世界が暗闇に閉ざされた時、人々は救世主を求めるものである。ちょっと捻った例で言えばヒトラーなんかが挙げられるだろう。彼のやり方は結果的に見れば全て間違いだった。一部の民族を迫害などする必要は無かったし、殺す必要もなかった。世界大戦を起こす必要もなかった。世界最悪の犯罪者と言われることは仕方ないとわたしも思う。
それでも、彼はドイツの人々には待ち焦がれていた救世主のようなものであったのは否定したくても、変えられぬ事実だ。誰もが最後の希望としてあの一瞬はヒトラーという1人の男に酔い狂った。再三言うがヒトラーは歴史上稀に見るほどに凶悪であり、許されるような存在ではない。しかし、闇に隠れた陽の部分はヒトラーと言えど決して悪いとは言えない。
わたしは琴音を同じ救世主ではあるがイエスではなく、ヒトラーに近い存在として見ていた。
実際、琴音の天才ぶりは確認した通りである。人々を鼓舞する言葉は甘美な響きを伴っていたし、物事の実行能力は期待通りに全てこなしていた。皆、琴音の言うことならば全て正しいと思わせる力があった。
常に上から命令し続けてきていたわけでもない。自分が外部の人間であることを分かった上で、地下に避難していた人々から話を聞き、出来る限りの努力を持ってその声に応え続けた。
また、琴音も同様に陽の部分ばかりではない。かなり強行な事も行ったし、見る人によっては半年前の男たちの集団自殺は琴音が強要したようにも見えなくもない。しかも、わたしは琴音の案に乗った。わたしは言ってしまえばヒトラーを支持した民衆の1人だ。
(けど、琴音は何も悪いことはしてないよね)
この地下避難施設ではあれ以上の方法は無かったとわたしも思っている。バラバラになった集団をまとめるには、琴音は自分の力を周りに示す以外に無かったのだ。
そうしなければ、また略奪や殺害が横行するのだから。
かれこれ1週間と少しの時があれから流れており、今はわたしは琴音と共に地下通路の奥の方に幽閉されている。普段であれば前に出て、説得にあたる琴音も左眼を潰され、投げられる罵倒の数々に疲れてしまったのか、わたしからも距離が離れたところで静かに眠っていた。
「あの人たち、私達を追いやるのはいいけど、何一つと問題の解決になってない事に気がつかないのかな」
実際、ちょくちょく情報を持ってきてくれる奏は2人が色々やってくれていた方がマシだったと嘆いていた。
わたしと琴音がどうしてこの1年間、避難施設の近辺でだけ活動していたのかその理由すらも彼らは忘れてしまったらしかった。
(ただ、わたし達の誤算と言えば、あの化け物がわたし達の食べられるものを把握していて、それを潰しにかかっていたことか)
琴音は再三、奴らの持ち合わせる知性には警鐘を鳴らしていたが、進行の度合いが酷くなるたびに頭の中から抜け落ちてしまっていたのだろう。それが先日の敗北をもたらした。
わたしも、化け物達の位置でその可能性に気がついていたなら、もう少し早く伝えるべきだったと反省している。それも後の祭りではあるが。
「琴音、起きてる?」
呼びかけても琴音からの返事はない。聞こえてくるのは気持ちよさそうな寝息だけ。
(夢の中だけでも、幸せで居られるなら起こす必要はないかな)
辛い思いばかりしても、この1年間泣き言も一度も言わなかった琴音が初めて現実から目を背けている。
何だか不思議とわたしはそれが嬉しかった。どれだけ遠くの存在に感じていた琴音も、わたしと同じ女の子だって思えるから。
「そう言えば、去年の今頃琴音が確か何か言っていたような」
ふと思い出される去年の夏、2人でした話。
『もしもさ、私がこの先道に迷ったらその時は希望が私の道標になってよ』
確かに琴音はわたしにそう言った。屈託のない笑顔で、わたしを勇気づけるために。
(琴音は四国に戻るのを辞めてまでわたし達のもとに残ってくれたじゃないか……。この1年間、琴音がしてきたことを否定されて、わたしは黙って見てろって言うの?)
