狼剣乱舞 作:おはぎ美味しい
時代錯誤な代物。銃火器が発達し、鉛球の飛び交うような戦場に置いて剣術、体術など時代遅れも甚だしいものだっただろう。
だがそれでも、俺は憧れてしまった。
木刀を振るい、拳を振るい、体を鍛え、ただ只管に時代遅れを追い続けてきた。
正直な所、変わり者も良い所だろう。この辺りは、俺自身も自覚がある。
それでも一度抱いてしまった憧れは、そう簡単に消えてはくれない。寧ろ、体を鍛えて、技が形だけでも成功した瞬間を知ってしまえばもう止まれなかった。
現代社会じゃ到底用途の無い技能。精々がチンピラに絡まれた時、強気でいられる位か。それにしたって、用途が限定的過ぎるが。
一応、剣道や居合道、空手の類もやってきたが、どうにもしっくりこない。
だから、ちょっとした気の迷いで俺は世界の変化を求めた。
「…………それがこんな事になるとは……」
見渡す限り、森、森、森。どこぞの山道の中心に、いつの間にか俺は立っていた。
体を見下ろせば、パジャマ代わりのスウェットから、灰色のズボンに黒のミリタリーブーツ。それからズボンと同じく灰色のシャツに橙色の派手な羽織。
羽織以外は、おおむね俺の持ち物だ。特にブーツは、山の中だけじゃなく、防水性も高くて木の上を跳び回っても滑りにくい一品。
何がどうして、こうなったのか。昨日の晩も――――
「…………寝た、筈だよな?」
思い出せない。多分、ベッドで寝た筈だ。
パジャマに着替えて、それから…………ダメだ、思い出せない。
悩み込んでいると、不意に俺の耳が周りの音を拾った。
風が吹いているから揺れている梢の音とは違う、落ちた枝を踏む音。それから、草に擦れて揺れる音。
俺が音を拾った時から少し、どうやら囲まれたらしい。
「へっへっへ、こんな所で何をしてんだ、お兄ちゃんよぉ」
「そうだぜ?こんな所でボケッと立ってたら山賊に襲われちまうんだぜ?俺たちみたいな」
一際体格の良い髭面の男が嗤ってくる。周りには、こいつ含めて二十人弱か?
それにしても、山賊か。現代社会
本物だ。時代劇や劇で使われるようなレプリカとは違う、本物。それも、
「…………ふぅーー……見逃してもらえると助かるんだが?」
「ゲハハハハ!それを決めるのは、俺じゃねぇんだよォ!!」
無理か。引いてくれる気がしない。
「俺は金銭など持ち合わせていないぞ?」
「だったらぶっ殺して、身包み剥いでやるだけだ!」
無理だな。囲まれてる現状、恐らく囲いの一つを突破しても逃がしてくれない。
オマケに、コレが現実にしろ白昼夢にしろ俺には地理感覚が無い。つまり、下手な逃げは自分の首を絞める事になる。こいつらもしつこそうだ。
勝てはするだろう。実戦経験は野生の熊程度しかないが、それでも周りを囲む男たちが熊より強いようには見えない。
構えはしない。ただその場に立つだけ。それを隙だらけと見たのか、斜め後ろの気配が強くなった。
「死ねぇ!」
見なくても分かる。手入れのされてない剣を、上から下への振り下ろし。
刀剣は脅威であると同時に、明確な弱点にもなる。
音のしない摺り足のままに後ろに下がればそれだけで刀身は俺に当たらず、振り下ろされた腕が中途半端な所で、俺の左肩に止められた。
「フッ!」
「げっ!?」
放つのは、左肘打ち。位置も良く、深く男の鳩尾に肘がめり込んだ。
動揺しているな。手痛い反撃を喰らった事が無いのか、或いは俺がそんな事をしてくる相手とは思わなかったのか。
どちらもだな。何より、
「隙だらけだ」
「へ?うぺっ!?」
「何っ!?」
「ぶげらっ!?」
瞬く間に、三人を叩きのめす。
元々の得手は素手じゃない俺だが、この程度なら武装していても敵じゃない。
狙うのは、顎。次いで、鳩尾、股間。一撃でなるべく昏倒させる事が可能な部位を、骨をへし折る勢いで打突する。
「~~~~ッ!!調子に乗るんじゃねぇ!!!」
部下が倒されたからか、蟀谷に青筋を浮かべたリーダー格のムサイ男が斬りかかってきた。
得物は、大きな山刀。日本刀とはまた違う、反りが深く刀身が分厚い代物だな。
力任せに振り回されるそれを、紙一重で躱す。
刃を躱すには、相手の肩の辺りを見る。そして、同時に自分の危機察知に対して一切揺らがない事。
「避けるなァ!!」
空いた左手で放たれた張り手。これをバックステップで躱し、着地と同時に前へと出る。
繰り出すのは、右肘打ち。全身を使って突っ込むようにして男の胸を打つ。
「うぐっ!?」
たたらを踏んで下がった男に、追撃として体の捻りを存分に生かした左の掌底を顎下へ叩き込む。
