狼剣乱舞 作:おはぎ美味しい
漢に蔓延る思想、女尊男卑。これは、高祖の頃より端を発する。
事実として、この地では男性よりも女性の方が力も強く、そしてより高度な教育を受ける事が出来た。
有名どころは、水鏡女学院だろうか。ここは才能に富んだ女児を人里離れた場所に集めて、純粋培養の様に知育する。
それが良いか悪いかは微妙なラインだが、諸葛亮と鳳統はこの学院の出身だった。
「――――歓迎するわ、趙子龍。そして、葦名景狼」
陳留に在る謁見の間にて見蕩れるほどに綺麗な笑みを浮かべて、曹操は客人を迎えた。
現在、この部屋には曹操以外にも彼女の陣営の幹部が勢ぞろいしている。
彼女らの視線を集めるのは、常の白い衣装に不敵な笑みを浮かべる趙雲と、ズボンのポケットに手を突っ込んで趙雲の左斜め後ろに控えるように突っ立った景狼だ。
「妙才からの報告は聞いているわ。まずは、感謝を。貴方達のお陰で村が救われて賊の討伐も手際よく終える事が出来たもの」
「いえいえ、私共は偶然その場に居合わせたのみ。何より、貴いお方が我らのような流浪の身に頭を下げるなど家臣たちにもよろしくは無いでしょう」
内心を悟らせない綺麗な笑みのまま、趙雲はそう言う。言外にお暇したい、と含みを持たせながら。
だが、曹操としても在野に居る有能な人材を放置したくはない。
誰のものでもないという事は、誰かのモノになるという事とイコールで結ぶ事が出来るのだから。
だからこそ、動く。
「ええ、そうね。それじゃあ、もう一つの用事を果たしましょう。二人は、どこかに仕官するつもりで旅を続けるのかしら?」
「今は、どの勢力にも付くつもりはありませぬよ。ご存知かとは思いですが、こちらの景狼殿は異国の出身。そして私は、そんな彼の案内を買って出たのです」
「その旅が終わっても、何処にも付かない、と?」
「さて。これといった主が見つかるのであれば…………つく事も吝かではありませんな」
慇懃無礼な趙雲の態度は、曹操ではなく周りの面々を苛立たせる。
だが、一方で面と向かう曹操は面白い物を見つけたと言わんばかりにその口角を上げて笑みを深めていた。
「そう……」
腰掛けていた豪奢な椅子から立ち上がり、曹操は趙雲の前まで歩を進める。
「気に入ったわ、趙雲。貴女、うちに来なさい」
「おやおや、随分と熱烈な勧誘ですな」
「それだけの価値があると思ったから当然よ。そっちの彼と一緒にどうかしら?」
そこで初めて、熱を持った蒼玉の瞳が景狼へと向けられた。
もっとも、見られた側の彼はというと肩を竦めるだけだが。
今回、景狼はこの場で口を開くつもりはなかった。これは、予めこの陳留へとやって来る道すがらで決めた事であり、ある種の予防策でもあった。
現に興味交じりの視線と、前者よりも強い嫌悪の感情が乗った視線が向けられている。特に強いのが猫耳のフードの様なものを被った小柄な少女からの視線だ。
景狼へと向けられる視線に気づいているのか、趙雲は小さな咳払いを挟んで曹操の注目を自身へと戻す。
「んんっ…………熱烈な勧誘ですが、お断りさせていただきましょう」
「あら、何故かしら?私が、貴女が使えるに値しない主という事?」
「いえいえ。曹孟徳殿の覇気、そして器量、何れも並大抵のものではないでしょう。ですが、先の通り我々は旅を止めるつもりはない。何より、
「…………なら、こうしましょう」
趙雲の指摘を受けても、曹操は諦めないのか一つの提案を上げる。
「彼が実力示せば、表立っての声も消えるでしょう」
「孟徳殿?」
覇王は獲物を逃さない。
