狼剣乱舞   作:おはぎ美味しい

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 宛ら、橙色の旋風だろうか。

 

「シッ!」

 

 一息で距離を詰めたかと思えば、次の瞬間には賊の首が飛んでいる。その切断面は滑らかで、ともすれば再び切り口を接合すれば動き出すのではなかろうか、と思えるほど。

 刀を振るって血と脂を飛ばし、鞘へと収める背を馬上から眺めて関羽は数日前の彼の自負が紛い物ではないという事を改めて理解させられていた。

 

 黄色い布を巻いた賊。黄巾と呼ばれる彼らは、大陸の各地で散発的に現れては宛らイナゴの群れの様に被害を引き起こし、官軍にある程度の数が討たれる、という鼬ごっこを繰り返していた。

 ソレはここ、幽州でも同じ事。

 関羽、張飛の加入で将の数が増え、加えて諸葛亮と鳳統の二人の軍師に因る進軍能力向上によって少しはマシになったとはいえ、もともと動員できる人数の少ない幽州ではたかが知れている。

 

 という訳で、現在の幽州軍は三軍に分けられている。

 一つは、趙雲が率いる。もう一つは、関羽。そして、最後に張飛。

 この内、まだまだ幼い張飛には、諸葛亮と劉備が付いており手綱を握る。一方で、武人然としているがその一方で頭に血が上りやすい関羽には鳳統が。趙雲は、単独でも問題ないと判断されて、一軍そのまま任されている。

 そして、景狼だが。彼は日ごとに三軍それぞれに従属するようになっている。

 理由としては、彼以外に諜報関連の動きが出来る者がいない為。

 武人の側面が強い趙雲とは違い、軍師という人間は頭脳労働こそが仕事だ。そしてこの頭脳労働に必要なのは新鮮な情報。それが正確であればあるほど、張れる戦略の網は細やかに、そして洗練されていく。

 

「か、景狼しゃん!……あうう…………」

 

「落ち着け、鳳統。偵察だな?どの辺りまで入り込むべきだろうか?」

 

「で、出来れば相手の陣容が分かると嬉しいでしゅ………で、ですが!無理はしないでください!接敵距離さえわかれば、どうとでもなりますから…………」

 

「了解した」

 

 羽織を翻して颯爽と歩きだす景狼。

 その背中を見送りながら、関羽は隣に立つ鳳統へと声を掛けた。

 

「雛里、どう見る?」

 

「……得難い人材だと、思います。武の腕前もそうですが、何より隠密に関しては募集して手に入るものではありません」

 

 この時代、得難い人材というのが、文官と隠密。

 前者は、内政に深く関わるという事で余程の信頼を置けなければ重用しづらい。後者は、相手の背後関係なども分からない場合、二重スパイを抱え込む事になりかねない。

 

 現状、劉備をトップに据えた義勇軍は、象徴(劉備)武将(関羽・張飛)軍師(諸葛亮・鳳統)のみ。後は、農民上がりの兵隊ばかり。

 その点、軍師が居らずとも一定の戦術的、戦略的な行動を師団規模で可能な趙雲と、隠密関連の仕事ができる景狼は実に魅力的な人材だと言える。

 

「確かに、趙雲は素晴らしい将だ。武人としても腕が立つ…………」

 

「やっぱり、受け入れられませんか?」

 

「……あの男の言う事が正しいのだと頭では、分かった。だが……」

 

 苦い表情をする関羽。

 彼女の懸念事項は、二日前の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それは、土台無理な話だろう」

 

「え……」

 

「厳しい事を言っているのは分かる。だが、夢を見るばかりに現実的な視点に欠けていると言わざるを得ない」

 

「貴様……!劉備様を愚弄するか!?」

 

「愚弄?真実を告げる事が、愚弄する事になるのか?」

 

「確かに、皆が笑って暮らせる世界というのは素晴らしい夢だ。実現すれば、皆が喜んでくれるかもしれない。だが!それを恒久的なモノとするのは、不可能だ」

 

「ッ――――!」

 

「愛紗さん、落ち着いてください!」

 

「だが、朱里!こいつは……!」

 

「葦名さんの言っている事は、筋が通っています。まずは、話を聞いてください」

 

「……続きを、良いだろうか?何故恒久的な平和が不可能なのか。まず第一に、この目標を掲げた劉玄徳、そしてその夢に共感した君たちは不老不死じゃない。それこそ、百年以内に墓の下だろう?そうでなくても、一定の年齢に達すれば家督を譲る筈だ。そして、どれだけ貴い考えも、時間が経てば腐敗する。漢王朝も同じ事だ。違うだろうか?」

 

「「…………」」

 

「何より、君達は自分たちの意にそぐわないものは切り捨ててきたんだろう?そこの関雲長が示してくれたように、な?」

 

「なっ、それは……」

 

「間違っている、と非難する気は無い。何なら、やり方としてはかなり合理的だ。目の前の障害を悉く切り倒せば、その後に残るのは自分たちにとって都合のいい存在だろうからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――景狼さんの仰った事は、一つの事実でもあります。そして、これから先へと進み続ければ桃香様が直面するであろう()()でもありました」

 

 淡々と述べる鳳統。

 彼女と、そして諸葛亮は劉備が今の汚れない状態を維持し続けるつもりだった。その過程での汚れ仕事は、全て自分達が受け持つ、とも。

 だが、思わぬ場所から自分たちの主へ現実(汚れ)を突きつけられる事になった。

 

