狼剣乱舞   作:おはぎ美味しい

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 幽州の軍において有名とされるのは、白馬で構成された“白馬義従”だろう。

 異民族を相手にして、尚且つ広範囲を一定の規模の軍団で動き回る事を考えれば騎馬が必須。その点は理に適っており、目立つ白馬を起用する事によって周囲への威圧にも役立っていた。

 

 しかし、如何に鍛えているといえども現代日本人であった葦名景狼にとって乗馬など経験した事のない事。

 という訳で、

 

「いやはや何とも、馬要らずですな」

 

「乗れないのだから、仕方がないだろう?」

 

 呆れた趙雲の言葉に返しながら、景狼は大地を疾駆する。

 鍛えているから、だけでは理由にならない走力。彼自身もハッキリとは分かっていないが、どうにもこの世界にやって来てから異様に体のキレが増していた。

 今もそうだ。走って馬に追い付き、あまつさえ並走するなど人間の身体能力ではない。

 

 後ろから付いてくる騎馬の一団が化物でも見る様な目を景狼へと向けてきているが、その当人が視線を無視していた。

 本人が一番、あり得ないことをしでかしている自覚があったからだ。

 

 今回、彼らに、具体的には趙雲へと与えられた命は賊の討伐。

 農民上がりの貧弱集団だが、如何せん数が多い。そして、塵も積もれば山となる、という言葉もある。

 幽州は決して恵まれた場所ではない。寧ろ、現状は最悪一歩手前と言っても良いだろう。

 何故なら異民族への備えとして置かれた軍の大半が動かせず、賊徒の鎮圧を行おうにも動員できる人数は全軍の三割前後。下手をすると、更に少ない。

 かといって、備えを怠れば、嬉々として異民族たちは攻めて来かねない。

 更に更に悪い事は重なり、幽州は常に人材不足に陥っている。これは土地の問題もあるがもう一つ、治めている公孫賛の気質にも少々の問題があった。

 彼女は、生まれに劣等感を抱いており、名士を疎む。ともすれば、登用しない事もある。

 加えて、公孫賛をトップに据えてはいるが連合制だ。豪族たちの力も強く、お人好しの嫌いがある彼女は取捨選択を苦手として、弱者を切り捨てないといえば聞こえは良いが、為政者としては決断力に欠けていた。

 

 様々な理由から、こうして客将である趙雲へと一個師団を預けて運用する始末。

 勿論、趙雲は裏切るつもりはない。ないが、他軍でこのような扱いは中々無いだろう。

 

 砂埃を上げて駆ける先。別の砂塵が舞っていた。

 

「見つけましたな」

 

「どうする」

 

「こちらは騎兵。であるのなら、止まるのは悪手。かといって、一当てして下がる、等という曲芸はやっておりませんからな。やはり、正面から貫き相手方を引き裂くとしましょう」

 

「なら、そこで分かれるとしよう」

 

 会話はそこまで。騎手は加速し、一方で異世界人はその場から舞い上がる粉塵に紛れるように姿を隠した。

 響く馬蹄。当然ながらそれは、馬の群れが進む先に居る集団にも届いていた。

 

「官軍が来たぞーーーーっ!!!」

 

 ざわめき。確かに数は多いが、裏を返せばただそれだけの烏合の衆。

 数は力であるが、それはあくまでも統率され、一定の集団行動を可能とする場合に限る。それも、その場に竦んで立ち止まってしまうものばかりならば、猶の事的にしかならない。

 

「さあ、行くぞ皆のもの!!私が穂先となって貫き穿つ!!」

 

「「「オオオオオッッッ!!!」」」

 

