沁みる夕日が眩しかった。
夜の気配は遠い。オレンジ色の世界は凍り付いたように静止している。
夢の光景は一変していた。くすんだコンクリートの空間とはまるで別のロケーションだ。
足元は木の床で、靴の裏からたわむような感覚が伝わってきている。壁も天井も古めかしい木造だ。天井には吊り下げられた裸電球。西日の射しこむ窓ガラスは四隅が経年で白く曇っていた。
木製の机が並んだ部屋だった。正面の壁には黒板が掛けられている。
学校の教室だろうか。それもかなり昔に建てられたもののように思える。
ささくれだった窓の桟。日に焼けて変色した机。床には黒ずんだ靴の汚れが染みついていた。
物寂しい静寂が満ちている。
夕焼けがソウマの背に長い影を作っていた。
「これまたノスタルジックな……。AIが見ている夢とは思えないな」
言った言葉が溶けるように消えていく。それほど広い教室ではないのに、声が壁に反響していない。そのせいで無尽の空間に立っているような錯覚があった。
……いや、錯覚ではないのかもしれない。目に見えているものがそこに存在していないだなんて、夢の世界では日常茶飯事だ。
「はてさて、ここはいったいどこなのやら」
誰ともなしに呟くと、不意にポンと軽快な電子音が響いた。すぐ横からだ。視線を向けると、肩の高さに小さなプレートがポップアップしている。厚みのない光学的なディスプレイだった。醒めるような水色の長方形に白い文字が書かれている。
「『
近未来的な表示方法だが、それだけにこの夢には不釣り合いにも思えた。書かれている文字のフォントも丸文字で妙に可愛らしい。おそらくイヴの夢に付属しているものではなく、ソバコからのメッセージだ。
しかし、それにしても『墓の下』とは。前回の灰色の空間もそれらしい雰囲気だったが、それが彼女の夢に共通するテーマなのかもしれない。この場所も、教室の雰囲気から察するに廃校舎のようだ。これも彼女の持つ『死』のイメージの具現ということだろうか。
「イヴは、ここにいるのかな?」
虚空に向かって尋ねてみる。
次の瞬間、白衣の女がソウマの目の前に立っていた。突然の出現だった。まばたきすら挟んでいない。心臓に悪い。幽霊でも見た気分だ。
銀色の長い髪を持つ、長身の女性。均整の取れた、ともすれば整いすぎている容貌だった。
前回と同じく、その双眸は瞼に閉ざされていた。背筋をまっすぐ伸ばして、彼女は無言のまま静かにその場に佇んでいる。
「やっぱり、眠っているのか?」
声を掛けても反応はない。
空中で電子音。再びディスプレイがポップする。薄水色のプレートには『
「『死』と『眠り』ね……」
どちらも人工知能には似つかわしくない言葉に思えた。
表示を行っているのがソバコでも、言葉を選んでいるのは彼女ではないだろう。イヴの夢の中にそういう単語の情報があったということだ。AIであるイヴが敢えてそういった単語を自身の夢に定義しているのは、なにか意図があってのことなのだろうか。
「ともかく、君には起きて欲しい。イヴ、聞こえているなら返事をしてくれないか」
返答は沈黙。目を閉じた彼女は直立したまま微動だにしていない。しばらく待ってみたが、夕焼けに染まる廃校舎はいつまでも静まり返っている。時計の針の音すら聞こえない。壁に掛かった柱時計の振り子は完全に静止していた。
「……オーケイ、まぁ想定の範疇だ」
ソウマは腕を組んで鼻を鳴らす。
さすがにそう簡単に話が進むとは思っていない。イヴを眠りから目覚めさせるにはどうすればいいのか……。取っ掛かりになる情報もないのだから、とにかく色々と試してみるしかないだろう。
「起動。緊急起動。再起動。スリープモード解除。……起きろ。目覚めろ。朝ですよ……。ええと、それから……、アウェイク。ウェイクアップ。エマージェンシィ……」
ひとまず思いついた言葉を片っ端から口にしてみる。けれど、結果は暖簾に腕押し。目の前の女性にも夢の情景にも変化はまったく現れない。
「ソバコさん、今の言葉をコードにしてキャンサーに送ってみてくれるかな」
