少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第5話 叛逆の狼煙

 人という文字は互いに支え合ってできている。何かのドラマで述べられたこの名言は今ではその言葉を示す象徴のように扱われている。

 しかし互いに支え合えなくなった場合どうなるのか。もれなく崩れ去るのは明白だ。

 崩れ去った後、どうするかの選択は人によるだろう。上から引っ張り上げ、再度支え合わせるか、全てを背負い下から支えるか。

 さて、ここで問題です。私はどちらを選択するでしょーか。

 

「どっちだと思う?」

 

「何が!?」

 

 隣を緊張した面持ちで歩く希望から私が1番欲しかった反応をもらったところで答え合わせといきましょう。

 

「やっぱり象徴となるなら、上から引っ張り上げるべきだよね」

 

「琴音、大丈夫?緊張してるの?」

 

 先程から私が真顔で訳のわからない事を口走るものだから、希望は私が緊張で茹で上がってしまったと思っているみたいだった。ちなみに緊張のきの字も今の私にはございませんとも。

 今から殺伐とした場所に向かうというのに間抜けな会話だ。でも、そのくらいが丁度いい。楽観的にこの世界を見れるようになって欲しい。その願いの内には希望も入っているのだから。

 奥に進めば進むほど怒声は大きくなり、その内容も聞こえてくる。希望が「またか」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。

 

「バリケードを破壊するかどうか、ね」

 

「ちなみに琴音はどう思う?」

 

「私?そうだなあ。……わかんないや!」

 

「はい?」

 

「わかんない。それよりもバリケードの云々の前にやることがあるはずだから」

 

 私はそう言うと弓を構えた。希望が「な、なにするの?」と苦笑いを浮かべる中、矢が自然に出現し、私は弦を引き絞った。

 目を暗闇にこらし、意識を集中させ、人の気配を感じとる。的確な位置を把握し終わったところで私は矢を放った。

 終始呆気に取られている希望に行くよ。とだけ伝えて私は先に歩みを再開する。先程まで奥から聞こえてきていた怒声は既に止んでいた。

 

「こんにちは〜」

 

 そして私はその混乱の渦中に何事もなかったかのように入り込んだ。希望もその後ろをおずおずと着いてくる。

 この場にいるのはおそらくリーダー格と思われる人物6人。私は彼ら彼女らの中心部分でその足をようやく止めた。矢が飛んで来たことに腰を抜かしている男には見覚えがあった。あの女生と赤子を殺害した張本人だ。

 私はその男の前にしゃがみ込む。そして男の目の前で得意げに笑って見せてやった。男の目は私を恐怖の対象として見ていた。

 

「殺されそうになる気分、どうです?最高潮に怖いでしょう?」

 

「こ、こんなことして許されると思ってるのか?」

 

「えぇ。あまり私に舐めてかかると痛い目を見るって事を覚えておいて欲しいですからね。周りの皆さんも同じですよ」

 

 私がニッコニコで周りの一人一人に目を合わせると各々、静かに首を縦に振った。いかに最初の威嚇の1矢が効果的であったか。それをひどく物語っていた。

 準備は整った。正直、もう少し抵抗されると思っていただけに拍子抜けではある。どの人も、疲れ切ってしまっているのだろうと私は思った。

 

「さてと。皆さんの注目が私に向いたところでですね。私からとある提案をしたいと思います」

 

 私は少しだけ間を空けてから、宣言した。

 

「今からここの指揮は全て私が取ります」

 

 その意味をリーダ格の皆々様が理解するまでにかかったのは約15秒ほど。こんな低速脳みそで議論なんて決着がつくわけがない。

 15秒経ってからざわざわと6人が騒ぎ始めたところで私はその場を再度静かにさせるために二度と手を叩いた。先生の真似事だが案外これが効く。希望が私の隣で笑っているのを見る限り、大人がこれでおとなしくなると言う光景は滑稽なのだろう。

 ここからが本番だ。生憎私はこう言った交渉のような事をした事は人生一度もない。どうすればひっくるめられるのかは知らないが、自分の考えはできるだけ伝えようと思う。

 

「さてと、まあ不平不満色々あるとは思いますけど、決して私は自分本位に事を進めるつもりはありません。あなた方がどうしたいのかは『勇者』である私と『巫女』である希望がしっかりと話を聞いた上で決定します」

 

