだろうか。そんな超常現象を期待していたのに、千景の映し出した表情は私の思っていたものとは余りにも異なっていた。
「…………教えてくれたから」
目を伏せ、答える千景に私が思い当たる人物は1人しかいなかった。
「○○が?」
私がその名を出すと千景は首を縦に振る。
「……えぇ。あの子、凄いわね…。1人で私の……心を全部読み当てて…行ったわ……」
何の話を聞いてそう感じたのかはよくわからないが、何かを教えてもらったことは確からしい。8割ほど私は全容が掴めていません。
私が表面上だけ話を分かった気でいると、千景の新たな決意はこれまで出た中で最もな力強さを纏っていた。
「…弱さは……受け入れる」
その弱さとは?と聞こうとして私は口を開きかけたものの、直ぐに笑顔を貼り付けた。聞くのは私の役目でもないし、酷く不粋な気がするのだ。
代わりにと言ってはなんだが、私は千景にそのアドバイスをしたであろう人を思い浮かべて賞賛した。
「○○、凄いですね」
「…そうね……。あなたは…貰った?」
千景は目を細めた後、私にはまた理解できない事を吹っ掛けてきた。
「何を?」
「……いえ」
「???」
もう私は困惑するしか無い。話の流れ的に、彼女から何か貰ったと言う事なのだろうが、生憎私の手元には届いていない。
最後の最後で仲間外れにしなくてもよくない?と唇を尖らせてみるが、返事は来ない。
「とりあえず行ってきます」
次は私が話を切り上げ、椅子から重い腰を上げた。着替えを選んでいる私の背中に、千景は悲しげな声音でボソリと呟いた。
「……名前は…覚えていてあげなさいよ……。それが、あなたに出来ること…でしょう……」
後ろを振り返った時には既に千景は居なくなっていた。
「わかってますよ」
返事は、雨音に消されて見る影もなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〜2週間前〜
儀式は滞りなく終わったと話を聞かされたのは、その日の夜。
私は大社にかなりのお叱りを受け、処分は何も無いものの、大層大きな釘を刺された所であった。
「琴音。終わったぞ」
大社からの忠告に不服そうに顔を歪めながら本を読んでいると、ノックの音と共に若葉とひなたが部屋に入ってきた。私の許可を得て欲しいものである。
「どうだった?」
「………聞くのか?」
「聞かない方がいいの?」
「気分的にはあまり良いものでは無いかと思ってな」
「良いよ。私が知りたいから聞いてるの」
儀式の内容も私はよくわかっていなかった。壁の外が火の海とかならそこに放り投げれば、ファンタジーさも相まって供物や人柱と言うに相応しかろう。
しかし、若葉の口から語られたのは、供物とか人柱とかそんなに神聖なものだったかは怪しかった。
「壁の外……。以前、大型バーテックスと戦った際に目隠し代わりの結界が張ってあったのは覚えているか?」
「もちろん」
「希望は、その結界の向こう側に置いてこられた。私達も側にはいたが、最後まで見ていない」
「………そっか」
つまり希望の最期は誰も知らないと言うわけだ。そのまま天の神の呪いで寿命が消し飛んだか、通常のバーテックスに飲み込まれたか。どちらにせよ残酷だ。救いようが無い。
若葉もその最期を脳裏によぎらせたのか、唇を噛んで悔しさを耐え凌ぐ。話を引き継いだのはひなただった。
「それでも、希望さんは最期…笑ってました。救いかどうかはわかりませんが……」
「笑ってたんだ。希望……」
「はい。友奈さんがいなかった事は少し寂しそうでしたが」
「千景さんと友奈ちゃんと仲良かったもんね」
私の知らない所でゲームとかしていたみたいだし、きっと2人との仲は私より良かった。
「その…琴音さんは辛いと思いますが、再び大社から希望さんに関しての通達が来ました。彼女がいたと言う記録は全て消すそうです」
ひなたの口から語られる事は、全て予想していた事だった。希望は今の時代では名前すら残すことを許されないだろうと。
「予想はできてたよ。そうするんだろうなって思ってた」
「私達も極力忘れるように努力せよとの事です。……出来るわけないのに」
「そうだよね」
「琴音さんもいずれ貰えますよ。忘れられなくするものを」
変な事をひなたは言うものだ。脈絡というものがなさすぎる。若葉も頷いているのが余計にわからない。
「でも、○○の事は何があってもきっと……時間が解決するよ」
いずれ大切だった事すら忘れ、誰かすら思い出せなくなる日が来る事だろう。名前を呼んでも、その人の事を思い出さないようにしておこうなんて、残酷な事を私は平気で容認していた。