ディスプレイがポップした。『もうやってるっす』と無慈悲な文字が浮いている。
「それでも反応はない、と。うーん、名前を呼んだら一応は姿を見せたんだから、音声とか言葉にレスポンスがあってもよさそうなんだけど……」
顎に指を当てて考える。別のアプローチも試してみるべきか。
言葉以外のアクション、たとえば、彼女に触れてみるとか……。
「まさか本当に眠り姫ってわけじゃないだろうけど……」
とりあえず肩に触れてみようと伸ばした指は、しかし、何の抵抗もなく彼女の身体をすり抜けた。幽霊のように冷たかっただとか、そんな感覚すら感じなかった。ソウマの指先は、ただ廃教室の空気を触っただけ。
彼女の姿は存在しているが、そこにはなにも存在していない。立体的ではあるが、物体が存在して光を反射しているわけではない。まるでホログラムのようだった。夢の世界の設定として、この場に視覚的な情報が投影されているに過ぎないようだ。
「ああ、そう。そういうパターンね……」
『おさわりできなくて、残念っすか?』とおちゃらけた文字がポップした。
「まさか。けれど、
『
ともかく、他になにか可能な
イヴの睡眠を強制的に中断させるコードを実装するなら、不測の事態が発生した際に使用されるであろうことは設計の段階で想定されているはず。となれば、コードの中身はともかく、その入力方法が回りくどい仕様になっているとは思えなかった。
「というか、普通は夢の中に誰かが入って来るなんてことはないんだから、コードの入力方法は現実のハードウェアで可能なもののはずなんだ。そう考えると、やっぱり文字情報での直接入力か音声入力あたりが候補になると思うんだけど……」
もしかすると方法自体は間違っていないのかもしれない。つまり、ソウマが言葉を口にして、ソバコがそれを文字情報としても送信するという方法であれば、コードの入力自体は成り立っているのではないか。イヴに反応がないのは、単にこちらが的外れな言葉ばかり選んでいるだけということなのかも。
だとしたら、あとはもう正解のコードをどうにかして探すほかない。緊急コードと聞いてパッと思い浮かぶ言葉はあらかた口にしたと思う。となると、もっと特別な言葉がキーワードになっていたりするのだろうか。
「……ヒント。そう、ヒントが欲しい。緊急事態に備えて、製作者がなにか残していないか?」
そう口にした瞬間、背後で硬質な音がした。カツン、とひどく聞き覚えのある音が連続する。
振り返ると、壁に掛けられた黒板に白いチョークで文字が書かれていた。ごく短い英語の
「
表示された言葉を口の中で転がす。
自分で言っておいてなんだが、まさか本当にヒントメッセージが残されているとは。もっとも、今回は夢を使ってショートカットを辿ることができたというだけで、本来はプログラムを入念に調べなければ発見できないような隠しメッセージだったのかもしれないけれど。
「相応しい者、ね……。それなら、ミスタ・ミラー?」
誰もいない天井を見上げて言ってみる。
数秒待ってみたが、反応はなかった。
「じゃあ、カイ・ミウラ?」
なにも起こらない。
夕暮れの静寂が世界に満ちている。
「……ディリータ。あるいは、
イヴの瞼はぴくりとも動かない。ソウマの声だけが虚しく空間に溶けていった。
ため息をついたソウマは自前のショートポニーを指で梳く。単純に関係者の名前を言えばいいわけではないようだ。たぶん、これは謎かけだ。もっとちゃんと考えないと。
そもそも『相応しい』とは何を指しての『相応しさ』なのか。
ソウマたちが探しているのは、眠っているイヴを目覚めさせるコードだ。そのコードを使うのに相応しい者という意味なら、それはつまり、イヴを目覚めさせるのに相応しい者の名前が求められているのかもしれない。
「そう考えるのが正解だとしても、問題なのはそれが誰なのかってことだけど……」
ポニーを梳いていた指を止めて、思わず頭を掻いてしまった。
