少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

50 / 52
第37話 パーティーは踊るものでしょう?

 6月も半ばを過ぎようとしている。大型バーテックスに大敗と希望の死から1ヶ月。本来、希望の犠牲によって停戦となり、数年の安寧は約束されたと誰もが思った。しかし、天の神は理由は定かではないが裏切った。私達は再びバーテックスの襲来に苛まされる事になったのである。

 そんな中でも日常を大事に過ごしたい。これは私達の意地のようなものだった。しかし、その象徴である、皆での食事はいつからか曖昧になってしまっていた。

 

「と言うわけで復活させよう!」

 

 私が友奈のお見舞いに行くなり、彼女は私に身体を勢いよく寄せながら提案したのだった。

 

「近い近いっ!友奈ちゃんの想いは痛いほど伝わってくるから!」

 

 普通に彼女も顔立ちは整っているのだから、あまり近づかれると私とて緊張するのだ。なんだか良い匂いも鼻をくすぐるし、やっぱり神はずるいと思う。

 

「それにしてもどうして急に?」

 

 私が改めて尋ねると、友奈は目を輝かせながら私に再び迫った。

 

「だってその方が美味しいから!」

 

「……もしかして、今寂しいの?」

 

「えへへ。そう言うこと」

 

 友奈はハニカミながら笑った。

 病院での孤独な食事時間は友奈にとっては苦痛らしかった。たまに謹慎の解けた千景と責任感お化けの若葉が共に食べてくれていたらしいのだが、それでも寂しいものは寂しいと言う。

 千景の名前が出た時に、何か扉の方で物音がしたのでそちらに目だけ向けると、扉の隙間から千景が病室を覗いていた。入るタイミングを見失っているみたいだ。どこかのタイミングで呼んであげようと決めてから、私は友奈に意識を戻す。

 

「わかるよ。私も入院した時、希望がいなかったら寂死してた」

 

「だよね!いや〜。丸亀城での生活に慣れちゃうと退屈だよ〜」

 

「退屈だと思える程には元気になれたってことだね。私はそっちに安心しちゃったよ」

 

「ありがとうね。心配してくれて」

 

「当たり前のことだから。ねっ。千景さん」

 

 私は扉の向こうで入るタイミングを見計らっていた千景に声をかけた。

 

「えっ!?ぐんちゃん来てくれてるの!?」

 

 気づいていなかったのか、友奈は驚きのあまり辺りを見渡す。窓の外にいたらホラーでしょうよ。

 千景はいることが私にバレたのが悔しかったのか。はたまた恥ずかしかったのか、部屋に入ってもすぐには私の顔は見なかった。

 

「おはよう…高嶋さん……」

 

「おはよう!ぐんちゃん居るって気づかなかったの悔しいな〜。私が見つけたかったよ」

 

「高嶋さん……!」

 

 私は邪魔なような気がしてきた。長らく感じていなかったこの雰囲気!室内なのに強い風が吹いてきた。

 その風に乗せられるままに、私はそーっと外へ出ようとする。しかし、私の手は伸びてきた別に手にガッチリと掴まれた。

 

「どこへ……行くつもりなの?」

 

「いや〜。私はお邪魔かなと」

 

「…人の話の途中に……帰るのは失礼よ…」

 

 言われてみれば話の途中だった。私は思い直して元々座っていた席に収まる。

 

「みんなでのご飯を復活させたいって話だったね」

 

「うん!ところで、私が入院してからはどうなの?」

 

「……丸亀城に…全員がいることの方が…少ないわ…」

 

「ひなたちゃんも居ないしね……。私も詩音の事とか、戦いも…新しい切り札の事もあるから……」

 

 私も最近は詩音の生活ペースになるべく合わせているので、食事の時間も被ることは少なかったりする。

 そこにバーテックスの断続的な襲撃だ。傷の治療とかもあるので、やはり皆で集まる時間というのは少なくなっているのだ。

 私が申し訳なさに言葉を濁すと、友奈ちゃんは少しだけ寂しそうに伏せた目を、すぐにまた力強く持ち上げた。

 

「……そっか。みんな、私のいない間もずっと戦い続けてたんだよね。ごめんね、私だけ休んじゃってて」

 

「謝らないでよ。友奈ちゃんがあの日、あんな無茶してまで道を作ってくれなかったら、今頃ここに私たち誰もいないんだから。……ね、千景さん」

 

 千景は小さく頷き、友奈の手をそっと包むように重ねた。その仕草に、彼女の心の底にある深い安堵が透けて見えた。

 