 私が一同を見渡し、これでどうかと問う。すると、6人の中で最も温厚そうな男が声を荒げず、律儀に手を挙げた。

 私は一瞬にして気がついた。希望の言っていた正義感の強い人はこの人なのだと。

 

「少しいいか。仮に俺らが君に指揮を一任したとしよう。だが、君たちがここにいる全ての人を納得させる事はできるのか?誰も付いてこないとか言う可能性を考えなかったのか?」

 

「もちろん。少しは考えました。だけど、私には力がある。あなた達を導けるほどの強い力が」

 

 私は間髪入れず、次の言葉を紡ぐ。

 

「確かに私は他所者かもしれません。だけど、あなた方は今私の力に頼らざるを得ないはずです」

 

 私が脳をフル回転させ、説得にあたるがやはり決め手にかけるらしく、どうにも煮え切らない反応が返ってくるばかりだ。

 

「でも俺たちは君が戦っている姿を見たことがない。前も何もせずに引き返してきたし、俺たちを納得させられる理由がないじゃないか」

 

 私は自分の喉がうっ。となったのがわかった。言葉に詰まるとはまさにこのこと。しかし、ここで私を救ってくれたのは隣で沈黙を貫いていた希望だった。

 

「私は琴音が戦っている姿を実際に見たことがあります。琴音は間違いなく私たちの最後の希望です。生きたいと少しでも思うのであれば私たちは琴音を信じるべきだ」

 

 ここしかない。希望が作ってくれたこの空気が誰かの一言によって消し去られぬ前に攻めなければと私の中の直感が告げた。

 嘘でもいい。とにかくこの場にいる代表格の人物に私と言う存在の強さを刷り込ませ、信頼を得なければならない。その一心で私は口を開いた。

 

「私は島根からここまで、あの化け物を倒しながら1人でやって来ました。あの日、私が外に出られなかったのは私が外に出た瞬間、あのバリケードが破られてもおかしくなかったから。あなた達の命を優先した結果です」

 

 あなた達の命を優先した。この言葉は効果覿面で、真面目そうな彼は言葉を詰まらせて腕組みをして考える体制に入った。

 

「皆さんの気持ちは承知の上です。信頼できないのも当然だと思います。その上で、あなた達の命を私に預けてくださいませんか。私は、この命が尽きるその瞬間まであなた達を守り通します」

 

 どうかお願いします。私は最後の最後で深々と頭を下げた。

 数秒経ってから頭を上げて周りを見渡す。すると、この場にいる誰もが言葉を見失っていた。おまけに周りが周りの目を窺っている。日本の悪いところが出てますね。非常によろしくない。

 

「………私は彼女を信じたいと思うわ」

 

 そんな中、真っ先に賛同の意を示してくれたのは白衣を着た女性だった。凛とした顔立ちは強い意志を持って私の目を見返す。

 

「私はここでただ死を待つだけなら、少しでも可能性がある方に賭けたい。そう思う」

 

 女性の目尻が下がったところで私の胸はとても熱くなった。1人でもいい。受け入れられた。その事実が私には何よりも大きかった。

 ここからは早かった。6人のうち、5人は彼女に続く形で私と言う存在を受け入れ、賭けてくれた。だが1人、怒りを滲ませる人物がいた。

 あの例の男だ。男は顔を真っ赤にさせながら、私に罵声を浴びせどこかに消えていってしまったのだ。

 

 その日のうちに、この地下の指揮権は全て私に譲渡された。そしてすぐに私が出した指示は二つ。

 食料は力の強い弱いに関わらず必ず全員に均等に配ること。今後、一切の殺害をこの地下においては禁ずること。

 分配する量と記録に関してはあの正義感の強い男性と私で管理することにした。そして食料は足りなくなったら私と希望で随時調達することとなった。

 その全ての取り決めをこの地下にいる全員に触れて回る頃には私の疲労のピークは限界を越えていた。私は自分の与えられた場所に戻ると倒れ込むようにして座り込んだ。

 

「あー、疲れた〜。めっちゃ緊張した〜」

 

「お疲れ様。私笑いそうになっちゃった。琴音の説得、穴だらけだもん」

 

「うっ。自覚があるだけに辛い。これでも頑張った方なんだから褒めてよ」

 

「うん。偉い偉い」

 

「雑〜」

 

