底なしの井戸を覗き込んだみたいだった。
手すりを掴んでいるはずなのに、どこまでも落っこちていくような錯覚。足元の感覚が覚束なくなって、いつの間にか奈落の縁を越えてしまいそうな恐ろしさ。
コイケはふらふらとよろめきながら後退する。まるで部屋の床が傾いたかのようだった。曖昧な足取りが自分でも制御できない。お酒に酔ったときだってこんなにはひどくないはず。
頭が痛かった。酸素が足りないのかも。だけど、視線だけは逸らせなかった。ミウラの青白い顔に吸い付けられている。狂った角度で止まった眼球。唇の間に見える紫色の舌。血だまりに浸かった髪。見ているだけで指先が凍り付きそうになる。
ミウラ先生は、死んだ。
その現実がコイケを打ちのめしていた。
凶行を目の当たりにした恐怖と、死に対する忌避感が、彼女の身体をミウラから遠ざけようとしている。思考は停止していた。脳の血液が丸ごと氷に入れ替わったみたい。
彼女はふらつきながら、無意識に元の席に戻ろうとしていた。講演を聞いていた最後列のテーブルだ。前方の死体と犯人から少しでも距離を取ろうとしていたのかもしれない。
けれど、そこに辿り着く前に、背中が誰かにぶつかった。突然の衝撃によろめいて、手近なテーブルに手をついてしまう。変な角度で体重を乗せてしまった手首が痛かった。
振り返ると、そこには団子になった人の群れ。ドア付近に固まっていた人々が、教授に促されてひとまず席に座ろうと移動している。過密状態の後方から前方の席にじわじわと流れてきていた。そのベクトルはコイケとは逆向きだ。
抵抗すらできず、人の波に呑まれた。もみくちゃにされて、脚がもつれる。自分がどこにいるのかもわからない。どうすればいいのかもわからない。川面の頼りない葉っぱのように流されていくだけ。
「あっ」
ついに足が滑った。視界が傾く。横倒しに頭が落ちていく。
無秩序な足音が耳に入る。周囲の誰もコイケに気付く余裕がない。このまま倒れれば、めちゃくちゃに踏みつぶされてしまうかも。そう思い至ってゾッとする。
その直後、誰かに二の腕を引っ張られた。
工事用機械みたいにパワフルな力が、倒れかけのコイケを強引に立ち直させる。
そのまま人の群れから引き剥がされて、細長いテーブルの真ん中の席に座らされた。勢いあまって、腕を引いてくれた人に抱き着くような形になってしまう。腰が抜けたみたいで、しばらくそのまま動けなかった。
「大丈夫?」と助けてくれた誰かがコイケに尋ねた。
「あ、はい。たぶん……」
「あんまり大丈夫じゃなさそう。ここって人が多すぎるし、あんまり落ち着かないよね。でも、ちょっと外に出るのは難しそうだから、しばらくは我慢しないとかも」
落ち着いた声の女性だった。なんとなく、その声に聞き覚えがある気がする。
コイケはようやく戻ってきた焦点を目の前の女性に合わせて、その姿をまじまじと見つめる。見慣れない灰色のビジネススーツを着込んでいるけれど、その年の割に幼い印象の顔は常日頃から見慣れたものだった。
「え、マヤ?」
「うん」
「いや、あんた、こんなところでなにしてんのさ」
「アルバイト。こういう展開はちょっと予想してなかったけど」
涼しい顔でそう言って、コイケのルームメイトは首を傾げた。
「そういうけーちゃんこそ、どうしてここに?」
………
……
…
現状について、マヤにはいくつか引っ掛かる点があった。
まずひとつには、犯人の男のこと。
背の高い大柄な男で、金髪の外国人。学生と思えるほど若くはなく、かといってスーツ姿の社会人の中ではミリタリィ系の服装が浮いてしまっている。
この講演会に集まった人間の中ではかなり目立つ風体だ。それなのに、マヤは彼がミウラ・カイを撃つまでその存在にまるで気が付かなかった。
講演会には80人くらいの聴講者がいたから、その中に埋もれていた可能性ももちろんある。けれど、犯人の男はそうだったとしても、今も天井付近に陣取っている8機のドローンはどうだ。
1機1機が大型の猛禽類くらいのサイズがある。あの大きさでは着陸した状態でも相応のスペースを取るはず。カバンかなにかにしまっておくにしても、8機もあれば誰かの目に留まってしまう可能性が高いように思う。
