夢魔さんは眠りたい   作:子守家守

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デュラハンの首はいずこ(5)

 ソウマの語っていた懸念は的中した。

 

 その後の一週間、マヤたちの調査活動が大きな成果を得ることはなかった。

 聞き込み自体が上手くいかなかったわけではない。その頃には殺人事件の報道がメディアでなされていたので、むしろ聞き込みの対象となった人たちは饒舌すぎるくらいだった。

 成果がなかったというのは、彼らから聞き出せた話の中に、更科勇人の失われた頭部に繋がる手掛かりがまるでなかった点を指してのことである。

 

 特に、最初に訪れたマンションでの聞き込みは手ひどい空振りだった。

 どうも更科氏はマンションでのご近所付き合いに関しては消極的なタイプだったらしい。彼が借りていた部屋と同じフロアの住人に話を聞いてみても、彼の顔すら知らない人がほとんどだった。

 とはいえ、それは別に珍しいことではないだろう。マヤだって今住んでいるマンションの隣室の住人との付き合いは、引っ越しした当日に挨拶を一度した程度でしかない。故郷のような村社会では考えられないことだけど、東京ではむしろそのくらいのドライさが普通のようだ。

 

「ただまぁ、迷惑系の住人じゃなかったみたいだね」

 

 結局、聞き込みをしてもわかったのはそのくらい。廊下ですれ違ったときに軽く頭を下げた、程度の話はいくつか聞くことができたけど、それ以上の関わり合いを持ったという住人はひとりもいなかった。

 むしろ、話題にしているのが殺人というセンセーショナルな出来事の被害者ということで、聞き込みをしているはずのマヤたちのほうが、住人たちから根掘り葉掘りのカウンターインタビューを受けてしまい思わず辟易してしまったほどだ。

 

「なんだかとっても、徒労感」マヤは呟いて溜め息をひとつ。

「探偵の調査なんて大半がそんなものだよ」とソウマが笑った。

 

 その翌日、今度は更科氏が通っていたという大学を訪れた。

 マヤが通っているのとは別の大学だ。受験生の頃に見学に来たこともないので、初めて訪れるキャンパスだった。自分の大学とはやはり雰囲気がだいぶ違っている。構内に新しめの建物が多いからだろう。一方で、構内の道路を行き交う学生たちにはそれほど違いは見られない。立地的には同じ都内なので、学生の間のトレンドがある程度共通しているのかも。

 

「あいつの印象? うーん、改めてそう聞かれてもな……」

 

 話を聞けたのは更科勇人の同級生で、卒業せずに大学に留まっていた男だった。必修の語学クラスといくつかの選択講義で更科氏と一緒になっていたらしい。

 友人だったのか、と聞けば、まぁまぁ友達だった、との返答。親友と呼べるほどではないが、顔を合わせれば挨拶はするし、そう頻繁にでもないが一緒に食事をすることもあったという。

 

「悪いヤツじゃなかったよ。つっても、プライベートまで詳しく知ってるわけじゃないけど……」

 

 更科勇人は日頃から物静かで、学内ではあまり目立たないタイプだったという。しかし、ノリが悪いということはなく、飲み会やレクリエーションにはちょくちょく顔を出していたようだ。もっとも、そういった集まりでも、どちらかといえば聞き役に徹していることのほうが多かったらしいが。いずれにせよ、変に嫌われていたり、腫れもの扱いされているということはなかったという話だった。

 

 サークルには入っていなかったらしい。その代わり、いくつかのバイトを掛け持ちしていた。そのおかげだろうか、飲み会に気軽に参加できる程度の資金力は常に持っていたようである。

 稼いだお金を他にどのように使っていたかについては、友人の男も知らなかった。派手好きではなく、物持ちも良い方だったらしい。どこかに旅行に行ったという様子でもなかった。生活費に充てたか、それとも貯金でもしてたのかな、というのが友人の見解である。

 

「あいつが誰かに恨まれてたかって? いやぁ……、そういう話は聞いたことがないな」

 