「高嶋さんがいない間……静かすぎたわ……。だから、あなたが戻ってくるのが一番の薬……。食事をみんなでするのも、あなたが言うなら……きっと、できるはずよ……」

 

 千景の一言は劇薬すぎたのか、友奈は突然寝ていたベッドから飛び降りた。

 

「ぐんちゃん……! うん、よし! 決めた! 私、明日退院する!」

 

「ええっ!? 明日!? 先生に許可取ったの!?」

 

 思わず立ち上がって叫ぶ私。確かに傷はほとんど癒えているし、切り札の使用による後遺症的な物も見た感じは大丈夫そうだ。とは言え、病院は唐突な退院の申し出を受け入れてくれるのだろうか。

 私の考えていることは分かりやすかったのか、友奈は人差し指を顔の前で揺らした。

 

「私だって、みんなでご飯食べる話を意味もなくしないよ!」

 

「と、言いますと」

 

 私の間抜けな問いに、友奈は「さっき退院OKって言われたばっかり!」とVサインを作って笑った。

 

「え、ええっ!?」

 

 友奈の復帰は何よりも嬉しい。それに、今の時期に復帰してくれるなら、皆で海に行く約束も今度こそは果たせそうだ。

 今は素直に喜ぼうと思う。私は千景と顔を見合わせると、同時に小さく笑ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 翌日、友奈の退院を祝い兼夕食復活パーティーは、若葉ちゃんの強権発動によって強引にスケジューリングされた。

 病院から戻った私と千景が若葉に話した瞬間に開催が決まったようなものだった。

 久しぶりに食堂に集まった、私、若葉、千景、球子、杏、そして退院したての友奈。そして唐突な出来事であったにも関わらず、話を聞きつけたひなたは駆けつけてくれた。詩音も久しぶりに顔を合わせる友奈にべったりとくっついていて、相変わらず私の姉としての威厳はどこにもない。

 

「多いな。こんなにいたのか?私たちは」

 

 若葉が、どこか感傷的な様子で食卓を見渡す。

 一人はもういない。けれど、それでもこの賑やかさは、一ヶ月前のあの絶望に沈んでいた頃からは想像もできない光景だった。

 

「さあ! 食べよう! 今日は私が腕を振るった特製うどんもあるからね!」

 

 友奈の号令で、一斉に箸が動く。皆が思い思いの物を取る中、私は友奈へと尋ねた。

 

「い、いつの間に用意したの?」

 

 今日の朝に退院して、そんな余裕があったのだろうか。

 私の問いに、自分の作った特製うどんなるものは相当に美味しかったのか、ご満悦な表情を浮かべながら、友奈は若葉に笑いかけた。

 

「若葉ちゃんに手伝ってもらったんだ!暇そうだったから!」

 

「記者達の取材はあったがな」

 

「え、そうなの?」

 

「暇じゃないじゃん」

 

「だが、うどんを共に作って欲しいと言われれば協力しないわけにはいかない」

 

「香川県民がすぎるよ」

 

 私も特製うどんを啜りながらツッコミをいれる。美味しいなこれ。私も舌鼓を打っていると、隣からシャッター音が聞こえた。そちらに目を向けると、ひなたが一眼レフを構えて私達を撮っていた。

 

「良い笑顔ですっ!琴音さんっ!」

 

「へ〜。見せて見せて」

 

 やけにひなたが絶賛するものだから、私は撮った写真が映し出される画面を覗き込んだ。

 そこには満面の笑みでうどんを啜る、何処にでもいそうな少女が1人。

 

「普通だ」

 

 思わず自分の容姿に茶々を入れてしまう。そこに首を突っ込んで来たのは詩音だった。

 

「お姉ちゃん、凄い普通」

 

 写真と私の顔を交互に見返し、詩音は何を思ったのかニヤリと笑った。

 

「普通で悪かったね。私だって詩音みたいに可愛くありたかったですよ〜だ」

 

 私は詩音の頬を手で挟むと、いつもしているように何度も優しく叩く。詩音は嬉しそうに目を細めた。

 私と詩音の様子を見ながら、骨付鳥に齧り付いていた球子が不思議そうに言った。

 

「いつもそれしてるけど、何か意味でもあるのかっ?」

 

「ないよ?詩音が可愛いし、喜ぶからしてるだけ」

 

 あの母の血を継ぐ者にしては、何度も思うが可愛すぎる。

 球子は「琴音のキャラがわからん……」と唐揚げを頬ばった。そんな球子とは対照的に、杏は目を輝かせていた。

 

