南極狼獣   作:たくわん

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エピローグ 残されたもの

 

 

 3日ほど経ち、デスペナルティによるログイン停止が明けた頃。

 ツァガーンはなんとも言えない気持ちでこの世界へとログインしていた。

 

 国際指名手配期間中に死亡している者は例外なく<監獄>に行く。

 監獄は名前ほどには無味乾燥した環境でなく、それなりの面積と一通りの施設が揃った犯罪者達の遊技場だ。

 他方、既に監獄に隔離されている以上、何をやっても終わりはない。

 刑期が十年を越えた者は事実上終わりなき闘争を繰り広げることになるとされる。

 そして大抵の場合、数年以内に飽きてこの世界への来訪を辞めていく。

 どれだけコンテンツがあると言っても外ほどの数も質もなく、向上させようとする気概があるものは数少なく、いても場当たり的な襲撃に疲れて辞めがちだ。

 勝ち過ぎれば嫌われ、冗談半分での死亡率も高い。

 犯罪者しかいない場とはそういうものだ。

 

 ツァガーンは決闘ランカーとしても珍しいほど戦闘以外してないマスターだったが、それでもどこまで楽しめるかは未知数だった。

 目的がない。終わりがない。法と秩序がない。

 そんな環境に適応できるか―――そもそも適応する価値があるのか。

 悩みながらもツァガーンはログインを行い。

 

 ログインした時、その姿は監獄……ではなく、()()()()()()()()()()にあった。

 

「…………あれ?」

 

 

 

 

 

 ところ変わって、レジェンダリアの地方都市、そのカフェの一室。

 一人の象皮種族の男と一人の中華風の女が向かい合って茶を飲んでいた。

 

「無事に成功しましたね。なによりです」

 

 女の前には昨日の朝刊が開かれている。

 一面の見出しと書き出しはこうだ。

 

『暴走神獣殺害の犯人、複数人居た!?』

『昨日から神獣討伐者を名乗る者が同時多発的に発生している。各地の警察、探偵、自警団などが調査に向かっているものの、この世界から姿を消すマスターの調査が難しいことなどから難航しており、いまだ真実は謎に包まれている。議会はこれに対し「必ず犯人を捕まえる」と―――』

 

 それは男、"戦象"(ツァガーンの師)の提案と、女、"獣装武陣"(ツァガーンの好敵手)の紹介により生まれた、一時の混乱の記事であった。

 

 金銭、情報、名誉、享楽。

 様々な対価を支払うことで、《真偽判定》が見極められぬ形で噂を流す地下組織と、嘘を生業とするマスター達に『犯人の偽装』を行わせた。

 『犯人は大男だ』『いや子供らしい』『俺が犯人だ』『いや俺達が殺した』―――。

 一人が嘘をつく、一つの嘘を暴くなら数日でも真実を突き止められただろう。

 しかし大量の存在が嘘をつき、大量の真偽不明情報が出回れば、それは三日で暴ける範囲を大幅に逸脱する。

 

「提案したのは私だが、ここまでうまくいくとは思わなかった。

 君達には感謝してもしきれないな」

 

「ティアンの彼らには悪いですが。向こう(ゲーム外)での連絡は追えません。

 マスターであってもDM(ダイレクトメール)での連絡を追うならよほどの能力とコストが必要です。

 我々の足がつきませんから一つ一つを洗うほかなく。探られるのは偽装と虚飾に向いた能力者達。

 数日では犯人を絞るのも不可能でしょう。

 とはいえツァガーンがログインすればほどなくバレる嘘ですが」

 

「向こうも容疑者の一人だと思っているだろうからな。

 《真偽判定》がある限り追及を逃れることは難しい。

 だが、ログインさえできてしまえば我々の目的は達成される」

 

 顔を合わせて笑いあう。

 指名手配がログイン後であれば即時の監獄送りは避けられる。

 次に死ぬまでは監獄に送られることはない。

 ツァガーンの戦いは監獄で終わることなく、まだこの地上で続いていくことになる。

 それこそが、二人の望んだ道だった。

 

 

 とはいえ全てが望み通りに行ったわけではない。

 

 「本来ならその間に生き残りの妖狼種族を擁立し、討伐の事後承諾と指名手配解除の力添えを頼みたかったところだが」

 

「全滅が確認されてしまいましたからね」

 

