少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第38話 声

 私は。東郷琴音という人格の基本理念は「無いものねだりをしない」というものだ。自分に友達はできない。だからこそ、誰も友達なんていらない。私はそうやって人間と関わる事を避けて来た。だって、関わって仕舞えば痛い事をされるし、話だって聞いてもらえない。悲壮的で孤独な存在が私だ。

 それでも、抑圧の末、いつの間にか芽生えていたもう1人の私は真逆だった。楽観的で、友のためなら何だって出来てしまう。悲観的になっても、すぐに立ち直った。

 そんな彼女とは今や一心同体。不思議な感覚だが、彼女の記憶を受け継ぎ、それを受け入れると突然友達が増えた。そんな中でも、一回も面識のない吾妻希望は別れ際に涙してしまうほどに親しい者になった。

 秋山琴音の築いた関係を私は簒奪した。簒奪した者に、そんな権利は無いとわかっている。だけども、この怒りは本物だ。あの時流した涙も全て本物だ。若葉達に向ける気持ちも、希望に向ける気持ちも全て本物だ。

 

「大切な人の声を!お前ら如きが!」

 

 通常個体のバーテックスと戦っている間も、鏡型のバーテックスは「音」を出し続けている。同じ簒奪者でも、奴だけは違う。奴だけは全てにおいて偽物だった。

 

『助けてよ!お父さん!お母さん!』

 

 名もなき少女の最後の言葉が樹海に打ちつける。

 

『ここまでか……』

 

 全てを諦めた男性の吐息にも似た声が、さざなみのように駆け抜ける。

 

『戻りたい。どうして私達がこんな目に!』

 

 次から次へと押し寄せる絶望の波。早く鏡型のバーテックスに近づきたいのに、それを守るように渦巻いている通常個体のせいで全くと言って良いほど近づけない。

 

「くそっ!耳を塞いでも聞こえてくるぞっ!あの声!」

 

 球子が旋刀盤を器用に投げながら、泣き言にも似た叫びをあげた。私達の心は徐々にすり減っていっている。例え偽物の「音」だとしても、耳に届いて仕舞えば本物にしか聞こえないのだ。

 

『うたのん……。ありがとう……』

 

『まだだ!まだ!諦めてたまるかあああああ!!』

 

 再び「音」の波が押し寄せた時、若葉の怒りは理性を保つ事が出来ないほどに度を超えた。

 次の瞬間、若葉に力が集中し、義経の力を見にまとう。そして尋常では無い勢いでバーテックスを切り裂きながら、戦場を登り上がった。

 

「諏訪を!諏訪の勇者と巫女を侮辱するのか!!貴様らはああああああああああっ!!!」

 

 若葉の怒声が打ちつける「音」を僅かに打ち消した。

 ここまで来たら、余力のある者が切り札を使うしか無い。デメリットは承知している。しかし、知ってるからこそ後からのカバーは効く。

 

(あの日の時以来、ここまで若葉ちゃんが突出した事はなかったのに!)

 

 若葉という支柱を失った戦線は徐々に崩れ始めている。

 私は矢を放ちながら、真田の力を見に纏った。杏も雪女郎の力を宿す。通常個体を相手するならば、杏の切り札が最も手っ取り早い。

 友奈と千景、球子は私達の意図を汲むとすぐに射線から抜け出した。そして直ぐに後へと続けるように身構える。

 

「杏ちゃん!任せた!」

 

「任せてください!琴音さんは若葉さんを!」

 

 杏の力によって、バーテックス達は次々と凍りつき、その形を破片へと変えていく。

 それでも進化体へと姿を変えようとし、数の力で凍てつくことを避けた個体も数体いた。

 私はその生き残った個体へ向けて、私は神樹の力で作り出された神馬を操りながら槍を突き出す。

 

「ズルは厳禁だよ」

 

 光の粒子となったバーテックスに怒りも込めて吐き捨てた。

 真田幸村の力と言うのはかなり便利で、伝承を通じていくつかの武器が使える。鉄砲はもちろんのこと、馬で駆け抜け、槍を振るうことも可能だ。

 私は手綱を操作し、立ち止まると球子に声を張り上げた。

 

