ウマ娘 ~英雄は東北より来たれり~   作:コングK

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 マキバオーのサトミアマゾンに魅せられ、気付けば地方競馬で活躍した名馬を追っていました。
 ウマ娘ではダートウマ娘ばかり育ててます。 
 地方レース場が出来たのに、いつまでたっても地方ウマ娘が全く実装されないので痺れを切らして書き始めました。運営さん、地方にだって魅力的な馬はいますよ。


第1R「地方と中央」

 ウマ娘。

 それは別世界に存在する名馬の名と魂を受け継ぐ少女達。

 その尾と耳という特徴的な外見と、人を遥かに凌駕する脚力。

 時に数奇で輝かしい運命を辿る存在である彼女達。

 そんな彼女達にある唯一にして絶対の区別。

 それが、地方所属か、中央所属かという二択。

 華やかな中央の世界に比べ、人もまばらな地方のレース場。

 オグリキャップと言う怪物が、地方の力を見せつけて中央を席巻し、ブームを巻き起こしても。

 いや、巻き起こしたからこそ。

 地方から中央へという人とウマ娘の流れは加速していた。

 

 その日はまた格別に肌寒い日だった。

 十月十日体育の日。

 こんな日に運動会をする小学生は大変だと笑いながらレース場へと足を運んだのを覚えている。

 

 熱狂に包まれていたスタンドがしんと静まり返っていた。

彼女がゴールを駆け抜けた時、聞こえたのは歓声ではなく深い深いため息だ。

「ご期待に添えず申し訳ありません」

 その異名にふさわしくない優し気な表情が印象的だった彼女は、そう申し訳なさそうに頭を下げると控室の方へと戻って行く。

 

 痛む左足を気にする素振りも見せず気丈に振る舞うそんな彼女に声を掛けようと。

「待て、待ってくれ!」

 佐々原洋が伸ばした手は空を斬った。

 

耳元でけたたましくなる携帯のアラーム音がゆっくりと佐々原の意識を覚醒させる。

 見慣れた天井に、かび臭い室内。どこをどう見ても、麗しの我が家だった。

「またかよ。いい加減しつこいな、俺も」

 何度同じ夢を見たことだろう。しかも、毎回同じ所で目が覚めるのはどうした訳か。

「せめて起きるんならその後の桐花賞で勝って引退したところにしろよ」

佐々原はぼやきながらも時計を確認すると、慌ててトレーナー室へと向かった。

 

「遅刻ですよ、佐々原さん」

 そう呆れたように声を掛けてきたのは、今年で三年目になる柴田敦だ。忙しなく働く彼の手元を確認すると、佐々原は大きなため息をついた。

「ま~た、中央への転籍希望かよ。多いね、ホントに」

「仕方がありませんよ。ウマ娘の権利ですから」

「ここを腰掛けにして欲しくはないんだがな」

「オグリキャップやユキノビジンの例がありますからね。少しでも力がある子が中央を目指したい気持ちは分かります」

 

 この国にはウマ娘が所属する二つの大きな団体が存在する。

 通称中央と呼ばれるURA(Umamusume Racing Association)と、地方と呼ばれる地方自治体等が運営するNAU(National Association of Umamusume)がそれだ。

 入場料の他にグッズ収入やTVの放映権料等を含めたURAの年間売り上げは三兆六千億円に達する巨額であり、史上初の七冠ウマ娘シンボリルドルフを始め、ミスターシービー、マルゼンスキーと歴史に名を残すウマ娘達を筆頭に、在籍するウマ娘のレベルも高い。全国に十あるレース場も皆豪華で最新の施設となっている。

 それに比べて、NAUの年間売り上げは約六千億円。URAの二十パーセントにも満たない額であり、地方ごとにウマ娘のレベルも施設の程度も格段の差があった。

 

 中央と地方の違いは様々な所に存在する。中央のGⅠは注目も高く、大々的に宣伝されて、近年は女性ファンも目立つ。一方地方の各レースが中継されることなど滅多にない。ファンの中心は昔から応援している地元民だ。