今思えばわたしは全ての嫌な役を琴音に押し付けてきた。わたしだけじゃない。ここにいる人達は全てを琴音に押し付けていた。そしてそれを琴音は何一つ見返りなしに背負い続けてくれていた。
(わたしの弟の件だって、ほぼ私怨なのに。本当ならわたしがすべきだった事を琴音は代わりにやってくれた)
今回の食糧が無くなったことに対する責任も、琴音が全て背負ってくれる。皆、そう思ってるからこそここまで酷い扱いが出来るのだ。
(さっき勝手にヒトラーで例えたけど、わたし達が琴音に対してそう言うイメージをつけさせただけで、実際はジャンヌダルク?)
先程からついつい歴史好きなわたしの一面が顔をひょっこりと覗かせているが、それは無視してほしい。
(何がともあれ琴音は今、自分の進むべき道がまたわからなくなり始めてる。それなら……)
琴音が再び立ち上がるその時まで、わたしが頑張るしかないよね!
わたしだって神様に見そめられた『巫女』の端くれ。やる時はやって見せましょうとも!
わたしは自分にかけていた毛布を琴音にかけてあげると、よし!と一度自分の頬を叩いて気合いを入れる。そして、近くにあったウインドブレーカーを引っ掴むと同時に立ち上がった。
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「うぅ…勢いで出てきたけど、今の私見つかったら結構やばいんだよなあ……」
なんか下手したら簡単にやられそうな雰囲気を肌でひしひしと感じている。ルイ16世のヴァレンヌ逃亡事件もこんな気分だったのだろうか。
歴史というのは昔の人と自分を重ね、当時に思いを馳せることができる唯一無二の学問だ。心底わたしは好きです。
(って、だからどうでもいいって!)
余計な思考を振り払って目の前の状況だけに集中する。
(やっぱり私だと顔割れてるし、ちょっと厳しい?)
柱の影から顔だけを出して辺りを確認して、唯一の味方となってくれそうな奏を探す。
しかし、わたしは途中で奏を探すのを辞めた。もしかしたら奏を巻き込めば、彼女も酷い目に遭わされるのではないかと思ったからだ。
わたしの願いとしてはあの姉妹には最後の時まで一緒にいて欲しいと思う。自分が弟にしてやれなかった事を、奏には是非とも三葉ちゃんにしてあげてほしい。
(隠れるのもめんどいし、正々堂々と行くのが1番良い気がしてきたぞ)
何されても自我だけは保とう。そんな悲壮感に満ちた決意と共にわたしは前に出る。
通路の脇で座り込みながら、わたしを見る人々の視線は冷たいものばかりであると同時に、中には同情に近いものも含まれていた。
例え同情だったとしても、わたしにはそれがどれほど心の支えとなるかわかる人は少ないだろう。
前へ進むごとにわたしの耳にはいつぞやのように怒声が聞こえてきた。それだけで、また揉め事をしているのがすぐにわかった。小さい子供は耳を塞ぎ、父親はその子供に怖くないから。と語りかけている。
その父親がわたしを視界にとらえた。すると、彼はわたしを手招きした。
「どうしました?今、あまり私には関わらない方がいいですよ」
わたしが小声でそっと耳打ちすると、彼は苦笑いを浮かべたがすぐにその表情を崩した。
「それはそうなんだが、僕は君たち2人に言いたいことがあるんだ」
「はい?」
「あまり大っぴらには今は言えないがね、本当なら僕たちは君たち2人を責める謂れはないのさ。それに、僕はまだ君たち2人を信じてる」
「そう、ですか」
わたしが疑いの目を向けると、彼は人懐っこい笑みを浮かべた。
「信じてくれなくてもいいさ。それに、僕は無責任にも今は守られる立場だ。君たちのやってきた事を否定するのはお門違いだからね」
何だかもう今は彼の言葉が全て嘘でも良かった。ここ1週間、行動を否定され続けたのを考えれば、彼の言葉はとても温かい。
わたしは彼に頭を下げ、子供の方にも頑張って鍛えたスマイルをお見舞いしてやった。
その子の顔が僅かに紅潮したので、まあいいだろう。合格。と勝手に自分の練習の成果に満足してわたしは彼らから離れる。
奥に進めば進むほど、彼らの憤りに満ちた怒号が飛び交っているのが鮮明に耳に入ってくる。
しかもその中では、わたし達に対する処分の議論すら交わされてるではないか。
結末は後味の悪いものになったものの、何故1年前、琴音があのタチの悪い男達を必死に守ろうとしたのかそれにすら気づかないのか。
何か悪事を働いた際、外に追放すれば良い。その人の命を奪えば良いという選択肢をあらかじめ潰しておくために、琴音とわたしは彼らが『生きる』事によって償ってもらおうとした。
わたしはふと思う。あの男達はこうなる事を見越して集団自殺という手段をとったのだろうか。
