南極狼獣   作:たくわん

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 とある氷雪系狼獣型神話級<UBM>が、一人のマスターの手で強化された挙句暴走した。
 神獣を崇めていた村は滅び、少し離れた象皮種族の地にもその災厄が極端な冷気という形で流れ込む。
 一帯のリソースを吸いながら冷気は力を増し続け、いずれ象皮種族を、そしてレジェンダリア全土をも呑み込もうとしていた。
 そんな中、象皮種族と縁浅からぬ一人の<マスター>が立ち上がる。

 決闘ランキング二位。
 "怪獣装者""人面獣身"。
 【象王】ツァガーン。
 暴走したとはいえ神獣を襲う大罪を犯し、決闘ランカーの地位をも捨てる覚悟をした彼は、神獣を討ち、師とその種族を守ることができるのか。

 これはどこにでもいる一人の男が、神と戦い、監獄に落ちるまでの物語。



象王邁進

 

 

 

『武装は尽きず!陣は崩れず!10分に渡る死闘の末、激戦を制し決闘ランキング3位の座を守ったのは!"獣装武陣"モルフォだ!』

 

「誇りなさい。私の美しさをここまで引き出した己の力を」

 

 絢爛なる中華服を鮮血に染めて、一人の女が見栄を切る。

 闘技場中央、威風堂々と立つ美女に、席を埋め尽くす観客から視線と拍手が集まった。

 ここはレジェンダリア中央闘技場。

 この国の人気興行、決闘競技の中心地である。

 

 その日行われていたのは国家所属決闘者の番付表(ランキング)、その第三位に座る者を決める試合だった。

 最低月に一度ある昇格挑戦。

 今の決闘三位と四位は極端な相性差もなく何度も試合を重ねた相手。

 その戦いは熾烈を極めたが、最終的には現三位が意地を見せ、その地位は守られることとなった。

 あと一歩届かなかった四位は悔しがりながらも勝者を讃え、三位は胸を張って賞賛を受け入れる。

 花形闘士の決闘に会場は大いに盛り上がった。

 

 

 数分後。

 試合を終え、結界の効果で傷も治り、闘士用通路を歩く決闘三位、モルフォの前に影が差した。

 

「あら。珍しいわね。試合の()に会いに来るのは」

 

 全身に及ぶ毛皮の外套は、そのシルエットを獣のそれに寄せる。

 唯一露出している顔だけが、男が純人であることを示していた。

 袖に覆われた手の甲に獣面人身の紋章があることを、モルフォはよく知っている。

 一週間後、彼女が挑む二位、【象王】ツァガーンの姿だ。

 

「これはお前にも伝えないとって思ってさ」

 

 上位ではあるが、ツァガーンにマウントを取るような雰囲気はない。

 実際のところ両者の番付は固定されず、勝率で言えばモルフォの方がやや高い。

 技巧、研鑽、経験、技能、全てを合わせた総合力で概ね互角。

 布陣を敷いて詰ませにかかるモルフォに対し、時に隙を突き予想を超えて勝利をするツァガーンは、およそ互角のライバルと呼んで差し支えない。

 次の決闘でもいつものように互角の勝負を繰り広げ、勝った方が現一位に勝負を挑むのだと、その時のモルフォは思っていた。

 

「次の戦い、お前に切り札がないなら俺が100%勝つ。そのまま決闘一位も取る」

 

「は?」

 

 目の前のライバルがキメ顔で舐めたことを言い出すまでは、だ。

 

「また随分と調子に乗ったものね……私に対しても、現一位に対しても。

 私以上に貴方、アレと相性悪いでしょう」

 

「ま、これまではな」

 

 ニヤニヤと笑うツァガーンの顔に蹴りを入れたくなる気持ちを抑えつつ、モルフォはその美麗な顔の眉間に皺を寄せるに留める。

 現一位は特定の戦闘スタイルに対し絶対に近い異能を持つ特効型だ。

 対象範囲に属する戦闘者は多く、割合の多さがそのまま勝率の高さとなり、彼に一位の座を約束している。

 そしてツァガーンも、それなりにはモルフォも、メタ対象となるスタイルに強さを依拠していた。

 それはそのまま勝算のなさに繋がっている。

 こればかりは技巧の研鑽ではどうにもならない話だ。

 何か劇的なスタイルの変化か、よほど強力な対抗手段でもあれば話は別だが。

 

「超級進化。ではないわね」

 

「お、流石に察しがいい」

 

「貴方、そこまでの大イベントがあったら調子に乗って周囲に嬉々として言いふらすタイプだもの。

 噂で聞いてもう知ってる私にクイズ出そうとして恥をかくのが目に見えるわ」

 

「俺がライバルの洞察に感動してるところで徹底的に馬鹿にするのやめてくれる!?

