Re:迷宮都市にて咲く菖蒲 作:にがりって…美味しいよね。
「声が聞こえる……」
そうだ、声が聞こえる。ただ、聞き取れない。多分、大人数に間近で怒鳴られたらこんな気分になると思う。
「ここは……どこだ?」
ここがどこか分からなくても、行かなければならないような気がした。
床に縛り付けられるようにして寝そべっていた自分の身体を起き上がらせる。倦怠感が凄い。いや、少し違うかな。なにか重い物を背負ってる……?いや、着ているみたいだけど、まだ何とかなる範囲だ。
教会、のように見える。でも随分とボロボロで、管理者も居ないみたいだ。
いつまでもここに居るのはダメな気がして、私は扉をゆっくり押し開いて外に出た。
最初に見えた景色は、空。曇った黒い空が広く長く続いていた。
少し、顔を顰める。
あまりいい気分ではなかった。死んだ、と思ったら、何処とも分からない場所に居て、そこで最初に見た空が曇りというのは幸先が悪い。
空を見るのは、あの
晴れの日は運がいい、なんて考えていたっけ。
加えて教会から出た途端に周りの音を拾い始めた耳のせいで頭が割れそうだ。
ただ、ずっとこのままでも居られない、と足を踏み出した。
この曇天の下を歩く。そんな私の顔は多分ずっと顰めっ面だったと思う。
暫く宛もなく歩いていると、悲鳴が聞こえた。今の耳に少しだけ感謝した。遠くの音なのが感覚として分かったから。
私は悲鳴の方向へと走った。前の身体なら間に合う筈もない無謀な行い。
ただ、何処かで間に合う。いや、
地面を踏み込んで跳ぶ、更に壁を蹴る。そのまま屋根に飛び乗って、屋根伝いに走った。
近づくと、悲鳴の代わりに金属がぶつかるような音が聞こえるようになった。
眼下には襲撃者と思しき白いローブの集団を圧倒する少女達がいた。
その後ろに居るのは怯えと安堵が綯い交ぜになった顔の人々、状況からして一般人。
既に白ローブは潰走しているけど、無辜の民を襲う連中をここで逃がす理由もない。
ならば。
加勢して一気呵成に殲滅するだけだ。
私は足を踏み外すような前傾姿勢で屋根から飛び降りた。
「来たれ■■■」
身体にまとわりつく“重さ”が震えて、零れた。その見えざる雫が剣の姿を象る。
「ガハッ!」
路地に着地して白ローブの男を強襲、斬り捨てるとそのままもう一人の首を斬り落とした。
戦いが終わった事で■■■を雫に戻すとそのまま“重さ”に加わり戻った。
「貴様、何者だ。所属と
「Lv……?なんだ?それは」
しまった。成り行きで戦闘に加わったけど、今の私はこの場所の事を何も知らない状態だ。
やってしまったかもしれない。
「しらばっくれるつもりか!」
「待ちなさい、リオン。彼女は本当に困惑しているようだし……うーん」
金髪の少女が声を荒げるのを赤髪の少女が収めた。赤髪の少女はそのまま少し黙って考えを巡らせているようだ。
「アストレア様に確かめてもらうしかないわね。彼女が何者なのか。」
「なっ!危険ですアリーゼ!」
またもや金髪の少女を宥める赤髪の少女を横目に少し考える。
アストレア……?彼女たちの様子からして敬意を集めているけど、依存させている訳では無い。いい指導者なのがわかる。なら、今は……
「貴女もそれでいいかしら?」
「えぇ、身の潔白は証明したいですから」
「なら決まりね!招待するわ!私たちの
二人に連れられて路地を出る。アリーゼと呼ばれていた赤髪の少女、私、金髪の少女の順で歩いている。
……少し笑えない話だが、この身体になってから思考や行動に別の誰かが介入しているのを感じる。
一人称の私、なんて最たるものだ。
気味の悪さに内心震えていると、
「そういえば、貴女のお名前は?」
「名前、か」
前の名前を名乗るつもりだったが、気が変わった。
