7月も終わりを迎えた頃。俺はコラボ配信があったのでスタジオに来ていた。今月も終わりだからと振り返ってみると中々に濃い1ヶ月だった。
10万人記念配信をやって、ドロッセル先輩のV事甲のために野球講座をして、FORのハーフアニバーサリーをして。そこで発表した歌ってみたが何と俺たちFORの動画の中では初めての100万再生を突破して。
登録者が10万人しかいないのにこの数字はかなり驚きだ。歌ってみたで有名な曲をカバーすれば跳ねやすいとはいえ、これは俺たちを知らない人も聞いてくれているか、リスナーが何回もリピート再生してくれているかだ。
ありがたいことだけど恐れ多くもある。まだデビューして半年のペーペーなのに、配信者としては1つの目標になりやすい100万再生は出来すぎだろう。
そして自分としてはあくまで手伝っているという認識のドロッセル先輩のV事甲。ドロッセル先輩のはできるだけ配信で見ようと思っているが、時間的に合わない時もあるのでその時はアーカイブで見直している。
ドロッセル先輩の育成は順調の一言だろう。最初の夏大会は甲子園に出場できなかったが、地区大会では決勝まで進むことができ、特殊能力を手に入れやすい合宿や特訓の隠しマスがある8月にそれなりに特殊能力を付けることができていた。
そのおかげもあって唄上先輩は見事に日本代表に選出。世界大会で最優秀防御率を獲得。能力値の上昇は大会MVPと比べるとわずかなものの、問題は金特が手に入ったこと。『強心臓』という『対ピンチ◯』の上位互換だ。
ピンチは本当に試合で能力が下がりやすいので、もう下がらない金特が手に入ったのは大きい。これで他の高校を突き放したかと言われたらそうでもないのが恐ろしいところだけど。
そもそも金特を持っているレジェンドOBを引いた人が2人。転生選手はそこそこだったのに最初の夏甲子園に出場して3回戦まで勝ち上がった名将が1人。天才投手を引いた人が特訓などを成功させまくってステータスも特殊能力もモリモリになっている人が1人。
他の人も悪くない育成をしており、大怪獣バトルになるがどこも食らいつけるくらいに頑張ってはいる。
それ以上のことを、ドロッセル先輩がやらかしているだけで。
前回までに特訓でゴートン先輩が『キャッチャー◯』を取得していて、それだけで大上振れなのに秋の地区大会を優勝して春甲子園確定。ついでに秋の全国大会である神宮大会にも出場しているんだから経験値が凄いことになっていた。
神宮大会は1回戦で負けていたものの、春甲子園が決まった3月に技術指導イベントという悪い能力を消せるレアイベントがあって、『三振』持ちだった唄上先輩と水瀬さんの欠点がなくなった。
そして甲子園の前にOBからアイテムのプレゼントがある。甲子園の出場をお祝いして、ということでアイテムが貰えるが、ここで貰えるアイテムはあまり期待していない。アイテム数がかなりあることと、貴重な金特を得られるチャンスではあるものの高望みしてはダメだからだ。
俺も結構回しているものの、金特が獲得できる本なんてほぼ見ない。5%らしいけど本当なのだろうかと疑ってしまうほどに、出ない。
で、ここでドロッセル先輩が引いたのが『キャッチャーの本』。簡単な話、『キャッチャー』を1段階上げられるというもの。これでゴートン先輩は『キャッチャー◎』になり、正捕手の座を絶対のものとした。
これにエクリプスの面々は喜んだものの、他の学校のライバーからはラスボス認定を受けていた。転生投手がいて、『キャッチャー◎』があるならそういう反応にもなる。
しかもその上に、『キャッチャー◎』の恩恵を受けたのか春甲子園を優勝。俺たちはここまでやれとは言ってない。
ここまでドロッセル先輩が上振れだと他の人からヘイトを買うのではないかと思われたが、他の人も2年目の新入生ガチャで『キャッチャー◎』の上位互換、金特の『司令官』を持つ羽村さんを引いた人がいたり、2年夏の甲子園出場祝いで『司令官の本』を手に入れた学校があったり。
要するにどこも超上振れで殴り合っているという様だった。
俺も今は荒川アンダーソンさんを育てる配信をしているが、あの中に混ざりたくないなと真剣に思った。コウスケ先輩が並走企画で全く同じルールでドロッセル先輩のように育成をしているが、コウスケ先輩はそこまで上振れていないために日々来る他校の情報に戦々恐々としていた。
「俺、あの中に放り込まれたら絶対ビリになる……。配信者って怖ぇー……」
「同感です。大会ともなると変な魔力でも働きかけるんですかね?」
「そういうの、オカルトってバカにできないんだよなあ。裏で回してたら普通のチームにしかならないのに、配信だと上振れたりとか。正直あるあるすぎてな……」