 ここでお前の理解度称賛したら俺が馬鹿だって確定するじゃん!!」

 

「かわいそう。まだ馬鹿だと気付いてなかったのね」

 

「そこまでライバルを馬鹿にしてもいいことないだろ!」

 

 追い打ちをかけられ一瞬かなり傷ついていたツァガーンは、しかしすぐに調子を立て直す。

 この立ち直りの速さがツァガーンの長所でもあるが、モルフォは更に訝しむ。

 

(ここまで言えばもう2テンポは落ち込んでいるのが普段のツァガーン……立ち直りがやや早い)

 

 まんざら根拠の薄い思い込みでないと悟ったことに気付いてか、ツァガーンも胸を張って言った。

 

「悪いな、"()()()()()"、手に入ったわ」

 

「……あら。先んじられたわね」

 

 第四形態以上に到達したエンブリオが獲得する、"必殺スキル"と称される、それぞれのエンブリオの名を冠したスキルがある。

 例外なく強力なスキルだが、特異なのはその獲得タイミングの曖昧さだ。

 

 形態進化に伴い手に入れる者がいる。

 進化と関係ないタイミングで手に入る者がいる。

 第四形態に至ったことで手に入れる者がいる。

 超級(第七)にまで至っても手に入らなかった者がいる。

 

 単一能力を極め、既存スキルの上位互換として獲得された必殺スキルがある。

 単一能力を極め第六にまで至っても、長く必殺スキルが生えないエンブリオがある。

 既存の能力とは全く関係ない必殺スキルを獲得したエンブリオもある。

 

 エンブリオの強弱も、多様性も限定性も、形態の多寡もほとんど関係ない力。

 とはいえ、大抵のマスターは第六形態に至っていれば持っているものだ。

 決闘の上位ランカーでありながら保有していないツァガーンとモルフォは、それなりに例外的な存在であった。

 『獣を纏う』戦闘スタイルの類似点と共に、ゆるい連帯感を生む程度には。

 

「俺の必殺は単体としちゃ一長一短だが、俺が使うなら決定的だ。

 これまでのお前なら敵じゃねえし、使えさえすれば一位も取れる」

 

「そう。それを私に伝えたのは?」

 

「わかってるだろ? 100%勝てる勝負……それじゃ意味がないじゃねーか」

 

 青年はにやりと笑う。

 女も見下ろしてくる男に腹を立てながら、楽しさを隠しきれずに笑った。

 

「勝つために戦うんじゃねえ。ただ勝ちたいなら格下とやりゃあいい。

 競うために戦うんだ。俺が磨かれるために、俺の戦いはある」

 

 勝敗を最優先しない。故にリスクを恐れない。

 他者の賛否に囚われない。自身の心を上位に置く。

 戦いで手を抜くわけではなく、上を目指して鍛えている。

 だが順位を上げることだけに拘泥せず、自分を強くするわけではない戦闘前の小細工には力を入れず、競うために必要だと感じれば己の手の内も気軽に明かす。

 求道者のような、或いは子供のように純粋な振る舞いと在り方。

 それを悪癖と嫌う者もいるが、その真っ直ぐさこそが好ましいと、モルフォはずっと思っている。

 

「ならそうね。いいでしょう。

 私の全霊で。貴方の恥を増やしてあげるわ」

 

「ははっ、かっこいいこと言ってくれるなぁ!

 そんなお前との戦いだから、いつだって楽しみにさせられるんだ」

 

「私もよ。だから貴方も。その必殺技を抱え落ちないようになさい」

 

 未完成の切り札……それを無理矢理にでも使ってでも、目の前の強敵(ライバル)の期待に応えると決めて。

 モルフォは勝気に笑い、ツァガーンは乗り気で笑った。

 ランキング2位が決まるまで、あと一週間。

 

 ()()()()()、象皮種族の危機が知らされたのは、()()()()()のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神獣はひとり、平原にて眠っていた。

 己に植え付けられた殺戮衝動を抑えるための、僅かな理性で行った自己封印。

 眠ったままでも行使される無制御の吸収凍結能力までは封じられない。

 それでも本体が動かないことで被害は大幅に低下している。

 もし理性を失った神話の獣が一箇所に留まらず暴れていたのであれば、一帯の壊滅では済まなかっただろう。

 彼は自らの家族を守ろうとして、結果としてレジェンダリアを守っていた。

 彼の守ろうとしたものはもうないのに。

 