 トラブルを引き起こしたり、逆に巻き込まれたりしている様子もなかったという。普通に大学に来て、普通に講義を受けて、普通に遊んで、普通に卒業した。そんな人物だったと友人は語る。

 私生活がどうだったかまではわからないし、バイト先やらの交友関係までは彼も知らなかったが、少なくとも学内における更科勇人の印象はそんな感じのものだったようだ。

 この友人は、卒業が決まったあとの更科氏とも一度会っていた。そのときも就職先までは聞かなかったらしいが、働き先が決まったこと自体は更科氏も嬉しそうで、普段よりもにこにことしていたのが記憶に残っているそうだ。そして、それ以降、彼は更科勇人とは一度も会っていないという。

 

 今まで聞けた話の中では比較的有益な、被害者のひととなりが多少なりともわかる話だった。

 とはいえ、残念ながら殺人事件と繋がるような情報でもなさそうだが……。

 

「あ、そうだ。交通事故の話は聞いてるか?」

 

 別れ際に友人の男が思い出したかのようにそう言った。

 

「交通事故?」

「あいつさ、同級生だけど二つ年上だったんだよ。んで、そのことについて聞いたことがあって。そしたら高校のときに事故に遭って、二年間学校に行ってなかった、って言ってたんだよ」

 

 それが、更科勇人という人間に対して、友人の彼がもっとも印象に残していたことらしい。

 なんでも、高校二年のときにひどい事故に巻き込まれて、それから一年近く昏睡状態に陥ってしまっていたらしい。その後なんとか回復したものの、そこからのリハビリも長引いて、結局高校を二年休学してしまったという話だった。

 

 その話をするとき、更科勇人は特に暗い表情になるでもなく、ごく普通に自身の経験を喋っていたという。悲惨な出来事なはずなのに、からりとしたものだった。そのギャップが、友人である彼の脳裏にこびりついていたのだという。

 

「えっと、今年の春に大学を卒業したんだから……、その事故はもう五年以上前の話だよね」

 

 被害者のプロフィールを思い出す。年齢は今年で二十四歳。四年制の大学を卒業するタイミングとしては、ストレート・コースとは確かに二年離れている。浪人か留年でもしたのかと思っていたけれど、実際はそんな事情だったのか。

 

 したり顔で語った友人の男が去ってから、マヤはソウマと微妙な表情で顔を見合わせた。

 社会生活から二年も離脱するという大事故。更科勇人という人間の人生においては間違いなく大きなウェイトを占める出来事だったろう。

 

 だけど、それは今回の事件になにか関係のあることなのだろうか?

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 その後、新たに明らかになった情報もなかったため、二人のバイト探偵は被害者のマンションと大学での聞き込みを往復するのがルーティンとなってしまった。

 これについては実のところソウマも予想外だったらしい。仕事を始める前はあんなことを言っていたけれど、実際は自分たちでなくとも警察がなにか新しい手掛かりを見つけるだろうと予想していたというのだ。

 

 ところが、事件の発覚から一週間が経ってなお、マヤたちの聞き込みはもとより、警察も犯人に繋がる決定的な手掛かりを見つけることができないでいた。

 司法解剖の結果、更科勇人が死亡したのは、マヤたちが部屋に踏み込んだ日のおよそ一週間前と判明している。しかし、その前後における被害者の目撃情報はゼロ。マンションの付近に怪しい人物の姿があったとか、なにか普段とは違ったことがあったとか、そういった類の情報もまるで出てこなかった。

 また、彼が就職したという会社についてもいまだに不明。被害者の名前はすでにマスコミに公表されているのだけれど、自社の新入社員だと名乗り出る企業も現れていない。こうなってくると、被害者が親族や知人に語っていた『都内で就職が決まった』という話の真偽さえ怪しくなってくる。

 

 物取りの可能性は低い。部屋に物色された形跡がないし、なにしろ死体があの状態だ。

 ランカからの情報では、警察は怨恨の線を中心に捜査を行っているのだという。今は故郷である東北まで含めて、被害者の顔見知りを総当たりしている状況のようだ。

 