コウスケ先輩と愚痴ったが、それだけV事甲に出ているライバーが異次元すぎた。育成しやすいルールだし、3回も最初のガチャを引けば転生選手が多すぎる地区でもなければそこそこの選手は手に入る。
とはいえ、この上振れを再現しろと言われても無理だ。こんなに高ステータス、金特で殴り合う大会なんて出場したくない。上振れないと参加資格がないようだ。これでほとんどのチームがまだ2年目に入ったところ。つまりまだ1年半ある。
どこまで強くなってしまうのだろうか。
V事甲のことはここまで。今日スタジオに集まったのはオフコラボがあるからだ。
諸々の確認を終えて配信が始まる。
「みんなヤッホー!エクリプス2期後期組、ハピハピ・ガンスレイブだぞ!今日は長時間配信を危惧してお昼からやってるけど好きかな好きかな、同接数も良いねえ。今日はスタジオを借りてオフコラボ!参加人数も多くて結構!趣旨は後で話すとして、次の方自己紹介どうぞ!」
「はーい、1期後期組、亜麻井円香です。今日の企画でやることは久しぶりなので実家から道具を送ってもらいました。いや〜、楽しみ。というわけで続いて」
「2期前半組、あなたに這い寄る混沌とは別の奴だから間違えるんじゃないぞ。イソラ・イグスートス参上。我も手先には自信があるので今回はマイ筆も用意する始末。ふ、完璧……」
「塗装は時間があったらですよ。スプレー系は屋内なので使えないからイソラ先輩」
「ムゥ、残念……」
主催者のハピハピ先輩から自己紹介が始まり、そこからは先輩順だ。
配信タイトルに書いてあるからネタバレも何もないけど、イソラ先輩が指の間にマイ筆と呼んだものを両手で計6本挟んで身体の前で腕をクロスしても、今日は3Dじゃないからそんなことやっても現場の人しか笑わせられないのに。
次は俺か。
「皆さんこんにちは。3期前半組絹田狸々です。僕も今回の企画なんて小さい時にやったっきりなので、ど素人です。素組しかしたことありません。対戦よろしくお願いします。続いて?」
「はいはーい!3期後期組、鬼と人間のハーフでどちらかと言えば鬼寄り!但馬火乃香でっす!あたしもど素人だけど買った奴がとてもシンプルって書いてあったのでなんとかなると思います!マジで宜しくお願いしやっす‼︎」
最後の1人の但馬さんが自己紹介をして全員分自己紹介は終わった。
おかしいなあ。サムネにはもう1人映っているはずなのに。
「はい、みんな自己紹介ありがと!ここで企画説明、の前に〜、だれか、いないよね?」
『ホントや、奴がおらん』
『SNSでコメントあったし……』
『サムネで中央にいるのになあ』
『あいつの数少ない趣味だろ。それでくたばってどうする』
「みんなご存知、今日先生役で呼ぶ予定だった音無ケイン先輩ですが、夏風邪で38度以上の高熱のためお休みです。ごめんね」
そう、本当なら音無先輩が居てあの人が講師をやるはずだったのに、前日から体調を崩したらしい。あの人大学生で一人暮らしだからって自己管理が結構ダメなんだよな。
冬も確か長時間配信でインフルになってたし。
一緒に出かけた時には別に病弱には見えなかったのに。大学にも行ってるから外にも出てるはず。日光を浴びれば割と健康になりそうだけど。
「あのバカ、ほぼ裸で冷房全開でKP7っちと長時間超高難易度ゲームを協力プレイでやってたんだって?自業自得過ぎでしょ。KP7っちは今もソロで同じゲームやってるけど。アイツには混沌の誘いは要らないヨネ?」
「それって本当は知らない世界にキャトルミューティレーションされちゃうってこと?」
「あんな
「そ、そうなの?」
「大事な役割を果たさずにぶっ倒れたあのアホなんて、こう!」
亜麻井先輩がイソラ先輩の言葉にツッコミを入れつつ、イソラ先輩はマイペースに話を進めて指パッチンをした。
配信画面が切り替わり、そこに居たのは笑顔を浮かべていた音無先輩ではなく、色素が抜けて白くなった音無先輩に、顔の部分が黒いぐじゃぐじゃで覆われた姿だった。
最初は赤バツマークにしようという話もあったが、同期のイソラ先輩の鶴の一声「外神の一声」……で決まった。
今の、もしかして心を読んだ?まさか、なんて冗談にもできないんだよなあ。なんだかオカルトが本当にあるようだと、というより霊魂のようなものはあると俺と母さん、それに少なくても難波君と那須さんが証明してしまっているからイソラ先輩の読心も冗談で済ませられない。
「そうそう。もっと褒め称えよ?」
「……マジです?」
「マジマジ。ハル君とミクちゃんのことは信じられて、我のことは信じられないのかな〜?」
「えっ、あの時イソラ先輩はいなかったはずなのにどうして2人の渾名知ってるんです⁉︎」
「イソラちゃんとリリ君、何の話?」
「さあ?イソラっちって大体あんな感じだし」
本当に怖いんだが⁉︎完全に読心してる!
