夢魔さんは眠りたい   作:子守家守

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双方向式ロックドルーム

 なににつけても、頼れる上司がいると話が早い。

 

 シズノの件はその日のうちにソウマからランカに伝わり、ランカからホテルのボスに届いて、最終的には政府機関の知るところとなった。

 これらの流れがスムーズだっとのは、フェアリィ・クレイドルのボスが政府とチャンネルを持っていることもそうだが、ソウマたちが確保したシズノ自身が妙に協力的だったことが大きい。どうやら彼女は、自分の『部屋』の存在がいずれは公権力によって暴き出されるであろうと、あらかじめ予期していたようだ。

 

「郷に入っては郷に従え、というじゃろう?」

 

 そのことについて、シズノはあっけらかんとそう言っている。

 馴染みの薄い土地で、独りきりで生きていくよりは、その地を管理する組織に渡りを付けておいた方がなにかと好都合だろう、という判断らしい。今まで地元で生活していたときには、妖狐の一族の地縁的なノウハウのおかげで十分に世渡りできていたため、異種族を管轄する政府組織とは関りがなかったのだという。

 

 彼女が自身の行為の合法性を気にしていたのは、そういう事情もあってのことのようだ。

 あとになって知ったことだが、この日、転移の紋様が刻まれた扉の個室を利用していたのは、ほかならぬシズノ自身だったらしい。ササジマが使った部屋の紋様をそのままに、入れ替わりで彼女が部屋の利用を申請したのだとか。

 

 シズノ曰く、ランカの読み通り、『入り口』の再設定は相応に消耗する行為なのだという。いつでもどこでも気軽に自身の領域への扉を作れるなどという、あからさまに無法な能力というわけではないようだ。

 それゆえ彼女は、一度ターゲットを『部屋』に招き入れたあとは、次なるターゲットが見つかるまで、『入り口』の位置はそのままにしておきながら、自分がその部屋を占有することで余計な侵入者を防ぐという形を取っていたらしい。

 

 つまり、彼女の毒牙にかかったのは、ササジマを含めて計三人。

 その誰もが被害を受けたという意識もなく、『部屋』での経験を問題にしようともしていないので、この点はシズノの狙い通りといっていいだろう。

 もっと細かいところで彼女の行いが法に触れている可能性はあるだろうけれど、事件として立件するのは難しいと思われる。ソウマだけでなく、ランカやボスも同じ見解だった。

 

 それでも彼女の身柄はいったん政府預かりになる。夢喰い(ディリータ)のときと同じパターンだ。身元の確認や事情聴取がこれから行われることだろう。

 特に、彼女に報酬を渡して『テストケース』を実践させた人物については、政府も情報を欲しているはず。

 

代理人(エージェント)と名乗っておった。じゃが、それ以外のことはまるでわからんぞ」

 

 とはいえ、シズノもその人物についてほとんど知っていることはないらしい。

 他に手掛かりになりそうなものといえば、彼女が見たという尻尾のことくらいか。

 

 シズノが言うように、ひとりの淫魔が独自の事業を展開するための事前準備として、彼女に仕事を依頼したという可能性もゼロではない。しかし、一個人がそのためだけに該当する能力の持ち主を探し当てるというのは、かなりの難易度だろうし、なによりコストとリターンが見合っていないように思える。やはり、なんらかの組織的な動きがあると見たほうが自然だろう。

 

 その組織の候補として、今のところ名前が挙がっているのが、ディリータの語るところの『閉鎖環境』に関わる組織というわけだ。

 

 しかし、その組織にしてみても、現状ではなにか表立った動きを見せているということもなく、その実態は霧のようにあやふやだ。現在の活動にしても最終的な着地点にしても、未だ確たる情報は得られていない。

 現時点では、その活動理念である『人間が人間のまま変わらないようにすること』という題目を考えると、現代の人間社会の進歩に対してなんらかのカウンターアクションを目論んでいるのではないか、という推測があるというだけだ。

 

 それだけの情報では、政府といえど大っぴらに捜査や摘発をすることはできないのだろう。

 今回の件のように、たまたま表に出てきた情報を少しずつ搔き集めている段階だと思われる。水面下に存在する氷山の全貌どころか、海上の顔を出したその一角すら見つけられていないのが実情ではないだろうか。

 