 結果として守っていたものさえ、遠くないうちに滅びるだろう。

 或いは女王と霊樹と戦い、地に甚大な被害を出した上で討伐されるか。

 或いは女王さえも超え、北の地の竜王のように凍土の領域を広げ続けるか。

 避けられぬ妖精女王との決戦の日。彼の蓄えている力が十分な域に達していれば勝ち、足りなければ負けるだろうが、どちらにしても余波でこの国は滅ぶ。

 彼は眠っているだけでそのレベルの広域殲滅型に至りつつあった。

 勝利には間に合うかもしれない女王の到来も、そこには絶対に間に合わない。

 この国は滅ぶ。

 細菌の王に滅ぼされた小国のように。かつて地竜王の軍勢に滅ぼされた国々のように。或いは、化身の列に滅ぼされた大陸のように。

 

 その男が居なければ。

 

「攻勢構成第一番、行くぞ!」

『ああ、やるぞマスター!』

 

 大地が爆発する。

 身を隠して近づいた人と獣が、大地を震わせるほど深く踏み込み、一度に十の拳を叩き込んだ。

 眠り込んでいた凍狼の横っ面を引っ叩く、痛烈な一撃にして十撃。

 熾烈な戦いの幕開けに相応しい、霹靂の如き一撃だった。

 

 

 【襲套雌神 ナラシンハ】の特性は『変形・変質』。

 『学び、変わること』とツァガーンは表現する。

 基本形は外套状の装備(アームズ)だが、形状変化により複数の拳を模ることも容易い。

 そして性質変化により、柔らかな布から硬き金属まで、一度触れたあらゆる物質へと変質する。

 あくまで物質そのものの模倣であるため、他者から付与されたスキルや生体の異能、装備補正は模倣できず、変形精度と最大体積にも限界があるが、それで十分。

 

 耐熱を始めとした数多の特定属性特攻・特防物質。

 一流の武器製造者が鍛錬と研磨を重ねた金属武器の武具としての攻撃力や防御力。

 接敵までの隠形成功も、周囲の静音・脱臭等の性質を持つ殺戮岩(スローター・ロック)変化の寄与が大きい。

 攻守に優れたこの力は【象王】により更に強化され、師と共に磨きに磨いた自由度の高い戦闘スタイルは対処を容易ならざるものと化していた。

 

 使用するコストも上級職であれば軽くなかったろうが、超級職にとってはさほど重くない。

 そして【象王】にとってもこのエンブリオとの相性は良好である。

 神話の獣と言えども、何のスキルも使わずに素で受けられるようなものではないと、少なくともツァガーンは考えていた。

 

『おお、これは決まったのではないか?』

 

「決まってないことぐらいわかるだろ。それにしても……」

 

 雪煙が収まり、殴られた狼の姿が見えるようになる。

 殴られた痕跡を右脚の毛皮に残しているが、それだけだ。

 急所に奇襲を喰らってなお腕で受け、ほぼ無傷。

 

「完全に入ったと思ったんだが。随分と浅い眠りだったのか、もしくは」

 

『もしくは?』

 

「既に頭が回ってないか、だな」

 

 二人の視線を受け止める狼の眼は虚だ。

 理性を抑えつけられ衝動に突き動かされる獣は、今本能のみで動いている。

 意識は常に眠っているのだろう、とあたりをつける。

 

『間に合った理由はそれでいいとして』

 

「受けきられた理由か」

 

 咄嗟の腕防御が間に合ったとして。

 初手で終わらせる気もあった人獣の十撃を受けたにしては……傷がなさすぎる。

 

身体規格(ステータス)か? END偏重』

 

「次で見極める、準備を!」

 

『任せろ!』

 

 推測を早々に切り上げ、ツァガーンは攻めることを選んだ。

 奇襲ののち縮んでいた外套が男を包み隠すように伸びる。

 裾は2つに分かれて厚みを増し脚のように地を踏み、袖は男の腕を超える長さで拳を形成する。

 戦闘行動の一切を套獣に任せ、男は構えた。

 クラウチングスタートを思わせる極端な前傾姿勢に加え、両腕を翼のように開く。

 横に伸びた手の先は閉じ、貫手に揃えられていた。

 

「《蹄馬の構え》《翼隼の構え》《蛇鱗の構え》―――三重起動」

 

 

 

 《〇〇の構え》は【獣拳士】系統の諸流派に例外なく存在する強化スキルである。

 