「タマちゃん乗って!」

 

「ええ!?タマかよ!!」

 

 球子は驚きはしたものの、直ぐに飛び乗った。

 

「千景さんと友奈ちゃん、杏ちゃんは残った敵を倒しながらあの鏡型に!」

 

「わかった!直ぐにいくね!」

 

 友奈の返事を受け取ると、私は若葉の八艘飛びと同等の速度で飛び出した。

 

「ちゃんと捕まっててね!」

 

 私がそう言うと、球子は私の腰に手を回すと力強く抱きつく。それを確認して、更にスピードを上げる。立ちはだかるバーテックスも置き去りにして、樹海の蔓から蔓へと飛び移りながら駆け抜ける。

 樹海の中を槍を振り回しながら、神速で駆け抜け、敵将の首へと迫る光景はまさに伝承通り。

 若葉も鏡型の前に立ちはだかるバーテックスを前に、切り札を使用しても近づけないでいた。私と球子は予想以上の速度で追いつこうとしている。

 

「若葉はどこだあっ!?」

 

「あと少し!たどり着いたらタマちゃんは若葉ちゃんの頭をぶん殴って!」

 

「後から怒られないか!?」

 

「頭に血が上った向こうのせい!」

 

 そう言いつつも、私も理性を保てているかは不明だ。でも、若葉を止めるしかそれしか方法はない。

 しかし、若葉も速度が上がる。切り札を使用し、怒りに身を任せた彼女の力は普段の力を遥かに上回っていた。

 

「若葉ちゃん!止まって!」

 

 私が叫んだ時には、若葉は既に鏡型バーテックスの直前まで迫っていた。しかし、そこには目に見えない拒絶の壁があった。激突の衝撃で若葉の身体が弾かれ、空中を無防備に舞う。

 追いついた私は無防備に舞った若葉を片手で抱き抱える。その瞬間、鏡と目が合った。

 

『……琴音。私、死にたくないよ』

 

「っ!!」

 

 鏡の表面が波打ち、そこには、あの日の絶望の顔をした希望が映し出された。私の心臓が、握りつぶされるように痛んだ。秋山琴音が愛し、私が簒奪し、それでも共に生きていくと決めた魂の友。

 

「お前っ……お前、それは……!!」

 

 それだけは、神だろうとやって良いことではないーーーー。

 私は唇を血が滲むほど強く噛み締めた。私の理性が弾け飛ぼうとした時、後ろから頭を強く叩かれた。

 

「いった!!」

 

「琴音が言ったんだからなっ。ぶん殴って良いって」

 

「つ、強すぎるよ。でもありがとう。冷静になれた」

 

 私は自分達を囲みつつあるバーテックスを蹴散らし、一度距離を取る。

 距離を離したところで、私は若葉を離した。

 

「馬上から失礼。大丈夫?怪我は?」

 

 普段は見上げている若葉の姿を上から見ると言うのは酷く不思議に思えた。

 若葉は自分の行動を悔いているのか、私と球子に視線を合わせない。

 

「大丈夫だ。……すまない。以前と同じ過ちを繰り返した…」

 

 いつぞやの事を言っているのだろう。あの時に比べて、若葉の激昂は当然のものだ。球子も何も言わない辺り、気持ちは同じなのかもしれない。

 

「それより琴音。何故私の攻撃は弾かれた」

 

 若葉の焦りを伴った問いの答えを、私は既に用意していた。

 

「鏡に刀は違うんじゃない?」

 

 まあ、江戸時代がどうであったかは知らない。現代社会。とりわけ刀を所有することが一般的に許されないこの時代においては、鏡を割る方法は誰だって開口一番にこう言うだろう。

 

「やっぱり鏡を破るなら拳よ」

 

 そして私は後ろで未だに腰を力強くホールドしてくる球子に目を向けた。

 

「うーん。連れてくる人を間違えたか」

 

「それは失礼ってもんじゃないのかっ?」

 

