フェアリィクレイドルの地下に事務所を構える女探偵ランカは、吸血鬼で、資産家で、なおかつ相当な変わり者である。
『名探偵』という肩書に対する彼女の並々ならぬこだわりは、彼女が数世紀に亘って蓄えた資産と組み合わさり、ときとしておかしな方向にその衝動が発散されることがある。
『名探偵の車といえば』の枕詞のもと、何種類も買い集められた自動車のコレクションもその一例だった。フィクションの名探偵の愛車と同型の自動車を、探偵事務所の社用車にしてしまおうという趣向である。もっとも、彼女自身は車を運転しないため(免許を持っているのかも不明だ)そのコレクションはもっぱら事務所のバイトやホテルの従業員に貸し出されることがほとんどなのだが。
VWのビートルはその一環で集められた一台で、ソウマが好んで借りる自動車でもある。
基本的に走りさえすれば細かい性能やメーカーについてこだわりを持っていないソウマなのだが、ビートルのどこか愛嬌のある丸っこいフォルムには密かに愛着を覚えていた。
「ひとつずつ整理していこう」
ビートルのハンドルを握りながら、ソウマは助手席のマヤに向けて口を開く。
車は都内の国道を西に走らせている。大学近くの駐車スペースで合流して、ササジマが降車したという駅に向かっているところだった。マヤの大学からは30分ほどの距離。ナビの情報によれば目立った渋滞もなさそうなので、正午前には到着できるだろう。
「まず最初に、ササジマくんが嘘をついているのか、という点について、どう思う?」
「話は怪しいと思うけど」思案顔のマヤが応える。「嘘を言ってるって感じじゃなかったかな」
「うん、僕もそう思う」赤信号で停車しながら、ソウマも頷いた。
「突飛なことを言って注目を集めたり、場を盛り上げようとしたっていう男子学生としてありがちな動機は考えられるけどね。でも、昨日の時点で『滑った』って認識できる作り話なんて、深掘りされても困るだけだし、冗談だって言って誤魔化しちゃったほうが得策だろう? さっきの彼の語り口を聞く限り、どうもそういう感じじゃないんだよね」
「作り話を続けてる、っていうより、自分の体験を思い出しながら喋ってるみたいだったね」
「そうそう。少なくとも、彼は自分の体験を嘘だとは思っていない。そう考えていいと思う」
青信号。背中から押されるようにビートルが走り出す。
すでに生産が終了しているこのマシンは、物珍しさという意味では尾行や隠密行動には甚だ不向きなのだが、どうもランカはその辺りはあまり気にしていないらしい。長命種らしい大雑把さだ。もっとも、彼女の所有する車には流通台数の多い大衆車もあるので、シビアな依頼のときはそちらを使えばいいだけの話ではあるけれど。
「じゃあ、彼が嘘をついていないとして。彼が訪れたという『部屋』は現実に存在すると思う?」
「現実に存在しないケースって、夢を見ていたとか?」
真横からマヤの視線を感じる。ビートルのこじんまりとした車内スペースのせいか、いつもより距離が近いように感じてしまう。とはいえ、安全第一。走行中は迂闊に横を向けないのがもどかしいところ。
「それも含めて、そうだな、ざっと考えて3つのパターンが思いつくかな」
のっぺりとした灰色のビルの群れがだらだらと車窓を流れていく。時速50km。歩くのよりは速いけれど、夢のスピードより遥かに遅い。世界で最も速い乗り物は、人間の想像力だ。
「ひとつは、その部屋が現実のその場所に存在するパターン」
「ランカさんが言ってたみたいに、お金をかけてそういう場所を作ったってことだよね」
おそらく、これがもっとも現実的な解釈だろう。この考えを実現するためには、人間以外の種族も、不思議なパワーも、一切介在する必要がない。
やることは簡単。どこかの建物のどこかの部屋を買うか借りるかして、お望みの内装に仕立て上げるだけだ。ベッドもシャワーも、『S〇Xしないと……』と書かれた例の胡散臭い壁掛け看板も、資金さえあれば問題なく調達することができる。開かないドアだって、外側から施錠できるタイプを用意すればいいだけのこと。
ササジマの証言から推測できる部屋の間取りとしては、ホテルの一室ほどの広さと、シャワー室を設置できる水回り、それから窓がなかったという点だけだ。条件に合致する物件はそれこそ無数にあるだろう。窓がないとなると地下室の可能性もあるかもしれない。