 中央のレースが芝中心なのに対して、地方は砂コースで行われるダートレースが中心だった。華やかなイメージのある芝とは異なり、ダートレースは一段低く見られ、地味な印象を持たれていた。

 地方のウマ娘にとって、中央はまるで別世界の話であり、自分達にとっては夢物語の中の話でしかなかった。

地方と中央の交流がほとんどない頃、地方トレセンに所属するウマ娘が中央のレースに出るには、中央への転籍が必要だった。

その状況が一変し、徐々に地方と中央の交流が進んだのは地方ウマ娘の活躍による。

 中でも地方笠松から中央へと転籍、一躍時代の寵児となったシンデレラ、オグリキャップ。

 彼女の足跡は目覚ましく、全ての地方ウマ娘が、彼女の再来を夢見、その後に続こうとしている。

 ウマ娘だけではない。オグリのような金の卵を発掘しようと、今や地方トレセンにも中央のトレーナー達が度々視察に訪れては、少しでも素質のある者を熱心に中央に勧誘する有様だ。

 岩手出身のユキノビジンも中央へと転籍し、成功した内の一人である。桜花賞とオークスで二着に入った彼女は、地方岩手のレベルを見せつけ、一躍時の人となった。

 今や少しでも実力があれば、誰もが中央行きを口にする時代。門戸が開かれたからこそ、人々の目は以前にも増して中央に向いていた。

 

「猫も杓子も中央中央。中央がどれだけ過酷なのか知りもしねえ」

 地方にも中央に負けない光り輝く逸材はいる。そうしたウマ娘たちはこれまで日の目を見ず、僅かな交流レースに出るしかなかった。そんな彼女達からすれば、気軽に中央に挑戦できるようになったのだから、喜ばしい事と言えるだろう。だが、自らも中央のトレーナー免許を持ちながら、地方に拘る佐々原からすれば、それは自分に都合の良いようにしか物事を考えていない浅慮と言えた。

「一流のトレーナーに最新式の設備。確かに人も物も十分だ。だが、奴らにはゆとりがねえ」

 中央でも何千というウマ娘がおり、その中でスターになれるのは一握りなのだ。そんな過酷な競争についていくために、必然的に中央入りしたウマ娘達は無理を強いられる。

「少しはのんびりウマ娘を育ててみろってんだ」

 賞金も人気も高い中央のレースに参戦するウマ娘は選び抜かれたエリートだ。当然競争は激しく、上は詰まり、下からは突き上げられる。他のウマ娘に負けぬよう、その他大勢に埋もれぬよう、とかくトレーニングは過酷になり、いくつかの例外を除いて少しの病気も怪我も許されない。育成もデビューも、そしてウマ娘を消費するのも速い。

「俺達地方という受け皿がなきゃ、こいつらはどうなっていた? 中央に消費されてそのまま引退だ。ちょっとは感謝してもいいだろうぜ」

 佐々原は目の前の書類を目にすると、どんと机を叩いた。

 そこに書かれていたのは中央参戦希望だった筈のウマ娘の身上書。

 足を怪我した彼女は、ここ水沢で様子を見ながらレースをしていくという。

「まあ、それが地方のよさですからねえ」

 柴田の対面に座った中堅トレーナーである高橋敬子はうんうんと頷いてみせた。

 中央で怪我を負ったり、病気になったりした場合、そのウマ娘は決断を迫られる。重賞レースを勝ち上がっているスターならば休養することも可能だが、そうでない者はほぼ引退を選ぶ。常に代わりになる者はおり、怪我をしていなくてもレースに出走登録ができないこともあるほど、ウマ娘がたくさんいるためだ。だが、地方では些か事情が異なる。中央に比べてウマ娘自体の数が少ないため、少しぐらいの怪我や病気ならレースを走らせながら様子を見るのが普通だ。

 