(琴音とわたしに逆らったらこうなるって周りに示せるし、証拠を残さなければわたし達が脅して外に連れ出したと、暗に憶測を広げられる。しかもそれを助長するように琴音は彼らに一度矢を放ってる……。そう捉えられてもおかしくはない、か)
そうしたら、わたし達は一本取られた。彼らなりの最期の抵抗は十分効力を成し、わたし達を苦しめている。
でも一つ言わせてほしい。元々、琴音とわたしに彼らを追い出そうと言い出したのは別の人々だ。琴音は、周りの意見を尊重し、行動に移したに過ぎないのだから、どうしてここまで責められる謂れがあるのか。
(本当に何もかも琴音に押し付けて……。いくら琴音が天才でも、所詮は中学一年生なのに。みんなが焦るだろうからと自分の身体の不調を押してまで食糧を取りに行って、一生残る傷跡をその左眼に残した……。やっぱりこの世界は理不尽だよ)
その理不尽に抗うしか、この世界で生き残る手段はないとわかってる。けれどもわたしは何度も思う。この理不尽を背負うには、わたし達はまだ未熟すぎた。
わたしは呼吸を整えてから、前を力強く見る。これはわたしの戦いだ。その責任は琴音には絶対負わせない。
わたしは唇をキュッと強く引き締め、この避難所におけるリーダー達が争っている場へと足を踏み入れた。
わたしの足音はわかりやすいのだろうか。激しい言葉の応酬の中でも、彼らはわたしの存在に気がついた。
「どうして君がそこにいる。全ての決まり事が終わるまで奥で待機してろと言ったはずだが」
あの真面目な、最初の方に琴音を信じると言った青年は見る影もなく、わたしに対して鋭い視線と言葉をぶつける。
わたしはそれには怯まず、毅然とした態度で彼に挑んだ。
「本当ならそうするつもりでした。それでも、私は貴方達と話がしたいと思い、約束を破ってここに来ました」
話し合いがしたい。その言葉はより一層彼らの視線を厳しいものへと変えた。
「話し合いなどする必要はない。君たちはもう用無しだ。我々は君たちをもう信用することなどしないし、2人分の食糧を減らすことができる」
そんなの間違っている。私はすかさずに反論をした。
「その考えが既に変だと言ってるんです。所詮、私と琴音に対する物資を無くせたとして、それに何の意味があるんですか。それに気づくためにも、まずは冷静になるための話し合いをする必要があるんです!」
わたしの言葉は案外彼らからしてみれば的を得たのか、彼らは黙りこくった。
先程まで響いていた声が無くなると、唐突にこの空間には静寂が満ちる。地下をあの独特な風だけが、わたし達の愚かな姿を笑いながら縦横無尽にかけ回った。
その風に背中を押されるようにして、私は頭を下げた。
「物資補給地点があの化け物に潰されたのは私も琴音も計算外でした。それは認めざるを得ません。それを含め、皆さんを不安で押し潰させるような結果になってしまった事は謝罪します」
「自分たちの非を認めるの?」
最初に琴音に同調した女性が私に冷たい視線を注ぐ。私はそれを全て受け止める。
「はい。これはこの1年間、この場の指揮を取っていた私と琴音のミスです」
私はしっかりとその覆しがたい事実を飲み込んだ。それは、私が成長するためにも、琴音を守るためにも必要なことだから。
「今、あなた達が一体何をどうしようとしているのか私にはわかりません。それを踏まえて、私はあなた達に問いたい。琴音がしてきたことは全て間違いでしたか?琴音は皆が笑顔で、こんな暗い絶望に満ちた世界でも楽観的でいられるように必死に努力してきました。それをあなた達は知らないと言って見ぬふりをするんですか」
「それとこれとは話がーーーーー」
話に割って入ってこようとするパッとしない中年の男性を私は目だけで一蹴した。
「別だとは言わせません!琴音がいなければ私達はとっくの昔に全滅してます」
「だけど、君たちは負けたじゃないか。あれだけ勝つと、大丈夫だと豪語しておきながら」
あまりにも引き際をわきまえないこの男性。なんというか、これまで人の粗探ししかしてこなかったのだろうなあ。というのが口調からも伝わってきて、わたしは思わず不躾な言葉をぶつけた。
「じゃあ、琴音はあなた達に何と言えばよかったんですか?私、これから負けてきまーす。と言えば、あなた達は琴音にあれほどまでの扱いをしなかったんですか?」
なんだか気がついてきた。本当にこの人たちは自分たちが責任という責任を負いたくないのだと。
進んで誰かの為に動き続けるわたしと琴音は恰好の標的だったのだ。
わたしが更なる反論の言葉をぶつけようとした、その瞬間。わたしの中で猛烈な違和感が渦巻き始める。
わたしはあの化け物の位置を赤い点として把握している。先程から確かに意識をすればこの上を周回している化け物がいる事は知っていた。その化け物を示す多くの赤い点が、あの入り口の付近に集結してきている。
(まさか、嘘!)
