私と希望がこの地下における指導力を手にしてから3ヶ月の時が流れている。
もう既に終焉を迎えているはずのこの地下では気づけば秩序を取り戻しつつあり、避難している人々の表情にも明るさが取り戻されて来ていた。
最近ではところどころから歌が聞こえて来たりと、私もびっくり仰天するくらいの気分上昇具合である。
数少ない娯楽の中でも、多くの人に人気があったのは希望のフルート演奏だった。壊された楽器屋から勝手にパクって来たものだが、今は許されるだろう。と言う事でありがたく使わせてもらっている。
今も物資の分配も終わったところで、希望はフルートを吹いて欲しいとせがまれていた。
「ごめん。ちょっと行ってくるね」
「お好きにどうぞ〜。思う存分やって来な」
希望はフルートが入ったケースを持って人々の輪に入るとすぐに揉まれて姿が見えなくなってしまった。
私は希望の背中を見送り、これから何がこの地下では必要なのかをチェックする作業を始めた。その作業を始めたと同時に、希望の奏でるフルートの美しい旋律が地下に響き渡る。
「楽器吹けるとは言ってたけど、プロレベルとは誰も思わんでしょうよ」
能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったもので、希望は言わないだけで相当の実力を持っていた。
彼女は自分の家のことを話したがらないのでわからないが、良い家の出なのかもしれない。
そんなことを思いながら自分の仕事に没頭していると、背後から聞きなれた声が私の名前を呼んだ。
「秋山さん、これ次のリストなんだけど……」
「あ、はいはい。ありがとうございます」
いつも大量の物資調整をしてくれている男性が私に手書きのリストを渡してくれた。見やすいようにわかりやすく書かれたリストだ。
一通り目を通すと私は問題ないことを伝え、再度お礼を言ってからそのリストをファイルにしまった。
「ところで秋山さん。相談があるんだけど」
「私に?」
「はい。あの、例の彼らの話なんですが」
言いづらそうな彼の様子を見て、私の頭の中に思い浮かぶ人物が1人。それと顔も思い出せない取り巻きが数人。
「あぁ……。私も注視してますけど、変化とかあったんですか?」
私が脅しをかけて以来、すっかりその鳴りを潜めてしまった。なのである程度は寛容に無視していたのだが、ここに来てまた何か横暴な事を始めたのだろうか。
「いえ、彼らは今も大人しいのですが……。僕たちの方で彼らを外に追い出すべきだと言う意見が出て来てまして」
「そうですか。………んんっ!?」
「ここには貴方も知っている通り50人弱いますが、半分以上が早く秋山さんに言った方がいいと」
こりゃ困ったことになってもうたなあ。と下手な関西弁を使って、脳内のもう1人の私がニマニマと嫌な笑みを浮かべながら顔を出す。
いつもなら邪魔だと邪険に扱うところなのだが、今回ばかりは本当に困ってしまったので上手く振り払うことができない。
思考を何度も何度も回転させ、私が出した結論は希望と話し合うために一時保留にすべきと言うものだった。
「最初に決めたように、私単独で決めることはできません。一度、希望と話し合ってから結論を出したいと思うのですが、それでは遅いですか?」
彼は一度チラッと希望の方に目をやると、小さく頷いてくれた。それから仕事に戻ります。とだけ言い残して彼は奥へと姿を消して行った。
「厄介なことになったなあ。予想はしてたけど」
秩序が取り戻されつつある今、人々の心にも余裕が出てくる。現在に余裕が出てくると、過去を振り返る時間が増えてくるのは必然と言えた。
多くの人が過去に何が起きたのかを冷静に見極めつつある。それは良いことでもあり、都合が悪いことの一つではあった。
どうしたものか。希望と話をする前に、自分の中で意見は固めておかなければならない。
「せっかくここ3ヶ月は上手くやれていたのに……。人生そう上手くいかんもんやね」
