日付が変わって5日目。新規で入ってくる人も少なくなり、ほとんどの人が職業に就いたこともあって、【GTA】は更に活発になった。ギャングは中型犯罪を活発に行い、半グレのような人たちが銀行を襲って警察はフル稼働。院外だろうと治療がしたいということで救急隊も様々な場所に呼ばれて治療をするか回復アイテムの販売を行なっていた。
救急隊は人質になったり、ホストに入れ込んだり、キャバクラにのめり込んだりと人がそれなりにいたはずなのに気付けば人が少なく、病院で待機しているような人がほぼいないような自転車操業となっていた。むしろ病院に来て安上がりにしようとしていた人たちが、救急隊がいなくて電話をかけてきたくらいだ。
これでも犯罪者の人数を制限かけているんだから、分母の違いを思い知る。このゲームでやりたいことなんてギャングの人がほとんどだろうし、この割合になるのは仕方がない。
今も警察署でレインボードロップスの方々を治療しながら、愚痴を聞いていた。
「一番ヤバいのは中型犯罪だね。あれは警察にやることを宣言しなくて良いから、同時に起こったら正直人が足りない」
「警察って今何人いるんですか?」
「一応60人はいるよ。でもギャングは半グレも合わせると100人は超えるから……」
「半グレって要するに、職業に就いてない人たちですよね?それって良いんでしたっけ?」
「ぶっちゃけアウト寄りのグレー。でも飲食店をやってて合わなかったとか、そういう人たちもいるから運営も強く言えないんだろうね。一応ペナルティとして半グレで犯罪者として捕まえたら罰金を倍にして良いってルールもあるけど、そのデメリットを鑑みても半グレの方が儲かる可能性も高いし」
「えぇ……。犯罪ってそんなに儲かるんだ……」
「銀行襲撃だけで、2人でやったなら1回1000万とか取れるからな」
「ATMの強奪は運が良ければ7000万くらい入っているので、スタンドプレーばかりやっているギャングもあるとか」
そんなに儲かるならホストやキャバクラで豪遊もできるか。シロ市民としてはお金を持っている方だと思ってたけど、桁が違いそうだ。
めちゃくちゃ治療しまくっているのと、ホストのお給金として3000万を貰っているから、俺もだいぶ貯蓄自体はある。ジョン先輩なんて儲かりすぎて第2の矢としてボイス販売まで始めている。このゲームにボイス録音機能があって、それを着信音などに設定できるわけで。
そのボイス販売をしないかと誘われたが、断った。ゲーム内で俺の声が知らないところで聞こえまくるのは嫌だ。それに嬉々として設定しそうな人たちに心当たりがあるし。
警官の治療が終わった後、捕まった人たちの治療に来たらコウスケ先輩とポラリス先輩だった。その他にも同じギャングチームなのか、6人いる。
「治療に来ました。コウスケ先輩のチームですか?」
「おう、リリ。もう俺疲れちまったよ……」
「どうしたんです?犯罪が上手くいかないとか?」
「今回の失敗で借金が3000万超えた……」
「3000万⁉︎どうしたらそんなにお金を失ったんですか?ギャンブル?」
「いーや、普通に犯罪失敗しまくってるから。必要経費と罰金が重なりすぎて、虎の子のドラッグ使ってもこのザマ。もう俺たち『紅のブタ』は終わりだ……」
「やっぱりその名前が良くなかったんだって!ダサすぎ!」
「合併交渉を断ったコウスケさんが悪い!」
「ドラッグだって吹っかけられたんじゃないの⁉︎」
「全部俺のせい⁉︎」
わちゃわちゃとコウスケ先輩が責められている。ポラリス先輩も弄っていた。ギャングのリーダーだったのか、何回か治療はしたけど。
治療をしていると確かに薬物症状が出ている。あーあ、これで治療も割高になっちゃったよ。
全員を治療しつつ、今後どうするかという話し合いをしていて俺は口を挟まないまま淡々と請求書を切っていく。
「いっそギャング解散するか?続けても良いし、他の何かをやってもいい」
「さんせー。あたし警察になろうかな。そうしたら監獄スキップされない?」
「それはダメ。10分は10分。警察になってくれるなら大歓迎だけど」
「じゃあ帰ってきたら警察になろっと」
「ポラリスさん、俺たちはジョンさんに頼んでホストやろう!それしか借金を返しきれない!」
「えー、オレやだよ。なら警察になる」
「ポラさんも一緒に警察?やったー!」
「じゃあ私も警察になるー」
「あれ⁉︎リーダーって実は俺じゃなくてポラリスさんだった⁉︎」
なんかギャング団の解散からギャングから抜けると言う話になり、警察になるという人がちらほら。ポラリス先輩がそう言うとレインボードロップスの舞田いちかさんと、かんなり学園というVtuber事務所に所属するマレニア・ゴッズファントという女性2人が喜んだ。
おやおや、ポラリス先輩もおモテになるようで。炎上しないよね?