人工知能の目覚めに相応しい者? その言葉からいったいどんな人物像を受け取ればいいのやら。
「ええと、なんだっけ。確か……チューリング?」
『アラン・チューリング』
ソウマの思い付きを補足するようにソバコのメッセージがポップする。
しかし、イヴにも世界にも反応はない。これもハズレか。
「回答は人名なのかな。それとも、職業とか役職?」
『不明』
「モーニングコールといえば、ホテルスタッフとか?」
『反応なし』
「父親。母親。それから、恋人。配偶者」
『人工知能にそういう相手っているんすかね? 反応なしっす』
ソウマは指を顎に当てて考える。どうも方向性が違っているような気がする。より正確に言うならば、方向性を絞り込むための情報が欠けているような感じがあった。なにかを見落としているのかもしれない。けれど、それがなんなのかがわからない。
「……ソバコさん、今から知り合いとか有名人の名前をひたすら言ってみるから、それを片っ端からイヴに送ってもらえます?」
『総当たり? 可能だけど、美しくないっすよ』
「不格好なのはこの際仕方ないね。それじゃあ、お願いします」
ソウマは物言わぬ白衣の女を真っ直ぐに見据えた。その状態で頭に浮かんだ人名を順番に呼んでいく。コンピュータ関連の著名人から始まり、有名なSFに登場する人工知能や科学者、それからソウマの身近な知り合いまで。
彼が名前を口にするたびに、薄水色の小さなディスプレイが夢の世界にポップする。人名が書かれた長方形のプレートが、モグラたたきのように次々と現れては消えていった。
正直なところ、この繰り返しで『当たり』を引き当てる可能性はかなり低い。ソウマにもそれはわかっていた。ソバコが美しくないと言うのも当然だ。けれど口と頭を動かしていれば、それがなにかを閃く切っ掛けになるかもしれない。その程度の底の浅い考えで始めたことだった。
『反応があったっす』
だというのに、始めて数分もしないうちにそんなメッセージがポップした。
「え、本当に?」とソウマは思わず目を瞬かせてしまう。イヴの顔から視線を外して周囲を見回せば、浮かんでは消える無数のディスプレイの中に、確かにひとつだけ宙に浮かび続けているものがあった。
それは自身の存在を主張するかのように、数秒ごとにイエローの点滅を繰り返していた。ソウマは早足でそれに近づく。ディスプレイそのものは他と変わらない名刺サイズ。黄色く点滅しているように見えたのは、そこに書かれた名前の背景に、
ソウマは目を凝らして、そこに書かれた文字を読んだ。
次いで、自身の目を疑い、二度三度と繰り返し名前を確認する。
そして、認識した名前に間違いがないと悟り、呆然と呟いた。
「なんで、マヤちゃんの名前が……?」
………
……
…
ソウマは
夢の世界から遠ざかり、今は地下技研に戻ってきている。
もともと
「今の情報について、どう思います?」
ソウマとディリータ、そしてナナミはエレベータで地上に向かっていた。あらかたの情報共有はすでに行っている。ソウマが口頭で説明したのに加えて、夢を翻訳するソバコの状態をディリータがモニタする過程で、ざっくりとした情報はすでに外部にも伝わっていたらしい。
「……その前に、ひとつ、伝えなくちゃいけないことがあるわ」
腕を組んでエレベータの階数盤を睨んでいたナナミが、難しい表情でそう言った。
「ミウラの所属している研究室のPCに、講演会の参加予定者のリストが残っていたの。そのおかげで、人質にされている人たちの身元がおおまかに判明したわ」
予定されていた聴講者の人数は82名。それにプラスで運営サイドが5名。内訳は教授と助教、院生が2名にアルバイトが1名。急な欠席や代理出席の可能性をひとまず無視するなら、87名が人質になって現場に囚われている計算になる。
「それで、その中に」ナナミは額に皺を寄せた。「あの探偵の名前があったわ」
「探偵って……、え、ランカさんの? いや、でも、この時間帯は……」
「まだ日が出ている。あの女は地下のねぐらから出ては来れないはず」
