夢魔さんは眠りたい   作:子守家守

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勇者ちゃんは眠れない(8)

 一晩で二回も死ぬのは久しぶりだ。ソウマは疲れたこめかみを揉みほぐす。

 一度目は串刺し、二度目は生き埋め。二度目の死因は窒息だったか、それとも凍死だったか。死んだ当人でも判然としないが、わかるのは体の芯がひどく凍てついてしまったということ。春先の早朝の冷えた空気にさえ、じんわりとした暖かさを覚えるほどだ。

 

 夢の中で死ぬことは、夢魔にとって大した問題ではない。多くの場合、死という現象の解像度が低いからだ。

 夢を見るのは生きている人間だけ。死んだ人間は夢を見ない。だから、夢の中の死というものは夢の主がイメージしたものでしかない。想像、推測、あるいは願望や妄想。いずれにせよ実体験に基づかない曖昧なイメージだ。その程度の粗いテクスチャであれば、夢魔は難なくそのイメージを受け流すことができる。

 

 ただ、ごくまれに非常に精緻な死の感覚を夢の中に再現してしまう者がいる。

 瀕死の事故に遭った記憶のある人や、なんらかの臨死体験をしたことがある人がそれだ。

 ヤマノの夢もその類だった。前世の死の記憶を受け継いでいるという極めて珍しいパターンだ。前世とはいえ実体験をベースにした死の感覚はひどく鮮明で、さしものソウマでもしんどいものがあった。

 

 もう目覚めているはずなのに、指先に痺れが残っているほどだ。

 

 バイト先のホテルから徒歩三分のところに全国展開のファストフード店がある。

 ソウマとヤマノはその二階席に座っていた。時刻は午前八時。この時間にオープンしている食事店はこの付近ではここくらいだ。

 

「沁みるなぁ……」

 

 熱いコーヒーで肺の氷を溶かす。砂糖は二本。ミルクはなし。甘ったるくて焦げた風味。連想するのはコーヒー飴。たまにはこういうのもいいだろう。

 ベーコンサンドを齧って腹に栄養を放り込む。睡眠中もエネルギーの消費は続いている。人間も夢魔もそれは同じ。損失分を補填するためにも、ソウマは朝食をしっかりと摂るタイプだ。

 

 一方、ヤマノのトレイには朝メニューのハンバーガーが二つも載っていた。ドリンクはオレンジジュース。既に一つ目のバーガーをぺろりと平らげて、二つ目のバーガーに手を伸ばしている。ソウマ以上によく食べる娘である。

 

「性能が良い分、燃費は悪いの。スポーツカー仕様ね」

 

 彼女の口は小さい。だから一口はほんの少しずつ。その反面、ペースは速いものだから、なんだかリスみたいに見えてしまう。小動物系女子である。頬袋を膨らませないだけの慎ましやかさはあるようだけど。

 

「それで、ソウマさん。勇者ちゃんはああ言ってたけど、あれでなにかわかったの?」

「まずまず。そこそこに、いろいろと」

「わぁ、さすがのプロフェッショナル」

 

 ヤマノが小さく拍手のジェスチャ。その素直なリアクションにソウマは思わず苦笑する。あの物騒な勇者の記憶を持ちながら、よくもまぁこんなのほほん娘に育ったものだ。

 

「じゃあ、私の敵がどこにいるかもわかっちゃった? 私は誰をやっつければいい?」

「……あー、そうだね、順を追って説明していこうか」

 

 ぽやっとした表情を維持しつつ、ヤマノが握りこぶしを構えた。虚空の標的に放たれたジャブが鋭く風を切る。

 苦笑いの表情はそのままに、ソウマは密かに頬を引き攣らせる。前言撤回。ぽややんとしているように見えて、実は前世から武闘派路線をしっかり受け継いでいるのかも。あるいは、前世との接触でアライメントが傾いたか。

 

「まず、昨日の時点で僕は二つのパターンを考えていた。ヤマノさんが勇者の夢を見る原因が、現実にあるのか、それとも夢の中にあるのか。その二択だね」

 

 適温まで冷めたコーヒーをちびちびと飲みながらソウマは話を続ける。

 後者のパターンなら話は簡単だ。原因が夢の中にあるのなら、犯人――という呼び方が妥当だろう――は十中八九、あの赤髪の勇者ということになる。動機も明白で、ヤマノの人格を乗っ取るための犯行と考えられるだろう。

 となればあとは夢の中の彼女にどういった対処をするのか、という話になる。夢の世界は夢魔のホームグラウンドだ。魔王殺しの勇者が相手だろうと取れる方策は山ほどある。

 

