「それで、お主らは何者で、わしからなにを聞きたいんじゃ?」
ソウマたちと向き合って、シズノと名乗る女が口火を切った。
立ち上がった女は、背が高く、スタイルの良さが際立っていた。着物姿ゆえに身体のラインははっきりとしていないが、それでも細身ながら出るところが出ているシルエットだ。身長に至ってはソウマとほぼ同じ。自然、小柄なマヤはどうしても彼女を見上げる恰好になってしまっている。
「まず確認だけど、この部屋を作ったのはあなたということで間違いないかな?」
「いかにも。この部屋のみならず、外の屋敷もわしの領域、わしの『マヨヒガ』じゃ」
マヨヒガ……。その言葉は知っていた。
漢字を当てるならば、迷い家。たしか、山中の異境にあるという謎めいた家屋のことだ。その名の通り、道に迷い、山で遭難した者が稀にその家に辿り着くことがあるのだという。
それは廃屋ではなく、無人ではあるが生活感があり、ときに温かい食事が用意されていることもあるのだとか。マヨヒガから土産を持ち帰ることで、里に下りてから金持ちになったという話もあったはず。
「ここが、マヨヒガだって?」
「然り」
「迷い込んだのは否定しないけど、山の中ってわけじゃないよね」
「うむ、そこのところを説明すると、聞くも涙、語るも涙の事情があるというわけじゃな」
「この『S〇Xしないと出られない部屋』にも、当然なにかの事情が?」
「……無論、事情はあるのじゃが……、すまん、やっぱりあまり泣ける話ではないのやもしれぬ」
「あ、そう。別に泣けても泣けなくても、そこはどうでもいいんだけど」
しょんぼりとシズノの語気が勢いを失くす。空気の抜けた風船みたいな感じ。
なんにせよ、ここがマヨヒガと呼ばれる空間なのであれば、ひとつ腑に落ちることもある。伝承によれば、マヨヒガを訪れることができるのはひとりにつき一度だけ。もう一度訪れようとしても、辿ったはずの道が思い出せず、どうやっても行き着くことができないという話である。
ソウマやマヤ、そしてササジマの記憶が、マヨヒガに至る直前だけ曖昧になっているのは、このことが関係しているのかもしれない。同じ人物がマヨヒガにやって来ないよう、出入りの前後だけ記憶を改竄するという
「シズノさんは、ササジマくんのことを覚えている?」
「ん? ああ、あの
そう言ってシズノは腕を組んで目を細めた。ササジマの顔でも思い浮かべているのだろうか。
「お主ら、あの者とはどういう関係なのじゃ?」
「同じ大学の同期生」マヤがシンプルに答えた。
「なるほど。そうか、そこから話が漏れたわけじゃな。ふぅむ、思ったよりも口が軽かったか」
シズノはどこか納得した表情で頷いた。
「つまり、お主たちはまったくの偶然で迷い込んだというわけではない、と。ササジマの話を聞いて、なにかあると踏んであの店を調べていたわけじゃな」
「経緯はそうだけど、『あの店』というのは?」
「この部屋への入り口を置いておいた場所のことよ。一応、ササジマも今のお主らと同様に、入り口のことははっきりと思い出せないようになっているはずなのじゃが……。ま、人間の記憶などという複雑怪奇なシロモノに対して、完全な誤魔化しなど土台不可能な話。きっかけはわからんが、なにかしらの線が繋がってしまったということじゃろうな」
さっぱりとした表情でシズノは達観したようなことを言っている。
さっきまでマヤに震えていたとは思えない変わり身だった。
「じゃあ、ササジマくんが会ったっていう女性も、あなたのこと?」
マヤが疑問を差し込んだ。
「聞いていた話とは、ちょっと違う気がするけど……」
「そりゃあ、言葉遣いくらいは変えるわよ」それを受けて、シズノが口調をがらりと変える。「普段の話し方だと、さすがにおかしいって思われるかもだし。姿かたちを変えるわけじゃないんだから、こんなの簡単なことでしょ? 服装だって、今風のに着替えたってだけだしさ」
「頭の耳は?」
「隠した。うん、そこは狐の嗜みってやつね」
そう言ってシズノは金の長い髪を片手で払う。
艶やかな髪がさらりとなびいた。ほんの一瞬、その輝きに目を奪われる。気づいたときには、彼女の頭から狐の耳が消えてなくなっていた。いったいどうやって消したのか、決定的な瞬間を見逃してしまったらしい。髪に注意を向けさせたのは、そのための仕込みだったのだろう。