私は横に置いてあった【生弓矢】を掴むと、問題となっている彼らの下へと足を運んだのだった。
彼らのいる場所は人気のある場所からは離れており、希望のフルートの音が酷く小さく聞こえる。
彼らは私の姿を見ると露骨に舌打ちをした。リーダーと思われる例の彼は前よりやつれたように見えた。
「何しに来やがった」
「どうもこうも、ちょっとした監視ですよ」
「何もしちゃいねえよ」
「それは知ってます。私は貴方達が臆病なの知ってますから」
「煽りに来たのか?」
「いえ。貴方達のメンタルが少々心配で。きっと耳には入ってますよね」
私がそう言うと、彼は顔を私から背けた。周りの取り巻きの皆さんも沈鬱な面持ちを浮かべている。
私は自業自得のくせに何を被害者ぶってるのか。と心の中だけで呟く。実際口にはしないが私はあまりこの人たちを好いてはいない。未だに私は言われなことと、彼らがした事を根に持っている。
ただ、それとこれとは別だと自分で割り切った。恩を売るだけ売って、後から搾り取れるだけ搾り取ってやろう。という心持ちで私は彼らの前に両手の人差し指を立てた。
「貴方達には二つの選択肢があります」
「なに?」
「私を頼るか、そのまま大衆の意見を聞き入れ外に出ることです」
「………」
「結論は明日の朝までに考えておいてくださいね。私も暇ではないので」
私はそれだけ言い残すと、彼らの返答を待たずに足早にこの場を去った。去り際に、目だけを彼らに向ける。
(変なことは考えてくれるなよ)
目は心の鏡だと私は思っている。私が最後に見た彼らの目は、何か悍ましいことを決断したように鋭く、私を睨んでいたのだった。
遠くで綺麗な音色を響かせていたはずの希望の演奏は、既に終幕していた。
私が希望達のいる広場に戻ると、希望は満面の笑みで私をでむかえた。希望は演奏を褒められると決まって機嫌が良くなる。
私は困り果てていると言うのになんとお気楽なものか。いや、希望がお気楽でいられてるのは良い事なのだけれど。
(これがジレンマというやつか!!)
秋山琴音は新しい感情を覚えた。という意味のわからない寒いノリは置いておいてですね。私は希望に真面目な話をしたいわけですよ。
ただ、希望はよっぽど今日褒められたことが嬉しかったのか、目を輝かせ、あるはずのない尻尾がメトロノームのように揺れているのが見えた。
「聞いてよ琴音!私のフルート、海外でも通用するかもだって!」
「あはははははは!!んな馬鹿な」
「酷くない!?」
私は一瞬で希望の目の輝きを粉砕する。すると希望はいじけてしまったのか、唇を尖らせた。
「私、琴音には褒めてほしかったのに……」
「うっ。ごめん……」
先程のは失言だったと気づいた瞬間に、私も次の言葉を見失ってしまった。私の目が動揺でぐるぐると回っていると、希望はぷっ!と吹き出した。
「くっ!くくっ!琴音、めちゃくちゃ動揺してやんの」
「だ、だって。本当に悪いこと言った気がしたから…」
「大丈夫大丈夫。琴音は私に真面目な話がしたいんだよね。そういう時、琴音は決まって私に冷たくなるって知ってますとも。私の観察眼を舐めるなよ!」
犯人はあなたです!ばりの指の刺され方をされ、私は思わず2歩後ろに後ずさった。
希望はナイスリアクション〜。とご満悦のご様子。
「それ、普通に考えたら友達辞めててもおかしくない案件な気がするけど。ごめん。気をつけるよ」
「だから気にしなくて大丈夫だって。多分、私のノリに付き合ってたら一生真面目な話できないしね〜」
希望は本当に私の言った事を気にしていないのかケラケラと軽く笑い飛ばすと表情を引き締めた。
急な変化に私がおおぅ。と言葉が喉のあたりでつっかえたが、すぐに飲み込み、ここでは人目につきやすい。ということで場所を変え、かくかくしかじか伝えた。
「これまた難題だねえ。私も、もしかしたらなんて思ってたけど」
