翌日、マヤは午前のうちに自身の大学へと赴いた。
六月も半ばで今は梅雨の季節。雨こそ降っていないものの朝から曇り空でじめっとした湿気がアスファルトに漂っている。
マヤの装いは普段と変わらず、動きやすさを重視したパンツルック。上半身は半袖のシャツに薄手のジャケット。中途半端な気温と湿度のせいで、羽織ったジャケットがいつもより重たく感じてしまう。
「あー、テステス、本日は曇天なり。マヤちゃん、聞こえてる?」
右耳からソウマの声。装着したイヤホンは髪の陰に隠れている。誰かに見咎められる可能性は低いだろう。
マヤは無言のまま頷きだけを返す。「オーケイ、確認した」と彼の声。打ち合わせ通り、少し離れたところからこちらを観察しているようだ。振り返って姿を探しそうになる自分を制しながら、マヤはキャンパスの大通りを何気ない足取りで歩いていく。
十数分ほど前、マヤはソウマと大学の最寄り駅近くの喫茶店で落ち合った。
待ち合わせ場所に現れたソウマはどういうわけか神妙な表情を浮かべていた。その表情がマヤと顔を合わせた瞬間に何気ないものに切り替わる。ほんの一瞬のことだったけれど、マヤは確かにその変化に気づいていた。
昨日、バイト先の探偵事務所で別れた後になにかあったのだろうか。それとも、昨晩の『お仕事』でなにか問題が起きたとか。
愚痴でもなんでも言ってくれればいいのに、と思うものの、わざわざ追及するのはちょっと押しつけがましい気がする。手際よく調査の打ち合わせを進めていく彼の様子を見つめながら、マヤは持て余した曖昧な気持ちをカフェオレと一緒に飲み干した。
「……というわけで、まずはマヤちゃんが聞き込みをして、そのあとは臨機応変に。離れた位置で行動しつつ、お互いの状況は把握できるようにしておこう」
そう言われて渡されたワイヤレスイヤホンと小型の集音マイクが今日の探偵装備である。
二人で一緒に行動できないのは仕方がない。キャンパスではマヤの友人といつ遭遇するかわからないし、男連れの姿を見られればたちまち囃し立てられてしまう未来が容易に想像できる。
特にけーちゃんは要注意だ。彼女はソウマのことを(会ったこともないのに)要注意人物としてマークしている。どうもマヤから聞いたソウマの話を誤解・曲解しているようで……。二人が顔を合わせてしまったら、いったいどんな化学反応が起こるのか想像できないマヤである。
そんなことを思い返しつつ、構内の大通り沿いに建つ講義棟に入った。
ガラス扉を抜けると空気が変わった。建物内は冷房が利いていて、湿度も適度にコントロールされている。半袖では肌寒いくらいだろう。薄手とはいえジャケットの長袖がありがたい。
「さて、例の彼はどこかにいるかな?」
ソウマの声を耳にしながら周囲を見回す。学内に講義棟は複数存在するが、ここは比較的新しく建てられた建物だ。1階ロビーの左手には購買があり、併設されたテーブルエリアには多くの学生たちがたむろしている。教科書やレジュメを広げている者もいれば、すぐそこの購買で買ったパンやおにぎりを頬張っている者も多かった。
「……いた」
そういった人の群れの中で、尋ね人の男子学生、ササジマ
タイミング的にひとつ前のコマの講義が終わったところだろうか。移動しようとする気配はないので、すぐに次の講義があるわけでもなさそうだ。
「ササジマくん、ちょっといい?」
「え、なにか……って、うわっ!」
人ごみをするりと抜けたマヤが話しかけると、彼女の声に振り返ったササジマが大袈裟に声を上げてのけぞった。ほぼ同時に、彼は大慌てで持っていたスマートフォンをひっくり返す。テーブルに伏せられたその画面に、肌面積の多い女の子のイラストが映っていたのをマヤの動体視力はばっちり捉えていた。
「えっとぉ、ヤマノさん? め、珍しいね。なにか用かな」
「うん。ちょっと二人で話したいんだけど」
「二人でって、二人きりで?」
