「よかったんですか、あそこで彼の名前を出して」
ナナミがそう言うと、隣を歩いていた男が歩みを止めてこちらの顔を覗き込んできた。
彼女よりも頭一つ高い身長、白髪交じりの黒髪、それから右の目には眼帯。ホテル・フェアリィクレイドルの支配人で、従業員たちからボスと呼ばれている男だ。
「ソウマくんのことですよ。わざわざあの男に教える必要はなかったのでは?」
「いや、今後のことを考えれば必要なことだ」
威厳のある低い声で男が応える。仕事モードだな、とナナミは自分の表情を律する。
政府が所有するオフィスビルの廊下でのことだった。さっきまで会議室で『夢喰い』の処遇について打ち合わせをしていたところだ。
ナナミは更科勇人殺人事件(……この名称はもう正確ではないけれど……)の捜査官として会議に参加したが、会議の冒頭で事件の経緯を説明したくらいで、ほとんど発言する機会を持たなかった。夢喰い・ディリータの身柄に関する権限はすでに警察の手を離れている。彼をどういった形で『保護』するかの決定は、より専門的な政府機関の管轄事項だ。一介の刑事であるナナミでは口を挟むこともできなかった。
「同種の能力を持つ者の存在は、あの男に対する牽制になる。確かに研究者としては有用かもしれないが、あまり好き勝手やらせるのは得策ではない。なんらかの楔は打ち込んでおくべきだろう」
「やはり、危険ですか」
「あの男にはあの男なりの道理がある。そこを踏み違えなければ、そうそうこちらに対して牙を剥くことはあるまい。だが同時に、アレは道理が通れば他人の首を平気で切り落とすような男でもある。危険人物というのは間違いではないな」
淡々とした口ぶりには一切の甘さはなく、精密機械が事実を読み上げるかのようだった。
人外と混血の集うホテルの支配人でありながら、目の前のこの人はそういった異種族に対してシビアな視点を持っている。相手を決して侮らず、かといって過大評価もしない。リスクとリターンを冷静に天秤に乗せることができる人なのである。だからこそ、この人の意見は政府筋にも重宝されていて、こうした会議に出席を求められることがままあるわけだ。
「それだとソウマくんに危険が及ぶ可能性があるのでは?」
「リスクは否定できない。だが、夢の扱いに関してはアイツもプロだ。夢喰いが能力勝負で仕掛けてくるなら、上手いこと追い返す程度のことはやってのけるはずだ」
「だとしても、人外の能力に頼らない『現実的な』攻撃というのもありえるんじゃないですか」
「それも……、まぁ、問題はないだろう」
「なんですか、今の不安になる間は」
眼帯の男が肩を竦める。厳ついはずの目元が困ったように斜めになっていた。
「ディリータの身柄は政府機関の監視下にある。当然、ヤツも外部に協力者を残しておくくらいのことはしているだろうが、現実問題として能力を介さずに大規模なアクションを取ることはできまい。そういう意味ではリスクは低いし、仮にこちらの想定を上回る仕掛けを打ってきたとしても……、狙われるのがソウマなら、おそらくなんとかなる」
「どういう根拠です、それ。私の知る限り、ソウマくんって夢に関する能力以外は普通の大学生でしかなかったと思いますけれど」
「いやなに、ここ最近、優秀なボディガードがアイツのことを気に掛けてくれているようでな。物理的な脅威のほとんどは、『彼女』がシャットアウトするだろうという予想だよ」
「『彼女』……?」
一瞬、ソウマと一緒にいた女性ということで、マヤと名乗った少女の顔が思い浮かんだ。
だけど、あの子は混血ですらない普通の人間だったはず。体格だって小柄で、顔立ちも可愛らしい感じだった。ソウマとはアルバイト仲間だという話だったし、百戦錬磨の支配人が『優秀』と評するボディガードとはとても思えない。
……となると、あの子とは別に誰かがソウマを護衛しているということだろうか。ナナミも人並み以上に勘は鋭いと自負しているが、そんな自分でさえ存在に気づけなかったのだとすれば、なるほど、まさしく影の護衛人といったところか。