やっぱり?と私が聞くと希望は神妙に頷いた。それもそのはず、今回は本気でまずいと希望も感じているからだ。
希望としてもやはり脳裏にあの日の悲劇がこびりついているからか、素直に助けようと言う言葉は出てこなかった。でも、これを無視するわけにはいかない。と言う気持ちもあるからか、私がこれまで見たことがないほど悩んでいる。
「聞いてはいなかったの?最近だと、私より希望の方がみんなの声を聞いてることが多いはずだから」
「もちろん耳にはしてたよ。でも、私が聞いた時はまだジョークの一環って感じだった」
「今ではそれがどの人も正しい意見だと感じてる……」
「私の直感だけど、本気であの人たちに死んで欲しいと思っている人結構居ると思うよ」
「な、なんてこと言うんだ」
「嘘ついても仕方ないからさ。琴音が来る前までの彼らの横暴っぷりは説明したよね。琴音も見たでしょ?目の前で尊い命を簡単に潰した。その事実は変えようのない真実だから。本音を言うと、私も許したくない。今でもあの人たちを見ると腑が煮えくり返りそうになる」
希望の初めて聞くその威圧的な言葉の数々は、どれも否定できないものだった。何故なら自分も感じていることだから。
こういう決め事をする時、1番良くないのは自分の感情に任せて勝手に判断を下すことだ。でも、今回私はそれを自制できる自信がない。
希望も同じ事を考えていたのだろう。その眼光は見た事ないほどにギラつき、そして葛藤に満ちていた。
「安心して、琴音。私もわかってるから。感情に流されて物事を決めてはいけないって。だけど、だけどさ……」
希望は、今にも血が滲み出しそうなほど力強く唇を噛んだ。その表情は葛藤を越え、苦悶に満ちていた。私はそんな希望に声をかけることができなかった。
私が何も言えず黙っている目の前で希望は搾り出すようにして、私にとてつもない事実を伝えた。
「私の弟は……あいつに、殺された!!許してやる方が難しいに決まってる!!」
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琴音が来る少し前の話だ。っと、この話をする前に少しだけわたしの家族構成の話をする必要があるね。
わたしの家族は4人家族だった。お父さんとお母さん。わたしと弟。仲も良くて、円満な家庭であったと自負している。
そんな家族という繋がりは、あの空から化け物が襲来した日から2人だけになってしまった。お父さんとお母さんはわたしと弟を庇って、その身体を化け物に捕食された。
わたしに残された家族は弟だけになった。弟は生まれつき、身体が弱かった。普段から薬を飲んでいないといつ発作が起きるかわからない。そんな状況の中、弟は運悪く地下街に逃げた次の日に酷い発熱を起こした。偶然逃げ込んでいた医者に見せると、本格的な医療を提供できず、埋め合わせ程度の薬しかないこの状況では命が持たないと言われた。
絶対に助けて見せるとわたしは何度も弟に語りかけた。その度に、弟は小さく笑って頷いた。
これが丁度、琴音が来る1週間前の話。
それから四日後のことだ。弟の体調が劇的に悪化した。もう助からないかもしれない……。そう言われた。
だけど、わたしはまだ諦めていなかった。これ以上、何かを失うのが嫌だったから。わたしは必死になって色んな人に薬や栄養サプリ、物資を提供してもらった。
もしかしたら助かるかもしれない!そう思った矢先のこと。わたしが必死に手に入れた様々なものは地下街で横暴を振るっていた男達に全て取られた。わたしは抵抗したが、小さい女の子が大人の男性に勝てるわけもない。そしてその男達は去り際に、わたしを見下しながら言い放った。
「そんなもう死ぬ直前の命、助けても無駄だろ。俺たちが使った方が良いに決まってる」
無駄?無駄だって?そんなことあるわけがない!どんな命にだって救われる権利はあるはずだ!
この子はこんな辛い目をするために生まれてきたのか!?おかしい!何もかもおかしい!!