「うん」
「……ひょっとして、もしかすると、もしかしたりする?」
「なにが?」
ササジマの謎の言い回しにマヤは首を傾げた。よくわからないテンションだ。
「ちょい待って。すぐ移動するから」とササジマが鞄を肩に掛けて椅子から立ち上がる。
「ササジマくんはこのあとも講義?」
「いや、今日は一限だけ。ネカフェ寄って帰るだけだし、全然ヘーキ」
エントランスから廊下に移動して、奥まった場所にある階段へと向かう。もっと手前にエスカレータとエレベータがあるので、講義時間中はひと気の少ないエリアだ。休憩時間になれば教室から吐き出された学生でワっと賑わうのだが、好都合なことに今のところ周囲に人の姿は見当たらなかった。
「ここでいいかな」と廊下の一角でマヤは立ち止まる。
「それで……、あー……、俺に話って、どんな話?」
頬を掻きながら明後日の方向に顔を向けたササジマが、ちらちらとこちらを見ながら尋ねる。
この人はなんで照れたような表情をしてるのだろう、とマヤは不思議に思う。昨日の講義中、「真実に気付いた」と熱弁してたときはもっと堂々としていたのに。
「ササジマくんに聞きたいことがあって」
「今付き合ってるカノジョはいるのか、とか?」
「全然違う」
「ア、ハイ。……どうぞ、続けて」
「うん、昨日言ってた『S〇Xしないと出られない部屋』について詳しく聞きたいんだけど……」
「いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って!」
マヤのド直球の質問にササジマが尻尾を踏まれた猫のように慄き跳び上がった。「ドッキリ? ドッキリなの?」とおろおろしながら周囲を見回している。どこかの物陰で誰かが話を聞いているんじゃないかと疑っている様子だ。事実、ソウマがどこかで聞いているので、当たらずとも遠からず。
「どうかした?」
「どうかした、って……。俺、今まさに社会的に殺されようとしてる?」
「昨日の講義でもう瀕死になってたと思うけど」
「や、やっぱり? あ、いや、そうじゃなくてっ!」
公衆の面前で『S〇X』がどうのと叫んだササジマの株価は、けーちゃんに締められた昨日の時点ですでに底値を記録している。というのが、あの講義に居合わせた女子学生たちの共通認識である。(……男子学生の株式市場ではオモシロ銘柄扱いらしい……)マヤはそこまで気にしていないのだが、けーちゃんがしたり顔でそう語ったからには、大多数の女子学生がそう考えているのは間違いないのだろう。
言うまでもなく、マヤだってこの
「あぁ……、昨日の俺はどうかしてたわ。なんであんなこと言っちゃったんだろう……」
「自分の体験をみんなに自慢したかったからじゃないの?」
「そりゃ、まぁ、その通りというか。……うぅ、ぐうの音も出ねぇ」
「つまり、体験そのものは現実にあったことなのね。そこのところを詳しく聞かせて欲しいの」
「んな無慈悲な……」などとササジマは恨めし気な目つきで頭を抱えている。スマートフォンの時刻表示を見るとあと20分ほどで2コマ目の講義が終わる頃合いだった。廊下に人が溢れ出す前にさっさと話を進めた方がいいだろう。
「……そもそもさ、ヤマノさんはなんでそんな話を聞きたいわけ?」
「その部屋について知りたいことがあるからね」
「たとえばどんな?」
「実際のところどんな部屋なのかとか、どこにあるのかとか、どうすれば行けるのかとか」
「ええ……。まさかとは思うけど行ってみたいの?」
「必要があれば、そう」
「うわぁ。イメージ変わるなぁ」
そう言ってササジマが目を剥いた。その目に映る好奇の色を隠せていない。半端ににやけているのも印象が悪かった。「どんなイメージ?」と聞いてあげる気にもなれず、マヤは目を細めて彼を睨みつける。
「それでそれで、ヤマノさんはどうして例の部屋に行ってみたいわけ?」