 適当な声音でお褒めの言葉を述べながら適当に私の頭を撫でる希望に私は唇を尖らせた。

 希望はケラケラと笑いながら最後に私のおでこにデコピンした。指の先から伝わる一点集中の衝撃。私は思わずその鋭さにのけ反った。

 

「いった!?うぅ。そのデコピンであの化け物普通に殺せるよ…」

 

「何言ってるの。それよりこれから大変だよ。私たち、こんな風にゆっくりできなくなるし」

 

「織り込み済みだから安心してくれたまえよ。とは言っても全部が上手く行くとは思ってないんだよね〜」

 

 そう。不安要素は尽きない。なぜならここにいる人たちが私の言うことを守ってくれる保証が今はないからだ。そのうち、実績を見せ続ければ話は変わるが今は別だ。成果を出さなければ私は自ずと迫害されるに違いない。

 私の不安要素筆頭が希望の頭にも思い浮かんだのか、わかりやすく顔を顰める。

 

「なんなん?あの男。琴音が必死にお願いしとるのに」

 

「うーん。まぁ、当然と言えば当然だけどさ。とりあえず明日、私外に行くから希望はちゃんと寝ておいてね」

 

「琴音は?」

 

「私?私はここの人と1人1人話してくるよ」

 

 私はせっかくおろした腰を持ち上げ、服の裾についた汚れを払った。弓を掴み上げると私は手始めに目の前の男の子に声をかける。

 そこをスタートに私は次々に話しかけて回った。世間話や他愛のない話。不安から辛いことまで全て吐き出してもらう。話し終わった人の表情は総じてどこか和らいで見えた。

 それと、話していて皆口を揃えて言うのは食料事情。恐怖で寝ることが出来ないと言った感じだ。両方とも死活問題なので当然と言えば当然なのだが、私の予想以上に切迫しているのだと気が付かされた。

 

 全員に聞けたわけではないが、現状についてより深く知ることが出来た。そのことに満足し、この日、私が休むことが出来たのは眠っていた希望が起きる一時間前だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さてさて。準備はいいかい?希望」

 

「うん。もちろん」

 

 早朝の時間帯。私と希望はバリケードの前に2人並んで立っていた。このバリケードは私と希望が一度出入りしたのと同じ場所で、私たち程度ならすり抜けられそうなほどの隙間が出来ている。

 逆説的に私たち程度なら。と言うことは物資がここを通れないのはもれなく間違いない。

 

「と言うわけでぶっ壊しましょう」

 

「本気で言ってるの?あの化け物流れ込んで来ない?」

 

「保険に私たちの後ろのシャッターは全部閉めてもらってるじゃん。それにね、私の直感が正しければ奴らはまだここに入り込むことはしないよ」

 

「どう言うこと?」

 

「希望もあの化け物達が物を破壊する様子見たことあるでしょ?あいつらは壁越しでも人がどこにいるかを知ってる。おまけになんでも壊してくるから対処法なんて本当はない。けれど、なぜかこのバリケードは破られなかった。これ程までに脆弱だと言うのに」

 

 そこまで持論を展開したところで希望も「なるほど」と手鼓を打って納得を示してくれた。

 

「けど、その直感が外れた場合は?」

 

「秘策は色々と用意してるから大丈夫。夜通し作った急造品だけど」

 

「ふ、不安しかない」

 

 希望はわざとらしく大きなため息を吐いた。私は昨日のお返しとばかりに希望のおでこに指を伸ばすと軽くパチンと弾く。私は声を上げて呻く希望が見たかったのに、希望は平然とした顔で私を真っ直ぐと見ていた。

 

「ごめんね?」

 

 と言うことで私は先に謝った。希望も満面の笑みを浮かべて頷いたと思ったら神速の如き速度で私のおでこを弾く。

 私じゃなくて絶対希望の指の方が化け物を殺す勢いがあると思うのです。勢いが良すぎて脳が360度回転した。元通りだから良しとしておこう。ただ、気合も入ると言ったものよ。

 

「よし!なら、とりあえずやりますか!」

 

「OK!」

 

 2人ともにスイッチが入り、先程までの緩い雰囲気は一度霧散した。希望は目を瞑り、この辺りに化け物が居ないかを見てくれる。

 希望の力というのは聞いたところによるととても不思議なもので、化け物の位置が赤い点で示されるらしい。

 希望が全体を見通した後、私に頷いた。化け物が居ないという合図だ。

 私はバリケードを一度で吹き飛ばすために、矢に最大限の力を加えなくてはいけない。矢の最大飛距離まで到達するくらいの力で私は弦を引っ張った。

 弦が限界値に達した時、私は自然の流れで弦を離した。目には見えない速度で弦返りが起き、それだけでかなりの威力がある事を示した。それほどの威力の矢はバリケードを完全に破壊し、外の世界に通じる道を切り拓いた。