周りの人はポカンとしてるし、コメント欄も疑問符に満ち溢れている。そうか、あの時難波君たちがスタジオに来た日は亜麻井先輩、遅入りだから渾名のこと知らないのか。
俺と一部のスタッフさんだけがわかって、顔の血の気がなくなっていくのがわかる。
そんなイソラ先輩が俺に近付いて肩へ手を回し、わざわざ空いた手で服に着けたマイクを握って音が入らないように配慮までして、耳元で俺に囁く。
「いや〜、我がカプ厨でも、口が軽くもなくて良かったネ?この後、社長と秘密のお話、するんでしょ?」
完敗だ。
俺はイソラ先輩の掴むつもりのなかった腕から解放されて項垂れる。1つの情報を知っていたからって全てが繋がるはずがない。この人の読心は本物だ。
音無先輩はこの人に名探偵を譲り渡した方が良いんじゃないだろうか。この人なら犯人なんて一発で逮捕してくれる。
「えー、敗者リリ?ってか何のやり取り?」
「リリが我に秘密握られただけ〜」
「なにそれ、怖い」
これからはイソラ先輩に逆らわないようにしよう。この人の前で考え事なんて自殺行為だ。
コメント欄は困惑したままだったが、ハピハピ先輩と亜麻井先輩が軌道修正をしてくれた。
今日の内容は簡単な話が、プラモデル作成会だった。各々持ち寄ったプラモデルを作り上げていこうという趣旨だった。ここで講師をやるはずだった音無先輩がダウンしてしまったのでどうしようという話にもなったが、スタッフさんの中に教えられる人がいたのでその人が教えることに。
そもそも音無先輩とイソラ先輩以外ほぼ初心者なので、難しいプラモデルを選ばなかった。なので説明書通りに作るだけ。
買ったプラモデルの紹介をしようかと思ったら、スタジオの入り口に顔だけ覗かせた水瀬さんがいた。その顔はとてつもない嫌悪の表情だ。今日はスタジオで歌枠をやるから早めに来たんだろう。
マイクも着けていないので配信に音が載ることもなく、スタジオにいる俺たちにだけ声が届く。
「……リリちゃん、あたしたち以外でハーレム作るんだ。ふーん、へー」
「偶然だから!というか休んだ音無先輩のせいだよ!」
「嫉妬てえてえ!」
「えー。説明するとスタジオに顔を出した水瀬さんがリリ君に苦言を呈して、但馬さんが仰け反りました」
『い つ も の』
『なっちゃんみってる〜?』
『この後歌枠だっけか』
『ソロだっけ?エリーは?』
『親バレして実家に帰省中です……』
『言ってなかったんかい⁉︎』
水瀬さんはそれだけ言うと帰っていった。不可抗力なのに。
水瀬さんはよく霜月さんと歌枠コラボをするが、今日は1人だ。霜月さんのVtuber生活のことが両親にバレたようで3日ほど実家に帰っている。早い夏休みだ。
まあ、中には言ってない人もいるだろう。そしてどうやってバレてしまったのだろうか。
気にはなるけど、そこまでは話してくれなかった。
「じゃあ、改めてプラモデルの紹介から行こうか。まず主催のウチから!ブツ撮りされてるのでそちらをお願いしまーす!じゃーん、『駆動戦士ズァーク HE』の主人公機『ズァーク・イプシロン』!再販かかって買えました!もうすぐ劇場版の2章も公開されるのでそれも楽しみで買いました!」
『おお、ズァーク・イプシロン!カッケーよな、この機体!』
『主人公機なのに既に機体性能としては型落ちなんだよなあ』
『それを主人公の腕でどうにかしてるのマジでヤバイ。
『青色メインでトリコロールなのよな。映像効果でプラモめちゃくちゃ売れてんのもわかる』
映画もプラモもかなり売れている『駆動戦士ズァーク HE』。出るプラモデルが瞬殺されるくらい人気になっている。原作の小説も大人気で、ようやく第2章が公開されるということでファンは喜んでいるが、ぶっちゃけこのペースはかなりおかしい。
