星夜野町立小学校で集団昏倒事件 化学物質の漏出か XX新聞
11月1日、星夜野町立小学校で多数の生徒と教師が昏倒するという事件が発生した。
事件発生は4限目中の午前11時前後で、その時刻に校内にいたすべての人間がほぼ同時に意識を失ったものとみられている。被害者数は300人に上ると推定され、警察と消防は詳細の把握を急いでいる。
被害に遭った生徒と教員は、意識を失ってからおおよそ5時間後の午後4時ごろに大多数が目を覚まし、そこでようやく事件が発覚して通報に至ったとのこと。目を覚ました被害者たちはそれぞれ医師の診断を受けているが、今のところ後遺症や健康被害は確認されていない。
星夜野町教育委員会はこの件について、警察と連携して調査を進めているものの、原因は未だ不明であると発表した。生徒と教員への聞き取り調査では、単に居眠りをしてしまっただけと認識している者がほとんどであるとわかっている。しかし、数百人の人間が同時に眠りに落ちるのは明らかな異常事態であり、なんらかの薬物や化学物質が散布、あるいは漏出した可能性もあるとして、当局は関係機関と調査を進めていくとしている。
………
……
…
「なーなー、みんなはさー、いつまで母ちゃんと一緒に寝てたー?」
きっかけは些細な会話。小学生らしい幼い問いかけ。
質問の主はさらさらロンゲの佐藤くん。地元のサッカークラブでレギュラー選手になっているという人気者。昼休みの教室で話題を放り投げた彼の口の端は歪んでいて、にやにや笑いを隠しきれていない。
実にあからさまなマウントの構え。悪意未満のお遊び気分で、
「え、うちは家族みんなで寝てるけど……」
などと馬鹿正直に答えたの運の尽き。哀れ、ウサギ狩りのターゲットとなった幼き日の僕は、あっという間に大人ぶった子供たちに取り囲まれて「ダッセー!」の大合唱に晒されることになってしまった。
三日月みたいな口の形がずらりと並んでいたのを覚えている。仕掛け人の佐藤くんが得意満面になって僕のことを指差しているのも妙に記憶に残っている。頬が熱くなって、頭が真っ白になって、僕は案山子みたいに棒立ちになっていた。
「べつに、ひとりで寝るくらい、全然、平気だし!」
叫んだ声が震えていたのは、小学生の自分にとって、それだけ精神的に
夕食を食べて、お風呂に入って、歯を磨いたら、いつもの布団から毛布を引っぺがして、リビングのソファにダイブする。呆れと心配が半々くらいの両親が弟を連れて寝室に引っ込んだのを確認してから僕はリビングの電気を落とした。
実のところ、その頃には僕はすっかり機嫌が直っていて、家族から離れてひとりで眠るというシチュエーションにむしろわくわくしているくらいだった。そもそも家族四人で揃って眠るのは、まだ幼い弟のためであって、ひとりで眠るのが怖かったわけではないのだから。
灯りの消えたリビングにはカーテンを透かしてうっすらと星明りが入ってきている。目を閉じれば、夜の静けさが耳の中に流れ込んでくる。壁掛け時計はデジタルだから針の音が聞こえてくることもない。一緒に寝ている家族の気配が無い分、いつもより落ち着ける雰囲気だ。
「なんだ……。ひとりのほうが、いっそ楽じゃんか」
毛布にくるまりながら頬を緩ませる。緊張はない。肩の力は程よく抜けていて、指の先までだらんと脱力している。呼吸はおだやか。閉じた瞼の裏には何も映っていない。意識と思考は絹のように滑らかで、つるりつるりと近づいたり遠のいたり。
波のような睡魔が静かに寄せてくる。砂浜に寝転んで、足の先からちょっとずつ攫われていくイメージ。心地いい浮遊感。手足の末端が温かくなって、真っ暗な無意識の向こう側に溶けていく。
時間の流れが曖昧になって。
身体の感覚があやふやになって。
意識の境界が揺らいでいって……。