@
「申し訳ありません、景狼殿……まさか、こうまで…………」
「仕方がないだろう?何より、今回は完全に星任せにしていた俺にも原因がある。というか、俺が原因だ。やれるだけ、やってみるさ」
趙雲と短い会話を交わして、景狼は練兵場の中心へと歩を進めた。
今この場に居るのは、彼とそれから対戦相手として曹操より宛がわれた黒髪の麗人、夏侯惇。
そして、曹操と彼女の幹部たちであった。
「華琳様の御命令だ!わたしの全力を持って相手をするぞ!!」
「…………お手柔らかに頼むよ」
言いながら、景狼は刀を抜くと中段に構えた。
対する夏侯惇の得物は、大剣だ。互いの得物を見比べれば、景狼の刀はマッチ棒に見えてしまう程に頼りない。
そして、人の集まりより曹操が一歩前へと進み出た。
「双方、準備は良いわね?…………始めッ!!!」
「ハァアアアアッ!!!」
曹操の合図と共に、夏侯惇が前へと突っ込む。
大剣という鈍重な武器を得物にする彼女だが、その足は速い。猪突猛進を地で行く彼女の突破力は、この大陸でも屈指のモノだろう。
その勢いのままに、夏侯惇の足は景狼との間にあった距離を踏み潰し、大上段に掲げた一刀を振り下ろした。
甲高い金属音。
「むっ!」
異変に気付いたのは、大剣を振るった夏侯惇だった。
見れば、大剣は景狼を脳天から股下迄真っ二つにするような軌道であったにもかかわらず、不自然に逸れてしまっているではないか。
景狼は、冷静だった。冷静に、目の前の女性と己の膂力の差を把握していた。
(受ければそのまま潰される。なら、
刀、握る手、腕。それら全てが、相手から見た時切っ先が点になる様に構える。
振るわれる大剣。その直後に甲高い金属音と共に、火花が散っていた。
同じ事が三度も続けば、猪武者も気づくというもの。一際甲高い音と共に、夏侯惇は少し距離を空けた。
「わたしの剣に合わせて、弾いているのか!」
「ご名答」
「確かに凄まじいが…………守るだけでは、勝てないぞ!!!」
凄い物は、凄い。認める度量を持ちながら、夏侯惇はその上で真正面から相手を叩き伏せる。そんな剣を振るう武将だった。
再び突っ込み、その振り下ろしはしかし弾かれ、逸らされる。
だが、ここからが違う。
「ハァア!!」
弾かれ逸らされる事も分かっているからこそ、夏侯惇は渾身の力で大剣を振り下ろしたのだ。
当然、その大質量が夏侯惇の膂力と共に練兵場の地面へと叩きつけられる事になる。比較的乾燥した地面は、その一撃により地中で爆薬でも起爆したかのように大きく粉塵を上げて土埃が舞い上がった。
(成程……目潰しか)
舞い上がった粉塵は、二人の姿を掻き消して余りある。当然ながら、当事者二人は例え目の前であっても見通せない状況。
景狼は目を閉じた。視覚が役に立たない以上、その他の感覚へと意識を割く為だ。
案の定、彼の鋭い聴覚が風を切る音を拾う。その瞬間、彼は反射的に深く深く身を伏せていた。
直後、轟音と共に土煙を横一文字に切り裂きながら頭上を大剣の刃が通り抜けていく。
言わずもがな、縦振りと横振りでは攻撃範囲が全く違う。そして、面制圧に向いているのは後者だ。
粉塵が晴れ、同時に景狼も動き出す。
右手で柄を握り切っ先を地面に向けるようにして持ち上げつつ、左手を峰へと添えて立ち上がる勢いを乗せた斬り上げを放った。
「むっ!」
大剣を振り抜いていた夏侯惇は素早く得物を引き戻し、これを防御。だが、咄嗟の動きで体勢が不十分。加えて、膂力の差があろうとも全身運動を持って押し上げる景狼の一刀に彼女の身体は斜め上後方へと押し上げられていた。
