ライブ当日。
出演ライバーとスタッフは近くのホテルに全員泊まり、そこからバスに乗って会場に入った。ライブをするということを公表しているからこそ、顔を暴こうとする人間が一定数いるために完全にカーテンを締切にして入り込んだ。前日は各々バラバラに会場入りしたので、スタッフと勘違いしてもらえれば問題ないだろう。そもそも関係者口の方はかなり厳重に警備されているので、変な人が近付いた瞬間、取り押さえられる。
これは東京の劇場特有だろう。場所によっては関係者口が地下で、その地下に車で入り込むには専用のパスが必要な場所もある。それで歩きの人間も関係パスがないと絶対お断りという、セキュリティをかなり意識した場所だってある。ここはそこまで厳重じゃないけど、敷地内には結構な数の警備員がいる。
設備の不調はないか、どう見えるかの最終チェックをして、今日はリハなしで本番を迎える。そして後は本番を迎えるだけだったので会場の物販や客席がどうなっているのかを見に行く人もいれば、楽屋で台本のチェックをしている人も。
俺たちFORはフラワースタンドという、出演者へ向けた祝いの花の立体物を見に来ていた。関係者、つまるところ同業他社の方や関係会社の方々、そして1期前半組のイラストレーター方の先生たちの合同の花もあった。しかもサイズが特大で、多分数十万するんじゃないかというもの。
その説明をしたら、陽菜ちゃんが驚いていた。
「お花で数十万⁉︎」
「こういうのは気持ちだからね。俺も昔送るためにお金出したなぁ」
「それって劇団の時の付き合い?」
「そうですよ。その時は3000円くらいだったかな?連名というか、劇団名義だったのと、ペーペーだったので金額は最小限にしてもらいました。個人でやると大変ですよ。まず運ぶ業者が大事らしいです。結構な金額は輸送費ですよ、こういうの」
「「へー」」
真紀さんと陽菜ちゃんにそう説明する。
崩さないように、丁寧に運んでくれる業者を選ばなくちゃいけなくて、しかも当日に間に合うようにしないといけないのでこういうフラワースタンドの発注は本当に早くから依頼しないと間に合わないらしい。お花屋によっては輸送もやってて、もし崩れても手直しを現場でやってくれるようなところもあるらしい。
俺も利用したのはその1回くらいで、お金を出しただけで先輩方にお任せだったので聞き齧りの知識だけど。
そうして順番に見ていくと、それこそ同業他社からお祝いのスタンドがあった。一応エクリプス宛てではあるが、その人物の名前を見ると本当に会社宛かと思ってしまう。
「え、仔鹿ショームさん?しかも連名じゃなくて1人?」
「この人ってあれでしょ?なんかリリちゃんにホストの接客をお願いしてた人」
「やってないけどね。いや、多分コウスケ先輩向けのはず。関わりは結構あったはずだし。それでも1人でこのサイズって、今度仔鹿さん関連かレインボードロップス関連の何かがあったら相応のもの返さないとなぁ」
「やっぱり数十万?」
「最大サイズではないので、後はお店によって結構値段は左右されますが……。少なく見積もっても10万はしていると思いますよ?」
「うっひゃあ。何が仔鹿さんを駆り立てるんだろう?やっぱりパパの接客?」
「時期的に多分そうじゃないとは思うんだけどなぁ。【GTA】の時期に発注じゃちょっと間に合うか微妙だし」
直近の大規模企画で関わったとはいえ、あの大規模企画から3週間での発注は間に合わないんじゃないかと思う。特にお花屋さんがこの時期はクリスマスライブや年末ライブのために結構稼ぎ時のはずで、それより前のイベントに送る分の発注は間に合わないんじゃないだろうか。
推測にしかならないけど。
その隣にはレインボードロップス一同であっちの事務所の方々のものもちゃんとあった。仔鹿さんだけ浮いてないかと思ったら、その先にレインボードロップスのNo.1、最初にデビューした女性ライバーの
虹谷さんはドロッセル先輩と仲が良かったはず。こっちのサイズも負けず劣らず大きい。そんなにレインボードロップスとズブズブだったかなぁ?