「ほら、こんな感じ。どっからどう見ても人間の女でしょ」
「そういえば、ササジマくんは『オタクに優しいギャル』って言ってたよ」
「そう見えるように狙ってやってるからね。まぁもっとも、わし自身、もともと漫画を読むのは好きなんじゃが。そういう意味ではそこまで演技をしているという意識はないかのぅ」
言葉遣いを戻して、シズノは薄く笑みを浮かべている。
古風な口調に反して、意外にもサブカル好きなのか。いや、動機はまだ不明だが、
「それじゃあ、本題だけど。この部屋を作った目的は? さっき田舎から出てきたって言ってたけど、もともと東京に住んでいたわけじゃないんでしょ。その辺りも動機と関係があるのかな」
「その通りじゃな。生まれと育ちは東北のとある山村でな。わしが東京に出てきたのは、今年になってからのことよ」
シズノは懐かしむように言葉を続ける。
「山村といっても、このご時世じゃ。道路も電気も通っておるし、有線無線と問わずネットワークも繋がっておる。十分に文化的な暮らしができる環境じゃったよ。先祖代々の資産や土地もあって、わしにとっては居心地の良い村じゃった」
「そこから、どうして東京に?」
「端的に言ってしまえば、生きるため」
短い言葉を口にして、シズノは口の端を吊り上げる。
どことなく自嘲するような表情だった。
「……などと大袈裟に言ってみたが、まぁ実際は、過疎化の影響じゃな」
「過疎? ひょっとして、人口不足で住んでいた村がもう立ちいかなくなったとか」
「いや、そこまではの事態にはまだなっておらんが……」
シズノは首を振り、それからなにかしら考える素振りをみせた。
「さて、どう説明するべきか。ふむ……、お主らは、わしのような狐の血筋の他にも、この世界には人間ではない種族がいるということを知っておるか?」
「ああ、もちろん。知っているよ」
というか、ソウマ自身もそのひとりである。シズノは気づいていないようだが。
人間との外見的な差異が少ない場合、異種族の判別は困難を極める。実のところ『なんとなく』で違和感を感じ取れるマヤのほうがイレギュラーなのだ。
「であれば話は早い。わしらのような人外は、純血であれ混血であれ、なにかしらの『能力』と『欲求』を持って生まれてくることがある。どちらか片方だけということはない。必ず二つで一組じゃ。『能力』と『欲求』には切っても切れない関係がある。ここまではよいか?」
ソウマにとっては既知の情報である。
しかし、マヤは小さく首を傾げ、ソウマに視線を向けてきた。ソウマにランカ、ディリータにストーカーのドッペルゲンガーと、該当する事例は知っているものの、『必ず』というところに引っ掛かったのだろう。実際それは、理論的に証明されたものではなく、『片方だけ』のケースが今まで観測されていないという統計から導き出された見解に過ぎない。
もしかしたら反例も存在するのかもしれない。とはいえ、今ここでその是非を議論しても仕方ないだろう。シズノの事情を聞くにあたって、ひとまずはそういうものと理解しておけばいい。問うような視線にソウマが頷くのを確認すると、マヤもシズノのほうに顔を戻して話の先を促した。
「わしは生まれ持って『マヨヒガを運営する能力』を持っておった。現実には存在しない、特殊な領域に存在する屋敷を自在に管理できるチカラじゃな。この領域の内部であれば、多少の無理を押しとおすことができる。現実的であれ、非現実的な事象であれ、大抵のことはな」
「さっきやってた、根っこの操作も?」
マヤの疑問にシズノが頷く。
「わしの中にある侵入者対策のイメージの具現じゃな。実を言うと、行使したのは初めてじゃが」
「だから、あんなに雑な感じだったんだ」
「な、なぬ……?」
「もっと練習して、ちゃんと連携も考えないと。素人丸出しって感じだったよ」
「いや、素人なのは否定せんが……、雑、って……ええ?」
まさか駄目出しされるとは思っていなかったのだろう。シズノは表情を引き攣らせている。
こういうところがマヤちゃんなんだよなぁ、とソウマは頬を掻く。自分を攻撃してきた相手に対しても、それほど隔意を抱く様子がないのだ。敵を敵と思っていないというか、他人に対してあまり脅威を覚えない
