11月も上旬になって水曜日。19時からとあるアニメの放送直前番組が動画サイト上で行われていた。いわゆる番宣というやつで、最近では地上波では行わずに動画サイトだけで番組をやることが多くなっていた。
深夜番組であればそれが顕著で、原作がよっぽど売れている作品でもないと地上波で枠を貰えないのだ。
このアニメの名前は【濃煙満ちゆく迷宮都市】という名前で、原作漫画が月刊誌で連載されている。2060年を舞台とした日本が舞台で、オーバーテクノロジーによって謎の霧に包まれた首都東京を奪還するために超能力に目覚めた少年少女が謎に挑む物語だ。
完結していない作品ということもあり、アニメは1クール。冬アニメとして年が明けた後の1月から放送が始まる。とはいえネットのみでの放送ではなく、深夜にBS放送でアニメは流れるので製作委員会は頑張った方だ。
その放送のMCは主人公を演じる男性声優の
ゲストはヒロインではないものの重要な女性キャラを演じる
根本明菜は若いながらもヒロイン級の役をここ2年ほどでたくさん演じるようになった、売れ筋の女性声優だ。そして彼女の代名詞は『女性声優暴走特急2号』。現場からも私生活的な意味でもかなりのはちゃめちゃで、見た目清楚なのに言動がぶっ飛んでいることも相まって人気になった。
もちろん演技が上手いことが大前提で、アニメやゲームで演じている時の彼女しか知らなければそんな渾名が付いているなんて知りもしないだろう。だが彼女はラジオやイベント、それに動画サイトでの配信で見せる素の姿はそれはもう事務所がストップを入れるほどの暴れっぷり。
他人に迷惑をかけることはほぼないので見逃されているが、まあまあ突飛なことをしでかす。他人の評価も「おかしな子」で統一されているような芸人気質の女性だ。
ちなみに暴走特急1号は彼女の事務所の先輩で、メジャーリーガーの宮下智紀の妻である福圓梨沙子だったりする。彼女は当時高校2年生だったにも関わらず、智紀に対してラジオ番組で公開告白のようなことをしてしまい、次の週には好きで何が悪いと開き直ったのだ。
その貫きっぷりなどを評価されて暴走特急と呼ばれた。まさかそんな暴走特急がもう1人増えるなんてファンは予想していなかった。
間宮光希もここ最近売れ出している高校生声優だ。今年17歳になったばかりでありながら既にいくつもの主役を演じたり、有名作に出演したりしているために知名度が高い。直近では【駆動戦士ズァーク HE】の主人公を演じていたり、エクリプスの面々がプレイしている話題作【SoF】ではアルビオンとドライグ団長という幼子と老人を演じ分けたことで話題になっている。
彼らは台本に沿って物語のあらすじを話したり、自分のキャラを語っていく。
「時は2050年。科学技術の発展により、人々は新たなエネルギーであるマナを発見。これは様々なものに変換できることがわかり、文明は一気に加速する。電気やガスの代わりになったことで地球環境も好循環を起こし、エネルギー革命が起こる。マナは人々の生活に欠かせなくなっていた。
そのエネルギー、マナはまさしく万能だった。このマナを知覚できる人間は超能力に目覚め、
各国で問題となったのは政府機関のある都市だけ。他の場所では霧が発生せず、各国は第二首都の建築を急いだ。
霧に包まれた人間がどうなったか、都市がどうなったか調査は進まず、連絡は隔絶。行方不明者は全世界で10億人を超える未曾有の大災害となった。機械による調査も、軍隊による調査も成果がなく、時は2060年。
世界は
「間宮君、ありがとう」
「みーちゃんさすが!お姉さん百点満点あげる‼︎」
「いやいや、根本さん。あらすじ読んだだけで高速拍手はやめてください……」
鹿島は純粋に褒めたのだが、根本は光希に対して過剰に褒める。
とはいえ彼女の光希に対する態度は去年からこんな感じなので慣れているファンはまた始まったとしか思わない。
光希のアニメ主演デビュー作で共演した際に彼女がみーちゃんと呼び始めて、それが定着してしまった。役柄的にも姉と弟だったために、弟として可愛がっていると思われている。そもそもそのデビュー作で共演していた先輩声優たちは全員似たり寄ったりの対応をしているので根本だけがおかしいというわけではない。
だが、彼女のこの行動には裏がある。実は根本、光希のことが異性的な意味で好きなのだ。去年の春頃の声優業界で問題となったデートなどの強要事件の被害者であり、強要かつ恐喝をされている現場を光希に助けられたという過去がある。
その際、光希は足が悪く走れないというのに困っている声が聞こえたというだけで全速力で駆けつけて、ナンパをされている根本を助けた。その結果根本が惚れるという事態に。