そして、翌朝、僕は一睡もできないまま太陽を見ることになった。
窓から差し込んだ眩しい朝日に「は?」と間抜けな声が漏れた。意味が分からなかった。あんなにリラックスして目を閉じていたのに、あんなにふわふわと気持ちいい気分で揺蕩っていたのに、そしてなにより、今まさにこんなにも眠気を感じているというのに、どうして僕は眠ることができなかったのだろうか。
ソファから身体を起こして、被っていた毛布を足で蹴っ飛ばす。とにかく気持ちが悪かった。あるべきものがあるべき場所に収まっていないような違和感。全身が眠い眠いと訴えているのに、身体が睡眠の方法をまるっと忘れてしまったかのような、どうにも落ち着かない感覚があった。
それでも時計の針はお構いなしに進んでいく。混乱した頭のまま顔を洗って、パジャマを着替えて、それから別の部屋でぐっすり眠った家族と朝食を食べれば、あっという間に登校の時間になってしまった。
「いってきます」と言った自分の声が洞窟みたいに反響して聞こえてくる。外に出ればいつもより太陽が黄色い気がした。忌々しいくらいの青天だった。冷たい風が街路を吹き抜けているけれど、その感覚も板一枚を隔てたみたいに遠く感じる。
そういえば今日から11月だったな、なんて考えているうちにいつの間にか学校についていた。眠っていたわけでもワープしたわけではない。登校中の景色ははっきり覚えてる。ただ、その間、思考がくるくると空転し続けていたというだけのこと。
クラスメートたちは昨日のことなんてすっかり忘れたみたいだった。「ひとりで寝れたの?」なんて聞いてくる子はひとりもいない。結局、昨日みたいなのはただのおふざけで、重く受け止めたのは僕だけだったっていう話なわけだ。
授業が始まる。残念なことに今日の時間割に体育はない。朝から放課後までずっと座学。
ぼんやりしながら先生の話を聞く。いつもより平坦で面白味のない授業に感じてしまう。当然、眠くなる。それでも、居眠りはしなかった。いや、できなかった、のほうが正しいのかも。
4時間目。あと45分で給食、それからお昼休み。
チャイムの音が遠い。教室のざわめきが歪んでいる。先生の声は法螺貝みたい。
眠い。眠い。だというのに、眠らないし、眠れない。
どうしようもなくイライラする。そんな自分自身を頭の上から俯瞰している感覚。
不意に肘が筆箱に当たった。消しゴムが転がって机から落ちる。音もなく地面で弾んで、隣の席の足元へ。ロボットみたいに目線でそれを追いかける。
隣の子がすぐに気付いて消しゴムを拾ってくれた。先生のことを気にしながら、その子が消しゴムを乗せた手のひらを伸ばしてくる。
僕も手を伸ばす。
肌色の手のひらに、白い消しゴム。
指が触れる。
ほのかに温かい。
皮膚の感触。
柔らかさ。
目が合う。
はにかむ。
お互いに。
声もなしに、
会話ができる。
赤外線通信みたいな機能。
次の瞬間。
椅子の足が消える。
バランスを崩して。
転がる。
落ちていく。
僕も、
あの子も、
誰も彼もが、
真っ暗な穴の底に。
そうして、内と外がひっくり返って、
閉じ込めていた眠気が自由になって、
学校中を飛び回り、
生クリームみたいにかき混ぜられて、
誰も彼もが、
夢に溶けた。
………
……
…
都会の夜は昼間よりも眩しい。ソウマがそれを知ったのは、東京の大学に進学してすぐの頃のこと。
賑やかな歓楽街を自分のペースで歩く。バイト先への通勤路も4年目となれば慣れたものだった。季節は春。暖かな陽気が夜の空気に残留する4月の最終週。街にはゴールデンウィーク直前の浮ついた空気が漂っている。