だから、たまに距離感がおかしくなって(……マヤ自身はおかしいとは思ってないだろうけど……)今のシズノやいつものソウマのように困惑させられることがあるわけだ。
「むぅ、なにやら釈然とせぬが……。まぁよい。今はそこが主題ではない。重要なのは『欲求』の話じゃ」
「人外の持つ特別な欲求は、多くの場合その能力と紐づいている」自分の中の情報を整理しながら、ソウマは呟く。「それは、嗜好や性向とは違う、生きるための根源的な欲求だ。『そうしたい』ではなく、『そうせざるを得ない』というものになる。……もちろん、そこに趣味的な傾向が表れることもあるけれど」
「わしの場合、『マヨヒガに人を招くこと』がそれじゃ。現実の人間を異界の領域に誘い込み、滞在してもらう。招かれた人間がマヨヒガに留まっている間、その者から僅かばかりの精気を頂戴するのじゃ。そうすることで、わしは生きるための糧を得ることができる」
慎重に言葉を選びながら、シズノはそう説明する。その声に震えはなかったが、小さな怯えを内に抱えた探るような瞳がソウマたちを見つめていた。
彼女の説明をそのまま受け取るなら、現在進行形でソウマとマヤは彼女に精気(……つまり、生きるための生命力だ……)を吸われ続けているということ。正直なところ、そんな実感はないのだが、彼女が嘘をついているとも思えない。ともすればマヤが『攻撃されている』と受け取りかねないような内容を、わざわざ偽ってまで語る意味はないだろう。
「なるほど。だから、地元の過疎化が問題になるわけか」
「うむ……。マヨヒガに招く相手がいなくなれば、いずれは餓死を待つばかり。自分で言うのもなんじゃが、わしはそこそこに燃費が良いほうでな。そう頻繁に人の精気を吸わなければならないというわけでもないんじゃが……、先行きを考えると、どうにもな」
シズノは腕を組んで難しい表情を作っている。
世知辛い話だ。しかし、地方の自治体が人口減少に歯止めをかけるのは、実際のところかなり難しいという話は聞いたことがある。そもそも日本全体の人口が減少傾向なのだから、人口水準を維持するのだって厳しい市町村が多いのが現実だろう。そう考えると、シズノがその判断に至ったのも自然なことなのかもしれない。
「……ひょっとして、マヨヒガの回数制限も関係してるのかな」
「お主、ずいぶんと察しが良いのぅ。その通り、マヨヒガに招けるのは、ひとりにつき生涯で一度だけ。それが古来より続くしきたりじゃ。いや、しきたりと呼ぶのは正確ではないのやもしれん。おのれの意思でその決まりを曲げられぬ以上、これはもはや、マヨヒガを持つ者の生態と言うべきじゃろう」
同じ人間を何度も招き入れて、その特定の誰かから精気を分け与えてもらう。もしそれが可能であれば、いかに地元の過疎化が進行しようとも、シズノがその地で生きていくことは難しくなかったのかもしれない。残念ながら、そんなうまい話はなかったようだが。
「『古来より』ってことは、シズノさんの他に前例が?」
「わしの
「興味深いね。民間伝承の異境来訪譚でも、一度訪れた異境には二度と辿り着けないって話はよくあるパターンだ。シズノさんの一族の能力にそういう制限があったことも、もしかしたら物語の
「否定はできんが……。巷間に膾炙した伝承の出処なぞ、今さら特定できるものでもなかろうて」
ひとりにつき生涯で一度しか招けない、という制限もなかなかに面白い。
たとえば、ソウマが他人と夢を共有することに回数の制限はない。吸血鬼のランカが血を飲むのにも、同じ人間の血は二度と受け付けないという縛りはないはずだ。
つまり、同一人物の精気(あるいは、生命力)を重ねて摂取することに致命的なリスクは存在しないと考えられる。もちろん、そこに種族的な差異が存在する可能性もあるが、滞在者から僅かずつ精気を分けてもらうという
それに、二度目に招き入れたあとで問題が起こるのではなく、そもそもマヨヒガに到達することができなくなる、という点も特徴的だ。まるで、ある種の防衛反応が起きているように思える。
もしかすると、来訪回数の縛りは生存戦略のひとつとして能力に固着しているのかもしれない。