「それもそうだ」

 

 私がこうも軽口を叩きたくなったのは、今回のこの特異すぎる戦場が故だった。普段のような会話が出来ている以上、今のところ精神的な余裕はまだある。

 

「兎にも角にも、私と若葉ちゃんはアイツを倒すには向いてない。出来るのは友奈ちゃんかタマちゃんだけだね」

 

 千景や、杏だって多分無理だ。鎌は通さないだろうし、クロスボウの矢は届きはするだろうが割れるかは不明だ。

 それならば、確実にその拳を叩きつけられる友奈が適任であると思ったのだが、若葉は異議を唱えた。

 

「友奈はまだ退院したばかりだ。体力も戻ってないし、相手するのは特に攻撃能力をまたなさそうとは言え、進化体……無茶をさせすぎたくはない」

 

「でも、やってもらわないと、そろそろ私達も精神崩壊するって」

 

 未だに聞こえてくる悲鳴や亡くなった誰かの断末魔が耳を塞いでも、魂に響いてくるのは勇者と言えども耐えれるものではない。

 

「ほら聞いてよ。今だって『お母さん!お母さん!お母さん!』って。私、そろそろ無策で突撃しだすよ?」

 

 それならば、後ろに友奈を乗せて突撃をし、攻撃してもらった方がまだ成果としては上がる。

 私の下手な脅しに、若葉は渋々と言った感じで頷いた。

 

「………わかった。それに、早くしなければ樹海にダメージが入って、現実世界でも被害が出るからな」

 

「そうと決まればタマちゃん行くよ」

 

 私達は再び、友奈の元へと神馬を走らせた。

 

「友奈ちゃん!悪いけど、アイツの顔面……鏡面に一発お見舞いしてやって!」

 

「合点承知だよ!」

 

 友奈は私の差し出した手を掴み、ひらりと身を躍らせて馬の背へと飛び乗った。代わりに球子が「後は頼んだぞっ!」と地上へ降り、千景と杏の援護に回ろうとする。

 

「何降りてんの」

 

「いやいや。友奈1人で事足り……まさかとは思うけど」

 

「大丈夫大丈夫。ほら。手を伸ばして」

 

 私は球子へと更に手を伸ばす。球子は私の意図を理解しているからか、あまり乗り気ではなさそうに手を掴む。そのまま引っ張りあげると、片手で抱き抱えた。

 

「おおぃっ!タマは物じゃないぞ!?」

 

 ジタバタと騒ぐ球子。なんだ不服そうだ。

 

「我慢して。絶対、死なせはしないから」

 

「怪我はするんだろ!?」

 

「私だってするよ!」

 

 友奈の何も慰めにならない一言が、球子を大人しくさせた。

 私は若葉に目を向け、進む先に矢の刃先を向ける。

 

「若葉ちゃん! 私たちが道を拓く! 友奈ちゃんをアイツの懐まで届けるよ!」

 

「承知した。先ほどまでの不覚、ここで雪辱を果たす!」

 

 若葉の生太刀が再び鋭い光を放つ。私は手綱を絞り、神馬を鏡型のバーテックスへと正対させた。

 

「時間もない。行くぞ!」

 

 若葉の号令で私達と若葉は同時に地を蹴った。

 私と若葉の連携攻撃が行く手を阻む通常個体を蹴散らす。千景と杏の攻撃も私達の道を切り開いてくれた。

 気持ちは皆同じだ。

 あのバーテックスだけは、許さない。

 距離にして、残り100メートル。私と若葉。球子と友奈に緊張が走る。この攻撃を失敗すれば、私と若葉の切り札の力は一度解けてしまうからだ。 

 

「構えてタマちゃん!ぶん投げるよ!思いっきり殴ってやれ!」

 

「ええいっ!もうどうにでもなれっ!!」

 

「私も行っくぞー!!」

 

 神馬が嘶き、跳躍する。私は手綱を離して全力で背を踏み、樹海の空へと舞い踊った。私は更に球子をありったけの力を振り絞って鏡の表面へと投げ込んだ。

 友奈も馬の背を蹴り、弾丸のような速さで空を翔けた。

 