大通りの雑踏をすり抜けて、いつもの曲がり角から薄暗い路地に入る。ちょっとした近道。バイト先のホテルの裏手に回り込んで、スタッフ用の通用口から中に入った。不愛想な灰色の廊下を通ってロッカールームへ。大学から持ち帰った荷物をロッカーに放り込み、仕事着に着替える。糊のきいた白いシャツに黒のジャケットとスラックス。ベルボーイ風の恰好だけれど、彼の仕事はそれではない。
着替えを終えたら、バックヤードの事務室に顔を出す。部屋の奥のデスクでバイト先のボスがコーヒーを飲んでいた。目が合ったので、軽く頭を下げる。
「こんばんは、ボス」
「ああ……。ソウマ、お前、今日は客を取るのか?」
「ええ。ご新規さんの予約が入ったので」
渋みのきいた低い声が飛んでくる。デスクに腰掛けているのは年季の入った凄みのある男で、いかつい顔の右目には黒い眼帯が掛けられている。白髪交じりの黒髪を撫でつけたオールバック・スタイル。スタッフから支配人とも社長とも呼ばれずに、ボスと呼ばれているのも納得の風貌。
「どこからの紹介だ」
「カモミロ先生ですけど」
「あの男か……」
その名を聞いてボスが渋面を作った。
新規の客がこのホテルに――もう少し正確に言うと、このホテルのスタッフが提供する
「その客に問題があればすぐ報告するように」
「了解」
「余計なことをしてうちの備品を壊すなよ」
「わかってますって」
「どうだかな。ほんの2週間前だぞ。お前が客に"ウマ息子とトレーナー"などという寸劇を見せた挙句、興奮した客の鼻血で寝具一式を駄目にしたのは」
「あれは、クライアントの内なるリビドーの深さを読み間違えたというか……。いや、反省はしてますし、気を付けますよ、ホント」
視線で圧を掛けてくるボスをいなしながら事務室を出て、バックヤードからエントランスへ。スタッフオンリーの扉を抜けると、室内の光量が一気に増えた。天井から降り注ぐ白い光に一瞬だけ目を細める。壁際の振り子時計を横目でチェック。大丈夫、約束の時間にはまだ余裕がある。
ここは、歓楽街の外れにある中規模ホテル。そのやや手狭なフロントに立つ同僚に軽く手を挙げて近づいていく。黒のスーツをかっちりと着込んだ麗人のフロントスタッフが、カウンターの下から鍵を取り出しソウマに差し出してきた。
「予約のお客様ならもう来てるわよ。予定よりだいぶ早いわね」
「おっと。わかった、すぐに向かうよ」
「ラウンジの6番テーブルに案内してある。素人意見だけど、見た感じ結構重症そうだったわ」
「ま、対応は君に任せるけど」と肩を竦める彼女から鍵を受け取り、ソウマはエントランスの奥の廊下に向かう。エレベータホールに続く真っ直ぐな廊下。その途中にあるクラシカルな扉を押し開けた。
扉の先はクリーム色の落ち着いた照明に照らされた空間。白色灯の廊下よりも部屋に暖かみがある。奥まったところのステージを囲うようにして、衝立に仕切られた複数のテーブル席が設えらている。6割ほどの席が既に埋まっていて、平日の夜にしてはそこそこの客入りといったところ。
ステージではセイレーンのピアノ伴奏でバンシーが静かなメロディを口ずさんでいる。この時間はまだ健全なパフォーマンス。セイレーンが歌い始めると
ウィスパーボイスの歌声を聞きながら6番テーブルに向かう。目隠しの衝立を回り込むと座っている人物が視界に入った。若い女性だ。少女といってもいい。カモミロからの事前情報では確か18歳。ソウマの客は男女問わず年上がほとんどだから、かなりのレアケースである。
「失礼します。ヤマノ様でよろしいでしょうか」
ちびちびとジュースを飲んでいた彼女が顔を上げる。クールな表情の似合う小顔。けれど一目見た瞬間、フロントスタッフの見立てが正しかったことを理解した。なるほど、確かに重症だ。
瞳には充血、目元には深い隈、ショートヘアの黒髪は艶を失くしていて、きつく結ばれた唇も乾いてしまっているのが見て取れる。声掛けに対する反応も緩慢。いかにも億劫そうな様子でテーブルの傍らに立つソウマを見上げている。しばらくぼうっとしてから、ようやく掛けられた言葉を嚙み砕いたのだろう、ワンテンポ遅れて頷きを返してくる。
