夢魔さんは眠りたい   作:子守家守

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勇者ちゃんは眠れない(7)

「しっかし、改めて見ると殺風景な場所だな、ここは」

 

 赤髪の勇者が周囲を見回しながらぼやく。

 どこもかしこもぼろぼろになった謁見の間。砕けて穴の開いた床、崩れて瓦礫になった壁、戦いの余波で吹き飛んだ天井。魔王の威を表すために置かれていた調度品は、そのどれもが見るも無残なスクラップと化している。

 殺風景と言うけれど、それはあなたと魔王が暴れたからでは? そんな言葉が浮かんでしまい、ヤマノは思わず塩の顔。

 

 勇者はずかずかと謁見の間を横断して、奇跡的に無事だった石造りの玉座に腰を下ろした。

 まるで自分こそがこの場の主だと主張するような堂々とした座り方だ。肘掛けで頬杖をつきながら気だるげに足を組む。偉そうなことこの上ない。これではどっちが魔王なのやら。

 

「そんなところで突っ立ってないで、こっちきて座れよ」

 

 玉座に座る勇者がヤマノを手招きする。

 ヤマノは戸惑いながらも彼女に近づき、その正面の椅子に腰を下ろした。年季の入ったウッドチェアだった。小柄なヤマノがぴったりと収まるサイズで、右手側の肘掛けに小さな窪みがある。幼い頃にスプーンの頭で叩いてできてしまった傷だ。

 勇者とヤマノの間には削り出しの木製テーブルが置かれている。テーブルクロスは彼女の母が縫ったパッチワーク。イメージよりもテーブルが小さく見えるのは、彼女たちの背が高くなったからだろうか。

 

「この部屋、こんなに小さかったか?」

 

 勇者が不思議そうに呟いた。血濡れの鎧姿から温かそうな厚手の部屋着に替わっている。それが故郷を旅立つときに館に置いてきた服だとヤマノは気づいた。

 勇者の椅子もヤマノと同じウッドチェアになっていた。魔王の玉座はどこにもない。

 どこか見慣れた部屋だった。壁際で暖炉の薪が音を立てている。二重窓の向こうは大荒れの吹雪。断熱された部屋は暖かく、屋外の寒さとは無縁の居心地の良さだった。

 

「ここって、あなたの生まれた家?」

「みたいだな。身内と腹を割って話すならここ、ってことか。ったく、誰が考えたんだか」

 

「お前か? それとも私か?」と勇者は不敵に笑う。

 その答えはヤマノにもわからない。ただ、なんとなく二人の間で一致するイメージがこれだったのではないか、と想像するばかりだ。

 改めて正面から勇者の顔を見る。少女を抜け出した大人の女性の顔だ。今のヤマノより年上に見える。燃えるような赤髪はそのままに、鋭く荒々しい雰囲気を身につけている。幼い少女の面影は消え去って、ただ瞳の中の爛々とした輝きを残すのみ。

 

「あなたは、誰なの?」

「おいおい来世ちゃん、そんなの聞かなくてもわかってるだろ。私はお前の前世さ」

「それはわかってる。そうじゃなくて、今、私の目の前にいるあなたは、()なの?」

 

 ヤマノが問うと勇者は興味深そうに目を細めた。

 柔らかい沈黙。暖炉の音と吹雪が窓を叩く音だけが聞こえてくる。

「パッと思いつくのは三つだな」と勇者が指を立てた。

 

「実はお前は記憶だけじゃなく私の人格も受け継いでいて、その隠れてた人格がここに現れた、ってパターンがひとつ」

「うん、他には?」

「お前と私、二人の魂は一つに融合していて、その今世での主導権はお前にある。ここにいるのは、私の魂の残り滓だ」

「最後は……」

「私の記憶をもとにして、お前が作り出した想像の存在。要はお前の妄想だな」

 

 皮肉げにそう言って、勇者は喉を震わせて小さく笑った。

 

「どれが正解なんだか、私にだってわからねえ。自分の正体を知ってる人間がどれだけいるよ? 私は私としてここにいて、来世のテメエと話してる。それだけわかりゃあ上等だろ」

