狼剣乱舞 作:おはぎ美味しい
漢の威光が衰えをみせる今日この頃。
如何に統治を行き届かせようとしても、物理的な無理というものが生じる。
その一つとして、州それぞれの端で起きる野盗だろう。
軍の移動には一定の準備と、そして日数を要するという特性上どうしたって賊徒の討伐には時間がかかる。
「二十七……!」
「ふはっ!マメですなッ!!!」
背中合わせとなりながら、それぞれに得物を構える趙雲と景狼。
二人を取り囲むのは、貧相な身なりをした男たち。
彼らが兗州へと足を踏み入れて、そのまま道なりに進んだ結果辿り着いた村が、この賊徒の群れに襲われていたのだ。
流石に数が多いとはいえ、見てみぬ振りも出来る筈もなく応戦。村人たちは、村の中心部にあった集会場へと集めた上で二人は、八面六臂と言わんばかりの活躍を見せていた。
「さあ!かかってこい!私の槍を恐れぬのなら!!」
「…………」
神速の突きによって瞬く間に賊を穴だらけにしていく趙雲と、音もなく背後から心臓を貫いて賊を沈黙させていく景狼。
数など欠片も考慮されない実力差がそこにはあった。とくれば、当然ながら卑怯な手段へと走ろうとする者は現れる――――のだが、
「ぎゃああああああああ!?」
村人を人質にしようとした男の肩へと粗末な直剣が突き刺さった。
投げたのは、景狼。足元に落ちていた直剣を踏みつけて跳ね上げ、キャッチと同時に投げつけていた。
悶絶する賊を、趙雲が追撃。槍が空気の壁を突き破って、その穂先は肉を貫き、骨を穿つ。
圧倒的だ。だが、やはり数というものの力というのも侮れない。
(逃げてる相手までは、追えないか……)
一人、また一人と斬り伏せながら、景狼は遠目に尻込みして逃げようとする者達を見送る。
突発的な戦闘になってしまった弊害として、二人は相手の総戦力を知らない。もし仮に、今闘っている相手が先遣隊で、尚且つ本隊が間近に迫っているのなら数の暴力で磨り潰される。
懸念は残る、がここまできて尻尾巻いて逃げ出す選択肢など取れない。
二人合わせて百を超える数は斬って、穿っただろうか。それでも逃がした人数が少なからず居るのだから、世に悪人の種は尽きない。
「……ふぅ……かなりの数でしたな」
「ここが、冀州との境目の近くだからじゃないだろうか?そこであぶれた者達が、こうして徒党を組んで彼方此方に出没しているんだろう」
「はぁ……何とも。官吏の贅沢は、平民の苦境、と言った所ですな」
荒れていた息を整えながら、趙雲は改めて転がる賊の亡骸を見つめる。
粗末な身なりだ。決して正規の軍人崩れではなく、已むに已まれず賊へと身を落とした平民たち。その手足はやせ細っていた。
景狼も趙雲も、思う所はある。しかしだからといってその感情を優先したとしても、その先が無い。
二人は現状何処にも所属していない上に、旗揚げする気も無い。そんな人間が数百規模の人間を抱き込んだとして、その先に待っているのは意味のない死だっただろう。
今ここで死ぬか、少し先で死ぬか。それだけの違い。どちらが良かったか、など最早机上の空論に過ぎない物だった。
「……とりあえず、死体の処理をしなくては。そこらの山に捨てる訳にもいくまい?」
「そうですな。下手に獣が人の味を覚えれば……悍ましい事になるでしょうな」
顔を見合わせて、とりあえず処理をするための道具を借りようと固まって縮こまった村人たちに声を掛けようとした景狼は、不意に別方面へと顔を向ける。
目が閉じられ、耳へと意識を集中させる。
「景狼殿?」
「何か来る。団体だな」
「……賊の本隊でしょうか?」
「分からない。ただ……騎馬が居るらしい。騎馬隊か?」
より正確に聞くために地面へと耳を当てて音を探る景狼。
起き上がった彼は、とある方向を見やった。
@
大陸の覇権を狙う、曹操。
文武両道であり、才能の塊のような彼女だが一個人だけでは出来る事にも限界があった。