だというのに、実際は犯人の男が発砲してドローンが飛び立つまで、マヤだけでなく他の誰もその存在に気付いていなかったように見える。誰かが待機中のドローンに蹴躓くということもなかった。そのことをどう捉えるべきか。
思い浮かんだのは、マヨヒガの主であるシズノのことだった。
あの古風な口調の妖狐は、事実上、空間と空間を繋げる能力を持っていた。それと同じことがこの講演会でも起こったのではないか。
つまり、あの犯人の男とドローンが、講演会の終わるタイミングでどこからかワープしてきたという可能性だ。それなら彼らの存在が直前まで把握されなかったことにも説明がつく。
マヤの目には犯人のことが
もし彼が人間だとしたら、空間を繋げた能力者は別にいるということになる。耳に装着した通信デバイスで誰かと交信しているようだが、その相手がそうなのかもしれない。あるいは、聴講者の中に共犯者が紛れ込んでいるという可能性もあるだろう。
「……
能力を持つ人外の存在を検討していると、どうしてもその言葉が頭にチラついた。
シズノが語っていた、インキュバスらしき男のことだ。曰く、その男は『異境を生み出す能力者』を探して各地を回っているらしい。それはつまり、シズノの他にも空間を操る能力の持ち主とのパイプを持っているかもしれないということだ。
今回の事件に、その男が関わっている可能性はどれくらいあるのだろうか。
もしかしたらマヤの考えすぎかもしれない。けれど、今起こっている事件にはシズノの起こしていた事件と薄っすらとした共通点があるように思えた。たとえば、空間を操る能力の存在が疑われるところとか、実行犯の陰に何者かの姿が見え隠れてしているところとか……。
あるいは、これもシズノの件と同じように、なにかの『テストケース』だというのだろうか。
「はぁ……。まさかマヤまで巻き込まれてるなんてなぁ。どんな確率だっての」
隣に座るけーちゃんが囁くような小声で言った。
マヤは横目で彼女の顔を見る。憔悴の色が濃いが、さっきよりは多少マシになっているように思えた。相変わらず密着するほど近くに座っているし、ブラウスの裾が握られっぱなしだったが、彼女の気持ちがそれで落ち着くというのならマヤとしてもそれで構わなかった。
「びっくりしたのは私もだよ。けーちゃんが運営のアルバイトで参加してたなんて」
「私からすれば、聴講者の立場でアルバイトっていうのもよくわからん話なんだけど」
「そこは、えっと、ちょっとワケありなの」
「まぁ、この状況で追及はせんけどさぁ。なんにせよ、知り合いの顔が見れてちょっとは元気出たわ。さっきも助けてくれて、サンキュな」
そう言ってけーちゃんは口の端を持ち上げたが、その笑顔はいつもよりぎこちのないものだった。やっぱり空元気なのだろう。運営側ということは、銃撃されたミウラ・カイとも知り合いだったはず。目の前で知り合いが撃たれたのであれば、ショックを受けて当然だ。
「早いとこ警察がなんとかしてくれりゃいいんだけどな。他力本願だけど、私らは大人しくしてるっきゃないわけだし……」
「ねえ、けーちゃん。けーちゃんはあの犯人が会場にいるって気づいてた?」
「うん?」とけーちゃんがその問いに首を傾げた。
目立たないようにひそひそと交わしていた会話がいったん途切れる。けーちゃんが目を細めた。マヤの服を握ったままだった彼女の指の力が強くなる。すぐ隣の彼女から緊張感が伝わってくる。
かなり慎重になって犯人の顔を盗み見たけーちゃんだったが、しばらくするとふるふると小さく首を横に振った。
「いや、わかんない。あんな目立つヤツ、見てたら覚えてそうなもんだけど……。でも、私が受付してたのは自治体の公務員の列だったから、別の列から入ってきてて気づかなかったってだけかも。実際、マヤが来てるってこともさっきまで知らなかったわけだし」
「じゃあ、ドローンは? あれが入ってるカバンとか、そういうのは見なかった?」
「……言われてみれば、ちょっと変だな。私ら運営が会場の設営をしたときは当然なかったし、講演が始まる直前もそれっぽいものは見かけてないと思う。当然だけど、着陸してるドローンなんてのも見た覚えがないしな」