「それより聞きました? 今度の南部杯、あの砂の女王が来るらしいですよ」

 柴田の言葉に、佐々原は思わず腰を浮かせた。

「はあ!? 何だってあいつがまた!」

「そんな目の敵にしなくたっていいじゃないですか。彼女が来れば盛り上がるんだし」

「お前は県外から来たから分かんないんだよ」

 佐々原が苦虫を噛みつぶしたような表情を見せれば、高橋も黙ってそれに頷いた。

 

砂の女王ホクトベガ。

かつて地方岩手から中央に転籍した岩手の星ユキノビジン。桜花賞、オークスで二着に入った彼女が次に期待されたのは東北出身ウマ娘として初のGⅠエリザベス女王杯の勝利だ。前走のクイーンステークスで初の重賞制覇を果たし、波に乗る彼女に東北のトレセン関係者は沸き立った。彼女ならばやってくれる。いつか白河の関を越えてGⅠウマ娘が故郷に帰って来る。ほのかなその夢を打ち砕いたウマ娘こそが、誰あろう砂の女王と異名をもつ彼女、ホクトベガだった。

芝GⅠを勝ちながらも、その後勝ち切れなかった彼女は川崎のエンプレス杯でそのダートの才能を開花させる。雨でできた水溜まりが目立つ不良馬場に初めてのナイター。さらには中央GⅠを制覇した彼女が地方に出ることに対する周囲の雑音を尻目に彼女は躍動。当時南関東最強と目されていたアクアライデンを筆頭にしたライバル達に大差をつけてのゴールは、「前のレースのウマ娘が残っていたんじゃないのか」と言われるほどの圧勝で、以来交流重賞で負けなしの六連勝。

そして、何より佐々原にとって忘れられないのは、彼にとっては因縁深い、あのライブリマウントのドバイWCへの壮行レースと目されていた川崎記念での勝利だ。ライブリマウント以下前年の覇者である船橋の強豪アマゾンオペラ等、中央・地方のダート巧者が集まった同レースをホクトベガは圧倒的な強さでぶっちぎり、格の違いを見せつけた。彼女に七バ身差をつけられ敗れたライブリマウントとその陣営は酷く動揺し、レース終了後口も聞けぬ有様だったという。

 各地で強豪と呼ばれた地方ウマ娘はいずれも彼女の後塵を拝し、七月に行われたエンプレス杯ではその余りの強さに恐れをなした他の陣営からの出走回避が相次ぎ、何と十四人出場のレースで僅か六人しか走らないという珍事が巻き起こるほどだった。

 

「まあ間違いなく、あの女王様が来れば盛り上がるだろうさ。悔しいがな」

「どういうことです?」

 よく分からないと言った表情を見せる柴田に、高橋は苦笑いする。

「柴っちゃんには分からないだろうねえ。あたしも佐々さんもこの世界でそれなりに長いからね。地方は地方で盛り上がっていた時代を知っているからさ」

 中央と地方の交流は、中央への門戸を開くという地方側のメリットだけではない。中央の枠に収まり切れなくなった者達の地方参戦を増やすという中央側のメリットもあった。ウマ娘同士の競争が激しい中央では芝の適性が重視される傾向にあり、素質や能力が高くてもダート適性が高いウマ娘にはなかなか厳しい環境だった。そんな彼女達は地方へ生きる場を求め、地方廻りと称して各地を転戦し始めた。

「中央の連中に赤っ恥をかかせてやろう」

「地の利はこっちにある。中央何するものぞ」

 意気込んだ地方関係者だったが、参戦してきたウマ娘達のレベルの高さは彼等を唖然とさせた。ダンスもその走りも。自分達とは何もかもレベルが違う。彼女達が来れば、毎回同じような面々が走る地方レースにとってはよいアクセントになり、客も入る。運営側からすれば、願ったり叶ったりだったが、佐々原達地方の古参トレーナーの胸中は複雑だった。