「私のことはどうでもいいんだけど」
「いやいや、そこはほら、話の参考に……ね」
「調べてみて、危なそうだったら通報するだけだよ」
「……、通報」
「うん」
「なんか、一気に現実に引き戻された感じだわ」
マヤのシンプルな言葉を聞いて、ササジマはどよんと肩を落とし頬を引き攣らせている。
その通報相手というのが、警察の中でも非現実的な問題に対処する部門だったり、ファンタジィな血筋の専門家だったりするのだが、わざわざそこを説明する必要もないだろう。
というかむしろ、余計なことは説明しないほうが良いのかもしれない。現実的と思い込んでもらって大いに結構。
たぶん、ササジマから情報を引き出すのなら、多少テンションが低い状態になってもらっていたほうが都合がいい。短いやり取りではあったが、マヤはササジマの扱いについてそう結論したのだった。
………
……
…
で、えーと、なんだっけか。
ああ、そうそう、例の『セッ……しないと出られない部屋』の話ね。
うーん、どこから話せばいいものか。
日付としては、一昨日のことだな。うん、そこは間違いない。
その日に取ってた講義は午前だけだったから、午後はもうフリーだったわけでさ。
昼飯を生協の食堂で食って、それじゃあウチに帰るかな、ってなったんだよ。
そこまでは間違いない。講義の内容も覚えてるし、昼になにを食ったかもはっきり思い出せる。講義のレジュメも鞄にちゃんと入ってたし、朝から寝惚けて夢を見てたってことはないはずだ。
問題なのは、そのあと。
家に帰るために、電車に乗った。……うん、これも間違いない。大学の近くの駅から地下鉄で一駅。そしたら私鉄の準急に乗り換えて、借りてるアパートの最寄り駅まで二駅な。昼時だったしラッシュの時間帯と比べたら電車もだいぶ空いてた記憶がある。ドア近くの座席に座って、うつらうつらしてたけど、眠ってはいなかったな。ちゃんと目を開けたまま、自分の降りる駅で電車を降りたよ。
それで……、気がついたら、俺はいつの間にか『例の部屋』の中にいたんだ。
いや待ってくれ! ちゃんと説明するから、そんな冷たい目で見ないでくれってば!
そう、電車を降りたのははっきり覚えてるんだよ。だけどそこから記憶が曖昧になってるっていうか……。ええと、改札は、たぶん抜けたと思う。で、そこから住んでるアパートまで歩いて10分くらい。そこら辺になるとかなり記憶が怪しい。いつも通ってる道なんだけど、その日に限って、すぱっと切り抜かれたみたいになにも覚えてないんだよ……。
むしろ『例の部屋』に自分がいるって気づいて、ハッと意識が明瞭になったのかも。
だから、その部屋がどこにあるのかとか、どうやってその部屋に入ったのかとか……、実は俺にもはっきりとはわかんないんだよね。
ただ、そうだ、どこかで扉を開けたような気がする。ぼんやりとした記憶だけど、どこかのドアを開けてみたら、いきなり『例の部屋』に繋がってた、っていう感じ。
ああ、そうだよ。前後の記憶は曖昧だけど、部屋の中のことはよく覚えてる。
大きめのベッドがドンと置いてあって、壁際にはクローゼット。ホテルみたいな部屋だな、って印象。でも、窓はなかった。照明ががっつり灯ってたから暗くはなかったけど。
その照明に照らされて、壁にデカデカと看板が掲げられてたわけ。
『S〇Xしないと出られない部屋』ってさ。ギャグだろ、どう考えても。
でも、そのときは俺も混乱してたから、ぶっちゃけ笑い飛ばす余裕はなかったな、マジで。
とにかく、当時の俺は「どうして俺はこんなとこにいるんだっけ?」みたいなことを考えながら、その見知らぬ部屋の様子を観察したわけだ。
部屋にドアは二つ。一つは俺のすぐ後ろにあって、どうも俺はそのドアから部屋に入ってきたみたいだった。たぶん、そこが出入り口なんだと思う。あとで試してみたけど、鍵が掛かってて開かなかったから、どこに繋がってたのかはやっぱりわかんねえ。