 爬虫類亀類派生であれば頭部を囲う構えで防御力を三倍化する《甲亀の構え》。

 爬虫類蛇類派生であれば貫手の構えで被ダメ軽減・与ダメ向上を行う《蛇鱗の構え》。

 哺乳類有蹄類派生であれば極端な前傾構えを取る限り速度を倍化させる《蹄馬の構え》。

 鳥類欧鳥類派生であれば腕を開く構えで両腕を封じる代わり速度を四倍化する《翼隼の構え》。

 

 哺乳類食肉類派生《虎掌の構え》哺乳類齧歯類派生《牙鼠の構え》鳥類猛禽類派生《鷹爪の構え》両生類蛙類派生《跳蛙の構え》etc。

 流派の数だけ存在する奥義は効果が類似するものもあるが、同時に獲得できる流派が一つである以上、例え1000の上級職を獲得できる【勇者】であったとしても得られる構えは一つだけであり―――ここに例外が一つ存在する。

 

 流派を鍛えては他流派を学び直す、それを流派の数だけ修めて初めて条件の一つを満たす特殊派生超級職。

 百物の王にして形象拳の王、【象王】だけが。

 同格の超級職の奥義を除き、()()()()()()()()()()()使()()()()()

 そして【ナラシンハ】は装備者の構えに干渉せず高次元の戦闘を行うことができ、属性が防具であるために素手条件の阻害を行わず攻防増加の恩恵を受ける。

 

 "怪獣装者"。"人面獣身"。

 名が表す通りの戦闘スタイル。

 【象王】【ナラシンハ】ツァガーンの三位一体は、当時の準〈超級〉として屈指の実力を生み出していた。

 

 

 

 人獣が駆けた。

 爆発的な加速を得た彼らは翻弄するように神獣の周囲を駆ける。

 本能的にその姿を追おうとした神狼に生まれた隙を決闘者は見逃さない。

 

「疾―――」

 

 フェイントを交え背後を取った人獣の爪が、絶対に間に合わない角度と速度で神狼の心臓に迫る。

 それは本能では対応できぬ鍛錬の結晶。

 だが。

 

『なに―――!?』

 

 神狼の振るった腕が、人獣の爪が致命となるより早くその爪を破壊した。

 

 追撃の頭部狙いを屈んで躱し、遅れた髪が散らされる。

 潰しに来る振り下ろしをすんでのところで潜り抜け、仕掛ける前と同じだけ距離を取った。

 それでようやく彼我の速度差が元に戻る。

 

「―――まいったぜ、やっぱそうか」

 

 服獣が距離を保つのに任せながら苦々しげに男が呟く。

 神狼が急に速くなったのではない。

 人獣が、急に、遅くなった。

 確定で勝てるはずの攻撃が、相打ちにすら持ち込めないほどに。

 何故それが起こったのか。男は既に理解している。

 

「『()()()()()』………!伊達に神話級じゃねーな!」

 

 凍狼は熱エネルギーの吸収に長けた氷属性を扱い、妖術の才能に長けた存在として、自らの力を一段上に進めていた。

 あらゆるバフスキルには、それを維持するためのエネルギーが込められている。

 自身にごく近い領域において、そのエネルギーをも外から吸収し、スキル効果が続くことを阻止する。

 デバフでも状態異常でもないこの異能に対抗する手段は多くない。

 スキルへの干渉から逃れるようなスキルを使うか、強化スキルに頼らず戦うか。

 どちらもツァガーンの選択肢にはない。

 

 【象王】は、ひいては獣拳士系統は、強力なバフスキルの累積により戦う近接戦士だ。

 対して凍狼は凍結を扱う魔法戦士であり、相手のバフを無効化することができる、デバフ型戦士に近しい存在。

 

(―――最悪の相性だ)

 

 足音一つ立てない神狼を前に、何かの近寄る足音が聞こえる気がした。

 それは耳を疑う必要がない幻聴。

 敗北の足音は、いつだって心の内に訪れる。

 

 

 

『おいおいおい、これはまずいぞ! どうする!?』

 

「どうするもこうするも……!」

 

 逃げ惑うナラシンハは露骨に焦っているが、動きを任せ頭を巡らすツァガーンも平静ではない。

 舐めてかかったつもりはないが、初手でここまで完封されかけるのは予想以上だ。

 

 特に厄介なのが、これを使うのが神話級である、という点だ。

 これが超級職や上級エンブリオのそれであれば付け入る隙があっただろう。

 持続時間や効果対象範囲、本体性能まで優れているということはまずない。

 それが神話級ならばどうか。

 