 妖狼種族は土地をほぼ離れない。

 その土地が最も住みよい環境であり、神獣という崇拝対象が健在だったためだ。

 近くの街と交易することがあっても、遠くの街にまで行くことはほぼない。

 妖狼種族にごく近い街が巻き込まれた今回、生存者がいる可能性はかなり低かったが、僅かな可能性に賭けて捜索がなされ。

 神獣討伐後里を確認した結果としても、『生存者はいない』ことが明らかになった。

 子供に至るまで、一人残らず。

 

 ナヴァヤーカは嘆息する。

 隣人を失い、ばかりか今後ツァガーンの指名手配が解かれることもまずない。

 

 神獣を暴走させた何者かとその神獣を討伐した何者かがいるという今回の事件は、同じく神獣を崇拝する多数の種族を警戒させている。

 今回の件でこそ両者がマッチポンプを行っていない可能性は高く見積もられるだろう。

 しかし今後はどうかわからない。

 敵対する種族の神獣を暴走させ、壊滅的被害を与えた上で討伐して恩を着せる。

 もし事後承諾さえ行わぬ神獣討伐が許されてしまえば、このような案件が起こる可能性は極端に高い。

 それを一番行いそうな存在は、国内最大勢力である妖精種族。

 ここの暴走を止めるために、奉じる神獣を持たない種族さえ手配解除には慎重になるはずだ。

 

(ツァガーンの強さ(弱さ)がよく知られていてよかった)

 

 ナヴァヤーカは改めて思う。

 神話級の討伐が奇跡と言える実力だと思われていてよかった。

 もし高確率で成功する実力と思われていれば、今回の件が象皮種族のマッチポンプと思われる可能性さえなくはなかった。

 そうすれば、今後の象皮種族への風当たりはますます強くなっていたことだろう。

 

 そこまで考えて、優雅に茶をしばく対面の女をまじまじと見た。

 自分と違い、その澄ました顔には落ち込む様子がまるでない。

 

「何か?」

 

「いや、気にしていないのかと思ってな。

 君が私の案を手伝ってくれたのも、妖狼種族の生き残りの探索に力を尽くしてくれたのも、ツァガーンともう一度戦うためだと思っていたんだが」

 

 今回の結果はあまりよろしいものではないだろうと伝えると、何を考えているかもわからん笑顔で茶をもう一口飲んだ。

 相変わらず読めない子だと内心呟く。

 

 存在を意識したのは弟子がライバルとして紹介して以降。

 交流を始めたのは突然里を訪ねて話を聞きに来られて以降。

 これまでの経験や知見の聞き取り、拳技の講義や手合わせを求められたこともある。

 素直で謙虚、勤勉な若者だったが、どうにも『なんのためにそれをするのか』という動機の部分がわかりにくい。

 全体的には人のためになることを進んでやる、心優しい女性なのだが。

 照れ隠しとも違う雰囲気で、独特な思考をもっていそうな節があった。

 なので時々、こうして困惑させられるのだ。

 助けられたナヴァヤーカとしては、恩を返すためにも彼女の目的は聞いておきたいところなのだが。

 

「話は変わりますが。神獣暴走の犯人と思しき男の追跡は失敗したようです。

 あの手合いに逃げに徹されると追い切れませんね。

 やはり情報獲得手段の構築は急務かと」

 

「急だな。いや重要なところではあるが。

 暴走強化能力……だったか?

 暴走があくまで余録に過ぎないとすれば、どこまでやれるか全く読めない。

 随分と面倒な輩が出てきたものだ」

 

「ツァガーンと私で鼻をへし折りましたから。しばらくはこそこそしてるでしょうね。

 徒党を組むのが下手そうなのは不幸中の幸いです。

 しかし厄介なのは本人よりも『モンスターの暴走でここまでやれる』という新常識を明らかにしたこと。

 早めに刈り取ったとはいえ。今後はこの国。更に荒れるでしょうね」

 

「いやな話だな……本当に嫌な話だ」

 

 今度こそ顔に憂いを露わした女を見て、深く深く嘆息する。

 事実、この後治安は悪化の一途を辿る。

 犯罪者が次から次へと事件を起こし、マスターを中心として国家所属者や居合わせた旅行者がギリギリで被害を食い止める繰り返し。

 秩序側が対犯罪者の態勢を整え、超級犯罪者を筆頭に強力な犯罪者が重石として機能し勢力図が落ち着くまで、この国は混沌の中に生きることになった。

 "獣装武陣"モルフォもまた、秩序側で戦っていく。

 そして。

 

「ツァガーンは犯罪者として戦うことになるでしょうね」

 

 それも、ナヴァヤーカにとっては喜ばしからざる話であった。

 

「国外……カルディナあたりに出て、金で国内活動を許可させカルディナの決闘に参加する。そんな手もある。或いは君も」

 

「出ませんよ。あの男はこの国と貴方達(象皮種族)から目を離すのをよしとしないでしょうし。私も今のところここを出る気はありません」

 

「君が誘えばあいつも乗るんじゃないか?