丁度いいタイミングで名前が浮かんできた。恐らくこの身体本来の名前が。
「フルルドリスだ」
「ならフルルドリスさん。貴女はどうしてこの“オラリオ”にやってきたの?」
「……それはこの都市の名前か?」
「貴様ッ!ふざけるのも大概に「リオン」……すみません」
本当に分からなかったから聞いただけなのだが……
どうやら私の態度はリオンと呼ばれた金髪の少女を怒らせやすいらしい。
まぁ、実際彼女の中では捕虜の護送に近しいのかもしれない。捕虜がこちらの質問をのらりくらりとかわしていると考えると……確かにムカつくな。
「フルルドリスさんは、オラリオの事を全く知らないのね?ここオラリオは世界の中心と呼ばれる場所なんだけど」
「あぁ、知らない。しかし、大層な謳い文句の割に……妙に空気が悪いな。先程の白ローブ共が理由か?」
「そう、彼らは
「それがのさばっているが故のこの光景か」
私は周りを見た。木片で補強してあるドアや傷ついた石壁。細かな戦闘の“跡”がそこにはあった。
「その通りよ。だから今、オラリオはこう呼ばれてる。暗黒期って」
「なるほどな。それをどうにか改善しようとしているのがお前たちという訳だ」
「その通り!私たちが“正義”の派閥、アストレアファミリアよ!そしてようこそ、ここが私たちの本拠“星屑の庭”!」
「歓迎感謝する」
「先程の感謝、取り消しても?」
アリーゼが自らの本拠だと言った場所で、私は目の前の和装の少女に刀を突きつけられていた。
アリーゼに視線を送る。
「
「しかしだな、団長殿。こいつはLvを答えもせず、尚且つ素性も知れぬのだろう?」
団長殿、というのはアリーゼの事だろう。
すると気になるのは、アストレアはどうやらアリーゼですら敬う存在らしい。組織のトップより上、企業で言う名誉会長辺りか?よく分からない。
「聞いているのか?」
「もちろん聞いている。アリーゼが君を説得してくれたのは見ていた」
私が考えにふける間にアリーゼは輝夜を説得してくれていた。その甲斐あって突きつけられていた刀は今は鞘に収まっている。
「ならばいい。アストレア様の前で無礼を働いたならばその場で斬る」
「嫌われているな」
「その抜け殻のようなナリが気に入らんのだ。昔の私を思い出す」
「勝手に重ねられても困るのだが」
そのまま、アリーゼ、リオン、輝夜の3人に連れられて1つの部屋に入った。部屋の中にはベッドと椅子が1セットあった。
私は暫しベッドと椅子に目をやって、椅子に腰掛けた。
「待たせたわね」
扉を開けて入ってきたのは、胡桃色の長髪を湛えた女性。
一目見て感じたのは、“格の違い”。
生物、或いは存在として違う、ヒトの形をした何か。
畏怖ではなく敬意を持って称えるなら、“女神”
私の口は気づけば開いていた。
「完全に完成した存在など生まれて初めて見た。力を縛られているのは、何か決まり事か?」
「えぇ、そうよ。でも……私も初めて見たわね。貴女のような存在は」
「認め難いかもしれないが、これでもヒトであると自負している」
「女神の私から見ても微妙な塩梅よ。今の貴女。昇華するか、崩壊するかの二択ね」
「なるほど。どちらにしても、だな。まぁ、都合よく救いがあるとも思っていなかったが」
「身の振り方はここで決めるといいわ。……アリーゼ」
「はい」
「この子をファミリアに迎えます」
「わかりました!リオン!輝夜!歓迎パーティの準備するわよ!」
輝夜とリオンは目をひん剥いて固まっていたが、アリーゼの勢いで部屋の外まで押し出されていた。
「最後に1つ聞きたいのだが……」
「何かしら?」
「女神から見て、私はどれだけもつ?」
「そうね……あと半年かしら」
私は女神の言葉に少し微笑んだ。
ままならないな、全く。
時系列の説明は次回です。