狼剣乱舞   作:おはぎ美味しい

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 黄天、堕ちる。

 大陸各地で燃え上がった黄巾の乱は、後の世に煌めくであろう諸侯の手によって討たれた。残党も青洲方面へと逃れる、或いは有力者の下へと降る事になる。

 各地で宴やら何やらが行われ、戦勝ムードに沸く中で幽州でもまた大きな宴会が開かれていた。

 

「はっはっはっは!飲んでおられますかなー?景狼殿ー!」

 

「酒臭い……」

 

 顔を赤らめるほどに飲みながら、絡んでくる趙雲を支えつつ景狼は果実水の入った杯を傾ける。

 宴会場の壁際に座り込む彼は、ぼんやりと騒ぐ者達を眺めていた。

 最後の決戦に参戦しなかったとはいえ、彼もまた幽州内の賊掃討には尽力した立役者の一人。騒いでいる一団の下へと向かえば、遠慮なく歓待される事だろう。

 だが、如何せん騒いでいる者たちは遠慮なく酒をどんどん注いでくる。

 

(訳の分からない世界だ)

 

 景狼自身、歴史に詳しい訳ではない。三国志をピンポイントになど言わずもがな。

 だが、並んでいる数々の料理や酒類の多さに関しては違和感を覚えても何らおかしい事ではない。

 

 例えば、ラーメン。中華料理に該当しそうだが、どちらかというと日本食と呼ぶ方が正しい。その歴史の始まりは明治のころに中国より伝わってきた麵料理だとか。

 要するに、日本人がイメージするラーメンは中国には無い。それが、三国時代ならば猶の事。

 

 だが、ソレが確かにこの宴会場にはあった。景狼も一杯貰ったが、食べ慣れた味。

 その他にも、日本の中華料理とも言うべき品が多く並んでいた。無論、中国独自のモノもある。狗鍋など。

 

 胡坐をかいて頬杖をつき、景狼は思考を打ち切った。

 どれだけ考えても分からないものは、分からない。寧ろ、長考は場合によってはドツボにはまるだけ。

 そろそろ料理でも取ってこようか、と視線を走らせ、

 

「隣、良いですか?」

 

「うん?劉玄徳?」

 

 声を掛けてきた劉備に、景狼は首を傾げた。

 あのいつぞやの夢の否定的な意見を向けてから、彼女は景狼を避ける様子があった。そして、景狼側も特に追求せずに距離を取っていたのだ。

 そんな彼女が、義姉妹の二人や軍師組を連れていないのは少々違和感があった。

 

「……星ちゃん、眠ってますね」

 

「大分酔っていたからな。人の足を枕に、いい気なもんだ」

 

 組まれた景狼の足を枕に、何やらもごもごと呟きながら寝息を立てる趙雲。

 そんな彼女に呆れつつ、景狼はその艶の良い水色の髪を撫でる。

 出会って今までの付き合いであるからか、二人の距離感は結構近い。

 

「景狼さん……その……」

 

 言いよどむ劉備。その様子にはいつもの快活さとも言うべきものは見て取れない。

 景狼は橙色の羽織を脱ぐと趙雲へと掛けてから、壁へと背を預けてのんびりと彼女の踏ん切りがつくのを待つ構え。

 宴会場の中心は、更なる盛り上がりを見せており飲み比べが白熱しているらしい。歓声が上がっていた。

 

「……アレから、色々と考えました」

 

「ほう?俺はてっきり、諸葛孔明辺りが適当に言いくるめたかと思っていたけどな」

 

「朱里ちゃんは、そんな事しません!…………私、何も見て無かったんです……」

 

 ともすれば、宴会場の騒音に紛れてしまいそうな小さな声で劉備の独白は続く。

 

「ただ漠然と、平和な世界が欲しかった。皆が笑って暮らせるような、そんな世界が…………でも」

 

 この戦いを通して、劉備は今まで見て来なかったモノを見てきた。

 剣こそ持っているが、彼女自身にその心得は無い。正直な所、彼女の優れた面というのはその圧倒的なカリスマ、求心力位で、頭脳並びに武力は人並み程度。

 ある意味では恐ろしい力だ。もし彼女が、本気でこの世界をどうにかしようと考えたら彼女自身は脅威とならずともその周りを囲む者達は化物揃い、のような軍勢がこの大陸を席巻しかねなかっただろうから。

 

「私、私塾でも特別成績が良かった訳じゃなくて…………だから、難しい事は朱里ちゃん達に頼りっぱなしで……剣も愛紗ちゃん達に頼ってきたんです……」

 

「…………別段、ソレが間違いという訳でもないだろう?俺だって軍略云々はさっぱりだ。剣は振るえるが人を率いた経験が無いからこそ、冀州の方にも行かなかったんだから」

 

「でも、景狼さんは命の重みを、背負ってますよね?」

 

 思わぬ指摘に、景狼は眉を上げた。

 劉備の指摘通り、彼は自身が手に欠けた者達の顔を、そして殺された際の恨み言を一言一句覚えていた。

 そのほとんどが断末魔の短いものだが、手に残った肉を切り裂き、貫く感触と命の火が消える冷たさを忘れたことはない。

 それが、葦名景狼にとっての唯一の弔いだったから。欲を言えば、一人一人に墓を建てたい所だが精々が彼らの得物を地面に突き立てる位しか出来ない為、だからこそ一人一人を覚えていた。