「確かに人は入るし、中央の連中との闘いはレベルアップにもなるんだけどねえ」

「俺たちはやつらの引き立て役じゃねえんだ。デカい面してウイニングライブでメインとられて平常心でいられるかよ」

「仕方ないじゃないですか。強いんだから……」

「悔しくないのか、お前は。地方が荒らされているんだぞ」

「お陰でこっちも儲かってますし」

「……」

「そもそも環境が段違いなんですよ」

 ため息交じりに調子に乗って話す柴田は気づかない。その隣で佐々原がどんな顔で聞いているのかを。

「馬鹿、やめな!」

 対面に座った高橋が異変を察し、これはまずいと制するも、

「人もウマ娘も……」

 そう言いかけた柴田は横合いから伸びた手で乱暴に胸倉を掴まれた。

「え!? ちょ、ちょっと佐々原さん?」

 いつものとぼけた表情とは違い、目を血走らせる佐々原の様子に柴田は唖然とする。

「俺達が中央に比べて施設もウマ娘も何だって?」

 言わずもがな地方トレセン関係者ならばその後に続く言葉は身に染みるほど感じている。

 だが、それを口にすることは負けを認めることと同じだ。

「いや、その。い、一般論で……」

「一般論? その一般論ってのはどこのどいつが決めたんだ?」

 取り付く島もない佐々原の態度に柴田は慌てた。一体何がそこまで佐々原の逆鱗に触れたのか分からない。

「地方をけなしたのは謝ります。でも、本当のことじゃないですか……」

 理不尽な怒りをぶつけられていると感じた柴田は、震えながらも精一杯の反抗を試みた。皆ロッカールームやトレーナー室でいつも愚痴っているではないか。中央に比べて施設が古くて仕方がないと。ちょっと素質があるウマ娘は皆中央志望ばかりで困ると。

「お前なあ……」

 こいつは何も分かっていない。そう感じた佐々原は怒りを引っ込め、柴田の肩にそっと手を置いた。

「施設が古いのは本当だ。中央志望のウマ娘が多いのもな。だが、俺は一度だって、自分の担当ウマ娘や同僚たちが中央の連中に劣るだなんて思ったことはないぞ」

「佐々原さん……」

「自分のことを格下だと思っているトレーナーの言う事を誰が聞くんだ? そんな奴いないだろ」

 教え、諭すような佐々原の言葉に、柴田ははっとする。

「すいません……」

「よく考えて話せ。それと、ついかっとなっちまった。悪かったな」

 佐々原はポンポンと柴田の肩を軽く叩く。

「佐々ちゃん」

 高橋の声が室内に響いた。

「少し、頭を冷やしてきなさいな」

 穏やかだが有無を言わせぬその口調に、佐々原はがしがしと頭を掻くと、

「すまねえ。ちょっとタバコを吸ってくらあ」

 そう言い残して、トレーナー室を出て行った。

 

「確かに僕が悪いですが、何なんです、あの変わりようは?」

 眉を顰める柴田に、高橋は噛んで含めるように言い聞かせる。

「佐々ちゃんが丸くなっていて良かったよ。昔の剣幕だったらあんたあのままぶっ飛ばされていたね」

「あれでですか? そりゃ言ってもどうしようもないことだったかもしれません。でも、みんな大なり小なり愚痴っていることじゃないですか」

「そりゃそうだけどね。ウマ娘が駄目だってのはあたしらトレーナーは口が裂けても言っちゃあいけない。ウマ娘に食わしてもらっているんだから」

「それは、まあ、そうですが……」

 不承不承頷きながらも、どこか納得のいかない表情を浮かべる柴田に、高橋は小さなため息をついた。

「まあね。佐々さんにとって、あの子は特別だったからってのもあるのさ」

「あの子? 佐々原さんが見たウマ娘のことですか」

「ああ、そうか。あんたはこっちに来たばかりだから知らないか。佐々さんはここじゃあ有名人なんだよ。あのトウケイニセイのトレーナーだったんだもの」

「なっ……」

 高橋の言葉に柴田は目を丸くした。

 

