南極狼獣   作:たくわん

5 / 6
 書き上がってたはずなのに最後の修正に手間取りこんな時間になり、申し訳ない。
 だいぶ久々の投稿でしたが既に感想がいくつか来ており、個別の返信はまだ出来てないんですがかなり嬉しく、喜んでおります。

 余談ですが、執筆中一瞬ここからマリーが出てきて例の文章で神殺し使ってうおおおおっとなる内容を唐突に書こうかと思ったんですが、絶対面白いけどあまりにも当初の路線から外れた面白さしかないのでやめました。
 オリキャラによる対神話級の話でサプライズマリー理論やるの、もうあんのかな。なかったら誰かやってくれていいですよ、読んでうおおおおっとなるので。絶対誰もやらないだろ。




死闘神争

 

 

 

 

 時を少し遡る。

 

 神狼と人獅子が戦い始めた頃、10kmは離れた位置。

 ()()は居た。

 

「ん、あれはどこかで……そうだ、今の決闘二位でしたか。

 もうそのレベルが来るとは驚きですね。

 どうせ来るなら一位の方がよかったのですが、まあいいでしょう」

 

 片手に持つのは双眼鏡。

 どこにでもいる商人が、冬の地に相応しい厚着をしている。

 なんの変哲もない人間で、ただ表情だけが邪悪だった。

 他人事のように人の命を弄べる、薄っぺらい悪。

 強い信念もなく、過大な悪性もなく。

 安い悪が極大の被害を出し、世にはばかる時代であった。

 

「まあ、取り敢えずこれは編集して暴走神獣のプレゼンに使うとして。

 どれぐらい持ちますかねぇ」

 

「さぁ。あなたの命が尽きる方が早いかもしれないわね」

 

「!?」

 

 独り言への返事と共に、焔が飛んだ。

 上空から火の矢が飛来し冷え切った空間を熱して水蒸気が舞う。

 氷霧のように煌めく最中、ゆっくりと女が降りてくる。

 

 風纏う馬に優雅に跨り、炎の鳥を槍先に留めた、中華風の服の女。

 気配を一筋も漏らさず奇襲しておいて、一撃後は存在感を隠そうともしない。

 そのまなざしは油断なく、今は氷霧に隠される、商人のいた場所を射抜いていた。

 

「おっとっと、危ないですねぇ。一介の商人に対してすべき攻撃ですか?これ」

 

 突然の風に氷霧が吹き散らされる。

 全身を半透明のバリアに包んだ、無傷の商人の姿があった。

 手を差し込んだ懐には不自然な膨らみがある。

 奇襲を防がれても優雅に笑う女の威圧感を受け流すように、商人も胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「あなたも見覚えがありますね……ああ、確か決闘ランカーの。

 ええっと、"獣装武陣"モルフォ、現順位は4位でしたか」

 

「3位よ。付け加えると。次の決闘で2位に上がる予定ね」

 

「おや、これは失礼。レジェンダリアは順位の移り変わりが激しいですからね」

 

「気にすることはないわ。無知は罪ではなく罰。

 貴方は既に私をよく知らないという罰を受けているのだもの」

 

(なんか濃いなこいつ……)

 

 順位を間違えたのは半分挑発だったが、意に介さず特殊な理論で押してくる女に呑まれかけた。

 我の強さが、精神的な格が違う。

 メンタルと戦闘力はさほど関係ないとはいえ、決闘上位ランカーが全員こいつみたいだったらなんかやだなという気持ちが既に商人の顔に出ていた。

 まともに相手をしていたら気勢を削がれるだけだ。

 商人は迂遠な煽りを捨て、とっとと本題に入ることにする。

 

「それで、なぜ私に攻撃を?

 神話級を遠巻きに観察するだけで、罪に問われる言われはないと思いますが」

 

「いやね」

 

 女は優雅に……振る舞いだけ優雅に首をゆるゆると振る。

 

「罪とか関係なく。このあたりに隠れて神獣を観察していたものは全員潰したわ。

 あなたが最後の一人だっただけよ」

 

「本当になんで!?」

 

 自分に気づかれずに連続闇討ちを成功させていた女の所業に、商人は普通に驚く。

 そこで普通に驚いてしまうところが、小悪党な精神性を露呈していた。

 悪辣を自分以外が行わないと無意識に考えてしまっている。

 国家所属、正々堂々の決闘者であろうと、いくらでも悪性を抱えられる。

 レジェンダリアでなくても当たり前であるし、ここレジェンダリアならなおさらだ。

 

「こんなところで高度な隠密行動をしている者はマスターに絞られる。

 そしてマスターをいくら殺しても罪には問われない。常識よ」

 

「殺す理由の方を聞きたかったなぁ……」

 

「『あの神獣の暴走を引き起こした者』を潰すためね。それ以外はただの巻き添え」

 

 ひやりと、背筋が冷える。

 曖昧なものに対する殺意が、自分に向けられている感覚があった。

 暴走を引き起こした者とは、まぎれもなくその商人であったから。

 

「……それはそれは。まあ実際それは私ですよ」

 

「あら。素直に話すのね。面倒がなくていいけれど」

 

「さしずめ友達の加勢に来たのですかな? 麗しき友情だ。

 それとも私を危険視して討伐に? 御立派な精神ですねぇ」

 

 隠すことはできただろうが、隠さない方を選んだ。

 それは己の実力への信頼であり、小悪党としてのちんけなプライド。

 目の前の相手がどの程度強いかを理解した上で―――()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 むしろその行為をもって精神的優位を確立するように、上から語る。

 見下す嘲笑を顔全体に構えた商人に対し、女も優雅なまま、見下すような冷淡な視線を送る。

 

「貴方。人を見る目はないのね。どちらも外れよ。

 この私との決着を捨てようとしてるあの男の決闘に手を出すつもりもないけれど。

 自分が作ったボスキャラが早々に倒されそうになったら横槍を入れに来るのが見えてる闖入者に。邪魔をさせる気もないのよね」

 

「……なるほど?」

 

 加勢する気もなく、危険視する気もなく、ただ邪魔をさせないための狩り出し。

 自分の想定のやや斜め上をいく解答を聞き、商人は理解できないなりに笑った。

 そう、理解できない。

 そんなことをする友情も、そんなことが必要だと思っている友の実力への信頼もだ。

 

「しかし杞憂ですな。私が手を出す?