足が悪く本当は走れないということを根本は福圓梨沙子から聞き、そこまでしてくれたということで元々好感度が高かったということもあって好きになったのだが、相手は未成年ということで一応自重している。
自重しているとはいえ、声優で現場が一緒になる機会は実は案外少ないので、舞い上がっているのが今だ。この作品が久しぶりの共演だったりする。
あと、根本が事務所に報告したことで声優業界へのメスとなった。彼女たちの行動が声優業界の腐敗の排除に繋がった形だ。
そしてそのスキャンダルで稼いだ週刊誌がこぞって芸能界を調査した結果、元アイドルの男と無名女優の不倫が暴露したという連鎖を引き起こしている。
リリの中の人である住吉祐悟の人生のターニングポイントに彼らが関係していたりするとは、光希たちも祐悟も知らない。光希たちはきっかけの事件だったことを公表することはお互いの事務所に止められていることと、祐悟としても声優業界と連鎖しているとは薄々思いつつも、直接的な原因ではないので気にしていない。
光希が読んだあらすじの後は各々が演じるキャラ絵を見ながらどんなキャラか、アフレコはどんな感じかという話をしていく。
鹿島は主人公なので基本現場にいるのだが、根本と光希は出番がない回もあるために鹿島の語るエピソードを知らなかったために興味深そうに聞いていた。
現在10話までアフレコはしており、根本と光希の出番はそこそこ。どこまでアニメでやるのかはファンも演者も気になっていた。
続けて、アニメ化発表の際のティザームービーを見て、ああこれがあのシーンかなどと声優陣が確認していく。
様々な能力を用いて東京の中に入り、現状がどうなっているか確認していく主人公たち。そこに根本が演じるキャラが嘲笑うように宙に逆さまに浮いていたり、どこかの建物の奥で光希の演じるキャラがモニター越しに主人公たちを見ていたり。
そういうムービーだった。
そのムービーの後に、コーナーを1つやっていく。『なぜなに迷宮都市』ということで世界観の紹介というか、大喜利のようなコーナーだ。
MCの鹿島が問題を出し、それにゲストの2人が答えていく形だ。
ゲストとはいえ世界観や単語を全て把握しているわけでもないので、間違えていたり、わからないからこそボケたりしていた。
高校生ながらもこういう大喜利のようなことをさせられた光希であったが、元子役でそういう無茶振りやクイズ番組への出演などで経験していたために、なぜかこなれている感を出して鹿島と根本、それに視聴者たちを驚かせていた。
アニメの説明にもなったところで、話が進んでいく。
「まあ、放送直前番組ということで?もちろんこれだけじゃないですよ?」
「まさか?」
「鹿島さん、焦らさないで〜!」
「2人ともリアクションありがとう。というわけで、ロングPVの公開だー!」
『PVですよねー』
『安心のピクチャドラムさんだから映像は気にしてないけど』
『豪華声優陣だから演技も大丈夫だろ』
こういう番宣ではお決まりのPVだ。数分くらいのアニメ映像で、大体数話のアニメキャラのセリフや情景を抜粋して編集したものだ。こういうPVでOPが発表されたりする。
最初はアニメで使われているBGMが流れて、主人公たちが東京に入り込む場面から始まる。
発展した東京の街並みから一転、紫色の霧がドーム状に東京だけを包んだ。日本地図から世界地図に拡大されていき、様々な場所で紫のポイントが増えていく。
日本で調査団に選ばれたキャラたちが名前とCV付きで一言二言話しながら動いている動画が続く。バトルもので東京に入り込んだら様々な怪物と戦っていく。主人公は左手に鉤爪を装備して、そこから伸びる光で怪物を切り刻んでいく。
【これが東京の姿だって⁉︎この怪物は、一体なんなんだ⁉︎】
鹿島の青年ボイスで困惑している主人公は、リーダーとして率先して怪物と戦っていく。RPGに出てくるようなお伽話の怪物と戦っていき、2年間放棄された東京で生存者がいないか探していく。
それからヒロイン、他の調査団のメンバーや総理大臣の紹介などがされていき、緊迫するBGMへと切り替わって、東京を駆ける調査団の前に、逆さまになって浮かんでいる根本の演じるキャラが三日月のように口を広げてにっこり笑う。
【ああ、来たね。──ようこそ、私の箱庭へ】
そのセリフがきっかけになって、BGMが変わる。疾走感のある、ドラムが疾っているような曲にボーカルが付く。主人公たちのバトルシーンに合わせてOPのサビのシーンが流れているようだ。
視聴者たちはバトルシーンの映像美に感心していたが、一部の視聴者は右下に表示されている曲名と歌手の名前を見て、そして楽曲を聞いてコメントを叩いていた。