先回りしたナナミの言葉にソウマは頷いた。ランカは探偵である以前に吸血鬼だ。(……彼女がこの場にいたら、『探偵ではなくて、名探偵よ』と言いそうだが……)それゆえ、彼女は太陽の下を歩くことはできない。種族としての宿命だ。
であれば当然、名簿に名前があったとしても彼女がその場に居合わせているはずがない。参加の申し込みだけして欠席したか、さもなければ誰かに代理を頼んで参加させたということになるのだろうが……。
「ランカさん本人に確認は?」
「もちろん、取ってある。それで、彼女が言うには……」
ナナミはそこで、言いづらそうにソウマの顔を見やった。
珍しい表情だった。ナナミ刑事がこんな風に言い淀むだなんて、あまり記憶にない。
「……ヤマノさんに代理で出席してもらったそうなの」
「マヤちゃんに……?」
思わず目を見開いて、唖然としてしまった。まさか、という気持ちがあった。ついさっきイヴの夢で彼女の名前を見つけたからこその驚きだった。
ランカがマヤになにか仕事を頼んだという流れは理解できる。その結果として彼女が人質事件に巻き込まれたというだけなら、もっと落ち着いて受け止められたかもしれない。けれど、イヴの覚醒コードに関わる形でまで彼女の名前が出てきているとなると、さすがに頭がこんがらがってくる。
マヤが事件に巻き込まれたのは、本当に偶然なのだろうか。
彼女とイヴの間に、いったいどんな関りがあるというのか。
「今のところ、殺害されたミウラを除いて、人質に危害を加えられたという報告は入っていないわ。安心して、とは言えないけれど、彼女を含めて人質が無事に解放されるよう警察も全力を尽くしている。だから、ソウマくんもヤケにならないで、引き続き私たちの捜査に協力して欲しい」
ナナミはソウマを気遣いながらそう続けた。彼女はサラシナ・ハヤトの首切り事件でマヤと面識を得ている。そのときもマヤの隣にはソウマがいた。二人が知り合いだとわかっているからこその態度なのだろう。
……あるいは、ランカに講演会に誰が出席しているのかを問い合わせたとき、お節介な女吸血鬼にあることないこと吹き込まれているのかも。
「ええ、そうですね。わかってます、妙な気は起こしません。独断で余計なことをして、警察やマヤちゃんの邪魔になったら悪いですからね」
「ありがとう、協力に感謝するわ。……でも、今のはどういう意味? たしか、彼女は
エレベータが止まる。一行は廊下に出てそのまま地下技研の玄関へと向かう。
足早に歩きながらもナナミが疑わしげな視線をソウマに向けてきた。まぁ普通はそういう反応になるだろうな、とソウマは口を斜めにする。
実際のところ、現場のマヤはどう動くだろうか。
その場に居合わせたのが彼女ひとりだったなら、おそらく犯人はすでに制圧されていたことだろう。拳銃の銃弾程度であれば、マヤは余裕で回避できるはず。爆弾のような広範囲を対象にした攻撃についても、彼女は対処法を心得ている。
なぜなら、超高速の飛び道具も熱と衝撃による面攻撃も、前世の勇者ちゃんがすでに経験したことだからだ。勇者ちゃんが戦った異世界の怪物たちは、もっと悪辣で危険な手段で彼女に攻撃を仕掛けてきたこともある。
そういった経験をその身を吸収しているマヤだから、敵が銃や爆弾を持ち出してきても、そうそう後れを取ることはないはずなのだ。かつて夢の中でマヤと共に勇者ちゃんの人生を追想したことのあるソウマは、そのことを十分に理解していた。
となれば、やはり不確定要素は周囲にいる他の人質たちか。
実力行使に至っていないということは、マヤも人質の安否を考えて行動しているということだ。殺るか殺られるかの異世界で即断即決を貫いた勇者ちゃんだったらこうはいかないだろう。そういう意味では前世よりも優しい判断といえる。
けれどだからこそ、絶対に安心とは言い切れなかった。
犯人が痺れを切らしたとき、
自分だけが逃げるという選択肢は、彼女には取れないように思えた。
マヤは強い。個人の戦力としては隔絶している。そのことを彼女自身も理解している。