 そんな必要が生まれるはずがない」

 

「信仰しているのね。自作のボスを」

 

「信用しているのですよ、あの力をね。

 貴方からすれば同格の相手を見下されて気分がよくないでしょうが、こればかりは事実です。

 そもそも神話級とは超級でもなければ再現できない()()()()

 中でもあの個体は最上位、超級の最上位でも勝利困難な怪物です。

 全力ならざる断片を相手に優位に立ったように見えても、更なる力に押し潰されるだけにすぎない」

 

「全力を出していないのではなく。出せないのでしょう?貴方のせいで」

 

 商人の頬がひくりと動いた。

 横目で神獣と人獣の戦闘を見つつ、女は語る。

 ゆっくり会話をしている間に遠方の戦闘は高速で進行していた。

 佳境に入った戦闘は、終わるまでおそらく残り三分とない。

 

「確かにあの神獣はまだ攻略されていないわ。

 それは攻略されかけた段階で新しい札を出しているから。

 ツァガーンの手札がもう少し強ければ新たな札を出す前に終わっているはず。

 そもそも必殺を切る前に勝負になっていた時点でおかしい」

 

「……格下相手に手札を隠すことの何がおかしいと?」

 

「死んでも死なないマスターなら兎も角。長年生きてきた野生の獣よ。

 格下は瞬殺するべきでしょう。事故死のリスクを避けることの方が優先順位が高い」

 

 死力を尽くせとは言わないが、例えば凍結系竜王気などもったいぶる必要がない。

 あれは互いに強さを図りかねる初手で使ってこそ強い。

 もしツァガーンの一撃がもっと強ければ、防御を許さず頭部をぶち抜いていたかもしれない。

 切り札を隠すことが許されるのは、よほど使いにくいか負けてもいい時のみ。

 一戦一戦が命懸けの野生の獣に加減が許される時などない。

 

「貴方の介入のせいでアレは理性を失い。別の目的意識を植え付けられている。

 だから経験も思考も働かず。力も危機が迫るまで満足に発揮しきれない。

 劣化改悪暴走能力ほど誰にとっても迷惑なものも他にないわね」

 

「…………二流の三下が調子に乗りやがって」

 

 押し殺された殺意が口から思わず滑り出る。

 地を這いずる蛇のような、禍々しさと惨めさを秘めたうめき声。

 己の力に誇りを持っている者が、安いプライドと安い力をあらわにされて思わず地が出る。

 女がよく見てきた姿だ。

 

「あらあら。RP(ロールプレイ)ももう終わりかしら?」

 

「……はっ、なんのことやら。

 所詮は現実から目を背けた愚者の詭弁!

 その理屈とやらが正しいなら、今はあの男も手を抜く必要がないということ!

 それで必殺スキルまで切って倒せないと言うなら、もう負けるしかないということだろう!」

 

「……ええ。それはそうね」

 

 居丈高に開き直る商人に対し初めて、女は困った顔で苦笑いをこぼす。

 ツァガーンが決闘を捨てる相手だ。

 簡単に勝てるような敵であってほしくはないと思っていたが。

 ここまで綺麗に完封されるほどの格上であってほしくもなかった。

 自分が割り込んでも全く歯が立たなさそうなのでなおさらである。

 

(加勢したら倒せそうでも困るけれど。今よりはマシね)

 

 能力差、だけではない。

 自身の少し上を想定していたツァガーンと、底なしに格上だった実像の神獣とのズレ。

 《竜王気》を切った時点で相打ちを前提で攻撃に特化していれば二撃までで殺せた可能性もあるが、あの時点のツァガーンにそこまでの特攻思考を求めるのは酷だ。

 女はいつもの癖で考察を巡らせ、考えても仕方がないなと打ち切った。

 

 

「では私はもう少し見ていきますが、貴方はどうします?」

 

 そんな女を見て拍子抜けした商人は、もはや視線を切っていた。

 精神的な余裕を取り戻した商人を見て、少し迷って。

 鳥に命じて焔矢を飛ばした。

 

 商人が完全に意識していなかった女の攻撃は、出現したバリアが差し止める。

 着弾して初めて気づいたようで、意外そうに女へ視線が向けられる。

 

「まだ何か?」

 

 もう意味はないでしょう、と言外に告げる商人。

 よくよく理解して、理解しながらも、女ははんなりと笑って槍を構えた。

 

 獣が舞う。

 火の鳥が空を飛び、風馬は姿を消し、代わりに女の靴が変わる。

 無言のままに戦闘態勢に移ったのを理解して、商人も意識を変えた。

 

 商人の手の宝石から数多の鳥獣虫群が現出する。

 最低でも亜竜級。数体ごとに純竜級が混じり、上位純竜級がそれぞれを統率する。

 本来一人の人間が使役しうる量質ではない。

 一戦ごとに使役を打ち切り、終わった上で改めて使役する。

 支配せずとも指示を聞く、正当な関係がなければ成立しない外法だ。

 使役物への強化は入らなくなるが、そんなものが必要ない強さがここにはある。

 

 並以上の準超級であっても敗北しうる布陣を前に、女と炎鳥は臆さない。

 どころか、増える。

 幻術纏う猿。雷撃放つ牛。金属操る虎。

 現れた黒犬が装飾品に変わり、白兎が円月輪として腰に留まった。

 数は遠く及ばず、質でも抜きん出てはいない。

 だがこの布陣の悠然とした風格は、決して劣るものではない。

 

「愚かしき友情ですかな、それとも惰性?

 無駄な苦労ご苦労様です」

 

「どこまでも見る目がないわね。

 こればかりは友人関係も信頼関係もなさそうな人では仕方がないかしら」

 

「やれやれ、目の前の光景も見えませんか?

 どう見ても私の方が仲間も友達もいるでしょう」

 

「互いに利益のためにしか付き合ってないのをその場しのぎに仲間と呼ぶのは虚しいわよ。

 そんなだから友達も仲間もいないんじゃないかしら」

 

「……これが終わったら宣伝してあげますよ、口の扱いだけ得意な決闘ランカーがいたってねえ!」

 

「安心なさい。すぐに余計なことを言えなくなるわ。

 さて―――」

 

 意味がない戦いになる可能性は極めて高いけれど。

 あの男も諦めていないようだし、と。

 

「やるべきことはやっておくとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツァガーンは諦めていなかった。

 諦めていないことだけが、今ツァガーンに出来る唯一のことだった。

 

『肉体制御こっちで全部受け持つのはいいが、限界があるぞ! どうする!?』

 

「まだ耐えろ、今考えてる、そこでしゃがんで左抜けて仕切り直せ」

 

『もうそっちで動かせよ!』

 

 ナラシンハが泣き言を上げながら逃げ、追い込まれたところで指示を反映して逃げ切る。

 動きを相棒に任せてツァガーンが行っていることは、"分析"と"検証"だった。

 

(整理する。相手の《竜王気》―――魔獣が使うなら()()()()》と呼ぶべきか。

 《獣王気》の属性は凍結。対象は生物と)