「すまんが、この件についてはあまり突っ込んでくれるな。正直、『彼女』のことはイレギュラーもいいところなんだ。なんというか、俺にとっても未知の存在、とでも言えばいいか……」
「あなたがそこまで言うほどですか。それって信頼できる相手なんですか」
「ああ、そこは問題ない。だが……、ううむ、若者人間離れというヤツは、ロートルの想像を軽々と越えてくるものでなぁ。確かに神話や伝承の歴史を鑑みれば、彼女のような
「はぁ。えっと、何の話ですか?」
生返事をするナナミの目には、口の端を吊り上げる壮年の男の表情が映っていた。頬を引き攣らせているような、それでいてどことなく愉快そうな、不思議な表情だった。
「いや、ただの独り言だ。気にしないでくれ。……それはさておき……、あー、ナナミ?」
「なんですか」
「このあと、食事でもどうだ?」
男は頬を掻きながら、少し緊張した様子でおずおずとナナミにそう問いかけてきた。さっきの会議中の堂々とした声色と態度とは大違いだ。そのギャップを「可愛いなぁ」なんて思ってしまうのだから、我がことながら困ったものである。
会議終了後の廊下は静まり返っていて、周囲に人の気配はない。他の参加者たちはさっさと帰ってしまったらしい。もちろんそれはナナミにとっては好都合。
一瞬、「あの女のことはいいの?」なんて皮肉が喉まで出掛かったが、それをぐっと飲みこんで、自然にスマイル。いったいいつからこんなに物分かりが良くなったのかしら、とナナミは心の世界で苦笑い。
「ひょっとしてプライベートなお誘い?」
「仕事であれば、こうもタイミングを迷わないのだがな」
「それ、普通は逆じゃないの」
くすくすと笑みをこぼすナナミを、男が少し困ったような優しい瞳で見つめている。それだけでほんのりと胸の奥が温かくなる。こんな他愛のないやり取りすらも最近はご無沙汰だったのだ。今夜はちょっぴり多めに甘えるくらい許してほしい。
「仕事じゃないなら……、子供が一緒でもいいわよね?」
「む……、それは」
「いいじゃないの。あの子だってたまにはお父さんと顔を合わせなくっちゃ」
「しかしだな」
「つべこべ言わないの。そんな調子で距離を置いちゃって、いざ会ったときに知らないおじさん扱いされたら困るでしょ? ……ねぇ、お願い。あの子のためにも、会ってあげて」
躊躇いの表情で視線を泳がせていた男も、ナナミ渾身のオネダリの前についに陥落した。
諦めのため息をスイッチに、優しかった瞳がさらに柔らかくなる。色々と予防線を張ってはいるが、結局のところナナミの息子と会いたい気持ちがこの人にもあるのだろう。
それならもっと素直になればいいのに、と思うこともある。けれど、裏街道の住人であるこの人が警察職員の息子として真っ当に生きているあの子に対して、どの程度の距離感を持てばいいのかを測りかねているというのも理解できる。
要は、自分の稼業の危うい影響が、あの子のところに届かないように気を遣っているということ。不器用この上ないが、それもまたこの人がナナミと息子に対して心を砕いてくれている証左である。
「……あー、そうするとファミレスのほうがいいのか?」
「そうね、駅前のハリキリダイナーなんてどう? あそこ、おっきいハンバーグがあったでしょ。あの子はハンバーグが好物だし。あ、それに季節限定のパフェ! 私はあれを頼むからね!」
「わかったわかった。車を回してくるから、エントランスで待っていてくれ」
「その間に家に連絡しておくわ。あの子を拾ったらそのままみんなでお出かけね」
どことなく嬉しそうなその人の背中を見送って、スマートフォンで自宅をコールする。受話器を取るのは留守番中の息子だろうか。コール音を聞いているだけでもうきうきしてくる。
さっきの会議で、夢喰いの男は人間の変化やら進化やらを滔々と語っていたけれど。
フツーの人間は、こんな日常の些細な出来事からでも「なんかこう、生きてるって良いなぁ」なんて思えちゃうわけだ。人間の感情がどうとか、精気やら生命力がどうとか、あの男はちょっと余計なことを考えすぎなんじゃないかと思う。
理屈があるのはわかるけれど、その理屈に賛同も共感もできない、奇妙な犯罪