理不尽に打ちのめされたわたしは、意識が朦朧としていく弟に「ごめんね。こんなお姉ちゃんで、ごめんね……」と謝り続けた。それでも弟は私に小さく笑ってくれた。
次の日の朝、目を覚ますと弟の身体は冷たくなっていた。遺体は地下街の中でも最奥の噴水がある広場に捨てられた。言葉の意味通り、捨てられたのだ。
この日を境にこれを良しとしない正義感の強い人たちがようやく立ち上がった。秩序は少しだけ改善し、物資も僅かではあるが浸透し出した。それでもいつ暴動が起きるかわからない。まともに寝ることすら出来ないような状況に地下街はなってしまった。
これが琴音が来る2日前のこと。次の日、わたしの友達であった奏の妹、三葉ちゃんが熱を出した。わたしの弟の事があったからか、奏はずっと泣いていた。
弟を失い、茫然自失としていたわたしはこの時再び立ち上がった。2度と自分と弟と同じ目に遭う人がいるのはごめんだったから。
それからわたしは周りの目を盗み、バリケードにできていた僅かな隙間を縫って外に出た。
そこでわたしは琴音に出会ったのである。
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「別に直接手を下されたわけじゃない。それでも、私は許せない。何があっても」
希望の言葉には確固たる意思があった。私の安っぽい言葉の一つや二つで変わるものではないとわかるほどには。
「前話した外に出た理由が、逃げ出そうとしたって話はただの誤魔化し」
希望は「でもさ……」と続きの言葉を小さい声で紡いだ。
「私も復讐がしたいわけじゃない……。死んで欲しいわけでもない……。ただ、罪を重ねた人は、生きることによってその罪を償って欲しいと思う」
消え入りそうなほどの小さな言葉のどれも間違いなく希望の本心だと、私は思った。
希望の中にある相反する気持ち。自分でもどちらが良いのかわからないのだろう。その気持ちはよくわかる。
(ジレンマ、だね……)
希望の心境を簡単に表すにはそれしかなかった。
「琴音。私は、どうしたらいいの?」
「………」
「私はもう自分ではどうすれば良いかわからない。私は琴音が決めたことに今回ばかりはついて行くよ」
「本当にそれで良いの?」
「うん。だって、本当にわからないから……」
希望の消え入りそうな声は、冷たい舗装された通路に染み込んでいった。希望が私の目を見てはっきりと自分の意思を示さなかったのは今回が初めてだ。
私は希望がこう言った話とは縁遠いと勝手に思い込んでいた。常に笑顔で、誰に対しても明るく接している。その裏側にこれほどまでの激情を抱え込んでいた事に、私は3ヶ月も一緒にいながら気づいてあげられなかった。今、私はそれが何よりも情けなく感じている。
「ごめん。希望」
私の口から最初に出てきた言葉は謝罪の言葉だった。希望は顔を上げると、私の顔を見て突然破顔した。
「なんで琴音が泣きそうになってるの」
「だって…私、自分のことしか頭に無くて。いつも希望は私を気遣っていてくれたのに…私は希望のことを何一つ知らなくて……。知ろうともしなくて……」
知る機会はいつでもあったはず。3ヶ月前、外に初めて物資を取りに行った時、私は無理にでも聞いておくべきだったと後になった今、情けなさと同時に後悔も押し寄せて来ていた。
涙が今にも溢れ出しそうになり、私の視界は歪んでいる。だが、目の当たり触れた冷たい感触と共に、視界が突然鮮明になった。
「泣かないでよ。琴音」
希望の手が私の目の下に伸ばされており、私の涙を拭ったのだとすぐに気がついた。
「琴音は優しいからさ。この話を聞いた時、ショックを受けるんじゃないかと思ったの。だから私は話さなかった。これは私の責任」
「希望……」
「それに、私はあの日琴音に会えてよかったと思ってる。弟が繋いでくれた縁なんだって今なら思えるから」
「なんでそんな泣かせるようなこと言うかなあ…」
「くくっ。もしかして琴音って意外と泣き虫?ずっと私たちの前で取り繕ってるだけ?」
「ぐすっ。わかんない」
揶揄われるのが恥ずかしくなって私は乱暴に目を擦った。希望に「は、腫れるよ?」と心配されたがそんなことなんてお構いなしだ。
私は今一度強く擦った後、希望の目を真っ直ぐに見据えた。
「変な顔」
「うるさい……。希望、本当に結論は私の独断で出して良いんだね」
「うん。私はそうして欲しいと思ってる。さっきからずっと言ってるけど、私には正解がわからないから」
「OK。なら、希望には今から私が言うことをいつもの5人に伝えて来て欲しい。えっとねーーーーー」
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「結論は出ましたか?お兄さん方」
宣言通り、私は早朝の時間に彼らの前に姿を現した。同じタイミングで私は彼らの人数を目だけで確認する。
(3人足りない)
大方予想通り。その事に気づかせないように私はニコニコといつものように笑顔を貼り付けて彼らに対峙する。
彼らは私の姿を見ると顔を顰めるが、その顔には疲労の色が色濃く見えている。
(寝れなかったのかな?)