 

 腕を二本追加で生やし、地面を砕いて破片を拾い、投げつける。

 傷一つ付けられず砕けた土が、《獣王気》に触れた時点で凍りつくのが見えた。

 

(器物の両方。つまり凍結条件はレベルや隠しステータスなんかじゃない。

 上限があったとしても熱量や質量等の、凍結能力として一般的な壁と見るのが自然)

 

 生物器物問わぬ凍結。物を挟んで攻撃・防御する、という手は使えない。

 使えたとして、今のツァガーン達の身体能力での攻防で壁になれる物質がないが。

 

(ただし生物と器物に通じても、非物質や半物質は凍結しない。

 事実、《竜王気》は凍結しなかった)

 

 内包した《竜王気》に関係なく、腕が凍結させられたのを覚えている。

 

(では《竜王気》の強度を高めて、纏って攻撃したらどうなるかというと)

 

 接近してくる神獣目掛け、オーラを纏った拳が突っ込む。

 肉体の接触より先にオーラで衝撃を伝える。これなら凍結を受けることなく、攻撃を行うことができるが。

 

『またこれか!』

 

 人獣の《竜王気》と神獣の《獣王気》が接触し、真っ向勝負で押し切られる。

 オーラが流れ、素になった拳が《獣王気》に接触し、凍り付く。

 手首を再び切り捨て、一撃のぶつかり合いで生まれた隙を突いて離れた。

 

 バランス型神話級と前衛超級職。エンブリオによる生成増幅を込にしても、保有するMPSP総量の桁が違う。

 オーラ同士の基礎性能勝負になればツァガーンに勝ち目はない。

 

(ならもっと単純に、《竜王気》を固め、純粋な鎧にすれば)

 

 気を圧縮し、固形化とまではいかずとも、収束を強め絞り切る。

 放つは貫手。長寿の武芸者に鍛えられたその手刀は歪みなく、鋭さを持って獣の首に突き刺さった。

 

『やったか!?』

 

「わかってんだろ足りてねえ!」

 

 首の周りを覆うオーラ、その半分以上を貫いている。

 そこまでだ。首そのものにすら届いていない。

 

(あの《獣王気》は《竜王気》の類似物―――素で万象に対する攻撃減衰効果を備えている)

 

 そして己の《竜王気》もまた、減衰効果を備えた固形ならぬ流体だ。

 起こるのは互いにスポンジブレードで切り合うスポーツチャンバラのようなもの。

 純粋な鎧として使うには緩衝材としての性能が邪魔になってしまっている。

 

 竜王気を使わず触れれば凍りつき攻撃にならない。

 竜王気で攻撃すれば気の質量で圧倒される。

 竜王気を緩衝材にすれば威力が軽減され届かない。

 

 ならば。

 

「非物質の属性攻撃ならどうだ!?」

 

 保有するアイテムボックス。

 そこから魔法の込められたジェムを宙にぶちまける。

 内包されるのは上級職の奥義やそれに準ずる属性魔法。

 解放によって敵に殺到するその力に、さらに一工夫を追加する。

 

 《竜王気》はそれ自体が万能の防御能力だ。

 本来上級奥義程度の魔法で貫けるものではないが。

 

「こんだけの数、束ねれば違うだろ!」

 

 変形する肉体を砲口のように加工し、同系統のジェムを大量にぶち込む。

 熱。雷電。闇呪。束ねて威力を増幅させ、指向性をつけて放つ。

 

「これで――――――は?」

 

 解放された魔法が、あっという間にしぼんでいく。

 熱も。稲妻も。闇さえも。内包するエネルギーを失うように。

 否、実際に失っているのだ。

 

「"エネルギーの広域吸収"……なんてこった」

 

『いくら神話級と言っても限度があるだろう!!』

 

 いち早く答えにたどり着いて口をひくつかせるツァガーンの耳に、悲鳴にも似たナラシンハの声が響く。

 

 束ねれば違うとはいえ、一つ一つはたかだか上級職奥義程度の出力。

 範囲内のエネルギーに対し、全て同時に干渉するこの能力とは相性が最悪だ。

 だが、例え相性が最悪でない、単発の超級職奥義だったとして。

 おそらく、この減衰を受ければ直撃までに大きく減衰し、《竜王気》を貫けまい。

 相手はそこに回復能力まで持っている。

 一撃で打ち倒すなら()()()()でも足りていない。

 

(勝利がすぐそこにありそうで、試すと何枚も壁がある。

 思えば戦いが始まってからずっとこれだ)

 

 なにもこれ一発で勝負を決めようとしていたわけではない。

 このスキルがなく、仮に《竜王気》を貫けたところで、減衰した威力では有効打になるかも怪しい。

 打開策の一つ、少しでも何か得られればという試算の一つだった。

 物は試し程度の試行が敵を揺るがせず、どころか簡単に出された凶悪極まりない新異能で容易く封殺される。

 全性能が最初から解放されず、制限されているからこそ攻防が成り立ち、敗北が確定していないだけ。

 

 制限解放のタイミングの悪さは運でしかないが、だからこそツァガーンは痛感する。

 目の前の相手の底知れなさ。

 存在としての格の違いを。

 

 

『ツァガーン!次の手はあるか!』

 

「わかんだろ、今考えてる! 黙って時間稼いでろ!」

 

『ここが逃げどころではないのか!』

 

 思考が一瞬止まる。

 目の前を通り過ぎた狼獣の爪に意識を引き戻され、ツァガーンは舌打ちした。

 薄々、意識していないではなかった。

 本当に、己の手に負えぬ相手だとわかった時……逃げないことが、果たして正しいのか。

 

「今更怖気づいたか! 諦めてたまるか!」

 

『諦めないために今は退けと言っているんだ!』

 

 ナラシンハの声に諦観はない。

 ()()()()()に、ナラシンハは撤退を選ぶべきだと告げていた。

 

『今回は通じなかったが、我らの必殺スキルは()()()()()()()

 おそらく次の使用ではもっと限定的で致命的な(クリティカル)力になるはずだ!

 一日延びる程度であれば象皮種族も持つ!