 神話級相応の凍結能力を持ち、ステータスも並みの超級職を明確に超える存在が、神話級の規模でバフ凍結能力をも扱う。

 システム(与えられた力)に限界はあるが技巧(磨き上げる力)に限界はない―――この世界の法則が、長き時を生きる怪物に多大な力を持たせていた。

 理性を失った状態でさえ、身に染みつくほど鍛えた技巧が陰りを見せることはない。

 

「感じたか? バフは新しいものから剥がされて、だいたい同じぐらいの時間で消えてた。

 消え始めてから全部消えるまで、俺の主観でも1秒ねえ」

 

 神話級のスキルだ。上級職のスキルなど、消去する時間は0.1秒にも満たない。超級職でも0.2秒持つかどうかだろう。

 それでも、神狼の全てが致命的ではない。唯一隙があるとすれば。

 

「あの狼、()()()()()()()()()()()()()。俺らが逃げられているのがその証拠だ」

 

 神話級にしてはというレベルではあるが、身体能力()はそこまで高く(強く)ない。

 バフの消えた彼らでも瞬殺はされない域、多重にバフを重ねた彼らであれば十分に通じる域の存在だ。

 問題はどうやってそのスキル()を攻略するか。

 自身の牙が無効化されている状況でも諦めず考えるツァガーンだったが、ゆっくり考えさせるほど神狼も甘くはない。

 凍狼が地を踏みしめると、地面を割って出てきた氷の茨がツァガーンに迫る。

 

「とっ、チッ、考えてる余裕もあんまないな!」

 

 茨でツァガーンの進路を妨害しながら、凍狼本体が迫る。

 本体から距離を離すために無理して茨を突破すれば、冷気や蹴り飛ばした土砂といった中距離攻撃が追い討ちをかけてくる。

 冷気に満ちた環境もよろしくない。

 凍結対策は十分とはいえ、この土地は異質だ。

 吹雪に身を晒すかのように、自分の蓄えるエネルギーが奪われていく感覚を覚える。

 環境の悪さ。中距離攻撃。そして本体の攻撃。

 悪化していく形勢が致命的な域を越える前に、ツァガーン達は覚悟を決めた。

 

「もうちょっと手札を見たかったけどしゃーない! 準備はいいな!」

 

『ようやくか! いつでもいけるぞ!』

 

 状況をわきまえぬ服獣の歓喜の声が響く。

 ツァガーンもまた嗤った。

 その笑顔は状況が厳しくとも希望を捨てず、勝利を諦めない不屈の戦士のそれであり。

 狩ると決めた強き獲物を前にした、威嚇にして覚悟の笑みである。

 

 飛来する土雪により起こる雪煙に隠れ、一瞬凍狼の視界から人獣の姿が消える。

 好機を逃さず、二人は叫んだ。

 

『貫け、獣の爪牙!』「《金衣は白爪により引き裂かれん(ナラシンハ)》!」

 

 【襲套雌神 ナラシンハ】が秘奥、必殺スキルが起動する。

 煙の中で人獣はその姿を変えた。

 

 

 

 それを見たのが人であったなら、或いは正常の思考持つ獣であったとしても、驚愕を免れなかっただろう。

 

『人獣一体、二心同体』

 

 変幻自在に姿を変えてきた、しかしあくまで服として存在した獣が、人の肉を侵食する。

 繊維と血肉が混ざったその姿は、怪物的なれど神秘的。

 

あわい()にありしは致死の牙』

 

 鎧が身を侵し、肉がまた鎧を侵すように融合する。

 獣と言えど器物的だった服獣もまた、この融合で生物らしさを獲得していた。

 それこそがこの力が一方的な侵食ではなく、高度に二者が融合昇華された証。

 

『神殺しの神。獣殺しの獣。

 神獣狩りだ……覚悟はいいな!?』

 

 最後に獅子の頭部が後ろから噛み付くように人体頭部に融合し、人獣は変異を遂げた。

 融合スキル。ガードナー混じりのエンブリオに発現しやすいこの力が、"怪獣装者"の見出した勝機となる。

 威嚇する神狼めがけ轟音の咆哮を叩きつけ、獣人は正面からの突撃を敢行した。

 

 

 

 

 

 そして。

 

(必殺スキル。ここで切りましたか)

 

 異常の獣と異形の獣の激突。

 その両者に気付かれぬまま、誰かがずっとそれを見ていた。

 

 

 

 

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