 トウケイニセイ。この岩手において、彼女の名前を知らぬ者はいない生ける伝説。岩手を主戦場に戦い抜き、絶対的な強さを誇った彼女を、人は尊敬と畏怖を込めて「岩手の魔王」と呼んだ。

 

「あの岩手の魔王のトレーナーだった? 佐々原さんが?」

 高橋はこくりと頷くと、備え付けのポットからお湯を注いだ。

 室内に香り高い紅茶の匂いが立ち込める。

「だから、あの人はとりわけ強いんだよ。中央に対する拘りがね……」

「成程ね……」

 乱れた胸元を整えながら、柴田は己の失言を悔いた。

「全く、事前に教えといてくださいよ、そういうのは」

「すまないねえ。とっくに知っているもんだと思ってたからさ」

「後、前々から言おうと思っていたんですが、湯呑で紅茶を飲むのはどうかと思いますよ」

 予想外の指摘に、高橋はこめかみをひくつかせる。

「あんたねえ……」

「失言だったなあ~。まさか佐々原さんがあのトウケイニセイのトレーナーだったなんて」

 ぶつぶつと文句を言う高橋を尻目に、柴田はどうやって先ほどの失態を取り返そうかと考えていた。

  

 トレーナー室を飛び出した佐々原はいつしか小谷木橋までやってきていた。

 水沢レース場にほど近いこの橋は北上川にかかり、交通量は多い。その分、何か考え事をしたい時にはうってつけの場所と言えた。

 胸ポケットから出した煙草に火をつけ、佐々原はそれを味わうようにゆっくりとふかした。

 

「ニセイ。お前みたいな奴、もう現れないかもな」

 佐々原洋という人間にとって、トウケイニセイは特別なウマ娘だった。

 

記憶の中の彼女は常に勝っていた。

事実、強いウマ娘だった。岩手に敵無しと謳われ、四十三戦して三十九勝。掲示板を外すどころか勝てなかったのが四回だけ。連対を外したのなどただの一度きり。人は彼女を岩手の魔王と称え、彼女ならば中央越えもできると期待した。

 

 だが、それは彼女の状態を誰よりも知っていた佐々原にとっては酷なものだった。デビュー間もなく発症した屈腱炎のせいで長期の休養。重めのトレーニングができず、遠征もままならない。走るたびに、ウイニングライブを行うたびにケアをして戦ってきた左足は悲鳴を上げていた。地の利があり、同じレースを二連覇しているとはいえ、すでに本格化の時期は過ぎ、その能力は緩やかに坂を下っていた。

だが、彼女には人を引き付ける魅力があった。常にレースでの盛り上がりを意識し、計ったように僅差でゴールする。そうすることで観客が喜ぶことを知っていた。屈腱炎というウマ娘にとって不治の病ともいえる大きなハンデを抱えながらも、勝ち続ける彼女は岩手において走る伝説、生けるカリスマだった。岩手の魔王と謳われた彼女なら勝てる筈だ。今が盛りの中央の強豪を迎えての観客達の期待は、やがて大きなため息となって消えた。

 

「ご期待に添えず申し訳ありません」

 これまでの彼女からは見たことがないほど弱々しい微笑だった。

 こうなることは分かっていた。それでも見えない使命感に駆られ、苦しいながらも精一杯もがき、それでも上手くいかなかったと悔やんでいた。一位のライブリマウントの横で痛む足を隠しながら踊る彼女を見た時に、佐々原の心は決まった。

 

これをこいつの最後のレースにしちゃいけない。 

最後はメインでスポットライトを浴びるべきだ。

そう考えた佐々原は、桐花賞をラストレースに選び、彼女もその期待に応えて一着をとって引退していった。

(もう少し早く中央との交流が始まっていれば……)

 当初北日本マイルチャンピオンシップ南部杯と名付けられたレースは、道営・東北・北関東のウマ娘の交流競走だった。それが名をマイルチャンピオンシップ南部杯と改め、中央との交流競走になったのが三年前のこと。

 

(後二年、せめて一年早かったら……)