怪訝そうに眉をひそめたけーちゃんが「でも、そういえば」と続ける。
「ミウラ先生はアイツと知り合いだったのかも。近くで顔を見て驚いてたみたいだから」
「それ、本当に?」
「だけど、それって本当に撃たれる直前のことだったんだよな。知り合いだったなら、講演の途中で客の中にいるって気づいてそうなものだけど……」
自分でも釈然としないものがあるのか、けーちゃんの歯切れは悪い。
運営側のアルバイトである彼女でさえそういう認識なのだ。『犯人は突然現れた』という説もあながちマヤの穿ちすぎというわけではないだろう。もっともそんな非現実的な推測を口にしたところで、異種族の実在を知らないであろうけーちゃんには映画の見過ぎと言われるだけだろうけど。
「つーか、なんか色々おかしくね? アイツは金目当ての犯行って言ってたけど、ミウラ先生と知り合いだってんなら、なんか前提が変わってくる気がするんだが」
「うん。お金だけが目的なら、もっと別の方法があると思う」
「たとえば銀行強盗とかさ……。銃持って人質まで取るってのに、こんな場所を選ぶ理由ってあるのかね」
けーちゃんの視線が横を向く。追いかけてマヤもそちらを見ると、会議室の側面の窓に抜けるような夏の空が映っていた。この会議室のフロアは地上15階。角度的に地上は見えず、いくつかの高層建築の先端が見えるだけだ。
けーちゃんが『こんな場所』と言うのも頷ける。普通に考えて、首尾よく犯人の要求が通ったとしても、これでは逃げ道がない。
「ヘリでも呼ぶつもりか?」と視線を頭上に動かしながらけーちゃんが呟く。おそらくそれが普通の考え方だろう。それにしたって、余計なリスクを背負い込んでいるように思えるけれど。
ただ、『突然現れた』のと同様に、犯人が『突然消える』こともできるのであれば、逃走経路の問題は些細なことになる。地上や屋上を封鎖されても問題ない。警察に追跡される可能性もかなり低いだろう。
その推測が当たっているかどうかはわからないが、少なくとも犯人の余裕ぶった態度を見るに、『帰り道』についてなにか策があるようなのは間違いないと思う。マスクや覆面で顔を隠していないのもあからさまだ。
「……なぁ、マヤ。私の考えすぎかもしれないけどさ。もしかしたら、犯人がここを現場に選んだのって、ミウラ先生を最初から殺すつもりだったってことなのかな……」
「かもしれない。絶対とは言い切れないけれど……」
「うん……。やっぱそうだよな。そうじゃなきゃ、いきなりぶっ放すとかありえねーし。なんかこう、撃つ前も撃った後も、アイツの言動は『予定通り』って感じだもん」
震える声でそう言って、けーちゃんはいっそうマヤに身体を密着させた。犯人の持つはっきりとした殺意に改めて気づいてしまったようだ。
その背中を手のひらでできる限り優しく叩いてあげる。気休めのひとつでも言えればいいのだけれど、適当な言葉が見つからなかった。こういう場面は、あまり得意ではない。
ミウラを殺害することは犯人の計画の内だったのかもしれない。
けれど、それだけが犯行の目的ではないはずだ。殺すだけなら彼がひとりのときを狙えばいい。
マヤの頭には、ランカから聞いた依頼の話が浮かんでいた。会議室の前方に視線を向けると、依頼人の教授が部屋の隅で縮こまっている。今、犯人の銃口は天井に向いているが、距離的に一番近いのはあの教授先生だ。
ランカが引き受けた依頼で、調査対象になるはずだったミウラは、撃たれて死んでしまった。けれど、その依頼と今回の事件がまったくの無関係とは思えない。
あの教授が聞いたというミウラ・カイに関する噂のことや、最近の研究室での怪しい出来事の話……。そこに金髪の犯人が関わっている可能性があるのではないだろうか。
その辺りの情報が警察に伝われば、なにか事件解決に繋がる糸口になるかもしれない。
マヤがこの場にいることは所長のランカが把握している。彼女は警察にパイプを持っているから、事件のことを知れば彼らに情報共有をしてくれるはず。
気になるのは、この場の状況がどれくらい外部に伝わっているのかということ。
ここからではわからないが、警察はもう動き出しているのだろうか?