「素敵だと思います!私も詩音ちゃんにやってみたい!」

 

「だってさ。やられてこい」

 

 私が詩音の背中を押してやると、詩音は杏の下に行き、されるがままになっていた。 

 

(小学生ってのはあんなにまだ人に甘えるものなのかね)

 

 少なくとも私の経験はあてにならないので何とも言えない。実はかなりの寂しがり屋な所などを見ていると、先日テレビで見た単語が脳裏をよぎる。

 

(流石にないか)

 

 悪い考えを捨て、私は改めて若葉と友奈に向き直った。そこにはいつの間にか千景の姿もあった。

 最初は意外な事に、千景は杏と席が隣だったことを思い出す。杏との会話が一区切りしたので、こちらに来たみたいだった。

 私達はしばらく適当な話題で盛り上がっていたのだが、友奈が何か思い出したのか、手鼓を打った。

 

「そう言えば、ぐんちゃん。こういうパーティーの楽しみ方わかって来たの?」

 

「……まあ、そうね…。それに今日は、高嶋さんの退院祝いだから」

 

 私からみれば2人のやり取りはとても不思議なものだった。

 

「何かあったの?」

 

 気になって聞いてみると、友奈は嬉しそうにその内容を口にしようとした。

 

「あっ!そうかっ!琴音ちゃんは1番最初のクリスマスパーティーいなかったもんね。ぐんちゃん、最初はーーーーー」

 

「高嶋さんっ!それは…言わなくていい……」

 

「え?なんで?」

 

 千景に止められ、友奈は目を丸くする。そこにここぞとばかりに参戦する者1人。若葉は腕を組みながら、そのクリスマスパーティーなるものがあった当時を回想する。

 

「それなら私が話そう。千景はだなーーーーー」

 

「乃木さんも……。それ以上口を開けば…わかるわよね?」

 

 千景の鋭い眼光に、さすがの若葉も口をつぐんだ。下手すれば鎌で首を掻き切ってしまいそうである。

 

「そ、そこまで知られたくない理由ってのは?」

 

「私の弱味を……握られたくないからよ…」

 

「私、千景さんの弱味握っても何もしませんよ!?」

 

 私は千景にどう思われているのか、やっぱり未だに少しわからない。

 

「ひなたちゃんは何か知ってる?」

 

「えぇ。もちろんです。でも、千景さんのために私は黙っておきます」

 

 そう言って綺麗なウインクをひなたは披露してみせた。知っていたら、きっと今の千景の見え方も変わってくるのだろう。一つ私がわかることはと言えば、千景は多少なりとも変わったということだ。それも良い方に。

 

「せっかくなので、琴音さん。若葉ちゃん達に並んでくれませんか?良い絵が撮れそうです」

 

「そゆことなら」

 

 私は皿と箸を置くと、席を立って対面の若葉達に並ぶ。するとひなたに何かポーズをしろと言われたので、悪戯心も相まって、私は若葉に抱きついた。そして何故か友奈も千景に抱きついている。

 記念撮影的なものになるかと思われたのに、私と友奈のせいでただの面白写真が完成していた。若葉と千景の驚いた顔も、見事にシンクロしていた。ひなたは撮れた写真を見て満足そうだった。

 

「良い写真です!」

 

「ひなたちゃんも撮ってあげるよ。カメラ貸して」

 

「いえ、私は別に大丈夫ですよ」

 

「良いから良いから。遠慮しないで」

 

 私はひなたの背中を押し、半ば強引にカメラを受け取ると、右目で覗き込む。シャッターを切ろうとした時、若葉がポツリと呟いた。

 

「最初から左眼閉じられてるの便利だな……」

 

「ブラックジョークが過ぎない!?」

 

 せっかく良い感じに収まっていたので撮ろうとしたのに、若葉のせいでぶれてしまった。

 

「前々から思ってたけど、こんな悪趣味な冗談を若葉ちゃんに教えたの誰なん」

 

 私は苦笑いを浮かべながら、再びカメラを覗く。その答えを持って来たのは、カメラの枠の中に飛び込んで来た球子だった。杏と詩音もその隣に並んでいる。

 

「お前の相棒だぞっ。それと杏」

 

「何してんだあの人」

 

「私はタマッチ先輩のお見舞いの時に、ちょっとアドバイスしただけだよ」

 

 杏は唇を尖らせて、少しばかりの抵抗を見せた。足の動かない球子にキャンプ雑誌を渡し、凍ったうどんを渡した話は聞いている。どちらにせよ酷い。

 それともう1人もとんでもない置き土産をしてくれたものだ。私達の乃木若葉が変な方向に変わってしまったではないか。

 文句を言うのもほどほどに、集合写真を私はカメラに収めた。

 