 

 武将たちにしてみれば、雑兵の一人一人を覚えている事など無いだろう。それは彼女らにとって日常であるから。

 だからこそ、景狼はこの事に気づかれるとは思っていなかった。

 

「…………まあ、色々とあるんだ。自分が殺した者達を忘れない。それが俺に出来る唯一の弔いだからな」

 

「私は、これまで一度もそんな事を考えたことがありませんでした」

 

「それは……仕方のない事だろう。それが、君達の価値観であって――――」

 

「――――それじゃあダメなんです……!」

 

 血を吐くような声色で、劉備は景狼の言葉を遮った。

 

「知らない事と、知ろうとしない事は全く違います……!」

 

 現実(汚さ)を知って、潔白だった少女にはある意味(信念)が付いた。

 漠然とした夢物語ではなく、地に足着いた上で星を掴まんと手を伸ばす。そんな一人の王としての自覚とでも言うべきか。

 もっとも、劉備はまだまだ殻も取れていない雛鳥だ。

 

「景狼さん……!」

 

 深い翡翠のような瞳が青年を捉え。その左手を取り、身を乗り出す様に少女は顔を近づける。

 だが、同時に景狼は嫌な予感というものも覚える。

 

「どうか私の、ご主人様になってください!」

 

「いや、人聞き悪いな」

 

 景狼は自分の頬が引き攣るのを感じた。

 そもそも、

 

「俺は、この国の外から来た人間だ。この国でどうこうしようとする野心なんてものはない。言ってしまえば、対岸の火事だからだ」

 

 これに尽きる。

 葦名景狼は、意図せずにこの世界へとやってきた。それも唐突に、何が原因なのかも分からない。

 その為、これまた何の理由もなしに元の世界へと放り出される可能性もあった。

 それらを抜きにしても、責任者など御免被るというもの。

 

 だがしかし、劉備は折れない。

 

「他国の人だからこそ、です!朱里ちゃんも、特別な視点がある方が良いって言ってました!」

 

「……とにかく、断る。頼るのなら、もっと別の奴にしておけ。俺は、面倒は御免だ」

 

「いやです!諦められません!それに、ここで景狼さんと出会ったのは運命に感じるんです!」

 

「圧が強い…………とにかく、お断りだ」

 

「景狼さん!」

 

「嫌だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物はそれ程多くはない。

 これまでの働きで得た給金を使って、街の職人に作らせた頑丈な革の背嚢に一通りの食料など荷物を詰め込んでから、景狼は立ち上がった。

 今は、日の出前の薄暗い時間。昨日の内に、公孫賛には幽州を去る旨を伝えており、別れの挨拶も済ませていた。

 抜き足差し足忍び足。音もなく城を抜け出して、向かうのは南。

 問題となったのは、景狼の地理状況への知識の無さだ。という訳で、向かったのは幽州へと来る時に通った街道。

 

(南に向かえば、冀州だったか)

 

 幽州から迎えるのは、主に二ヵ所。

 一つは、冀州。袁家の力が強い地で、その一方で決して統治に優れている訳でもなく、黄巾の最後の抵抗が行われた地でもある。

 もう一つが并州。こちらは北方民族などからの圧が強く、前漢時代には一度割譲されたりもしていたり。

 

 特別急ぐ旅路でもなく。のんびりとした足取りは、しかし唐突に止まる。

 

「…………てっきり、劉玄徳辺りに就くのかと思ったんだがな」

 

「ふふふっ、確かにあの御仁は徳のあるお方。貴方の言葉に揺らいでもそれでも崩れず、真っ直ぐと伸びる面がある。しかしながら、私としてはやはり興味をそそられる方へと付きたいものでして」

 

 白い衣装を揺らして不敵な笑みを浮かべる趙雲。

 彼女を少しの間見つめて、景狼は肩を竦めてから歩き出す。そして、そんな彼の隣に趙雲は並ぶ。

 

「変わり者だな」

 

「それは、景狼殿もそうではありませんかな?あのように見目麗しい女性に言い寄られて、袖にしたのですから」

 

「…………起きてたのか?」

 

「偶然、小耳に挟みまして」

 

 しれっとそんな事を言う趙雲。彼女の肝の太さは、やはりかなりのものである。

 ため息を吐く景狼だが、しかし別段追い返す様な素振りも見せない。これは、趙雲がこの場に居るという時点で色々と手回しは終えていたのだろう、と一種の信頼があったから。

 とはいえ、旅は道連れ。一人で黙々と歩き続けるのも悪くはないが、しかし誰かと共に行くのも良いだろう。

 そう、景狼が内心で割り切っていれば、ふと趙雲が口を開く。

 

「ああ、それから。これからは私の事を、真名である“星”とお呼びください。宜しいですかな?」

 

「…………唐突だな。真名は、君達にとって大切なものなんだろう?」

 

「ええ、勿論。だからこそ、貴方に預けるのですよ」

 

 横目に趙雲、いや星の横顔を確認し景狼は頬を掻いた。

 彼女には既にこの国の文化、即ち真名に関する話は既に終えていた。自身が馴染みなく、ある意味では名前こそが真名である、と。

 その折に、彼女の真名を受け取らなかったのは、偏に騙し討ちのような形で自分の大切なものを差し出させるのは卑怯だと思ったから。

 

 かくして、始まる二人の旅路。一先ずの目的地は、袁家の治める冀州の地。

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