「なんだ、それ以上言う事はないのか?ってうおっ!?」
「邪魔!どいて!」
ニヤニヤとわたしに挑発的な視線を向ける彼を押し除けて、わたしは外へ続く唯一の出入り口へ走った。
自分ではあの化け物に対抗できるはずがないのに、わたしは無我夢中で走った。そして、たどり着いた入り口近くの曲がり角の陰から覗き込むとわたしは呼吸する事を忘れた。
(防護壁が破壊されてる!もしかして、琴音が動けなくなってる事に気がついてる!?)
わたしは再び来た道を全力で戻った。度々後ろを振り返るが、今の所わたしを追いかけてくる化け物は一体もいない。それだけが救いだと言えた。
わたしは彼らの下に戻ると中年の男性が因縁をつけるような目でわたしを見下ろす。
「お前、途中で逃げ出すとはなさけなーーーーー」
「逃げるのはあなた達です!早く!早く奥に逃げてください!」
「なに?」
「化け物が中に入って来てます!良いから急いで!」
周りにいたリーダー以外の人の中にも段々とざわめきが広がっていく。まだその事実を受け入れたくないのか、そんなわけないと頬を引き攣らせる人もいた。
そして次の瞬間、外との出入り口の近くから金属がバラバラになる音と、耳をつんざくほどの轟音が響き渡り、それは人々に恐怖という感情を一気に増幅させる。
悲鳴が所々から上がり、人々はその身一つで我先にと逃げ出した。先程までわたしに挑発的な視線や言葉を送っていた彼も一目散に逃げ出しており、他のリーダー達もここが最前線となる事を理解したのか、人の波に続くようにして奥へ逃げた人々の後を追っていった。
(どうする。どうするどうする!)
わたし1人ここに残ったところで、わたしには戦う力がない。残り僅かな時間でたどり着くであろう化け物と対峙して、何をすれば良いというのだ。
(急転直下すぎるって!いくらなんでも!)
琴音はバリケードを破壊しても大丈夫と言っていた。中に入る化け物はしばらく現れないとも言っていた。だけど、その理由の前提として、琴音が戦えるということがあったのだとしたら?
(考えても仕方がない!とりあえず、そこらにあるライトを全部付けて、化け物が来る方を照らす!)