「○○も、望んでるかも知れないしね」
私はそう口にしながら同時に思った。
私はろくな死に方はしないだろうなと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
傘を開けば、先程より強くなった雨足が一層酷くなり、傘を叩く音は大きくなる。
外に出る前に天気予報を見たのだが、今年1番の雨だそうだ。私以上に泣いてどうするんだと雨雲を鼻で笑い飛ばしてやりたい。
千景の一件以来、集まっていた報道陣も気付けば他の話題にかかりっきりで私達などそっちのけである。
「好き勝手言い放題言ってくれた割には扱い雑だよ」
やるなら徹底的にやれと思うのだが、どうせ大社から何か言われたのだろう。自分達で火を付けたのだから消火もお手のものと言う姿勢が気に食わない。でも、そのくらいでないと情報統制など引けないのだろう。いつかの参考にさせてもらうことにしよう。
病院に着く頃には雨足は弱まっていた。悪口がたくさん出そうになるのを堪えて中に入る。
こうして友奈のお見舞いに来るのは何だかんだと5回を超える。日に日に回復に近づく姿は安心を覚えるのだが、同時に再び傷つきに戻ると考えるとここは安住の地なのではないかとすらも思えるのだから不思議な感じだ。
「友奈ちゃーん。入るよ〜」
ノックをして部屋に入ると、友奈は杏と球子と談笑している所だった。丸亀城に居ないとは思っていたが、病院にいるとは。みんな、友奈の事が大好きらしい。
「おっ!琴音も来たんだなっ!」
「先に来ちゃいました」
球子と杏は彼女達らしさを全開に私に手を振った。私も「早いね2人とも」と笑いながら輪の中へ加わる。球子は遂に先週、完全な退院が許されたのだ。リハビリがてら来ていたのかもしれない。
お見舞いの品を友奈に渡し、会話の切り口としてここに居ない2人の行方を聞いてみた。
「若葉ちゃんとひなたちゃんは?」
「千景を1人にはできないってよ」
何と律儀なことか。さすがのリーダーっぷりである。
「詩音いるのに」
詩音はやけに千景の事を気に入っていた。喧嘩した後には仲良くなると言うあの現象は、まだあの年齢には通じるらしい。
私なんて最近一緒に寝るだけで、夜以外顔を合わせない。何処にいるかすらも不明である。
「詩音ちゃんは琴音さんが引き取ることにしたんでしたっけ」
「うん。身寄りが私しかいないって話だし」
本来なら詩音は○○の儀式が終わり、天の神との講話が成された後は、制約は付いてしまうものの、世間へと戻る事が出来るはずであった。しかし、詩音は丸亀城から出られなかった。結局、丸亀城にて私が基本的には預かる事になったのである。
私達も警戒態勢は解くことが許されず、未だに講話が成立したと言う実感は湧かずじまいだ。千景が丸亀城に謹慎を未だに義務付けられているのも今思えば違和感でしかない。
少し前に芽生えた大社への不信感は、徐々のその根を伸ばしつつあった。
私が抱えている不信感など、些細な勘違いなのではと思ってしまうほどに球子は上機嫌そうだ。
「詩音って子は結局、本当に琴音の妹だったのか?」
「うん。市役所にも聞きに行ったけど間違いないって」
若葉に言われ、嫌々行った市役所で見せられた戸籍に刻まれた文字を隅で黒塗りにしたくなったのは記憶に新しい。手続きもめんどくさいったらありゃしなかった。2度とやりたくない。
市役所の職員の顔も気まずそうにしていたのはプロ意識に反するのではと思う。
「と言うわけで、ちゃんと妹でした」
「一つ謎が解けて良かったですね」
「謎と言うほどかなあ……」
迷宮入りがされなかった事だけは感謝かも知れない。
「友奈ちゃんはどう?体調の方は」
「だいぶ良くなったよ!リハビリも順調!」
「タマッチ先輩よりも元気ですよね」
引き合いに突然出された球子は相変わらずの負けず嫌いを発症して、友奈に対抗していた。仲間を守るために負った傷で優位に立とうとするのは私、少し違うと思うのです。
勝手に怪我の具合で勝負を仕掛けられた友奈は特段気にした様子も見せることなく見事なスルー。逆に球子に怪我の具合を聞く始末だった。
「タマちゃんは今どのくらいは動けるの?」
「歩けるくらいにはなったぞっ。ただ、いや何でもない。手術のことを思い出すと身体が震える……」
あの球子を怯えさせる程の手術とはこれいかに。冷静に考えて両足の骨が粉々になったのだ。歩けるようになっただけ良かったと言うのは嘘ではない。
「基本的には元気だけど、雨の日はまだ痛むなっ。ボルトとか沢山入ってるらしいし」