 以前カモミロに語った通り、前世の記憶をベースにしたヤマノの夢は構造が頑丈で、あらかじめ定められた夢の内容やイメージを変えるのは難しい。

 しかし、昨晩のようなエクストラ・イニングがあるのなら話は別だ。道筋の決まっていない夢であるほど、夢魔が介入できる余地もそれだけ大きなものになる。勇者の存在に対してピンポイントに"処理"を行うのだって決して不可能な話ではない。

 

 ソウマがそのようなことをつらつらと語ると、対面のヤマノは首を傾げた。

 

「でも、勇者ちゃんは自分が原因じゃないって言ってたよね」

「確かに。だけど、ヤマノさんはそれを信じられる?」

「もちろん。だってあの人、人を騙せる演技ができるほど器用じゃないもの」

「ああ……、うん、それはそうだね」

 

 さらりと言ったヤマノに、ソウマも一拍置いてから首肯した。

 なにしろ彼もまた夢の中で勇者の人生を観測した者のひとりなのだ。ヤマノの言いたいことは十分にわかる。

 ……というか、夢の世界への闖入者であるソウマに対して、問い詰めるわけでもなく最短距離で殺害を試みるという勇者の猪突ぶりについては、ともすればヤマノ以上に身に染みて理解しているかもしれない。

 

「となると、前者の可能性を考えていく必要があるわけだ。つまり、夢の原因が現実にある、っていうパターンだね。で、その取っ掛かりになるのが……」

「勇者ちゃんの言っていた"名前"のこと?」

 

 その通り。

 ヤマノの言葉に頷いてから、ソウマは人差し指を立てた。

 

「彼女の言うような"敵"が現実にいると仮定しよう。その場合、その敵はどうやってヤマノさんに勇者の夢を見せていると思う?」

「えっと……、うーん……、催眠術とか」

「うん、それもひとつの手段だね」

 

 そもそも夢の世界は現実から影響を受けやすいもの。使える手段はごまんとある。

 催眠、暗示、薬物、脅迫、様々なストレスの付与。寝ている人の身体に触ったり耳元で囁くだけでも、場合によっては効果がある。寝る前にホラー映画を見たら怖い悪夢を見てしまった、なんていうのも現実が夢に影響する典型例だ。

 

 ただし、そういった方法ではせいぜい夢の方向性に大雑把な影響を与えるのが関の山だ。

 指定した特定の内容を夢として体験させる、というのは難しい。他人の夢を完全にコントロールするともなれば、それは一種のマインドコントロールに近いものになる。実現するにしてもしっかりとした準備をしたうえで長い時間を掛けて対象の心を支配下に置く必要があるだろう。

 

 ヤマノのケースでも同じことが言える。彼女の夢は少し特殊で、頭の中の記憶を夢の世界でリフレインするような形なのだが、それだって記憶と夢の紐づけになにかしらのファクターが必要なはずだ。それこそ現実の生活の中で、記憶の内容を想起させるような暗示を深いレベルで刻み込むとか。そういった大掛かりな仕掛けがなければ、1ヵ月にも亘って、記憶の内容を正確になぞった夢を見せることなど不可能だ。

 

 もちろん、ヤマノにはそんな暗示やら催眠やらを受けた覚えなどない。

 暗示を忘れさせる処置も一緒に受けていると考えられなくはないが、その点は彼女の精神を観察したカモミロ医師が心配無用と太鼓判を押していた。加えて、ソウマが観測した彼女の夢にも暗示の兆候は見当たらなかった。

 現実と夢の両面から否定できるのだから、このラインは消してしまって構わないだろう。

 

「と、そんな感じで科学的な手法で君の夢を精密に操ることはほとんど不可能ってことになる」

「……それなら、非科学的な方法なら?」

「あ、鋭い」

「むぅ、馬鹿にしてる?」

 

 ヤマノがジト目でソウマを睨みつける。

 まさしく非科学的な存在が目の前にいるのだから、その発想も当然か。

 

「ひょっとして、ソウマさんとは別の夢魔がちょっかい掛けてきてるの?」

「いや、さすがにそれなら僕が気づく。夢の中に犯人が直接入ってきてるわけじゃない」

「ふぅん。そういうの、私にはわからないけど」

 

 そう言ってヤマノはオレンジジュースを一口啜ると、ソウマに向けて勢いよく指を突き付けた。

 

「じゃあ、ズバリ、ソウマさんが予測する敵の攻撃手段は?」

(のろ)い」

 