 

「化け物は?」

 

「今ので2体こっちに来てる。距離はあるから外で迎撃できるはずだよ」

 

「了解!希望は私の後ろで待機。絶対前に出ちゃダメだよ!」

 

 私は外に飛び出すと自分の目で化け物の姿を捉えた。希望の言った通り、化け物は別々の方向から2体、私に迫ってきている。

 私は素早い動作でまず1体を屠ると身体を捻って2体目も即座に撃破した。この弓を持って戦うごとに私の身体能力が徐々に向上している気がした。

 

「希望、他は?」

 

「とりあえずは大丈夫。進めるよ」

 

 気がつけば希望は私の隣に並んでいる。希望が外に出てきた時点で化け物が近くには存在しない事には確証が持てた。

 それから私たちは最大限の注意を払いながら、先に進む。私は数週間ぶりに見た外の世界について素直な感想が口から漏れた。

 

「前より荒廃っぷりすごいね」

 

「外に出てもまともなものが残ってる可能性の方が少ないんじゃないかな」

 

「仮にそうだとしたら地下の人たち集団自決しそう」

 

「や、やめなよ。縁起でもない」

 

 私と希望は物資を運び込む際の決まり事として、自分たちがあの出入り口にすぐに向かうことが出来る範囲でとした。

 その為に生じる疑念はあるが、今はそれを考えてもキリがないという事で脇に置いてある。

 

「目指すとしたら、やっぱりコンビニとか?」

 

「飲料水はそれでいいかも。食料に関してはスーパーの方が日にちが持つものは多く置いてあるはず」

 

「そうだね。だとしたら地図の範囲と照らし合わせて……ここと、ここ?」

 

「うん。それでいいと思う。私、思うんだけどさ。やっぱり、もう1人くらい荷物を運べる人は欲しいよね」

 

「うーん。確かに効率は良いね。けど危険には変わりないからなあ。私が近接でも戦えるなら良いんだけどさ」

 

 弓でも別に戦えるのわかったからいいんだけど、普通遠距離オンリーはないよね〜。と頭の中でもう1人の私が渋い顔をしていた。私もそう思うよ。などと適当に反応しておく。

 私と希望は先にコンビニを目指して避難所から見て北へと移動を開始した。

 

「琴音、刀とか扱えるの?」

 

「弓は弓道やってたから良いんだけど刀とかそこらへんはもってのほか。あっ!でも、私の幼馴染は居合いをずっとやってたよ」

 

「へ〜。なんだか凄そう。っと、琴音。3時の方向から1体来るよ!」

 

「合点承知!」

 

 この一体も私は無難に倒しきった。今回はほとんど近づかせずに撃破することができ、戦闘にも慣れ、心にも余裕が出てきた。

 それと私にも段々とあの化け物の距離感、気配といったものが掴めてきたような気がする。自分で言うのも恥ずかしいが、こう言った戦いというものに私は才能があるらしかった。

 

(良いのか悪いのやら……)

 

 何かを殺す才能など本当ならない方がいいはずなのに、今はそれがありがたいと思ってしまう。

 私はなんとなく自分の右手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。この手はいずれこの化け物以外も手にかける事になるのだろうか。不意にそんな事を考えてしまった。

 顔を顰めそうになるほど嫌な感覚を覚えた私は、それを振り払う為に先程の会話の続きをする事にした。

 

「私がね、早く四国に戻ろうとしてたのもさっき話した幼馴染が理由なんだ」

 

「ありゃ。てっきり家族がどうとか言う話だと思ったのに」

 

「あはは。家族は大事だけどそこまで仲良くないしね」

 

「結構グレーゾーン?」

 

「ふ、深掘りしてくるね。まあ、話して減るものでもないしいいか。私の親は離婚してるの。両親共々仲悪くてね〜。お父さんが仕事ばっかりするものだから、お母さんが不倫したところで完全に壊れちゃった。私はそれから親戚のところを転々とした後、お父さんにまた引き取ってもらったの」

 