「思想はある。組織もある。しかし、はっきりとした活動は見えてこない。そういう手合いは、地下で静かに準備を進めて、本命を実行するときにいっきに表に出てくるものだ。それゆえに、()()()()が訪れたときの影響は大きい。厄介な話だが、大きな動きが見えない以上、今は地道に捜査を進めていくしかないだろうな」

 

 フェアリィ・クレイドルのボスは、シズノの話を聞いた後にそう評した。

 警察に所属していた過去を持つ人物の言葉である。ソウマの素人考えよりよほど重みがあった。

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

「で、結局こんな時間か……」

 

 スマートフォンの時刻表示を確認して、ソウマはため息をついた。

 シズノの身柄を政府の役人に預けた後、細々とした後始末を片づけて、ようやくボスの部屋を辞したとき、すでに太陽はビル街の向こうに沈んでいた。

 ホテルの高層階から地上を見下ろせば、行き交う車のヘッドライトと道路沿いの建物から漏れ出た光とがアスファルトを煌々と照らしている。地上の光が散乱した夜空は白くぼんやりとしていて、星の輝きは見ることができない。東寄りの空にぽつんと孤独な三日月が浮かんでいた。

 

 今夜も眠るための算段を立てなくてはならない。

 ソウマはホテルの廊下の壁に寄りかかり、疲れた表情でこめかみを揉み解す。

 

 今からSNSで客を募集して、果たして申し込みがあるだろうか。過去の実績を思い起こしてみたが、ちょっと厳しいタイミングかもしれない。

 となると、個人的な知り合いにメッセージを投げてみるか、それでも駄目ならホテルのスタッフで都合の合う相手を探すことになるか……。

 

 別にこういったことが初めてというわけではない。日中のアルバイトや大学での活動が長引いて、その日の客を募集するのが間に合わないという事態は、年に数回くらいの頻度で起こってしまうものだった。

 

「ねむ……」

 

 しかし、どういうわけか、今日は妙に眠気が襲ってくるのが早かった。

 夢魔(ソウマ)の体質上、いくら眠くなっても眠ることはできない。たとえ目を閉じても、意識が切れることはない。頭がぼんやりとして、行動が億劫になっていくばかりだ。

 こういう蓄積した欲求が解消できない状態は、時間が経つほど心身に負担を強いてくる。ソウマの経験からしても、今日の睡魔は非常に()()感覚だ。さっさと解消してしまいたいと気が逸ってしまう。

 

「ああ、もう、なんだってんだ……」

 

 粘ついた思考で今日の記憶を振り返る。

 こんな状態を誘発してしまいそうな、なにか特別なことはあったっけ。

 

 聞き込みや車の運転、現地の調査といった行動そのものは、別段珍しいものでもない。

 今まで経験したことのないものといえば、『S〇Xしないと出られない部屋』に入ったこととか、妖狐という種族に出会ったことだろうか。

 

「部屋……、紋様と転移。……まさか、時差ボケ?」

 

 自分でもよくわからない連想でそんな言葉が脳裏に浮かび、思わず顔を顰める。

 

 そういえば、シズノのマヨヒガは実際にはどこに()()のだろうか。現実には存在しないという話だったが、四次元なり五次元で定義すれば座標を特定できるのものなのか。

 あの空間に昼夜の概念は存在するのか。存在するのであれば、その周期は? 季節による長短の変化や、寒暖の移り変わりは観測できるのだろうか。

 そういったマヨヒガ独自の環境設定が、現実との行き来の際にギャップとなって、身体に負担を掛けていたりする可能性は?

 

 ……いや、今はそんなことを考えても仕方がないだろうに。

 やはり眠気で思考が撹拌されている。余計なことを考える前に、今夜の睡眠を確保するべきだとわかっているはずだというのに、まったく……。

 

「あれ……」

 

 なにはともあれ、都合が合いそうな誰かに連絡しよう。そう思ってスマートフォンを起動しようとしたのだが、ブラックアウトの状態から画面が遷移しない。サイドボタンを押しても画面をタップしても反応はゼロだ。

 充電切れか、それとも故障? いや、ついさっき時刻を確認したときは問題なかったはず。

 

「うーん? 参ったな」

 

 ため息をついてスマホをポケットに戻す。

 手のひらの底で額を揉み解す。原因はひとまず置いておこう。しかし、スマホが使えないとなると知人と連絡を取ることすらできない。それは困る。

 

