元俳優、タヌキVtuberに転生する   作:桜 寧音

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1章 2024/1~2/29
俳優からの転身


 挫折ってなんだろうか。

 夢が叶わなかったこと、諦めざるを得なかったこと。その辺りが挫折だろうか。

 俺の場合は、挫折させられた、が正しい。

 俳優になりたくて高校の時からバイトをして資金を集めて劇団の稽古を受けたりして。高校卒業と同時に劇団に入って劇やちょっとしたドラマのエキストラで役をもらって。

 ようやく。ようやく劇で名前付きの役をいくつか貰えて。それこそ俳優にとっての登竜門とも呼ばれるような特撮のメインキャストに内定していたのに。

 

 その俳優の道が閉ざされた。

 俺が何かやったわけじゃない。俺の入っている事務所の女優が、やらかしたせいだ。

 ただ女優がやらかしただけなら俺に被害はなかったはずだ。でも俺の事務所が小さいところで、しかもやらかしたのが大物男優との不倫。しかもその男優は元アイドルから俳優になったような女性人気の高い男優で、しかも既婚者子持ち。

 こっちの女優はまだまだ駆け出しの、若さと顔しか取り柄のない人間。そんな人間が不倫をして、しかもお腹の中に子供がいると言う。これに相手の奥さんが大激怒して裁判沙汰になっている。そのせいで俺の事務所は大打撃を受けた。

 

 信用を失った弱小事務所は仕事を得ることはできず、社員も俺たち俳優も全員が路頭に迷うことになった。事務所を退所しようと信用ならんと他の事務所にも受け入れて貰えず、俺も特撮の役は降板になった。というか、俺の俳優人生は終わりを迎えたと言ってもいい。

 他の事務所もダメ。演技分野で声優もダメだった。スーツアクターとかも何もかも、『やらかす奴と同じ事務所だった』という事実だけで全部断られる。これが大手の事務所だったらそれまで積み上げた信頼などでどうにかなったかもしれないが、そんなものがない零細事務所では頼れるところはなかった。

 

 今日、正式に特撮の降板が告げられて俺は俳優人生が終わったと自覚した。だからこそ社長と今後の人生について話すことになる。

 芸能界は、どこも受け入れてくれないだろう。それなら東京に残る意味もない。だから田舎に帰ろうかと思っていたところに社長から一つの提案がされた。

 

「なあ、住吉(すみよし)。ヴァーチャル配信者って、わかるか?」

「動画配信サイトでキャラクターに成り切って配信する人たちですよね。ここ最近すっごく人気の」

「そうそう。お前、そのヴァーチャル配信者にならないか?」

「はい?」

 

 社長が言うには知り合いにそのヴァーチャル配信者であるVtuberを手掛けている会社の社長がいるらしい。その社長もウチの事務所のようにまだまだ新進気鋭。ライバーの数を増やしたいらしくて、仮にも特撮に選ばれるような有望株が田舎に帰ってしまうことを嘆いたそうな。

 配信をするということは、演技をすることだ。一つの役に『成る』ことだ。だから元俳優とか元声優も業界にはそれなりにいるらしい。

 初期費用──配信に必要なパソコンやキャプチャーボード?とかマイクとかミキサーとかをウチの社長が退職金代わりに援助してくれることになった──も気にしなくて良くて、家賃や最初の三ヶ月分の給料は雇ってくれる会社が援助してくれるらしい。そのため最初の一歩はかなり整えてくれるのだとか。

 

 社長がここまでやってくれるのは俺がこの事務所の出世頭だったからだろうな。俺ともう一人くらいしかオーディションで受かるような俳優がいない、そんな小さい事務所なんだから。

 田舎に帰って就職活動をするというのも微妙だったので社長の申し出を受け入れることにした。

 俺は最初の夢が叶うことはなかったけど、無職にならないで済むなんて幸運なことだろう。持つべきものはコネだなと思った。

 

────────

 

 俺がVtuberとしてデビューすることは早々に決まった。新しい事務所のエクリプスが手を回すのが早くて俺のこれからの立ち位置などを決めていたら絵師さんに話がすぐに通って、その人も速筆だったためにデザイン画がすぐに出来上がって女の子二人と同じ日にデビューと相成った。

 これをこの業界では同期と呼ぶらしい。逆に一日でもデビュー日が違ったら同期じゃないらしい。同じ劇団にほぼ同じ時期に入った人間なら(すべか)らく同期になる俳優の世界とは随分と違うなと思った。

 既にSNSや公式サイトで俺の姿は公表されている。シルエットではあるものの俺が演じるキャラクターはもうお披露目されている。

 

 その姿を見てファンはどういう人物かを予想する。のだが、俺はその発表の段階でちょっと燃えてしまっている。炎上ってやつだ。

 俺は自分が演じるキャラクターを念入りに設定した。エクリプスの社長やマネージャーからいいねと言われてあとは俺が演じるだけだ。

 だが、ちょっとした誤算があった。俺と一緒にデビューする相手が二人とも女性だったことだ。

 何故だかこのVtuberという業界は男女が一緒に活動することをやけに嫌う風潮がある。事務所から男女どっちのライバーも発表されていて、若干女性の方が多いとはいえ、同じ会社に男女がいるんだから一緒に仕事をすることはある。なのに男女一緒のデビューが嫌われる理由。