「割り切ってるね」

「ここはお前の夢だぜ? お前にわからないなら私にわかるはずもねえっての。ま、ぐだぐだ考えるのは性に合わねえしな。ほれ、なにか用があってここに来たんだろ? 他に聞きたいことがあるならさっさと聞きな」

 

 勇者が面倒そうにひらひらと手のひらを振る。

 ヤマノは少し考えてから口を開いた。

 

「ソウマさんはどうしたの?」

「あの男か。どうせその辺の外にいるだろ」

 

 窓の向こうを勇者が指差す。ヤマノはそのラインを追って外を見た。

 屋外は相変わらずの猛吹雪。白い風が横殴りに吹き付ける一面の銀世界。そこに一頭の黒い馬が佇んでいた。タテガミがポニーテイルになっている奇妙な馬だ。頭の上には雪がどっさりと積もっている。馬なのに人間みたいな恨めし気な視線で部屋の中を窺っている。

 

「うーん、きっちり殺したつもりなんだけどなぁ。しぶといヤローだ」

「なんでそんなに殺意が高いの」

「人の心に土足で踏み込んで来たんだぜ。殺されたって文句は言えねえだろ」

「一応、私の同意はあったと思うけど」

「ん? んー……確かにお前の夢だけど、私の記憶でもあるし……他人がここにいるってこと自体が、なんつうかキモイんだよなぁ」

 

 その声が聞こえていたのか、雪に埋もれた黒い馬が心外そうに目を剝いた。

 夢に見そうな変顔だ。なるほど、ちょっとキモイ。

 

「まぁ、死んでなかったんだからいいだろ。アイツのことはほっとけよ」

「雑な扱いだぁ……」

 

 とは言うものの、ヤマノにしてみてもソウマという男への接し方には悩ましいところがある。

 限界ギリギリのところを助けてもらった恩人なのは間違いない。頼れる人だと思うが、しかし同時に、ちょっと怪しい男だとも思う。

 出会ってからの日数でいえばまだ3日。けれど、夢の中では10年以上一緒に勇者の人生を見守っていた感覚もある。付き合いが短いのやら長いのやら、ちょっと距離感が謎な感じだ。

 窓の外の黒馬とふと目が合った。困ったような表情で彼が首を縦に振る。人間の言葉に変換するなら「あとは任せた」といったところだろうか。

 

「あなたの記憶を夢に見るようになった原因について、なにか知らない?」

「それが本題か。だが悪いな。私にも心当たりはないんだ」

 

 テーブルの向こうの勇者に問いかける。彼女からは素っ気ない答え。肩を竦める彼女をじっと観察する。本心か、それとも演技か。探るようにヤマノは口を開いた。

 

「あなたが私の意識を乗っ取ろうとしているのかも、って推測もあるけれど」

「あのウマ男の見立てか? 部外者が好き放題言ってくれるぜ」

 

 勇者が横目で窓の外を睨んだ。吹雪はますますひどくなっている。

 屋外に取り残された黒馬はいまや首の半ばまで雪に埋まっていた。白い雪の塊からにょきっと長い首が飛び出している。シュールな光景だ。

 

「……だが、結果としてそうなる可能性は否定できねえな」

「詳しく聞かせて」

「お前も気づいてるだろ? 記憶を夢で追体験することで、お前と私の意識は近づきつつある。意識っつーか、思考とか感性だとか、その辺も含めた諸々の心の在り方が、な」

 

 勇者の口調がシリアスな響きに変わる。

 ヤマノは無意識に自分の胸に手を当てていた。そこにある自分の"心"を確かめるように。

 

「最終的にどうなるのか。主と従が入れ替わるのか、混じり合って別物になるのか……。確定はできないが、"今のお前"のままではいられない可能性が高いだろうな」

「でも、それはあなたの意思ではない?」

「そうだ。最初に言った通り、そうなってしまう原因について私には心当たりがない。っていうかだな、人格の乗っ取りを企てるっつーなら、もっとお前がガキの頃にやってるっての」

 