1章が12月に公開されて、2章が8月というのはかなりペースが速い。正直60分アニメとはいえこのペースでの劇場公開はとんでもない速度だ。これで映像もかなりクオリティが高い。ファンの心理を離さないためにとんでもない物量をぶつけてきている。
1/144なのにお値段4000円と割と高いキットだったりする。2000円くらいが平均なので本当にお高い。
「次は私ね。MFF066、いわゆる戦闘機です。この流線美、良いですよね……。ちなみに戦闘機のプラモデルは3機目です」
「ガチ勢だー!」
『ミリオタ?』
『戦闘機のプラモデルってあんま売ってないよなあ』
『凝ろうとするとジオラマとかに手を出しがちなジャンル』
亜麻井先輩はガチガチの戦闘機が好きらしい。ただしズァークのようにロボットアニメ系は好きではないのだとか。戦闘機は戦闘機であって、アニメに出てくる戦闘機とかは現実に即していない面が多くてあまり好きではないらしい。
そこは好き好きだから。俺としては設定があれば変な形の機械が動いているのは気にしない。そもそも二足歩行のロボットが活躍している時点であまり気にしない方向性だ。
「我はこれ。今回はアザトース。この方あまり造形化されないので速攻ポチった。今日は組み立てだけで後日筆入れする予定」
『イソラはズレないなあ』
『クトゥルフってそんなにプラモになってるんだ……?』
『え?こいつ8000円もすんの……?』
『たかっ⁉︎』
イソラ先輩が作るのはクトゥルフの1体らしい。俺は詳しくないからどれがだれかはわからないけどイソラ先輩のお仲間らしい。
今日一番高いプラモデルだったりする。8000円はプラモデルでもサイズが大きかったり、とても精巧な物でもないとそこまで値段は張らない。初心者は手が出しづらい値段の物はそもそも上級者向けのプラモデルであることが多い。
「続いて僕ですね。ズァークの外伝の現地改修機『ナビィ・バルカン』です。『策謀の大地』という外伝に出てきた統一連合の現地民による改修機です。軍用機じゃなくてレジスタンスの機体ですね。結構前のキットです」
『『策謀の大地』って10年前くらいの作品だっけ?』
『初代の時間軸の外伝だっけか』
『これ結構なミキシング機だから割と面白んよな』
『話も面白いんよな。要所の中立の人間があの戦争をどう思ってたかを掘り下げてるから』
好きなOVAの作品に出てくる、量産型ズァークと戦うスピンオフのような作品だ。現地民が自分たちの島を守ろうとする小さな戦争だ。
これも多分、間宮光希君が子役の時に主要人物をやってるんだよな。その子が最新作のズァークの主演声優をやってるんだから不思議な感じがする。
「最後はあたし!『ポケクリ』の最新作御三家のポケプラ!3体分ですけどなんだか簡単なプラモデルっぽいので今回の配信時間で作れるっぽい?です!というかリリ先輩なんでポケプラじゃないんですかー!あんな風にFORでポケクリ配信してたんだからポケプラ持ってきてくださいよー!」
「ええー……?今回の企画聞いた時点で買うプラモを決めてたから……。ハピハピ先輩がズァークって聞いてたからズァーク関連の方が良いかなとも思ったし」
『別に誰が何を買ってもええやろ』
『このカプ厨が。何でもかんでもFORを中心に考えんなや』
但馬さんに文句を言われたけど、俺は企画が決まってすぐにプラモを買ってしまったから今更文句を言われても。それに初心者のプラモを同期に渡す勇気はない。下手なのがわかるだろうから正直恥ずかしい。
だからこれは徹頭徹尾自分用だ。
作るプラモデルの紹介もしたので、これから実作業に移る。設計図とにらめっこで4時間で作れるだろうか。