 ここで退くことが、本当に勇気のある決断ではないのか!!』

 

「…………」

 

 ナラシンハの言は正しい。

 現状の勝算が一切見えてこないのに対し、再戦での勝算は確実にある。

 仮に必殺に対抗できる力が相手にあったとしても分は悪くない。

 相手の手札の多さ、切り札の質を知った今のツァガーンなら、新たな力を使われる前に、もっと前のめりに挑むこともできるはずだ。

 

 それでも、ツァガーンはそれを選ばない。

 

「駄目だな」

 

『ツァガーン!』

 

「何も考えずに言ってるわけじゃねえよ。

 わからないか。あの神獣、こっちへの敵意が増してる」

 

『そういえば……そんな気がするな』

 

 初め、神獣は襲われるがままだった。

 すぐに反撃と追撃をするようになり、今は攻撃に間がないほど猛然と襲ってきている。

 時間が経つほどに、互いの力を露にするほどに、神獣の敵意は増していた。

 そんな状況で、仮に逃げたとして。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

『―――い、いや、ログアウトすればいいだろう!?

 そうでなくても必殺が切れれば変化も多少は使えるようになる!

 最初の奇襲と同じように、姿を消して逃げれば』

 

「そうやって俺が姿を消したとして、一番悪い可能性は何かわかるか」

 

 内部の様子を伺えなくなるログアウト。CTの長い必殺の停止を前提とした行動。

 ツァガーンがまともに戦えない状態で起こる最悪は一つしかない。

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』―――その可能性が無視できる程度に低いと、お前は言い切れるのか?」

 

 象皮種族への襲撃だ。

 

『お、お前……それは……ズルいぞ!』

 

 可能性の話だ。

 100%ではない。70、60、ひょっとしたら30%を切るかもしれない。

 だが20%だったとして、5回に1回は起こり、そしてその場合の象皮種族の滅亡率は100%だ。

 そこを盾にされてしまっては、ナラシンハにも何も言えない。

 

 もし運よく象皮種族に行かなかったとしても、"この神獣が動く"という事態の被害は甚大。

 一度挑み、敵に強く意識させた時点で、ツァガーンには殺すか死ぬかの道しかない。

 

 という、詭弁だ。

 

(もしそれが起こるとしても、それでも、勝てないなら逃げるしかない)

 

 起こらない明日に希望を託し、未来の可能性に全てを賭けて逃げるしかない。

 ツァガーンが死ぬよりは、ツァガーンが逃げた方が確実に勝算がある。

 その時が今でない、という根拠は何一つとしてない。

 それでも逃げたくない気持ちを優先させるために、象皮種族の命を理由に使った。

 ナラシンハを黙らせ、決断を先延ばしにするためのズルい言い訳だ。

 

(終わらせねえ。逃げないために考える、逃げないために試す、逃げないために―――)

 

 勝てなくても?

 

(まだ俺は―――師匠のために戦うことから逃げたくない!)

 

 惑う思考をかき分けるように前に出る。

 雑草を刈るように首を狩ろうとする爪を潜り抜け、滝を割るような正拳を首に叩きつける。

 小揺るぎもしない。大海に小石を投げ込んだよう。

 STR任せに無理矢理気拳を押し付けて横を向かせ、腹下の死角に潜り込んで追撃を躱した。

 

「ぜェ……あァ!」

 

 渾身の力で抱き着くように足を刈り、背中から生やした腕で飛び上がり、腹を撃つ。

 一撃で崩せぬ王気を穴が開くまで連打する。

 瞬く間に九度。八発で穴が開いたところに九発目が通り、十発目を叩き込む前に飛んできた氷塊に吹き飛ばされる。

 すぐに立ち上がる。衝撃で折れた骨は肉体操作の応用で無理矢理接着した。

 囲う氷茨を振り払った瞬間、纏う《獣王気》を増量した神狼の突撃が着弾した。

 

「読んでんだよ!」

 

 三本足で地面を削り、身をズラしたところで神獣が傍を通り抜けた。

 咄嗟に振るわれた腕が人獣の防御を打ち崩し、残る肉体を削っていく。

 動きが少し遅れれば全身が砕かれていた。

 戦うほどに神獣の力が増すように、人獣の対応も冴え渡る。

 

(神獣の動きは単調だ。詰ませる動きもそうそうない!

 老獪さがないから新スキルを出す時も場当たり的、即死させられてないのがその証拠!)

 

 一歩誤れば真っ逆様の細き道筋。

 そんな綱渡りさえも厭わない、不覊奔放の本能が鼓動する。

 

 理不尽な防御性能に挑む。

 不条理な攻撃性能に挑む。

 絶対の敗北に挑む。

 何度でも。何度でも。何度でも。

 

 それでも、絶対的に攻撃性能が足りてなくて―――

 

 

 

 

 

「ちょっちょっちょっなんでこんな強いんですかこれだけ魔物出したら死ぬでしょ普通!」

 

「経験と鍛錬が違うのよ。能力だけを見ているから弱者に収まる。

 その無能さが貴方を殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 氷原に舞う雪煙の先に、友の顔が見えた気がした。

 

「―――!」

 

 ツァガーンの目には何かと闘っているようにも見えた。

 次の瞬間にはその姿は消えていた。

 

 極限の戦闘の中で見た、走馬灯にも似た夢だったのかもしれない。

 仮に誰かと戦っていたとして、だからなんだという話だ。

 わざわざ姿を隠していたということは、少なくともこちらに何かを知らせる気はなかったのだろう。

 であればまともな援軍ではない。

 

 ツァガーンと同様に神獣を殺しにきて、誰かに邪魔をされているのか。

 ツァガーンや神獣を殺しにきた誰かと戦っているのか。

 或いは戦っているツァガーンを奇襲しに来た可能性もあるかもしれない。

 

 だが、まあ。

 ツァガーンにとって、そんなことはどうでもよかった。

 

(俺があの女だったとしても、絶対に諦めないはずだ)

 

 ツァガーンも。モルフォも。

 どうでもいいところでは平気で勝ちを譲るくせに、自分が決めた条件下での戦いでは、絶対に最後まで負けを認めなかった。

 ハンデを勝手につける癖に、それで負けることが心底嫌だった。

 ツァガーンはずっとそんな、負けず嫌いなところを気に入っていた。

 

(そうだ―――俺は一人じゃない)

 

 一人で戦っているとしても、一人ではない。

 自分だけを頼りに戦っているように見えても、友がいる。

 

(そんなただの気の持ちようが……今は何より頼もしい!)