………
……
…
「緊急事態よ。二人とも、ちょっと顔を貸しなさい」
ディリータの研究室に現れたナナミ刑事が剣呑な口調でそう告げた。昨日の別れ際よりもさらに険しい表情だった。来客用のテーブルを挟んで調査計画を詰めていたソウマとディリータは思わず顔を見合わせる。
「どうかしたんですか? あ、ひょっとして、例のミラーという人についてなにかわかったとか」
「そっちはまだ照会中。緊急なのは、それとはまた別の件」
研究室の入り口から大股で来客テーブルに歩み寄った彼女は、ソウマたち二人の人外を睨みつけ、腕に抱えていた資料をどさりとテーブルに置いた。ノートPCが1台と積み上げられた紙の山。一番上の紙面には『新宿区人質立てこもり事件』と黒の太字が荒々しく書きなぐられている。
「……立てこもり?」日本では滅多に聞かれないその単語にソウマは眉を顰める。
「そう。現場は新宿の総合商業施設の15階。発生時刻は今日の午後3時頃。G大学の教授が行う講演会の会場が、銃を持った男に占拠された。人質は約80名で、正確な人数と身許はまだ不明。大学の研究室に講演会の参加者リストが残されていないか、急いで調べに行ってるところよ」
ナナミはそこまで一気に喋って、一度言葉を切った。時計を見ると、今は午後4時。事件発生から1時間といったところか。
隔離された環境にある地下技研の研究室では、地上の事件の情報はリアルタイムでは入ってこない。当然、ソウマもナナミに聞くまでは事件の発生自体を知らなかった。
「銃を使った立てこもり……って、大事件じゃないですか」
「ええ、そうよ、大事件。だけど、重要なのはここから。空撮用のドローンや現場付近のビルからの望遠で判明したことだけれど、占拠された会議室の周囲に
ナナミがテーブルに置いた資料を荒い手つきで捲っていく。数枚を捲ったところで、彼女は紙の山から目当ての資料を引き抜いた。
どうやら現場の平面図のようだ。北端のエレベータから真っ直ぐ南に廊下が伸びていて、その突き当りに大きめの会議室が配置されている。会議室の収容人数は百人規模とメモ書きがあった。
会議室には大きな赤丸がついている。そこが立てこもりの現場らしい。そのほかにも小さな赤丸がいくつかつけられている。エレベータの付近にひとつと、廊下にふたつ。
別の資料をナナミが山から引き抜いた。今度は写真がプリントアウトされたもの。被写体からかなり距離の離れた写真だったが、写っているのは間違いなく、あの見覚えのある六本脚のマシンだった。ビルの窓の外から撮影されたものらしい。写真の中のキャンサーと、先ほどの平面図の小さな赤丸の位置とが連動していると気づく。
「……マジですか?」
「残念ながら、大マジね」
「これって、例の盗まれた機体ですよね」
「おそらくは。開発チームにも写真を確認してもらったけれど、まず間違いないそうよ」
「写真に写る位置だけでも3体。コイツが配置されているってことは……」
ソウマの言葉が途切れる。その先を引き取って、ナナミが頷いた。
「周囲の電子機器は完全に掌握されたと見られているわ。会議室の電子ロックは操作不能。フロアの監視カメラは機能停止。エレベータもビル全体で動かない状況が続いている」
「内部との連絡は」
「不可能ね。人質の携帯電話も封じられているみたい。さっきの空撮ドローンも、一定の距離まで近づいたら制御を奪われて強制着陸させられたわ」