「ひとまず依頼人に一週間の中間報告をしておくわ。二人とも明日はお休みってことで」

 

 結局、頭部の捜索に進展はほとんどなく、依頼を継続するかクライアントに再度確認することになったらしい。

 ランカにそう言われた翌日、マヤは久しぶりに大学から自宅のマンションに直帰した。玄関のドアを開けると女物の靴が目に入る。同居人のけーちゃんは既に帰ってきているようだ。「ただいま」と声を掛けるとリビングの方からだらけ切った声が返ってきた。

 

「おかえりぃ。今日は早いじゃん。バイトはぁ?」

「今日はお休み。けーちゃん、お夕飯はどうする?」

「作ってくれるなら食べるぅ……」

 

 ジャケットをハンガーに掛けて、キッチンの冷蔵庫をチェック。半端に残っていたバラの冷凍ひき肉を発見したので、とりあえずそれを焼いてしまうことにする。野菜室にもやしとピーマンがあったのでこれ幸いとフライパンに追加で放り込む。味付けは買い置きの生姜焼きのタレでいいだろう。

 マヤの料理は、基本的に雑だ。パッと作ってサッと食べられるものになりやすい。その場にあるものをまとめて焼いてしまえばひとまず形になるだろうという、勇者的というか、ぶっちゃけてしまえば放浪者的なスタイルだ。そんな適当な料理でもなかなかに美味しいものが完成してくれるのは、まさに現代日本の調味料のパワーの賜物である。

 

「良いにおいがしてきたぁ……。久しぶりのおうちごはんだ」

「けーちゃんも自分で料理すればいいのに」

「東京は外食が簡単すぎるのだよ。ちょっと歩けばお店がいっぱいあるしさ。地元だと車を出さなきゃ飯を食いに行くこともできなかったんだぜ? そりゃあ私も堕落もするっての」

 

 ここ数日は私も外食ばっかりだったな、とマヤはフライパンを振りながら考える。アルバイトで街に出ているときはソウマと一緒に食事を食べるのがいつもの流れだった。

 奢られていたわけでもなければ、割り勘にしていたわけでもない。なんと、探偵業務の経費扱いである。当然、帰り道に寄るのはファミレスかファストフードチェーンで、お高いお店に入るようなことはなかったけれど、それはそれとしてタダ飯という響きだけでも得した気分。口に入れた料理の美味しさも普段の三割増しくらい。我ながらけっこう現金だ、とマヤは小さく笑う。

 

「あ、けーちゃん? テーブルは拭いておいてね」

「あいよ、そんなことくらいなら私に任しときな」

 

 コンロの前から同居人を振り返る。だらけ切った姿勢でテーブルに顎を乗せていたけーちゃんがのそのそと動き出そうとしていた。彼女の顔の前にはスタンドで横置きにされたタブレット。マヤの側からは背面しか見えないので、なにを見ているのかは不明。

 だというのに、なにか引っ掛かるものがあった。なんだろう、画面は見えないのだけれど、そこに映っているかもしれないものに意識がフックされる。

 

 そうだ、しばらく前にあのタブレットを見せてもらったときは、確か……。

 

「あっ」

「うぉ、どしたどした、焦がしでもしたか?」

 

 思い出した。

 マヤはフライパンを火からおろして、素っ頓狂な声をあげている同居人のもとへと駆け寄った。けーちゃんはテーブル布巾を握ったまま頭にハテナを浮かべている。

 

「けーちゃん、一週間くらい前に見せてもらった動画って今見れる?」

「あン? えっと、動画ってなんだっけか」

「動画じゃなくて配信だったかも。ほら、カラオケで青い髪の子がずっと歌ってた……」

「ひょっとしてソバコの耐久配信のことか? んー、ちょっと待ってな、探してみるから」

 

「蕎麦粉?」聞き間違いかとマヤが首を傾げる。

「傍子な、葵山(あおいやま)傍子(そばこ)」とけーちゃんが半眼で訂正した。

 

