夢魔さんは眠りたい   作:子守家守

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デュラハンの首はいずこ(8)

「コンチハッ、探偵のお二方! ようこそいらっしゃいませでっす☆」

 

 女の声だった。弾むような若々しいトーンがすっと耳に入ってくる。いわゆるアニメ声ではないけれど、人に聞かせることを意識しているような明瞭な発音が印象的だった。

 誰だろう。その声にソウマは聞き覚えがない。声の発生源と思われるパソコンのモニタを見ても、映っているのは真っ暗な画面だけ。いや、よく見ると小さな白い文字が上下に流れている。日本語ではなくアルファベットの羅列で、どうやらなにかのコードのようだった。

 

「もしかして、葵山傍子さん?」

「ハイ、その通りです! あ、ひょっとして配信見てくれました? ドモドモ、気に入ってくれたなら、チャンネル登録とフォローもよろしくです!」

 

 声の正体に気づいたのはマヤだった。PCからの声が嬉しそうにトーンを高くする。

 公式のプロフィールを見るだけじゃなくて動画の一本くらいは見ておくべきだったか、とソウマは反省する。とはいえ、たとえ動画を一本か二本見たところで、顔も見ずに声だけで相手を識別できるようになれたかは怪しいところだけど……。

 

「そっちのお兄さんはピンとこないカンジかな?」

「ん、ああ、そうだね。動画も配信もまだ見ていないから。ごめんね」

「やっ、いうて私もまだまだ全然マイナなんで! 気にせず気にせず」

「君にはこっちの様子が見えてるみたいだけど……、これはライヴの通話?」

 

 コードの流れるモニタの上部にカメラのレンズが見えた。おそらくあれを通してこの部屋の様子を把握しているのだろう。となれば当然、葵山傍子本人はこの電算室にはいないということになる。

 ネットワーク越しのコンタクトだ。Vtuberなのだから、演者が姿を見せなくても不思議はない。だけど、それならばなぜ、ディリータはソウマたちをこんな地下室にまで連れてきたのか。

 

「えっと、ライヴはライヴですけど、リモートじゃない、みたいな?」

「彼女はそこにいる。すぐ目の前だ」

 

 壁際に控えていたディリータが低い声で傍子の発言を補足した。彼の視線はソウマたちの眼前に鎮座するPCに向けられている。しばらく待ってみたが、特に続きの言葉を口にするつもりはないらしい。隣に立つマヤが訝し気に目を細めるのが見えた。

 すぐ目の前に、とはどういうことか。単にネットワークが繋がっている、というだけの意味ではないだろう。その言葉の真意を考えていると、目の前のPCからおずおずと葵山傍子の声が流れてきた。

 

「こーいうのって、改めて自分から説明するのも恥ずいんですけどぉ……、そもそも、探偵さんたちは私のことを探してここまで来てくれたんですよね?」

「いや、僕らが探しているのは……」

 

 言いかけて、引っ掛かりを覚えて、言葉が途切れた。

 彼女にソウマたちの目的を伝えたのはディリータだろう。その伝達に齟齬がなければ、彼女はこちらが更科勇人という人物を捜索していると理解したうえでさっきのセリフを言ったはず。だとすれば……。

 

 コードの羅列を吐き出すPCに視線が吸い寄せられた。モニタは薄っぺらくて、なにかを格納できそうな厚さではない。けれど、それが置かれているデスクはどうだ。

 ステンレス製のがっしりとしたデスクは、ソウマの腰ほどの高さで、天板の下には結構なスペースが存在していた。スペースの右半分ほどは独立した箱型の収納が占めていて、大袈裟な錠のついた抽斗がずっしりとした存在感を放っている。

 厳重に閉ざされたその抽斗の中身を窺い知ることはできない。しかし、白塗りの金属板で囲われたそこになにが収められているのか、ひとつの想像がソウマの中に浮かび、どことなくうすら寒い気配を覚えてしまう。

 

「まさか、あなたが、更科勇人さん?」

「人呼んで、ってヤツっすね! あ、またの名を、って言った方がそれっぽいかも?」

 

 裏表のないさっぱりとした声がそう答えた。「いやぁ、こういうネタバラシって、いざ自分が言うとなると照れちゃいそうですよね」などとのたまっている。

 ソウマの額に皺が寄った。本気で言っているとしたらあまりに軽い態度だ。しかし、だからといって、顔も見えない彼女――あるいは、彼――がわざわざそんな嘘をつく理由も思いつかない。

 

「殺されたんじゃないの?」とマヤが小さく首を傾げた。驚いている、というよりは純粋に不思議そうな様子である。ほんの僅かに眉が傾いている。ほとんど無表情といってもいい彼女の顔を見てどう思ったのかはわからないが、一拍置いてからスピーカーから苦笑する声が聞こえてきた。

 

「もちろん生きてますよぉ! といっても、首から下が死んじゃったっていうのは間違いじゃないから、うーん、当たらずとも遠からず? 割合で言うなら、半死半生……いや、八死二生くらいなのかな? そこんとこどう思います、ディー先生」

 