 回転の鈍い頭で、とにかくフロントまで降りようと考えた。

 そこなら常駐のホテルスタッフがいるから、充電器を貸してもらうなり、ショップに連絡して不具合を診てもらうなりできるはず。最悪、館内のスタッフの予定を確認してもらって、今夜の夢を間借りさせてくれる相手を探してもらうのもありだろう。

 

 泥のような足取りでエレベータホールに移動した。廊下で人とすれ違うこともなく、エレベータ前にも人の姿はない。白色の照明が物寂しい。夜の静けさだけが滞留している。

 下方向のボタンを押す。待ち時間もなくドアがスライドした。隙間から温かい光が漏れて、大きく広がりソウマを包む。眼鏡をずらして目をこすりながら、ドアの先に足を踏み入れた。

 

「ただいま……」

 

 無意識に口から言葉が零れ落ちた。

 

 いつの間にか、ソウマは自室の玄関に立っている。都内のマンションに借りた一室だ。

 正面に細く短い板張りの廊下。その奥のリビングに灯りが見える。

 

 くらりと眩暈。

 ぼんやりと身体が動く。

 思考の粘度は底なし沼。

 

 靴を脱いでリビングに向かう。ひんやりとした廊下の冷たさが足裏から伝わってくる。

 部屋に入ると、トマトの香り。

 人の姿はない。明かりだけが点いている。

 体感温度は適温。空調も動いているのかと思ったが、駆動音は聞こえてこない。

 

 キッチンに移動すると、コンロにスープの鍋。トマトの香りはここからか。

 火は消えているが、まだ温かかった。シンクの水も乾いていない。

 水切棚にはスープ皿が二つと、スプーンが二つ。まだ水が滴っている。

 ちょっと前まで、誰かがここで作業していたような雰囲気。

 

「ああ……、夢か」

 

 呟き、曖昧模糊な違和感に納得する。

 しかし、どこからが夢で、どこまでが現実だったか……。

 

 リビングに戻る。やはり誰もいない。

 奥の扉のガラス窓から光が透けていた。

 そちらは寝室だが、普段はほとんど使うことがない。ソウマの生活は外泊が中心なので、形ばかりのベッドが置かれているものの、実態としては物置に近い状態である。

 

「夢の外では、だけど」

 

 ドアを開けた。寝室に入る。

 最初に感じたのは暖かい空気。エアコンではない。身体の芯に熱が届く感覚がある。

 パチパチと心地の良い音が聞こえる。オレンジの光が揺れている。

 壁際で暖炉が燃えていることに気が付いた。揺らめく炎がくべられた薪を舐めている。

 

 広い部屋だった。高級そうな絨毯が一面に敷かれている。

 壁紙は木目調。いや、質感からすると本物の木材かもしれない。

 暖炉付きの木造建築……。当然、東京のマンションではありえない。

 備え付けの家具も木製のアンティーク。ゴテゴテしたものではないが品の良さが見て取れる。

 

 部屋にはベッドも置かれていた。ただし、ソウマの記憶しているものではない。

 大きさは余裕のあるキングサイズ。天蓋付きで、薄絹のヴェールが垂れている。

 装飾や意匠はどことなくクラシカル。ファンタジィの貴族が使っていそうなイメージ。

 

 そのヴェールの内側に、マヤの姿があった。

 

 ベッドの上にお尻を付けてぺたんと座り込んでいる。

 装いはシースルーのネグリジェ。白い肌と黒の下着が透けて見えている。

 普段は服の下に隠れているはずの肢体がはっきりと目に入った。

 色白ではあるが、不健康な印象はない。肌の張りがあって、活力が満ちているイメージがある。

 シルエットは小柄で華奢。

 下着に隠れて謙虚な胸のふくらみ。

 細身の身体からはスマートで洗練された機能美を覚えさせられる。

 

 彼女はぼんやりとした表情で、けれども瞳の焦点はソウマの顔にぴたりと合っていた。

 

「夢にしても、大胆過ぎない?」

 

 半透明なヴェールを持ち上げて、ソウマはベッドの縁に腰掛けた。

 

「大胆って、私が? それとも、ソウマさんが?」

 

 こてんと首を傾げてマヤが問い返す。

 ソウマは彼女の装いのことを指して大胆と言ったけれど、彼女は淑女の寝室に入り込んだソウマの行いを指して言っているのかもしれない。確かにどちらも大胆といえば大胆だ。

 