 足の故障がありながらも無敵を誇った彼女のことだ。きっと第一回のマイルチャンピオンシップ南部杯の勝者として歴史に名を残したことだろう。

(分かっちゃいるんだ。未練だってな)

 彼女ならば打倒中央を成し遂げられると思っていただけに、観客同様佐々原の喪失感は凄まじかった。地方のトレーナーなら誰しもが思う打倒中央。トウケイニセイへの負担を考慮し、地元開催のレースを中心としたローテーションを考えていた故に叶わなかったその夢が、ひょっとしたら叶うかもしれないと期待してしまったから。

 

(あいつならイケると都合よく判断した俺のミスだ。分かっちゃいたんだ。あいつが既に魔王ではなくなっていることなんて。だが、取らせたかった。名前が変わって初の交流重賞。中央を抑えて堂々勝利したという証を……)

 

 トウケイニセイの生涯で唯一の三位。それこそがマイルチャンピオンシップ南部杯でのものだ。

 今までメインで踊っていた彼女が、脇役となり踊る姿に、佐々原は中央と地方の縮図を見るようで悔しくてならなかった。

(中央の連中にとっちゃ地方はただの出稼ぎの場でしかねえ)

 中央との交流競走が本格化し、各地方は中央所属のウマ娘達の脅威にさらされていた。地の利など関係ない、ウマ娘の格自体が違うと言わんばかりの差に、各地方トレセン学園は戦々恐々とし、その改革を迫られている。

(あいつみたいな奴がいたらな……)

 一本目を吸い終わり、二本目を吸おうとした佐々原だったが、火をつけずそのままタバコをしまった。

「冷えてきたな」

 東北の秋は寒い。夏場は二十度を超える暑さでありながら、十月には十五度を下回る日が多くなり、十一月にはその気温は一桁になる。

「戻るか」

 そう元来た道を戻ろうとする佐々原の後ろから。

「すいませーん」

 声を掛けながら、ジャージ姿の少女がゆっくりと駆けていった。

(うちの子か?)

その特徴的な耳に気づいた佐々原は自然とその姿を目で追う形となったが、五十メートルほどしたところで、そのウマ娘は急に立ち止まりしゃがみ込んだ。

(ははあ、靴紐か。それぐらいちゃんと結んでおけよ。怪我すんぞ)

 呆れながらも、小言の一つも零さねばなるまいと近づいた佐々原の目に飛び込んできたのは、KUROというジャージのロゴ。

(こいつ、違うな。うちの子じゃねえ。KUROっていやあ、あのクロイワクラブの奴なんか)

 北海道の門別にあるクロイワクラブは中央並みの施設を揃えた一流の育成クラブであり、その月謝は月に三十万と言われている。当然地方入りを目指す者など皆無であり、集まるのは中央志望のウマ娘ばかりだ。

(そんな子が一体何だってこんな所走っているんだ。里帰りか?)

 クロイワクラブなら室内トレーニングの施設も完備されている。

 いくら門別の秋が短いとはいえ、わざわざこの水沢に来る必要がない。

興味を惹かれた佐々原はつい、彼女に声を掛けた。

 

「おい、そこの君」

「へっ?」

 栗色の髪をたなびかせながら振り返った彼女の顔を見た瞬間、佐々原の脳裏に閃くものがあった。

(おいおい、こいつ……)

 顔つきは美女、美少女ばかりと言われるウマ娘の基準からすれば平凡そのもの。だが、その目の輝きと体中から醸し出す雰囲気が何かをやりそうだと思わせる。

(それにこの体つき……。こいつマジでデビュー前かよ)

足の筋肉の張りを見る限り、今すぐにでもレースに使えそうなほどの仕上りだ。

 