『スパイラル・グローリー/水瀬夏希ってあるけど、まさかなっちゃん?』
『あ、やっぱり?歌声的にそうかなって思ったし、名前まんまだし』
『誰?』
『Vtuber。エクリプスの女の子』
『Vなん?歌上手いじゃん』
エクリプスのファンだったり、それこそ水瀬のファンが気付いていく。PVは最後に白衣を着た光希のキャラが椅子を回転させてカメラの方を向いて、意味深なセリフを一言言ってアニメ映像が終わる。
【残念だったね。君たちは
アニメ映像が終わって、放送日時と局が羅列されて終わる。映像が終わった後は声優陣のスタジオへ映像が戻り、PVの感想や放送日時についてのおさらいなどがされた。
監督やスタッフなどはアニメ化の時に発表されていたので、最初の数話はこんな感じですよっていう先出しと、後の新規情報はOPだった。
その情報をMCの鹿島が発表する。
「PVにも使われていましたが、OPは『スパイラル・グローリー』。こちらは水瀬夏希さんが歌っている楽曲です。続いてEDは『棺はなくとも』。こっちは根本さんが歌っていますね。キャラソンじゃなくて根本さん名義だな」
「はーい、ED歌いましたー。結構過激なラブソングに仕上がっているので、アニメ本放送をお楽しみに〜」
「ラブソングなの?」
「ヤンデレラブソングだと思って収録しましたよ?」
EDが関係者ということで、先にEDの情報からスライドに表示される。作詞・作曲・編曲の情報と、CDの発売日の情報も。同日に各種音楽サービスで配信されることも発表された。CDは2種類あってアニメ絵のジャケットの特典版と根本がジャケ絵になっている通常盤だ。
諸々の紹介をした後、OPの話をする前に鹿島が待ったをかける。
「ここで、スペシャルゲストがいます!OPを歌っている水瀬夏希さんです!」
「皆さん、初めましてー!【濃煙満ちゆく迷宮都市】でOPを担当することになったVtuberの水瀬夏希です!こんばんはーーーーー‼︎」
『え、本人来るの?』
『モニター?』
『ああ、Vtuberなのね。ふーん、可愛いじゃん』
『ん?さっきの曲はカッコいい歌声だったけど、随分可愛い声の子が来たな?』
『なっちゃんこの番組引用してたけど、みーちゃんが出てるからじゃなかったのかよ⁉︎』
鹿島の隣に大きな縦型のディスプレイが置かれて、そこに銀狐のアバターの姿が現れる。Vtuberとしての姿である水瀬夏希が現れていた。
アニメ番組に歌手本人、しかもVtuberが現れるとは思わず、困惑のコメントも多い。
最近はVtuberがアニメのOPEDを担当したり、それこそ声優をしたりすることもある。そしてアニメファンは基本声が好きな人が多いのでVtuberとの相性は結構良い。ファン層が被っているとも言われるほどだ。
水瀬は全身を動かしてブンブンと勢いよく動く。そのVtuberらしさに出演者の3人が感心しながら鹿島が話を振る。
「水瀬さんはエクリプス所属のVtuberということですが、今回はどういった形でOPを担当することになったんですか?」
「私の事務所の先輩にドロッセル先輩がいらっしゃるんですけど、その方が所属している音楽レーベルに今回所属することになって。その縁で今回のOPの話が来たみたいです。メジャーデビューの曲なので原作漫画買って、読み込んじゃいました!迷宮都市、面白いですよね!」
「面白いですよねー。俺も漫画読んでますよ。それにしても17歳でメジャーデビューかぁ。間宮君もそうだけど、若い子のデビューが早いよね、最近」
「Vtuberとしては去年デビューしましたけど、音楽レーベルとしてはどうなんですかね?それこそみーちゃんみたいに他の業界だと私よりも早くデビューしている人がたくさんいるのでそんなに早くないと思いますよ?」
「……みーちゃん?」
経緯を話していると、光希のことをみーちゃんと呼んだことに根本が反応する。好きな人のことを渾名で呼ぶ同い年の異性の子なんて、気になるに決まっている。
コメント欄では実年齢発表しているVtuberは珍しいとか、メジャーデビューおめでとうとかそういうコメントが流れている。一部には「あっ」という水瀬ファンや根本ファンが女性2人の攻防を察しているようなコメントもあった。
「私みーちゃんのファンで!他番組なので番組名までは言えないですけど、みーちゃんの主役デビュー作から最近のロボットアニメも見てますよ!乙女ゲームも手を出し始めました!根本さんがみーちゃんって呼び始めたからファンとしてもそう呼んで良いんだってありがたく思ってます!素敵な渾名を考えてくれてありがとうございます‼︎」
「そ、そう?それなら良かった」
「僕は未だにその渾名で呼ばれるの、認めてないんですが……?」
