エクリプスの2周年イベントも終わって、エクリプスでは年末に向けた通常営業に戻っている。年末年始は普通にゆっくりする人もいれば、年末年始だからこそ暇をしている人が多いからと配信をする人もいる。その準備をしたり本業の仕事を終わらせるために仕事を頑張っていたり。
学生の人は期末試験に向けたテスト勉強をしていたり。大学生はこの時期にテストはないそうだが、その代わりに年内に提出するレポートがあるらしい。学生組は大変だなと思いつつ、あんまり俺と年齢が違わないのに住む世界が違うなあとも思ったり。
中でもイソラ先輩は現役の美大生なのだが、美術大学系は殊更特殊らしく、講義として座学の勉強もあるのだが、どちらかというと作品提出の方が大事らしく、そちらの作成が大変なことが多いらしい。だからイベントが終わった後とかも学生組が話していて大変なのって聞いていたが、彼女はむしろ年内に提出するレポートも作品も既に作り終えて、むしろ年度内に提出すべき作品に手を出しているという。
提出期限は2月末。そんなものをやっているのかと、どこにそんな時間があるのかと学生組は驚いていたが、イソラ先輩はことなげに話していた。
「え?普通に作業配信の時に作ってるけど?」
俺も作曲のために作業配信をしたりしているが、男子学生であるコウスケ先輩やケイン先輩は絶対に集中できないとして作業配信をやったことがなく、理系の亜麻井先輩は実験結果と合わせてレポートを書く必要があり、材料や結果などを大学から持ち出せないことと秘匿性が高いために配信で作業をするなんてもってのほか。
美術大学はむしろ顔出し配信者なども多いようで、配信をできる環境はあるようだがイソラ先輩は普通に自宅にあるアトリエで作業をやっているらしい。専攻が造形らしく、彼女の作業配信では何かを削っているような大きな音とかが唐突に聞こえてくるため、それはそれで味があると人気らしい。
一種のASMR配信のようなものになっているとか。
社会人の皆さんも仕事納めのために大きな案件などはもう手を出していなかったり、逆に年内にどうしても終わらせないといけないからと必死にやっているらしい。事務所のスタッフも年始に仕事を残したくないからと頑張ってらっしゃる方も多い。
とはいえ、芸能界のようなものだからVtuber業界ってあまり年末年始とか関係なかったりする。普通に配信をしたりしているし。流石にスタジオを借りて3Dで配信をするような人は大晦日と元旦にはいないけど、年始にはいるからその準備とかもあるし。
俺も年内に1つだけ案件配信が残っている。それが終われば仕事としての配信は終わりだ。クリスマスイブにプレゼント交換会などあるものの、あとは自分のペースで配信をするだけ。
今日やることが終わってしまえば、今月にやらないといけないことは終わりだ。
「すみません、冷蔵庫はどちらに?」
「ここにお願いします」
やることとはそう、引っ越しだ。
高校生の時から住んでいた八王子のアパートを引き払って、新しく葛飾区に引っ越してきた。事務所がある小岩は隣の江戸川区だし、移動時間が短くなって遅くまで収録や配信ができるメリットがある。それに陽菜ちゃんの家も近いので様子を見に行くのも楽だ。
「お姉さん、テレビとテレビ台はどちらに?」
「リビングでお願いします。壁際に置いていただければ」
「わかりました」
引っ越し業者に指示を出しているのは俺だけじゃなくて、真紀さんもだ。一緒に住むのだから当然彼女も一緒にいる。洗濯機やテレビを運ぶには流石にプロに任せた方が良いと考えて引っ越し業者に頼んだ。まさか引っ越しに社長を使うわけにはいかないし。
陽菜ちゃんの時は事情が事情だ。俺たちのただの引っ越しに社長を呼ぶわけにはいかないだろう。あの人も年末に向かって忙しいだろうし。
同棲かぁ。俳優になった頃はそんなこと遙か先のことだと思ってたし、そもそも彼女ができるとも思ってなかった。スキャンダルになるだろうし、そもそも稼げてないから彼女を苦労させるとわかってたんだから、彼女を作ろうなんて思ってもなかった。
Vtuberも、裏では恋人がいたり結婚したりしているのだろうけど、そのことがバレたらファンが減ったりするために極力隠さなくてはならない。隠すくらいなら作らなくても良いんじゃないかとなる前は考えていたのに。
今ではそれなりのお給料を貰っていて、2人で折半するなら部屋数の多い部屋を借りても問題ないくらい稼ぎがあって。デビューしてから1年経っていないのに、彼女と同棲をしようとしている。
高校生くらいの俺が今のこの生活を知ったら、相当困惑するんじゃないだろうか。それこそ宇宙猫みたいになりそうな気がする。
同じようなことを真紀さんも言っていた。彼氏がいたことがないのに、こんなトントン拍子で進んで良いのかと。お互いが合意したから良いんじゃないかと思いつつ、今回の同棲の大きな理由に陽菜ちゃんを放っておくわけにはいかないというのもあるので、普通の動機じゃない気もする。