つまり、同じ人間が何度もマヨヒガに足を踏み入れることが、種族の生存に対してリスクであると、長い年月をかけて妖狐たちが学習していった結果なのではないか。
もちろんこれは、ソウマの想像に過ぎないことではあるが……。
何度も『特別な場所』に招かれて、自分を『特別』だと思い込んだ人間が、増長の果てにどんな危険を齎すのかなんて、改めて考えるまでもないだろう。
「シズノさんの一族がマヨヒガの関係者だってことは、地元の人には知られている話?」
「まさか。マヨヒガは無人の屋敷というのが原則じゃ。招いた相手には顔も見せんわ」
「顔バレはそれなりにリスキィ?」
「わしにも表の顔というものがあるからのぅ。下手に顔を覚えられて、村のどこぞでばったり出くわしでもしたら面倒なことこの上ないわ」
ふん、とシズノは鼻を鳴らす。
表の顔、ときたか。つまり、彼女は彼女で地元の人間社会にきちんと溶け込んでいたのだろう。ギャル風の口調を彼女は演技と語っていたが、あの堂に入った変貌ぶりを見るに、案外、実生活ではそちらのほうが表に出ていることが多かったのかもしれない。
「話が逸れたが……、ともかくそういう理由で、わしは地元から東京に出てきたわけじゃ。ここなら人の数には事欠かないからのぅ。飢えに怯える生活とはオサラバというものじゃ」
「東京に出てきたのは今年に入って、って言ってたよね。正確にはいつごろから?」
「四月になってからじゃ。まだ半年と経っておらん」
「その間に、何人マヨヒガに招き入れた?」
「む……。それは……、三人、じゃが」
ササジマの他にもう二人か。
今は六月。二か月で三人となると、彼女の言う通り、なかなかの燃費の良さだ。
答える際、一瞬だけ口ごもったシズノは、憮然とした表情でソウマを睨んでいる。
マヤが肘でソウマのわき腹を突っついた。ソウマは軽く肩を竦めてそれに応える。
「さて、今までの話を聞く限り、あなたが生きる糧を得るためには、マヨヒガに招き入れた相手の前に姿を見せる必要はどこにもない。そういう理解で構わないかな」
「うむ、その通りじゃ」
「だけど、あなたはササジマくんの前に現れた。そして、部屋のルール通り、
「こうも真正面から聞かれるのも気に食わんが……、うむ、否定はするまい」
「他の二人のときも?」
「お主なぁ……」
シズノが大きく嘆息する。
マヤがまたわき腹を小突いてきた。
いやまぁ、言いたいことは伝わるよ。そういう言葉の選び方はどうなんだ、って。
だけど、そこのところはっきりさせておかないと話が進まないだろう?
「とにかく……、あー、シズノさんは地元のときとは違う方法で招待客をもてなした、ということでいいかな」
「ああ、そうじゃとも、そうじゃとも。お主の勘繰りの通りじゃて」
「それは、なぜ?」
投げやりな口調で肯定するシズノを見据えながら、ソウマは言葉を選ぶ。
「それは、あなた自身の考えで? それとも、誰かから提案されてのこと?」
「む……」
シズノが表情を変えた。鋭い視線がソウマを射抜く。
「そういう聞き方をするということは、なにか心当たりがあるのじゃな」
「そこまではっきりとしたものでもないけど。まぁ、多少は」
「ふぅむ……?」
ソウマの脳裏にあるのは、やはり、ランカの語っていた仮説のことである。
シズノが直接その計画に関わっているのかといえば、ちょっと首を傾げたくなるところ。なんというか、彼女の立ち振る舞いには組織性が感じられないのだ。バックについている存在があるようには思えないとでも言えばいいだろうか。行動そのものは彼女単独で行っているような節がある。
ただ、彼女の行動に関与している者が絶対にいないと言い切ってしまうのには疑問が残る。地元から東京に出てきて、いきなりマヨヒガの活動方針を変更するというのは、シズノひとりの選択としては急展開すぎるのではないか。
「まぁ、別に隠し立てする義理もないしのぅ……」とシズノが独り言ちる。
彼女は艶やかな金髪の毛先を弄びながら、涼しい表情で口を開いた。
「ときに、わしが都会に出るにあたって、もっとも心配したものはなんじゃと思う?」
唐突な質問だった。ソウマとマヤは思わず顔を見合わせる。
「お
二人に答えを待たず、シズノはニヤリとそう言った。ご丁寧に指でOの字まで作っている。