もう一つのドアっていうのが、部屋の奥にあるスライドドア。擦りガラスが嵌められてたから、そっちに風呂場なりシャワー室なりがあるんだろうな、って一目でわかったわ。
で、だな……。
いたんだよ、その擦りガラスのドアの前に、女の子が。
「ちょっと、これ、どういうことなの!?」ってのがその子の第一声だったな。ああ、俺と同じで、ここがどこなのかとか、なんでこんな場所にいるのか、全然わかってない様子だった。
最初はほとんどキレてるみたいな感じで、「誰よ、アンタ? なにか知ってるんじゃないの!」みたいに問い詰められてさ。いやぁ、さすがに俺もビビったって。初対面の女子に敵意をぶつけられるのって、相当くるもんがあったわ。
でも、その子が興奮してたから、逆に俺は頭が冷えてきたってのはあるな。ともかく「俺もわけがわかんないんだ」ってこっちの事情を辛抱強く説明してさ……。
それで、その説得の中で「これ、ハッタみたいだな」ってつい口走っちゃったんだけど、そしたらその子も「ああ、そういえば」ってちょっと落ち着いたみたいで。それをきっかけにようやく、お互い協力しようって流れになった感じだな。なんつーか、俺らに共通の知識があるって気づいたことが、歩み寄るための土壌になってくれたみたいな。
え、『ハッタ』がなにかって?
そりゃ『ハッター×ハッター』のことでしょ。知らないの、あの大人気漫画を?
大人になったアリスが、もう一度不思議の国を訪れるために二代目
マジかぁ。マジで知らないのか。
いや、とにかくさ、その漫画は超能力の応酬みたいなバトルが売りなわけよ。で、そのワンシーンとして、『〇〇しないと脱出できない』っていうルールを押し付ける能力が登場するのさ。
アリスがどうやってその能力を攻略したかと言ったら、よくもまぁそんなの思いつくなって発想でさ! ネットでもハッタの名バトルといえば必ず名前が上がるような一戦で……。
……いや、これ以上は、ネタバレになるから、俺の口からは言えないな。
気になるなら自分で読まないと。めっちゃ面白いから、超オススメ。
まぁつまり、その子も漫画を読んだりするタイプの女の子だったわけだな。
今度は二人で例の看板をもう一回よく確認して、部屋の出口がどうやっても開かないってことも確かめて、そんでもってお互いの漫画の知識とかも交えて脱出のための方策を話し合って……。
そしたら意外と話が合ったというか、好きな漫画の方向性が似ててさ。けっこう打ち解けた感じになったんだけど、結局、外に出る方法が見つかりそうにないって結論になっちゃって。
それで、まぁ……『じゃあ仕方ないか』って空気になったわけね、お互いに。
なにが仕方ないのか、って?
いや、わかるでしょ! 話の流れ的に! そういう男女のアレコレだよ!
言わせんなよ、恥ずかしい!
……教室でブッパした時点で今さらだ、っていうのは、言われなくてもわかってるっての!
ああもう……。とにかく、そういう流れでアレコレに至ったわけ。
詳細は省く! つーか、なんでそこまで喋らにゃあかんのよ!
それで、『行為』が終わってしばらくして。
気がついたら、俺は自分の部屋に帰ってた。
家の時計を見たら午後の4時くらいだったから、あそこに2時間か3時間くらいは閉じ込められてたんじゃねえかな、たぶん。
ああ、そうだよ、『例の部屋』に入ったときと同じ感じだった。なんか記憶が曖昧になってて、部屋を出たあとどうやって帰ってきたのか、どうにも判然としないんだよ。
だけど、ドアを開けたのは覚えてる。そう、ロックされてたはずの例のドアのことだ。つまり、『行為』を始める前は間違いなく閉まっていたドアが、『行為』の後になったら開くようになってた。そこから部屋を出ていったのは間違いなく覚えている。……そのあとのことは、マジでよくわかんねーままだけど。
女の子のほうはどうしたのかって?