時間はない。わたしは咄嗟の判断でそれぞれ避難者が持っていたライトをかき集めて、全て点灯させて出入り口の方へと向けた。
暗闇が一気に照らされて、視界は鮮明となる。わたしは無意識のうちに膝を震わせた。
照らされた目の鼻と先には既に化け物が何体も集結している。その光景はかつて見たどの光景よりも、わたしに絶望を与えた。
(………もう、ダメかも)
逃げないといけないのに、わたしはその場から一歩も足が動かない。ここでようやく、わたしは自分がずっと呼吸を止めていた事に気がついた。
化け物はゆっくりとその巨体を揺らしながら、わたしの下へと近づいてくる。
(こんな、呆気ないの?私の最期って)
死ぬ間際、走馬灯を見るなんて話があるがそれは嘘だとわたしは思う。何故なら、現実を直視するので精一杯だから。
(せめて死ぬなら、弟のそばで……)
そのおぞましい口を開け、わたしを今にも噛みちぎらんとする化け物を目の前に、わたしがもう何もかも諦め、逃げることもやめたその時。
わたしの遥か後方から突風が吹いた。その一陣の風は、化け物を粉々に砕け散らせる。
それが誰からもたらされたものか、わたしには直ぐに気づいた。
「琴音っ!」
わたしは目の端に涙を浮かべ、泣き笑いを浮かべながら呼んだ。わたしの『希望』となった者の名を。
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「琴音…は、寝てるか」
この時、私は実を言うと起きていた。私は音だけで希望が何をしようとしているのかを判断し、ひとまず後を追うのはやめた。
私は背中で希望を見送りつつ、改めて自分を振り返る。
本当のことを言おう。私は正直、疲れてしまった。まだ心は完全に折れたわけではない。ただ、ただ疲れたのだ。
私はここにいる人の『希望の象徴』になる為に、自己を犠牲にしてこれまでやって来た。だけどそれを私は甘く見積もっていた。
『希望の象徴』となるという事は、もたらされる理不尽を全てその一身に背負わなければならないという事に他ならない。選択を間違えてもならない。象徴というのはそう言うものだ。
その象徴に私はきっと向いてなかったのだろう。ここにいる人達を安心させる為に私はこの1年間、辛いことがあっても心の奥底に感情を沈め、鍵をかけ続けた。
沈めたはずの気持ちは今にも溢れ出しそうになっていて、私が目指した象徴としての姿は一体なんだったのか、今の私は見失いそうになっている。
しかもここにいる人達から見れば私はここの全てを仕切ると宣言したわけで、責任の所在も全て私に向かう。
(思ってたよりも、本当に私…結構、心にも身体にもガタ来てたんだなあ。他人から向けられる悪意には慣れてると思ってたのに)
ここまで脆いと流石に情けがない。あれだけどうにかするとか言っておいて、気づいたらこんな奥の方に追いやられてる。
終いには私はここにいる人々を騙している魔女とか言われ、普通に殺されそう。
(左眼も完全に見えなくなるし……。なんか、包帯巻かれてて厨二臭いし……希望とも気まずくて全然会話できないし!!)
まだ伊達政宗が付けてるような眼帯を付けさせてもらった方が、私としてはスタイリッシュで良い。
しかも戦う時は勇者の服を着てるので、これでは私、ただのコスプレ好きな処刑寸前の魔女とか言う謎の称号を得る事になる。
それはどうでもいい。と言うよりも、私とて一度のミスでこんな事になるとは思っていませんでしたとも。
それになんだか、どの人も私がこうなる事を待ち望んでいたかのように動いているものだから、私としても辛いものがある。
(しかもなんだか奥の方騒がしいし。希望に何かあったのかな)
希望の事となると私の身体は疲れているとは言え、頭容易く動いた。よっこらせ。と決して13歳の少女が漏らしてならない言葉を呟きながら、起き上がり、私は出入り口の方へ視線を向ける。とんでもない爆音がその後私の耳に飛び込んできて、思わず目が点になる。その爆音は金属片がバラバラになった時のあの独特の甲高い音だった。
(金属が破壊された音がしたと言う事は……)
嫌な予感がし、私が【生弓矢】と【倶利伽羅剣】を担いで、そちらの方に向かうと同時に、正面からとんでもない量の人が、私が幽閉されていた通路に流れ込んできた。
「なに、なになになに!?」
私は突然の出来事に1人の青年の首根っこを掴んで引き留めた。何故ここに来たのかの理由を尋ねると、震える声と共に入り口の方を指差した。
「ば、化け物が!」
「あ、入られた?」
「そうです!早く助けてください!」
「OK。とりあえず逃げな」
私がその青年の首根っこを離すと、猫のように一目散に奥の方へと消えていった。奥に行くと、これまで亡くなった人たちが安置されている噴水だ。
(なんだか死に向かって走ってるみたいで面白いな)
我ながら結構なブラックジョークだと思う。身体は不調。気分も最悪。そんな状況だが、思考は絶好調だ。1週間も休み続けた甲斐もあったと言うもの。
(よし。まだ私は正気を保ってるぞ。とりあえず、他の人はどうでもいいけど希望を助けに行かないと)
私は勇者服に早着替えし、人の流れに逆らって駆け出した。どいつもこいつも逃げ出すので精一杯で、私が戦いに向かっている事に気づく人はいない。
(本当、人間って自分勝手だよね。多分、私も一緒なんだろうけど)
私は人の波を抜けると、通路の角を曲がった瞬間に【生弓矢】の鶴を引いた。
射抜くべき相手は直ぐにわかった。多くのライトで照らされた化け物は私の右眼にもよく映る。
(ナイス!希望!)