「あった。これのことか?」

 そう呟いてけーちゃんがタブレットの画面をマヤに向けた。某有名動画投稿プラットフォームの見慣れた画面に、3Dの動画が映し出されている。カラオケ店の個室風の背景だった。タブレットにイヤホンが刺さったままだから音は聞こえてこない。けれど、演出上の照明が無音の曲に合わせて色を変えているのがわかる。

 その画面の中心で、青髪のショートカットの少女がリズミカルに身体を左右に揺らしていた。快活そうな笑顔の女の子だった。3Dモデルだけど、リアル調ではなくてアニメ的なデザインで、ガーリィな衣装からすらりとした手足が伸びている。

 

 間違いない。

 更科勇人の自室で見かけたクリアファイル、そこに描かれていた少女がそこにいた。

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

「うーん、ぶいちゅーばー、かぁ……」

 

 その発見を伝えられたとき、ソウマはあまりピンと来ていないようだった。マヤの()()()そのものはともかく、Vtuberというコンテンツに明るくない様子だった。

 

「偏見かもだけど、ヴァーチャルな配信者って夜中とか徹夜で動画を映しているイメージなんだよね。そういう時間、僕は基本的に眠っているから、今まで一度も触れることがなくて……」

「夜更かし系の趣味に弱いのよね、ソウマくんは」

「僕の場合は仕事も兼ねてますから。それに、睡眠不足は人生の敵ですよ」

 

 探偵事務所のランカが上品にコーヒーを嗜みながら微笑んでいる。

 意外にもこの手のサブカルチャーについては彼女のほうが詳しいらしい。漫画やアニメ、映画にも造詣が深いとか。けっこう暇なのだろうか。というか、探偵って依頼のないときはなにをしているのだろう、と素朴な疑問。

 

「耐久配信とか、人によっては二十四時間オーバーの企画とかもするらしいよ」

「狂気の沙汰だ」

 

 ソウマが表情を引き攣らせる。ドン引きという表現がぴったりの顔だった。

 

「それで、そのソバコさんだったかしら、有名な方なの?」

「けーちゃん……、友達が言うには、最近になって上り調子だけど、まだまだマイナなんじゃないかって。えっと、一ヵ月くらい前にコラボを解禁して、いろんなところに顔を出すようになって、だんだん名前が売れてきたとか……」

「なるほど、つまり一か月前の更科勇人さんの失踪の時点では、今以上に無名だった、と」

 

 その無名のVtuberのクリアファイルが被害者の部屋には置いてあった。マヤも少し調べてみたが、ネット上で販売されたファングッズのようだ。さすがに販売総数まではサイトに書かれていなかったが、描かれている人物の当時の知名度を考えると流通量はかなり少ないのかもしれない。

 

「確かに、彼の趣味がなんだったかとか、その辺りのプライベートな情報は聞き込みしていても聞こえてこなかったな。こういう取っ掛かりがあるなら、そっち方面から攻めてみるのもありか」

「そうね……。それなら、ファンコミュニティに潜ってみましょうかしら。名前が売れ始める前からの古参ファンともなれば、もしかしたら更科さんと顔見知りの人もいるかもしれないわ」

 

 白磁の指を顔の前で組みながら、ランカが自信ありげな笑みを浮かべる。彼女が主力になって葵山傍子のファンに探りを入れるつもりのようだ。この手のコミュニティはネット上での活動がほとんどというイメージがある。正直、マヤにはどこからどう手を付ければいいのかわからない分野なので、探偵所長自らが動いてくれると聞いてホッとしてしまった。

 

「マヤさんもネット文化にはそれほど詳しくない感じかしら? 本当なら若い子に任せた方がいいのかもだけど、ソウマくんもこの手の調査は苦手なのよねぇ」

「いや、なんというか、活動時間が噛み合わないんですよ……」

「ネットの世界に昼も夜もないわよ。時差のある地域とリアルタイムで関わるのなら、特にね」

「その『夜がない』っていうのが苦手なんですって」

「極地には行けないタイプね、ソウマくんは。白夜なんてゾッとするでしょ?」

 

