ハイキューの世界に転生したからといって誰もがバレーボールをやるわけではない 作:伊島蒼
なんやかんやで二週間が経った。
蝶の羽ばたきのイタズラか、或いは元からそういう世界なのか、体験入部期間を終えて正式に入部できるようになっても、一向に隣の席のコイツがバレー部に入部しようとする気配はなかった。
もしも原因が前者だった場合、少なからず私が関係している可能性も否定できない。物語が始まる前のキャラクターたちに干渉した憶えはないが、小さな蝶の羽ばたきでさえ時に巨大なハリケーンのきっかけになり得るというのはよく聞く話だ。
だからという訳ではないが少し気になってしまった。本来の、と言っていいのかわからないが、私の知る影山飛雄は小さなトラウマを抱えることこそあったものの、決して折れることの無い存在だった。それが何故こんなことになったのか。
「ねえ、中学校ではバレーが凄かったって聞いたけど、やっぱりバレー部に入らないの?」
「うるせえな。俺はバレー辞めたって言っただろ」
強い語気。席が隣ということもあってそれなりに言葉を交わす様になったが、やはりと言うべきかバレーボールの話題は地雷らしい。まあそれをわかっていてバレーの話題を出す私が悪いと言えばそうなのだが。
とはいえ、この二週間で通常の会話も試みているのだが、ほとんど「ああ」や「おう」しか返ってきていない。孤立し会話する機会が少ない私が言うのもおかしな話だが、コミュニケーション能力が死んでいるのだろうか。
さて、ここがハイキューの舞台である烏野高校だということに入学してようやく気づく随分と鈍い私ではあるが、実を言うと、なんとなく何かしらの物語の世界に転生したのではないかと疑ってはいたのだ。
理由としては単純なものだが、私の家系は遡っても海を越えた記録は一切ないはずなのに何故か母の髪の毛は真っ白で、私も当然のようにそれを受け継いでいた。それを小中学校で何か指摘されたことは無かったし、なんなら私以外にも目立つ髪色をした子供を見かけたこともある。
しかし私は例の如くそんなもんかと軽く流してしまっていた。単純に面倒だったというのもある。
まあ、その疑いが確信になっていれば何かが変わったのかと問われれば、何一つ変わることはなかっただろう。
物語のキャラクターに積極的に関わるつもりも無いし、私がバレーボールを始めることも無いし、私の足で歩いて五分程度の距離にある烏野高校には変わらず入学していただろう。
勿論、それらはこれからも変わることはない。影山がバレーを辞めていたからといってそれを正そうなんて思っていない。この世界がなんであろうと波風の立たない生活を私は望んでいるのだ。
と、まあ私のスタンスを並べ立ててみたが、それはそれとしてこれ以上流れを変えてしまうのもまた本意ではない。なんだかんだ「ハイキュー」のファンではあったのだ。なので、この二週間は珍しく精力的に活動していた。情報収集、それからキャラクターの存在確認だ。
全学年の廊下で好奇の眼差しを一身に受けながら練り歩き、孤立している期間が長かったことによりすっかり不得意になってしまった会話を試みて、それからインターネットを駆使して情報収集を図った。
結論から言えば、現状確認できる範囲では全員の存在を確認できた。影山を除いた一年生組はバレー部に入っているし、西谷さんと旭さんは例の事件の影響でまだ部に復帰していない。
それと未だ影山の心が折れてしまった決定的な理由はわからずじまいではあるが、得た情報の中で一つ気になる物があった。
影山の所属していた北川第一が去年の中総体で優勝し全国大会へ出場しているのだ。私の記憶では決勝でどこかの強豪校と当たり敗退していたはずだが。まさかこれが関係しているのだろうか。
「……いやいや、勝ったのに心が折れるってどういうことだ」
「は?」
「あぁ、いや、こっちの話。それにしても、影山は部活には入らないの?」
「だから……」
「部活って言っても何もバレー部しか無いわけじゃないんだよ。せっかく高校生になれたんだから、何処にも所属しないっていうのも寂しいんじゃないかな」
純粋に気になってはいたのだ。頭の中にバレーボールのことしか無いような人間だったはずの影山が今現在何をやっているのか。何をするつもりなのか。
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙。
「……考えたことなかった」
「ふぅん」
それはなんとなく予想していた答えだった。やはりこの世界でもコイツはバレー星人だということだろう。
繰り返すようになるが、私が影山、それから他のバレー部員に関わっていくつもりはない。つまり何が言いたいのかといえば、私が『ハイキュー』を知っているからといって、そして話の流れが変わってしまうのが不本意だとはいえ、乖離してしまった物語をあるべき姿に戻そうとは考えていないということだ。勿論、戻るに越したことはないが、私が積極的に影山をバレー部へ導こうとは思っていない。
「お前はどうなんだよ」
「私?」
驚いた。会話が続くような返答があったのは初めてじゃないだろうか。まさか返ってくるとは思っていなかったので答えを用意していなかった。
顎に手を当てて少し考えてみる。
中学では残念ながら強制的に何処かしらの部には所属しなくてはいけなかった。とはいえ惰性に塗れたこの私が部活に精を出すなんてことがあるはずもなく、結果としてほとんど顧問が顔を出さない文化部の幽霊部員になっていた。
この烏野高校では無所属が許されているようなので当然のように無所属……つまりは帰宅部になるつもりではあったが、今さっき影山には何か部活に入ることを勧めたばかりである。
「私も考え中かなぁ」
だから適当にお茶を濁しておいた。よく話しかけてるくる変な奴程度の認識だろうから大丈夫だろ。
「そうか」
「うん」
動きがあったのは、そんな会話をした翌日のこと。
相も変わらず友人の一人もできない私と隣のコイツは仲良く並んで、しかし互いに干渉することなく昼の時間を過ごしていた。
「影山っている!?」
元気な声。元気が余って教室中に響き渡り、視線は入り口に集められた。
オレンジがかった髪の少年、ハイキューの主人公である日向翔陽だ。なんで突然この三組の教室に現れたのかは知らないが……いや、どう考えてもバレー関連の用事か。
「……アイツは」
「知り合い?」
日向を見て呟いた影山に、一応訊いてみる。
「去年、中総体の一回戦で見かけた奴だ。名前は、知らない」
「へー」
予想通りではある。しかし、去年に少しだけ会話した奴の顔をよく憶えられるものだ。まあコイツが憶えていれたのもバレーが関係しているからだろうが。
「行かなくていいの?」
勢いだけでここまでやってきたのか、入り口で視線を集めて以降は助け舟を出してやらないと可哀想だと思うぐらいには目に見えて緊張していた。気の小ささはこの世界でも変わらないらしい。
「なんで行かなきゃいけないんだよ」
「そりゃそうか」
どう見たって影山にとっての厄介事を持ってきたに決まってる。ただ、この状況からどうやったって誤魔化すことはできないだろ。
「あっ!!」
ようやく隅の席に座る私たち……というより影山を見つけたらしく、さっきまでの緊張が嘘みたいに堂々と教室に入ってきて影山の目の前へ。そして机に両手を叩き付けて言う。
「バレーはどうしたんだよ!」
第一声から盛大に地雷を踏み抜いていった。