年末も近付いてきた頃。FORのメンバーはお昼から集まっていた。今日は夏目宗谷のピアノコンサートが夜にあるため、ドレスのレンタルをしに行く必要がある。
祐悟は朝に配信を行い、陽菜もお昼に配信をしていた。祐悟が朝配信をするのはいつものことだが、陽菜は冬休みで学校が休みなことを良いことに、お昼と夜の二回で配信をしたりしている。さっきまで陽菜はゲーム配信をしており、今日の夜は予定があるということで配信はしないと告げていた。
FORの全員が今日の夜に配信しないことを告げていたことで今日がコンサートだとファンも察していた。年末コンサートとして今日から3日間開催されるのだが、その初日のチケットが当たったためにこの夜にコンサート会場に入るためにドレスアップをしなくてはならない。
そのメイクなどの前にご飯を食べに来ていた。サラダと玄米とかで構成されたヘルシーなご飯屋でそれぞれのご飯を食べていた。
「すっごーい!SNSにコミケの内容がいっぱい流れてくるよ!」
「まだやっている時間だから、基本はコスプレとか企業ブースのことばかりだね。有名なアニメキャラの画像、いっぱいタイムラインに流れてくるよ」
「うわ、またこの人着ぐるみやってる……。夏よりはマシだろうけど、凄いなぁ」
3人それぞれでSNSを見て、本の戦利品やコスプレ、抱き枕カバーなど手に入れたものを紹介している投稿を見ていた。
祐悟が見付けたのは夏のコミケにもいた、リリの着ぐるみを来た人だった。男の人だが3頭身くらいの巨大な着ぐるみを着ており、知らない人にはアニメのマスコットキャラだと思われていた。着ている本人がエクリプスと絹田狸々のタグを付けていたのでリリだとわかる。
リリはグッドボタンを押しておく。Vtuber事務所によってはファンの投稿などに反応を示すなというお達しもくるが、エクリプスはコンプラ研修をしっかりとしていることもあって基本は許可されていた。ただファンと個別のやり取りが禁止されているだけで、関係者とは普通にコメントのやり取りをしている。
ファンと交流する時は基本、FAをサムネとして使用して良いかを確認する時くらいだ。それ以外の時はコメントを返すことはNG。
そのルールは公式からお達しが出ているので、ファンも理解して大きな反応をしない。たまに特別扱いしろと暴れる困った人も出てくるが、そういう相手は無視してそのまま事務所のスタッフに通報しておしまいだ。
エクリプスの同人誌もそれなりに出ているようだ。昨今はコミケでもVtuberを取り扱っている人たちはカテゴリごと纏まった島にいる。有名タイトルなどは大きな島に纏められるのだが、Vtuberも最近はジャンルとして島を与えられている。そのため購入がしやすくなったという。
同人誌は健全なものからR18のものまで多数だ。とんでもないカップリングがされることもしばしばあり、夏コミはFORもデビューして半年ちょっとだったこともあってあまり同人誌はなかった。春のVtuber専用同人誌即売会にそこそこFORのメンバーの同人誌があったことには驚いたものの、夏コミではそこまで報告がなかった。
だというのに今年は割と購入報告や出展報告がある。エクリプスもそこそこ有名になっており、ドロッセルを筆頭にした本が多く出ていた。リリは割とR18のBLものが多かったようで陽菜が笑っていた。
「プププ!BL多すぎでしょ!まあ、リリちゃんの姿じゃ普通の恋愛本はないかな?あ、あたしとエリーの百合本出てるみたい」
「Vtuberって百合もの多いんだってね。先輩たちも結構出されてるらしいよ」
「同人だからこそ、皆好き勝手にするんだろうけど……。流石に俺は自分関連だからってBLは買わないなぁ」
「BL買ってる祐悟君めちゃくちゃ面白いけどね!」
ご飯を食べ終わったら予約をしているドレスのレンタル屋さんに行く。予約の段階でメイクと衣装を選んでおり、どれを着るのか決めていた。祐悟は男なのでメイクは必要ないために衣装だけのレンタルだ。バッグなどの小物の貸し出しもしているが、今回は自前のものでどうにかするので頼まなかった。