ナナミにとってドリームイーターはそれ以上でもそれ以下でもなかった。
………
……
…
「えー、葵山さん」
「はい」
「おめでとうっ! 有罪です!」
「なんでぇえー!?」
少女の絶叫。それと同時に、爆笑の渦。
賑やかなセッションがスピーカーから聞こえてくる。
「交流の! お気楽カスタムだって言ったでしょうが! なんだそのスコアは!」
「えーっと……、強くてゴメンなさい☆」
「
不思議な光景だった。人気のチーム対戦ゲームを背景に、複数のシルエットが並んでいる。
生身の顔を晒したストリーマーもいれば、動物の被り物で容貌を隠した人間もいる。かと思えば、その隣にいるのは2Dモデルをくりくりと動かすVtuber。単純な人間の姿もあれば、獣耳の生えた獣人風がいたり、はたまた小動物そのものなマスコットタイプまで。
なんとも雑多な顔ぶれだった。男もいれば女もいるし、実写とアニメとが入り乱れている。共通しているのは、同じゲームを遊んでいるということだけ。
そのごった煮な集まりの中に、葵山傍子の姿があった。
「葵山さん、Vtuberを再開したんだ」
ダイニングテーブルに頬杖を突きながら、マヤはそう呟いた。
銀色のノートPCが接続しているのは、某オンライン動画共有プラットフォーム。現在進行形で映し出されているのは、そこで配信されているストリーマーの生放送だ。
「ソウマさんは知ってたの?」
「うん。ランカさんから教えてもらってね」
「秘密の情報ってこと?」
「いや、普通に葵山さんのSNSで告知してたって」
「……ランカさん、そういう情報もちゃんとチェックしてるんだ」
「けっこうマメだよね、あの人」
部屋の奥のキッチンからソウマの声が返ってきた。
マヤはPCから一旦目を離して、部屋をぐるりと見回してみる。清潔感のあるさっぱりとした部屋だった。調度品や荷物はほとんど置かれておらず、ちょっぴり寒々しい雰囲気が漂っている。『男子大学生のひとり暮らし』と聞いて連想する雑然としたイメージと比較すると、よっぽどスマートではあるけれど、どことなくシンプルが過ぎるような印象を覚えてしまう。
物が少ないのは、確かに住んではいるけれど眠るために帰ってくることはないから、というのが部屋の主の言である。
そう、なにを隠そうマヤが今いるのは、某マンションの一室、ソウマが現在進行形で住んでいる部屋であった。
「この配信、許可はされてるんだよね?」
「そうだね、さすがに問題があるならお役人からストップが入るのは間違いないから」
「ちょっと意外。葵山さんのこと、こんなにたくさんの人に見られちゃっていいのかな」
「『モニターに映る姿』までなら機密ではない、ってことだろうね」
コトコトと鍋の音がキッチンから聞こえてくる。リズミカルで心地良い耳触り。漂ってくるトマトの香りが鼻腔をくすぐっている。
依頼完了の打ち上げ、という名目で誘われたディナーの席だった。ダイニングテーブルにはノートPCを避けるように宅配ピザの皿が並べられている。これだけでも結構なご馳走である。そこにもう一皿、部屋主のソウマがスープを手作りしてくれている、という状況だ。
外食ではなくわざわざホームパーティを打ち上げに選んだのは、マヤに葵山傍子の配信を見せるためだったのだろう。
たぶん、そこに下心はない……、と思う。
うーん、これはほっとするべきなのか、それとも悔しがるべきなのか……。
あんまりにもデフォルトなソウマの様子に、内心ちょっと複雑なマヤである。
「まぁ『身体があったときとできるだけ同じ生活を送ってもらう』のがディリータさんの研究テーマなわけだから。外部との接触は既定路線だったと思うよ」
「そっか。でも確かに、こうして見てても、全然違和感はないよね」
どこからどう見ても、葵山傍子はごく普通のVtuberだ。集まった同業者の中で見事に馴染んでいる。会話の受け答えにラグはないし、もちろん機械的でもない。繰り広げられているのは、まさしく人間同士のコミュニケーションだ。
画面の中で一緒に遊んでいる配信者も、そしてその様子を視聴しているリスナーも、まさか彼女が頭脳だけの存在だなんて思いつきもしないだろう。