 たじたじになったソウマがお手上げポーズを作っている。

 ナイトメアのショートポニーが心なしかへたり込んでいるように見えた。ちょっと可愛いかも。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 その翌日にはもう、ランカは葵山傍子のファンに連絡を取りつけていた。俗に言うところの切り抜き職人というやつらしい。葵山がデビューした初期のころから、彼女の配信をショートクリップにして投稿を続けているという男だ。ちょうど都内在住ということで、今日の午後に面会する約束をした、とのこと。

 仕事に手を付けたのはまだ昨日だというのに、驚異的なスピードである。いったいどういう手品を使ったのかについて、彼女は「インターネット老人会の面目躍如ね」と語っていた。正直、吸血鬼基準の『老人会』なんて、ジョークにしかならない概念だと思うのだが……。

 

 午後三時、ソウマはマヤを連れて待ち合わせ場所を訪れた。日中なので、ランカは事務所で留守番だ。最近はこのペアで動くことが多いな、と彼は思う。ソウマとマヤの他にもバイト探偵はいるはずなのだが、どうもタイミングが噛み合わないようだ。新年度が始まってひと月ほどだから、みんなまだ本業が忙しい時期なのかもしれない。

 

「あー……、あなたらが、探偵さん?」

 

 待ち合わせの喫茶店に現れたのは若い男だった。見た目は二十代前半。髪は短めで、くたびれたスタジャンを羽織っている。目元と頬のお肉がふくよかな印象。

 約束の時間に五分遅れて慌ただしくやって来た彼は、どこか緊張したような面持ちでボックス席に並んで座るソウマたちの対面に腰掛けた。

 

「ども、カトゥっす。ハンドルだけど。えっと、一応来てみたけど、俺、ちょっとまだ話がよくわかってなくて……。ソバーコのことで聞きたいことがあるとか?」

「ソバーコ?」

「あ、あだ名っす、ソバコの。フォロワはみんなそう呼んでる感じで」

 

 カトゥと名乗った男が口元を歪めて卑屈に笑った。斜めになった瞼から湿度のある視線を感じた。こちらの表情を窺っている感じだ。どう反応したものかとちょっと迷う。

 結局、ソウマはそれっぽく愛想笑いを作り、さっさと本題に入ることにした。

 

「急なお話でしたが、来てくださってありがとうございます。カトゥさんは葵山傍子さんの最初期からのファンだと聞いていますが、その認識で合ってますか?」

「や、まぁ、一応、登録一桁のころから追ってはいますよ、うん」

「かなり前から彼女の切り抜き動画を投稿していますよね。配信中の投げ銭の実績もトップクラスで、SNSでの情報発信や交流にも積極的、と。通話アプリにファンのためのサーバを立てて、その管理もされていると聞いています」

「ア、ハイ、そっすね、それで合ってます。……うへぇ、ガチで調べられてる感じだわ」

「すいません、ご不快に感じさせてしまったのなら謝ります」

「いや、そのぅ、いいっちゃいいんすけど……」

 

 カトゥの視線は基本、テーブルに向かっている。たまに思い出したかのようにソウマやマヤを上目遣いに見てくるが、視線が合うとすぐにまた目を伏せてしまう。

 なにか後ろめたさを抱えているような印象だった。ただ、ちょっとわかりやすすぎる気もする。演技かもしれない。だけどそうだとしたら、なんのためにそんなフリを?

 ソウマは横目でマヤと視線を交わした。目の前の男の様子に、彼女も小さく首を傾げていた。

 

「不躾なことを聞いてしまうかもしれませんが、ファン同士の交流はどんなものでしょうか。つまり、コミュニティの大きさとか、その中でのメンバーの仲の良さとか。あるいは、トラブルが発生していないかとか」

「規模はあんまり大きくないっすよ。最近になって人は増えてきてるけど、その前は、まぁぼちぼちって感じで。トラブルもなくはないけど、でっかいのはまだ起きてないかな。水が合わなきゃ抜けるだけだし。その辺はゆるくゆるくって方針なんで」

 

「では、現実でファン同士の顔合わせをしたことは?」ソウマは本題に切り込んだ。

 