お店についてすぐ、契約書にサインをする。破損などをした際にどうなるのかという誓約書だ。それらに署名をした後に女性陣が着替えに行く。着替えた後にメイクをするので、女性陣が優先で着替えに向かった。男の場合は着るだけなのでそこまで時間がかからない。
コンサートに行くための衣装とメイクだと伝えていたこともあり、メイクに何時間もかかることはなかった。祐悟は黒のタキシードを着て待っていると、先に真紀が出てくる。
彼女は黒色のコットンロングドレスと呼ばれるドレスだ。アンティーク調のレースがついているクラシカルなドレスで、大人びた印象を与える。メイクも口紅こそ紅が主張しているが、それ以外はやはり格式高い場所に行くために大人びたメイクをしている。
こんな正装をしたことがなかった真紀はおっかなびっくりの様子で歩いている。冠婚葬祭に縁がなかったために初めて着る高級な服に緊張していた。そんな彼女に近付く祐悟。
「似合ってますよ、真紀さん」
「そ、そう?変じゃない?」
「変じゃありませんよ。とても綺麗です」
祐悟が本心から伝えて2人して座って待つ。そんな様子を見てこっちがカップルなのねと理解したお店の人たち。年齢もバラバラだったためにどういう繋がりかわからなかったが、このカップルともう1人の仲の良い少女という理解をした。
陽菜の格好は暗めのピンク色のレースボレロ付きのドレスだった。大人すぎず、女子高校生がコンサートに行くには相応しい、ちゃんとした正装ながら幼さも残した格好だ。制服ではなく結婚式に高校生が出るような格好と言える。メイクもメリハリをつけて、真紀よりは唇の色が赤くなく、むしろリップで水感を増していた。元の素材が良いからかメイクさんもかなり試行錯誤をして完成させていた。
良い仕事をしたのか、メイク担当の女性はやり切った感を出していた。
「鏡で見たけど、凄くない⁉︎大人っぽく変わった気がする!」
「いや、ちゃんと大人っぽく見えるよ」
「やっぱり素材が良いねえ。陽菜ちゃん、すっごく可愛いよ」
準備も終わったので荷物をお店のロッカーに預けて、財布やスマホだけを入れた小さなバッグだけ持ち、冬なのでコートも借りてそれを着て呼んだタクシーで会場に向かう。
会場の周りには彼らみたいにタクシーやハイヤーで向かってきていたために、黒塗りの車が大集合していた。そんな光景を見たことがなかった真紀と陽菜は別世界に来たようで歩みが遅くなる。祐悟も一度来ていなければ2人と同じようになっていただろう。
受付でチケットを見せて、コートを預ける。こちらもチケットナンバーで保管をされており、帰りにチケットを見せることで返してもらえる。
お手洗いに行かなくていいか確認をしつつ、席に向かう。既に席には多くの人が座っており、パンフレットを見たり近くの人と話している。
会場の中では比較的若いFORの3人はパンフレットを読みながら今日のコンサートについて話す。
「夏目宗谷さん。25歳。イギリス人の父と日本人の母を持つハーフ。幼少期からイギリスでいくつもピアノコンサートで入賞・優勝。ピアノの神童として名を馳せ、高校の時に日本へ留学。国立千葉幕張学園にて三年間を過ごしつつ、日本・世界を渡ってコンクールでいくつも優勝。高校卒業後にイギリスに戻り、世界有数の楽団であるウォールトン楽団で専属ピアニストとして所属。現在主席ピアニスト。うーん、めちゃくちゃ凄い人ってこと?」
「そうだね。そもそもウォールトン楽団に所属するのがかなり難しくて、高校卒業後に所属すること自体異例だったんだよ。本当なら音楽大学を出て、その上でコンサートとかで入賞したりして入れるかどうかなのに、実績があったからって18歳で入れるわけもなくて。不安視される声も多かったけど実力で捩じ伏せた凄いピアニストだよ」
「当時話題になったよね。日本人として紹介されてたけど、ハーフだし、金髪碧眼だから日本人っぽく見えないし。でもかなりの日本愛好家で、留学してたからか日本のことが大好きなんだよね。個人コンサートをするのも日本だけだし、このコンサートに海外の人がわざわざ来たりするくらい人気なんだよ」
ヨーロッパの楽団に日本人が入ることも難しく、そもそも欧州に音楽留学をするような人は日本でもトップ層の人間だけだ。日本人の音楽家なら誰もが羨む楽団に若すぎる年齢で入った天才。
その天才が母親の故郷を愛し、特別に年末にコンサートをやっている。