 

 

 握り直した拳を、ふと見下ろして開いてみた。

 貫手ではなく手刀。滅多に使わない斬撃の構え。

 振るわれる剣は当たり前のように弾かれる。

 

「違うな、こうじゃない」

 

『ツァガーン、何を……?』

 

 足はベタ踏み。

 僅かに前後に開き、重心を落とす。

 前に出した右手刀の形は崩さず、左手を右腕の半ばに添え高く掲げる。

 右腕が変異し始めた。

 

 神獣の爪が降る。

 何もかもを終わらせる幕のように落ちる。

 

 ツァガーンも右手を振り下ろす。

 拳士の構えではない。武器術の構え。

 振るわれる右腕の形はもはや手刀ではなく。

 

 轟音上げる刹那の激突。

 

 打ち勝ったのは、"()"。

 

「形象拳―――雷牛斧拳」

 

 雷の如き一撃だった。

 

 

 

 踏み込む。

 反撃を躱す円運動をも力に加えた切り上げは、先ほどまでより明確に力強い。

 単純な話、武器が変わったからだ。

 

「『同STR(筋力)なら鈍重過大な武器の方が強い』……随分昔に忘れてたぜ」

 

 超級職になり、STRを大きく伸ばし、自己強化スキルを積んだツァガーンには、敵の武器種の違いなど誤差だった。

 師の下で歪ながらも拳士としての拳技を磨く中、武器変化は早々に捨てていた。

 【象王】の持つ動作サポートスキル(センススキル)が拳技に特化していたのも拍車をかける。

 しかし今、威力を最も求める局面において。

 好敵手の動きをなぞるようにして、ツァガーンは武器術の理合を己のものとしていた。

 

『だがやはり硬い! これだけでは崩しきれないか!』

 

「まだまだ……ここからだ!」

 

 武器を使用して【象王】の拳士系スキルを使えるのかと言えば、問題なく使える。

 なぜならツァガーンは武器を()()していないからだ。

 自分の髪の毛を手で持ち鞭のように使ったとして、武器装備枠が埋まるだろうか。

 そんなわけがない。

 髪を切り取ったなら変わるだろうが、繋がったままの髪は装備品でなく己自身。

 それと同じことがツァガーンの武器にも言える。

 獲得したのは武器としての形状であり、属性ではない。

 故に今この瞬間、ツァガーンは拳士でありながら武器を使う矛盾を成立させることができる。

 

『この付け焼き刃!』

 

「容易く尽きると―――思ってくれるなよ!」

 

 

 踏み込みながら記憶を掘り起こす。

 

『お前の摸倣変化は優秀だ。だからこそ模倣に囚われるな』

『自分ならどう使うか。どう変わればより強いか』

『動きの模倣とオリジナル。変化の模倣とオリジナル』

『真に極めた先に、お前の絶招がある』

 

 思い出す。師から言われた言葉を。

 心に留めてます師匠、と尊敬を込めて呟く。

 

『一撃が一番強い武器? 私の手持ちなら斧かしらね』

『重さと強度。分厚さはわかりやすく役に立つわ』

『あなたが扱うなら槍もおすすめよ。素手術と槍術には通じるところが多い。私のは突き向きだけど。先端部の形状次第でスタイルは大きく変わる』

『ポールウェポンは完璧に扱うにはかなりの修行が必要。でも長さが遠心力としてそのまま力になるから威力は出しやすい』

『当てられるならね』

 

 思い出す。競い合った友人から聞いた話を。

 記憶の中でもいい煽りだ、と怒りと喜びを込めて笑う。

 

 

 斧の間合いよりも五歩先に神獣を捉え、獲物を振り上げる。

 斧の柄が長く伸びる。

 先端には槍。その横に斧。即ち斧槍(ハルバード)

 

「進・化・上・等!」

 

 目に焼きついたライバルの動き。

 そこに自分なりのアレンジを加えて、自分のものとして行使する。

 まだまだ甘い斧槍技が、神獣の気を削ぎ肉を穿つ。

 いや、浅い。

 増量した気との接触で武器に纏った竜王気が削れ、衝撃減衰を穿てるだけの気が足りない。

 リーチを伸ばし一撃を重くした分連打速度は落ちた。

 増量速度を上げた神獣の気を削り切るのは困難極まる。

 

『こちらも一度に使う気を増やすか!?』

 

「戦い続けるにはこの辺が限界量だろ!

 あっちの《獣王気》を気を使わず抜くしかねえ!」

 

『質量には限界がある、熱も出せん、手があるか!?』

 

「無理を通すまで!」

 

 質量はどうしようもないが。

 改めて熱と聞いて、思い当たる概念があった。

 

 斧槍に妙な装飾が増える。

 質実剛健を捨てごてごてとした武器を手にして、全STR(筋力)で振り回す。

 速度を出すためにSTRを使った時……AGIとは違い、空気抵抗が発生する。

 

「ふんぎぎぎ―――がぁぁぁあア!」

 

 手にかかる極限の負荷を気合いと全筋力でねじ伏せ、振り下ろす。

 轟音。振動。そして()()

 極大の空気抵抗を叩き潰し、巻き起こすのは摩擦熱に断熱圧縮。

 瞬時に高温に達した斧槍はそのまま、《獣王気》に着弾する。

 

 ()()()()

 

「おおおおおおおおッ、らァ!」

 

 ぶちかました。

 《獣王気》を貫き、神獣の肉を穿ち、内部に《竜王気》を解き放つ。

 そこまで行って、斧槍の柄が凍結した。

 

『早ッ!』

 

「間に合ったな!」

 

 掌の表面ごと瞬時に破棄する。

 お互いに攻撃は既に完了しており、直撃を受けた神獣と部分凍結を食らった人獣がいる。

 この攻防で勝ったのは、まぎれもなく人獣だ。

 

 神獣の凍結能力は常にエネルギー吸収と共にあった。

 《獣王気》の凍結条件もまた、『温度を低下させ切ること/熱量を吸収しきること』。

 接触した器物生物の熱量を吸収し、温度を下げ切った範囲は凍結する。

 結果として現れる凍結への耐性は関係ない。

 熱量変化への耐性を貫通する氷属性の王気がこの能力を成立させていた。

 逆に言えば、熱量自体は無視できないということ。

 一瞬でも高熱を纏うことができれば、一瞬だけはこの凍結属性を無効化できる。

 

 竜王気が炸裂した神狼は削られた身を気で補って飛び跳ねる。

 次撃を躱された人獣は舌を打つ。

 想定以上に立ち上がりが早い。

 

『さっきよりは通ったが……』

 

「まだ浅いか!」

 

 大気との摩擦と衝突。

 熱を発するために力を使ったことで、竜王気が伝える攻撃力自体が減衰している。

 攻撃力が不変の数値なら、肉体を加工した程度でダメージが増えることもない。

 ファジーで可変、その長短を抱えて戦うのは前提事項だ。

 

「だが有効打にはなってる! このまま削るぞ!」

 

『削り切れる気は全くしないがなぁ!』

 

 《獣王気》を移動に使い、また中距離攻撃(操作氷雪)に纏わせ強化し始めた神獣に、身体変化で対応していく。

 ピンチは未だピンチのままだ。

 勝機(チャンス)の欠片も見えてこない。

 