 

 簡単な話だ。俺の俳優の時の事務所と同じことをファンは心配しているんだ。

 つまり『同期として距離感の近い存在になって、その女の子たちと恋人になる』ことを異常に警戒している。一昔前のアイドルのような勝手な聖域にしようとしている節があるらしい。

 その話は事前調査で知っていた。知っていたからこそ俺はそういう心配がないようにキャラ設定を作り上げたのに。エクリプスの社員たちはもちろん、同期の彼女たちや先輩たちからもこれで炎上するならどないせえっちゅうねん、みたいな心配する声を掛けて頂いた。

 普段はそんなに心配されるような出来事ではないらしい。実際先輩方でも男女でデビューした人たちもいて、その人たちは別に炎上していない。仲の良さを見せつけて受け入れられているのに。

 

 これには深くもない理由がある。最近ニュースになりがちな不倫騒動だ。

 

 俺の元いた事務所のバカ女がやらかしたせいで芸能界では不倫という言葉にかなり敏感になった。そこからリークが大量発生して毎日のように誰々が不倫していたとか、スクープ写真が挙げられるとか、熱愛カップルは本当に熱愛かみたいなくだらないことで盛り上がっている。

 芸能界の表でそれだ。結構アングラ気味のVtuber業界でも同じような現象が起こっている。折角推している人たちが奪われないようにと過剰反応してしまっている状態らしい。わざと火種を大きくしたり対立煽りとかも起きていて、そういうのが好きな人がいるというのはなんというか、馬鹿らしい。

 こういう人たちが努力をしている人を潰すんだろうな、とも思う。努力が上手く結ぶなんてあんまりないのがこの芸能界だ。夢がないな。一発当てる宝くじみたいなものだ。

 どうでもいいか。

 

 

 俺は人間を辞める(・・・・・・・・)んだから。

 

 

 

 同期二人の初配信が終わる。初配信を一人一時間ずつやって、そのリレーをして最後が俺の番というわけだ。俺を最後にしたのはSNSで炎上騒ぎになったから最後に面倒なものを持ってきただけ。俺がトップバッターでも真ん中でも、その後に配信する人が気まずくなりそうだから俺が率先して大トリを務めることにした。

 待機場では既に俺への罵詈雑言が溢れている。あーあ、バカなことやってるなぁ。

 昨今、SNSでの罵詈雑言も監視されている。摘発対象なのに。

 

 言葉はナイフになる。それを知らないなんて声高に言う人間がいたらきっとその人は人間社会で生きていないんだろう。俺たち2.5次元(ライバー)よりもきっともっと薄い次元で生きているに違いない。

 そういう対処は会社側に任せよう。俺は配信をするだけだ。

 この直前というか、トップバッターの女の子が俺に言及したせいでかなり燃え上がっていてその女の子からも謝罪の連絡が来ているけど、ちゃん付けしただけで彼女のコメント欄も荒れるのは予想できなかった。

 まあ、しょうがないだろう。その子はまだ高校生。どこまでがアウトラインかなんて俺たちでも予想できなかったんだから彼女を責めるべきじゃない。

 阿鼻叫喚になっている中でも、『僕』を信じてくれているファンのために始めよう。

 

「初めまして。秘境の里へようこそ、歓迎しますよ。僕の名前は絹田狸々(きぬたりり)。どうぞよろしく」

 

『早よ辞めろ』

夏希(なつき)ちゃんに手を出すな』

『マジで獣畜生やん』

『声低っ』

『FORの最後の一人やな。動物シリーズ最後の一画』

『目がめっちゃクリクリ!技術すご!』

『絵と合ってるかって言われると微妙だけど、割とアリ』

 

 うん。コメントをちょこちょこと見るけど、好意的な発言と否定的な発言が半々ってところだな。

 声が低いのは、それはそう。声を作ってもずっとそれで演じるのは無理だからほぼ地声だ。で、俺の地声は結構低めだから可愛らしい見た目には似合わないだろう。

 そう、俺はタヌキの顔をしている。というか全身タヌキだ。設定上の身長も75cmしかないという正真正銘の動物アバターなのである。

 

 これが俺が真剣に炎上を回避しようとした手段。そもそも人間じゃないんだから恋愛関係にならないよね、スタイルである。人間というのはかなり外見を重視する。視覚から得る情報が多いために、こいつは恋愛なんてしないなと見せつけるのが一番だと考えたわけだ。

 タヌキで炎上するとか、世の中の妄想が逞しいと言うべきか。いや、江戸の大画家だって蛸を用いた春画とか描いていたか。これはもう日本人の性だな。

 と言うか、一言話した瞬間にコメントが流れる速度がメチャクチャ上がった。目で追えない。なんとか読み取れた同期の話をしておくか。

 

「コメントにもありますけど、同期でFOR(フォー)というユニット名で活動させてもらいます。フォックスの水瀬夏希(みなせなつき)さん、オウルの霜月(しもつき)エリサさん。そして僕がラクーンドッグで頭文字を取ってFORになりました。三匹なのにFour(フォー)ってどういうこっちゃねんと社長に笑われましたね」