なんの自慢にもならないが、私はここに来て3ヶ月まともに寝た日はない。常に合計1時間から2時間の休憩をしては、常に神経を尖らせている。
普通なら壊れてしまいそうなこの生活も、既に慣れてしまった今となっては私の中では常識の範疇となり始めていた。
私の話はどうでも良くてですよ。この人たちの出した結論を先に書いておかないといけないよね。
「で、どちらを選択したんですか?」
「俺たちは、どちらも選択しない」
「えぇ………。意地張るのもダサいですよ……」
予想外というか予想通りと言うか。正直このパターンも想定はしていたので驚きこそしなかったが、本当にそうするのか。と言う素直な気持ちが口をついてしまった。
だが、彼らも特に気にはしていなかったみたいで私の戯言をスルーして話を続けた。
「意地は張ってない。どちらにせよ、俺たちは死ぬ。今は良いがそのうちジリ貧だろ?」
「そうですね。それは間違いないかと」
否定する理由もないので頷いておくと、彼らは勝ち誇ったようにニンマリと頬を吊り上げた。
「この3ヶ月で人望を掌握した勇者様がそう言うんだ。俺らも諦めがつくってもんよ」
なんだか嫌な雰囲気を感じつつも、私は彼らなりの案を伺った。
「ちなみにあなた方の考えたもう一つの選択肢お聞かせくださいます?」
「そりゃあお前、決まってるだろ。全員道連れだよ」
「わあぉ……」
馬鹿なのかなこの人たち。とは決して口には出さないが、きっと今の私はとんでもないくらいの綺麗な苦笑いを浮かべていることだろう。
「道連れとは一体、何をなさるおつもりで……」
「見てればわかるよ」
彼らは立ち上がり、傍にあったライトを掴み上げた。私はその瞬間、これが合図をするためのものだと気がつく。
明かりがなく真っ暗なこの地下通路では、光は遠くにまで届く。しかも彼らが向いた方向にあるのはーーーーー。
「あははははははは!もう終わりだ!お前のその面も二度と見なくて済むね!ほら、早く助けに行けよ!皆死んじまうぞ!」
高らかに道連れという勝利を手にした宣言をする彼らに対して、私はわざとらしく大きくため息をついた。
彼らも最初は勝ち誇っていたが、何も起きない事で段々とその顔色が青くなっていく。
「あなた達のしそうなことは全部私の計算内ですよ。バリケードを破壊しようと言う初心に立ち返るのもわかりやすくて私にはありがたかったね。あっ、そうだそうだ。バリケード破壊係のお友達さんは皆は今頃無事に保護されてると思いますよ」
「うそ、だ。たった1日で俺たちが準備していたことがわかるわけ」
「言ったでしょう?あまり私を舐めない方がいいと。それにずっと警戒はしていました。臆病な人ほど、周りを巻き込みたがるものですからね」
私は過去の記憶を踏み潰すように自分のつま先をぐりぐりと舗装された通路に押し付ける。その度に鳴る、キュッ。キュッ。という高い音が悲鳴のように私の耳には聞こえた。
私はそのまま視線を前には向かず、つま先だけを見つめ続ける。すると痺れを切らした彼の取り巻きの1人が私の胸ぐらを掴んで悲鳴にも近い叫びをあげた。
「じゃあ俺たちはどうすれば良かった!?このまま外に出て死ねば良かったのか!?あの化け物に無惨に殺されて!?俺たちの命はそんなものかよ!!」
彼のうわずった声はトンネル状の地下空間にはよく響いた。遠くへ、遠くへと音が消えていくのを私は黙って聴き続けた。
全ての音が一度消え、数秒の沈黙の後、私は息を吸い込んでから胸ぐらを掴んだ男の目を真っ直ぐと力強く見返す。
「ああ、そうだ!今の私にとってあなた達は助ける勘定にすら入ってない!俺たちの命はそんなものか?当然だね!!自分たちが生き残るためだけに他人を蹴落とし、殺し!いざ、自分が死ぬかもしれないとわかったら都合よく喚き散らかす!誰かを巻き込んでやろうなんて幼稚な思考に至る!そんな自己中心的な人間を誰が好き好んで助けてやるって言うんだ!!」