 氷の茨は強度を増し、凍結能力さえ発揮している。

 本体よりは弱いそれを摩擦熱でコーティングした鎌足で刈り道を開く。

 前に前に。ひたすらに敵に向かって前に。

 

(どんなに敵が強くても、挙げる白旗なんて持っていない)

 

 全力の斧槍撃が纏気氷壁と激突する。

 拮抗は一瞬。斧槍が貫く間に神獣の位置がずれて当たらない。

 粉砕氷壁に紛れて突き出た神狼の腕がツァガーンに直撃した。

 

『ぐうぅ……痛い!』

 

「よし立て直すぞ!」

 

『少しは慮れ!』

 

 咄嗟にナラシンハが出した腕盾が砕かれ吹き飛ぶ。

 しっかり構えられなかった防御は容易く粉砕されたが、吹き飛んだ本体への被害は軽減される。

 制御を担っていたためしっかり痛みを感じているナラシンハを酷使して、転がるツァガーンは地を叩いて体を跳ね上げ立ち上がった。

 

 転がっていた先の方角から氷茨を纏った氷針山が生えてくる。

 そのまま転がっていれば突き刺され絡め取られてお陀仏だったなと肝を冷やす。

 だが、ことここに至って追撃がこの程度で済むわけがない。

 

 瞬時に残り三方から氷山が生える。

 人獣は軌道を変え、その隙間を抜けようと動き出す。

 それも罠だ。やや外側の斜め四方に更に生え、四方の隙間が埋まってしまう。

 四面楚歌。八方塞がり。逃げ道はない。

 

(なら迷うな!)

 

 止まりそうになった肉体を理性の力で抑え込んで、前へ。

 渾身の突撃にて眼前の氷山を砕き乗り込むと同時、八方の氷山が爆発した。

 

 動きを止めていれば、中央にて最大火力を発揮する包囲攻撃をモロに食らっていただろう。

 最大被害を辛くも避けたのは先んじることができた思い切りの良さ故。

 それでも一度向きを変えた結果、突っ込んだのはやや遠い奥側の氷山。

 爆破前に抜け切ることはできず、至近にて食らった爆発の威力は軽くない。

 

 軋んだ体に迫る追撃をただひたすらに受け続け、本体の再構成が終わるまで耐え凌ぐ。

 ここでも武器術によるリーチの強化が功を奏した。

 誰より多くの武器種を扱った好敵手を筆頭に、何度となく脳に刻んだ敵の動きをなぞって防ぐ。

 今度の敵は誰より強大だ。

 勝てないかもしれないと、何度思ったかわからない。

 それでも。

 

(―――負ける気がしない)

 

 凌ぎ切ったツァガーンの反撃が、神獣の顔面を正面から殴り飛ばす。

 これまでのように神狼へのダメージは少なくすぐに立て直される。

 そんな予想が形になる前に、ツァガーンは一つの変化に気づく。

 神獣の顔。

 

(目が―――)

 

 ツァガーンは見てきた。

 自分達の拳がさしたる影響も与えられない敵の強大さを。

 ツァガーンは今見る。

 大海に石を投げ続けるかの如き自分達の徒労の積み重ねが、いったい何を起こすのかを。

 

(―――揺れた?)

 

 

 さざなみ一つ立たぬ眠りについた目に、波紋が流れた気がして。

 爆風がツァガーンを吹き飛ばした。

 

 二度三度、回転してようやく踏みとどまり、神狼をみやる。

 爆風が風ではなく、爆発的に力を増した気であったことに、そこでようやく気付いた。

 解放しただけで今のツァガーンが吹き飛ばされるほどの、絶大な王気。

 

『馬鹿な……これまで力を加減してたとでも言うのか!?』

 

(違う。

 これまでだって量に加減はなかったはず……つまりこれは本気というより()()

 

 継続戦闘もコストパフォーマンスも投げ捨てた決戦のための力。

 蟻を踏み潰すために本気を出す人間はいない。

 気に入らないだけの誰かを殺すために死力を尽くす人間もいない。

 目の前の相手を、己が真に力を尽くさぬ限り生き残る、必ず殺さなければならない敵と判断した時にのみ出る全力が存在する。

 神狼にとって、()()がそうだ。

 

 膨大量の気はただ撒き散らされるのではなく、身の周りに圧縮されていく。

 ただでさえ強固だった獣王気が圧縮の末に理を超え()()()する。

 半実体の力が実体となり、半透明の結晶として顕現する。

 さながら氷の鎧。永劫にも溶けぬ氷に覆われた永久凍土。

 氷という物質ではなく、氷という概念をそのまま鎧にしたような、荘厳にして絶死の装飾。

 敵を例外なく凍結する無敵の防御。

 《獣神装・極凍顕現》。

 凍狼はかつて、この力をそう名付けた。

 

 長くを生きる種族によって、《神装》と呼ばれる秘奥。

 神に至るほどの装い、ではなく。

 (神話級以上)の領域においても真の切り札として成立する、神がわざわざ装うに足る究極の御業としての、神の装い。

 

 妖術への適正、魔力魂力の操作習熟、長きにわたる研鑽、神域の心技体。

 神話の狼獣は、自らの可能性を極めた結果としてこの切り札を保有するに至っている。

 

 北の地に栄華を極めた竜の王族がこれを使うように。

 南の地にて静かに住まう神狼もまた、この技を極めた。

 

 神狼は神話級最上位のUBMである。

 

 

 

 ツァガーンにとって、この日短い時間で何度となく味わされた新たなる力による隔絶。

 更新され続ける力は常にツァガーンを絶望に誘ってきた。

 勝機を奪い、敗北へと近づけ、否応なしに彼我の格差を痛感させる。

 中でも今この瞬間がツァガーンにとって最大の難関であることは考えるまでもない。

 

「待ち侘びたぜ……この刹那(チャンス)をな!」

 

 しかしこの戦い始まって初めて、ツァガーンは神獣の新技に歓喜した。

 勝機の見えない中、敗北を先延ばしにするしかない中で、屈せず耐え続け待ち続けた瞬間(勝機)

 それがようやく到来したと、ツァガーンだけが確信していた。

 

『ツァガーン!』

 

「構えろ、使うぞ()()!」

 

 力を高め続け、気の鎧を形成せんとする神獣に近づくことなく。

 人獣は構えを取り始めた。

 

「《万象(オール・シンボライズ)》起動―――」

 

 

 【象王】には数多のスキルがあり、状況に応じて使い分けることで多彩な戦闘を可能にする。

 だが、たったそれだけの応用性で超級職を名乗れるわけがなく。

 たったそれだけのためだけに系統の全スキルを使用可能にする必要がない。

 【象王】の真価を発揮するための鍵こそが、この奥義に存在する。

 