 

 同期とかでユニット名とかを付ける文化があるようで、今回が全員動物モチーフだったからデビュー前にユニット名を決めたのだ。ちなみにこのFORにしたのは水瀬さん。高校生だからこそ張り切っちゃったらしい。まあ、安直だけどいい名前だと思う。安直ってことはわかりやすいってことなんだから。

 ただ動物モチーフなだけで完全に動物なのは俺だけだ。他の二人は動物の耳が生えていたり、背中から羽が生えているだけで顔や手は普通に人間のそれだ。Vtuberのアバターというのはそういうものらしい。動物や天使に悪魔など多種多様なアバターの方がいるらしい。

 

 そんな中で完全に動物なのは俺を含めて一桁台しかいないようだ。一人は人参という生き物ですらない存在もいるがそんな人も個人勢では登録者がかなり多い上澄みだったりする。

 基本はコメントを無視して配信を続けていく。最初の配信というのはアバターの設定とかリスナーの呼び方とか、そういうのを話し合う場だ。公式サイトでも発表されている内容を話しつつ、絹田のファンネームは『お客さん』で決まった。

 最初の挨拶が決め手だった。絹田がいる場所はとある山奥の、人間では入ることができないタヌキの里。そこに迷い込んでしまったリスナーに向けて配信をするということで、通信が繋がってしまった人をお客さんと呼ぶことになった。

 

 あと話したことは何でこのエクリプスを選んだかという話。V業界ではまだ新参者で、大きな事務所は他にもある。男だけの事務所もあれば男女共同の事務所もあるので何でここを選んだのかという話。

 これも事前に決めていて、タヌキの自分を受け入れてくれる場所を探していたということ。最初は2Dだが最終的には3Dで色々とやりたいと考える大手だと完全な動物をアバターにするのを嫌う風潮がある。頭身を弄ったり処理が大変でやりたくないのが技術屋の本音だとエクリプスの社員が言っていた。

 

 まあ、言ってしまえば色物枠だ。その色物枠を積極的に採用するのはエクリプスのような挑戦をたくさんしなくちゃいけないできたばかりの事務所だろう。コネがなくて同じ設定で受けても受からなかっただろう。

 初配信最後の仕上げだ。タヌキになったからこそやろうとしていたネタがある。それを最後にやろうと準備を始める。最近はアプリでカラオケができるんだから凄いよな。

 準備が終わったことでソレをすることをみんなに伝えた。

 

「じゃあ最後に歌を歌って終わろうかな。下手だけど聞いてください。『猫になりたくて』」

 

 バラードのような軽快な音が鳴り始める。歌うのなんて久しぶりすぎて心配だけど一応カラオケで練習してきたけど高得点は取れなかったな。

 

『猫にwwwお前タヌキだろwww』

『タヌキになった初日に他の動物になろうとすんなwww』

『声は低いから歌は聞きたかったんだよな』

『うーん、上手くはないな』

『高音出てねえじゃねえか』

『味はある。割と好きではある』

『元から男性の割には高い曲ばっかり作るグループだからな。男にはキツイって』

 

 歌い切った後は微妙な評価とこんなもんだよなというコメントが流れる。まあ、歌が上手くないと言っておいたのもあってこれはネタ曲だとわかってアンチコメントを吹っ飛ばしてくれた。先輩方から聞いてたけどこの箱(事務所を纏めた業界用語、総称)のファンは優しいと言っていたからこうなると予想していた。

 俺は失言や変なコメントを拾うこともなく、罵詈雑言を無視し続けたことでアンチもほとんどいなくなって最後は穏やかに終わることができた。多分社員の皆さんが対応してくれたおかげでコメントを打ち込むことができなくなったんだろう。

 

 配信を切ったことを確認して、マネージャーに終わったことを伝える。最初の内は配信の切り忘れがないようにと、スクリーンショットも報告として挙げていく契約になっている。

 無事に終わったことで一息ついて、お酒でも飲もうとしたらチャットツールに同期の二人からお疲れ様的な連絡が来ていた。

 

「リリちゃん、フォローありがと」

「リリ君、何かあったらお姉さんに相談しなよ?これでも歳上なんだからさ」

 

 最初の言葉は水瀬さん。次の言葉が霜月さんだ。霜月さんが19歳、水瀬さんが16歳という設定でキャラを作っているのでファンの中では中の人の実年齢では俺が一番歳上だと思われている。本当は霜月さんが20歳は超えていると言っていたので彼女の方が歳上だ。俺は今年20歳になったばかりだからな。

 この辺りの裏事情が出ないように気を付けないと。

 というかVtuberに恋愛をしてもらいたくないって、昔のアイドルよりも酷いよな。芸能界でも最近まで女性の結婚に騒がれていたけど、ファンなら素直に祝福してやれよと思ってしまう。夢を与えてくれる職業であっても人間だということに変わりはないんだから。

 そんなことを思いながら、次の日の配信でやることを考えていた。さあて、何やろうか。

 




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