付き合って3ヶ月ほどで同棲を決めるのは、多分相当話が早い気がする。参考になるような話があまりないので比較はできないが、0日婚とかと比べれば相当穏当なような気もしてくる。
普通って何だっけって。俳優とVtuberにしかなってないから、世間一般の普通がわからない。
引っ越し業者が持ってきたのは主に真紀さんの家にあった物。俺の家から持って来る物は後日段ボールで送る。持って来るような家電はほぼなく、大体真紀さんが使っている物の方が性能が良かった。いくつかは俺が使っていた物の方が良かったのでそれは使うが、大体は処分してしまう。
入居日から電気も水道もガスもネットも使えるようになっていたので、荷解きとテレビ台の組み立てなどを始めてしまう。洋服などは見られたくないだろうし、時間のかかるものはさっさと終わらせてしまう。
テレビ台と組み立て式の食卓、ベッドの組み立て、それに延長コードを使ったコンセント配置をして真紀さんの配信部屋の設置作業も終わらせた頃には夕方になっていた。真紀さんの方も私物の整頓と食器などの開封が終わっていた。あとは俺の荷物を後日開けるだけだ。
段ボールを一纏めに縛っていると、真紀さんから陽菜ちゃんが向かっているという話を聞いた。俺もスマホを見るとFORのグループに連絡が来ていた。学校が終わったからそのまま寄るというらしい。ついでにご飯を食べに行こうとも。
ゴミを一階に持っていき、陽菜ちゃんを待つとそれから数分ぐらいで来た。
「ええー、めっちゃ良いところじゃん!それにあたしの家からも近い!」
「何かあったらすぐに向かえるように選んだからね。それに部屋数とか築年数で考えたらそこまで高くなかったよ」
「え?そうなの?」
「都内で共用費込みで88000円だからね。駐車場もあるから車を買っても住み続けられるし、そこまで悪くないんじゃないかな?3LDKだし」
ベッドタウンだからか、都内の家族向けのマンションにしてはだいぶ安かったと思う。事故物件とかでもなく、理由を確認してみたらオーナーが調子に乗ってマンションを建てすぎて見込んだほど入居者が出ずに部屋が空いているくらいなら安めに売りに出しているようだ。
この近くに音楽大があるのだが、統廃合の関係か近くのキャンパスが閉校。それに合わせて防音の効いた良い部屋なのに出ていく人が多かったこともダブルパンチになり、都内にしてはだいぶ安めになっていた。
駅からは10分くらい歩くし、部屋数が多いけど学生では持て余すし、本当に音楽をする人くらいでもないと防音室なんて必要もなく。家族が住むにしたら保育園の数が少なく、大型のショッピングモールとかもないので買い物が若干大変だからあまり人気がないと不動屋さんが言っていたが、スーパーはあるから買い物という意味ではそこまで大変にも思えない。
他に必要なものがあればバスでも電車でも乗って買いに行って、大型の物は郵送して貰えば良いのだからそこまで悪い物件には思えないんだよな。飲食店もそれなりにあるし、別に街に活気がないわけでもない。保育園は死活問題かもしれないので、そういう意味では幼い子がいる家庭では向かない物件かもしれない。
逆に言えば小学校くらいまで大きくなった子の家庭なら問題ないように思えるが。何でそんなに人気がないんだろう。苦学生にはこの値段で1人暮らしは厳しく、稼ぎのある家庭ならもっと良い物件に入りたがるからとかだろうか。東京に拘らずに隣県に行けばもっと安く良い物件が多いとか、それこそ戸建を買えてしまうからとかが理由としては考えられる。
けどやっぱり条件としてはかなり良い物件にしか思えないけどな。謎だ。
「陽菜ちゃん、何が食べたいの?」
「カツ!試験に勝つってね!」
「試験明後日からだっけ?」
「そう、水木金で3日間。全部午前中で終わり」
「そういえば高校の時はそんな感じだったなぁ。懐かしい」
「学校で半日って珍しいよね。専門学校でもそんなことなかったのに。たまに1コマ空いてたりしたけど、朝から夕方まで授業びっしりだったなぁ」
「専門学校の試験って一気にやった感じ?」
「そうそう。普通に授業と同じ時間でテスト。創立記念日とかは休みになったし、専門の時の半日授業とかって覚えがないなぁ」
そんなことを話しながらエレベーターに乗って俺たちの部屋へ。軽く掃除機をかけたので引っ越した当日であってもそこまで汚くないはず。
玄関からキッチンを抜けてリビングへ。そのリビングから3部屋に繋がっていてその内の防音室2つをそれぞれの配信部屋にして、残りの部屋を寝室にしている。
「ここが2人の愛の巣かぁ!綺麗!」
「入って第一声がそれ?」
「表現的には間違ってないけど、恥ずかしいよ……」