「ここはマヤちゃんの夢だろう?」

「うん。だけど、ソウマさんもここにいるよね」

 

 マヤの夢である以上、基本のイメージは彼女のものだ。

 彼女自身の服装もそうだし、ソウマの行動も登場人物としておおまかな脚本(スクリプト)があるはず。

 

 しかし、ソウマは夢魔である。

 ここが夢の世界だと気づいた以上、やろうと思えばその設定に干渉することができる。

 マヤにもっと厚着をさせたり、舞台(ロケーション)を寝室からリビングに移すことも可能だろう。

 

 だけど、可能なはずなのに、それを実行していないのが、夢の中の現実。

 

「えっと、どうしてこうなったんだっけ?」

「『お客さんが見つからないから、どうか一緒に眠ってください』って、ソウマさんから」

「うーん、そんなだったかなぁ。僕が事情を話したら、マヤちゃんのほうから手を挙げてくれたような気もするけど」

 

 マヤの棒読みに思わず苦笑する。

 なんとなく夢への導入を思い出してきた。

 

 シズノ絡みの仕事を終えて、ボスの部屋を辞したとき、隣にはマヤが一緒にいた記憶がある。

 ついさっき、独りきりで睡魔に悩まされていた情景は、夢の中で再構成されたもののようだ。

 

 ベッドの縁に腰掛けたまま、肩越しにマヤを振り返る。

 シーツの中央に座った彼女がむすっとした表情を作っていた。

 

 ふと、まばたき。

 

 気が付けば、ソウマはベッドの中央で天蓋を見上げていた。

 仰向けになった背中にシーツの感触。絶妙な反発でスプリングが身体を支えている。

 すぐ目の前に、マヤのデフォルトな表情。上からソウマの顔を覗き込んでいた。

 吸い込まれそうな瞳。

 彼女の両手がソウマの頬に添えられる。細い指が彼の顔を穏やかに固定する。

 

「あのさ、マヤちゃん、今日はちょっと変じゃない?」

「変って、なにが?」

 

 じっと瞳を見つめられる。

 仰向けの身体も捕らえられた顔も動かない。

 

「昼間もそうだったけど、距離の詰め方がアグレッシヴというか」

「そういうところ、ちゃんと気づいてたんだ。ふーん……」

 

 顔に添えられていた指が動いて、ソウマの両頬を「えい」とつねった。

 そのままぐいぐいと左右に軽く引っ張られる。痛くはないが、こそばゆい。

 

「あのね、ソウマさん」

「うん」

「名前が悪い」

「……はい?」

「もっと言っちゃうと、シズノさんが悪いし、ササジマくんも悪い」

「どういうこと、というか、なんの話?」

 

 パッとソウマの頬から指が離れた。

 どことなく拗ねた表情のマヤが、頬をほのかに染めて口を尖らせた。

 

「だって、『S〇Xしないと……』なんて言葉が頭の中でずっとチラついてたら、ちょっとくらい変な気分になっちゃうのも仕方ないでしょ」

 

 寝室の入り口から大袈裟な金属音が聞こえた。

 ドアの鍵が施錠されたのだと、音だけで理解する。

 密室の暗喩(メタファ)

 さしずめここは、『S〇Xしないと目覚めない夢』か。

 

「鍵を掛けたのは、私? それとも、ソウマさん?」

「さぁ、どうだろうね」

 

 マヤがそう聞いて、ソウマがそう答える。

 それこそ、二人揃って「もしかしたら自分かも」と考えている証拠。

 マヤはますます頬を赤くして、潤んだ瞳でソウマを睨んでいる。

 

 限界だった。

 

 仰向けに寝転んだままのソウマは、

 彼女の細い肩に手を伸ばして、

 その身体を引き倒して、

 胸の中に抱き寄せた。

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 朝の陽射しが眩しかった。

 マンションのエレベータを降りて、自室の扉の鍵を開ける。

 靴を脱いでリビングに入ると、同居人がコーヒーを淹れていた。

 

「朝帰りじゃん」

 

 そう言ってけーちゃんがにやりと笑った。

 マヤはそれに反応もせず、黙ったままテーブルの椅子に腰掛ける。

 そして、そのまま、バタンキュー。

 

「え、おい、どうかしたん?」

 

 テーブルに突っ伏した頭の上からけーちゃんの慌てた声。

 マヤはひらひらと手を振って「大丈夫」と合図する。

 