全員の治療が終わって請求書も出したことを確認して、警察の人が彼らを監獄に送った。これで10分間は僻地に閉じ込められるという罰則だ。僻地から帰ってこないといけないので足の調達も必要になる。タクシーを使うとなるとまた借金が増える。
犯罪の大きなデメリットだ。
治療も終わって、死亡通知もなかったので病院に戻ろうとしたら警察車両から降りてきた仔鹿ショームさんにバッタリ出会った。警察っぽい格好をしているから連行されてきたわけじゃなさそうだ。
「あー、リリ君!久しぶり!」
「久しぶりです、仔鹿さん。警察になったんですね」
「そうそう、これでも何人も捕まえてるエリート警官なんだよ?あっ、今日はホストやらないの?切り抜き見たよ!」
「なんのことでしょう?僕はホストなんてやっていませんけど」
「またそんなこと言って〜。じゃあボイスは?着信音にしたい!」
「そういうのも生憎……。素敵なホストさんのボイス販売をジョン先輩がしていますよ?」
「リリ君のが欲しいんだよ!言わせないでよ!」
漫画とかだったら頬を膨らませながらそっぽを向いていそうだ。残念ながらそんなことを言われても、ホストはあの日限定。ボイス販売も断っているので流通することはないだろう。
仔鹿さんはコウスケ先輩とも絡みがあるから、本物の方で誤魔化しておこう。
「これは極秘情報なんですが、実は今日コウスケってキャストがホストで体験入店をするみたいですよ?」
「えっ、ホント!それって何時頃?」
「色々準備があるみたいなので、2時間後くらいじゃないですかね?」
『リリ悪人』
『えっ、今日もホストやってくれるんですか⁉︎』
『それコウスケ本人だろ』
『先輩売り飛ばされたぞ』
『騙されてる人がコメントにも』
時間は予測だ。プリズンから帰ってきて、ホストに向かって面接を受けて、服装などの準備も必要になるはずだ。1時間では厳しいだろうから、バッファを持たせて2時間と言っておく。
俺はホストはやらない。絶対に。
今度また何かでコラボをしようと話し合って、今度こそ病院へ。帰ったは良いものの、ナナホシさんはまだ帰ってきていないらしい。ホストでどれだけ散財しているんだろうか。
病院に帰ってきている隊員もちらほら。事件とか起きていない小休止の時間か、犯罪をする人たちが皆してホストクラブやキャバクラで遊んでいるのか。ギャンブルの可能性もある。それか嵐の前の静けさか。
ちょうど良かったので救急隊用に用意されているヘリコプターの講習を受けることになった。基本的には車があればほとんどの場所で治療に行けるのだが、たまに変な場所に引っかかってヘリコプターで行かないと患者を回収できないような場所も存在する。
そういう場所って大体空からしか行けない場所で、日が浅い内はギャングもヘリコプターを購入できないだろうからと後回しにされていた。【GTA】経験者は運転できるからと、ヘリコプターを操作したことがなかった人が運営さんの中でも救急隊対応の方と一緒になってヘリコプターの操作方法を教わる。
車と操作がだいぶ違って、上昇下降、左右の操作にサーモグラフィーもある。NPCは熱源として発見できないが、プレイヤーはどこにいるか調べられるらしい。川底とかに落ちて死んでしまった人の救助などに役立てて欲しいとのこと。
場所によってはミイラ取りがミイラになってしまうので、無理そうだったら遠慮せずに運営チームを頼って欲しいとも言われた。
「厄介なことに、ドラッグの効能にはサーモグラフィーから逃れるというものもあるので、サーモグラフィーが絶対ってわけでもないのが注意点です」
「へー。そんな効果もあるんですね。警察から逃れるためですか?」
「犯罪がしやすいですから。目視でしか確認できないというのは逃走ではかなり大事ですよ」