「つまり、絞り込むのは難しい?」マヤが言う。「駅周辺をしらみつぶしにするしかないのかな」
「そうでもない。物理的に存在している部屋なら、ササジマくんがそこに至った導線があるはず。普段の彼の移動ルートとか行動の基準を考えていけば、めぼしいポイントを発見できる可能性は十分あると思う」
記憶が曖昧なことはさておき、『例の部屋に繋がるドアを開けた』という点ははっきりしているのだから、そのドアのある場所までどうやって辿り着いたかを考えるわけである。
普段から彼が立ち寄りそうな場所にあるのか、はたまた通りがかった彼を誘い込むような仕込みがあったのか、その辺りはいくつか可能性を考える必要がありそうか。
「細かい検討はひとまず置いておいて、二つ目のパターン。実は、例の部屋は存在しなかった」
「それって、ササジマくんは夢を見ていただけだったってことだよね」とマヤが続けた。
「夢でもいいし、幻覚とか、催眠術でもいいね」ソウマも続けて補足する。
「実際、ソウマさんなら同じようなことができるものなの?」
「可能か不可能かでいえば、まぁ可能。さすがにいくつか別の条件があるけれど」
夢を現実と誤認させることは簡単だ。というかそもそも大多数の人間は、眠っている間は夢を夢と気づけないものである。より正確に言えば、自分の体験していることが夢なのか現実なのか気にもしない状態にあるのが普通なのだ。たとえ現実よりも突飛な出来事が起きても、夢の中では『そういうもの』と自然に受け止めてしまえるものである。
今回のケースでいえば、それっぽい部屋のシチュエーションをこしらえて、夢の舞台として提供してやればいいだけだ。多少のディテールの粗さは問題にならない。むしろ、夢を見ている本人がその状況に対するイメージを持っていれば、勝手に補正される可能性が高いくらいだ。
「ただ、どんなに現実に似せた夢でも、目覚めた瞬間に夢だと気づかれるだろうね。夢っていうのは元来そういうものだろう?」
不思議なもので、夢を見ている最中は当たり前だと信じ切れたことも、夢から覚めてしばらくすればまったくのデタラメだったと気づくことになる。どうやら人間の意識にはそういった切り替えスイッチが備わっているようだ。他人の夢に相乗りしながら生きてきたソウマは、その実例を数えきれないほど目の当たりにしている。
ある意味、それは夢の限界であり、同時に人間にとって現実が如何に強固かの証明でもある。
裏を返せば、目覚めてもなお夢を現実と誤認し続ける者がいるとしたら、それは人間がもともと持っているはずの切り替えスイッチになんらかの問題が生じていると考えることができる。
「さっき言った『条件』っていうのがこれだね。つまり、現実にそっくりな夢を見せるだけじゃ足りなくて、目覚めた後も夢を夢と思わせないように別のアプローチも必要だよ、ってこと」
「ソウマさんひとりだと上手くいかない?」助手席のマヤが首を傾げる。
「そうだね。もうひとりかふたり、相手の感覚を混乱させる仲間がいれば、今のササジマくんのような状況を作れそうかな」
もっとも、それはあくまでソウマがやるならどうするかという仮定の話。
わざわざ夢を見せることに限定しないのであれば、他のもっとおあつらえ向きな能力の持ち主だってこの世界には存在することだろう。催眠術や幻覚、あるいは記憶の改変といった能力の痕跡は、古今東西の伝説や寓話にも散見される。その中の一部が実在する異種族の能力であるというのも十分にあり得る話である。
その一方で、一つ目のパターンとは逆に、こちらの場合は
もちろん、ソウマが科学技術による精神操作について詳しい知識を持っていないだけで、実際には既に確立された技術が存在するのかもしれないが……。
VR機器を用いるといった方法も考えてみたけれど、五感すべてを再現するのはやはり難しいように思える。男女間の
また、当然のことながら、調査の発端となった『閉鎖環境』が関与している可能性も低くなる。『接触を最小限にして外部の血を取り入れる』という目的を考えたとき、相手に幻を見せるだけではなんの解決にもならないからだ。