 言ってはなんだが、この国(レジェンダリア)よりカルディナの方が得る物は多いと思うが」

 

「お構いなく」

 

 我が強い人間はメンタルが強く、困難を前にしても折れにくい。

 そして人の説得を聞きにくい。

 思想に適合すれば国家を敵に回すような犯罪も行い、犯罪者にも手を貸す。

 良くも悪くも。

 

「この先に、何を求めている?」

 

「派手な決着を」

 

「……決着?」

 

「ええ」

 

 モルフォはツァガーンの勝利を信じていなかった。

 十割負けるとまで考えて、奇跡の勝利を確実に掴める男と思わなかった。

 それでも戦ったのはただの義理だけでなく。

 

「犯罪者に身をやつして。この先戦い続けて。

 生き残ったあの男が悪に堕ちた時引導を渡すなら。それはこの私であるべきでしょう」

 

 実現すべきと信じた理想を曲げる理由に現実の厳しさを一切含まぬ、揺るがぬ理想論者であるからである。

 或いは、ツァガーンと同様に。

 

 

「……え、悪に堕ちる前提?」

 

「その方が私に相応しい美しい展開ですから」

 

(この子の基準、一生わからない気がしてきた……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツァガーン、これからどうする?」

 

「裏社会に潜る」

 

 ()()()自身の罪を被ろうとする者が大量発生し、指名手配が遅れたことを知ったツァガーンは、裏事情を知らぬまま二人の想定通りの道を歩むことを決めていた。

 

「裏つっても俺が乗れないほど非人道的な話ばっかじゃねえのは確認した。

 土地ごとに法律が極端に違うこの国じゃ、雑な理由で手配くらうのも日常だしな。

 神獣を殺したってネームバリューもある。しばらくは仕事の選り好みもできんだろ。

 その間に慣れる……適応する。何度だってやってきたことだ」

 

「いいのか、それで」

 

 ナラシンハは複雑そうな顔をしていた。

 一応は彼女の願い通りに生き残った形だが、結局一度死んでいる。

 彼らは無敵でもなければ絶対でもない。

 指名手配を受け続けたまま戦えば、監獄送りにならない保証は全くない。

 

「今回のことでよくわかった。この世界はカスだ。

 馬鹿みてーな理由で気軽に種族ごと滅ぶ。

 なら少なくとも、避けられる後悔は避けてえ」

 

 抗わずに逃げて、逃げなければ良かったと思うのは必然だ。

 精一杯抗って戦いを終えたなら、或いは後悔せずに済む可能性もある。

 

 だが果たして、犯罪者としての生活は、ツァガーンにどれだけの悪影響を及ぼすだろうか。

 そのマイナスは象皮種族から離れるマイナスより大きいのか。

 ナラシンハは迷い、ツァガーンはその迷いを勘定に入れない。

 

「もっと気軽に、一回ぐらい国外に出てもいいのではないか。

 モルフォとの決着にしても、決闘一位の座にしても、一度ぐらい試すのも」

 

「あいつは来ねーよ。あの女がそんなオマケみたいな決着望むわけねえ。

 他国に師匠の名を轟かせるのも悪くはねーが、決闘一位はそこまで特別な立場でもないだろ。天地や黄河のならともかくよ」

 

「むう……」

 

 決闘一位の座。

 しばらくのちに超級と特殊超級職が占領するその座は、当時においては神話級に及ばぬ準超級さえ到達し得る立場でしかなかった。

 一位の座を長年占有していればまた違うが、一度取っただけであれば神獣殺しの方が格が高い。

 当時から熾烈さを極めていた天地決闘、国に名高い伝説の龍を擁する黄河決闘であれば一位の格も高かろうが、東の端は流石に遠い。

 気軽に訪れるにはいささか不向きだ。

 

「もっと幸福に過ごしてほしかったのだがな」

 

 この世界(ゲーム)終わる(サ終する)まで、ということは隠して呟く。

 そこに含まれる言葉に、師の言葉と似たものを感じたからか。

 ツァガーンは珍しく、ナラシンハの憂いに寄り添うために言葉を紡いだ。

 

「……そりゃ、今回の事件がなくて決闘一位取ってた方が楽しかっただろうけどよ。

 別に、楽しくないわけじゃねえだろ、俺はよ」

 

「楽しめるのか? こんな今を」

 