「順を追って話すぞ。当時、故郷の先行きに不安を覚えたわしは、まずはその地を離れることを考えた。どこに行こうかなどというのは二の次じゃ。東京とは言わずとも、地元より活気のある場所であればどこに行くのでも構わんくらいの気持ちじゃった。じゃがな、実際に計画を立ててみようとすると、どうしたってカネの問題が浮かび上がってくる」
シズノの口から実感の籠ったため息がこぼれた。
「無論、貯金はあるぞ? しかしじゃな、異なる土地にふらりと出ていって、いつまで生活できるのかと問われれば、首を捻ってしまうのが実情じゃ。食うや食わずのバイト生活などもってのほか。なにかポンと臨時収入でもあれば思い切りがつくのじゃが……と、村を出る前はあれこれと悩んでおったわけじゃな」
腕を組んだシズノが、額に皺を寄せて目を細める。
「そんな折、わしのマヨヒガに来客があった」
「来客?」
「招いたわけでも誘い込んだわけでもないというのに、屋敷を訪れた者がおったのじゃ。まったく、どこから情報を拾ってきたのやら。あまりにも唐突で、身を隠す暇もなかったわい」
「あんなに驚いたのは人生で……」と、言いかけて、しかし、シズノはマヤがそこにいることを思い出したようで、「……人生で、二番目くらいに驚いたかのぅ」と引き攣った笑み。
「その来客というのは、どういうひとだった?」
「ビジネススーツを着込んだ男。やり手のサラリーマンという風情。じゃが、ズボンから尻尾が見えておった。つまり……」
「人間ではなかった」
話の方向性が見えてきた。
ソウマはシズノに先を促す。
「そやつは言った。『異境を生み出す能力者』を探して各地を回っているところだ、と」
「その一環として、シズノさんのところにもやって来たと」
「うむ。どうもそういう能力の持ち主と協力して、なにやら事業を興そうとしているようでな。マヨヒガの主がわしだとわかると、すぐさまスカウトしてきたわい。いやぁ、なかなかに貴重な経験じゃったよ。自分がああも熱心に勧誘される側になるとは、就活に苦心していたころには思いもせんかったわ」
くく、とシズノが喉を鳴らした。見るからに自尊心を満たした表情である。
ソウマは冷めた目でその様子を見つめながら言う。
「それで、スカウトされて……、東京に出てきてまでやっているのが、この部屋?」
「滑稽に見えるか? まぁ強くは否定せん。じゃが、これがなかなかどうして、割の良い報酬を提示されてな。余人であれば能わぬ仕事じゃが、わしならば十全にこなせるとあって、あやつもずいぶんと色を付けてくれたようでのぅ。ほっほ、おかげで懐もだいぶ温かくなったわい」
「……その仕事の、具体的な内容は?」
「お主らも体験した通りじゃよ。指定された条件はふたつ。マヨヒガを使って『S〇Xしないと出られない部屋』を作り、誘い込んだ男を
そう言いながら指を二つ立てて、シズノは続ける。
「あやつはこれを『テストケース』と称しておった。まぁそんな風に言うということは、わしの他に本命がおるということじゃろうな。こういった能力の運用をするとどんな問題が起こるのか、どれくらいの期間騒ぎにならずにコトを進められるのか……。そういったことを調べようという魂胆じゃろう」
「あのさ、シズノさん、それを分かってて話を受けたの?」
思わず呆れ気味の声が出てしまったソウマである。
「ん?」とシズノが首を傾げる。
「なんじゃ、藪から棒に」
「いや、どう考えても捨て駒扱いだよね、それ」
「その辺りのリスクも込みでの報酬じゃからな。ま、当然よ。前払いの報酬にプラスで、騒ぎにならずに
「お主らに見つかった以上、ここで店じまいじゃろうがな」と彼女は肩を竦める。
「怪しいとは思わなかったの?」とマヤが尋ねる。
「そりゃあ思ったわい。じゃがな、わしらのような人外の血を引く者が、その能力を使った仕事をするとなれば、だいたいは怪しい仕事になるのが道理じゃろうて。そこのところで腰が引けておるようでは、無能力の人間として生きる他あるまいよ」
シズノの意見を聞いて、ソウマは顔を顰めた。
そこを突かれるとけっこう痛い。普通ではない能力を使ったビジネスは、外形的にどうしても怪しく見えてしまう傾向にある。それは確かなのだ。