「それは、あー、人によりけり? 基本、みんなネットの住人だから、リアルで会ったことのある人はそんな多くない、と思うっす」

「会う機会自体はあるものなんですね」

「あ、そこんとこちょっと難しくて。ソバーコってまだピンでファンイベ企画して人集められるほどじゃないんすよ。だからどっちかっていうと、V好きの雑多な集まりでちょろっと話題に出すことことがあるくらいで。『俺最近こんな子にハマってるんすよー』みたいな感じ。んで、たまに、『あ、俺も知ってる』って同志が見つかったり……。って、わかります?」

 

 一息にそう言ってから、カトゥは口元を斜めにしながら頭を掻いた。

 語り口に独特の粘度があった。わかるかわからないかでいえば、なんとなくはわかるが、ちょっと冗長な語り口と感じてしまう。

 

「……つまり、葵山さんのファンとしての繋がりというより、ヴァーチャル配信者というコンテンツのファンの中でたまたま知り合った相手がほとんど、ということですか」

「そうそう、そんな感じっす」

「わかりました。それでも構いませんので、教えていただきたいことがあります」

 

 テーブルの上に更科勇人の写真を置く。大学在学中に友人が撮ったというものを引き伸ばした写真だ。見つかっている写真としてはこれが一番新しいものになるらしい。

 さっぱりとした若い男の写った写真を見て、カトゥは不思議そうに首を傾げた。彼は写真を手に取り、間近で目を凝らして、それからまた同じように首を傾げている。

 

「その写真の人物に見覚えはありますか?」

「いや……、ないと思いますけど。この人とソバーコとで、なんかあったんすか?」

「現在、行方不明で捜索中の人物です。葵山さんのファンだったかもしれなくて、面識のありそうな人を訪ねているところなのですが」

 

 殺人事件の被害者だとは言わなかった。委縮されるのも、逆に騒がれるのも、どちらも避けたいと考えたからだ。行方知らずで捜索中、ということに嘘はないし、余計なことを伝える必要はないだろう。

 ソウマの説明を聞いたカトゥは、あっけにとられた表情を一瞬作って、それから気が抜けたような息を漏らした。こわばっていた肩があからさまに解けていくのが見て取れた。

 

「あ、そういう? なんだ、俺はてっきり……」

「てっきり、なんですか?」

「や、なんでもない、なんでもないっす!」

 

 カトゥは慌てた様子で両手を顔の前でクロスさせる。どうも引っ掛かる反応だ。やはりなにか隠していることでもあるのだろうか。

 彼は引き攣った笑顔のままコーヒーカップを傾けている。その表情の奥にソウマは影を見た。

 睡魔の影だ。目尻の僅かなたるみ、吐息に滲む倦んだ気配。夢魔の持つ感性が、それらを敏感にキャッチする。

 

「なんだか眠そうですね」

「……へ?」

 

 ソウマのジャブにカトゥが間の抜けた声を出す。

 

「寝不足ですか?」

「あー、そう見えます? いやぁ、ちょっと昨日、配信見てたら夜更かししちゃって」

「なるほど、そうでしたか」

「いやほんと、面白いの見てると寝るタイミングを逃しちゃうんすよねー」

 

 嘘だな、と思う。同じ寝不足でも、眠らなかったのと、眠れなかったのとでは、表情に浮かんでくる色が違う。ソウマがそれを見誤るはずがない。

 カトゥは前夜、眠れていない。それを、夜更かししただけと嘘をついてまで誤魔化している。それはつまり、眠れなかった理由がソウマたちにあって、それを隠したがっているということ。

 より正確に言うなら、ソウマたちがどうこうというより、探偵と面会するという約束自体が彼の安眠を妨げたのだと思う。これまでの受け答えの怪しげな態度を加味すると、なにか探られると痛い腹があるということか。

 

 ただ、それはおそらく、更科勇人とはまた別のことで、だ。

 彼の写真を見たときのカトゥの鈍い反応は、とぼけているわけではなかったと思う。

 