「薬物もだいぶ出回っていますよね。そのおかげでだいぶ儲かっていますけど」
「今回の薬物ギャングは優秀ですよ。ログを見ると初日から薬物を完成させていますから。警察が大変になるわけです」
「運営さんってそんなこともわかるんですか?」
「全部は見ませんけどね。私が見るのは救急隊の皆さんの犯罪歴だけです。今では猫の手も借りたい状況なので、少しの犯罪歴くらいなら見逃しますけどね」
『ぎくぎくっ!』
『これリリ、ブラックマーケットで銃とか買ってることバレてない?』
『多分『ドラッカー』と付き合いがあるのはバレてるはず。治療履歴とかちゃんと残ってるらしいし』
『そもそも射撃場に入り浸ってるんだから、共有されてたら普通にバレてる。あそこも運営の人いただろ』
『確かに!』
コメント欄が心配をしているけど、こういうことをして良いですかというのは事前に確認を取っている。どこまで共有されているかは知らないが、黙認されることしかしていない。
銃とか弾丸を買うのは救急隊としてはアウトだけど、認可は受けているので運営公認だ。今日も最初の時間は銃の練習をしていた。多分基礎的な動作はもうバッチリだと思う。
ヘリコプターの完熟訓練を終えて、今後はヘリポートから自由にヘリコプターを使っていいと許可を得た。これで行ける場所が増えた。ビルの上とか、山間のどこかで倒れていない限りはヘリの出番はないだろうけど。
ヘリの講習が終わるとナナホシさんが帰ってきた。ホストがいかに良かったかを熱弁しているようだ。
「それで院長、いくら溶かしたんですか?」
「7600万!」
「1人で⁉︎それってぼったくりでは?いや、単価が高いのか?」
「愛してるゲームやるにはドンペリタワー入れなくちゃいけなかったみたいで。それが5000万だったみたい」
「ドリンク1杯で5000万⁉︎ジョンさんやってんなあ!」
「いやでも安いよぉ。着信ボイスも買って、名前入りのボイスだよ?聴く?聴く?」
「自慢したいだけだこの人!」
どうやらナナホシさんは菱木さんにお相手をしていただいたようで、めちゃくちゃ「愛してる」と言ってもらえたようだ。そして「いつもお仕事お疲れ様。頑張るナナホシさんのこと、応援してるよ」というボイスを買ったようでそれを着信ボイスにしていた。
あれと同じことをやらされていたかもしれないと思うと、初日だけで終わらせて良かったと心底思う。ボイス販売に手を出す前で良かった。
このボイス販売、ジョン先輩だけがやっているわけではなく、飲食店とかキャバクラもやっていて、この街の着信音がヤバいことになっている。甘ったるい声がそこかしこから聞こえて気まずくなることも増えてきた。
なんかボイスのランダムオリパを始めるというわけのわからない商売まで始まっている。人もセリフの内容もランダム。カードショップじゃないんだから。病院に治療にやってくる人が外れを摑まされたと嘆いたりして知った。女の子のボイスが欲しかったのに男の人の声が当たってしまったらしい。
そんなこんなで病院で治療をしていると、警察の格好に変わったポラリス先輩と舞田さんとマレニアさんが来ていた。回復アイテムを買いに来たらしい。
「よっキヌ。回復アイテム100万分くれ」
「了解です。本当に警察になったんですね」
「ギャングは出費が多すぎてリターンがなさすぎた。この回復アイテムも署長に借金して買いに来てるんだが、これがないと現場で死にやすくてなぁ」
「警察に勝つためには必要ですよね。全員100万分で良いですか?」
「それで大丈夫です」
『紅のブタ』で警察になったのはこの3人。コウスケ先輩は本当にホストになるためにジョン先輩に連絡を取ったらしい。他の2人は他のギャングに入れてもらうように交渉を始めたとか。