私がここまで激昂すると思っていなかったのだろう。男はすぐに私の胸ぐらから手を離す。
私は軽く咳き込んだ後、弓を構えて尚も彼らに鋭い視線と言葉を送り続けた。
「お前達に殺された人達は死ぬ必要なんてなかったはずだ。あの母親も赤ちゃんも。希望の弟も!!お前達が当然のように殺し!物のように捨て!奥の噴水で朽ちていくあの人達にお前達は何か少しでも弔おうと思ったか!」
「…………」
「私がお前達に救いの手を差し伸べたのはこれ以上、私は誰も死んでほしくないからだ!だと言うのにお前達は何一つと弔いも、反省すらもしていない!人を殺したことを、殺すなんとも思っていない!お前達は、あの化け物と同じだ!!」
目は心の鏡。そう思ったのはつい昨日のことだ。私の目は今、どう見えているのだろう。きっとこれ以上無いくらいの殺意がこもっているように見えていることだろう。
彼らは私を見て怯えている。彼らの目の焦点は今にも彼らめがけて放たれようとしている矢に集中していた。【生弓矢】はその気になれば容赦せずその矢を放つ。彼らのリーダーである男もそれを知っているからか、歯をガチガチと鳴らしていた。
(情けない)
良い大人が12歳の子供の前で涙を流しながら懇願している。こんな役にも立たなさそうな人たちを生かしておく意味も、今の私は感じていない。
それでもこの矢を放つことは私自身が許さない。私が私である以上、それはしないと決めている。
私は弓を下ろすとこれまた大仰にため息をついた。そして私は振り返ると暗い地下街の奥に向かって声を上げた。
「希望ーーー!!!」
その声が響いた直後、希望が闇の中から姿を見せた。予想よりも早い登場に私の喉からは「んあっ」と言う何処から出てきたのかわからない声が漏れた。うーん。私も格好つかない。
希望は私の方をチラリと見ると小さく頷く。私もそれに頷き返す。希望は彼らの前に出ると、とある物を投げた。
「ちゃんと見てください」
希望の冷たい声が私の鼓膜を揺さぶる。この声で私、ちょっと罵倒されたいかもしれない……。とか言う変態的な気持ちは置いておきまして。
私は再び彼らに目を向けた。彼らは手に取ったそれを見て、嗚咽を漏らす者。身体を震わせる者。必死にそれから目を背けようとするなどの反応を見せた。希望は追い討ちをかけるようにそれが何であるかを教える。
「これはあなた達が殺した人たちの写真です」
「しゃ、写真?こんなものどこで……」
「あなた達はこれから一生、この人達の命を背負って生きていってもらいます。途中で投げ出したり、今回のように誰かを巻き込むようなことは許しません。ましてや、死ぬなどは言語道断です。これはここにいる人達全ての思い。それをしっかりと噛み締めて、生き続けてください。人の命の重みを背負ったまま生きること。これがあなた達に対する、私たちなりの処罰です」
希望はそれだけを言い残すと、背を向けてまた闇の中へと消え去っていった。何と言いますか……演出が上手いですねえ。
さてと、私も演技に戻りますか。えっと、少しだけ目つきを鋭くして……。よし、これでOK。
「あなた達が化け物ではなく、人であるならその証拠を私たちに見せてください。それを見せられないのであれば……。どうなるかお分かりですね」
「は、はい」
「と言うわけなので、あなた達は晴れてここから追い出されることもありません。私は引き続き、死ぬ気であなた達を守り通します」
私は最後にこれまでの表情を一気に崩して、彼らに最大級の笑顔を見せる。彼らはその笑顔すら怖かったのか「ひっ」と息を詰めた。それだと私が化け物みたいじゃないか。私はそれに爆笑しそうになりながら、笑いを堪えたまま彼らの前から姿を消したのだった。
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カツン。カツン。と自分の足元から出る音はどうしてか空虚な物だった。その空虚な音が希望の背中に追いつく。
希望は足音だけで誰なのかわかったのか、ゆっくりとこちらを振り返った。