「な、何でしょう?」

 不安げに己を見つめて来るウマ娘に対し、佐々原は己の素性を明かした。

「俺は佐々原洋。そこの水沢トレセンでトレーナーをやっているもんだ」

「え!? と、トレーナーさんなんですか」

 訝かる彼女に、佐々原は慌てて名刺を手渡した。

「ホントだ……。そのトレーナーさんが私に何か?」

「いや、その。君、門別にあるクロイワクラブの子だろ? どうしてここで走っているんだ?」

「実家がこの近くなんです。進路の相談で今一時的に戻っていまして」

「なんだそうなのか」

 聞いてみればなんてことないことだった。彼女もまた、中央を目指してクラブでトレーニングに励んでいるのだろう。

(なんだかなあ)

 オグリ二世を目指して、多くの才能あるウマ娘達が中央を目指している。物寂しい現実を感じながらも、佐々原はふうっと軽く息を吐くと、彼女の足元を指差した。

「じゃあ、中央に行く君に俺からアドバイスだ。トレーニングの前にはしっかりと靴紐を確認すること。怪我をしたら、向こうじゃそう簡単に走らせてはもらえない。アピールできる時間が減っちまうからな」

「ありがとうございます」

 恥ずかしそうに頭を下げた彼女の口から出た次の言葉に、佐々原は耳を疑った。

「でも、まだ中央に行くって完全に決めた訳じゃなくって」

「何だと?」

 あり得ない。クロイワクラブは最初から中央を目指すようなウマ娘が行くところだ。大金をかけて中央並みの施設でトレーニングするのは、つまりはそれだけのことをしないと入れぬほど中央が狭き門だからだ。地方ウマ娘にとって中央行きは目指すものであって迷うものではない。

「君はここでやってもいいと思っているのか? その話しぶりじゃ中央からのスカウトだってあったんだろ?」

「は、はい。二か月前に中央のトレーナーさんという方が来て……。でも、わたし、お腹弱いんですよね」

 突然の発言に目を白黒させる佐々原に栗毛のウマ娘はわちゃわちゃと手を振り、説明した。

「修学旅行の時に東京に行った際にホテルの水でお腹を壊したんです。今まで門別でも水沢でもそんなことはありませんでした」

(食べ物が原因かも知れないじゃないか。東京の人間からしたらえらい難癖だな)

「だから寮生活って言われて困っちゃって。寮だったら強制的に東京のお水を飲まなきゃいけないじゃないですか」

「まあ、確かにそれは一大事だな」

 ウマ娘が一日に必要な水分量は人間よりも遥かに多い。それだけの量をミネラルウォーターに頼ることは難しいだろう。

「それをおじいちゃんに相談したら、最終的には自分で決めなさいって……。て、へ? あの、ちょっと。なんです、この手!」

「捕まえているに決まっているだろ」

 ぐっと佐々原はさらに力強く彼女の手を握る。

「え!? や、やめてください!」

 嫌がる素振りを見せながらも、目の前のウマ娘は無理やりに手を振りほどこうとはしない。ウマ娘と人間では体力が違う。いかに佐々原が力任せに彼女の手を握ろうと外そうと思えばすぐに外すことができる。だが、ムリにそれをすれば、佐々原が怪我をすると分かっているのだろう。きっと心の優しい子なのに違いない。

「放してくれないと困ります。まだトレーニング中なんです」

「俺の質問に答えてくれたら離すさ。確認なんだがまだ進路は決まってないんだよな」

「は、はい」

「地方か中央かで迷っていると」

「ええ。それが何か?」

 ぱっと佐々原は彼女の手を離すと、その目をしっかりと見つめて言った。

「君をスカウトしたい」

「ええっ!? わ、わたしをですか? 何で急に。名前だって知らないじゃないですか!」

「知らなくたってスカウトはできるだろ! 君、名前は?」

「メ、メイセイオペラですけど」

 佐々原の勢いに押されながらも、生真面目に答えるメイセイオペラ。

「メイセイオペラ……、メイセイオペラか!」

その名を噛んで含めるように呟いた後、佐々原はにやりと笑い、再度告げた。

「メイセイオペラ。俺は君を水沢トレセン学園へスカウトしたい! 共に目指してみないか、打倒中央を!」

 彼女とならまた夢が見られる。その溢れんばかりの思いを込めて。

 

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