景狼は夏侯惇を押し上げつつ、勢いよく右手を弾くように振るい彼女の身体を三メートルは浮き上がらせる。
そして、攻め手は緩めない。僅かな助走と共に跳躍しつつ、その跳び上がる勢いを殺さないままに左足での後ろ浴びせ蹴りを放ったのだ。
鈍い音共に、蹴りが大剣の腹に受け止められる。しかし、如何に力に優れた夏侯惇でも足場のない場所では踏ん張る事が出来ず、剛力の発揮もいまいちだ。そのまま蹴り落されてしまった。
危なげなく着地し、夏侯惇は空を見る。
見上げれば、蹴り足の勢いを転用して落下と回転エネルギーへと変えて勢いをつけて刀を振り被る景狼が迫っていた。
「ふはっ!!」
夏侯惇は獰猛な、そして凶悪な笑みを浮かべこれを迎え撃つ。
大剣を下段に構え、膨大な量の気を一気に練り上げる。溢れた気が瞳を煌々と染め上げて、周囲の地面を震わせるほどのものとなる。
(…………打ち負けるな)
落下しながら、景狼はこの先の未来を幻視した。
まず間違いなく、打ち負ける。落下と回転による遠心力を乗せた渾身の振り下ろしだが、それでも今眼下に構える夏侯惇の全力には押し負ける。
かといってこの状況から回避へと移行も出来ない。勢いをつけすぎた結果、落下の軌道を大きく変えられないからだ。故に、下手に体を捩れば大ダメージは必至。ならば、打ち負けると分かっていても攻撃を続行する方がマシ。
そう決めた。だが、
「景狼殿……」
スローモーションの世界の中で、景狼の視界の端に心配を顔に浮かべたらしくない趙雲の表情が過る。
刀を握る手に、力がこもる。腹の底に、炎が燃える。
「すっ…………オォオオオオッッッ!!」
一瞬息を吸い、そして大火の如し気迫で咆える。
同時に、その総身からまるで猛る炎にも見える橙色の暖かくも激しいオーラが立ち昇った。
唐突な気の解放に、しかし夏侯惇の笑みは更に深くなる。
「ハァアアアアーーーーーッッッ!!!」
烈火の気合いと共に振り上げられた大剣が、振り下ろされた刀と真正面から――――
両者の気が衝突し、押し合いとなる事で互いの得物がぶつからないのだ。
凄まじい衝突。この勝負の軍配が上がるのは、気に関する練度の差だった。
「うおりゃあアアアア!!!」
「ッ!?」
夏侯惇の練られた気が炸裂し、均衡が崩れた。
一気に押し切られ、景狼の身体はまるで木端の様に宙を舞う。とはいえ、危険な事は特にない。
まず、打ち上げられるという形になった事から、体勢を整えるには十分な猶予があった。次いで、得物同士以上に互いの気が衝突した事からどちらも渾身の一撃がクリーンヒットしなかった。
音もなく着地した景狼。だが、猛烈な疲労感にその場に膝をついてしまう。
「ハァ………!ッ、ハァ…………!」
「そこまでッ!!」
「景狼殿!」
曹操の声と同時に、趙雲が景狼へと駆け寄る。
「何という無茶を……!慣れぬ者が気の解放など……ともすれば、死んでいたやもしれない……!」
「ハァ………ハァ…………ゲホッ!ハァ……気、か……正直、こんなものが使えるとは思ってなかったんだ…………」
荒れた息を整えつつ、体を起こした景狼は刀を鞘へと納める。
彼の感覚としては、胸の内に灯った火が唐突にその勢いを増したようなものだった。今は、先程までの勢いは何処へやら、埋め火の様に小さくなっている。
嫌な気配はするが、しかしその一方で本気の武将と戦おうと思うのなら必須の力と言えるだろう。
埋め火は大火となる可能性を秘めたもの。この自覚が後にどのような変化を齎すのだろうか。