南極狼獣 作:たくわん
妖狼族、と称する種族があった。
妖術、即ち魔術系への適性を持ちやすく、個体によって使える魔術が極端に違う多様性。
獣人として生来フィジカルに優れ、前衛系
スタンドプレーに走らず、戦術を持って集団で戦う狼に由来する連携能力。
保有する因子が全体的に噛み合っており、世界全体で見ても優等種族に分等される強き種族であった。
そんな彼らだが、長きに渡り一定の縄張りを持たず放浪を続けていた。
強き種族としては異例なことだが、そこには明確な理屈がある。
第一に、彼らは強かったが、同等以上に強大な種族はいくらでもいた。
例えば夜に多大な適性を持ち、常夜の地に住むことで弱点を消した吸血氏族。
例えば前衛と後衛への適正がバランスよく高く、被弾しにくく個体数も多い妖精族。
種族固有の強大な超級職が代を超え維持される最上種族に比べれば、妖狼族も一段落ちる。
何より、人界の倫理を解さぬ
並の超級職とて手を焼く暴虐に足を止めて対応することはリスクが大きすぎると、かつての彼らは判断した。
何かあってから地を捨てるのではなく。
初めから地を捨てる生活に慣れていた方が、種族として強い。
少なくとも彼らはそう考え、術士系の
彼らのフィジカル、多様な魔術適性が放浪生活に向いていたのも続いた理由だろう。
そんな彼らに転機が訪れたのは200年ほど前。
台風のような強烈な風雨に見舞われた彼らは、命からがらその範囲から抜け出していた。
豪雨と暴風もさることながら、泥濘と化した大地とそこに繁殖する悪虫・魔物は厄介極まりなく、それこそ妖狼族でもなければ全員で生きながらえることは不可能だった。
妖狼族であっても楽ではなく、逃げる方向も選べず、出たのは風も凪ぐ氷の地。
南方のその地でこれだけ土地が冷えていることはあり得ない。
なんらかの特殊地帯であることは間違いなかったが、風雨の地よりはマシだった。
なぜか満足に探知が効かぬ地域に、妙な安心感を覚えながら進んだ先に。
彼等は一体の凍狼と出会った。
それは彼らが避けてきた、UBMの一柱にして最上位。
狼獣の頂点。凍土の支配者。氷結の化身。
【凍神狼 ヴェートル】。
永くその地を氷に閉ざした、神域の狼。
彼等の長、先頭に居た男が、惹かれるように凍狼と目があった。
そして一目見て理解した。彼が
妖狼族が変化したのか、モンスターとの間に子供を作ったのか、或いは他の何かによるものかはわからない。
妄想と断じられても仕方のないことではある。
ただ凍狼もまた彼らと同じことを感じ、妖狼族がこの地に住むのを認めたことだけが事実だった。
神に守られた土地で生きることは、一族に安心と成長を与えた。
幼い子供を守るためにリソースを割く必要が無くなる。
凍土では生命が育ちにくかったが、中央以外では適応生命を育てることが出来た。
人と獣。神と只人。
使う言葉も住まう家も違えど、どこか暖かい交流が続く。
神狼は妖狼族の狩りを見守り、襲来する怪物を退けた。
時折余った獲物を村に渡し、時折住処を訪れる子供の相手をしてやり。
年に数回開かれる祭りに訪れ、その時だけは同じ食卓を囲い、長の座に座り彼を楽しませようとする芸を見て微笑んだ。
それももはや意味なき過去。
彼が愛した一族は、既に死滅しているのだから。
ほかならぬ彼の手によって。
―――なんだ貴様は
『どうも、お偉い狼様。名乗るほどのものじゃないんですが、貴方に耳よりの話を持ってきました』
―――《魔獣言語》を覚えているのは褒めてやるが、疾く消え失せ……いや、まあいい
『ええ、ええ、私が害意を持たない限り、私に害意を持つことはできません。
我ながらいいアイテムを得たものです。
それで狼様、最近厄介な人間が喧嘩を売ってくるのが増えたとは思いませんか?』
―――そうだな。雑魚が大半だが、少々手間取るのも増えてきた
『マスターはまだまだ道半ばですからねぇ。今後はもっと強いものも増えてきますよ。
簡単に負けるとは思いませんが、質と量が高まれば傷も増える。傷が増えれば戦力も落ちる。戦力が落ちれば……守れるものも、守れなくなる』
―――それをどうにかできると言いたいのか
『ええ、ええ。私の
他者の能力の加工。伸長。新造。元の力が強いほど、少々の加工で驚くほど伸びる。
貴方ほどの存在であれば、簡単なことです』
―――あまり弄られるのは好きではないが
『
貴方が暴走することになったとしても、貴方の何が失われることになったとしても。
貴方を強くすることだけが、私の目的なのでね』
―――なにを言っている
『強大な怪物の需要は高いんですよ。
物語においても、利益においてもね。
貴方はただ力を強めて、力に呑まれてくれればいい』
―――きさ、な、こんな……
『おやすみなさい。寝て起きたら、貴方は世界最強への足掛かりを得ています。
素晴らしいことでしょう?』
妖狼族が滅ぶ、8時間前の会話である。