「お疲れ様、琴音」
「よく私だとわかったね」
「耳はいい方だから」
希望は少し自慢気に胸を張る。だけど、裏腹に希望の表情はどうしても晴れないものではあった。
今回のやり方は私の独断で決め、ここにいる人達にもこう言った対応をすると伝えてある。賛同も得た。それでも多くの人はこの程度で彼らは変わらないと感じているらしかった。希望もそのうちの1人だ。
「こんなに悔しい思いをしたのは初めてかなあ」
「そっか」
「うん。でも、良かったとも思ってる。これでまた次、同じような事になった時誰も責められないから」
それが狙いだったんでしょ?と希望は私にフニャっとした柔らかい笑みを向けた。
「まあね。思い通りに行って一安心って感じ。私の予想より早くバリケード破壊されてたらやばかったけどね」
「そこは琴音の判断能力のおかげだよ」
「ふふっ。なんか、褒められるのも悪くないね」
「素直に嬉しいって言えば良いのに」
希望はそう言って、私の頬に人差し指を伸ばして突く。それがこしょばゆくて私は辞めてよ。とケラケラ笑った。
仕返しとばかりに私も希望の柔らかい頬を突いた。久しぶりに年相応の事をしている気がして、そう思わず呟くと2人とも同時に大きく吹き出した。
ひとしきり笑い合い、数秒の沈黙が私たちの周りを覆う。私はなんとなしにジッと希望を見つめ続けた。改めて見てみると希望は顔立ちは整っているし、まつ毛や髪など細かいところも綺麗。世界がこんなのじゃないならさぞかし男の子にはモテる事だろう。私もドキドキする。
希望の綺麗な透き通るような黒色の目に映る私の見た目はお世辞にも綺麗だとも可愛いとも言えないもので、自己肯定感が右肩下がり。
希望は私の表情が突然浮かないものになったので頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
なんだかそれが悔しくて私は指を伸ばして希望のおでこを軽く弾いてから、希望の隣をすり抜けるようにして足を踏み出した。
背中越しにやったな!と楽しそうな声が聞こえてきて、私はそれから逃げるようにさらに足を早める。私に小走りで追いついた希望は私のお尻を優しく蹴り上げた。
「いった!いつも思うけど希望私に殺意高くない!?」
「琴音が先に始めたんでしょ!」
先程までとは逆に今度は希望が先に走り始め、私に追いついてみろと挑発を繰り返す。
私も乗り気になって希望に追いつくために走り出す。
1つの大仕事を終えた私と希望はこの一瞬だけ、ただの小学生に戻れた気がした。
それから数週間後のこと……。
彼らは外で死体となって見つかった。死因は化け物によって全身を噛みちぎられた事による失血死。原型は留めておらず、唯一彼らであると手がかりになったのは例の写真と服装だけ。なぜ外に出ようと思ったのか、結局それは誰にもわからずじまい。
私たちしか通れないようにしてあった外に続く通路を通って、外に出たのだろう。死体はその出口の付近でまばらに散らばっていた。
「なんだかなあ……。やり方、間違えちゃったかな」
私は1人、人気のない通路に座り込んで呟いた。だけど、あれしか私は方法を思いつかなかった。
あのやり方が彼らを死へと追い込んだのなら、私はどうすれば良かったのか。私の善意は表裏一体で、彼らには悪意にしかならなかったのだろうか。
「まあ……。不安要素が勝手に消えてくれたと思えば話は早い、か」
心にもない事を言ってみるが心にできてしまった傷口に塩を塗るだけで、何一つと解決にはならない。
ここにいる人達全員が今のこの世界を楽観的に見てもらう。それが自分の生き方を方向転換してまで私の掲げた目的だ。それがこの一瞬で崩れ落ちようとしていた。
だけど、もう私は止まれない。ここ4ヶ月貫いてきたこの姿を今更変えることはできないのだから。
私は唇を強く噛み、悲しみという優しさを心の奥底へと沈め込め、何重にも鍵をかけたのだった。