「はじめまして。ご指名いただきましたソウマです。どうぞよろしくお願いいたします」
「うん……」
慇懃な名乗りにそれだけ返して、彼女はこくりと頷いた。瞳の色は緑。焦点が合っているのかは怪しいところ。ぼんやりとした表情はからっぽで、感情らしきものは読み取れない。
「……そう、それ、私で合ってるよ」
「はい、カモ先生からのご紹介ですね」
「うん」
「予約の時間までまだ少しありますが、どうされますか。すぐに部屋に行くか、それとも」
「すぐに行く」
そう言ったときにはすでに彼女は立ち上がっていた。手荷物は小さなハンドバッグひとつ。グリーンのアーミィジャケットを翻してトコトコとラウンジの出口へと歩いていく。ソウマも慌ててその背中を追い、ラウンジの扉の外へ。
廊下の真ん中で彼女が腕を組んで待っていた。ほんの少しばつの悪そうな表情。先に出たはいいもののどの部屋に行けばいいのかわからなかった様子。不謹慎かもしれないが微笑ましく思えてしまう。
「それでは、行きましょうか」と彼女を先導してエレベータで2階に上がる。密室の箱の中でも二人の間に会話はなかった。エレベータを降りたら、廊下の奥の客室、206号室の鍵を開ける。何の変哲もないホテルの一室だ。部屋の奥の窓際にシングルのベッドとサイドテーブル。ビジネスホテルよりは広いけれど、スイートと呼べるほどの豪華さはない。清掃と整頓の行き届いた部屋には清潔で柔らかな雰囲気がそよ風のように揺蕩っている。
「カモ先生は、あなたなら私の悩みを解決できると言っていた」
ソウマが扉を開けた状態でヤマノに入室を促すと、彼女は足を止めて探るように彼をじっと見つめてきた。会話と呼べるほどの声を聞いたのはこれが初めて。喉にもダメージが出ているのか、その声ははっきりとわかるくらいに掠れていた。
「
「……天才かどうかはさておき、指名をいただいた以上、きっと眠りに導いてみせますよ」
果たしてカモミロはどんな風に僕を紹介したのやら、とソーマは肩を竦めたくなるのをこらえて、ビジネススマイルをヤマノに返す。彼女の緑の瞳が胡散臭そうに細められた。
「ベッドの上にパジャマを用意してあります。壁際には金庫があるので貴重品はそちらに。部屋の外で待機していますので、就寝する準備ができたらお声がけください」
「……。わかった」
諦めたような溜め息をひとつ残して、ヤマノが客室に入っていく。閉まる扉。足元から廊下の静けさが這い上がってくる。目の前にはウッド調のタイルが並ぶ没個性な壁。ソーマはその平坦なキャンバスにヤマノの風貌を思い描く。充血している濁った緑の瞳が印象的だった。
カモミロから受け取った彼女の問診を頭の中で再確認する。
慢性的な睡眠不足。一日の睡眠時間は1時間から2時間程度。同じ内容の悪夢を繰り返し見てしまい、毎晩夜中に覚醒してしまうのがその原因。
症状が始まったのは4月の頭に上京してからのこと。最初は住環境の変化のせいかと思ったらしい。しかし、あまりにも長く続く悪夢に異常を感じて、数日前についにカモミロのクリニックで受診したようだ。
1か月。彼女の眠れていない期間である。間違いなく重症、というか、普通ならとっくにぶっ倒れていてもおかしくない状態。フィジカルが頑丈なのか、それとも不眠に耐性があるのか。しかし、それがいつまで保つのかはわからないし、メンタルへの負荷も日ごとに大きくなっているはず。いずれにせよ早急に対処する必要があるだろう。