脳が揺れたからか、膝が崩れた。ここを左腕を体に巻き込むようにして時計回りに反転しつつ畳みかけるのは鉄山靠。
三メートル程吹き飛んで、男は白目を剥いて気絶した。
残心。
「逃げるのなら、追わない。だが、向かってくるのならこれ以上の目に合うと思え」
脅しじゃない、と見せる為に近くに転がった粗末な剣を踏み砕く。それだけで残った奴らの顔色は真っ青になると、頭目と仲間を引きずる様にして逃げていく。
その背中を見送りながら、俺は近くに転がっていた剣を拾い上げた。
柄の先に輪が取り付けられた直刀。確か、
質の良い物じゃないが、持っておいて損はないか。
何より、
「……そこの君は、いつまでそうしているつもりだ?」
今は自衛手段が欲しい。
声を掛けたのは、道の近くの巨木。気配がずっと、そこにあった。タイミング的には、野盗に襲われ始めた辺りから。
「顔を出す気が無いのなら、そのまま聞いてくれ。俺は街へと向かいたいんだ。その方角だけでも教えてもらえないだろうか?」
「――――気づいておられたか」
声を掛けた木の裏から現れたのは、二股に分かれた槍を背負った白い服の女性だ。
…………というか、どういう格好だ?際どい以外の言葉が見つからないんだが。
「さっきの奴らの仲間、ではなさそうだな」
「然り。賊徒と同類扱いされては甚だ心外というもの。様子を窺っておりましたのは、まあ……必要ではなさそうでありましたので」
「そうか…………それで?出てきた、という事は道を教えてもらえると思っても良いだろうか?」
「ええ、勿論………っと、言いたい所ですが。少々こちらも昂っておりまして」
そう言って、道まで出てきた女性は背負った槍へと手を掛け、穂先を俺へと向けてきた。
成程、やる気らしい。
「武人として、それほどの技量。見せられてしまえば闘わずにはおれぬというもの」
「…………まあ、分からなくもない」
俺だって、
素手に関しては、良い感じだった。何より、目の前の女性は随分と強い。こっちも、抜身を使っても大丈夫そうだ。
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山道で向かい合う一組の男女。
片や橙色の羽織を風に揺らし、その右手には環首刀。腰の左側にその鞘を差した十代後半の青年。
片や白い蝶のような際どい衣装に、二股に分かれた穂先を持つ槍を構えた女性。
開始の合図は、吹き抜ける風の音。突っ込んだのは、青年だった。
刀と槍。言わずもがな、そのリーチには大きな差がある。一説には、この差を制するには刀を使う側が槍の三倍の実力は必要だとか。
姿勢を低くして突っ込んでくる青年は、女性にとっては的でしかない。
「セイッ!」
踏み込みと共に、気の遠くなるほどに練磨された突きが放たれる。
だが、その二股に分かれた穂先が貫いたのは、青年の残像だ。
なんと彼は突きのモーションを視認した瞬間、前へと駆ける勢いを斜め上へのベクトルへと変換するように跳び上がっていた。加えて女性の真上を宙返りしながら飛び越えつつ、振り被った刀を振るう。
響く金属音。引き戻された槍の柄が凶刃を阻んでいた。
防がれた時点で、青年はそれ以上の追撃をするつもりはない。互いの得物がぶつかり合った反動も利用して少し離れた地点に着地、すると同時に重心移動による加速を用いた倒れ込むような移動法で女性へと再び迫った。
(私に、間合いを空けさせないつもりか!)
沈み込むように体を捻りながら振るわれる刃を柄で受けながら、女性は冷静に場を俯瞰する。
相対する青年の腕力は、決して突出したものではない。平均か、やや上程度。
注目すべきは、その体捌き。特に瞬間的な速度の緩急はかなり厄介だった。
槍を押して刃を押し退け、同時に地面に向けられていた穂先を石突側の柄を押し込む事で一気に跳ね上げる。
青年は跳ね上がってくる穂先を上体を倒す事で回避。しつつ足を勢いよく振り上げた。
サマーソルトキックのような格好になり、女性はこれを回避。青年も地面に両手をついて自身の後方へと腕のバネで跳び下がった。
「やはり、御強い。その身のこなしは、宛ら
「そういう君も、かなりの使い手だ。二撃とも薄皮を斬るつもりだったが………防がれてしまったからな」
「はっはっは!そう易々と、乙女の柔肌を傷つけられるとは思わない方がよろしい」
女性はそう言って笑うと、槍を構えなおした。
「名乗らせていただこう。我が名は、趙雲。字は、子龍。貴殿の名をお聞かせ願いたい」
「………
「然様か……では、景狼殿。続きと参りましょう!」
「ああ……!」