「思春期も終わってしっかり自我が確立したところで手を出してどうするよ」と勇者がぼやく。

 元々の人格がはっきりしているほど、別の人格による成り代わりの難易度が高くなるということだろう。それはそうだ。意識の主導権を奪うにしても、大人になるのを待つより、子どものうちにすり替わってしまったほうが色々と楽なことくらいヤマノにも想像はつく。

 

 空振りか。ヤマノは肩を落とした。

 目の前の女がとぼけている可能性は低いだろう。なにせ彼女は勇者なのだ。力こそパワーが信条で、小細工やら腹芸やらは一切できないタイプ。自身にとっての障害は剣と魔法でまとめてねじ伏せてきた生粋の戦闘狂(バトルマニア)。考えるよりも殴っちまえ、な大人の野生児。

 つまり、脳筋だ。

 

「おいお前、失礼なこと考えてんじゃねえぞ」

 

 気づけば勇者の装いが変わっていた。

 赤髪と素顔だけが露出している着ぐるみだ。黒くて艶やかな獣毛が彼女の全身を包んでいる。正面は胸筋をアピールするような肉襦袢。うーん、とってもワイルド。

 

「あ、ゴリラだ」

「あァん?」

 

 勇者がヤマノを睨む。が、ぶくぶくの着ぐるみのせいでいまいち迫力が欠けている。

 これも自分のイメージなのかな、とヤマノは可笑しくなってしまう。

 

「えっと、ごめんね」

「ったく……、さっさと戻せよ」

「どうやって?」

「知るか。どうやってでもどうにかしろ」

 

 不貞腐れた勇者がそっぽを向く。荒っぽい椅子の座り方が、なんだかスケバンみたい。

 ヤマノが連想した次の瞬間、勇者はくるぶしまで隠れるロングスカートの制服姿になっていた。胸元には赤いスカーフ。実に古典的なスタイルだった。機関銃とか似合いそう。

 彼女はぎょっとした表情で自身の服装を確かめると、すぐさまヤマノを睨みつける。しかし、ヤマノは困った顔で首を傾げるばかり。しばらくしても服装が変わらないとわかると、勇者は諦めたようにため息を吐いた。

 

「もういい。どうせお前が起きれば無かったことになる」

「かっこいいよ?」

「黙っとけ」

 

「いい性格してやがるぜ……」と勇者は半眼でヤマノを睨んだ。

 会話が途切れる。勇者がコツコツとテーブルを手の甲で叩いている。

 しばらく間を置いてから、彼女はかったるそうに口を開いた。

 

「夢の原因だが、心当たりはないけど、ヒントになりそうなことならある」

「ほんと?」

「ああ。つっても、来世ちゃんも気づいてることかもしれねえが……」

 

 どういうことだろう。思い当たることのないヤマノは首を傾げる。

 困惑した様子の彼女の顔を見て、勇者が口の端を持ち上げた。

 

「なぁ、来世ちゃん。私の名前を知ってるか?」

「……? うん、もちろん知ってるよ」

「だろうな。実は私もお前の名前は知ってるんだ」

 

 それがどうかしたのか、とヤマノは視線で彼女に問う。

 勇者は赤い髪を掻き上げて、リズミカルに指で額を叩いてみせた。

 

「だけど、私もお前も、相手の名前を一度だって呼んじゃいない。せっかくこうして顔を合わせてるのにな。どうしてだと思う?」

「どうしてって……」

「試しに私の名前を口に出してみろよ。そうすれば私の言いたいことがわかるはずさ」

 

 勇者は挑発するような口調。それに頷いて、ヤマノは彼女の名前を言おうとする。口を開いて、舌を動かして、喉を震わせる。声を出すことなんて、意識もせずにできること。

 だというのに、彼女の口からは何の音も出てこなかった。

 勇者の名前は知っているし、その発音だってわかっている。けれど、実際に声にしようとすると声帯にストッパを掛けられたみたく音を形にすることができない。いや、今は夢の中なのだから、声帯がどうこうというより自分の心にストッパがあるのかも。

 