そんなことを思っていたら他のVtuber事務所からもフラワースタンドが届いていた。それらをせっかくだからと写真に収めながら見ていて、お返しについて悩んでいると、社長がやってきて個人以外には気にしないで良いと言ってくれた。
「こういう、事務所のイベントを祝う系はちゃんと事務所のお金で払ってる。そういうのは個人で送るってならない限り気にしなくていいぞ。売り上げから出してるやつだし。こっちも他の事務所のイベントとかだったら送ってる。横の繋がりは大事だからな」
「そうなんですか?シャチョー」
「そうなんだよ、水瀬。こういうやり取りでお前らの、他の事務所の人とのコラボとか成り立ってるんだから。芸能関係はコネだよ、コネ」
「あたしのレーベルデビューも?」
「あれはエクリプスの前身のコネ。それとドロッセル。横じゃない。縦だな」
「横とか縦とか難しい!」
「経営とかやらないならあんまり気にしなくていいさ。3人とも、今日は頑張れよ。関係者席で見てるから」
お返しは心配しなくて良いようだ。
その後は物販のスタッフに声をかけて、入場準備になる前にライバーたちは準備のために戻っていった。影ナレと呼ばれる開場している際のアナウンスや、そもそも姿を投影するために3D配信の時と同じくモーションキャプチャー用の機械をつけなくちゃいけない。
待機していると、段々会場に人が入ってくる。その様子を楽屋のモニターで見ていた。天井や壁に設置されたカメラによって会場の様子を楽屋から確認できる。
皆何かしらのグッズを手に持っていたり、うちわに各々のコメントを書いて持っている。自作のグッズだろうか。物販でも見覚えのないものを持ってくるほどの熱量ということだろう。
「すっごい人……!めちゃくちゃ緊張してきた〜!リリちゃん、こういう時に緊張しなくなる魔法は⁉︎リリちゃんならこの規模の劇に出たことあるでしょ⁉︎」
「万単位の劇は1回だけ、しかもモブの名前なんてない役だったし。魔法なぁ。先輩の言葉だけど、『
「どういう意味?何語?」
「フランス語だったはず。意味は『自然になんとかなるよ!』っていう励ましの言葉。今までの積み重ねしか劇では出せないんだから、後は本番に身を任せるだけ。漫画の主人公みたいに劇中で進化とか覚醒とかするわけじゃないんだから、今までの努力を肯定しなさいって。そういう教え」
劇団の頃の大ベテランの先輩にそう教わったことをなんとなしに陽菜ちゃんに伝えると、陽菜ちゃんが真紀さんに耳打ちし始めた。待機をしていたドグマさんもなんか震えている。
「エリー、リリちゃんってああやって周りの女の子たぶらかしてたんだよ。外国語使える人って大人っぽく見えちゃうもん!」
「いやだから、俺の言葉じゃなくて先輩の言葉だって」
「リリパイセン、感動しました!そうやって励ませば女の子にモテるのか……!心のメモに刻みます!」
「ドグマさんはそういうことする前に、普通に女の子と話せるようになってからね?段階踏んでね?」
「そういうのがカッコ良く見えてしまうお年頃なんだろう。放っておけ、リリ君」
風評被害をしてきた陽菜ちゃんに訂正をするものの、信じていないのか真紀さんに注意するようにと言っている。そもそも俳優の時はモテてないんだって。ただのペーペーで芽も出ていない無名俳優だったんだから。俳優でモテるのって異常に顔が良い人か、売れてるお金持っている人だけだし。
なんと酷いステータス主義だ。
ドグマさんも歳下の言葉に感動しないでほしい。俺にとっては偉大な先輩の言葉だけど、俺が言ったわけでもないんだし。隣で一鉄さんが呆れている。
やっぱり30にもなるとその辺りの分別がつくのか、むしろそういう時代を拒絶したいのかとても冷めた目で同期の青年を見つめていた。
「あと、とちったらそれはそれでいいんだよ。それがライブってものだから。劇だと複数回やるからコンディションとか会場の空気とかに左右されて、毎回別のものが出来上がるんだけど、今回は1回限り。それにセリフをミスったり噛んでも、収録じゃないっていうこれ以上ない証拠になるから、失敗してもなんて事のないようにするといい。むしろそれがアドリブだったり、むしろ台本通りってお客に思わせられたら演者の勝ちだ」
「俳優ってそんなことも考えてるの?」