「ごめん。聞いといてなんだけど私が気まずいや。幼馴染の話してよ」

 

 希望が想像したのとは違った理由だったのだろうか。私の生々しい話に希望はとても申し訳なさそうに眉を下げた。

 ちなみに私は親の離婚はどうでも良いと思っている。父親も母親も変な線引きは出来ていたから私に手を出すような事はしなかった。だからだろうか。2人で喧嘩して勝手に母親が出ていった。私からすればそれだけの話である。

 

「希望のリクエストもあったからお話しましょうとも。私には幼馴染は2人いてね。乃木若葉ちゃんと上里ひなたちゃんって言うの。2人とも同い年なのに凄く大人びてたかな」

 

「私からすれば琴音も相当大人っぽい気がするけど。落ち着きっぷりというか、度胸というか」

 

「そう言われると嬉しいものがあるね。ただ、あの2人はレベルが違うというか…こればっかりは一回会ってみて欲しいかも」

 

 肌で体験してもらわなければあの2人の凄味はわかるまい。私が一生かけて追いつこうとしても、彼女たちは必ず私の二歩先を行く。所謂、天才と凡人の話に形は近い。そんな感じの説明を希望にしてみるが、希望は難しい顔で首を傾げるだけだった。

 

「琴音から見たらその2人はヒーローみたいなものなの?」

 

「と、言いますと?」

 

「なんというかさ、口振からして憧れというかそういうのが伝わってくるんだ」

 

「ヒーロー…とはまた違うけど、近いかもね」

 

 私が四国の方へ目配せをすると、ビル群の特徴である風の吹き下ろしの現象、俗に言うビル風というものが私たちの横をすり抜けていく。

 私の長い髪は無造作に靡いて、風が止むと静かに私の背中にペタリとくっついた。

 私よりも短く、肩のあたりで切り揃えられた希望の透き通るような黒髪はなんだか羨ましく感じた。私は自分の髪を手の先でいじりながら話を続けた。

 

「若葉ちゃんとひなたちゃんはさ。私の恩人なの」

 

「恩人?」

 

「さっき両親は離婚してるって言ったよね。別にそれは本当にどうでも良かった。だけど、香川みたいに狭くて田舎だと噂というのはよく出回るものでね。悪いものなら尚更。私は両親の離婚が原因で一時クラスとかで酷い目にあった。それを助けてくれたのが2人なの」

 

 それ以来、私は若葉ちゃんとひなたちゃんの後ろを歩いてきた。みっともないがついて回るようにして。

 今思い返せばその2人と共にいれば酷い目に遭うこともないと計算しての事だったのかもしれないとすら思えた。私はその事に気がつきたくなくて、無理矢理思考に蓋をした。

 

「ま、そういうこと。私ばかり話して不公平だから次は希望の番ね」

 

 まだ聞きたいことがいっぱいあると言わんばかりに不満そうな視線を希望は私に向けてきた。

 私とて自分の話ばかりするのは好きではない。何も過去など面白い話ではないのだから。

 

「私は……っと、コンビニ着いたよ!」

 

「むっ。これなら仕方ない。また次の機会にしよっと」

 

 希望は自分の話をせずに済んだ事に安心したのか胸を撫で下ろした。人の敷居にズカズカと入り込んでくる割には自分の敷居は跨いで欲しくないのだろう。

 と言うより私だって話したくなければ話さなくて良かったはずだ。でも、希望には不思議と話してもいいと思ってしまった。希望には人の心のうちを引き出す才能でもあるのかもしれない。

 私は先にコンビニに向かって行った希望の背中を追いかける。先にお店の中に入っていた希望は既にいくつか見当をつけたみたいだった。

 

「とりあえず水だね。あとは非常食とかかな」

 

 希望が見つけたのはペットボトル飲料水の箱が数十箱とお菓子などの入っている箱を3箱だ。現状、これを運び出せるのは希望しかおらず、全くもって厳しい状態には変わらない。

 

「これ私たちだけで全部運べる?」

 

「往復するしかないかもね。大丈夫、今のところ化け物はバリケードのところにも私たちの周りにもいないよ」

 

「そういうことなら、希望。ファイトっ!」

 

「任せときい!私だってやる時はやれるからね!」

 

 希望は腕まくりして、やる気を漲らせると一気に二箱段ボールを持ち上げた。私の目は信じられないものを見たとばかりに高速で何度もまばたきを繰り返した。

 

(あまりにも馬鹿力すぎない!?)