だからこそ、簡単には他人を見捨てることができない。自分の手が届く範囲に助けられる人がいるのなら、どうにかして助けてあげようと自然に考える。そういう子なのだ。
それほど長い付き合いではないが、ソウマはそれを知っている。
ヒーロー映画を見て、『自分ならこうする』と本気で検討するような子なのだ。そして、その『自分ならこうする』を実現するだけの力を彼女は確かに持っている。たとえ自分の身を危険に晒すことになろうとも、いざとなれば彼女は迷わず周囲の人間を助けようとするのだろう。
「……無茶はして欲しくないなぁ」
ソウマは無意識にそう呟いていた。
彼女の強さを疑うわけではない。だけど、それでもやっぱり心配なのだ。
ついこの間も同じような気持ちになったことがある。シズノのマヨヒガで別行動になったときだ。あのときも単独でマヨヒガの奥へと吶喊していく彼女のことを見送ることしかできなかった。
適材適所といえばそれまでだ。夢の中ならまだしも、現実でソウマにできることなんてたかが知れている。だから、あのときの別行動が間違っていたわけではない。今回の人質事件にしたって、ソウマにできることは限定的なものでしかないだろう。
それをもどかしいと感じてしまうのは、自分のエゴなのだろうか。
現実での戦いとなれば、ソウマの知る限りマヤは負けなしだ。
けれど、ソウマは彼女の弱々しい姿を知っている。前世の夢に魘されて、眠れなくなってしまったときの儚げな姿をこの目で見ている。
それから、普段の彼女の可愛らしい姿も知っている。怪獣映画を見て無邪気に喜ぶところとか、田舎の出身であることを実は気にしているところとか、ふとした瞬間にドキリとするほど距離を詰めてきたりするところとか……。
つまるところ、ソウマはマヤのことを無敵の
彼女がどれほど高い戦闘能力を持っていたとしても、それはマヤという人間のほんの一面に過ぎない。灼熱の太陽のような勇者ちゃんの人生を引き継いでいるというのに、普段の彼女からは陽だまりのように暖かさを感じることがある。ソウマの客として初めて会ったときには思いもしなかったが、いつの間にかずいぶんと居心地の良い間柄になっていたらしい。
ソウマの目に焼き付いている光景がある。
ドッペルゲンガーに首を掴まれたとき、マヤが間に割って入った瞬間だ。
しなやかな猛獣のような躍動。踊るような足運び。研ぎ澄まされた刃のような蹴撃。
ソウマはそこに肉体を武器とすることの冷たい美しさを見た。
異世界の勇者の記憶が研ぎあげた、芸術的で怜悧な暴力の発露。
それに魅せられておきながら、ソウマは彼女のぽわっとした可愛らしさも知ってしまったのだ。
そのギャップが沼だったのだろう。
もう腰のあたりまでズブズブだ。
「さぁ乗って。現場に着くまでにプランを考えるわよ」
地下技研の玄関を抜けて、駐車場で車に乗り込む。一日目に乗ってきたのと同じワゴン車だった。ナナミに促されて後部座席に座ると、ソウマは自身のショートポニーを指で弄んだ。
気持ちを切り替えよう。マヤのことが心配だというのなら、なにが彼女の助けになるのかを真剣に考えないと。幸い、ソウマには情報がある。事態を解決するかもしれない重要な手掛かりが。
イヴの夢はなぜマヤの名前に反応を示したのか。
あの場でマヤの名前を口にしてみても、ただそれだけでイヴが目を覚ますことはなかった。
つまり、ストレートに彼女の名前がコードになっているというわけではない。ディスプレイに表示されたキーシンボルは、あくまでなにかしらのヒントを示すものだということだ。
今のところ答えは見えてきていなかった。
考えることを止めるつもりはない。けれど、もしかしたら自分よりもマヤのほうが
ならば、イヴに関する情報をマヤに伝えることで、今の状況に突破口が開くということも考えられる。少しでもその可能性があるのなら、まずはそのために動くべきだ。
「……ナナミさん。僕らが得た情報を、現場のマヤちゃんにどうにか届けられませんか?」