噂では日本の食事や文化が大好きになったとか、好きな人が日本人にいるとか。そういう話がたくさんあった。
本当のことは、誰にもわかっていない。
実は最終日に、関係者席に当時通っていた高校の仲が良かった同級生を呼んでいたりする。その中に恋人がいるかどうかは、本人たちしか知らない。
席が埋まり、まもなく時間になるからと静かになる。ブザー音と共に幕が上がり、上手からタキシード姿の男性がゆっくりと歩いてくる。金髪碧眼の高身長の男性で、190cm近いイケメンの男性だ。顔立ちは母親譲りなのか案外日本人顔だ。両手に白い手袋をつけて、中央のグランドピアノの前でお辞儀をする。
それだけで会場からは万雷の拍手が贈られる。深いお辞儀の後、顔を上げると拍手が鳴り止み、持っていたマイクで挨拶をする。
「こんばんは。本日は私のソロコンサートにお越しくださり、ありがとうございます。毎年、私の我儘により年末という時期に開催することになっておりますが、こうして埋まった客席を見ると感無量です。母の故郷であり、私も高校生時代に過ごしたこの日本で、またコンサートができることが堪らなく嬉しいです。短い時間ではありますが、お楽しみください」
流暢な日本語で話し、マイクの電源を落としてピアノの前に座る。
──そこからは圧巻だった。
彼のピアノは魂を揺さぶると言われる。まるで親しい誰かに向けるような鎮魂歌のような悲しさと荘厳さが混じった旋律が、身体の内側に入り込むように音が弾ける。マイクなどで増幅されたものではなく、生の音が1万人というかなり大きなキャパのある会場の最後尾の席まで届く。
不純なものがない、音楽に真摯な者が奏でる神聖さすら感じる調べ。楽団のコンサートに行ったことがある人なら一度は聞いたことがあるような有名な音楽家の楽曲から、彼のオリジナルの曲まで。時には有名な洋画のテーマソングだったり、JRPGのオープニング曲のピアノバージョンを弾いたり。
知っている曲から知らない曲まで。それでもそれは人間が弾いているとは思えないほどに豊かで、過激で、繊細で。
音楽に興味があり、実際日本の音楽レーベルでメジャーデビューをしている陽菜からしても、本当の音楽というものを全身で浴びたのは初めてだった。彼女の中の音楽観が書き換わる音がした。それだけ彼がピアノで示す表現は、何もかもが別格だった。
コンサートは始まりの時と同じく万雷の拍手で終わりを迎える。FORの3人とも浴びた音楽の奔流に感動が抜け切らないままタクシーでレンタル屋に戻った。そこでメイク落としとドレスの返却をして、帰路に着く。今日はそのまま祐悟たちの家に陽菜も泊まり、家に着いてからは彼女の中に溜まっていた音楽への熱が爆発した。
あんな音楽を奏たい。自分も曲を作りたい。作詞を今すぐしたいと言って、スマホで作詞をし始める。祐悟が作曲の仕方も教えると伝えて、彼女はお風呂に入っている時も作詞をするほど熱中していた。
寝る準備が整ってもスマホを離そうとしなかったので流石に真紀が注意をして、スマホを没収して強制的に寝かせた。朝起きてすぐ祐悟にこういう曲が歌いたいとリクエストをして、スタジオに向かうギリギリまで作曲をしていた。
スタジオに着いてからはクリスマス会で貰ったプラモデルの作成。陽菜がプラモデルの根幹となるクァーゼルを作り、祐悟と真紀で外装である追加装甲や武器を作った。真紀と陽菜が初心者だったために祐悟が教えながら作ったということもあり、作りやすく出来が良いキットとはいえ、作成には4時間ほどかかる。
出来上がったキットについては出来はまあまあという評価をリスナーからもらい、今日がFOR全員の年内最後の配信になると告げる。そして配信の最後に、1月に1周年配信としてスタジオで3Dホラゲを行うと告知。
3人一緒にホラゲーをやるのは初めてな上に、VRゴーグルを使っての配信ということでリスナーは期待値を上げる。最もこの中で本格的に怖がるのは陽菜だけなので、陽菜の怖がる姿を楽しむのが見どころになるだろう。
そのまま3人は年末年始も一緒に過ごす。年越しそばを食べて、初詣と初売りに出掛けて。
1月2日の夜。
リリの誕生日配信が始まった。
次回から13章予定です。