 

 私は冗談半分で煽ったというのに……。凄すぎて言葉も出ないとはまさにこのことか。

 

「えっと、大丈夫?希望」

 

「ふっふっふっ!私はその気になればこの箱3つはいけるね!」

 

「あ、もういいです。任せます」

 

 目をキラキラとさせ、その大人にも満たない力で大人の何倍もの力を出す希望から私は目を逸らした。

 多分、この人私が想像してた何十倍も化け物かもしれない。私は恐れ慄きながら、コンビニをひとまず後にした。

 避難所までは約100メートルと言ったところだ。再度希望に周りを確認してもらうとやはり化け物はいない。それでも、私たちは警戒しながら避難所へ急いだ。

 

「希望って何かスポーツでもやってたの?」

 

「スポーツと言うか、趣味で身体は動かしてたね。あとそうだ。楽器吹けるよ!フルート!」

 

「ふるーと?」

 

「え、知らないの?」

 

「ごめん。あまりその楽器系には詳しくなくて。可能ならまた見せてよ」

 

「もちろん!」

 

 その後何度も往復し、適度に化け物と遭遇しながら怪我なく地下避難所に物資を届け終わった。結局、希望のその超人的な力の出どころは不明のままではあったが。是非ともこの命が尽きる前には知りたいところである。

 届け終わった後は分配だ。なんとか取り決めていた通りに、全員平等に配ることが出来た。久しぶりのまともな食べ物に涙する人もいる。

 私は自分の分の配給を食べながら、その様子を眺めた。ここに来て始めて希望以外の人の笑顔を見た気がした。おかげで自分のしたことを肯定されたように思えた。

 

「お隣良い?」

 

「もちろん」

 

「今日は機嫌良さそうだね」

 

 希望はそう言うといつものようにケラケラと笑ってから私の隣に腰を下ろす。実際、機嫌は良かったので素直に頷いておいた。

 

「やっと一歩前進できたなと思って」

 

「だね。これから先もこうやってやれることは全部やっていこうよ」

 

「うん。はぁ…疲れたぁ……。流石に私も今日は眠たいや。1時間だけ仮眠するから化け物の気配が近づいたらまた教えてね」

 

 私は希望と言葉を交わすのもそこそこに硬い床に横になった。先程1人の初老の男性が「勇者様に」と渡してくれた掛け布はあるのとないのでは全く質が違う。

 私は相当疲れていたのだろう。気づけば、自分の意識を手放していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全く。人の膝を枕に使うなんて良いご身分だね」

 

 わたしは意識を失うように眠った琴音の頭を冗談混じりに笑いながら軽く撫でる。

 わたしも化け物の位置がわかると言う特別な力を急遽授かったわけだが、琴音に関しては昨日の夜からほとんど眠らず、わたし達のために何かしらの行動をしていた。

 しかも、琴音は周りの期待に応えるように今回初めて物資の搬入に成功した。1日近くで琴音を見ていたわたしだからこそ言える。琴音の判断能力と決断能力、予見能力と言うのは常人のそれではない。彼女は常に自身を凡人だと口に出すが、わたしから言わせてみれば琴音は天才の領域にいる。わたしの見立てでは、しばらく多くの人はこれからこの才能に頼り切りとなるだろう。しかし、何か一つでも失敗をした暁には何が起きるのか………。わたしは想像もしたくない。

 

「もう、これで失敗できなくなっちゃったね。わたし達」

 

 運命共同体と言えば聞こえはいいだろう。実際、わたしと琴音は死ぬ日は一緒な気がする。

 

「それも悪くないけどね」

 

 まだ琴音と出会ってから2週間と少し。それだけでわたし達は十分すぎるほどの信用を互いに得たと思う。

 最後に琴音と2人で何か言い合いながら化け物に食われる様子を想像したら思いの外面白くてびっくりした。

 そんな楽しい思考も長くは続かず、今後の事を考えた時、どうしても憂鬱になる。わたしは再度琴音の頭を撫でながら小さく息を吐いた。

 

「とりあえず、琴音。気をつけた方がいいよ。多分ね、ここでは本当の敵は化け物じゃない。人だよ……」

 

 琴音ももしかしたら気がついているかもしれない。秩序が徐々に回復しつつある今、次に起こる出来事を。

 

 

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