 答えはたったの三音。それだけ言って、ソウマは黙って彼女の顔を見つめ返した。

 ファストフード店のささやかなざわめきが聞こえてくる。夢魔からのあっさりとした答えにヤマノはしばし閉口。ぱちくりとまばたきを繰り返して再起動した彼女は、困惑しながら口を開いた。

 

「……オカルトだぁ」

「オカルトだねぇ」

 

 名前を鍵にしてターゲットに干渉を仕掛けるのは、呪いの中でもメジャーな部類だ。

 洋の東西を問わず、その手の呪いは古くから存在していた。悪意のある呪いを避けるために、自身の真の名を隠すといった対策が取られることも時代を遡れば珍しい話ではない。見知らぬ他人に名前を明かすことが禁忌(タブー)だったこともあるくらいだ。

 

 夢の中の勇者とヤマノが、自分たちの名前を口にできなかったのも、この推測を後押しする。

 彼女はなんらかの形で犯人――ヤマノと勇者に言わせれば、敵――に自身の名前を利用され、そこから夢に干渉を受けている可能性が高い。

 

「うーん……、私を呪っている敵は、人間? それともソウマさんみたいな怪物の混血?」

「わからない。どっちの可能性もある。他人を呪うだけなら人間にもできるしね」

「フィフティ・フィフティ?」

「いや、七・三くらいで混血者の可能性が高いかな」

「そのこころは」

「犯人の目的が見えないから」

 

 ソウマがそう言うと、ヤマノが首を傾げた。

 

「どういうこと?」

「人間が特定の誰かにちょっかいを出すときは、なにかしらの動機があるものだろう? 今回みたいな呪いにしたって、理由もなく他人を呪ってやろうってヒトはそう多くない。だけど、僕みたいな混血者は違う。いや、正確には僕たちにも動機はあるのだけど、その動機が他人には理解できないものだった、ってことがままあるんだ」

 

 ソウマは腕を組みながら言葉を続ける。

 

「たとえば僕の場合だと、眠るときは他人の身体に触れていたい、っていう欲望があるんだけど、これだって夢魔だと名乗らなければ性癖とかフェティズム的な動機に見えるでしょ? だけど、実際の動機は自分が眠るため……、生きるために必要なルーティンなんだ。そういうギャップが僕たち混血者の行動には現れがちなんだよね」

 

 伝わるかな、とソウマは口を斜めにする。

 ヤマノはしばらく考えてから、小さく頷いて口を開いた。

 

「今回のケースも、ソウマさん的にはそんな風に感じる?」

「まぁね。今のところヤマノさんを不眠に陥れて喜んでいるようなヒトはいないみたいだし。敢えて言うなら、犯人の動機は君の中の勇者の記憶にも紐づいてる印象があるけど……、うん、ちょっと断定まではできないかな」

 

 単純に人間の愉快犯って線もあるし。そう言ってソウマはぬるくなったコーヒーを飲み干した。

 同じタイミングでジュースを飲み切ったヤマノが、背もたれにどっさりと体重を預けながら、探るような視線を向けてくる。

 

「でも、それじゃあ、これからどうやって敵を探すの?」

「それについては考えがある。犯人を直接探すというよりは、犯人に繋がる手掛かりを探す方法になるけれど」

 

 探索のポイントは二つある。

 一つは、犯人が何らかの形でヤマノの名前を入手・利用しているということ。

 もう一つは、彼女が記憶を夢に見るようになったのは、彼女が上京してからだということ。

 

「この辺りを踏まえて、探れそうなこととなると……」

「ふむふむ……?」

 

 バーガーショップの小さな客席に乗り出して、テーブルの向こうの彼女に小声で作戦を伝える。

 やるべきことはシンプルだ。難しいこともない。ただ、場合によっては作業量そのものが多くなるかも。話を聞いたヤマノも同じことを思ったのか、額に皺を寄せてむすっと考え込んでいる。

 

「うん、何をするのかはわかった」

「今日は土曜だけど、ヤマノさん、大学は?」

「講義は取ってないから、時間は平気。平気だけど……」

 

 彼女の緑の瞳がじろりとソウマを捉えた。

 

「ソウマさんは手伝ってくれないの?」

「手伝ってもいいけど……、これから調べる場所は、ほら、いきなりお邪魔するのも悪いから」

 

 ソウマは肩を竦めてお手上げのジェスチャ。

 その仕草を怪訝そうに数秒見つめてから、ヤマノは「ああ」と得心したように声を吐いた。

 食べ終わったバーガーの包み紙を綺麗に畳んでトレーに置き、椅子から立ち上がった彼女は、こてんと小首を傾げながら凪の表情でソウマに呼びかけた。

 

「別に私は気にしないから。行こ、私の部屋に案内するよ」

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