カモミロがソウマに話を回したということは、通常の不眠治療や睡眠薬が効果を発揮できなかったということ。彼は彼で優秀なドクターなのは間違いない。患者をソウマのような夜の住人に紹介してくるのは、ある種の裏技と言ってもいい。単純な不眠症ではなく、なにかイレギュラーな要素があると考えておくべきか。
「準備できたよ」
客室の扉が数センチだけ開いた。僅かな隙間からはヤマノの顔が半分覗いている。ソウマは思考を打ち切り、彼女の視界に入るよう移動してからドアノブに手を掛けた。室内のヤマノがドアから一歩引く気配。一拍置いてからドアを引いて部屋に入る。
パジャマに着替えたヤマノはいっそう幼い容姿に見えた。彼女の体躯は小柄で、ソウマとは頭一つ分ほどの身長差がある。その都合、上目遣いになってしまっているが、彼女の視線はむしろ挑むような鋭さがあった。
「それで、どうすれば眠れるの?」
「オプションは色々ありますが。リクエストがあれば、どうぞ」
単刀直入に聞いてきた彼女に、ソウマは両手の手のひらをオープンしながら問いを返す。眉間に皺を寄せた彼女が怪訝そうに目を細めた。
「おぷしょん?」
「たとえば、マッサージだとか、子守歌とか。晩酌に付き合ってくれという方もいれば、絵本の読み聞かせがいいというお客様もいますね。人によっては添い寝を希望される方も……」
「そういうのは、別にいい。とにかく眠らせて」
憮然とした態度でヤマノが言った。これは想定の範囲内。新規の客は大抵こういう展開になる。
睡眠不足で気持ちが刺々しくなるなんてよくあること。そういうイラつきをぶつけられる側としては、まったくもって平気へっちゃらというわけではないけれど、いちいち気に病んでいたら話が進まないのもまた事実。
「では、ベッドに入ってもらって、すぐに眠ってしまいましょうか」
「簡単に言うのね」
「難しく言っても仕方ありませんから」
さらりと言えばじろりと睨まれた。チクチクと刺さった緑の視線を受け流して、手のひらをベッドに差し向ける。「さぁ、どうぞ」とソウマは彼女のために道を開ける。ヤマノは横目で彼を見据えながら、ゾンビのような足の重さでベッドまで歩き、行儀よくその上に身体を横たえた。
こちらから視線を外さずに、警戒もあらわに掛布団を身に纏う。ふわふわの羽毛布団。人工的に搔き集められた暖かさだが、だからこそ、文明人はその温もりに安息を覚えるもの。少しだけ呼吸を落ち着かせて布団にくるまった彼女の傍らに、ソウマは静々と跪いた。
「ひとつ、お願いがあります」
「なに?」
「脈を取るので、手首を握らせてください」
「……ん」
つっけんどんな態度で布団の中から手首が伸びてくる。変なことをしたら噛みついてやるぞ、と言わんばかりの鋭い目線。それを受け止めながら、ソウマはいよいよベッドににじり寄り、彼女のパジャマの袖をそっと掴んだ。
「目を閉じて。ゆっくりと呼吸をしながら、自分の鼓動を意識して……」
「ありがちな言い回し。……はぁ」
期待外れを隠しもしないため息をひとつ。それから彼女は黙って瞼を落とした。
ベッドの傍らのソウマは声もなく苦笑する。そう、実にありがちなセリフで、なにもかもがフェイクだ。本当のところは、目を閉じる必要もないし、呼吸だとか鼓動だとかもどうでもいい。脈を取るというのも真っ赤なウソ。必要なのは彼女の身体に直接触れるという、その一点のみ。
ソウマは、独りでは眠ることができない。
けれど彼は、他人の身体に触れることで、相手を眠らせることができる。
そうして眠らせた相手の夢に同調することで、はじめて彼も眠ることができる。
それが、夢魔の血を引く、彼の体質。
眠らなければ人間は生きられない。
誰かの夢に触れなければ夢魔は眠ろうともしない。
二つの種族のスタンスが、変なところでミックスされた混じり者。
「おやすみなさい、ヤマノ様」
赤ん坊をあやすように言葉を転がして。
ソウマは彼女のほっそりとした手首を掴んだ。