「普段通り、って意識しちゃうと難しいよね。私だったら、身体の感覚がないのにいつもと同じでいるのとか、たぶん無理だと思う」
「それができちゃうからこそ葵山さんが選ばれた、ってことだろうね」
「それでもさ、ずっと続けてくとだんだんギャップを感じちゃうものじゃないかな」
「かもね。だからこそ、そういうメンタルの動きを研究する意味がある。少なくともディリータさんはそう考えている」
「……この研究を許している、日本の偉い人たちも?」
「どの程度まで話が通っているのかはわからないけれど。そう考えてる
結局、やっぱり人体実験だよ。
ソウマの呟きにマヤも同意して頷く。だけど、たとえリスクがあるのだとしても、葵山傍子はこの研究に同意していて、むしろ自ら望んでさえいたのだ。部外者であるマヤが一概に『悪いこと』と断じてしまえるものなのか、どうにも難しいところだ。
「はい、お待たせ。それじゃ、ご飯にしようか」
キッチンからソウマがお盆を運んでくる。載っていたのはクリーミィな赤色のスープ。トマトベースの香りが食欲をそそってくる。ソウマが言うには、ヴイヨンから手作りしたものらしい。
手間をかけるのはスープだけだよ、と彼は苦笑していたが、雑な料理が基本のマヤからすれば、たとえ一品だけでも凝った料理を出せるのはすごいことに思える。むしろ専門店っぽくてちょっとかっこいいかも。
テーブルにスープ椀を並べるソウマは、丈の長いエプロンをつけていた。男の人がエプロンをしている姿を生で見るのは、小学校か中学校の調理実習のとき以来かもしれない。
黒い髪のショートポニーの彼が、眼鏡の奥で柔らかい笑みを浮かべている。食卓に宅配ピザの取り皿を並べる手つきも手慣れたものだ。
なぜだろう、その姿に妙に色気を覚えてしまう。セクシィだ。エプロン男子、恐るべし。
「スープはトマトとツナ。まだ熱いから気を付けてね」
「うん……」
湯気の立ち昇るスープの椀をふぅふぅと冷ます。最初の一口はおそるおそる確かめるように。
とろりとした味わいが唇の間から流れ込んだ。濃厚な風味が舌を転がっていく。酸味はちょびっとで甘みが強い。それでいてしつこさはなく、すっと爽やかさが残る感じ。
「ん、おいしい」
「本当? それは良かった」
「プロの味がする」
「年季が入っただけのアマチュアだよ」
他愛のない雑談を挟みながら二人でピザとスープを口に運んでいく。二人とも口数はそれほど多くならなかった。食べる方によっぽど意識が傾ていたらしい。普段はちょっと苦手なピザの耳さえ、ソウマのスープのおかげでびっくりするくらい楽しめたほどだ。
その間もノートPCの画面で葵山傍子の配信は続いている。ゲームの詳しいルールはわからないけれど、誰が誰をやっつけたのか、くらいはマヤにもわかる。配信者のリアクションやコメントも集中するから、よくわからないなりに彼らと盛り上がりを共有できる気がした。こういうのをライヴ感というのだろうか。
「葵山さんの配信、ソウマさんはどう思う?」
「うーん……、なんとなく親近感を覚えるかな」
「親近感? あれ、ソウマさんも配信とかするの?」
「いや、そうじゃなくってさ。自分が普通じゃない体質だって自覚しながら、それを黙って普通の人の輪に入っていくってシチュエーションには身に覚えがあるな、って」
そう言ってソウマは苦笑いするが、マヤはこてんと首を傾げた。
「そうやって混じった先が普通の人の集まりだって保証は、どこにもないんじゃない?」
「うん? ……いや、確かに。言われてみればそれはそうかも」
「ほら、今も明らかに人間じゃない恰好の人も映ってるし。三頭身二足歩行の動物さんとか」
「さすがにあれはそういうキャラ設定のVtuberってだけだと思うけど……。でもそうだね、画面の向こうにどんな人がいるのか、見ているだけの僕らにはわからないことか」
ピザを食べる手を止めたソウマが真剣な表情で思考に耽る。
もしかしたら、自分の事情を内緒にして普通の人間として生きることについて、彼にはなにか思うところがあったのかもしれない。それこそ『混血だから』みたいな考え方が。