「現実か……」

 

 関羽もまた、色々と見てきたつもりだ。

 悪徳官吏。野盗。貧困。飢餓。旱魃。世界はいつだって優しくなく、そして見たくもない汚さに塗れていた。

 

 だからこそ、理想を謳う劉備に惹かれる。例え彼女に、優れた知見も、武勇の腕も無くとも、それでも彼女のために力を振るおうと思わせる何かがあった。

 それは、カリスマ。それも、劉玄徳の持ち合わせた才覚は、正しく天稟。

 これから先も、彼女の夢に呼応する英傑が集う事だろう。だが、

 

「桃香様は、どうされるだろうか」

 

「何とも……」

 

 関羽と鳳統の懸念はそこだ。

 もしも、劉備が心変わりしてしまったのなら、自分達が身を投じるべき主はそこに在り続けてくれるのか、どうか。

 

 彼女らの懸念が頭を圧迫するころ、景狼が戻ってきた。

 

「この先に隘路が集合する地点があった。道幅は、人が横並びで三人通れるか、といった所だ。その隘路の先の地点で、黄巾の連中が集まっている。隘路は、五本。その内三本から集まったようだ」

 

「賊の数は……」

 

「三百前後だ。これから増える可能性もあるが……」

 

「叩けるときに、叩くべきでしょう。相手の首魁は?」

 

「張角はいない。あの都から回ってきた人相書きが正しいのなら、の話だが」

 

 黄巾を先導する首領とされる張角。

 人相書きが出回っていたが、諸将としてはその人相書きの真偽などはそこまで重要視するものでは無かったりする。

 都からの通達。必要なのは、この事実のみ。正直な話、黄巾の乱を鎮圧した上で人相書きに合致する誰かの首を献上すれば、それだけで褒美を得る事は出来るのだ。

 

 そして、時は流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お前は、行かなくてよかったのか?」

 

 心底の疑問を込めて、公孫賛はそう問いかけた。

 問われたのは、執務室の片隅に座り込み己の得物である刀を整備する景狼だ。

 

 大陸各地から追い立てられた黄巾は、冀州の平原へと追いやられていた。その道中で奪われた城を拠点として最後の反抗を行っているのだ。

 もっとも、その地には各州の諸侯が集っている。数が多いだけの烏合の衆では覆す事の出来ない差がそこにはあった。

 

 幽州の陣営もそちらへと軍を差し向けており、公孫賛の妹である公孫越を大将として、副将に趙雲。更に義勇軍の面々を混合した混成部隊を形成していた。

 だが、この軍旅に景狼は参加していない。

 

「必要ないでしょう。俺は、別に兵士を率いる技能に秀でている訳でもない。隠密関連も真正面からの戦闘、加えて他の勢力が居る状態で必要になるとは思えない。かといって、俺一人で防諜出来る訳でもありませんのでね」

 

 懐紙で刀身を拭い欠けが無い事を確認して、鞘へと納める。

 

「それに、ここ(幽州)を空にする訳にもいきませんでしょうよ。俺も、一応は客将扱いを受けてる身ですから」

 

「何なら、そのまま仕官してくれてもいいんだが?」

 

「近々旅に出ますんで」

 

「……はぁ」

 

 公孫賛は筆をおいて、椅子の背凭れに体を預けて天井を見上げる。

 彼女の目下の悩みは常に背中をついて回る人材不足。

 今でこそ、関羽、張飛、趙雲の武将や、景狼という隠密。軍師の諸葛亮と鳳統が居るが、如何せん彼女らが仕官してくれる気配はない。

 これは、公孫賛の能力が他に劣るから、という理由だけではない。

 

 確かに、彼女のカリスマ性は関羽たちを魅了した劉備には劣るだろう。しかしだからといってその他の能力迄劣っているだけではない。

 ただ、真面目な彼女にとって統治するのは幽州という土地のみ。言っては何だが、雄飛しようという野心が足りていない。

 幼少期より天才を間近で見続けてきた弊害というものだが、とにかく彼女の自己評価が低すぎる事が原因の一端ではある。

 

「……人手が足りないな」

 

「いっその事、逃げ出してしまえば良いんじゃないですかね?」

 

「え……」

 

「確かに貴方は背負うべき立場の人間です。だからといって逃げちゃいけない訳じゃない。無理に抱えて、その先に待っているのはこの時代、死だけでしょうし」

 

「逃げる…………だが、それは卑怯じゃないか?」

 

「卑怯?……フッ、勝手に相手が抱えさせてきたものを放り出す事で受ける罵りなんて、そよ風の様なもの。言わせたいように、言わせておけばいい。そんな輩は、直ぐに消えるでしょうしね」

 

 事も無げにそう言う景狼。だが、その一方で公孫賛としては新鮮な視点でもあった。

 

 彼女の周りには、大望を持つ者が多い。

 劉備然り、私塾の同期然り。

 だからだろうか、自然と自分自身が多くを抱え込む事も抵抗が無かった。そして、なまじ天才ではないとはいえ、秀才程度の才覚を持つ彼女は抱え上げたものを少しは零してしまっても、それでも手放す事だけはしなかった。

 

(逃げる、か…………)

 

 直ぐには出来る選択ではない。

 だが、この増えた選択肢が後に多少の変化を齎す――――かもしれない。

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