 《万象》は発動と同時に入力時間を設ける。

 この時、【象王】は構えを取ることで発動できるスキルによる強化を、次の一撃を放つまで維持できる。

 それは()()()()()()()()()()()()

 従来同時に型が取れなかったために併存不可能だった型を、ともすればナラシンハよりも幅広く成立可能になるのだ。

 加え、一度型を崩して再び取ることで、同じ型による多重強化さえ成立しうる。

 歴代の【象王】は皆流れるように型を変え続けることができた。

 この奥義をより理想的な形で使用するために、自然とそうなったのだ。

 

 強力さ故、この奥義の限界はいくつかある。

 入力に制限時間があることで、無限の強化とは言えないこと。

 同じ型を複数回入力した場合、その部分は乗算ではなく加算になるため、効率はさほどよくないこと。

 次の一撃までと言っても、入力開始から次の一撃を放つまでにも時間上限があること。

 CTが長く、一戦闘に一度使えばおよそ後がないこと。

 一撃を外せばそれで効果の維持も終わってしまうこと。

 多くの制限とリスクがあり、それでも十全に機能すれば神話級であろうと一撃で殺し切れる、超級職奥義として例外的なまでに高い火力が出せる。

 ツァガーンが使うなら当然それ以上だ。

 

 故にツァガーンは戦闘開始以降常にこの技を使う機会を伺ってきた。

 敵の前で一人でこれを使うことはツァガーンであっても難しい。

 だからこの瞬間、相手が最強の力を発揮するために力を溜めるこの刹那。

 この死地にこそ、ツァガーンの勝機が存在する。

 

 

 激戦を続けていた荒野を嵐の前の静かさが支配する。

 

 神獣の鎧が厚みを増す。

 人獣の十を超える構えが移り変わり続け、竜王気が構えを変えぬ二本の腕に押し固められる。

 

「一応聞いとくけど、あれ(物質化)真似できる?」

 

『今回の形態はそこまで演算にリソース振ってない!』

 

「だよな」

 

 ナラシンハの反応を受け、ツァガーンはさほど残念さもなく諦めた。

 エネルギーの増幅に使うリソース量がもっと少なければ或いはがあったが、現時点では流石に無理だ。

 もっとも、仮にそうしていたところで、神獣の厚みを超えられるとも思えぬものだ。

 研鑽量が違い、存在の格が違い、リソースの総量が違う。

 であればむしろ、今の方が()()()()()

 

「あれは明らかに強い、体積単位の強度じゃ王気の遥か上を行くはずだ。

 でも物質化、固形化されない竜王気にも利点はある。

 ()()()()()()()()って利点がな」

 

 全身に均等に広がる氷鎧に対し、ツァガーンは全ての力を片腕に込める。

 鎧構成中の今、神狼の体外エネルギー干渉力は大幅に落ちている。

 ツァガーンのあからさまな構えを妨害せず、己の強化に徹しているのがその証拠だ。

 堂々と、片腕の刃を覆う気を積み増していく。

 

 竜王気の最も優れた点はその流動性にこそある。

 たとえ同量であろうと。たとえ総量で大きく劣ったとしても。

 一点に収束させたのならば、格上も討ち得る剣となる。

 目の前の相手に対してであれば、小数点以下の可能性だろうが。

 

「竜王気の性質をちょっと変えるぐらいはできんだろ?」

 

『"込められた攻撃力を発揮し続ける"のを"重ねられた強化が多いほど力を増す"にするぐらいなら、なんとか』

 

「十分だ。やってくれ」

 

 目の前の氷鎧を相手に、小手先の熱がどれほどの意味もないことはよくわかる。

 核熱でも込めなければ一時耐えることもままなるまい。

 重ねた強化で積み増した王気そのものを強め、相乗効果で鎧を砕く。

 そして極まり切った攻撃力で中の肉体を破壊する。

 鎧さえ剥がし切れれば減衰など問題になるまい。

 問題は鎧をどこまで崩せるのかだ。

 

 幸いにして、両者の力が類似の力である王気由来であることで、一方的な凍結対象に終わらず、干渉しうる可能性が生まれている。

 しかしどこまで高めれば通じるのかわからないほどに、神獣の力は絶大である。

 元々神話級の膨大な力を持ち、更に今では超広範囲からリソースを収奪している。

 神装は天才が長き年月を費やして得る技巧の極みであり、20と生きていない凡才のツァガーンとは比べ物にならない。

 

 ツァガーンは出せる限りの強化量と力を絞ることでの一点集中を行おうとしているが。

 そんな小細工を必要とせず、意に介してこなかったからこそ、神狼はこの形態の神装を切り札として抱え続けているのだ。

 

 ナラシンハとは対極に位置する力は、ツァガーンに伝えてくる。

 『変化など必要なく、この力こそが至上である』と。

 

 人獣の矛(万化の斧槍)神獣の盾(確停の氷鎧)

 弱者のツァガーンと強者の凍狼。

 二心同体のマスターと他心奪体のモンスター。

 対極の二者が雌雄を決する瞬間が迫る。

 

 

 氷鎧が形成を完了し、神獣が遂に動き出す。

 その半秒手前で人獣が動き出した。

 

 どちらも時間経過でより強大になる神獣の神装積み増しと人獣の強化上乗せ。

 しかし秒間の強化比率では明確に人獣の方が優れている。

 ナラシンハが構えを一度変える速度と神狼が厚みを倍にする速度、どちらが速いかは火を見るより明らかだ。

 だからこそツァガーンは限界ギリギリまで強化を粘った。

 そして敵の攻撃するに任せず自分から攻め込む。

 一つに集中している神狼がこれ以上新たな手段を出しようがないタイミングでの特攻だ。

 神獣までの距離を瞬く間に食い潰し、反撃を許さず確実な矛盾対決に持ち込む。

 

 ツァガーンの斧槍の間合い、その半歩手前。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な」

 

『足元に罠……!?』

 

 姿勢が崩れ、絶好の機が過ぎていく。

 

 

 それは神装の特徴の一つ。

 王気を高速濃縮浸透させ、王気で出来たことをより強力かつ瞬発的に実現する力。

 ツァガーンは敵の神装を圧縮により強化された気鎧だと理解していたが、それでは浅い。

 神装に至った鎧は射程と速度さえ既存の力を超えていく。

 しかも神装の基本性能(デフォルトスペック)である力に大層な手間は必要ない。

 求めるだけで即座に起動する。高度な思考も必要ない。

 凍狼であれば立っているだけでも凍結領土が確立できる。

 