ギャングから他の職業になるのは緩いが、他の職業からギャングになるのは不可能になっている。全員が犯罪者になったらゲームとして成り立たないからだ。抜け道として半グレはあるものの、半グレもデメリットが多くてなる人は少ないらしい。
「あ、中型犯罪始まった。げ、豪華客船かよ⁉︎」
「船が必要ですね。準備します!」
「リリさん、また後で!」
「はーい、気を付けて」
中型犯罪の通知が来たようで3人は急いで現場に向かった。俺は犯罪には詳しくなかったので豪華客船の中型犯罪について聞くと、海を航行している豪華客船に乗り込んで守っているNPCのボディーガードを全滅させて金目のものを強奪。その後船で陸地まで逃げてくるという内容らしい。
ボディーガードのNPCが強めに設定されていることと、乗り込むためには大型のクルーザーが必要なのでそれを最低でも2つは購入する必要があること、そしてできたら空中戦をするためにもヘリコプターも欲しいらしい。
死にやすい、逃げにくいことから難しめの犯罪のようだ。ただ警察もクルーザーでの移動に、狭い船内での銃撃戦になるために防ぐのは難しいらしい。
警察になってすぐの犯罪がそれって、ポラリスたちは大丈夫だろうか。
そして案の定。豪華客船の中どころか、海上で死んだ人も多かったためにサルベージが大変だった。海の上で浮かんでいる死体の回収は中々ストレッチャーが反応してくれずに時間がかかった。というか、マレニアさんが浮かんでいたので回収。他の人がいないか一応聞いて、回収されていなければトランシーバーを連打してもらい、回収。
結局他にも3人、警察とギャングを回収することになった。ギャングも相打ちで海に落ちていたらしい。
「今回はどっちの勝ちだったんです?」
「警察の勝ち。金持ちの確保ができたので逃走失敗ですね」
「マジー⁉︎逃げ切れなかったのかよ!大損だぜ!」
「クルーザーの費用にドラッグ代も増えて、初期投資いくらくらいかかるものなんですか?」
「クルーザーは割り勘で1人200万くらい。あとはドラッグ各種は秘密。相場は言えないな」
「案外お金かかってないかも?」
「ぶっちゃけ銀行襲撃を成功させればすぐだぜ。そうかー、サーモグラフィーに映らないように金持ちはドラッグを使ったはずなのに補足されたのかー」
「それ運営の人に聞いたドラッグの効能だ。もう開発されているんですね」
「その金持ちの人、海に落ちてサメに食べられて確保されたみたいですよ?」
「サメ⁉︎警察からは逃げられてたのかよ!」
「泳いで逃げようとしてダメだったみたいですね」
そうか、海にはサメもいるのか。クルーザーは車の運転と同じ操作なのでミスることはないだろうけど、一応慎重に運転しよう。救急隊用のクルーザーは港に用意されていて、救急隊ならガレージから出せるようになっている。この辺りは救急隊と警察の特権だ。これくらい用意されていないと業務に支障が出る。
陸に着けば警察の人たちがギャングを連行してくれた。既に警察署には救急隊が待機しているようなのでギャングの人たちの治療はそっちに任せる。
なんかホストクラブの方で人が倒れてるな。トランシーバーで確認すると誰も向かっていなかったので向かうと、なんかお客があまりにも高額すぎて払えないからと暴れて、黒服が鎮圧したらしい。
「ジョン先輩、無事でした?」
「ああ、オレはな。ただコウスケ先輩と客がやられた」
「え、コウスケ先輩も?」
「コウスケ先輩が煽りまくってドンペリタワーを2つ入れさせた結果、1億超えて暴れた。ある意味本物のホストっぽい。入れ込んだ客に刺される奴だ」
「笑えないですって」
色々甘い言葉を言ってサービスをするならドンペリタワーを頼まないといけないと煽って、ドンペリタワーの値段を言わなかったらしい。ただサービスは実際すごく頑張っていたようだ。