だけど、人間だって多かれ少なかれ自分だけの秘密を抱えて生きている。極端な話、大学の講義で隣の席に座った誰かが、実は前世が魔王だった、みたいなとんでもない特大の秘密を隠している可能性だってゼロではないのだ。
他人と関わるために
葵山傍子のようなVtuberの生き方を見ていると、特にそう思う。
「……そうだ、マヤちゃん、アイス食べる? 買っておいたんだ」
「うん、食べる。ありがと、ソウマさん」
思考の海から戻って来たソウマが席を立つ。ピザもスープもいつの間にかあらかた二人のお腹の中に納まっていた。キッチンの冷蔵庫に向かうソウマの背中を目で追いながら、マヤはふと考える。
食事の時間はこれで終わり。お腹も膨れてぽかぽかといい気分。時刻は夕刻。太陽がもうすぐ沈むころ。そして、部屋にはソウマとマヤが二人きり。そのことを意識して、心臓のリズムが早くなった。
「ソウマさん?」
「ん、なんだい」
「このあとって、なにかあるの?」
「このあと? あー……、僕は仕事があるから、もうちょっとのんびりしたらお開きかな」
「…………」
意を決して放った問いに、ソウマはなんでもないようにそう答えた。
仕事。そうか、仕事か。仕事というのは、つまり、夢魔としての仕事というわけね。ホテルで、誰かと、一緒に寝るお仕事。そういうことでしょ。
「……むぅ」
思わず口がへの字になった。そりゃあ、彼の事情を考えれば、仕事は仕事で休むわけにはいかないというのはわかる。生きるためには(……眠るためには……)そうするしかないわけだし。
それに、ほかならぬマヤ自身もソウマの仕事に救われた身だ。悩みや不調を抱えた末に彼を頼る人たちの気持ちもよくわかる。眠りたいのに眠れないというのは、本当にツラいものだから。
(だけど。だけどだよ?)
仮にも女の子を自分の部屋に連れ込んでおいて、二人きりで一緒にご飯を食べておいて、でもこれから別の誰かと一晩を過ごしに行きますよ、って……。
梯子を外された気分だ。いや、もちろん変な期待をしていたわけじゃないけれど。
というか、そのお客というのが女なのか男なのかもわからないし。
それによくよく考えてみれば、例の事件を追っていたときも二人で夕食を食べたあとは、そこで解散してソウマは夢魔としての仕事に向かうのがルーティンだったのだから、こういう展開は想像してしかるべきだったのでは?
「マヤちゃん、バニラとチョコはどっちがいい?」
「……両方味見したい」
「え?」
「ダメ?」
「いや、別にいいけど……」
困ったように微笑むソウマが、カップアイスを二つ持ってテーブルに着く。彼が腰を落ち着けたのを見てから、マヤはしれっとした表情で彼のすぐ隣に席を移した。同じアイスを食べるという名目で、ソウマのパーソナルスペースに侵入する。
彼が驚いたような表情を見せたのは一瞬だけ。すぐに『仕方ないな』という顔に切り替わる。
その『仕方ない』はどういう対象に向けるものなのか。
彼の瞳に自分はどう映っているのか。
妹みたいな存在? はたまた事件を追った相棒? それとも、ひとりの女性として?
こんな風に甘えてしまう自分は、彼をどう捉えているのか。
優しい兄みたいな存在? 助けてくれた恩人? 相棒? それとも、ひとりの男性?
明確な答えはマヤの中でもまだ固まっていない。
確かなのは、ソウマのことは好ましい人物だと思っていて、今の状況にもやもやとした気持ちを覚えるということだけ。
「……そういえば、勇者ちゃんもずっとひとり旅だったな」
「マヤちゃん? いきなりどうしたの」
「引き継ぐだけの経験値がないこともあるよね、ってふと思っただけ」
「殺るか殺られるかだったよね、彼女のコミュニケーションの基本は」
「うん。だから、他人との距離感の測り方は、私も勉強中なの」
密着。胴と胴の接触。ほんのりとした体温の伝導。
それ以上なにを言えばいいのかわからず、二人は黙ったまま同じスプーンでアイスを食べた。
彼の顔を見上げるだけの勇気も、どうやらマヤは勇者ちゃんから引き継がなかったらしい。