私の手元から放たれた疾風は迷いなく突き進み、狙い通りの場所へと命中した。
放たれた矢が誰のものかを確認する為に、振り向いた希望と私の視線が交差する。希望は私を視界にとらえた瞬間、目を潤め、安心し切った笑みを私に向けた。
なんだか久しぶりにまともに希望の顔を見た気がする。私は希望の顔を見た瞬間にいつもの調子が戻ってきて、擦り切れそうになっていた心はギリギリ繋ぎ止められた。
「琴音っ!」
私は一気に飛び出すと【倶利伽羅剣】を引き抜いて迫る化け物を斬り落とす。
化け物達は私の登場に臆したのか、じりじりと後ろへと下がり始めた。やっぱり奴らにも恐怖という感覚はあるらしかった。私は世界を震撼させた化け物に恐怖を与える化け物になってしまったらしい。
「ふっふっふっ。登場の仕方は完璧。台本通り!」
「台本、なんてないでしょ」
「そりゃね。で、状況は?」
「あの入り口から流れ込んできてる。それと、もう一つのバリケードが破壊されたっぽい」
「何それ絶望じゃん」
私が冗談めかして、笑いながら希望に手を伸ばすと、希望もふにゃっと可愛らしい笑みを浮かべながら私の手を取って立ち上がった。
こんな状況でも笑えるのだし、なかなかに希望は肝がすわっておられる。
「どうしようね。この状況。私なら諦めて自分だけでも逃げるけど?」
「それが出来なかったからここに残って、酷い目に遭ってるんでしょ」
「うーん。間違いない。よし、一旦皆と同じ場所まで下がろう」
「本気!?」
「もちろん。だってそれしか方法ないし。1番効率いいし」
「わざと巻き込むってこと?」
「嫌だなあ。人聞きが悪い。魔女の開催するパーティーへの招待だよ」
「そう言うところじゃないかなあ……」
呆れ気味な希望ではあるが、結構乗り気っぽいのが彼女の可愛らしい一面の一つだと私は勝手に思っている。
私は納刀し、今一度矢を放って牽制すると、希望を持ち上げて化け物に背を向けた。ただ、何故か希望は私の腕の中で暴れ出す。
「ちょっ、琴音、これは流石に私も…」
「お姫様抱っこ嫌?」
「むっ……。悪くないとは思う」
「よっしゃ。なら、希望は化け物達の位置把握に努めて。噴水までの一方通行の道に奴らを引き摺り込んで、タイミング次第でこっちから迎え撃つ。その後はその時決める!」
「うわあ。適当な作戦」
希望が追い討ちをかけるように、ずさんだなあ。と口を尖らせた。私はそれにニヤッと笑うとお姫様抱っこしていた希望を左手で担ぎ上げ、右手で【倶利伽羅剣】を抜刀し、通路両脇のお店と壁を破壊した。
私は破壊された瓦礫が積み上がるのを見届ける前に噴水へ向かって駆け出した。
「げほっ!げほっ!力技すぎる!しかもこれだと、もうあっちには戻れないよ?」
「それでいいの。時間稼ぎさえ出来れば大丈夫。どうせ奴らはあの瓦礫くらい突き破ってくれるからね」
私と希望はそれから直ぐに噴水近くの場所へと戻ってきた。皆、噴水まで行かないのはそこに遺体が幾つもあるのを知っているからだろう。
私は残された右眼だけで残された40人近くの人々の前に立ち、見渡す。恐怖の色に染まった彼らに対し、私は声を張り上げた。
「今から!ここは戦場となります!もうここから先、一歩も逃げ道はない!」
私の嬉々とした表情での宣言に、多くの者の顔には戸惑いが浮かんだ。それもそのはず。自分たちの死を宣告されたのと同じ意味であるからだ。
「お前が戦わなくてどうするんだ!早く行って追い払ってこいよ!勇者なんだろ!」
誰かが怒りの滲んだ声を上げた。それに賛同するかのように、1人2人とその声は大きくなっていく。
隣の希望は呆れを通り越して、真顔だった。それはそれで面白いのでやめていただきたい所ではあるが気持ちは私も一緒だ。
私はその声を全て塗りつぶすほどに、喉を震わせた。
「ええ、勿論戦いますよ。しかし!私はこの戦いが終わればここを去ります。後はあなた方の自由にするといい」
「じゃあ、俺らはどうすればいいんだよ!」
「のたれ死んでろ間抜け!!」
私の予想だにしない罵倒の声に希望までもが驚いていた。それを気にせず、私は続ける。