『やめて。やめてやめてやめて!痛いのは嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!』

 

 心をドロドロと溶かすような悲鳴。私は歯を食いしばる。

 

「それはお前のセリフではないだろうがっ!!」

 

 球子は旋刃盤を怒りのままに叩き込む。本来の用途とは違うが、刃も伴った打撃は鏡の表面にヒビ割れを起こした。

 そのひび割れに向かって友奈は一直線に突き進んだ。しかし、鏡には幼い少女の姿が現れ、血まみれになりながら叫びを上げている様子が映し出された。

 

『なんで、どうして!?友奈ちゃん!!』

 

 その「音」を前に友奈の拳が鈍る。それだけで、いつの日か友奈が守れなかった命の一つなのだと確信する。

 

『みんな……助けて!』

 

 更に鏡の奥底から響くのは、震える希望の声。

 私は作り出された虚構の希望の声を一蹴した。

 

「希望の声真似、もっと練習した方がいいよ!」

 

 心が溶けて崩れ落ちそうな中での精一杯の強がり。大丈夫。これがまだ言えるだけ、私の心は保たれてる。

 槍というものは刺すと言う印象を未だ持たれやすい。その要素ももちろんある。だが、武器には二面性を持つものがある。球子の旋刃盤がそうなように、私の手に握られている槍だって。

 

「ここは、気合いだっ!」

 

 私は槍を大きく振りかぶると、力のままに振り抜いた。槍が衝突した鏡の表面は更に大きく砕けた。

 

「行けえっ!友奈ぁっ!」

 

 先に樹海へと転がり落ちていた球子が、友奈へと拳を振り上げる。

 友奈も球子の声援を、心を溶かす「音」のバリアとして、拳を力一杯に握りしめた。

 

『私は、お前を怨むぞ!友奈ぁっ!』

 

 誰のとも知らない断末魔。もはや作り上げられたものではと思うほどに、その「音」は中身を伴っていなかった。しかし、それでも友奈の拳は更に鈍った。

 そこに、「音」を上回るほどの力を伴った声援が友奈の背中を押す。

 

「高嶋さんっ!」

 

「っ!!食らえ!!勇者……パーンチ!!!」

 

 次の瞬間、友奈の拳が、ヒビの入った鏡面へと沈み込む。

 神樹の加護を極限まで圧縮したその一撃は、鏡型バーテックスの体表だけでなく、その奥に潜んでいた邪悪な核ごと貫いた。

 同時に、周囲を囲んでいた通常個体たちが、糸の切れた人形のように光の粒子となって霧散していく。

 私たちは、重力に引かれるまま樹海の地面へと落ちていく。体制を崩していた私は、引かれるままに地面へと叩きつけられた。 

 無様な私とは対照的に、友奈は千景に抱えられ、地面に叩きつけられる事は無かった。

 その様子を羨ましく思いながら、私は立ち上がる。

 

「いたたたた」

 

「大丈夫ですか?」

 

 少しばかり遅れて駆け寄ってきてくれた杏ちゃんに手のひらを振って無事を伝えた。

 若葉も私の下に駆け寄ってきてくれた。そして、服の裾についた土埃を払いながら、ボソリと呟いた。

 

「……進化体としては弱かったな」

 

「弱かった?あれが?」

 

 確かに倒す事自体は切り札である精霊を使用せずに出来た。しかし、心の汚染を受け続けながら戦う事は不可能な事を考えると、早期決着のために精霊を使うしかない。私達は、大した傷は負わなかったが、心に大きな損害を被ったことには間違いないのだ。

 

「もしかして、バーテックスは人間の本当の弱点を知ってる?」

 

 杏の呟きが、静寂に満ちた樹海に響く。

 少し離れた場所にいた、友奈も千景も球子も。皆、顔をしかめた。

 

「………私達は、勝てるのか?本当に」

 

 若葉の口から出たその一言は、確実にバーテックスの思惑通りのものであったーーーーーーー。

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