狼剣乱舞   作:おはぎ美味しい

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 冀州。名族である袁家の治める土地であり、同時に漢の重臣としてその勢力規模だけで見れば国内随一であるだろう。

 

「…………あまり、栄えてはいないようだが」

 

「当然でしょう。冀州は税が重い上に、その大半を袁家とそれから袁家に阿る商人貴族、豪族が握っておるのですから」

 

 適当な飯屋に入った景狼の感想に、趙雲の補足が飛ぶ。

 冀州へと足を踏み入れた彼らを待っていたのは、中々に荒れた領土だった。

 

「遅かれ早かれ反逆されそうだが……」

 

「ええ、ここは軍の数が多い。動員できる兵隊を回せば、それだけで民の反乱の芽を潰せるのでしょう。何より、袁家の財力はこの国の中でも上澄みも上澄み。その金を利用して商人や貴族を抱き込む事でより富を得ているのです」

 

「そして得た財力は全て私腹を肥やすために使う、と。権力者ってのは、どうしてこうも…………まあ、俺がとやかく言う事でもない、か」

 

「私としては勧められませんが……売り込みますかな?」

 

「冗談だろう?俺は善人じゃないが、それでも好き好んで生臭い世界に飛び込みたくはないぞ?」

 

「はっはっは!でしょうな。私としても、袁家には足を踏み入れたいとは思えませんので。でしたら、次はどちらへ?このまま南下を続けるのでしたら、兗州、豫洲、揚州、荊州などがありましょう。南西へと向かえば司隷へと向かえますが」

 

「…………一度、この国の都を見ておくとしようか」

 

 頼んだ麺類を啜りながら、景狼はそう結論付けた。

 正直な所、冀州で見るべきものは殆ど無い。彼の感想でしかないが、この土地は典型的な馬鹿が権力を持ってしまった結果がそのまま如実に表れてしまっているから。

 そして、そこまで分かればこの先で見れるのは基本的に富んだ一部と、不況にあえぐ民たちだろう。

 

 気ままな二人旅。彼らは義賊ではないのだ。

 そもそも、如何に悪政を敷いていようとも官吏を殺してしまえばそれは漢そのものへと弓を引く事に他ならない。

 趙雲も景狼も、その辺りは気にも留めずにやってしまいそうな面もあるが、それでも今がその時という訳でもない。

 

 頼んだ料理を食べ終えて、食後の一服と茶を頼んだ所で店内に新たな客が入ってきた。

 

「へへっ、今日はあたいの奢りだからな、斗詩。じゃんじゃん頼んでいいぞ!」

 

「ほ、本当に良いの?文ちゃん。折角だから、そのお金は貯めて私もお金出すけど……」

 

「遠慮しなくて良いって!」

 

 女性の二人組。快活そうな水色の髪に金色の鎧を纏った女性と、黒髪おかっぱで同じく金色の鎧を纏った女性だ。

 二人は、景狼たちの近くの席に腰を落ち着けた。

 そして、彼女らを横目に確認した趙雲はこそりと景狼へ顔を近づけ口元を僅かに隠すように告げる。

 

「袁家の二枚看板と称される御二人ですな。中々の使い手、だとか」

 

「…………派手な鎧だな」

 

「袁紹殿が派手好きらしく」

 

「鎧にどれだけ金をつぎ込んでるんだか……」

 

 景狼からの袁紹軍に対する評価が更に下がった。これならば規模も小さく、制限の多い幽州の方がまだマシだ。

 とにかく巻き込まれては堪らない、と立ち上がり、

 

「待ちな!」

 

 引き留められる。

 見れば、あわあわと慌てるおかっぱの女性と、何やら剣呑な雰囲気を漂わせる水色髪の女性が、席を立った二人を見ていた。

 

「あたいの目は誤魔化せないぞ。お前らかなり強いな?」

 

「ほほう?かの有名な袁家の二枚看板の片割れにそう言ってもらえるとは、冥利に尽きるというものですな」

 

「えっ、そ、そうかな?」

 

 趙雲の世辞交じりの賛辞に、しかしその中に含まれた毒に気付かない彼女は照れたように頭を掻く。

 単純な性格らしく、それだけで目に宿っていた剣呑な気配というものが解れてしまっていた。

 

「……んんっ!お前たち、麗羽様……じゃなくて、袁紹様に仕える為に冀州に来たのか?」

 

「いやいや、私たちは流浪の身。何より、ここにはこの御仁を案内するために訪れた次第でありまして」

 

「ん?この男をか?」

 