衣装も変えて、ポールダンスも踊って、その上着信ボイスも専用のものを渡したらしいが、諸々込みで1億オーバー。というかドンペリタワーを頼むとボイスが無料になるというサービス部分だけ伝えて、実際ボイスを2つも渡したのだが、ジョン先輩から値段を言ったら払えるかと暴れたらしい。
ドンペリタワーの値段を言わないというコウスケ先輩の過失もあったので、支払いは3000万で済ませたようだ。それでも3000万取るとか、ジョン先輩は鬼かな?所持金全部回収するとか、ギャングよりギャングしてないだろうか。
2人の治療費はコウスケ先輩持ちになったらしい。ドンペリタワーを頼まずにボイスを頼めばもっと安上がりになるだろうからな。とはいえ、撮れ高になったと喜んでいる相手も相手だが。
さすがレインボードロップス。エンタメ集団すぎる。
「コウスケさん、このボイスを着信音に設定してウチのギャングに流しますね!素材ありがとうございます‼︎ドロッセルさんが嘆くと思いますが、自業自得ということで!」
「ちょ、アンタ『ドラッカー』かよ⁉︎待って鈴代さん、そのボイス消して!」
「いやでーす!というか値段を隠したのは本当に悪質ですからね!反省してください!」
そう言い逃げをする鈴代さん。これ、多分だけど両方悪いよな。
他のお客さんは特に気にせず営業しているし、肝が座りすぎている。というかこの喧嘩をエンタメだとむしろ楽しんでいた節がある。配信者とか声優さんってやっぱり破天荒な人ばかりじゃないだろうか。
「ジョンさん、俺もうホスト辞める!向いてねえわ!」
「良いの?さっきの売り上げだけじゃ3000万の借金は返せないと思うけど?3000万の売り上げってそのまま全部給料になるわけじゃないぜ?」
「グゥ……!ぼ、ボイスのオリパ使って良いからさあ!」
「オリパは安いから、一個100万買取だけどいい?いくつくれる?」
「100万にしかならないの⁉︎え、じゃあ公表ボイスは……?」
「そっちは歩合制だから、売れなかったら給料にしないぜ?即金を稼ぐには向かないかなぁ。基本はホストのボイスをお客さんがついでで買うためのやつだから、いない人のボイスってあんまり売れなさそうだし」
「じゃあどうやって金を稼げば良いんだよ……!」
「地道に労働されては?」
「ホスト続ければ?」
「後輩たちが冷たい‼︎」
そうかなぁ。至極真っ当なことを言ってるだけだけど。
コウスケ先輩が葛藤している頃、お客さんが来たっぽい。正面玄関から一人の人が入ってくる。
黄色いドレスを着た仔鹿さんだった。
「こんばんはー!予約していないけど大丈夫ですか?」
「いらっしゃいませ。ご予約はありますか?」
「ないけど指名できますか?コウスケってキャストで!」
「え、俺指名⁉︎」
「え?違いますよ。あ、コウスケ君!名前間違ってるよ?源氏名にしないと」
そう言って近寄ってきた仔鹿さん。残念ながら白衣を着ているし、名前も弄ってないからここにいるのは救急隊のリリなんだよな。というか、コウスケ先輩、源氏名使わないとか凄い。菱木さんといい、何で偽名を使わないんだ。
「仔鹿さん、お疲れ様です。キャストのコウスケさんはあちらですよ?僕は救急隊として治療に来ただけで」
「え?警察署でコウスケってキャストがホストに体験入店って言ってたじゃん」
「ええ、ですのであちらのキャストのコウスケさんが。そもそも前のコウスケさんは既に出勤されていたので、体験入店にはならないと思いますよ?」
「……あー!騙したなぁ⁉︎ひっどーい!じゃあリリ君、ホストやってないの⁉︎」
「残念ながら」
「せっかく来たのになぁ。じゃあ店長さん、偽物のコウスケさんでいいや」