特に顕著なのが、人材不足。
彼女の野望を達成するには手足が足りず、しかし生半可な人材を継ぎ足すのは彼女自身のプライドが許さないというジレンマ。
そして、この陣営の内情は身内である幹部面々にも知れ渡っていた。故に、遠征先などでこれこそは!という者を見つけるとスカウトせずにはいられない。
「こ、れは……」
常に怜悧な表情を崩さない夏侯淵は、目を見開いていた。
彼女と、それから副官である典韋の二人は、数日前に報告を上げられた規模の大きな賊の討伐の為に一軍を率いてやってきた。
だが、辿り着いた先では幾つも転がる賊の死体と、それからその向こう側で集められた村人たち。
そして、彼らを守る様にして武器を構えた一組の男女が居た。
(十中八九、この賊を討伐したのはあの二人……しかし、これほどの人数をたった二人で……)
夏侯淵もやろうと思えば、出来るだろう。だがそれは、彼女がこの大陸でも有数の武将であるからに他ならない。
それはつまり、件の二人もまたその領域に在るという事。
とはいえ、まずはこの状況をどうにかせねばならない。
馬より降りて、一歩前へと踏み出す。
「我が名は、夏候妙才!主である曹孟徳への嘆願を受け、派遣されてきた!故に、仔細をお聞かせ願いたい!代表者を立ててもらえるだろうか!」
凛とした声だ。
夏侯淵の言葉に反応したのは、村人たちの前に立った二人。
何やらひそひそと話し合いをすると、それぞれ槍と刀を下した。そして、夏侯淵たちを警戒しつつ村人たちと何やら話し合いを始めた。
程なくして話がまとまったのか、前に足を踏み出したのは腰の曲がった老人と、それから件の二人組。
死体の間を縫うように進み、やがて夏侯淵から少し離れた地点で止まる。
「私が、この村の長を務めさせていただいております。こちらのお二人は、旅の途中で偶々この村へと立ち寄り山賊たちを討ってくださいました」
平身低頭。その場に膝をつく事こそ無いが老人は恐縮しきりで頭を上げようとしない。
身分問題などを加味すれば、分からなくもない反応だ。夏侯淵は老人から顔を上げると、主目的となった二人へと目を向けた。
「まずは、我が主の領民を救っていただき感謝する。ついては、少し話を聞きたい」
「その前にこの死体の山を処理する方が先だろう?」
「それは、こちらでさせてもらおう。そもそも、我々はこの賊を討つべく派遣されてきたのだから」
「ふむ……なら、俺達は勝手をしてしまった、か?」
「いや、急いだとはいえこちらは間に合っていなかった。お前たちが居なければ、まず間違いなくこの村は暴虐の限りを尽くされていただろう」
どれだけ馬を飛ばそうとも、間に合わないものは間に合わない。その状況というのを、夏侯淵はよく知っていた。
それ故に、あまり歓迎される事ではないが余所者が賊を討ったとしても彼女はとやかく言うつもりはなかった。某猫耳軍師などはその限りではないかもしれないが。
「出来れば、貴殿らの名を聞いておきたいのだが……」
「……我が名は、趙子龍。そしてこちらは――――」
「葦名景狼」
「成程、槍の名手とされる常山の昇り竜……そして、そちらはこの国の出身ではないのか」
「ええ、その通りです。彼の案内として幽州、冀州と回り今回兗州を訪れた次第でして」
「そうだったか……それは、申し訳ない事をしてしまったな。我々がもっと早くに動けていれば兗州を訪れてすぐに、賊に襲われる事も無かっただろう」
「いえいえ、そうは申されましても先の黄巾の例もある様に今はどうにも乱れた時分の様。如何なる傑物であろうとも、出来ぬ事もあるでしょう」
「だな。それはそうと、夏候妙才殿」
「なんだ?」
「積もる話があるのも分かるが、まずは現状の回復から始めないか?荒事を熟してきた俺達は兎も角、村人たちは死体を見続けるのも精神的な負荷になるだろうからな」
「……そうだな。詳しい話は、後にするとしよう」