「然様です。彼は漢より外からいらっしゃいまして。これから司隷へと向かおうか、と話していたのです」

 

「まあ、そういう事だ。一度、都を見ておきたいと思うのは当然の事だろう?」

 

「んまあ、それもそっか」

 

 納得したのか女性は頷く。そしてこの間にしれッと互いの名前を呼びあわないという小細工を弄する二人。

 アイコンタクトで、逃げるように動き始めていた。

 

「もう良いだろうか?君もそろそろ料理が来るだろう?俺達は既に食べ終えているんだ。長居するのは店にも悪い」

 

 自然な動作で背嚢を背負い直し、景狼は歩き出す。その後をにこやかな笑みを浮かべて二人へと手を振った趙雲が付いていく。

 彼らを見送り、水色の彼女、文醜は先程までの事をスパッと忘れてしまったのか席に戻っていた。

 そんな彼女に、顔良は首を傾げる。

 

「あ、あの、文ちゃん?」

 

「んあ?」

 

「いや、何であの人たちに声を掛けたのかな、って」

 

「……ああ。何か、あの二人にヒソヒソ言われてる気がしたんだよなぁ。それにほら、強そうだったし。だから、麗羽様の所に連れてったら、真直も喜ぶかと思ってさ」

 

「真直ちゃんが?」

 

 文醜の言葉に、顔良は改めて先程の男女の姿を思い出す。

 彼女もまた、武によって身を立てる立場。その為、相手の技量というものもある程度は察する事も出来た。

 

「……男の人で強い人は、珍しいね」

 

「だよなぁ。やっぱり惜しい事したかな?何ならこれから追いかけて「お待たせしましたー」……来ちゃった」

 

「うーん……ご飯も冷めちゃうから、先に食べちゃおう」

 

「そうするか」

 

 一度立ち上がってから座り直した文醜。

 元々頭の弱い彼女は料理を食べ始めて暫くすれば、先の懸念も忘れてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時代、主な移動手段は徒歩か馬。河川があれば渡し舟等もあるが、これら移動手段はどちらかというと大陸内でも南部が主流だろう。

 

「よろしかったのですか?」

 

「何がだ?」

 

「司隷へと向かうとおっしゃったではありませんか。にも拘らず、この道は兗州へと通じる物なのですが?」

 

「ああ、それか」

 

 街道を進みながら、景狼は顎を撫でた。

 文醜達には司隷へと向かうと言った彼だが、何故だか現在進んでいるのは兗州への道。

 一応、漢の中心でもある司隷へは兗州を通っても向かえるが、しかし冀州から直接赴くのに比べて遠回りである事は確か。

 

「現状の漢の中で力のある勢力は何処だと思う?」

 

「ふむ……やはり、袁家ではありませんか?袁紹殿、並びにその従妹である袁術殿は互いに反目しているとはいえ有する財力はかなりのものかと」

 

「なら、そこに次ぐとすれば何処だ?」

 

「そちらならば、荊州の劉表殿、或いは兗州……成程、景狼殿が気になったのはかの御仁でしたか」

 

「正確には、その官吏の統治の具合を見ておきたかった。貧乏な所、そして裕福な所。それぞれ見てきたのなら、これから成り上がる可能性がある場所を見ておくのも悪くないだろう?」

 

「ふふっ、伯珪殿も頑張っておられるのですから、手厳しいお言葉も程々がよろしいかと」

 

「彼女もなぁ……身の丈以上の荷物を背負っても潰されるだけだろう」

 

 景狼が思い浮かべる公孫賛は、正直な所為政者に向いていない。

 クラスのリーダーとか、小規模の集団を纏める程度は出来るかもしれないが、州牧などの舵取りが必要になる立場は力不足を否めない。

 これは、彼女の気質に因る所が大きい。そもそも切り捨てる立場というのに向いていなかった。

 

 趙雲としても、別段気紛れではないのなら反対する理由も得には無い。

 そこで彼女は、ふととある噂を思い出した。

 

「そういえば、兗州の御仁は同性愛者だとか。男嫌いで、気に入りの乙女を側に置き、その陣営は末端の兵は兎も角、幹部は全て女人である、という噂がありますな」

 

「へぇ?……なら、君も気に入られれば手籠めにされるかもしれないな、星」

 

「御冗談を。この趙子龍、一度心に決めたお方を裏切るような事は致しませんので」

 

「…………初耳だな、それは」

 

「初めて言いましたので」

 

 いけしゃあしゃあとそんな事を言う。

 彼らが向かうのは、未来の覇王を志す者が治める土地。

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