「無理するなって言ってもタマッチ先輩、動き回るから心配だよ」
杏はため息と共に呆れとも、心配とも取れる眼差しを向けていた。球子は球子で腕をブンブンと振り回し、窓の外。遥か彼方を誇らし気に指差した。
「この程度で音を上げちゃあ勇者として恥ずかしいからなっ。タマはいつでも全速前進だっ!」
やっぱり2人のやり取りはいつ見ても微笑ましい。私と詩音なんかより、こっちの方が姉妹と言った方が似合うのではないかと思う。
「お元気そうで何より。ちゃんと歩けるようになったらキャンプ行こうね」
私の誘いに球子は勢いよくサムズアップした後、足が痛んだのか顔を顰めた。その球子を見て、私と杏は同じ事を同時に口にした。
「「言わんこっちゃない」」
「2人してそんな目でタマを見るなっ!」
足を抑えながら、あまりにも説得力のない球子の叫びは悲しくも病室だけで反響した。
涙目になる球子に、友奈だけは優しく声をかける。
「あははっ。タマちゃん、私と一緒にリハビリ頑張ろうね」
「友奈がいてくれるだけでタマは百人力だっ!心の支えとしてはこれ以上ないくらいだぞっ」
「そんなことないよ〜」
「いやっ!あるっ!」
「どしてだろ。タマちゃん!私、あるような気がしてきたっ!!」
「その意気だぞ友奈っ〜!!」
勇者の元気印である球子と友奈は、私達には見えない絆を唐突に深めると拳を突き合わせた。かと思うと拳を天に突き上げ、リハビリを頑張る宣言している。やる気があるのは非常に良い事である。
「はいはい。2人ともストップ。そんなんだから怪我の治りが遅いんだよ」
「「すみません」」
盛り上がりが最高潮を迎えた時に杏に注意され、項垂れる友奈と球子。
杏もだんだんとこの2人の扱いをわかってきたようだった。かなり勇者の中で支柱的な存在感を放ち始めている彼女は、本当に強くなったと思う。
杏と球子は賑やかさに花を添えるように更に2人で盛り上がりを増していた。友奈もいつのまにか復活し、私の袖を引っ張って耳を近づけるように促した。従って友奈の口元に耳を近づけると、吐息にも近い声が私の耳をくすぐった。
「ぐんちゃんはどう?まだ謹慎が解けないって聞いたけど」
「ごめん。私ではそこはわかんない」
「そうなんだ。でも、勇者の御役目からは外されないってのは聞いたよ。安心して涙出ちゃった。琴音ちゃん達のおかげだね」
そう言って友奈は私の耳元から離れると、私を元気づけるように力強い笑みを見せてくれた。
千景の一件は大社が勇者の誰かが問題を起こした時の世間の反応のモデルケースを作りたかっただけのようにも私には見えていた。
「早く謹慎を解くようにもう一度催促してみるよ」
私も友奈に答えるように力強く笑って見せる。その返事と言わんばかりに、友奈は私の名前を呼んだ。
「琴音ちゃん」
「うん?」
「琴音ちゃんは貰った?」
「千景さんも言ってた。みんな何貰ったの」
私だけ置いてけぼりを食らい続けてる気分だ。仲間外れは良くないと壁の向こう側に訴えるが案の定、答えは返って来ない。
「タマも貰ったぞっ」
何やら横から飛んできたが、今更そんなものどうだっていい。恐らく何かしら、皆は○○から貰ったのだろう。
友奈はそのまま口を閉ざしたかと思えば、今一度私に向き直り、微笑んだ。
「頑張ろうね」
「そうだね。頑張ろっか」
たった一言。そこに込められた意味や想いは偉人の名言などよりよっぽど私の心には重く響いた。
私と友奈は無言で拳を突き合わせる。伝わってきた手の温もりは、とても心地の良いものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
友奈のお見舞いも、面会時間ギリギリまで耐えていたのだが遂に追い出されてしまった。肌寒さが増した夕方の空気の中を、私は杏と共に帰路に着く。ちなみに球子は足が痛いからと大社の派遣した車で丸亀城へと戻って行った。
では、私と杏は何故歩いて帰っているのかーーーー。
「私と何か話がしたかったんじゃないの?」
「お見通しでしたか。まあ、わかりますよね」
「見え見えだったよ」
病院を出た時、私の方に何度も視線を送って来られれば、私とて気づかないはずはない。
これで隠す必要はないと安心したのか、杏は躊躇うことなく切り出した。
「バーテックスの事です」
「バーテックスとな」
案の定と言った反応になってしまったのはご愛嬌。私は心のどこかで、杏ならこの現状の違和感を指摘してくれると期待していた。
本音を言うなら、もっと本の話をしたいのだが、それは帰ってからにしておこうと思う。