「失敗した時のリカバリー方法はね。プロンプターっていう台本を持った人が小声で後ろからセリフを教えてくれたり、対処方法はいくつかある。特に今回は生身で舞台に立つわけじゃないから、その辺りのリカバリーは全然利くよ」
「ちなみにリリちゃん、そういうのに頼ったことは?」
「ないよ?そんな甘い人は芸能界では蹴落とされるだけだし」
「エリー!やっぱりリリちゃんって天才系の人だ!パパがハイスペックすぎる‼︎」
「それは前からわかってたことだよ……」
「いやいや、そこは基本スキルだから。どちらかというと失敗しないための予行演習をとにかく続けただけだよ。反復練習がものを言うから」
ミスしまくったり、セリフ覚えが悪い人は練習中に簡単に役から外される。あとは演出さんや脚本の方、それに監督さんの意図通りに動けるか。ろくすっぽ動けないのにアドリブ全開だったら演出意図と違うとかで弾かれたりする。
アドリブが許されるのは、周りの人に理解されてからだ。新人がいきなりアドリブをやろうものなら、相手役の役者や監督に嫌われて一発で終わる。
この辺りはコミニュケーションの大前提の話。舞台は総合芸術だからね。
そんな話を楽屋でしている頃、開場して10分経ったために影ナレが始まる。これもファンの楽しみの1つだろう。始まると最初だけわっという声が聞こえたが、内容をしっかり聞くためかすぐ大人しくなった。
この時の影ナレは宗馬先輩と亜麻井先輩がいつもの2人の気安いラフな感じでのトークで注意事項を伝えて。20分経過時にはハピハピ先輩とユークリム先輩が主従というよりはただの女友達の感じで伝えて。
最後の5分前のものは但馬さんとチェリーさんがコメディチックにやり取りをして、最後に緊張したことを但馬さんがポロリと言ってしまい、マイクが切れていないことをチェリーさんが指摘して但馬さんの絶叫が響く、という終わりに会場からは笑いも起きていた。
これらの脚本は本人たちが書いている。
そして始まる直前に、ライバー全員が上手の袖に集まる。全員で輪になって肩を組んで、円陣を組んでいた。
掛け声を出すのは今回の座長を務める唄上先輩。
「皆様、わたくしたちのわがままに多数付き合ってくださり、本当にありがとうございます。今日、この舞台を迎えられたのは皆様とスタッフさんたちの、全員の頑張りのおかげです。ですから、最後の王手を全員で指しに行きましょう。集大成を、エクリプスというVtuberグループを、世界に轟かせましょう。わたくしたちの評価はVtuber事務所としては中堅の、まだまだ駆け出しと言っても間違いではありません。ですが、ライバーの皆様の質は、エクリプスの技術力は、他の同業他社にも劣りません。前年の劇を上回る、全員の輝きを。世に放ちましょう。──エクリプス、ファイオー!」
「「「「「オオオオオーーーーーー!」」」」」
大声を出しつつ、全員で合わせるように床を足で大きく踏み締める。肉声だったもののそれは会場や配信用のマイクに乗ったようで、会場からは拍手が起きていた。
最初に出番がある人たちが配置につき、それ以外の人は順番になるまで袖や楽屋に待機だ。俺たちFORは楽屋へ。
そして先陣を切るのは、ドロッセル先輩のタイトルコールだ。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。これよりエクリプス2周年イベント『カラグリオット前日譚〜こうして原初の勇者は喚び出された〜』、開演です」
「「「ワアアアアアアア!」」」
観客の歓声と同時に、舞台の開演を知らせるブザー音がジリリリリと鳴り響く。
それが鳴り終わった後、一気に舞台にはバーチャル映像が投影される。どこかの飲食店のような店内の様子。
そこに3Dの身体をもらっていないためにキャスター付きのパネルに映った一鉄さんがカウンター側に。テーブル側にドグマさんが。一鉄さんは通常衣装、ドグマさんは最近発表したばかりのラフな休日仕様の秋服衣装で映っている。
そして椅子に座っているのは通常衣装の唄上先輩ではなく、どこかの制服のようなベージュのカーディガンに紺色のスカート、それにルーズソックスを履いた唄上先輩がいた。
それは本邦初公開の新3D衣装。それに気付いて歓声が沸いたのと同時に、他の2人が仕方がないとはいえ2Dの姿なことに笑いが起きていた。
つかみとしては完璧だろう。