となると、誰がどうしてササジマにちょっかいを出したのか、という話になるわけだが……。はっきりとしたことは言えないものの、『誰かに幻を見せる』程度のイタズラならば、そういう衝動を抱えた異種族が発作的にやってしまったということも十分考えられる。
可能性は低そうだが、科学技術が用いられたパターンを想定する場合は、やはり、なにかの実験という線が濃厚そうだろうか。
「それから、三つ目だけど。うーん、『部屋は存在するけど、その場所にあるわけではない』って言って、伝わるかな?」
「その場所にないなら、どこにあるの?」マヤが聞き返す。
「たとえば、どこか遠く離れた街とか、異次元とか、異空間とか……、そんな感じの場所かな」
三つ目のパターンとしてソウマが考えたのは、部屋の存在自体は夢でも幻でもないけれど、そこには普通の方法ではアクセスできない、というものである。
なぜそんなケースを考えるのかといえば、やはり『S〇Xしないと出られない部屋』という概念そのものが、本来は創作上のものであるからだ。現実に実在するとは思えない、実在するとしても普通の部屋とは思えない……、と考えてしまうのも自然なことだろう。
当のササジマ自身が(漫画からの連想とはいえ)その部屋を特殊な能力によるものでは、と感じていたのだから、まったくの見当はずれというわけではないように思える。
「この場合、部屋を探すというよりも、扉を探さないといけないだろうね」
「ササジマくんが覚えていた、『扉を開けたらその部屋だった』っていう話のこと?」
「そう、このパターンを想定するなら、おそらくそこに鍵がある」
「……扉だけに?」
いわゆるワープポイントというやつだ。ポータルとかポートキーと言ってもいい。
この三つ目のパターンは一つ目の『現実に部屋がある』パターンとは真逆で、確実に異種族の持つ不思議な力が関わっていることになる。なにしろ最先端の現代科学をもってしても、テレポートやらワープやらといった瞬間移動技術はいまだに実現されていないのだから。
「前後の記憶が曖昧になるっていうのも、神隠しとか異郷訪問譚ではよくある話だしね」
「……『S〇Xしないと出られない部屋』に、神隠し」マヤが胡乱そうに呟いた。
「字面が突飛なことにはひとまず目をつぶろうか」とソウマは苦笑い。
「それで、結局、三つの中のどれが正解なのかな」
「いや、今の段階ではなんとも言えないよ。可能性を並べてみただけ」
それぞれのケースにどれだけの可能性があるのか。その高低を考えることは意味がない。
たとえどれほど可能性が低そうに見える選択肢であっても、『可能』であるなら『ありえる』のがこの業界だ。人間であれ異種族であれ、世間一般の常識とは真逆の思想を持った誰かが、その人なりの論理や衝動でなにかをやらかすことは十二分に考えられる。ときに現実は夢よりも奇妙な様相を呈すものだ。
「さて、では三つの可能性を念頭に置いたうえで、ひとつ考えなくちゃいけないことがある」
ソウマは指先でハンドルを軽く叩く。
「彼が部屋の中で出会ったという女性。彼女は何者なのか、ということだ」
助手席に座るマヤが目を細めた。
灰色の街が車窓を流れていく。エンジンの低い音だけがシートを揺らしていた。
しばらく考えてから、彼女は口を開いた。
「二つ目のパターンなら、部屋そのものが夢か幻なんだから、その女の人も実在しない幻覚ってことになるよね」
彼女はちらりと横目で運転席を見て「ソウマさんみたいに、夢に入り込めるような種族でもなければ」と付け加える。ソウマは口を斜めにしてそれに応えた。
「じゃあ、一つ目と三つ目のパターンだったらどう?」
「ササジマくんと同じように巻き込まれた被害者ってことになると思う」
「彼が聞いたという、彼女の説明を信じるならね」
「含みのある言い方」マヤが首を傾げる。「ソウマさんは違う考えなの?」
シートに座り直してから横を向いたマヤに、ソウマは頷く。
「実は昨日、マヤちゃんから件の部屋の話を聞いてからね、僕なりに調べてみたんだよ」
「調べたって、なにを」
「『S〇Xしないと出られない部屋』について」
「そう……。ふぅん。それって、どういう風に?」
「うん、SNSとかイラスト投稿サイトで検索してみて、出てきた創作作品を片っ端からチェックしてみたりとか、まぁそんな感じ」