ナナミが苛立たしげに舌打ちする。
つまり、ハードウェアとしてのキャンサーだけでなく、電子戦用のソフトウェアも有効に機能しているということだ。おそらくそれは、イヴと呼ばれる人工知能の仕業に他ならない。
「今のところ階段を使うしかないのだけれど、そっちも途中で防火シャッタを下ろされていて、突破に手間取っている。警察はまだ現場のフロアにすら到着できていない状況よ」
「しかし、事件の発生はすでに察知している」それまで無言で話を聞いていたディリータが言葉を挟んだ。「人質が通報することさえできないのにも関わらず。ということはつまり、犯人からなにかしらの声明があったということでは?」
「ええ、まったくもってその通り。犯人からのメッセージは、犯行時刻とほぼ同時に警視庁に届いていたわ」
「警察に、直接ですか?」
「腹立たしいことにね。メッセージで犯人は、複数の銃器と爆弾で会場を占拠したと伝えてきている。……それから、人質のひとりをすでに殺害したとも」
ナナミの瞳は暗い炎でぎらついていた。
「実際、血だまりを作って倒れている人物が窓越しの撮影でも確認されているわ。キャンサーとは別の武装されたドローンが会議室内とフロアの廊下を飛行している様子も撮影できてる。……現場の窓にブラインドすら下ろしていないっていうのは、ずいぶんと舐められたものだけど」
キャンサーの写ったものとは別の写真に、仰向けに倒れる人物と飛行するドローンの外観が写っていた。殺害されたという人物はスーツを着た男性に見える。当然ながらソウマには見覚えのない人相だったので、何者なのかはわからない。
一方、ドローンの機体下部にはそれらしき装備が備え付けられているのがわかった。ハッタリやハリボテではないだろう。銃や爆弾も間違いなく違法な武器だが、少なくともキャンサーを強奪するよりは準備が簡単なはずだ。
まさかとは思うが、キャンサーが盗まれたのはこの事件で使用するためなのだろうか。
……いや、確かに使用されてはいるのだが、それはそれで引っ掛かる。
軍事研究施設への侵入と、大都会での人質事件。条件はかなり違うが、施設の場所や警備の状況といった機密情報を事前に入手する必要を考えると、前者の方が難易度が高いように思える。わざわざ軍事施設から兵器を盗んでおいて、それを運用するのが一般人を相手にした人質事件というのは、ちょっと腑に落ちないところがあった。
あるいは、高いリスクを踏んでまで先端兵器を準備したのは、万全を期して人質事件を起こすことで、どうしても通したい要求があるからだったりするのだろうか……。
「そのメッセージに犯人の要求も?」
「……正直、にわかには信じがたい内容だったけれど……、確かに書かれていたわ」
「信じがたい、ってどういうことです? こんな目立つ事件を起こしたのだから、それこそどんな大きな要求をしてきてもおかしくはないと思いますが」
「逆よ。こんな事件を起こしておいて、なんでこの程度のことを要求してるのか、っていう疑問」
ナナミはこめかみのあたりを抑えて眉間に皺を寄せている。
苛立たしげに小さな吐息。その目には猜疑の色。睨んだ先は常と変わらぬ表情のディリータ。
数秒の沈黙。彼女は聞き手が一言一句を聞きたがえないように、はっきりとした口調で犯人の要求をソウマたちに告げた。
「メッセージに載せられていた要求はひとつ。犯人は、現在日本政府の保護下に置かれている