「琴音さんも違和感は感じてるんじゃないですか?多分、皆気づいてます。けれど、その違和感を感じないように誤魔化してる感じがして……」
「おぉ〜。やっぱり考えることは一緒だね。私も同じような気がしてたよ」
私も杏も同じ考えの人がいて一安心。
「琴音さんはどう思います?」
杏は徐々に自分の考えと意見を擦り合わせようと、その距離を縮める。私も要望に答えて、あくまでも持論を展開した。
「しっかりとした停戦ってお互いの戦力が戦線から全て引き上げてこそ結ばれるものだよね」
「そうですね」
杏もその辺りは納得してくれたようだった。私は続ける。
「向こうはあの大型バーテックスを未だに壁の付近で待機させてるとしたら?」
「私達も、いつでも戦えるように構えておかないといけない……」
大社が私達を未だに丸亀城にて臨戦状態で配置をしておくのは、暗にそう言っているのと大差ないのではないか。これは私がこの短い期間で何度も反芻した疑問であった。
「捧げた命が一つだけってのは、天の神様は気に食わなかったらしいね」
私が天の神への恨みを吐き捨てる。
「まだ戦いは続くってことで良いんですよね」
「少なくともこっちから仕掛けることはもう無いよ」
大社もせっかく手に入れたこの時間を捨て去ろうなんて思うほど、愚かではない。
停戦を破る方と言うのは大体決まっている。
「わざわざあと一捻りで勝てる相手を、逃すと思う?」
私はバーテックス達が簡単に逃してくれない事を大阪で経験した。奴らは少なくとも、人類を見逃す気はない。
杏も少しでも人に話せて、気持ちは楽になったのか、足取りは軽くなったようだった。
「これでスッキリしました。やっぱりこう言う話は琴音さんにするべきですね」
「私の持論が当たったことなんてそうないでしょ」
「案外当たってるから、これからも聞けって言われましたよ」
「誰にさ。若葉ちゃん?」
「琴音さんの巫女様にです」
「また○○か……」
忘れるなと言わんばかりの主張だ。なんとも希○らしい。
私は意地悪だから、最初だけは忘れないであげよう。別に最初の一文字だけでも、その読み方は出来るのだから。
「琴音さんにも、すぐ届きますよ」
「杏ちゃんが言うんだから、間違いなさそうだね」
この会話以降は、私達は趣味の本の話に没頭した。わざわざ丸亀城への帰り道を遠回りするほどに。
また楽しさの中に、彼女の事を一欠片添えて思い出の奥に仕舞い込もうとしたのだが、やはり彼女は忘れるなとばかりに主張してきた。
その日帰ると、箕輪から私宛に1枚の手紙が届いていた。
『6月○日。14時。以前のカフェで待っています』
あまりに短いその手紙は、私の心を妙に揺さぶったーーーー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
箕輪に指定されたカフェに行くと、相変わらず店員はやる気が無さそうで、天気もやる気はなさそうだ。
連動してるのかも?なんて思うが前回来た時は晴れだった。時間の無駄だったのは言わずもがな。
「やあ。待ってたよ」
以前と同じ席に陣取っていた箕輪は、軽く私に手を挙げて挨拶した。前は思わなかったが、この人、意外に軽薄である。
「待たせてすみません」
「僕も今来たところだから大丈夫さ。あまり長くなるのも悪いから、これだけ渡そうと思って」
そう言って箕輪が私に渡してきたのは1枚の手紙だった。
「なんですかこれ」
聞いておいて、私は心の中で察しはついていた。皆の話や『琴音へ』と書いてあるその文字は、型は崩れてはいるけれど見覚えのある文字だったからだ。
「彼女から頼まれてたんだ」
「そうだったんですね」
「話は終わりだ。わざわざ来てもらったのに、これだけで申し訳ない」
「いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
私は軽く頭を下げて、そのカフェを後にした。実に滞在時間は5分に満たない。
手紙を早く見たい。流行る気持ちを抑え、私は丸亀城へと戻る。
自分の部屋に着くと、私はすぐに鍵を閉め、椅子に座った。
「ははっ。怖いのかな」
封筒を開ける手が震えていた。希○から託されたものに触れると、毎回手が震えるのは不思議な現象だ。
封筒を開け、手紙を中から取り出す。そして私は、最初の一文に目を通した。
『琴音へ』
私はそのたった3文字を目にして痛感した。
忘れさせてくれないな、と。
数日降り続いた雨は止んでいる。私が天井を仰ぐと同時に、雲の隙間から溢れた陽の光がフルートを燦然と輝かせた。