 馬の扱いに慣れた幽州兵をして、趙雲の馬術はかなりのもの。武威は言わずもがな。

 そんな彼女の咆哮に呼応するようにして、騎馬隊は一つの生物の様に一直線に賊の集団へと襲い掛かっていった。

 恐るべきは、その突破力。駆け抜ける馬を止める術など知らない農民上がりの賊徒では到底止められるものではない。

 瞬く間に轢殺され、或いはそれぞれの持つ槍などによって穿たれて、骸を地面に晒す事になった。

 騎馬の総数は百にも満たないが、それでもその突撃を受けた数百人規模の賊徒の群れは断ち切られたかのように分かれる事になる。

 

「怯むな!!隊列を組みなおせ!」

 

 彼らの幸いは、率いていた者が生存していた事。

 だが同時に、それは不幸でもあった。

 

 髭面の大男は、瘦せた馬に跨りながら矛を手に唾を飛ばして忌々し気に駆け抜けていった騎馬の一団を見送る事になる。

 彼が反乱に与したのは、偏に不平不満が溜まっていたからだ。その発散相手が欲しかった。

 更にこの男を増長させたのが、今手に持っている矛と跨っている馬。

 この二つは、官軍の将を返り討ちにして奪い取ったモノ。名前も覚えていない相手だが、それでも相手を舐めるという点ではこれ以上ない根拠でもある。

 

 油断、慢心。精々が、そこらの野盗の頭領が関の山である男に将としての心構えなどある筈も無かった。

 

「ごふっ!……あ?」

 

 叫んでいた筈の自分がいつの間にか、咽ている。

 見下ろせば、灰色混じりの黒い毛束が見えた。

 

 それから、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「がっ……!?て、めぇ……!」

 

「隙だらけだ」

 

 血走った目で見降ろしてくる男へと静かに言葉を返しながら、葦名景狼は男の胸部を刺し貫いた環首刀を素早く引き抜き、跳躍して馬上から離れる際に同時にその喉を掻き切った。

 大男は喉を押さえて、もんどりうって馬上から転げ落ち、そして動かなくなる。

 

 景狼の動きは至ってシンプル。

 趙雲の突撃で混乱した賊徒へと侵入し、最も目立っていた男を狙って暗殺を謀った。ただそれだけ。

 言うは易く行うは難し。コレが理路整然とした軍隊が相手ならば、こう簡単にはいかないだろう。

 

「しゅ、周倉様ぁぁああああ!!」

 

「周倉様が敗れたぞ!?」

 

「く、くそっ!よくも官ぐ――――ッ!?」

 

 仇討ちに動こうとした者へと鋭い視線が飛んだ。

 倒れた大男の首を刎ねて、景狼は彼の持っていた矛を手に取った。そして、周りを一瞥したのだ。

 ただそれだけだが、自分たちの不平不満をぶつける為に賊になった者達には効果抜群。宛ら、蛇に睨まれた蛙の様に動けない。

 この間にも、追撃の馬蹄は迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事後処理を眺めながら、俺はその瞬間を思い出していた。肉を貫き、その首を掻き切って命を奪うその瞬間を。

 感傷は、無い。アレが一番早くに事を終わらせる事が出来る、という事も分かってるから。

 

「……迷えば、敗れる」

 

 この言葉を呟くと、フッと心の澱のようなモノが凪いだ気がした。

 周倉だったか。覚えておこう。覚えて、そして背負って。俺が行きつくその場所まで、どれだけ重荷になっても歩くだけだからな。

 

「初陣はどうでしたかな?」

 

「趙雲……特には、無いな。精々が、思ったよりもあっさり終わった、位か」

 

「当然でしょう。この一団の首領であった周倉が討たれれば、後は烏合の衆ばかり。鍛えられた幽州の歩兵と、私が組み合わされば磨り潰すなど容易い事」

 

「そうか……」

 

「ええ。それはそうと、その矛はどうされるおつもりで?」

 

「これか?」

 

 趙雲に指摘されて、特に理由もなく手に取ってしまった矛を見下ろす。

 持ってる環首刀とは比べ物にならない良い代物なんだろう。ただ、俺はこの手の長柄武器に関するノウハウがあまり無い。

 使えないことはないが、

 