 少し、目を瞑って考える。

 答えはすぐに出た。

 目を開き、口角を上げて言い切る。

 

「―――ああ」

 

 

 "やりたいことをやる"。

 ずっとそうしてきた。

 それが例え逃避だったとしても。それが例え使命となったとしても。

 やりたいことをやることを、彼が楽しまなかったことはない。

 ならきっと、今回だって。

 

 

「やるぞ、ナラシンハ。

 師匠の役に立つために、俺が俺であるために。

 俺の物語が終わるまで戦い続ける」

 

「はぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜。

 仕方がない、付き合うとしよう」

 

 覚悟を決め、爛々と目を輝かせるツァガーンを見て、ナラシンハも腹を括った。

 ロクでもないマスターを引いたと、心から思う。

 絶対に止めたいはずなのに、なんやかんやで応援させられてしまう。

 こんなマスター、自分以外に担当させてなるものか。

 

「でも人の財布の金を勝手に使うのは二度とするな」

 

早めに返すよ(必要ならまたやる)

 

 喧嘩になった。

 

 

 

 意外と手ごわいナラシンハの猛攻をしのぎながら、ツァガーンは考える。

 

(神話級を倒した――とはいえ相打ち。まして完全な状態じゃなかった。

 (いただき)には遠い。俺の道はまだ途中だ。

 ここで終わらせることはできない)

 

 総合力では或いは神話をも超える怪物だった。

 個人戦闘の領域では完全な状態とはとても言えまい。

 神話の域からは落ちないだろう。それでも決して、頂点ではない。

 

(朗報もある。あれはおそらく技術の粋だ。

 天才が数百年かけて辿り着く領域――つまり、俺の道はそこに続いている。

 たどり着いてやる。そこに、その先にまで)

 

 何かを目指す時、見えてくる道がある。

 暗中を模索していけば、後ろに生まれる道がある。

 人の一生は道だ。足を止めぬ限り伸び続ける、この星に刻まれる一筋の記録。

 

(師匠が望んだ、俺だけの道。進み続けてやる、極め続けてやる。

 少なくともそう、この(せかい)にいるまでは。()()()()()()()()()()()

 

 戦いは続く。

 探求も続く。

 その連なりを誰かは物語と呼び、また誰かは(タオ)と呼んだ。

 

 

 

 数日後。

 神獣討伐者の手配書の一部が書き換わった。

 

 『神獣殺しの下手人 【象王】ツァガーン』

 『死のみ(ONLY DEAD)

 

 ツァガーンの通り名も僅かばかりに書き換わる。

 

 神獣を超えた怪獣、"超獣装者"。

 神にも等しき獣、"人面獣神"。

 

 国を震わせた異名はしかし、当人が裏に潜ったことで薄れ、時が経ち新世代の強者(覇者)の台頭と共に埋もれる。

 いつか再び表舞台に立ち、高らかに謡いあげられる日が来るまで。

 

 

 これは一人の男の物語。

 どこにでもいる一人の男が、神と戦い、監獄に落ちるまでの物語。

 いずれ終わる、だが今は一度幕を降ろすに過ぎない、未だ続く(物語)の断片だ。

 

 

 

 ―――いずれ神にも勝てる拳士になれ

 

(まだ道半ば。それでも。……それでも。

 まず一つ、(あかし)ましたよ、師匠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは人獣一体の境地を以て、二心と獣体による拳技を修めている。

 それは万象への変化と万全なる強化を用い、神の鎧さえ打ち砕くことができる。

 未だ振るわれぬ神話級武具さえ保有する、無限の可能性の化身である。

 

 クラス:獣拳士(ビーストボクサー)

 

 "超獣装者""人面獣神"【象王】(キング・オブ・シンボライズ)ツァガーン。

 

 

 

 





 というわけで、中編でした。
 なんかで使う予定の造形が曖昧な敵キャラを掘り下げるために短編として作ろうとして、造詣が曖昧なので順当に苦戦し、話が膨らむ中途中で「こいつのモチーフ、象形拳なんだしゲキレンジャーにすべきだろ!」と気づいてから大幅にキャラが固まって筆が進み、既に投稿していたプロローグ部分で出した情報やキャラクターを変えられず後悔し難儀し…という紆余曲折を経てクソ時間かけて出来た作品。
 これに最初から気付いていればやたら擬音使うキャラになったり謎の修行パートが色々入ったり敵にその辺の要素が拾われたりしたはずなんですが……。
 まあそれなりに良い形になったので、個人的にはよかったです。

 道(タオ)、良い曲ですよね。
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