おかげでソウマのPCの検索履歴は、昨晩から非常に混沌とした状態になってしまっている。性に目覚めた中学生だってこんな検索ワードを並べることはないだろうに。隣から飛んでくるマヤの視線もどことなく生ぬるい。
「……えっち、夢魔、インキュバス」マヤが可愛らしく口を尖らせた。
「えっと、最後のところは否定しておこうか」思わず苦笑してしまうソウマ。「うーん、確かに成人向けの作品もあったけれど、思ったよりは比率は低かったかな。やっぱり変則的なシチュエーションなんだろうね、きっと。『本番』よりもそういう場面でキャラクターがどういうやり取りをするのかに焦点を当ててることが多かった印象だね」
もちろん、ときにはエグイ描写の作品にぶち当たったりもしたけれど。
すごいよね、性癖の多様性って。
「それはさておき。同じモチーフの作品をいくつも見ているとね、そのうちちょっとした気づきがあるわけだよ」
フロントガラスの先を見据えながらソウマは言う。
「『見ず知らずの二人が閉じ込められる話』も少なくはないんだけど、『元から知り合いの二人が閉じ込められる話』のほうが実は数としては多いんじゃないか、ってね」
考えてみれば当然のことなのかもしれない。『S〇Xしないと出られない部屋』を、特殊なシチュエーションにおけるキャラクターの言動にフォーカスするためのギミックと考えるなら、登場人物は顔見知りであるほうが
登場人物の『日常』を知ったうえでそこからのギャップを堪能するわけだ。閉じ込められたのが、普段は素直になれない二人組ならなおよし……、というのが基本のフォーマットである。
「それって、ササジマくんと女の子も実は知り合いだったかも、っていう話?」
「いや、そこまでは言えないかな。だけど、閉じ込められた二人が完全にランダムに選ばれた他人同士、っていう可能性は低いと思う。だって冷静に考えたらさ、いくら特殊な状況だからといって、初対面の二人がすんなりと『そういうコト』に及ぶのかといえば……ね」
「……たしかに」とマヤが頷く。
「でも、だとしたら、その女の子の正体って結局どうなるの?」
「推測ではあるけれど、僕はその子が『仕掛け人』側の人物なんじゃないかと考えている」
「それだと、女の子は『S〇Xしないと出られない』と知っていて、部屋に入ったことになるけど」
「そう。例の部屋の目的が『閉じ込めた二人にアレコレをさせる』というものなら、もともと乗り気な人物がひとりでもいたほうが話が早いのが道理だからね」
実際、スピードというのは重要な要素だ。事実上、被害者は密室に監禁されるわけだから、閉じ込められる時間が伸びるほど、トラブルが発生する可能性は高くなっていく。
ササジマは二、三時間で脱出できたと語っていたが、これが十数時間とか数日ともなれば、もっと深刻な事態になっていたことだろう。監禁された被害者の健康状態・精神状態に大きな影響が及ぶだろうし、部屋の外の現実でも行方不明事件として騒ぎになってしまってもおかしくはない。『仕掛け人』としてもそれは避けたいはずだ。
「それに、例の『古い知人』が関わっていることを想定しても、やっぱり部屋にいた女性は事情を知っていた可能性が高いと思うんだよね」
ナビを確認。設定した目的地まで10分ほど。
「つまり、男と女の肉体的な性差の都合なわけだけど……。『外の血』を『隔離環境』に持って帰るっていう目的だと、どうしても男性には向かないミッションになるから」
もちろん絶対に不可能とは言わないが……。『隔離環境』の男性が『外』の新しい遺伝情報を回収するためには、お相手の女性に子どもを産んでもらったうえで、その子どもを自分たちの領域に連れて来なくてはならない。その過程でまず間違いなくトラブルが発生するだろう。出産までに経過する時間や女性側の心情、一般的な社会の道義を考えればそれは想像に難くない。
逆に女性が『仕掛け人』サイドであれば、言葉は悪いが、受け取った遺伝子をそのまま持ち帰るだけでいい。お相手になる男にしても(……悲しいかな、男のサガというべきか……)部屋の中での出来事をことさら大ごとにしないであろうと期待できるのもポイントだ。