「うん。良い感じ。ありがとうひなたちゃん」

 

 私が結構良い写真が撮れた事に満足し、ひなたにカメラを返す。しかし、ひなたは何か言いた気だった。

 

「あんまりだった?」

 

「琴音さんは?」

 

「私?私は良いよ。さっき沢山撮ってもらったし」

 

「……そうですか」

 

 納得はいっていなさそうだったが、ひなたは受け入れてくれた。

 

(私だけ写ってても、後から文句言われそうだし)

 

 彼女が「私は!?私は入れてくれないの!?」と泣きついてくるのは容易に想像ついた。

 私は飲み物を取りにその場を離れる。離れた所から見てみると、本当に若葉達のいる所だけは他と違って輝いて見えた。絶望の中の光。そう見えてしまった事が、頼もしくあったが同時に悲しく見えた。

 

(ねぇ、希望)

 

 私は心の中だけで問いかける。

 

(私は、あの中の光の1つであれたのかな)

 

 答えはない。答えはないけれど、こう言ってくれるだろうなって言う気持ちもあった。

 

「頷いてくれなかったら、向こうで出会った時にぶっ飛ばしてやる」

 

 私は空いたコップに、新しく飲み物を注ぐ。注ぎながら、皆のいるテーブルを見つめた。

 下らない冗談を言い合い、球子が杏に怒られ、詩音が友奈の皿にこっそり具材を移す。それを千景が諌める。そんな、なんてことのない日常。

 失いかけていた私達の日常は、こうして再び形を取り戻したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 日常を取り戻したとは言え、バーテックスの攻撃が止まることはない。相変わらず、地道に私達の傷の数を増やしてくる奴らは、戦いのやり方を心得始めているようにも見えた。

 襲撃を退けた後、私は冗談半分で球子に話をした。

 

「バーテックスってなんか人間味あるよね。ネチネチしたところとか」

 

「それは人によるくないかっ?」

 

「それはそうなんだけどさ。……もしかして、そのうち人の言葉を話す奴とかも現れるんじゃない?」

 

 私の冗談に、球子は顔を顰めた。

 

「んな気味の悪い事を言うなって!想像しちまったよ!」

 

「冗談だよ冗談」

 

 そんな会話をした次の日。再び襲撃があった。

 私達は、最初から樹海に進化体の姿があった事には大した驚きを見せなかった。そんなこともそろそろ有り得るだろうなと思っていたからだ。

 しかし、その形が異形の中でも一際、異形だったのだ。

 

「……なに、あれ…」

 

 千景の呟きの先の存在に、私も視線を釘付けにせざるを得なかった。

 それは、巨大な鏡のようだった。

 鏡のような体表。その表面に映し出されているのは、私たち自身の姿。

 そして、その鏡張りのバーテックスから、「音」が漏れ出してきた。

 

『助けて!乃木さん!』

 

「は?」

 

 突然聞こえた「音」。それに反応した声は誰のものか。私なのか、若葉なのか。いや、ここにいる者が誰しも同じ事を思った。

 

 何故、バーテックスが人の言葉を話すのかーーーーー。

 

 漏れ出した音は私にも、若葉にも聞き覚えのあるものだった。あの日、人類が絶滅に瀕した日。バーテックスに殺されたクラスメイトのものだったからだ。

 

『あの女のせいで!俺たちの人生は無茶苦茶だ!!』

 

 その声に聞き覚えがあるのは私だけだった。大阪で、横暴で残酷な振る舞いをしていたグループのリーダー格の声だ。

 まさかとは思うが、あの鏡。

 

(バーテックスが殺した人の、最後の言葉を?)

 

 だとすれば何と悪趣味な。

 そして、次に放たれた一言は私達を怒りの頂点へと押し上げた。

 

『……みんな』

 

 紛れもなくその声は希望のものだった。

 鏡型のバーテックスからの「音」が私達の耳に届ききる前に、既に私達は飛び出していた。

 今回のバーテックスはただの侵攻ではない。ただの蹂躙ではない。

 死者を冒涜し、私たちが最も大切にしている絆そのものを、侮辱し、汚染し、武器として突きつけてくる心の破壊者。

 

 私達は徐々にバーテックスによって踊らされ始めている。

 まさに先日とは打って変わったふざけたパーティーだ。

 この戦いは、激しさを増すと同時に、別の段階へと進んだ事を私達に肌で感じさせたのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。