ソウマのやっている仕事にしても、『レンタル添い寝』なんて字面だけで見たら、一般的な感性では怪しいビジネスに分類されても仕方ないだろう。
「それに……、仕事の内容を告げられたとき、実のところ腑に落ちたところもあってのぅ」
「どういうこと?」
「ほれ、例の仕事を持ちかけてきた男じゃ。尻尾が見えておったと言ったじゃろう? そやつのその尻尾はな、尻尾と言っても動物のものではなくて……」
にんまりと笑いながら、シズノは言う。
「艶のある尖がったハート形。あれはまさしく、悪魔か夢魔の尻尾じゃったに違いない」
「……夢魔だって?」
「うむ、いわゆるサキュバスとかインキュバスというやつじゃよ。そういう種族であれば、こんな部屋を作ってなにかをしでかそうとしているというのにもしっくりくるものがあるじゃろう?」
「ああ、そっちか……。つまり、淫魔だね、淫魔」
「ん? なんじゃ、妙な顔をしおって。別に訳語の揺らぎなどどうでもよいではないか」
シズノが不思議そうに目を眇めている。
無意識に首の後ろのショートポニーに手が伸びる。ちょこんと隣に立ったマヤが、ほんのり眉を傾けて、宥めるように背中を叩いた。
「でも、報酬のことはともかく、仕事の内容にも納得してたの?」
ソウマの背中に触れながら、マヤが尋ねた。
「えっと、つまり、知らない男の人と……、えっちなことをするっていうのに」
「……お主、けっこう初心なのか? なんと意外な。ついさっきは命の危機を覚えるほどの恐ろしい気配を振り撒いておったというのに、これはこれは……」
はっきりとは言いづらそうなマヤを茶化すようにシズノが口の端を吊り上げる。
「まず言っておきたいのは、確かに誘った
「な、そうじゃろう?」とシズノは言うが、言われたマヤはなんと答えたものかと困り顔。
「実際に触れてみると、東京の男子もなかなかに可愛げがあってな。うむ、実に悪くなかった。無論、わしの好みがそうじゃったということもあるが……。そもそもな、わしらのような人外の血を引く者は、基本的に性に貪欲なものなのじゃ。平たく言えば、スケベ。貞淑の概念は理解しておるし尊重もするが、それはさておき自身の欲求に素直になりやすいのじゃよ」
などとしたり顔で語るシズノ。
「……すけべ」とマヤがちらりとソウマを横目で見る。
「偏見では?」とソウマは思わず渋い顔。
「冷静になってよく考えてみい。純粋な人間には持ちえない能力を持った者が、人間の社会と関りながら、子どもから大人へと成長してゆくのじゃぞ? そんな環境で思春期を迎えてみよ。男でも女でも、自分の能力をエロいことに使うことを一度くらいは妄想するのが道理じゃろうて」
「実際、わしはそうじゃったからな」とシズノは何故か胸を張る。
「そういう妄想を覚えてしまったら最後、『やろうと思えばやれる』という妄念を抱き続けてしまうのが、知恵ある者のサガというものじゃろう?」
「なるほど、かしこい考察」
「いや、マヤちゃん? あくまで彼女の主観だからね。あっさり納得しないでよね?」
シズノの自説に頷いたマヤを見て、ソウマは焦り気味に待ったをかけた。
風評被害もいいところだ。……心当たりがまったくないとは言わないけれど。
「まぁそういうわけじゃから、仕事の内容にはそこまで忌避感は覚えなかったのぅ。とはいえ、捨て駒のテストケースとなれば、あの
「予防線……。言い訳とか、逃げ道のこと?」
「左様。確かにわしは事情を知らぬ男と身体の関係を結んだが、けっして無理やりに迫ったわけではない。もし本当に嫌がるようなら、こっそり部屋の鍵を開けてやるつもりでもあった。なにせ、鍵の開け閉めの権限はわしが持っておるのじゃからな。その程度お茶の子さいさいじゃ」
「ゆえに、強制猥褻だの不同意性交等だのというのはまったくの言いがかりといえる」と、シズノは腰に腕を当てて、得意満面の表情で言い切った。
「言うなれば、これは偶然同じ部屋で出会った男女が、自由恋愛の末に一夜の寝床を共にしたというだけの話。相手の男も納得してのことじゃ。外野がとやかく言おうとも、それが結論よ!」
……いや、そんなソープランドみたいなタテマエを持ち出されても。
わざわざそんな理屈を捏ねていたら、逆にいかがわしいまであるのでは?