 走行途中で足を氷漬けにされた人獣の体が倒れゆく。

 空転する肉体と同様に、ツァガーンの思考も空転する。

 過去の経験。聞いた話。受けた指導。走馬灯にも似た形で無差別にそれらが再生され、役に立たずに捨て去られる。

 故に、ツァガーンにこの状況を突破することはできず。

 

『……!歯を食い縛れよマスター!』

 

 打開するのは技でなく、獣の無秩序な本能にも似た暴虐だ。

 

「ナラシンハ、何を―――ごぼぁ!」

 

 咄嗟に作り出した拳をもって、神獣に向け人獣(己自身)を殴り飛ばした。

 型も構成も甘くとも、財布の恨みと積年の怒り、それ以上に勝利と幸福への祈りが込められた拳は重く。

 反作用を受けぬよう切り離されながらツァガーンを前に弾き飛ばす。

 

「……へっ、俺を前に進めるのはいつだってお前()か」

 

 姿勢を崩したツァガーンに神獣が追撃するより速く、人獣は神獣に到達する。

 飛びながらに姿勢を整え、飛ばされる力さえ回転に加える。

 掲げられる斧槍に込められる力は太陽のように赤く輝いて。

 凍てつく鎧を溶かさんと迫る。

 

「人獣一体気力総入、陽斬一刀神鎧討滅」

 

 ようやく動き出す神獣の、自身に迫ろうとする力さえ利用して。

 狼腕をかいくぐり氷鎧ごと頭蓋を叩き割る軌道で。

 全筋力を。全気力を。全感情を。己が心技体から捻り出せる全力を根こそぎ費やした渾身を振り下ろす。

 

「神獣超越―――"天過激刃"!」

 

 そこにはツァガーンの全てがあった。

 これまでの経験の結晶であり、努力の結実であった。

 磨いてきた技術の粋であり、意志の昇華であった。

 人生全てを丸ごと載せたような、ツァガーンにとって空前の一撃であった。

 それが凍狼の鎧とぶつかる。

 凍狼の神鎧も彼の研鑽の粋を極めたものだ。

 ならツァガーンは人生の厚みの差で負けてしまうのか?

 

 ()()()()()()

 

「お前のそれには……()が篭ってねえ!」

 

 その言葉はツァガーンにとってただの精神論であり、しかし図らずも一面の真実を突いていた。

 王気はエネルギー(MP)による条理の力であると同時、(SP)による非条理の力である。

 本来の神狼ならいざ知らず。

 本意を奪われている神狼が、その本質を引き出し切れるはずがない。

 カタログスペックで押し潰せる相手には足りたとしても。

 ギリギリの勝機の奪い合いにおいては敗北の隙になりうる―――。

 

 無敵に思われた神獣の氷鎧を人獣の斧槍が超えていく。

 表層を破り、中層を突破し、下層をも超過して。

 ついに神狼の頭部を覆った神装を丸ごと砕いて、矛盾の対決は矛が制した。

 そして。

 

 その先を穿つための刀身が、頭蓋を砕けずに立ち止まる。

 

『―――馬鹿な』

 

「衝撃の分散か!」

 

 ツァガーンは違和感に気づいた。

 それは頭部の神装が丸ごと砕けたこと。

 打撃技ならいざ知らず、ツァガーンの斧槍攻撃は一点を貫く斬撃だった。

 ならば破壊が伝播するのはおかしい。

 

 つまるところ、おそらくは最初からそういう仕組み。

 エネルギーの吸収と凍結が間に合わず神装を砕くほどの攻撃で鎧を穿たれた時。

 あえて広範囲を()()()()ことで勢いを使い果たさせる。

 攻撃力、その破壊力を、膨大な耐久を持つ神装を破壊させることで奪う、致命攻撃無効化手段。

 斧槍に再び力を込めるより早く、動いた神狼の頭蓋が斧槍を弾いた。

 弾かれた斧に引っ張られるように、人獣は後ろに回転する。

 

 人獣に回復の暇を与えない、神狼の腕が人獣に迫る。

 ツァガーンの全霊を受けてもまだ尽きぬ、獣神装に覆われた爪が襲う。

 

 

 もう一撃あれば神装の再構築より早く神獣を討つことができる。

 だが既に《万象》の効果は切れた。

 MPSPも根こそぎ使い果たし、全身全霊をかけて放った一撃だった。

 

 人生の全てを注ぎ込んで、無敵の神鎧を砕くという奇跡を成し遂げて、それで終わり。

 『準超級が、最上位の神話級の切り札をも上回った』という偉業が、ツァガーンの限界なのか。

 あと一人誰かがいれば。あと一つ何かがあれば。

 そう悔やんで終わるのがツァガーンの物語なのか。

 絶望するナラシンハの声にならぬ悲鳴が空を揺らす。

 

 根本の強度の差。貫かれることさえ考慮した構造を作る経験の差。肉体の強弱。

 全てを合わせた結果として、一歩及ばず。

 天秤は傾かなかった。

 

 だから。

 

「最後の賭けは……俺の勝ちだな」

 

 獰猛に笑った獣は、槍斧を弾かれた勢いのまま逆回転する。

 神狼の腕が降るより早く、人獣の肉体が神獣に迫る。

 相手に背を向けて放たれるその技は、全身の重を余さずぶつける単純にして強力な技。

 彼のライバルの出身地より生まれた中国拳法と、種族特性たる高体重を活かした技を考案した彼の師の術理に共通して存在していたその技の名は。

 

「"()()()"……"象王回撃"!」

 

 変身により体重を増し、再展開した自己バフと背を覆う毛皮の変形により強化された一撃は、鎧の剥がれた神狼の頭蓋に僅かに刺さる。

 それだけだ。ツァガーンの主観で一秒もあれば獣王気により凍結するだろう。

 

 刹那、肉に埋もれた背の中に、夜空のように光が見えた。

 それは変形により体内に取り込んでおいた、手持ち全てのジェムが起動する前兆で。

 

「あばよ、レジェンダリア」

 

 神獣が何かをするより早く。

 力が体内の誘導構造に沿って渦巻き、溢れ、神狼の頭蓋の穴に殺到する。

 まず柔らかい脳が消し飛んだ。

 首に向かい進む嵐は気道を通り、重要臓器を根こそぎ粉砕し、頑丈な皮に包まれた内部を蹂躙しきる。

 回復も間に合わず、命の灯火が消える音がした。

 神獣と、そんなものを体内で解放した人獣の、二つの命が。

 

 解放された魔法が混ざり合い、凍狼の口腔から複雑な爆音が響き渡る。

 それはどこか、群れで暮らす狼が行う、家族に葬送(おく)る遠吠えにも似ていた。

 

 

 

 

 




 次回、エピローグ(明日投稿予定)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。