 水を向けられた白髪の紳士が、木の杖を鳴らしながらPCに歩み寄った。コードの流れるディスプレイと並んだ彼は、視線を斜めに下げてデスクの下の収納スペースを指差しながら感情の見えない声で静かに呟く。

 

「頭部の切断後、生命維持のための処置は即座に実行された。一時的な意識の断絶があったのは確かだが、更科勇人としての思考と人格は問題なく維持されている。無論、それは葵山傍子としてコンピュータを通じて君が意識のアウトプットを行う体勢が整った今もなお、だ」

「うんうん、アタマが無事なら生きてるって言っちゃって問題ないですよね、やっぱり」

「君自身がそう認識しているのであれば、それもひとつの真実だろう」

 

 いや、法的には死んでるんだけど、という声を飲み込みつつソウマは眉間に皺を寄せた。

 変死体として発見された更科勇人の身体は、当然のことながら司法解剖が行われていて、医師による死亡診断書も発行されている。事件の発覚から一週間以上が経過した今では、すでに彼の葬儀さえ執り行われている状況だ。「やっぱり生きていました」が支障なしに通用するタイミングは逸していると言わざるを得ない。

 

 果たして葵山傍子はその点を認識しているのやら。

 楽天的な彼女の声を聞いていると、ついつい表情を渋くしてしまいそうになる。

 

「いくつか確認させてください。そもそもなぜ、誰に、更科勇人は殺されたのですか。お二人の話しぶりを聞くに、何者かに襲われて首を切られた彼をあなた――ディリータさんが救助した、ということですか?」

「いや、そうではない」

 

 白髪のディリータが首を振る。フラットな落ち着いた声だった。

 

「更科勇人の首を切断したのは私だ。もともとそういう契約だったからな」

 

 あまりにもあっさりとした犯行の自白だった。彼のその言葉に室温が下がったような錯覚がする。耳をぴくりと動かしたマヤがさりげなくソウマの傍ににじり寄った。彼女の緑の瞳が油断なくディリータのことを見据えている。まるで番犬のようだ。

 

 しかし、契約? 更科勇人の首を切って殺すことが?

 ……いや、殺してはいないのか。では、首を切って、そのうえで殺さずに彼の頭を持ち帰ることまでを含めてひとつの契約ということか。いずれにしても普通じゃない。いったい誰とそんな契約を結んだというのか。

 

「あー、一応、ディー先生は反対したんですよ。そこをなんとか、って私がお願いしたワケで」

「反対はしていない。この契約を履行しても君のメリットは薄いという事実を伝えただけだ」

「でも、その薄いっていうメリットを私は――更科勇人と葵山傍子は――自分にとって価値のあることだと思って無理を通したんですから、やっぱりこれは私の意思による契約だと思うんですよねー」

 

 訝しんだソウマの内心を知ってか知らずか、ディリータと葵山傍子がそんな言葉を交わす。まるで気負いのない、あけっぴろげが過ぎるほどの暴露話だった。姿の見えない葵山傍子の声色に至ってはどこか喜色の響きさえ窺えるほどである。

 番犬マヤが振り返り、困惑の表情でソウマを見上げてきた。眉を傾けながら彼女に頷きを返す。さて、ディリータたちの話を聞いて多少は事件の内実が見えてきたと思うのだが……、どうにも『首切り殺人』という事件への認識そのものに間違いがあったらしい。

 

「つまり、あの事件は被害者――更科さんが自ら望んで起こさせたもの、ということ?」

「ええ、そうなりますね。あ、もちろん自殺とかじゃないですよ。ちゃーんと『生きる』ための方法を準備してもらってから実行しましたからね!」

「だとすれば、今のあなたの状態も、あなた自身が望んだ形である、と」

「そうそう、その通りなんですよ!」

 

 我が意を得たり、と葵山傍子の声が弾んだ。

 

「自分の意思があって、思考があって、それを外部に出力する方法が備わっている。これならもう、大手を振って生きてるって言ってもオッケーでしょう?」

「……振れるだけの腕は失くしたみたいだけれど」

「物理的には未実装ですねー。その辺はそのうち外付けのガジェットとかで対応したいかな。でもでも、ヴァーチャルのモデルで()()()()ジェスチャーするくらいなら余裕のよっちゃんですから!」

 

 葵山傍子のあっけらかんとした物言いにマヤが眉をひそめた。

 

「身体がなければ、現実では活動することができないわ」

仮想(ヴァーチャル)現実(リアル)ですよぅ。少なくとも私にとってはそうですし、きっとこの先、もっとたくさんの人がそういう認識になっていきますって」

「言い直す。あなたは、物理的な活動に未練はないの?」

 

「食べたり、飲んだり、触ったり?」葵山傍子の声がくすくすと問い返す。

「走ったり、跳んだり、邪魔なヤツをやっつけたり」とマヤが応じた。バイオレンスだ。

 