「いずれにせよ、そう考えるなら部屋で出会った女性というのは、被害者ではなく……」
「捕食者?」マヤがさらりと言う。
「うん、まぁ、物騒な表現だけど、そういう役割なのかもね」
一瞬、蜘蛛のイメージが脳裏に浮かんだ。
例の部屋はさしずめ獲物を絡めとるトラップか。
「それで、だよ。その女性を捕食者と仮定した場合、果たしてササジマくんは偶然その部屋に迷い込んだだけの男なのだろうか」
「……たぶんだけど、違うよね」ソウマの呟きにマヤが応える。「その女の人が部屋で待ち構える立場にあるっていうなら、『相手』を選びたくなるのが普通だと思う」
「なら、彼はどういう基準で、彼女の『相手』として選ばれたのか」
「顔とか、性格?」
「捕食者の女はどうやってそれを判断する?」ソウマは淡々と問いを重ねていく。
マヤは少し考えて、
「どこかで物色。男漁り」
「言い方……」
「ともかく、そういう狩場があるってことかも」
ナビから電子音声。それに従って幹線道路を折れ、私鉄の沿線に入った。都心と比べると高層建築が少ない。仰ぎ見るような圧迫感はないものの、経年した雑居ビルの群れが未整理で雑然とした印象を生み出している。
道路端のアスファルトにひび割れが見えた。その隙間から緑が這い出している。ギザついた葉が地面にへばりついて逞しく生きている。
「その狩場が、ここ?」
フロントガラスに映った看板を見て、マヤが目を細めた。オレンジの背景に白い文字。
しなやかに減速したビートルを目的地の駐車場に入れる。スペースはそれほど広くはない。停められるのはせいぜいが十台前後か。平日の昼間だというのに、すでに四台ほど駐車している。
「あくまで候補だけど」言いながら、ソウマは車の位置を微調整。
「ササジマくんが言ってたお店だよね」とマヤがサイドミラーを覗き込みながら言う。
「部屋の中で出会った二人は、漫画の話をきっかけに警戒を解いて
「この日のために勉強してきた?」言ってからマヤは首を振った。「そっか。順序が逆なのかも」
「僕もそう思う。捕食者側である女性は、もともと漫画を趣味にしていた。だからこそ、趣味の合いそうな男性を『お相手』として選ぶことにした。そう考えた方が自然だろうね」
「ササジマくんから漫画の話題を出してくれたのは」
「渡りに船」
「だから、ここが狩場の候補なんだ」
ビートルが停車した。二人はシートベルトを外して車から降りる。
100mほどのところに私鉄の駅が見えた。ササジマの住まいの最寄り駅である。空は相変わらずの曇り模様。予報では夕方ごろから雨になると言われていたのを思い出す。
「もうひとつ考えないといけないのは、やっぱり時間の問題だね。『部屋』に入ってしまえば、少なくとも数時間、ともすれば十数時間もの間、男ひとりが姿を消すことになる。屋外でも屋内でも、どこに監視カメラがあってもおかしくないご時世だ。狩場にするなら、いきなり人が消えても不自然じゃない場所が望ましい」
部屋に連れ込むのではなく、幻覚を見せるパターンを想定しても同じことだ。幻覚を見ている男性を、事が済むまで安置しておく場所が必要になる。その現場を見られないに越したことはない。
「
「鍵付きの個室があって、宿泊も可。『扉』に入った客が数時間姿を見せなくても、不自然ではないだろうね」
マヤと会ったとき、ササジマはこう言っていた。「ネカフェ寄って帰るだけだし……」と。
口ぶりから察するに、日常的に
「というか、ここってネットカフェじゃなくて漫画喫茶って言うんじゃないの?」
「まぁ、両方を兼ねてることが多くて、どっちとも混同されがちだから」
漫画を趣味にしている人間の出入りが多く、なおかつ人間を数時間隔離する場所を確保できる店。ササジマの通学ルートの範囲内にあり、彼が日常的に立ち寄ることが多いポイント。
顔の良し悪しや、本選びの傾向までこっそり観察できそうな、捕食者の狩場。店員との接触は基本的に出入り口のみで、入店さえすればフリーで動き回れる絶好の空間。
そして、ひとつの個室に、男女がひとりずつ入っても、それほど違和感のないロケーション。
冷たく湿った風が駐車場を吹き抜けていく。玄関口のガラスの引き戸が白く曇っている。
ソウマとマヤが見つめる先、某全国チェーンのネットカフェのくすんだ建物がそこにあった。