ちなみに陽菜ちゃんが泊まる想定もしているので、食器とかは普通に陽菜ちゃんの分もある。真紀さんの家にあった物をそのまま持ってきた形だ。食器の場所や布団が入っている押入れを確認して、いつでも泊まれることを確認。
その後近くのトンカツ屋を調べて、そこに向かう。駅の近くはすっかりクリスマスムードで飾り付けのライトの近くにトナカイやサンタの人形やプレゼントボックスのようなものが置いてある。雪を模した飾り付けも多く、駅の広場には集客を狙ってか大きなクリスマスツリーまで置かれている。
イルミネーションを楽しんでね、是非デートで写真を撮ってアピールしてねという感じだ。
駅の近くのトンカツ屋に入り、陽菜ちゃんは結構大きいサイズのロースカツ定食を。真紀さんは小さいサイズで、俺はヒレカツにした。陽菜ちゃんが悩んでいたこともあり、ならどっちも楽しめるように俺が別のものを頼めば良いだろうと考えて注文した。
トンカツって滅多に食べないし、良いお値段がするから本当にご褒美のご飯って感じがして良いよなぁ。人気店だけあって衣がサクサクで、中はジューシーで美味しかった。自家製タレも甘辛くて絶品で、お店はかなり繁盛をしておりテイクアウトのお客もいたほどだ。帰りには行列ができていた。
今日は勉強をするということで陽菜ちゃんはそのまま家に帰った。真紀さんも今日は夜に配信をするようで、俺はショート動画を既に予約投稿をしておいたのでそれでお茶を濁した。
3Dの身体を貰ったからこそ、踊ってみたなどを投稿しやすい。普通の人の3分の1程度しかないミニサイズの身体でもしっかり指や足の様子がトリミングできているために、この前出した踊ってみたは割と好評だった。コメントのトップが「歌えよ」だったのは遺憾だが。何で普通に褒めてくれるコメントじゃなくて歌うことを強制するコメントが一番評価が良いんだ。
真紀さんの配信を聞きつつ、俺は作曲をする。なるべく配信中は同棲していることが音などでバレないように気を付ける練習だ。水分を取りにリビングに来てバッタリということになって、話している内容が配信に載ったら同棲のことがバレかねない。
作業自体は順調に進んだ。作詞が既に終わっていることもあって、イメージがつきやすい。メインメロディもできているので、ドラムとかティンファニーとかをどこに入れようかという当て込みの作業だった。
作業がひと段落ついたところでお風呂を沸かして、スマホで音とか聞こえていないか確認を取る。配信を見ながらコメントをしたので邪魔にならないタイミングを見計らってのことだったからか、「OK!」とスタンプが返ってくるのはすぐだった。
なら問題ないかとお風呂に先に入ってしまう。お風呂を出て、作業もせずにそのまま真紀さんの配信を聞きながら他の先輩たちは何をやっているかとか、SNSのチェックをしたり、切り抜きで何か面白いのが上がっていないかなどを調べていた。
真紀さんもそこそこに配信を終わらせて、お風呂に入る。配信を4時間近くしていたためにもう日付が変わる時間だ。リビングで真紀さんのことを待ちつつ、明日はレンタカーを借りて俺の家からの引っ越し。とはいえ私物がほとんどと、少しの家電と服くらいなので1回で運び終わるとは思っている。
で、明後日に引き払いになる。真紀さんの前の家は今日のお昼に引き払い済み。新居で何かあった時用に引き払いの日をずらしていた。最終手段としてはホテルがあったが、出費は減らしたかったのでこんな方法にしている。
ご飯もお風呂も終わって、歯磨きもしてしまえばもう後は寝るだけ。正直お互いの家にお泊まりなんてことは前にもしていたのに、一緒の寝室に入るというのは何だかドキドキする。電気を消して一緒のベッドに入って。こんなことがこれから毎日続くんだなぁと思いながら真紀さんの方を見ると、本当に間近に真紀さんの顔があった。もう少しすれば鼻がぶつかってしまうくらいの距離。
「もう、寝ちゃう?」
「……勘違いじゃなければ、一応準備はしていますけど……」
「ふふ、さすが。ドキドキして寝られそうにないから……祐悟くんが、寝かしつけて?」
「そういうの、どこで覚えてくるんですか?」
「え?えーっと、先輩たちが勧めてくれた少女漫画……?」
「最近の少女漫画ってそんなに過激なんですか……?」
「レディースコミックだったかな?でもああいうのって、大体女性作家の方の願望だから男の人にはあまり刺さらなかったり……?」
「俺には刺さったみたいです。さすがに初日はがっつきすぎだと思って我慢しようとしたのに……」
「悪いお姉さんで、ごめんね?」
その言葉の通り、真紀さんはこの時ばかりは妖艶な大人の女性に見えて。
その色香に耐えられず、俺は真紀さんに覆い被さって強引にその唇を奪った。2人して寝たのが何時になったのか確認できなかったが、レンタカーを借りに行った時はとても眠くて、居眠り運転をしないようにカフェインを摂りまくることとなった。