もちろん、ドアが開くようになったことは一緒に確かめた。そんでもって、そこから一緒に脱出したのも覚えてる。だけど、そのあとは……。
ホント、マジなところわかんねーんだよなぁ。そりゃあ俺も必死になって思い出そうとしたさ。なにせ、人生で初めての……、っていや待て。今のはナシ。口が滑った。いや、首を傾げないでくれよ。とにかく聞かなかったことにしてくれればいいから。な?
……こほん。つまり、彼女はそういう不思議な体験をした同志なわけだからな。
どうにか思い出して、もう一回会いたいって思うのも自然なことだろう?
え、その子は可愛かったか、だって?
…………。
控えめに言って、天使。
控えめに言わなければ、女神。
容姿? 髪は金髪でスカートも短めだったから、パッと見はギャルっぽい感じだったな。いや、外国人じゃない。顔の感じが日本人だったし、喋ってるのもペラペラの日本語だったから。歳は俺と同じかちょい年上くらいだと思う。……一応、未成年じゃないってのは確認したから。
まぁ見た目はギャルっぽかったけど、話してみたら漫画とか普通に詳しいし、変な偏見も持ってなかったから、俺も安心していろいろと突っ込んだ話し合いができたんだろうな。
そうだよ。
オタクに優しいギャルも実在したんだよ!
……いや、えーと、今のはネットで流行ってる決まり文句みたいなもんで。
その、なにを言い出すんだコイツ、って顔はちょっとやめて欲しいっていうか……。
ア、ハイ。俺の体験的には以上です。
……っていうか、なんか流れでガッツリ喋っちゃってけど、俺、これからどうなるわけ?
この話を学内に広められたらマジで社会的に死にかねないんだけど。
そういうことはしない? ちゃんと黙ってる? ホントに……?
………
……
…
「なるほど、そういう感じか」
右耳のイヤホンからソウマの呟きが聞こえてくる。静かで落ち着いた声色だった。
だけど、なにが『なるほど』なのだろう。目の前でチワワのような顔になっているササジマを眺めながらマヤは首を傾げる。
ササジマの話はどうにもふわふわしているように思えてならない。特に部屋を出入りする前後の記憶が曖昧だというのが、話の信憑性を著しく落としてしまっている。部屋で出会ったという女性のことも、美人な上に趣味も同じで話が合うだなんて、ちょっと出来過ぎではないだろうか。
彼の話をひとまず信じるにしても、今聞いた情報からではどこをどう調べればいいのか、絞ることは難しいように思える。せいぜい彼が電車を降りたという駅の周辺を調査するくらいか。
この広い東京で、そこまで範囲を狭められるだけ上等なのかもしれないけれど、他になにもヒントがないというのは苦しい話だと思う。マヤ自身はそう考えたのだが……。
「ひとつ、思い当たる場所があるね」
その思考を上書きするように、イヤホンの向こうから冷静な声。
ごくごく自然なソウマの声色に、マヤは思わず右耳に手を当ててしまう。そう難しいことではないよ、と言わんばかりに、イヤホン越しに彼の頷く気配が伝わってくる。
「マヤちゃん。ササジマくんに聞いてもらいたいことがあるんだけど……」
耳元で彼が囁いた言葉を、そのまま目の前の男子学生に伝える。
その質問にササジマは不思議そうに首を傾げたあと、とある場所の名前を口にした。集音マイクが拾ったその答えは、ソウマにもしっかり伝わっているはず。
だけど、本当にそんな場所に『部屋』の手掛かりがあるのだろうか。マヤは無意識に眉を傾けてしまう。
「ええと、ヤマノさん。話はもう終わりでいい?」
「あ、うん。ありがとう。また講義でね」
「……一応、聞くけどさ。俺と一緒に、例の部屋を探しに行こうとかは……」
「え? なんで、ササジマくんと一緒なの?」
「そりゃあ、一縷の望みというか、万にひとつというか、そういう期待が微妙にあったりしてさ」
「私にはないよ」
「いやでも、女の子ひとりだとなんか危ないかもしれないし、知り合いが一緒にいたほうが」
「ひとりじゃないよ」
「え?」
「だから、ひとりじゃないって」
チワワみたいな男子学生が、豆鉄砲を食らった鳩のように目を白黒させた。