【ハァ〜、やっと期末テスト終わったよ。マスター、何か奢って〜】
【随分傲慢なことを言うな、唄上君。そうだな、試作品のプリンでどうだね?昔ながらの硬くて甘いやつだ】
【わーい!マスター大好き!】
【え、親父俺には⁉︎】
【前日までテスト勉強もしていなかったバカ息子には何もやらん。どうせ今回も赤点ギリギリだろう】
【うっ⁉︎痛いところを……!料理学校に行くなら成績はあまり関係ないだろ!】
【馬鹿たれ。最低限の成績と内申点は必要に決まってるだろうが。それに本場の味を学ぶには外国に留学する必要がある】
【タクマ君、英語とかからっきしだよねー】
【うるせー!こんな小さな喫茶店で海外留学とか必要ねーだろ⁉︎家族で最低限食ってけるだけの稼ぎがあれば良いんだよ!】
【え?タクマ君もうお嫁さんのこと考えてるの?もしかして好きな人がいたり⁉︎】
【は、はぁ⁉︎そんな奴いねーし!ハルカにはカンケーねーよ!】
【ハァ……】
舞台説明としては完璧だろう。テスト終わり、一鉄さんとドグマさんが親子で、唄上先輩はその喫茶店に入り浸るほどの関係値。
そして恋愛話と、親である一鉄さんの呆れ顔。ドグマさんの役と唄上さんの役が片想いだというのは非常にわかりやすい。
演技も、問題ないんじゃないだろうか。ライバーってその役になりきって話すからか、演技をさせてみると案外上手い人が多い。俺も演技指導の時にVtuberとして話す時にはどうしていますかと設定の掘り出しなどをさせて、その内容を今度は役に当て嵌めるという形に持っていって指導した。
まあ、全員当て書きなのでそこまでいつものキャラと変わっている人はいないんだけど。だから演じやすい方だと思う。ドグマさんの役も女の子に素直になれない普通の学生って書くと、割と本人そのものだし。
それからも雑談をしていると、突如として壁に白色の魔法陣が現れる。照明も暗いものに変わり、不穏な、不協和音満載の歪なメロディがBGMとして流れる。さっきまでは喫茶店に流れているような穏やかな、スローテンポのピアノメロディだったのに、一気に変わる。
【な、なんだアレ⁉︎魔法陣⁉︎】
【急いで店から出ろ!】
【だ、ダメっ!身体が吸い込まれ……きゃああああああああ⁉︎】
【ハルカぁぁぁああああ‼︎】
ドグマさんが叫ぶものの、何もできず。光の魔法陣が唄上先輩の足元に集中する。それ以上、ドグマさんと一鉄さんのセリフはなかった。
キュインキュインという音と、スポットライトを浴びて倒れ伏した唄上先輩だけ残して、後は全部暗くなる。この間に場面転換をして、カラグリオットに転移させられた状況へ変わる。
音楽が変わり、荘厳な、セレモニーのような音楽へ変わる。その音楽の後に舞台が明るくなり、玉座に座ったコウスケ先輩、その傍にいるゴートン先輩とドロッセル先輩、それに1期後半組ながらも真崎先輩がそこにはいた。真崎先輩は甲冑姿だからこういう城の中にいる騎士としては申し分ない。
映像も玉座の間のように変化している。プロジェクションマッピングのような技術でこういうのを投影しているようで、実態は普通に作り上げた木箱の積み重ねの上に椅子を乗っけてコウスケ先輩は座っているだけ。
【う、うぅ……?】
【ヤクモ王子。勇者が目を覚ましたようです】
【まさか予言が本当だったなんてなぁ。魔王の出現は直接見たが、異世界からの勇者召喚だと?こんなもの、どう信じればいい?】
【今度の漂流物は人間もセットだった。それだけです】
【全く。神も魔王の存在には大慌てらしい】
唄上先輩の目覚めた声。ドロッセル先輩の確認する声と、困惑するコウスケ先輩の声。
唄上先輩がキョロキョロと周りを見ながら顔を上げたところでドグマさんと一鉄さんが楽屋に戻ってきた。
「リリパイセン、どうだった俺の演技!」
「良かったですよ。とても初めての演技とは思えなかったです。特に最後の叫び声は迫真でした」
「好きな子が消えて一生会えなくなるってシチュエーションを明確に考えてくれたパイセンのおかげだよ!本当にありがとう!」
そんなお礼を言われながら、モニターに顔を戻す。
唄上先輩へ、ゴートン先輩から起こった出来事の説明がされる。
勇者召喚に巻き込まれたこと。唄上先輩が勇者であること。そして魔王を倒す旅をしてほしいこと。
そんな理不尽に巻き込まれてしまった、ただの少女の物語が始まった。