「いやいや、ホントに平気なんか?」

「うん……」

「全然そうは見えないけど。なんだよ、なにかあったのか?」

「……夢を」

 

 うつ伏せのまま、盛大にため息。

 

「夢を見たの」

「……えーと? すまん、どういうこっちゃ。夢見が悪かったって話か?」

「ううん。でも、夢だってわかってたから、逆に、夢じゃないみたいだったから」

 

 わけがわからん、とけーちゃんが肩を竦める。

 マヤはテーブルにほっぺをくっつけて、ポツリと一言。

 

「今さら、顔が熱いかも」

 

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 ソウマは童貞ではない。

 恋人と呼べるような相手がいたこともあるし、仕事柄、異性の客からそういうお誘いをいただいたこともある。(……もちろん、仕事としてではなく、プライベートの付き合いとして……)

 

 ただ、誰かとそういう関係を持っても、長続きしたことはなかった。

 どんなに長くても数か月ともたずに関係は破綻する。

 

 原因のひとつに、夢魔(ナイトメア)の生態があるのは間違いない。

 

 自分と肌を重ねた相手が、毎晩別の誰かとベッドを共にするというのが気に食わない、というのは、至極真っ当な意見と言えるだろう。もちろん、ベッドを共にするといっても、それは一緒に睡眠するという意味でしかないのだが、感情的に納得できるかはまた別の話。

 

 だからといって、毎晩毎晩、ひとりの恋人と夢を共有するというのも、これまた問題となる。

 何度も繰り返し夢の中に入られると、その対象になった者は、どうしたって自分のすべてを丸裸にされているような疑念を覚えてしまう。たとえその侵入者が恋人のような親密な相手であっても、心を覗かれているというストレスが着実に心の底に蓄積していくのは間違いない。

 

 実際は、夢はあくまで夢であり、その人の感情や記憶を完全にトレースするものではない。

 夢魔であるソウマはそれを理解しているのだが、その事実を客観的に他人に証明する術がないというのが現実である。

 

 いずれにせよ、そういったソウマの夜の生活と折り合いが付けられず、今まで肌を重ねた相手の多くは彼の元を去っていった。

 夢魔の生態に頓着しない人もなかにはいたが、そういう人はソウマ個人にもあまり執着しない傾向にあったため、結果として程よい距離感の友人付き合いに落ち着くのが常だった。

 

 ソウマ自身、こういう破綻は仕方のないことだと思っている。

 相手の目線に立ってみると、それもやむなしかな、という気分になってしまうのだ。

 

「それは、ソウマくんが本気の恋をしたことがない、ということでもあるのではないかしら?」

「なんですか、いきなり」

 

 数日後、探偵事務所で妖狐(シズノ)の件についてレポートを書いているとき、ランカが話を振ってきた。

 キーボードを叩きながら空返事ばかりしていたから、なんの話題から派生したのかよくわからなかった。ただ、ランカの視線が妙に生温かいのが気にかかる。気づかないうちになにか変なことでも言ってしまったのだろうか。

 

「体質のこともそうだけど、ソウマくんが『仕方ない』で済ませちゃうのも、関係が長続きしない原因なのでは?」

「まぁ、否定はしません。嫌がってる相手を追いかけても、って気はしますけど」

「嫌がってるといっても、ソウマくん個人に対してというより、夢魔の生態と生き方に対して、でしょう? 諦めずに追い縋れば、妥協と相互理解に辿り着けた可能性はあると思うわよ」

 

 そうなのだろうか。ソウマは心の中で首を捻る。

 ただ、そういう岐路に立ったとき、『仕方ない』と考えるのに抵抗はなかった。

 それこそがランカの言う『本気の恋をしていない』ということなのかもしれない。

 

「過去のことはともかく……。ソウマくんから見て、マヤさんはどうなのかしら?」

「マヤちゃん? 良い子だと思いますよ」

「それだけかしら」

「それだけではないですけど、今のランカさんにあれこれ言うのは憚られますね」

 

 操作中の端末から顔を上げて、所長席の彼女を半眼で睨む。

 今日はやけに踏み込んでくるな、と思う。愉快そうな声色がちょっと気に食わない。

 視線の先の女吸血鬼は、腹が立ちそうなほど完璧な微笑を浮かべていた。

 

「やっぱり、春かしら」

「もう梅雨も終わりそうですよ」

「それなら、これからもっとあつくなりそうね」

 

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