「……おかしい。何か変だよ」

「ああそうさ、私もお前も、相手の名前を言うことができない。それがヒントだ。いいか、なにか仕掛けられているとしたらそこだ。誰かがお前の名前を介して、お前に攻撃してきてるんだ」

「攻撃……」

 

 赤髪の勇者が白い歯を剥いた。肉食獣のような凶暴な表情だった。

 テーブルを挟んでいた二人の距離が圧縮されてゼロになる。伸ばされた彼女の両手がヤマノの襟元を掴んだ。彼女に引き寄せられる。互いの額がぶつかる。爛々と輝く彼女の瞳がすぐ近くにある。

 

「そうだ、攻撃だ。お前は狙われている。敵だ、どこかにお前の敵がいるんだ。そいつを探せ」

「私が狙われてるって、どうして? 私に勇者ちゃんの夢を見せて、何の意味があるの?」

「そんなことは私にもわからねえよ。ひとまず"どうして"は捨てておけ。敵がいるなら、まずは自分の身を守って、それから相手をぶっ飛ばすのが最優先だ。ぐだぐだ理屈を考えるより身体を動かさなきゃいけねえんだ。私の記憶を持っているなら、お前もちゃんとわかってるだろ?」

 

 ぐりぐりと額を押し付けられる。ちょっと痛い。夢なのにちゃんと痛い。

 荒っぽいスキンシップだが、助言と併せて、彼女なりにヤマノを励ましているようだ。

 間近で見た勇者の顔はヤマノの顔と似ても似つかない。人種からして違うのだろう。そもそも生まれた世界からして違っている。だけど、懐かしさを感じる。お姉さんのようにさえ思えた。

 実際、人生一周分は彼女のほうが長く生きているので、先輩というのは間違いない。されるがままだったヤマノは彼女の肩を掴み返して、しっかりと目を見ながら頷いた。

 

「ありがと、勇者ちゃん。気合入ったよ」

「おうよ、来世ちゃん。ビビったら負けだ。いざってときは躊躇せずにやっちまえ」

 

 歴戦の勇者が凄味のある笑顔を浮かべた。ヤマノにも自然と微笑みが浮かんでくる。

 パッと二人の顔が離れた。椅子に深く腰掛けた勇者が窓の外に目を向ける。屋外の雪はいよいよ高く積もっていた。放置された黒い馬(ナイトメア)はとっくに頭まで雪に埋まってしまったようだ。窓枠の九割ほどが既に雪の下に沈んでいる。もうすぐ窓全体が真っ白に染まるだろう。

 

 そうか、これは砂時計か。

 ヤマノは気づいた。夢の終わりが近い。窓の高さまで雪が落ちきれば、そこでタイムアップだ。

 再び勇者に視線を向ける。彼女は足を組みなおしながら大きな欠伸をしていた。言うべきことは言った、あとはそっちでどうにかしろと言わんばかりの余裕のある態度。その姿に風格さえ感じるのは、曲がりなりにも魔王を倒すという偉業を成し遂げた人物だからだろうか。

 

 互いが望む望まないに関わらず、彼女が自分と入れ替わるかもしれない――。

 ふとヤマノの中に疑問が浮かんできた。口にしてしまえば致命的な言葉になるかもしれない。そのリスクを認識しつつ、それでも彼女はその問いを目の前の"前世"に投げかけた。

 

「勇者ちゃんは、生き返りたくないの?」

 

 こうして言葉を交わして、自由に思考する人格が存在するのであれば、もう一度現実を生きたいと思うのも自然なことなのではないだろうか。このまま前世の記憶として、他人に認識されないままヤマノの中に埋没することは、果たして勇者にとって納得できることなのか。

 

 たとえ彼女が()()()ことで、ヤマノの人生が奪われてしまうのだとしても……。

 ヤマノはその意思を簡単には否定できない気がしてしまった。

 

 けれど、その問いに対して、勇者は鼻で笑うだけだった。

 魔王のように偉そうな態度で背もたれに身を預けつつ、勇者のように優しい表情で、彼女はヤマノに笑いかけた。

 

「そうだなぁ……、魔王より強いヤツがそっちの世界にいるなら考えるかもな」

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