「私はあなた達を助ける為にこれから戦います。けれど、私も勇者である前に1人の人間です。私にだって会いたい人がいる!絶対に戻るって約束もした!私は、その人に生きて!必ず会わなければなりません!」
「そんなのおま、お前の勝手じゃないか」
「知らん!今の私が自分勝手だと言うのならそう言えばいい!追い出すと言ったのはあなた達だ!自分たちで決めた事一つ貫き通せないような奴に、私の命を賭けるのも馬鹿馬鹿しい!!」
その言葉によって大人達は額に青筋を立てる。私は内心、そのまま怒り続けてくれと願った。
相手が冷静でなければないほど今はいい。あちら側はまだ自分たちが私と希望を追い出すと言う事を決定してはいない。頭に血を上らせて、そうしたと思い込ませるのだ。
「私たちも貴女みたいな人に命を預けたくないわよ!守られたくもない!ずっと、今まで私たちのこと騙してきてたんでしょ!?信じられるわけーーーー」
案の定、乗ってくれた女性は言った後に口を手で押さえた。そして慌てたように周りの人の肩を掴んでは離してを繰り返している。
「なんだか、私がいなくなるのがやはり皆さんの総意みたいなので私が皆さんの為に戦うのは今回が最後です」
「ちがっ、それは」
「責任、取ってくださいね」
私が悪魔的な笑みを彼女にぶつけると、彼女はその場で膝から崩れ落ちた。周囲の人々も口々に彼女を口撃し出す。
希望が小さな声でみっともない。と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「私もそう思うよ」
私が同意すると希望はおっと。とニヤけながら口を押さえた。なんだか先程から私たち、ずっと悪役ムーブをかましている気がしてならない。
でも、酷い話。私はこの数日間で彼らに心底愛想を尽かしたみたいだった。戦うとは言ったものの、やる気が全然起きないのだから。
(勇者として、本当にあるまじき姿なんだろうなあ)
むしろ、この空間を1年間平和に取りまとめただけでも褒めてほしい。私は思う。きっと、一部を除いてこの空間には人としての善意を外に置いてきた人しか残っていない。
「はあ……。ここまで長々と考えたけど、何がしたいのか結局わからないや。まあ、考えるのは後にしてーーーー」
私が【倶利伽羅剣】を再び抜いたと同時、簡易的に先程生み出したバリケードが目の前で吹き飛ばされた。
それは化け物から私に対する宣戦布告だった。
私は希望を背後に下げると、【倶利伽羅剣】を地面に突き刺し、化け物達を見据える。
「悪いけど、ここから先は一歩も通さないよ」
私は小さく笑うと、足元に光るモノに手を伸ばした。今回限りの限定武器。私はそれを掴み上げる。それは、かつての火縄銃を模していた。
本来ならば、1人で3つも化け物と戦う力を持つことは許されない。それは人ならざるものへ近づけてしまうから。
だけども、私は使わざるを得ない。私は何を言おうとここにいる人達を救うと決めた。必ず四国に戻るとも決めた。決めたことは貫き通せ。これは私の本音であり、私の意地だ。
「化け物どもここがどこかわかるか!ここはかつて、多くの人が互いの信念のためにぶつかり!命を落とした場所だ!」
1615年。この地では大きな大きな戦があった。この火縄銃はその戦の際、とある武将が所有していたものだ。そしてそれは私を誰よりも先に、一歩向こうのステップへと進めた。
次の瞬間、私の身体に異変が起こる。勇者の服は赤い甲冑、陣羽織へとその姿を変え、腕には六文銭の家紋が現れた。
同時に私の前には兜を深く被り、顔の見えない亡霊が10人現れる。その亡霊は鉄砲を持っており、その銃口は既に化け物達へと向けられていた。
私は【倶利伽羅剣】を地面から抜き出すと化け物へ号令と共に突きつけた。
「鉄砲隊!構え!」
その亡霊達は5人1グループとなり、前と後ろに分かれる。前方の部隊は私の号令と共に銃を構えた。そして後方の部隊は前方が撃ち終わるまで待機している。
「放てっ!!」
その銃声は大阪における決戦の第二ラウンドの始まりの合図となり、火蓋は切られたのだった。