「ご指名ありがとうございます」
「俺が本物だけど⁉︎」
「だってホストの最初のコウスケってキャストは3日目の方でしょ?というか本名でホストやってる人いるんだ……」
「声優の菱木さんも本名でやってるのに⁉︎」
妥協でコウスケ先輩を指名する仔鹿さん。俺がそう誘導したとはいえ、悪いことしたかなぁ。
というか俺のホストにそこまで期待されても困るんだよな。開封配信の時も似たようなことやってたんだから、それと同じようなことをされたかったのだろうか。
「ちなみにお客様。もしがっかりさせてしまったのでしたら、最初のコウスケの切り抜きボイスがありますよ?お詫びとして、お会計終わりにタダでお渡ししましょう」
「え、良いの⁉︎やったー!」
「え、ちょっ⁉︎切り抜きボイスって何ですか⁉︎」
「最初のコウスケがとある太客に接客している時に真後ろで聞いてたのを全部録音しておいて、加工して汎用ボイスに仕立て上げた。3パターンある」
あの時そんなことしてたのか!その収録のためにわざわざ席の近くに待機していたのか!配信に乗せるためじゃなくて、そんな後々のことを考えているなんて……。
それを俺に隠れてやるっていうのが酷い。
「それでは仔鹿様、ご案内してもよろしいでしょうか?」
「はーい。コウスケさん、お願いしますね?」
「こうなったらヤケだ!とことんやってやる!」
横に並んでいる姿と声だけを聞いたら美男美女が普通にホストクラブで接待をしようとしているだけなんだけどなぁ。
でも仔鹿さんは男性だ。心は女性かもしれないけど。
俺は切り抜きボイスのことを聞くためにジョン先輩がお店のシステムを仔鹿さんに伝えるまで待ち、戻ってきた時に問い質した。
「ジョン先輩、どういうことですか?」
「まあまあ、無断でやったのは悪かったって。でも愛してるとか好きとかは使ってないから安心しろって!何なら聴く?」
「いえ、その辺りは信用しているので。仔鹿さんが最初ですか?」
「オリパで3人くらいと、あとあの太客たちが存在を知って全員買ってった」
「普通に販売してる⁉︎悪質だ!」
「これ売り上げな。いきなり渡して驚かそうと思ったんだけど」
そう言って600万が振り込まれる。
お金を渡せばいいって問題じゃないんだけど。エクリプスの女性メンバーほぼ全員俺の着信ボイス持ってるのか。
「んで、どう?ここまで来たらホスト復帰しない?仔鹿さんも望んでるし」
「あの太客の相手で心が折れたのでもう良いです……」
「残念。治療ありがとうな。またボイス売れたら売り上げ渡すぜ」
「売らないって方針はなしです?」
「ない!何せ売れるから!」
「はぁ……。了解です。お疲れ様でした」
『リリ、諦める』
『身内じゃないとできない荒技で草。ジョンも好き勝手やってんな』
『普通にコウスケの接客見て〜。複窓するか』
『コウスケのゲシュタルト崩壊が起きてるんだが?』
『ドロッセルたち全員着信ボイス買ってるのかよw』
治療も終わったので病院に戻ると、ナナホシさんに詰められた。俺を見かけて話しかけてきたので、俺に用があるのだろう。
何かやっただろうか。
「リリ君の着信ボイス、どこで売ってます⁉︎あれ私も普通に欲しいんだけど⁉︎」
「あ、え?どこでそれを……?」
「点滴打ちに来た但馬さんがその着信ボイスを鳴らしていて!例のホストクラブ⁉︎バリエーションいくつかあるって聞いたけど!」
「まあ、ジョン先輩に聞けばあるかもしれませんね……」
「ウッヒョー!同僚の甘いボイスとか買うっきゃねえ!お金貯めるために今通知来たやつ向かいまーす!」
「院長がぶっ壊れた」
光の速さで患者の元に向かうナナホシさん。本人が近くで働いているのにボイスを着信に設定するとかある種の嫌がらせではないだろうか。
どうしてこうなった……。