「うん、そういうのにあんまりこだわりはないんですよね。えっと、私が昔、事故で一年くらい昏睡してたって話は知ってます?」

「自動車事故って聞いてるけど」

「そう。それでそのときに、身体を一切動かさないで一日を過ごすとか、五感が鈍りに鈍ってなにも感じられない状態とか、ご飯が食べられなくてずっと点滴で栄養を摂っていたとか……そういう生活を実際に経験したんですよ。それで、まぁ、なんというか、『あ、意外と平気じゃん』って思えちゃって。私ってばもともとそういう風に考えられちゃう性質だったみたいなんです。そのことを自覚しちゃったからには、肉体(ボディ)の感覚への執着をなくすのはむしろ自然な成り行きって感じなんですよねー」

「もったいない」

 

 マヤはそう言ってからふと言葉を止め、目の前のモニタを見つめながら遠慮がちに言葉を続けた。

 

「あなたの意見を否定したいのではないけれど、私は、そう思う」

「あはは……実はディー先生にもそれは言われました。でもほら、さっきの外付けの物理デバイスと同じ話で、もし本当に必要なら感覚の受容器だっていつかは製造できるかもですし。なんてったってほら、信号を受け取る脳そのものは無事なんですから。っていうかむしろ? もういっそ私からのフィードバックでそういう研究も進んじゃったりするのかも!」

 

「だとしても、なぜ、あんな思い切ったことを?」

 

 結局のところ、疑問はそこだ。

 葵山傍子の話しぶりは自然体で、なにかを隠したり偽ったりといった様子は感じられない。しかし、彼女がディリータに実行させたのは、自分の首を切り取って脳髄を機械に繋ぐという、尋常ではない計画なのだ。その場の思い付きや軽い動機でやれるものではないはずだ。

 

「そりゃあもちろん、ネットワークを主体にしたライフスタイルに未来を感じたのと、現行の入力インターフェイスに不満があったからですね!」

「不満?」

「ヴァーチャルにおける私たちの身体、つまりアヴァターの操作方法って、カメラとかを使ってリアルの身体の動きをトラッキングするのが一般的なんですけど……私としてはそれがもどかしく感じちゃったわけで。もっと、こう、ダイレクトに自分の感情を表現したいな、って」

「それで行き着いたのが、その状態だと」

「神経直結はマジでエグいですよー。フツーのキャプチャーと比べたら解像度がダンチですし、めっちゃ細かい感情の動きも入力できますから。この感覚を一回体験したら、もう過去の配信スタイルには戻れないこと間違いなしですね!」

 

 喜色の感情にあふれた声がスピーカーから響く。

 声の主に生身の声帯が存在しないのであれば、当然それは合成音声ということになるのだろうが、そのあまりにも自然な質感は人間の肉声としか思えないものだった。

 

「……まぁ実際のところ、古くさくて堅苦しい実家からやいのやいのと言われるのが煩わしかった、っていうネガティブな理由もあったりはするんですけど。エンタメってだけで毛嫌いするような家風でしたし、私も昔からあーだこーだと地元の因習を押し付けられてきましたから、ちょっとばっかし強引に実家と距離を取る必要もあったわけです」

「それはまたなんというか……、強引が過ぎるんじゃないかな」

「これくらいやらないと意見を動かそうともしない頭の固い連中の集まりなんですよ、うちの実家の人たちって」

 

「ふん」と憤然たる鼻息がスピーカーから聞こえてきた。そんなものまで表現できるのか。

 ソウマはランカから伝え聞いた更科勇人の家庭状況を思い返す。現在でもローカルな権力を握ったままの地方の名家。偏見かもしれないが、そういう家庭であれば古くからの悪弊のひとつやふたつは残っていてもおかしくないのかもしれない。

 

「つまり、更科勇人にまとわりつくしがらみを断ち切ることも目的のひとつだったと」

 

 そう呟いて、ソウマは首を傾げる。

 

「だけどそれなら、どうして僕らをここに案内したのかな。『更科勇人という人間は死亡した』……世間にはそう思わせておくのがそちらの思惑なのでは? この部屋のことを知ってしまった以上、僕らは依頼人と、それから警察にも、当然それを報告することになるけれど」

 

 思えば、更科勇人の自室にVtuberとしての自身のクリアファイルを残してあったのもなかなかにわざとらしい。細いラインとはいえ、更科勇人と葵山傍子の繋がりをほのめかすアイテムが置き去りにされていたのは、まさか回収のし忘れというわけでもないだろう。

 となると、いずれは()()()()()をすることも元から計画されていたということなのか……。

 

「そこはほら、警察さんが『存在しない殺人事件』の捜査で時間を浪費し続けることになるのは良心が咎めちゃうわけですよ。私ってば、やっぱり根は善良な小市民ですから」

「本当に小市民だというなら、自分の身体を捨てるような決断はしないだろうがね」

 

 カラっとした彼女の言い分を聞いて、壁際に佇むディリータが小さく呟く。思わず目を丸くしたソウマとマヤに構わず、葵山傍子は心の底から愉快そうに言葉を続けた。

 

「聞きましたよ? こないだやっと()()()()()()()()()()()()()って。これでもう私のことを元の身体に入れようって考えを持つ人も現れなくなるってもんですよ。期間限定で潜伏してた甲斐があったって感じですね! いやー、してやったりです!」

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