「公孫賛に預けようと思う」

 

「おや、振るわれないので?」

 

「俺には、向かないだろうからな。何より、重い」

 

 これに尽きる。

 俺の身長が170位に対して、矛は3メートル以上ある、か?長さ相応の重さもあって、俺じゃあ取り回しに少し難があった。

 趙雲も納得したのか、頷いてるな。

 

「確かに。その矛は、景狼殿には少し大きすぎますな」

 

「言外にチビって言うんじゃない。これでも故郷では平均身長程度だ」

 

 失敬だ。ニヤニヤするんじゃあ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――この中のモノなら、好きに持っていてくれて良いぞ」

 

「ほう……?」

 

 公孫賛の案内を受けて訪れた武器庫を前にして、景狼は少し困惑した息を漏らしていた。

 

 今回の賊徒は、官軍を返り討ちにした結構な強敵だった。そう見えなかったのは、統率する頭を速攻で景狼が潰したからに他ならない。

 第一功は、頭目であった周倉を討った景狼と騎馬隊を率いて賊を殲滅した趙雲。

 賊の帰順を求めなかったのは、偏に幽州の物資不足によるところが大きい。接収しても養えないのならば、潰すのも已む無し、という事。

 

 さて、話を戻すと金銭と同時に景狼には武器の贈与が行われる事になった。

 これは彼の持つ環首刀が、景狼の技量に追い付いていない代物だから。

 公孫賛に促されて足を踏み入れた景狼は、武器庫内へと視線を走らせた。

 

(長柄は無し。斧とか掛矢(かけや)の類も使える気がしないな。なら、刀剣類か)

 

 決して良質な武器ばかりではない。ないが、それでも今の景狼の装備よりはワンランクは最低でも上の武器揃い。

 種類に関しても、諸刃の直剣や大剣、匕首や山刀、大鉈などなど。

 しかし、いまいちピンとこない。いっその事、今持っている環首刀よりも少し上の代物で妥協しようか、と思い始めた時、ふとある物が彼の視界を過った。

 それは、景狼がある意味で見慣れ、しかしその一方である筈が無い、と言えてしまいそうな物。

 

 刀箱。黒い飾り紐で封のされたソレへと、まるで光に誘われる虫の様に彼は近付いて行った。

 

 手に取れば、僅かに金属の揺れる音。封を開いて、箱を開けた。

 

「これは……」

 

 収まっていたのは、一振りの日本刀。種別としては、打刀か

 持って見れば、自然と手に馴染む。僅かに鯉口を切れば、夜陰に紛れる真っ黒の刀身がそこにはあった。

 何故あるのか、気にならないといえば嘘になるが、しかしその一方で公孫賛はこの武器庫にある物なら何でも構わない、とそう言った。

 これが良いだろう。腰の左側に差した環首刀を鞘ごと引き抜いて、手に入れた打刀と入れ替える。

 最後の一ピースが嵌ったかのような、満足感がそこにはあった。

 

 空になった刀箱と環首刀を小脇に抱えて武器庫の入り口まで戻ってきた景狼を、公孫賛が出迎える。

 

「良い物は見つかったか?」

 

「ええ、まあ……これを頂きましょう」

 

 そう言って羽織の下となった打刀を見せれば、公孫賛は少し首を傾げる。

 

「見た事のない剣だな……ここにあったのか?」

 

「そうですね」

 

「そう、か……いや、うん。最初に何でも良いと言ったからな。そっちの交換した刀はどうする?」

 

「一応、持っておこうかと。俺が、初めて戦場に出て振るった刀として」

 

「そうか、分かった。なら、戻ろう」

 

 あんな剣を置いていただろうか、と首を傾げる公孫賛だが一度吐いた言葉をひっくり返すようなタイプではない。

 

 かくして、打刀は持つべき者の手に渡る。

 異邦の得物は、異邦人の手に。

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