「……話が逸れましたね。写真の彼について、もう少し聞きたいことがあります。失踪した彼の部屋で葵山傍子のクリアファイルが見つかったのですが、このグッズについてはご存じですか?」

「ああ、はいはい、あのクリアファイルすね。もちろん知ってますよ。ソバコのグッズは数がないですからね。俺ももちろんコンプしていますし。えと、三か月くらい前に売ってたやつかな」

「販売方法はどんなものでした? たとえば、ショップとかで彼と会うことがあったかもとか」

「いやぁ、さすがにそれは……。フツーにネット通販ですよ。ソバコは個人勢だし、リアルのショップで委託なんて、まだやってないからなぁ」

 

 ソウマの質問にカトゥが苦笑を返した。

 

「個人勢とは? グッズも彼女が個人で作ったりするんですか?」

「あ、個人勢ってのは企業勢との比較って感じの意味ですから。個人勢にもいろいろあるっていうか……。うーん、たぶんですけど、ソバーコの場合も、企業がバックについてるわけじゃないけど、裏方のスタッフは何人かいるんじゃないかなぁ」

「そうなんですか? 僕が見た彼女のプロフィールには書いてなかったと思いますけれど、よくわかりますね」

「まぁ、なんとなくっすけど。ああいうグッズの製作とか、販売サイトの導線の引き方とか、たぶん一人でやってる感じじゃないなぁ、って」

 

 玄人ぶった口調でカトゥがそう言いながら、照れたように頭を掻いている。

 さっきから黙ったままのマヤが冷めた視線を彼に向けていた。ソウマはふと思いつく。

 

「そのスタッフの中に、写真の彼が入っているという可能性はあると思います?」

「は? いや、そんなこと聞かれても。そりゃ可能性はあるかもしれないすけど」

「彼が失踪したのは一ヵ月ほど前のことです。その頃、葵山さんの配信になにか異変はありませんでしたか?」

「むしろその頃から調子良いですけどね、ソバーコ。コラボ解禁して、いろんな人と交流するようになって、まぁ楽しそうですよ。ファンとしても嬉しい限りっす」

 

 さすがに穿ちすぎの発想だったろうか。隣のマヤもなんともいえない顔をしている。

 こんな発想をしてしまったのも、大学を卒業した更科勇人がどこに就職したのか、ということが頭にずっと引っ掛かっているせいだろう。事件の報道がされても就職企業が一向に名乗り出ないことを鑑みると、たとえば偽名やハンドルネームで採用されるような職場に就職していた可能性もあるのではないか、と考えてしまったのだ。

 もっとも、それも直感的に言ってみただけのことで、Vtuberのスタッフという職業が本当にそんな採用環境にあるのかはソウマにもわかっていないのだが……。

 

「あー、っと、ちょいトイレ行ってきますね」

 

 きまりの悪い表情を浮かべながらカトゥが席を立った。いそいそと喫茶店の奥の方へと歩いていく。彼の姿が死角に隠れたところで、ソウマは軽く息を吐いた。

 さて、やろうと思えばもう少し突っつけそうだがどうしたものか。つけこめそうな隙は多いと思うのだが、揺さぶってみたとしても今回の事件とは関係のない隠し事がぽろりと転がってきそうな感じがする。とはいえ、他にめぼしい手掛かりもないし、ここは粘るべきか……。

 

「ソウマさん」

「うん? どうしたの、マヤちゃん」

 

 控えめな声が隣から聞こえてきた。袖を軽く引っ張られている。

 横を向くと、至近に彼女の顔。緑の瞳が真正面から彼を捉えていた。思わずのけぞりそうになるが、後退しようとする肩を彼女の細い指ががっしりと掴んで押しとどめた。

 

 抱き着くような勢いで彼女が最接近する。瑞々しく潤った唇が、ソウマの頬を通り過ぎた。

 さらりとした髪が顔に触れる。耳たぶに彼女の吐息がかかる。

 ソウマは思わず息を呑んで硬直してしまう。そこに、マヤの微かな囁きが聞こえてきた。

 

「……私たち、見張られてるみたい」

 

 

 

 

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