圧倒的なファンガールらしきマシンガントークに、根本は圧倒されつつもガチ恋じゃないっぽいと感じて安堵する。隣で不服ですという顔をしている光希のことは脳内映像にしっかりと保存しつつ無視をする。
コメントも水瀬のガチファンっぷりに、濃い子が来たなあという感じだった。
Vtuberなんてキャラで売っているのだから全員キャラは濃い。
水瀬がショート動画専門のSNSでバズった人物だとわかった人などが歌唱力は問題ないと太鼓判を押していく。実際さっき流れた曲はしっかりと歌えていたのだ。Vtuberが嫌いなアンチも若干いるものの、そういうコメントは淘汰されていく。
それからも水瀬がどんな人物かという話をしつつ、OPの話に移る。
作詞が水瀬夏希、つまり歌っている本人。作曲・編曲が絹田狸々となっており、大半の人は知らないとなっていたがエクリプスのファンだけは反応していた。
『なっちゃん作詞⁉︎やるやん!』
『おいおいおい!またやりやがったな、あのタヌキ!』
『おめえ、何曲描いてるんだ……?最近自分の事務所のアルバム発表したばっかだろ』
『もしかして作曲、Vの人?』
『身内?バラエティ豊かじゃん』
『あれ、その人【手乗りドラゴン】の作曲の人じゃなかったか……?』
コメントを見ている人は作曲をしている人もVtuberということを知る。いくら【手乗りドラゴン】がバズったとはいえ、それは狭い界隈だ。ショート動画専門のSNSやVtuber界隈を知らなければバズっていたことも知らないだろう。
「作詞は漫画を読んでこんな感じかなあって頑張ってみました。作曲は同じ事務所のパパに頼んで、作詞を元にカッコいい曲にしてねって頼んだらあんな感じの疾走感のある曲にしてくれました。特にサビ入りの『Go Go Go ahead!』はこんなリズムがいいなーって相談したらドラムを強調しようって言ってくれてあんな感じになりましたー」
「……パパ?」
「あ、パパって言ってました?ごめんなさい、作曲のリリちゃんのことです。同期でパパっぽいタヌキなんですよー」
『なっちゃん、他所でパパ呼びはあかん……』
『説明しよう!彼女は同期の男をパパと呼び、同期の女性をママと呼ぶ末っ子気質だ!パパが今回の作曲家に当たる!』
『解説トンクス』
3人ともリリの情報は作曲家で立ち絵しか見てなかったため、関係性までは知らなかった。参考情報程度だったので詳しく知らないところに、同期をパパ呼びという特大情報が来たわけだ。
Vtuber文化は変わってるなあと誤解が出たところだった。
この中で唯一エクリプスと関係のある光希だったが、彼が関わったタイミングはちょうどエクリプス3期前半組のデビュー直前。そのためリリのこともあまり知らず、水瀬のことも初見だった。
水瀬とリハの時にファンですと言われたくらいで、挨拶はそこそこにリハが始まってしまったために彼女のファンとしての熱量など色々と想定外だった。
「作曲されている絹田狸々さんは水瀬さんの同期でVtuber?たくさん作曲されている方なんですか?」
「はい!同期のために結構作曲してくれるんですよ!誕生日のサプライズで曲作ったり、すっごく良くしてくれてます!」
「へー。凄い人?タヌキ?なんですね」
それから作詞で頑張ったところと、OPのCDについての宣伝があった。こちらもEDと同じくアニメジャケットの特装版と水瀬がジャケットになっている通常盤の2種類があった。
収録曲の発表があって、2曲目はバズっていた【手乗りドラゴン】の通常バージョン。そして3曲目は新曲の、これまたリリが作曲をしている【ポッピングシャワーと昼下がり】という曲。こちらは作詞もリリがやっている曲だった。
その宣伝が終わって、改めて放送日の確認をしてキャスト陣が締めの言葉を話して公式番組が終わる。その後に水瀬はちゃっかりとキャスト陣からサインを貰っており、タクシーで星空マネージャーと帰っているところにSNSでリリによるお説教があった。
『絹田狸々:なんか同期が他所様で僕のことをパパと呼んだみたいですね。声優さんたちが困惑してる…。大変申し訳ありませんでした。実の父ではありません』
「あっちゃあ、リリちゃんも番組見てたのかな?謝っておこっと」
その呟きに返信する形で謝罪文を送りつつ、情報解禁されたために音楽レーベルでのメジャーデビューのことと、アニメOPを担当すること、全国流通のCDが出ることを告知。
次の日の雑談配信でサプライズに驚いたということやおめでとうというコメントをたくさんもらったが、リリにはしっかり謝ることとという説教のコメントもそこそこあった。
マネージャーとリリにも怒られたことを伝えつつ、それでも最終的にはおめでとうの声が大きかった。